2006年11月30日

ARIA格言集

以前にもとりあげた「ARIA」。観ていると、段々と格言めいたセリフがココロを打つようになりました。「絶対そんな作品は観ない」という方のために、ご紹介したいと思います。
アテナ:「歌は、誰かに聴いてもらうものだから」

アテナはネオ・ヴェネツィアの水先案内人(ウンディーネ)の中でも3大妖精に数えられるひとり。アテナの魅力はその美しい歌声。アテナと寮で同室の新米アリスは、クローゼットに猫を隠して飼っていた。寮はペット禁止。ある夜、猫がクローゼットで鳴き始めると、アテナが歌を歌いだした。猫の鳴き声を隠すために。そして、アリスは気づく。自分が寂しいときや寝付けない夜にアテナがいつも歌っていたことに。「もしかして、いつも私のために歌っていてくれたんですか」と問いかけるアリスへの言葉。
アーティストじゃないけど、我ら夫婦は、カラオケで歌うとき、みんなに楽しんでもらおう、いい気持ちになってもらおうと思いつつ、一生懸命に歌います。だからこそ、このアテナのセリフには、大きく頷いてしまうのです。
晃:「あんたたち、もう反省してるじゃない。本気でがんばって反省してる人を叱っても無意味っしょ」

晃も3大妖精のひとり。新人ウンディーネの3人を厳しく指導する鬼教官。その日も、潮が満ちて訓練中のゴンドラが橋の下をくぐれなくなり、行く手を阻まれて悪戦苦闘する新米3人。なんとか切り抜けた3人に、マルガリータ・ピザをふるまう晃。「晃さん、怒らないんですか」との3人の問いへの答えがこのセリフ。
本当に、そうですねぇ。がんばったのに、うまくいかなかったからって叱られるとヘコみますもんねぇ。そうやって見守ってくれる先輩がいたら、時間はかかるだろうけど、なんでも上達できそうです。
アイカ:「苦しいときや、悲しいときはどうすれば…?」
グランマ:「より人生を楽しむための隠し味と思えばいいんじゃない?自分の中で変えてしまえばいいのよ。何でも楽しんでしまいなさいな。とってもステキなことなのよ。日々を生きているっていうことは」

ウンディーネの元祖とも言える存在で、3大妖精アリシアの師であるグランマに、最高のプリマになるための秘訣を聞きにいく灯里・アイカ・アリスの新米ウンディーネ3人。でも、グランマは山の中の田舎の一軒家で、ただただもてなしてくれるだけ。このままでいいのかと焦るばかりのアイカが、グランマに詰め寄って教えを乞う。するとグランマは、教え子のアリシアがなぜ優れたウンディーネなのかというと、「あの子は何でも楽しんでしまう名人なのよ」と。秘訣はそれだけだというグランマに、さらに詰め寄ったアイカに、グランマが答えている下り。
それができればねぇ。でも、基本的にはそう考えてます。だからラテン人と呼ばれたことも。モットーは「E Isso Ai(エ・イッソ・アイ)!ムリせず楽しく」と周囲に言いふらしていたことも思い出される…。かつての某消費者金融のCMですね。意味を知らずに言ってましたが、「E Isso Ai」って「そうだよ」って意味なの?どなたかポルトガル語がわかる方、教えてくださ〜いexclamation



posted by nbm at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月28日

どうやって観たらいいんだい?

ホラー映画は笑うべきという自論があるわたくし。もちろん、恐がるべきものもありますよ。えっと〜。言葉で表現するのは難しいのですが、たとえば、サム・ライミの作品なんかは、笑える恐怖。よく観ると、名作「死霊のはらわた」も笑い所がたくさん。これが、笑いの方向のベクトルに突き進むと、パート3の「キャプテン・スーパー・マーケット」になります。どう考えたって、片腕がチェンソーになって、それに翻弄される動きは可笑しいだろう。
緊張の極みと言ってもよい恐怖は、交感神経がつかさどっていて、逆に、笑いは緊張の緩和。副交感神経がつかさどっています。この落差が激しいほど、快感を感じるのかもしれません。と、勝手な推論をしてみたりして。でも、どこかでつながっている気がするんです。笑いと恐怖。
ただし、これを上手に組み合わせるのは至難のワザ。絶妙なセンスが要求されます。わりとメジャーな作品で、これに成功してるのが「ファイナル・デスティネーション」のシリーズ。「13日の金曜日」路線とでもいいましょうか。ハリウッドお得意の猟奇連続殺人鬼ものは枚挙に暇がありませんが、これはちょっと毛色が違う。そのものが追ってくるというストーリーもイケてるのですが、あっけないまでのひっどい死に方をしていくシーンの連続が笑えます。誤解しないでいただきたいのは、残虐なシーンや人が亡くなるシーンを決して喜んでるわけじゃないってことです。それを、フィクションの映像として楽しめるかどうかってことです。ここで虚実を混同すると、ヤバイ方向に流れます。逆に、必要以上に恐がったり、拒絶するだけの人は、もしかしたら虚実を見分ける能力が乏しいと言えるかも知れません。それもバランスだと思います。ちょっと、暴走しました…。深みにハマりそうなので軌道修正しましょう。

何を書きたかったかというと、「サイレン」です。「トリック」でお馴染みの堤幸彦監督作品ということで、はたしてホラーが撮れるのだろうかと、一抹の不安を感じながら観ました。やっぱり…。原作のゲームをプレイしていないので、予備知識なしで観たのですが、途中で観方を変えざるを得ませんでした。どうやら、ゲームとはまったく別のストーリーのようですね。しかし、屍人化した森本レオが笑かしてくれます。嶋田久作松尾スズキもGOOD!長々と前置きを書きましたが、一体堤監督は何がやりたかったのかを考えていたからです。恐怖に裏打ちされた笑いを最初から目指していたのなら、それは、日本映画界としては、初の試みだったかもしれません。でも、もしそれを意図していなかったとしたら、失敗作と言ってもよいでしょう。「サイレン」のゲームクリエイターは、「サイレントヒル」を作った人と同じだそうですね。「サイレントヒル」は、あまりの恐怖に先に進めずに放り投げてしまいました。ゲーム「サイレン」は、身近な舞台設定だけに、それ以上に恐そうです。それを想像して映画を観始めたので恐怖を求めてしまい、肩透かしを食らった感じ。みなさん、映画版「サイレン」を観るときは、スイッチの切り替えが必要かもしれませんよ。

posted by nbm at 11:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

観るのはいいけど乗るのはねぇ

子供の頃、あこがれていた職業。ある時期の私はカー・レースのピット・クルーになりたいと思ってました。女の子なのに、我ながら変わってる…。ちなみに兄が2人いますが、彼らの影響というわけではありません。
小学生の頃、どういうわけか、車に乗ることが大好きで、用も無いのに、兄が車で出かけようとすると、すかさず「乗っていい?」と、どこへでもついて行こうとしたものです。兄にじゃなくて、車に…。私が小学生の頃、兄1号はすでに免許を取っていて、どこぞの会社から払い下げてもらった古いクラウンがうちの初めての車でした。
そんな子供が大学生になって、入ったところが自動車部。ラリーコンピュータの使い方を教えてもらったり、パワステのついてないハンドルをぐるぐるまわしたり、無免許だけど河原で車を運転させてもらったりしてました。懐かしいねぇ。部の関係で、レース場でもぎりのバイトをよくしてました。パドック・パスがもらえるので、クラシック・カーなんかが間近で見られるのがおいしかった!そして一度、合宿に参加しました。部車を連ねて山道をドリフト走行していると、嘔吐者続出。酔わなかった女子は私だけ。なにせ普段から、そんなの比ではない気違いのようなオフロード走行を経験していたもので。現ダンナ以下、友人同士で作っていた四駆のチームの走り方といったら滅茶苦茶だったので、そんなのには慣れっこ。オフロード走行やトライアルでは、助手席に乗ってるだけで筋肉痛。コースを読みつつ、4点シートベルトを締めていても自分の頭をサイドのガラスにぶつけたりしないように踏ん張ったりして大変ですからね。走行時のすごい振動で胃腸が揺られて極度にお腹が空くので、そんな状態でもおにぎりをほおばったりしてました。吐くなんてとんでもない。
自動車部でやっていたことが、自分にはあまりにも生ぬるかったので、自然と幽霊部員に…。しかし、大事な発見もありました。自動車部で初めて車を運転してみて、運転することが予想外に好きではないことに、自分でもびっくり。今でも、運転するのは好きじゃありません。それに、自分の乗る車にも、まったくこだわりがありません。自分が乗る車は、実用一辺倒。4ドアで乗り込みやすいとか、ラゲッジスペースがたくさんあるとか、不思議なほど外見のデザインは後回しです。免許を取ろうと思ったきっかけも、駅までの自転車通学で変質者に襲われそうになったからで、運転したくて取ったわけじゃ…。
美しい車を見るのは好きなので、モーターショーには、よく行ってました。友人と女同士で行くと、周囲に女同士で来ている人が極端に少ないのに驚いたもんです。美しい車を前に、涎を垂らさんばかりにしてました。ただ、自分で乗りたいとは思わない(笑)不思議なものです。
そして、ダンナさんは車の部品の加工・取り付けをするチューニング職人。別に職業で選んだわけじゃありません。高校のクラスメイトでしたからね。初めてのデートはレース場だったし、前述のように今まで、たくさんスゴイ車に乗せてもらってきました。そして今、ビンテージ・オフロードバイクホンダXL250Sを大手術中。部品ストック用の数台の同型バイクから部品を移植したり、他のバイクのパーツを加工して取り付けたりと、こねくりまわしてます。そんな話を聞いたり、実物を見たりしているのも楽しいものです。

自分でも理解しがたい、自分と車との関係を暴こうと書いてはみたけど、やっぱりわかりませ〜ん。でも、身近に古くて珍しかったり、美しかったりする車やバイクがあることは幸せに感じてしまいます。
posted by nbm at 11:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 車・バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月26日

ですよ、ですよ。あい、とぅいまてぇ〜ん!

♬ですよ。はお気に入りですYO。なんか独特のもたり感があってナイス。
ということで、最近のお気に入りをチェック!

CMで気になる女の子を集めてみました。
まずは、ダントツ!MAIKOちゃん。資生堂のCMで顔を洗っている失恋した女の子。ひとしきり泣いた後に顔を洗って立ち直ろうとしたけれど、鏡を見たらやっぱり悲しくなって…。本当に、悲しいときってこうですよね。わかる、わかる…。思わずもらい泣きしてしまいそうな表情から、段々ふっきれて立ち直っていく彼女がCMの短時間の中で上手に描かれてます。「新しい私になって」という熊木杏里の曲も相俟ってか、とってもよくできたCMです。

ダンナさんは、ロートアクネスのCMに小池徹平くんといっしょに出ている渡辺梨夏子ちゃんがかわいいと言っています。WaT「5センチ。」のPVにも出演しているようです。同じ事務所だもんね。

それから、SONYウォークマンのCMの伽奈ちゃん。中性的な魅力でステキ。とっても雰囲気のある女の子です。

うぬぬ。どうしても、ひとり思い出せません。何のCMだったかがわからない…。思い出したらまた書きます!
posted by nbm at 00:26| Comment(2) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月25日

まあるいけんちく

「けんちく世界をめぐる10の冒険」は、伊東豊雄という建築家が作った小さな本です。
エマージング・グリッドから話は始まります。エマージング・グリッド(生成するグリッド)は、20世紀の四角四面な仕組みに変わるものとして考案された、3次元曲面のみで構成される自由なグリッド。クラインの壷のように曲面の連続からなる構造です。想像するなら、洞窟住居やありんこの巣穴。ちょっと気を抜くと、曲面から滑り落ちてしまうような居住空間。最近、石森章太郎「009−1」を観ていて、建造物やファッション、武器に至るまでが丸いフォルムを帯びているのが、レトロな雰囲気を醸し出してるなぁと思いました。それは逆に言えば、60〜70年代から近未来を想像した時のイメージだったのではないかと思い当たりました。そして、現在、発達したコンピュータと建築技術を駆使すれば、それは実現可能となったということなのかもしれません。ずいぶん昔、煙草の煙の動きは数学的に計算することはできないと聞いた記憶があるのですが、現代のコンピュータをもってすれば、それも可能になったのでしょうかね。それはさておき、鋭利な方向に進んで行き詰った結果、まあるくてやわらかなものに立ち戻ろうとしているかのようです。胎内回帰のイメージも重なります。

アルミ愛が高じて、アルミの家を作った人がいます。石田保夫という方。そして、これをシックハウス症候群対策のために使えないかと考えているそうです。アルミは電気分解により精錬される極めて純度の高い金属で、有害な化学物質を含まないのだそうです。シックハウス症候群は化学物質が原因ですから、木など自然のものを使おうという路線が一般的ですが、アルミという純度の高い人工物で、それに対処しようという発想が、やはり、突き進んで裏返ったような感覚で面白いと思いました。

伊東豊雄さんがおっしゃるには、建築は自然とは完全に異質な空間。そして、形式化されるほど権威が加わって「神の館」と化してしまう、と。だから、自由とか、人間の生命力や豊かさを失わないように、形式にとらわれない建築を目指しているのだそうです。この方、不勉強な私が知らなかっただけで、相当有名で優秀な建築家さんのようです。作品が、一見奇抜でありながら、奇を衒ったり理論をこねくりまわして作ったものに見えないのは、そういった信念の裏打ちがあってこそなのだと思います。
均整がとれていることや、シンメトリーであることや、同じものの連続であることだけが美しさや心地よさなのではないんだということを、あらためて認識できたような気がします。
posted by nbm at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月23日

ご冥福をお祈りします

ロバート・アルトマン死去。作品やご本人に思い入れがあるわけではないのですが、先日このブログで取り上げたばかりだったので、なんか複雑な心境です。
今年ももう11月下旬。ということで、あと1ヶ月ちょっとしかないんですね。いろんな方面で今年の受賞者が発表されるような時期になってしまいました。ふと、今年はどんな人が亡くなったのかと思い、調べてみました。

ハインリヒ・ハラー オーストリアの登山家 1月7日逝去
映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」の原作者であり、映画と原作小説に書かれている事実とは相当開きがあるようですが、主人公その人ですね。ヒマラヤ登山中に第二次世界大戦が勃発してしまい、イギリス軍の捕虜として収容所に入れられて、そこからチベットに脱出してチベットで暮らすという人生。原作を読んでいないのでなんとも言えませんが、93歳ということで大往生ですね。

クリス・ペン アメリカの俳優 1月24日逝去
ショーン・ペンの弟さんですね。やっぱり、この人といえば「レザボア・ドッグス」でしょうか。とってもいい役者さんだったのに、残念です。やくざな人物をやらせると、凄みのある人でした。「CSI:マイアミ」にゲスト出演していたのを久しぶりに観て、がんばってるなと思っていたのですが。麻薬に溺れていたようですね。もったいない…。

スタニスワフ・レム ポーランドの作家 3月27日逝去
「ソラリス」の原作者ですね。原作は読んでないのですが、タルコフスキー「惑星ソラリス」は名作だと思います。後にソダーバーグも「ソラリス」を撮ってますが、こちらは…。やはりタルコフスキーの作品には、到底かないません。できたばかりの首都高が未来都市の道路として出てくるあたりも面白いですけど、全体的な映像の美しさがすばらしい作品です。しかし、どうやらレム原作の小説と映画とは、やはりかけはなれているようです。

アーロン・スペリング アメリカのプロデューサー 6月23日逝去
「スタスキー&ハッチ」「チャーリーズ・エンジェル」などをはじめ、テレビドラマの製作をしてます。「メルローズ・プレイス」「ビバリーヒルズ青春白書」などもそう。映画版の「チャーリーズ・エンジェル」も製作総指揮してたんですね。「ビバリーヒルズ青春白書」のドナちゃんことトリ・スペリングは娘さん。「スクリーム2」とかでネタ的に使われているのしか観ませんが、インディペンデント系の映画に出演してがんばっているようです。

村田渚 日本のお笑い芸人 11月11日逝去
これは、衝撃的でした。35歳の若さで…。フォークダンスDE成子坂はシュールで好きだったんだけどなぁ。鼻エンジンもなんだか薄幸なコンビだとは思ってましたが。相方は元坂道コロンブスの松丘さんですよね。松丘さんもツイてない人だ。前の相方はわいせつ罪で逮捕され、今度の相方は亡くなってしまうとは…。ショックだろうなぁ。なんとか立ち直ってほしいです。

とまぁ、気になった方だけを挙げてみました。ご冥福をお祈りします。
 
posted by nbm at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月22日

ペンフレンド?

昨日、ある友人が遊びに来ました。この友人、一番私を古くから知っている人物と言ってもよいでしょう。とある私立高校を受験したときに知り合って意気投合。結局、彼女も私もその学校には行かなかったのですが、それからは、文通したりしてました。
”文通”…。なんて古めかしい言葉。彼女のほかにも、雑誌を通して知り合った同い年の女の子たちと文通してましたわ。ペン・フレンドってやつですね。中学生の頃のことです。隣町の女の子と、遠く岐阜県に住んでいた女の子がいました。かわいい便箋を選んで、身の回りのくだらないことを互いに書き送ったものです。でも、不思議とこの2人とは、会ったりはしませんでした。あまり、深い部分は語り合わなかったからでしょうか。自然と手紙の行き来も減り、音信も途絶えていきました。実際に会って、リアルな付き合いをしなかったことも、長続きしなかった原因かもしれません。日本では聞かなくなったペンフレンドですけど、海外の人と、若しくは海外の人同士は今でもけっこうやってるみたいです。
でも、昨日来てくれた友人とは、一緒に遊んだり、互いの家に行ったりしてきました。なんとなく疎遠になった時期もあったりしたけれど、不思議な縁があり、ここ数年は、住んでいる場所が近いこともあって、また会うようになりました。
昔は、読んでいる本や、聴いている音楽の話なんかで盛り上がったもんです。懐かしいなぁ。いっしょにコンサートに行ったり、家に遊びに来てピアノを弾きあったり。でも、最初の出会いのとき、彼女が私に声をかけていなかったら、こんな付き合いはできなかったんだなと思うと、奇妙な感じがします。だって、受験なんていう、ほんとうに一瞬の出会いだったのですからね。
大人になって、いくらオープンマインドの私とて、新しく友人を作ることの難しさを感じます。例えば、職場で同僚となった人ってのも友人とはなりにくいじゃないですか。同僚は同僚です。これも説明しがたい感覚がありますけどね。会社を辞めた後まで、付き合いが続くのは、本当に数えるほど。まぁ、ムリヤリ新たな友人を作ることもないんですが。
しかし、手紙って書かなくなりました。ほんとうに年賀状くらいです。電子メールはとっても便利だけど、趣ってものがない。昔から買い溜めたレターセットたちが余ってます。字はヘタだけど、たまには手紙が書きたいなぁ。

posted by nbm at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

愛すべきねずみたち

「マルドゥック・スクランブル」を読んでます。地元の図書館には、なぜか「燃焼」と「排気」しかなくて、隣街の図書館から「圧縮」を借りてくるハメになりました。でも、よかった、「圧縮」借りてきて…。これって、ひとつの長い話が3巻に分かれてたんですね。1巻ずつ独立してるシリーズ物なのかと思ってました。危ない、危ない。
まだ、2巻めの「燃焼」の半分くらいまでしか読んでません。全部読んでから書こうと思ってたんですけど、我慢できないので先に書いちゃいます。面白いexclamationサイバーパンクものだということで、ハマりそうだとは思ってましたが、久々の大ヒットです。しかし、けっこうエロくてグロいので、これをどこまで忠実に映像化できるのでしょう、ゴンゾさん?なんとか挑戦していただきたいものです。
15歳の娼婦の少女(?)バロットが主人公のこの物語。少女の相棒となるのが、ウフコックという金色のねずみ。否、ねずみ型万能道具存在(ユニヴァーサル・アイテム)。体内の亜空間に貯蔵しているアイテムをコチラ側の世界にひっくり返して、どんなものにも変身(ターン)できるという兵器であるねずみ。全身に大火傷を負ったバロットに人工皮膚が移植され、鋭くなった体感覚で周囲のものを立体的に瞬時に把握できるようになる。そして、電子攪拌、つまりあらゆる電子機器を遠隔操作できる能力も身につける。このバロットがウフコックと一体となって、巨悪と戦っていくというストーリー。
辛酸を嘗め尽くして生きてきたバロットに、ウフコックは優しい。あまりにも優しすぎる。これを読んだら、誰だってウフコックにイチコロ。ほんとに愛すべきねずみです。

そこで、思い出されるのが、小野不由美「十二国記」に出てくる楽俊という、人ほどの大きさのバカでかいねずみ。半分人間だから、人間の姿になることもできるけど、差別をされながらもねずみの姿でいることを好む彼。彼は貧しい農民の出の半獣だけれども、一生懸命に勉強し、その智恵で王となる陽子を助けていく。こいつも、やたらに人が良くて、人間不信に陥っていた陽子の凍った心を溶かし、信頼を得ていくいいヤツ。
現実社会では駆除の対象となるようなねずみですが、物語に出てくると、俄然誠実でかわいらしいキャラクターとなってしまうのが不思議です。

先日、バッタマウスというねずみを知りました。北米に生息しているようですが、サソリと戦い、何度サソリに刺されてもひるまずに挑んでいく姿には驚嘆しました。正面から飛び掛るので、サソリの毒針に眉間の辺りを何度も刺され、プックリと顔を腫らしながらも決してあきらめず、ついにはサソリを仕留めてガリガリ食べてました。逞しい…。

ところで、「マルドゥック・スクランブル」ですが、作者の冲方丁の後書きによると、「レオン完全版」を観た直後に書いたということですから、おそらくそれは1996年のこと。その後、本作が発刊されるまでの間に、あの「マトリックス」「スチュアート・リトル」などが公開されて、非常に焦ったそうです。しかしながら、この作品の世界はオリジナリティに溢れているし、子供だましでもありません。ハードボイルドです。言葉あそびもちりばめられているし、奥の深い作品であることは間違いありません。最後まで読んでないけど、たぶん…。
posted by nbm at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

高尚なバカとグロな美しさ

雑誌「Pen」の1号前の特集が「今世界には、アートが必要だ」というものでした。書店でパラパラとめくっていたら、忘れていたひとりの画家を思い出させられました。その名は会田誠。現代の日本を描く画家として、高く評価されているうちの一人。作風はこんな感じ。例えば、切腹している女子高生たちとか、うんこの山とか、とにかくインパクトのある作品しかない。とてもとても家に飾りたいと思うようなタイプの絵ではないんだけれど、このクオリティの高いバカなことをやってしまうあたりが、とっても魅力的。まじめなことを考えていないわけでもないのかなと思わせるのが「戦争画RETURNS」あたり。にゅうようく(紐育)の上空を無限大に八の字を描いて空爆する戦闘機の群れ。1996年のこの作品は、後の惨劇を予言しているかのよう。だけど、根本的にはバカっぽい作品を観て笑ってほしいと思って本人は描いているようです。声を上げて笑いはしないけど、「ニヤリ」としてしまう作品ばかり。好きです。

もうひとり気になったのが松井冬子という方。ご本人の写真が載っていたのですが、雰囲気のある超美形。こちらのブログにお写真が。「浄相の持続」なんて作品は、きれいな女性の内臓剥きだしの死体が、草むらに横たわっているという作品。ミレイ「オフィーリア」のような美しい絵です。画家ご本人との雰囲気も相俟ってるのか、魅惑されてしまいます。ぜひ、作品を目の当たりにしてみたい。

他に、束芋さんなども面白そうです。
なんだか、グロい作風の方が多数見受けられて、興味深い特集でした。現代アートが描く対象が、人間の内面へ内面へと流れていっているのを象徴しているかのようです。精神的な内面を表現しようとして、それが裏返って表層的になってしまってる、みたいな。考えすぎです、たぶん…。
posted by nbm at 11:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月17日

アンドリュー兄貴とお勉強

今更ですけど、FLOW「Re:menber」のPVを観ました。全員キダ・タロー。キモイです。

さて、我らがマキシマムザホルモンアンドリューW.K.兄貴のステージでオープニング・アクトをつとめたわけですが、ステージが終わって、兄貴の楽屋に挨拶に行った彼らがそこで出会ったのは、スティービー・サラスexclamationスティービー・サラスにホルモンのCDを渡そうとすると、「サインしてくれ」と言われてサインしたらしい…。上ちゃんはレッチリのTシャツにサインしてもらったらしいし、写真も撮ってました。すごい展開ですね。

90年代の音楽を勉強しようと思って、「rockin'on」のバックナンバーを図書館から借りてきたのですが、たまたま載ってたアンドリュー兄貴の悩み相談に爆笑。ずっと変人と言われてきて、目立たないように変人が多いと定評のある学校に進学したが、そこでもまた変人呼ばわりされているという相談者。アンドリュー兄貴曰く「すごいな、俺が学校で経験したこととまるで同じだな」(爆)アンドリューに悩んでもらおうという企画では、”悩み”を答えるのに散々悩んだ挙句、「この間、日本に行ったとき、湿気がきつくて汗をかくから辛いんだ。でも、日本人はみんな平気そうだけど、あれは、なんなの?みんな気合を入れて湿気と戦っているの?」いいぞexclamationアニキexclamation

ってーことで、「rockin'on」です。ものすご〜く久々に手にしたら、活字がとっても多いのね、この雑誌。びっくりだよ。読むの大変。”90年代のベスト・ディスク100”と銘打っておきながら200枚選んであるみたいなんですけど…。その中で聴いているのは、ほんとにほんの数枚。あらためて90年代音楽への無知さ加減を再認識ですよ。名前は知ってるんだけどってのが大半。ニルヴァーナ、ビョーク、ベン・フォールズ・ファイブ、ジャミロクワイあたりは、かろうじて聴いてた程度。当時はジャズやジャズ・ファンク路線を聴いてたような記憶はあるんですけど、ほんとに何を聴いてたんでしょうねぇ。不思議です。ただ、どういうわけか、反対に今までになくノイジーな音を求めていたのも記憶してます。それで、ちょっぴりプロディジーとかマリリン・マンソンとかレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとかはかじってました。ただ、爆発的に売れてたオアシスとかブラーあたりの路線はどうもピンとこなくて…。今になって、逆に興味津々になってきました。とりあえず、教養として手当たり次第に聴きたいと思います。
posted by nbm at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

愛していれば☆の差なんて

今週のテレビ東京「午後のロードショー」はブロンソン特集。昨日は「狼よさらば」をやってました。ブロンソン…しぶ〜い。しぶすぎる…。初老のブロンソンの眼鏡に萌え〜ですよ。
しかし、今日のテーマはブロンソンじゃありません。この映画、始まってすぐに出てくるチンピラ・トリオのひとりにびっくりexclamationおまえだったのかexclamationジェフ・ゴールドブラムよ。大体、顔が濃すぎるんだよ。だから普通の人間の役をなかなかやらせてもらえないんじゃないかぁ。かわいそうに…。
ジェフ・ゴールドブラムといえば、最初に思い出すのはやはり「ザ・フライ」ですかね。ええ、そうです。ハエ男です。なんたって、ハエと融合する男ですからね。ぴったりのハマリ役。これは、デヴィッド・クローネンバーグの作品ですから、けっこう生理的に嫌〜な感じのグロさがあります。個人的にはオリジナルの「ハエ男の恐怖」はコメディだと思ってるんですけど、違うんですか?オリジナルのハエ男はヴィンセント・プライス「シザーハンズ」のハサミ男エドワードを発明してた人ですね。この配役は完全にティム・バートンの趣味ですな。
話がそれました。ジェフ・ゴールドブラムといえば、「ジュラシック・パーク」ですか?う〜ん、たしかに人間役としては印象が残った作品だったかも。「ハイダウェイ」なんてどうですか?原作がクーンツだから、殺人犯と意識がシンクロするっちゅう筋は面白いし、アリシア・シルヴァーストーンもかわいいですよん。ダメ?
そうかぁ。じゃあ、これだ。「センチネル」ってやっぱりホラーじゃんexclamationなんか、まともなのはないんかい。あぁ、あった、あった。「ボクの彼女は地球人」って…やっぱり、宇宙人だったのか。でも、設定としては”美形”の役で、ピアノも披露してたりするし。結婚したばかりのジーナ・デイヴィスと楽しそうにしてるSFコメディです。
ジェフ・ゴールドブラムは、もともと舞台を観たロバート・アルトマンに見出されて「ナッシュビル」に出演したことからキャリアが始まっていると言ってもいいので、本当は器用な人なんでしょうね。「狼よさらば」に出演していたのは、その前年のことでした。彼にとっての最新作、「ライフ・アクアティック」は面白そうです。クストー「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」と融合するとどんな風になるのか、観てみたい。
posted by nbm at 10:30| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

気を取り直して最新栄養学

それでは、『気になる血糖値をぐんぐん下げる大百科』から、勉強になったことを書きとめておきましょう。
まずは、。油の摂取を減らすことは大事だけど、これも減らし過ぎは禁物。例えば、極度に油を抜いた食事を続けると、便秘になります。これは、私たち夫婦の経験。油にはたくさんの種類があります。中でもαーリノレン酸系の油であるしそ油(えごま油)が、インスリン感受性を高めるらしいです。脂肪として蓄積されにくい油ともいえます。でも、実際問題購入して日常的に使うことを考えると、しそ油はお高いです。マヨネーズなどに油がたくさん入っているのは常識ですけど、同じチーズでもとろけるタイプのものは要注意。考えてみれば、油分が多いから溶けるんですねぇ。
糖分。糖分と炭水化物と、どちらが血糖値をあげやすいでしょう?一番と考えられている糖分ですが、炭水化物より血糖値を上げやすいとはいえないという臨床結果があるそうです。つまり、本当に血糖値を上げると言っていいのは炭水化物。デンプンです。つまり、ごはんや麺類、いも類など。というわけで、甘い物を我慢してストレスを溜め込むよりも、少量なら甘い物を食べた方がいい。イライラを解消させるセロトニンを増やす働きがブドウ糖にはあるのです。炭水化物も食べなきゃいいってもんじゃありません。適度に食べるのが一番。
水分。水は大事ですね。血液をサラサラに保つには、1日に1.5〜2リットルの水分を摂取しなければなりません。お茶やコーヒー、紅茶などで水分を摂っていると思ったら大間違い。カフェインを含む飲み物は、利尿作用があるので水分補給にはならないと考えた方がよさそう。うちでは、冬場でも麦茶を多用してます。体内の水分不足は尿の色でわかるということなので、気をつけてチェック。水分といえば、糖尿にはお酒なんて厳禁というイメージがありますけど、ウイスキーや焼酎などの蒸留酒は適量ならよしとされてます。
さて、GI(グリセミン・インデックス)というのをご存知で?血糖値が上がりやすい食品かどうかを示す指標のひとつです。ところが、1食あたりで摂取する量は、食品ごとにかなり違いますね。それを考慮して新たに考え出された指標がGL(グリセミック・ロード)。これで考えると、血糖値を上げやすいとされている粉食である麺類はけっこう優秀。1食分200gのご飯のGIは100でGLは72.これに対してスパゲティは1食250gでGI56でGLは38。うどんはGL34、そばはGL27。全然低いじゃん…。それに、GIは食品同士の組み合わせで変わる。ごはんだけで100なのに、たとえばカレーライスで82、ヨーグルトと組み合わせると71、納豆とでは68、すし飯にいたっては67。すし飯なんて砂糖がたんまり入ってるはずなのに?まぁ、GI自体が、まだ研究途上のもので、個人差もあるらしいですし、参考程度にしとけってことですね。
また、長くなったので続きは今度。
posted by nbm at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ダイエット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最新栄養学をと思ったら…

母系に糖尿病が多く、ついに母も糖尿病になりました。私自身もその因子はガッツリと受け継いでいるはず。ということで、『気になる血糖値をぐぐん下げる大百科』という本が図書館の新刊の棚にあったのが目にとまり、借りてみました。すると、結構知らなかった最新の栄養学にびっくりexclamation
メタボリック・シンドロームがようやく騒がれだした昨今。糖尿病は予備軍も合わせると、推計1620万人、6人にひとりは糖尿病と言われてます。糖尿病を甘く見ちゃいけません。血液中に糖分が溢れると、血液がべとべとになって毛細血管がつまりやすくなります。赤血球は柔軟性を失って細胞膜を通り抜けられなくなって、細胞に酸素や栄養素を運べなくなります。血中のブドウ糖が血管壁を傷つけると、そこにコレステロールが入り込んで動脈硬化にもつながるという…。インスリンは糖を細胞に取り込ませる重要な働きをしています。ところが、過食などで、膵臓を酷使するとインスリンが過度に分泌され、エネルギーとして使われないブドウ糖が中性脂肪として蓄積されることに。そうするとインスリンの効き目が悪くなり余計に分泌しようとするという悪循環に。人生のうちに使える膵臓の機能が100あったとすると、それをどの時点で使い切ってしまうかというのが問題。膵臓の機能には限りがあるらしいのです。だから、過食を続けていると、それだけ早く膵臓がダメになるというわけ。そして、そうなったら2度と復活しません。糖尿病が治らないと言われる所以です。内臓脂肪がいけないということで、最近はお腹の周りのサイズが基準にされてますね。肥満ならば、内臓脂肪を落とすのは有益なことですが、これが不思議なことに落としすぎてもいけないようで。実は、ある程度の内臓脂肪が逆に血糖を下げるという研究結果もあるそうです。それに、スポーツ選手並みの体脂肪率は身体の免疫力を奪います。体脂肪率が極端に低いと、病気にかかりやすくなります。何事も適度というのが大事なようで。
あれれれれ?前置きが長くなって、本題の本の内容に行き着けなくなりました。一旦、区切りましょう。
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2006年11月14日

イーハトーブつながり

1981年にホンダが発売した125ccのファッショナブルなトレッキングバイクが”イーハトーブ”。そして、まさに同じく1981年に発売されたモデルのホンダXL250Sを、今ダンナさんがいじくりまわしてます。もう四半世紀以上も前のバイク。もはやビンテージ・バイクですね。とってもかわいいデザインです。前輪に23インチという大きいタイヤを使った、ホンダの初トライアルモデルとも言える一品。今のバイクはモノサスが主流ですが、左右のサスペンションが古めかしくてかっちょいいです。自衛隊の偵察用バイクにも採用されているモデルで、「戦国自衛隊」でもコイツが使われていたとか。うちのは真っ赤だけど、カーキのカラーリングもかっちょいいですな。どうやら、自衛隊偵察用バイクは最近カワサキに変わってしまったらしいですが。

さて、数年前から各地で自然発生している”ゲロアタック”。誰が読んだか”ゲロアタック”う〜んと、例えて言えば”エンデューロ”?山の中をバイクで走るというものです。勝手に自分たちで始めた遊びのつもりで”ゲロアタック”と呼んでいたら、ネットで検索してみてびっくりexclamation全国に同胞が…。しかも”ゲロアタック”って呼ばれてる…。どういうことだ?しかも、おそらくは同年代のオッサンばかりが、同じようにこんなアホなことを…。今は、バイク界でも片隅に追いやられているトレッキングバイクをなんとか入手して細々と楽しんでいる感じです。先のわからぬ道なき道を走るので、当然バイクに乗って進むことが困難な箇所もあり、そんなときはバイクを押して山道を進むことになって、吐きそうになるとか。崖からバイクごと落ちたりするのもよくあることで、滝つぼに落ちたヤツも…。ダンナはバイクの後輪に足を突っ込んでケガしたものの、毎回全員が生きて帰ってくるのが不思議です。四駆で山道をぶっ飛ばしたり、ヒルクライムやロックセクションやU字溝なんかにチャレンジしてたときも、横転したりするのはよくあることでしたが、ロールバーや四点シートベルトに守られているので危険度はまだ低い感じがしました。でもねぇ。生身だし、バイクは上から降ってくるし…。せいぜい気をつけて楽しんでもらいたいものです。

XL250Sが仕上がったら、タンデムさせてくれるというので、楽しみにしてます。でも。奥さんは重いよ〜exclamation
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2006年11月13日

イーハトーブは岩手県か

短い文章で構成される本を2冊読んでみました。それぞれに奥が深い作品でした。

『あたまの底のさびしい歌』 宮沢賢治
宮沢賢治が友人や家族に宛てて書いた手紙を集めたこの本。賢治のぶっとび加減がよくわかります。特に、ひとりの友人にあてた手紙は、賢治の内面が爆発していて、かなり奇天烈。普通、手紙はこんな展開にはなりませんね。これだけの内容を書ける相手というのもないだろうと思うと、この友人が、賢治にとってどんなに心許せる存在だったかということがわかります。表題のように、常人にはとても思いつかないような言葉の組み合わせが続きます。賢治の編む物語を読むと、その詩的な表現は何よりも魅力ですが、手紙というメディアにさえ、それが自然に出てくるのを目の当たりにして、あの言葉たちは作られたものではないと直感できます。賢治の内面から湧き出る言葉、零れ落ちる言葉なのだと。根っからの詩人であったことを、手紙たちがわかりやすく証明してくれました。37歳の若さで亡くなる10日前に、かつての教え子宛てに書かれたという最後の手紙。
風のなかを自由にあるけるとか
はっきりした声で何時間も話ができるとか
じぶんの兄弟のために何円かを手伝えるとかいうようなことは
できないものから見れば神の業にも均しいものです。
そんなことはもう人間の当然の権利だなどというような考えでは、
本気に観察した世界の実際と余り遠いものです。

楽しみは楽しみ、
苦しまなければならないものは苦しんで
生きて行きましょう。


”リアルを見失うな”という、意外な最後のメッセージ。どこか夢の世界でしか生きられなかった賢治自身の反省から、後輩にはリアルを生きて欲しいという希望を託した手紙に思えます。

『議論の余地しかない』 森博嗣
テーマごとに、写真と著者の作品中から抜き出した言葉で構成されている1冊。どうやら「君の夢 僕の思考」の余りのコンテンツと撮りおろし写真で作られた続編の方をを先に手にしてしまったらしいです。
だいたいにおいて、正念場の実体は、本当の正念場よりも、ずっとまえにある。(『恋恋蓮歩の演習』)

その正念場に早く気づく方が良くて、それを”敏感”というのだと。おっしゃる通りでございます。何につけても鈍感な私には痛い言葉。
「あまり、気になさらない方が良いです。僕も貴女も、時間は未来にしか残っていません」(『まどろみ消去』)

でもね。”しか”とだけ考えるのは嫌い。いつ死ぬかはわからないけど、”まだ時間はある”とも考えたい。ここが難しいところだけれど、時間はあるという希望を持ちながら、時間がないと考えて、やるべきことを後回しにせずにやるというのが理想。
「治る力は、もともと患者が持っていた能力だよね。社会が良くなるのも社会の力だし。人と人の関係が修復するのも、その人たちの能力によるしかないんだ。周りのものは、悪い部分を指摘することしかできない」(『恋恋蓮歩の演習』)

生きているものは、基本的に自分で治る以外にないと。たしかにそうだけど、これは極論かな。やっぱり、周りの人間や環境で変わることができる部分もあると思うから。外的な力で本質的に”変える”ことは至難の業だけれど。もちろん、自ら”変わる”ことが一番の近道。だけど、やっぱり周りの指摘は欠かせないし、通るのは難しい険難の道。
格言のような哲学的な言葉が、小説にちりばめられているのがよくわかりました。ただ、少々機械的に過ぎるきらいが…。この作家さんは、ミステリー系のシリーズ化されている作品が多いようですね。これが苦手なんだよな。でもまた、単発作品を中心に森博嗣作品を読んでみようと思います。


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2006年11月11日

素人さん歓迎

みなさ〜ん!あのフロッグマンがNHKの「トップランナー」に出ますよexclamation明日の夜7時からの放送です。お見逃し無く。

このところ、私と同年代の女性はまず観ないであろう領域のアニメを観ています。ひとつは、「A・R・I・A」。これはもう、ほんとうにその筋の方にとっては堪らない作品なのでしょう。心地よい環境BGVみたいな感じです。水の星アクア(テラ・フォーミングした火星)の観光都市ネオ・ヴェネチアという町が舞台。ヴェネチアを地球からそのまま移転させたらしいその町で”ウンディーネ”と呼ばれるゴンドラ漕ぎの女の子たちの日常を描いた作品です。ゴンドラ・タクシーの店ごとに”アクアマリンの瞳をした猫”がいて「社長」と呼ばれてます。しかし、主人公の所属する店のアリア社長はとても猫には見えず、犬かと思ってました。現実にヴェネチアで起こる”アクア・アルタ”と呼ばれている高潮がありますよね。サンマルコ広場が水浸しになるアレです。近年は地球温暖化の影響でひどくなっているとか。「A・R・I・A」のネオ・ヴェネチアでも、これが出てきました。今まで観たことがないタイプのアニメ作品でした。”未来形ヒーリングアニメ”と言われているのがよくわかります。静かな水辺に浮かんで漂っているような心地良さです。

さて、もうひとつの作品は「ローゼンメイデン」。魂を持った可憐なアンティークドールたちが互いに戦うお話です。設定が多少込み入ってますが、人形師ローゼンが完璧な少女・アリスを目指して作り上げた、それぞれが不思議な能力を持つ7体の人形たちが出てきます。父であるローゼンに会うためには究極の少女・アリスとならなければならず、そのために互いの魂である”ローザミスティカ”を奪い合うアリス・ゲームという戦いをしていきます。シビアな物語かと思いきや、ワンコの”くんくん”が活躍する人形劇「くんくん探偵」が劇中劇として出てくるあたりはコメディ・タッチで笑えたりします。人間とドールとの縮尺が、スーパードルフィーのようで、なんとも言えない違和感があって、それが人形とも人間とも言えないドールの存在をうまく表現して見せているような気がします。スーパードルフィーを知らない方はこちらへどうぞ。ちなみに、原作者はスーパードルフィー愛好者のようです。アニメは2シーズン作られていて、今年の年末にはTBSなどで特別編を放送する予定だそうです。興味のある方はご覧下さい。

作風はまったく違いますが、押井守の映画版「攻殻機動隊」に出てくる人形使いや、古くはアシモフ「われはロボット」などでも、人形もしくはロボットに生命や自我が与えられると、人間との違いは何なのかという哲学的で壮大なテーマにぶつかりますね。生きている人形など現時点ではありえないわけですけど、何かがとり憑いていない限りは…。そういえば、小野不由美の小説「東亰異聞」にも、人形遣いがでてきますねぇ。あれは面白かった。

ところで、「ローゼンメイデン」の原作者はPEACH-PITという女性二人のユニット。この名前を聞いてピンときた方、手を挙げて。はーいexclamation海外ドラマ「ビバリーヒルズ高校白書」に出てくるナットさんのお店の名前ですね。この原作者、なんと昔は”ブランドン博士とディラン教授”と名乗っていたそうですよ。

最後に、アニメといえば今注目しているのは、「マルドゥック・スクランブル」。原作をこれから読んでみるので、後日また書きます。
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2006年11月09日

演技力に対抗し得る大根力

ダコタ・ファニングに惹かれて、「ハイド&シーク」を観てみました。う〜ん。映画としては評価できない。デ・ニーロとダコタ・ファニング頼みって感じで、筋も見えちゃうし。で、思うわけです。ダコタ・ファニングの演技力は確かなもので、あの年齢であんな表情がよくできるなと感心するのですけど、映画を観ながら”エミリー”という役でなく”ダコタ・ファニング”が見えてしまうというのはどうなんでしょうか。映画自体が面白くなくて、映画の世界に入り込めてない証拠とも考えられますが、はたしてそれだけなのか。
一方、まるっきりの大根役者だけど、不思議なことにそれが功を奏する場合もあります。最近だと、ドラマ版「のだめカンタービレ」の”千秋”役玉木宏などがそうです。ドラマ「アンフェア」の”薫ちゃん”加藤雅也もそうだった。役柄が奇天烈だったりマンガチックだったりすると、大根でもそれが逆に味になってしまうのかも。これが大根力exclamation
ダコタ・ファニングに話を戻すと、例えば「アイ・アム・サム」の時なんかは、映画自体がよくできていたというのもあるのでしょうか、自然にサム(ショーン・ペン)の娘ルーシーとして見ることができました。だからこそ、すっかり感情移入してしまい、涙を流すハメになります。しかし、アメリカの子役ってのは恐ろしいですねぇ。気持ち悪いくらい表情が作れる子供が次から次へと輩出されるってのも、どうなんでしょうか。
11月8日(いい歯の日)にちなんだ日本歯科医師会主催の”ベストスマイル賞”に選ばれた黒木瞳がインタビューに答え「心から笑っている笑顔を心がけています」と言っていた。それじゃあ心から笑ってないってことじゃないのexclamationおバカさんだなぁ。だめじゃないか、そんなこと言っちゃあ。思わず奥田英朗「町長選挙」に出てくる女優さんを思い出しちゃったぞ。黒木さんも伊良部先生を訪ねなさい。って実際いないから松尾スズキを訪ねることになるのかなぁ。
蛇足ですけど、笑うことは免疫力を高めるので健康によいとされてます。快感物質であるベータエンドルフィンを分泌させたり、ガンと戦うNK(ナチュラルキラー)細胞を活性化させたりするのだとか。驚くべきことに作り笑いでもNK細胞が活性化したという実験結果が出ているそうです。口角を上げるだけでも笑顔が脳に送る信号でそうなるらしい。じゃあ、黒木さんは健康だexclamationよかった、よかった。
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2006年11月08日

フライング・ブギーマン(婆さん)

以前から観てみたかった「黒の怨」を観てみました。あまり作品知識を入れずに観たので、もっとおどろおどろしいものを想像していた面は裏切られましたが、なんてことはないアホ映画だったので、それはそれで楽しめました。しかし、婆さん飛び過ぎ。
抜けた乳歯をコインに換えてくれていた婆さんが、ある時子供を誘拐したと誤解されて処刑されてしまい、町全体に呪いをかけたという言い伝えが残る町のお話。最後の乳歯が抜けた夜には、その婆さんが歯の抜けた子を殺しにやってくると。いわゆるTooth Fairyがモチーフになってるわけですね。英語圏などの、抜けた歯を枕の下に入れて寝ると、翌朝コインやプレゼントに替わっているってやつです。サンタと同じように、実際はご褒美のつもりで親がやってるわけですけど。スウェーデンやハンガリーなどヨーロッパの一部では、抜けた歯はコップの水の中に入れておくらしいですけど。スペインなどでは妖精ではなくてネズミが持っていくらしいし。
「はがぬけたらどうするの?」という絵本には、世界各国の習慣が描かれているようです。
多文化理解事典も参考にさせていただきました。
以下、自分なりにまとめてみました。
日本では、下の歯は屋根に上の歯は縁の下に投げて、歯がよく生えるようにおまじないをします。歯の妖精系が一般的なヨーロッパなのに、オーストリアでは日本と同じ習慣もあるようです。お隣の韓国では、新しい歯を持ってくるようにカラスに頼むのだそうですが(日本と同じことをすると答える人も)、それが不思議なことに、遠く離れたモルドバでもカラスに頼むのだそうです。コスタリカやチリなど中南米では、金メッキをしたりしてペンダントなどのアクセサリーにするとか。一方、ドイツやイスラエルでは何もしないらしい。面白いのは、モンゴル。若い犬に食べさせる(爆)洋の東西を問わず、強い歯を願って、おまじないにネズミが登場するケースが多いようです。
まったく余談ですけど、ナイジェリアでは新しく生えた歯を最初に見つけてしまった人が、その子供にプレゼントするのが習慣なのですって。そのときうっかり”歯”という言葉を口にすると、プレゼントは2倍になってしまうそうです。お気をつけ下さい。
しかし、歯の妖精が集めた乳歯をどうするかについて記述しているものは極端に少ない。たったひとつ”その歯でお城を建てる”という解釈がありました。それこそ「ジーパーズ・クリーパーズ」じゃないですかexclamation
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2006年11月07日

常識力と忘却力

今朝のニュースによると、アメリカの大学生は一般教養がないらしい。そりゃあ日本の大学生もありませんけどね、多分。米大学間学問研究所の調査によると、新入生よりも4年生の方が常識力がないという結果に。ってことは、卒業するまでに段々アホになっていくということですね。アメリカの大学って入学するのは簡単だけど、卒業するまでが大変だというではないですか。専門的な勉強ばかりしているうちに、それに反比例して常識が欠落していくのでしょうかねぇ。歳をとると、物を覚えるそばから脳みそから他のことが零れ落ちていく感覚がありますけど。容量がいっぱいいっぱいってわけでもないはずなのにね。大学生なんて若いうちからでも、そんな感覚なのかな。でも、根本的なことを言うと、常識は大学が教えることじゃないと思うのですが?個人が色々な経験をして、ときには失敗なんかしたりしながら、実生活でそれぞれ身につけていくものですよね。アメリカの大学生は、専門的な勉強ばっかりしていて、雑多なことに触れる機会が少ないのがいけなかったりして。今回の調査では、問題にされているのは政治や歴史の分野での常識のようです。独立宣言を覚えてないとか、社会保障費が国の最大支出であることがわかってないとか。調査内容が偏っているようにも見えますが…。
日本の大学でも、専門的な科目とは別に、一般教養科目というのを必ず履修することになってます。特に、1,2年生で履修することが多いでしょうね。本来は、聴きたくないような授業を受けることになるのでしょうけれど、私自身は面白い授業が多くて、楽しかったという思い出が。生物学でホルマリン漬けになってるヒトの脳の輪切りを見たり、音楽史で隠れキリシタンの民謡調オラトリオを聴いたり、古典文学では先生が噺家口調だったので「するってぇとキケロが…」とか言うし、十分楽しみました。高校の授業に比べると、こんなに楽しくていいのかと思うほどの内容ばかりでしたよ。でも、そんなのは珍しいことなのかもしれませんね。
そうして、大学での一般教養の授業は十分に受けたはずの私ですが、常識はありませんexclamation受験の時に覚えたはずの日本史も当然すっかり忘れてますし。たとえ、大学で政治や歴史や常識を教えたところで、語学と同じで使わなければ忘れていくものですよ、そんな知識は。働きだせば、仕事に必要な常識、例えば挨拶だの宛名書きだの尊敬語だのは、身体で覚えていきますし、それもリタイアして時間が経ってしまえば忘れてしまうわけで。結局は、自分で繰り返し思い出して使っていかないと、常識であれ何であれ忘れてしまうものだという気がします。
でも、この忘れる能力も人間には必要不可欠ですから。と、言い訳にしたりして…。
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2006年11月06日

ときにはギャップを楽しむか

両親の金婚式をお祝いし、2次会でカラオケ好きのオヤジのためにカラオケへ。
家族でカラオケに行くことは滅多に無いので、それぞれのレパートリーに驚くこと多し。
とりあえず、わしら夫婦は主賓のために「Tonight,I Celebrate My Love(愛のセレブレイション)」をデュエットしたり、甥・姪にウケる路線としてmihimaruGT「気分上々↑↑」を歌ったり。
両親は演歌や懐メロ路線なわけですが、毎回その選曲に驚かされるのは次兄。昨年、家族でカラオケにほぼ初めて行ったときは、「New York, New York」を歌い上げた奴は今回はどんなかくし球をと思っていたら…それは、ハワイアンexclamation「カイマナ・ヒラ」ときた。と、思ったら灰田勝彦「新雪」を歌うとか。あんたなんで知ってんの?昭和17年なんて全然生まれてないだろう。灰田勝彦さんといえば、サディスティックスのアルバムで確か高中正義とヨーデル合戦をしていたのを思い出しますなぁ。
しかし、曲名も歌手の名前も思い出せないと困りますね。母が、「♪七色の谷を越えて流れていく風のリボン♪ってなんて曲だっけ?」と言ってきたのですが、その続きも歌えるけど曲名がわからない。これは、「花の街」という唱歌でした。私は「Gメン75」のエンディング・テーマを歌おうと思ったのに曲名も歌詞も忘れてしまい、見つけることができませんでした。しまざき由理「面影」でした。ググッていたら新発見。この「面影」の作曲者である菊池俊輔という人なのですが、思わぬ曲を作られているようで。「なんたって18歳」とか「暴れん坊将軍」とか他にも大映ドラマ系などはまだわかるのですが、「仮面ライダー」などの特撮ものやアニメの主題歌も多数手掛けているようで。「侍ジャイアンツ」も3拍子で面白い曲だったけど、この人だったのかぁ。「新造人間キャシャーン」とか「バビル二世」とか、果ては「どらえもん」まで。知らなかった…。
会社を辞めてから、世代の違う人たちとカラオケに行く機会も無くなったので、普段耳にしない曲が聴けるのも面白いもんです。まぁ、宇宙人ジョーンズも八代亜紀の歌に涙を流すくらいですからねぇ。歌はよいものです。

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としがいもなく…

試聴で耳に付いたものをとりあえず備忘録。

The Summer Obsession 「This Is Where You Belong」
”爽やかパンク”。元グッド・シャーロットのドラムスだったクリスが加入しているバンド。鼻にかかったボーカルとのコーラス・ワークがきれいでメロディアスな曲が多し。

Flatfoot 56 「Knuckles Up」
シカゴ発のスコティッシュ・パンク。バグパイプ奏者常駐。HP見るとほんとにキルト穿いてバグパイプ持ってる奴がいるexclamationどうにもこうにもバグパイプの音って言うのは琴線に触れるようで、試聴してて涙が出てきて困りました。パンクなのになぁ。でも「Amazing Grace」は本当に心に沁みました。マンドリン(アイリッシュ・ブズーキ?)もあり。

MY CHEMICAL ROMANCE 「The Black Parade」
コーラス・ワークがきれいでドラマティックな展開をする曲が多し。クイーンが若返ってパンク寄りになったような感じ。またはグリーン・デイがゴシック調になった感じ。パンクの新たな流れを感じさせてくれるような1枚。

ってみんなパンクじゃんexclamation×2
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2006年11月03日

オルレアンのうわさ

ご存知みのもんたさんの番組で、豊川信金の取り付け騒ぎについてやってました。
どうやら、同じく1973年に起きたトイレットペーパー・パニックに関連して出てきた話のようでした。つまり、デマによるパニックですね。オイルショックを背景としたトイレットペーパー・パニックは有名ですが、豊川信金の取り付け騒ぎも構造は同じです。発端は、電車の中で、豊川信金に就職が決まっていた女子高生に友人が「豊川信金なんて危ないわよ」と言ったこと。友人は「強盗にあったりするかもしれないから」、若しくは「都市銀行に比べると信金は不安定では」、という意味で”危ない”と言ったのに、”潰れそう”という意味あいで噂が広まってしまうわけです。
口コミで情報が伝達されると、途中でその内容に劇的に省略・変形・解釈などが加えられていきます。情報伝達の鎖が長くなればなるほど、肝心な情報は変化していってしまうものです。
大学の授業で、実験として、まじめに伝言ゲームをしたことがあります。教室の縦の列で前から順番に教授が考えた短い文章を後ろの人へと伝えていきます。たった10人ほどの列で、単純な文章だったのに、最後の人に伝わるまでには各列とも内容がかなり変わっていました。そんなもんです。
”オルレアンのうわさ”も有名ですね。1969年、パリのブティックで女性が試着室に入ると、薬を嗅がされたりして誘拐され、外国の売春宿に売り飛ばされているという噂が広まったのです。オルレアンのブティックは、ほとんどがユダヤ人の経営だったため、噂が変容を続けて犯人はユダヤ人だということになっていってしまいます。これが、現代の日本では、ブティックの試着室から誘拐され、手足を切断されて見世物小屋に出されるという”ダルマ”と呼ばれる都市伝説に変貌してます。
「デマに騙されないためには、メディアで確認しましょう」とかよく薦めているのを耳にしますが、メディアが信用できるっていう根拠がわからん。社会不安が広がっているときとか、災害時なんかは特に要注意です。メディア・リテラシーって難しいですね。
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2006年11月01日

そんなのありか?

両親の金婚式の祝いに悩み、ネット上をさまよっていたら、あまりにも衝撃的なものを見つけたので書き始めました。
50周年を祝う金婚式は有名ですが、1年目から一応名前がついているわけです。1年目の紙から始まり、基本的には柔らかいものから硬いものへと変化していくというのですが…。紙・藁・革・花・木・鉄・銅と、これで7年目。紙より藁の方が上か。一応硬さからいったらそうなるのか。しかし、問題は次の8年目です。ゴムexclamation。ゴム婚式って、あなた…。あまりのことに8年目には別に青銅ってのも設定されているようです。9年目が陶器で、10年目が錫、それから鋼鉄・絹・レース・象牙・水晶で15年。また柔らかいものに戻ってませんか。20年目が磁器。陶器が9年目で磁器が20年目って、ずいぶん違うんですねぇ。25年目の銀婚式からはみんな宝石の類です。60年目がダイヤモンドで、75年目がプラチナなんだ。ダイヤモンドが一番硬いんじゃないんかい。元々の設定がダイヤモンドまでだったのに、高齢化社会に対応してその上を作らざるを得ずって感じですかね。ダイヤモンドの次に硬いといわれるルビーは40年目で出ちゃってるし。それにしても、結婚75周年ということは、仮に男性18歳、女性16歳で結婚したとしても、旦那さんが93歳、奥さんが91歳になるので、ちょっと非現実的ですね。しかし、誰が考えたんだろう。
11年目の鋼鉄婚式ってのがかっちょいいな。まずはそこを目指すか…。
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必要悪

森博嗣『カクレカラクリ』を読んでみました。森博嗣作品は、読んだらハマるだろうなと思いながらも、なんとなく読むのを伸ばし伸ばしにしてしまっていたもののひとつ。まだ1作しか読んでいないのでわかりませんが、セリフ回しや、例えば17年ゼミなど随所に織り込まれているトピックはアンテナを刺激してくれるものではありました。
さて、主な登場人物のひとりである少女が、いつも首からコカ・コーラを提げているという設定に、何かの伏線かもと思いつつ読み進んでいくと、最後まで何も出てきませんでした。「あれれ?」と思ったら、単にコカ・コーラの120周年を記念して2006年に書き下ろされた作品だったということだったのですね。なぁんだ。
私も若かりし頃は大好きで、たくさん飲みました。ですが、実はコカ・コーラはとても恐ろしい飲み物です。500mlのペットボトルで角砂糖14個分もの糖分が含まれていると言われています。日本でもペットボトル症候群、つまり急性の糖尿病が騒がれだしましたね。アメリカでは、2009年までに糖分の入った炭酸飲料を公立の小・中学校の食堂や自販機には置かないことにしていくのだそうですよ。私も糖分の過剰摂取がいかに恐ろしいものかを知るまでは、何も考えたことがありませんでした。糖分だけで考えれば、身体に良さそうなスポーツドリンクや100%果汁ジュースなども飲みすぎは考えものです。糖尿病は、血管を破壊し、失明や足の壊疽、脳疾患・心疾患などを招く恐れのある本当に恐い病気です。自分がその辺りのことを知るに至って、なぜもっと世の中にこういった重大な事実を広めないのか不思議でなりませんでした。企業の利益優先という社会の体質がよくわかります。
生活習慣病に注意するように、メディアなどでもウエストサイズを目安にしたりして、取り上げられることが増えてきましたが、実際、自分の生活習慣を省みることができる人は少ないのが現状でしょう。このまま飽食を続けていったら、日本人はすべて生活習慣病化しますね。
と、ここまで書いたら「コカ・コーラ」を潰す気かと思われるかもしれませんが、まったくそんなつもりはありません。コカ・コーラは、実はなくてはならない必要悪だからです。糖尿病の人が、低血糖を起こすと昏睡したりして命に関わることがあります。昔は低血糖を起こしたら飴玉を舐めさせろとか言いましたけど、医者が何を薦めると思います?そう、コカ・コーラなのですexclamationファンタ・グレープなんかもいいらしいですよ。ブドウ糖がない場合で、液体が飲める状態なら、一番効くらしいです。ということは、裏返せばやはりそれだけ糖分が含まれてるってことの証でもあるわけですが。
疲れたときには、甘いものが欲しくなりますよね。そんなときに甘いものを口にすると、本当に生き返ります。先日、ひどい風邪で体力が極度に消耗したとき、たまたまうちにあったブドウ糖を舐めてみました。すると、瞬時に血液が温かく体内を巡るのが感じられ、栄養分を隅々まで運んでいるのが実感できました。甘いものを否定しているわけじゃありません。それが身体にどういった影響を与えるのかを理解した上で、少量をおいしくいただくのが身体に一番よいことをみんなが知っていればなぁと思うわけです。
posted by nbm at 16:52| Comment(0) | TrackBack(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする