2007年02月28日

マキシマムザホルモンが日本を席捲か?

夕べ録画していたアニメ「DEATH NOTE」。もちろん、狙いは大好きなマキシマムザホルモンのOP&ED。

さっき観ました。
凄すぎる…。特にOP。なぜか涙が出てしまいました。何回観ても、最後の「ワピポッ」のところで泣く…。いい歳こいて、マキシマムザホルモン聴いて、しかもアニメのOP観て泣くってなんだ?よくわからないけど、琴線に触れるんだから仕方がないじゃないか。
ずっと禁止されていたテレビ放送でのデス声も解禁。アニメーションの方も狂気満載、でもコミカルな部分もありで見事にマッチング。
にしても、「What's up, people?!」は、1年以上も前に発売されたシングル。新曲の「絶望ビリー」がEDで、「What's up, people?!」の方がOPになるとは…。

思えば、彼らに出会ったのは2003年春のこと。アニメ「エアマスター」の主題歌「ROLLING1000tOON」でした。あれから4年にして、やっと大ブレイクの兆し。でも、なんとなくもうちょっと秘密にしておきたいファン心理。もっと以前からのファンの方は、より一層そんな気持ちが強いのでは?


ヤバイな。くるな。
これじゃあ、アルバム売れちゃうぞexclamation
興味のある方で、来週の放送まで待ちきれないという方は、YOU TUBEで検索exclamation
posted by nbm at 14:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いまさらゲシュタルト崩壊

本屋さんで手に取った『やまだ眼』佐藤雅彦さんといつもここからの山田一成さんの本です。パラパラとめくると、”ゲシュタルト崩壊”について書かれている部分がありました。

そういえば…
一昨日、久々に”ゲシュタルト崩壊”を体験。文字を書いていると、文字を書いている自分の手が、感覚的には自分とは切り離されて、自分の手ではないように感じられるというものでした。よく、漢字やひらがなを見つめていると、「こんな字だったっけ?」と思うことがありますが、これがゲシュタルト崩壊ですね。「借」という文字が、漢字の中では崩壊しやすい字なのだそうですよ。大き目のフォントで表記した「借」という字を見つめていると、ゲシュタルト崩壊が体験できるかもしれません。挑戦してみました。20秒ほどで、つくりの「昔」の上部が「北」に見えてきました。崩壊してます。
”ゲシュタルト崩壊”とは、物事が全体性を失って、個別にしか認識できなくなることです。漢字なら、漢字1字なのに、長い間見つめるうちに、ただの個別の線の集まりにしか捕らえられなくなるというものですね。この現象は、静止状態で起きやすいと言われています。ある種のだまし絵などは、このメカニズムを利用しているとも言えるでしょう。本当に数日で精神が崩壊してしまう危険な実験として、鏡を使った実験などもあります。マジでヤバイので、ここでは詳しくは書きませんが、興味のある方は御自分で調べてみてください。でも、くれぐれも自分で試してみようなどとは思わないようにexclamation

大々的にゲシュタルト崩壊を体験したのは、去年の年末に年賀状の宛名を手書きしていたときのこと。宛名印刷を好まないので、いつも手書きです。宛名を書くという単純作業を淡々としていると、数十枚書いているうちに、おかしな感覚が生まれてきます。”宛名を書く”という明確な目的のある行為をしているのにもかかわらず、まず「私は今何をしているんだろう」という疑問が湧いてきます。それでも、そんな考えを無視して続けていると、自分が機械になったように思えてきます。そして、最終的には宛名を書くために動き続ける手を自分のものではないように感じ始めます。こうなると、最早「自分は宛名マシーンだ!」と自分に言い聞かせて作業をする方が楽です。一度、ゲシュタルト崩壊が起きると、作業を一時的に中断しても、中断している間は崩壊が治まるものの、再開すると途端に崩壊が起きます(笑)。脳の回路にショートカットが作られているかのようです。
年賀状の宛名書きは、延々と長時間続けていたので、ゲシュタルト崩壊が起きるのも不思議ではないのですが、一昨日の場合は、短い言葉をメモ書きしたときに起きたので、ちょっとビビリました。それも、書いた字に対して崩壊したのでなく、またしても自分の手の認識に対して崩壊したので。年末に作ってしまったショートカットの回路が何かの拍子に働いてしまったのでしょうかね。今頃?

ランナーズ・ハイってのがありますが、ウォーキングしていても軽く同じような感覚に陥ることがあります。ある瞬間から、勝手に足が前に進む感覚が生まれることがあるんです。このとき、やはり自分の足ではないように感じます。これも、やはりゲシュタルト崩壊と無関係ではないように思います。
単純な作業を長時間続けると、脳がそれを誤魔化そうとするんでしょうか。個人的には、単純作業は嫌いじゃないんですけど、普通はツラく感じるものですよね。体が極度に疲れると、脳内麻薬が分泌されてエンドルフィン・マシーンと化すように、ゲシュタルト崩壊が起きるのも、自己防衛本能からくる脳のオプション機能なのかもしれません。

あんまり関係ないけど、私は、特にカタカナの「リ」と「二」の区別がつきにくいです。その度に、よ〜く考えないと間違いそうになります。「クリーニング」とか、認識するのに苦労する言葉のひとつです。アフォ?
posted by nbm at 11:34| Comment(10) | TrackBack(1) | 自然科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月26日

「道を失ったら別の小道を探せ」

サッカーはほぼ日本代表戦しか観ないという偽サッカー・ファンですが、『オシムに学ぶ』を読んでオシムに学んでみました。なんかね、哲学を感じてしまうのですよね、この方には。私が、「この人はタダモノじゃない!」と思ったのは、日本代表監督になるかならないかの頃に知った、Jリーグだけでなく海外の試合も観られるものは全部観ているという話でした。あの年齢で、まだまだ何かを学びとろうという気持ちが強いことに感銘したのです。

オシムというと、”走るサッカー”というのが代名詞のように使われていますが、90分間”走る”ことは必要最低条件。ただ走っているだけでは意味がないわけで、”考えながら走るサッカー”を求めているのです。自分で考えることというのは、簡単にできることではないことです。特に日本の若い世代にとって、自分で考えることというのは苦手なことだと思われます。別段内戦状態にあるわけでもなく、モノや情報が溢れている現代の日本にあっては、日々生活するために一番必要なことは”選択すること”です。自ら考えをめぐらして想像もしくは創造することは、ほとんどやらずとも生きていけます。ユーゴスラビアに生まれたオシムは、国内での民族分裂や内戦を経験し、結局は祖国が無くなるという体験をしています。国が分裂して無くなってしまうなんて、想像できますか?もしも「明日から首都圏は独立国家になります。もと日本だったまわりの国は敵国となります」なんてことになったらどうしたらいいでしょう?まず、自分はどうすべきなのか。親戚や友人・知人はどうなってしまうのだろう。今まで慣れ親しんできた生活を支えてきた基盤は全て無くなってしまう。こんな経験の無い日本人の私たちは、あたふたとするばかりなのでしょうね。オシムは、そんな修羅場を潜り抜けてきた一人なのです。彼の独立した考えも、アイロニックな視点も、元々の性格もあるでしょうが、これまでの人生で経験してきたことが土台になっていることは想像に難くありません。

オシムが日本代表の監督になってから、Jリーグや日本サッカー協会の裏事情みたいなものが見えてくるようになったけれど、それは暗にオシムが教えてくれていたということがよくわかりました。例えば、監督就任の初っ端から、代表に選出したメンバーは異例の13人!これは、試合のスケジュールなどから、Jリーグのすべてのチームから選手を呼べる状態ではなかったから。そして、そういった制限付きの選考を余儀なくされたオシムが、抗議の気持ちを込めて発表したのが13人のメンバーだったというわけです。こういったJリーグや様々な選手権、対外試合などのスケジュールの間を縫って、代表戦が組まれているわけですね。その中で、A代表やオリンピック代表だけでなく、Uー21など年齢で区切られたチームが存在していてそれぞれに活動するのですから、いかにA代表とはいえ、自由に選手を選出できる状況ではないということを、オシムが監督になるまであまり感じたことがありませんでした。再三、ギリギリに発表されたり、発表が延期されたりする代表選考には、スケジュール的な裏事情もあると知り、納得です。

聖人君子でもなんでもないけれども、オシムは選手はもちろんのこと、周りのコーチやサポーター、そしてマスコミまでにも様々なことを教えてくれているようです。ジーコやトルシエも人間としての側面が見えなかったわけではなかったけれども、オシムほど内面を見せてくれた人もいなかった気がします。試合に勝っても、単純に喜ぶようなことはせず、わざと苦いお茶を飲んだりして気を引き締めようとする。
そんなオシムには、やはりなにか新しい風を起こしてくれることを期待してしまいます。おじいちゃんなんだから体にだけは気を付けてほしいですけどね。
posted by nbm at 11:14| Comment(2) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月23日

武勇伝

最近あんまりオリラジはネタをやりませんね。冠番組とか言って浮かれてると足元すくわれっぞ!

先日、友人たちと話していたときに、アクシデント談義に花が咲いたので、その辺の話をば。

友人Aちゃんが、旦那さんKちゃんと愛犬と、とある雪の山道をランクルで走っていたときのこと。この冬の少ない雪は、すぐに溶けて道は凍結。一瞬ランクルのお尻が振られたかと思ったら、脱輪して横転し1.5m下の畑にに転落。さして大きな怪我をしなかったのは幸いでしたね。携帯も通じないような山の中で、やっと来てくれたレッカーは車体が重くて持ち上がらない。あらためて呼ばれてきた別のレッカーのおっちゃんは、「奥さんもワンちゃんも寒いから乗ったままでいいよ」と車に乗せたまま、ドアミラーをクレーンで引っ張って吊るし上げた。そんな不安定な状態で、いろんなところをピキピキいわせたりユニック車がズルズルとすべったりしながら車体を持ち上げてくれたのだそうです。生きた心地がしないわな。見守っている人たちも顔面蒼白。そのまま落下しなくてよかったね。

新妻のNちゃんは、結婚前に今の旦那さんと北海道にバイクでツーリング旅行に行き、そこでちょっと事故る。手首が折れて、一時期は固定しているボルトがむき出しで刺さっているように見える状態で、”キカイダー”と言われていたらしい。バイクのタンデムで後ろに乗っているときも、特に高速道路で眠くなるという彼女は、運転している旦那さんのお尻の下に両手を突っ込んで寝ているそうです。「これなら落ちない!」ってさ。

バイクや四駆で遊んでいると、ちょっとしたアクシデントは日常茶飯事。バイクで転倒して記憶を失ったり、四駆で横転して車がベコベコに潰れたりなんてよくあることです。
私はというと、ダンナさんと山でヒルクライムをしていたときのこと。仲間が先に登って上で待っていたので、最後に私を助手席に乗せたダンナさんのジムニーがヒルクライム。登りきったところでジムニーが勢いあまって宙に飛んだ。と思ったら、着地したところが窪地。ジャックナイフのように前面から地面に斜めにジムニーが刺さる。その衝撃で、私のアゴの先が胸の谷間に当たって、そこがアザになりました。瞬間的に首がぐにゃ〜んと伸びて、ろくろ首状態。その光景を見ていた友人たちが慌てて駆け寄り、「大丈夫?!」「うん、大丈夫」と答えた私の口元から血がタラーっと滴る。舌噛んじゃった。帰り道は、「なんか肩が凝ったな」くらいだったのが、翌朝起きてみると「首、動かねぇ」。でも、首が後ろに反らずに前に伸びたので、治りも早くて後遺症も無し。

こんなことをやってきたオッサン・オバサンたちなので、いまだに懲りません。例えば、ダンナさんたちは、ゲロアタックで山道をバイクで走り回り、バイクが上から降ってきたり、バイクごと滝つぼに落ちたり、後輪に足首を巻き込まれてみたりしてます。無茶苦茶してる割に、今まで死人が出てないのが不思議です。
posted by nbm at 10:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 車・バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おもちゃじゃないのね


P67b_ETERNITY.jpgよく通る国道254号線沿いで、建物が取り壊された後に建ったのは、飛び込み台のような形のコンクリートでできた構築物。なんじゃ?と思っていると、その”飛び込み台”は建物の一部だったようで、前面ガラス張りの目立つビルが建ちました。
そして、そのガラスの内側にミョーなものが…。
銀色で流線型をしたトライクのようなもの。なんの会社なのか全然わからなかったのですが、どうやらショーに出品するような車を作っている会社のようです。飾られているモデルは、P67b ETERNITYというもので、2005年のモーターショーに出品されていたらしい。660ccターボエンジンで軽自動車扱いの3輪、バイクのように縦に2人乗れます。185km/h出るんだとさ。台数限定販売で価格は600万ほどで販売する予定らしい。たぶん。
先日、「AKIRA」の金田バイクの話が出ましたが、巷ではある意味これも”金田バイク”と騒がれたようです。アメリカのベンチャーワン社からも”金田バイク”に似たモデルを販売するそうですが、あんまり似てないな。赤く塗れば、ちょっとは似るか?見た目的には、やっぱりこれだよなぁ。
posted by nbm at 00:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 車・バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

土地土地の音楽

なんだか、同じ町からいくつものバンドが産み出されていく図式が最近目に付きます。きっかけは、八王子。腹ペコ・ミクスチャー・ロック・バンド、マキシマムザホルモンが八王子市出身なのは有名(?)ですが、「ミュージック・ステーション」出演で”赤い人”(DJケミカル)が超話題となったヒップ・ホップ・グループFUNKY MONKEY BABYSも同じく八王子市出身。両者の根底には、通ずるものがあるような気がしてなりません。
先日、ちょっと取り上げたAPPLES IN STEREO。90年代、アメリカはジョージア州アセンズ周辺でelephant6というバンドをきっかけに、インディーズでサイケデリックでポップなバンドが続々登場。アセンズは、オルタナティブ・ロック・バンド、R.E.Mを産み出した町でもあるようです。
それから、イギリスはウェスト・ヨークシャーのリーズという町。この町からは、近年グルーヴィーなダンサブル・ロック・バンドが輩出されています。もともとは、リーズに近いマンチェスターから”マッドチェスター”と呼ばれるダンサブル・ロック系の音が生まれているのですが、これは、<セカンド・サマー・オブ・ラヴ>と呼ばれた80年代のダンス・ミュージック・ムーヴメントからかなりの影響を受けているよう。いわゆるアシッド・ハウスってやつですね。もともとクラブ文化が発達していたマンチェスターやリバプールで流行ったようです。そういった流れがあって、今のリーズ出身バンドの隆盛があるのですね。私の注目は、 THE INVENTIONです。THE KBCはプレストン出身だそうですが、やはりマンチェスターに近い町ですね。そういえば、あのコリーヌ・ベイリー・レイもリーズ出身らしいですよ。リーズは紅茶文化のイギリスにあって、カフェがたくさんあったり、大学を抱える学園都市ということで、クラビングが盛んらしいです。そんなことからダンサブルな曲がウケる素地があるのでしょうね。
やっぱり、それなりの背景があって、土地に根ざした音楽が生まれるような気がします。関係ないけど、日本だと福岡県は博多周辺からミュージシャンがたくさん出てますね。最近は、沖縄出身のアーティストも多く見かけます。不思議なものです。

posted by nbm at 23:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

声の力

巷では、アカデミー賞のノミネートが話題になっていたりします。日本では、<声優アワード>なるものが創設されたそうです。主演男優・女優賞、サブ・キャラクター男優・女優賞、新人賞などが設定されていて、一般投票の結果も加味されて3月3日に決定されるとか。声優さんの場合は、演じている役が男の子の役でも、女性が演じていれば女優賞ということになるようです。第2次審査ノミネートを見る限り、外国語映画の吹き替えは置いといて、圧倒的にアニメの役柄としてノミネートされてます。
私の大好きな若本規夫さんもサブキャラクター部門でノミネートされてます。その年の作品に限られてしまうのが残念ですけど。だから、今回は「吉永さんちのガーゴイル」でのガーゴイル役としてのノミネートです。おそらく、今回のノミネーションでは最年長ではないかと思われます。あと、数年早く<声優アワード>が創設されていれば…。

アメリカなどでは、フル3CGアニメなどで、ハリウッドの有名俳優さんたちが起用されています。その流れからなのか、そういった作品の日本語版を作る際にも、日本の俳優さんたちを使うことが多いように見受けられます。しかし、声優さんたちの卓越した技術はすばらしいものです。もともと俳優さんしかやっていない人には、ちょっとやそっとじゃそのマネはできません。もちろん、上手に吹き替えができる俳優さんもいますが、ほんの一握りだと思います。アフレコの技術もさることながら、声だけで、すべてを表現しなければならないわけですから。
外国映画がテレビで放送されるのに伴って誕生した声優という職業。俳優さんと両方されている方もたくさんいらっしゃいますが、声優さんの技術はおそるべきものだと思います。同じ声優さんでも、別の作品で異なるキャラクターを演じるのに、声色が変わって別人の声に聴こえることもしばしば。山寺宏一さんなどは、素晴らしいですね。「おはスタ」やドナルド・ダックと「攻殻機動隊」のトグサが同一人物なんですからね!

ちょっと前に感じたのは、”少年声”を出させたらピカイチの釘宮理恵さんの声の力の凄さです。<声優アワード>では、主演とサブキャラの両方でノミネートされてます。今だと「銀魂」の神楽役でお馴染みですが、やはり凄かったのは「鋼の錬金術師」のアルフォンス・エルリック役。そして、その後の「Blood+」のリク役です。「十二国記」の泰麒役が少年役の始まりだったみたいですね。「灼眼のシャナ」「ゼロの使い魔」では、ツンデレ・キャラのようですが。しかし、彼女の少年声には、どうしても感情移入してしまい、兄・姉の気持ちにならされてしまいます。彼女の演じる”弟”は、あまりにもかわいくて、いやでも守ってあげたくなるのですよ。持って生まれた声に恵まれてもいるのでしょうね。

私は、アニオタというほどはアニメを観ていないので、まだまだ知らない作品や知らない声優さんもたくさんいます。今やテレビ放送されているアニメは週に100タイトルほど。OVAなども考えると網羅するのは大変なことですね。映画と違って、アニメは長いのです。ひとつの作品を観るのに、DVDでも最短の1クール分で5枚ほど、10数枚から数十枚になる作品も多いですからね。
もちろん、作品自体の魅力があってこその声優さんだとも思いますよ。今は「蟲師」を観てますが、こりゃあすごい作品ですね。詳しくは、後日書きたいと思います。

いつも思うんですけど、声優さんって歌が上手。声の出し方が上手だから、歌も同じく上手に歌えるんでしょうかね。不思議です。
posted by nbm at 17:21| Comment(2) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月18日

マッターホルン学園

昨日思い出せなかった、ダンナさんが発した言葉が判明。どんな脈絡から出てきた話なのかさっぱり覚えていないのですが、”マッターホルン学園”です。ダンナさんの口から出てきた言葉なので、信憑性が薄い(よく騙される)と疑っていると、それは「ガッツ乱平」というマンガに登場する学校の名前なのでした。見た目がイジメられっ子なのに実は天才でケンカも強いという小学生・乱平が、英才教育で知られるマッターホルン学園の編入試験に全教科満点で編入する、などという物語。らしい。
そして、この「ガッツ乱平」を調べようと、そのときにググッてみたところ、上位にあがってきたのが、なんと”しょこたんぶろぐ”だったのであります。以前から、しょこたんのスペックには感心していたのですが、「ガッツ乱平」までとは…。恐るべし。守備範囲広すぎ。しかも、そのときの記事ったら、まったく関係のない内容。ピルクルのネーミングの由来の話でした。”ピルグリム・ファーザーズ・クルー”…ギザカワユスwww
さて、この思い出せなかった「○○学園」を思い出すために、しょこたんぶろぐで探し当てようとしましたが、膨大な投稿数に断念。なんとかヒントを捜し求めて、Wikipediaを彷徨っていたら、”架空の団体一覧”というのがありました。これが滅法おもしろいexclamation最初は”架空の学校一覧”ってのを探してたんですけど、結局”マッターホルン学園”は載ってませんでした。
”架空の団体一覧”には、あらゆるフィクションに登場する軍事組織から企業やマスコミ、果ては部活動まで網羅されてます。”セクシーコマンドー部”とかね。実際は、網羅というには程遠いのでしょうが、それでも充分に楽しめるほどの件数は載ってます。当然、アニメや特撮モノ、SF作品に出てくるような類が多いのですが、いろいろあって興味深いです。時間のあるときに、丁寧に読んでみたい。
しかし、架空といっても、バカにできるものでもありません。例えば、大友克洋の名作SFアニメ「AKIRA」に出てくる、金田が乗っているバイクは、すでに現実に作られています。池袋には、作中に登場する「春木屋」というバーが実在しており、マニアには堪らない空間になってます。メニューには”カプセル”もあり。中身は…ふふふふ。このお店。数年前に何も知らずにふらっとランチに1人で入ったことがあるのですが、なんか怪しいと思って後々調べたら、やはりあの”春木屋”をコンセプトに作られていたのねと納得。それにしては、ちょっとオシャレすぎないか?でも、コアな「AKIRA」ファンの間では、オフ会に使用されているようです。
こんな例もありますからね。架空もバカにできません。っていっても、マッターホルン学園は実在しないだろうけど。
posted by nbm at 23:49| Comment(2) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

イヤハヤ南友

昨日のテレ朝「ミュージック・ステーション」ストレイテナーが出演して新曲「TRAIN」を演奏してましたが、彼らの良さが全く伝わらないミキシング…。ひどい。どうも、あの番組はラウド・ロック系の重い音を出すのが苦手なようです。「ライブに来れない人たちに楽しんで欲しい」とホリエモンじゃなかったホリエテナーが言ってくれたのに、あの音はないよ。その後、NHKの「ポップ・ジャム」にも出てたけど、こっちの方がまだ聴けた。っつーことで、ライブはムリでも、せめてCDで聴いてください、みなさんexclamationにしても、出すタイミングが遅すぎるよなぁ、「ミュージック・ステーション」は。ストレイテナーだって何年前からブレイクしてると思っとるんじゃ。毎週、毎週ジャニーズ系を必ず出してる場合じゃないよ。昨日なんかNEWSと嵐と2組出てるし。こんなんじゃ、マキシマムザホルモンとタモさんの絡みを観られるのは、いつになることやら。とかいいつつ、出ない方がいいのかもと思ったりもしますが。”出たらオワリ”みたいな感じがしないでもない。でも、レッチリ出てたしなぁ。すんません。ただのボヤキです。

ボヤキなげぇよexclamation
失礼しました。さて、本題です。
このブログのサブ・タイトルに「いやはやなんとも」とあります。このブログは、何の気なくダンナさんが立ち上げてくれたものを、私が結局は占領している形になってますが、当初のままなので、(仮)のまま驀進してます。つまり、タイトルもサブ・タイトルもダンナさんがそのとき思いついた言葉を適当に入れたもののままってことです。ズボラ感が露呈しますねぇ。

サブ・タイトルに関連して…「イヤハヤ南友」永井豪先生のマンガです。私の中では、「ハレンチ学園」と混同していたのですが、まったく別の作品だったのですね。あらためてこの作品のことを調べてみると、家早(イヤハヤ)家と果扨(はてさて)家の間での勢力争いで、両家が抱える特殊能力を持った女の子たちが戦う話のようですが、エロい描写とバイオレンス描写を織り交ぜつつ、最後には例えて言えば「エヴァンゲリオン」のような展開になってしまうあたりが永井豪先生らしいところ。
うちのダンナさんとの会話には、時折”絵が思い浮かばない”もしくは”知らない”キャラクターなどの名称が出てきて、反応できないことがあります。最近の例で言うと、「ついでにとんちんかん」まりもっこりを見て「どう見ても”ついでにとんちんかん”だろ」と。テレビアニメにもなっていて、テーマ曲をうしろ髪ひかれ隊が謳ってたり、菊池俊輔さんが音楽を担当していたりしたので、けっこうメジャーだったんでしょうか。全然記憶にないんですけど。この作品に出てくる抜作先生というキャラクターの目とまりもっこりの目がそっくり。ただそれだけなんですけどね。

他にも書きたかったのですが、どうしても思い出せません。思い出したらまた書きます。
posted by nbm at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

お鼻に栓はできません…

昨日、久々に山手線に乗る。一番強く感じたのは香水の匂い。男女問わず、いろんな人がいろんな匂いの香水を使ってました。香水の匂いが苦手な私には、ちょっとキツかった…。電車に乗ることを考えたら、もう少し控えめにしていただけないでしょうか。閉鎖空間で匂いを振りまかれると、防ぎようがないだけにキビシイです。自分がそこから逃げるしか方法はないですね。

香水の起源は、香料まで範疇に入れるとすると、古代エジプトだと言われています。唯一、海外旅行で訪ねたエジプトでは、香油や香水瓶がおみやげ品として売られていたのが思い出されます。もともとはミイラの匂いをごまかすためや宗教的な意味合いなどもあって使われていたのですね。それが、ギリシャ・ローマ時代を経て広まり、香水としての文化が花開いたのは、やはり18世紀のイタリアやフランスを中心としたヨーロッパあたりでしょうか。
「パフューム ある人殺しの物語」が、もうすぐ公開されます。どこかで映像を観て、ピンときました。パトリック・ジュースキントexclamationあれを映像化したのね、と。この映画の原作は、ジュースキントの書いた小説「香水 ある人殺しの物語」。18世紀のフランス、最下層に生まれた主人公グルヌイユは、持って生まれた超人的な臭覚で成り上がり、香水調合師として成功する。究極の香りを追い求める彼がたどり着いたのは、赤毛の美女。命あるものの匂いを取り出す方法を身につけたグルヌイユが…というお話。なんとなくは知っていたものの、この時代、糞尿が通りに捨てられ悪臭に満ちたパリの様子が手に取るようにわかる小説でした。この部分は事実であって、それを紛らわすためにお金持ちの間で香水が大流行したというわけです。当時から、悪臭や体臭を紛らわすために使われていた香水。民族的に体臭があまり強くもなく、比較的清潔な現代の日本にあっては、香水はファッションでしかないと思うのですが、だからこそ、マナーを考えて楽しんでいただきたいものです。
さて、映画「パフューム ある人殺しの物語」の監督はトム・ティクヴァ。スピルバーグやスコセッシなどが原作の映画化を狙っていたようですが、ジュースキントが承諾せずにいたのを、「薔薇の名前」などで知られるプロデューサーであり脚本家のドイツ人ベルント・アイヒンガーが口説き落としたらしい。まだ、作品を観ていないけれども、ジュースキントの判断は正しかったと思う。
私は、いわゆるコスチューム・プレイというのが苦手なのだけれど、この作品はちょっと観たいなぁ。あの醜悪な世界をどう映像化しているのか、とても興味があります。主役のベン・ウィショーは、共演のダスティン・ホフマンをして”野性的で飼いならされていない、10万人に1人の気質を持つ”と言わしめたといいますが、瞳の暗さが素晴らしい。ベルリン・フィルが初めて映画音楽を担当し、サイモン・ラトルの指揮で演奏されている音楽も、作品世界にマッチしているような気がします。このテの作品としては、久々に期待:大。

ところで、嗅覚(きゅうかく)と臭覚(しゅうかく)との違いって何でしょう?三省堂の国語辞書で調べてみると、嗅覚とは「(その生物特有の)においを感じ取る鼻の働き」とあり、臭覚とは「においを知るための感覚(嗅覚の改称)」とありました。”改称”ってなんだよ。んーよくわからない…。
posted by nbm at 11:18| Comment(8) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

「ジェノサイバー」

ダンナさんの強力プッシュにより観賞した、名作カルト・アニメ「ジェノサイバー」(1993)。生まれながらにして生体エネルギー”ヴァジュラ”を持った双子の姉妹・エレインとダイアナが、超生命体”ジェノサイバー”となって、人類と戦うという物語。徹底的に描かれるグロい映像と、救われない悲惨なストーリー。容赦の無いバイオレンス描写が日本よりもアメリカで話題となった作品です。今でこそ、珍しくなくなった悲惨なストーリー展開ですが、当時は珍しかったといいます。ろくにCGも使わずに、ほとんど手描きで作ったのかと思うと、気が遠くなるような作品です。今現在、様々なアニメ製作の場で活躍されている人たちが集結して作っていたことを思うと、実験的ではあるものの、当時としては先駆的な手法が様々使われていることに納得です。

製作の鵜之澤伸は今やバンダイの取締役。「交響詩篇エウレカセブン」などを企画した人でもあります。
監督の大畑晃一さんは、「爆裂天使」の監督をしたり、「くじびきアンバランス」「N・H・Kにようこそ」などにも絡んでいます。「世界トホホ劇場」というあらゆるB級映画を語った著書からもわかるように、そのテのセンスを持っている方とお見受けしました。
脚本の會川昇(あいかわしょう)さんは、「ラーゼフォン」「十二国記」など込み入った内容の作品を書かれていて、「鋼の錬金術師」なんかもやってますね。今の「天保異聞 妖奇士」も。
キャラクター・デザインの山形厚史さんは、「銀色の髪のアギト」で作画監督、「天保異聞 妖奇士」で”異界”をデザインされているようです。
プロダクション・デザインの山根公利さんは、「機動戦士ガンダムSEED」シリーズとか、「沈黙の艦隊」「ギャラクシーエンジェル」などでメカニカル・デザインをされてます。
荒牧伸志さんは、初のフル3CGライブアニメとして注目された「アップルシード」(2004)では監督を、映画「ピンポン」では卓球シーンのCGを作り、「鋼の錬金術師」でもプロダクション・デザインをされてます。
「ジェノサイバー」のエンドロールを観ていて「ん?」と気付いたのが五月女浩一朗さん。原画を担当されているようでしたが、これは”そ〜とめこういちろう”さんですよね?「蟲師」の絵コンテや演出をされている?お名前が珍しいのでたまたま目についたのですが、他にも現在様々な作品で活躍されているスタッフがいらっしゃるかもしれません。
そして、美術監督が神山健治さん。「攻殻機動隊」のテレビアニメ・シリーズの監督・シリーズ構成を手掛けた方で、今や押井守をも凌駕するかという勢い。しばらく前に、NHKの番組「にんげんドキュメント」で新作「精霊の守り人」を製作している姿を追っていましたが、練りに練って作り上げる神山さんのアニメを作る手法を、初めて見た方は驚かれるのではないでしょうか。もちろん、神山さんだけでなく、クリエーターさんたちは、考えに考えて作品を作っているのに違いないとは思うのですが。私があの手法を知ったのは、「攻殻機動隊」シリーズのDVDの特典映像で、シリーズ構成を脚本家たちと語りに語り、練りに練って作り上げていく過程を写した映像でした。「攻殻機動隊」は、そうでもしなければできない作品であることは確かですが、それにしても細かい所まで考えに考えて作られている、その膨大な考える作業には尊敬の念すら浮かびます。神山さんは、元々は背景とか美術監督などを担当されていたようですが、今やストーリー作りにも欠かせない存在で、いろんな才能をお持ちなのだなと感心します。

今まで、あまりスタッフのお名前にまで気を配らずにアニメを観賞していたのですが、映画を観るときに、監督や脚本家・カメラマンなどを気にしているのだから、これからはアニメでも製作サイドのスタッフさんに、もうちょっと注目しつつ観賞したいと思いました。
posted by nbm at 11:09| Comment(2) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

またまた耳についた3枚

試聴で耳についたものを御紹介。

「Life in Cartoon Motion」 MIKA(ミーカ)
混沌としたポップ。先行シングル「Grace Kelly」が、UKチャートで初登場3位にランク・インして話題沸騰。北欧系の名前かと思いきや、ベイルート生まれ?の23歳の”男性”。しかも、ポール・スミスのコレクション・モデルに抜擢されたというルックス。英BBCが今年ブレイクするアーティストとして一押しの太鼓判を押した人物です。フレディー・マーキュリーダークネスを思わせる裏声の突き抜け感と、プリンスのようなポップ・センスが合体した1枚。クラシックがバック・グラウンドにあるらしく、安心して聴ける。ここ数年経験しなかったインパクト。これからに期待です。

「TRAIN」 STRAIGHTENER
「SIX DAY WONDER」に続く2ヶ月連続リリース・シングルの第2弾。こちらでTVスポットが観られます。タイトル曲もさることながら、カップリングの「シルエット」という曲は、ギター1本の弾き語りを1発録りexclamation心に沁みます。3ピースとは思えない厚みのある音。バンドの性格がクールでストイックなせいか、女の子のファンが少ないと聞きますが、女の子にも是非聴いて欲しい。STRAIGHTENERというバンド名は、”心の歪みを音楽でまっすぐにしよう”という考え方から。独自の世界観を持つ詩も魅力的です。「TITLE」「Dear Deadman」と聴いてきましたが、段々上向きな感じ。3月に発売予定のアルバムも楽しみです。

「New Magnetic Wonder」 The Apples in Stereo
試聴はこちらフロド・バギンズことイライジャ・ウッドが設立したというレーベルからリリース。激甘メロ・サイケデリック・バンドとか言われてます。ハゲオヤジ(実際ハゲてるし…)がちょっと若ぶってやってるELOみたいな感じ。だけど、ビートルズからELOへと続くこの路線が好きな人なら、きっとハマります。イライジャ・ウッドよ、よくやった。褒めて遣わす。Elephant6というバンドから始まった米ジョージア州アセンズ周辺のバンド・ムーヴメント。Elephant6の中心メンバーでもあったロバート・シュナイダーが率いるのがこのThe Apples in Stereo。USインディーズも掘り起こせば、まだまだいろんなものがザックザクなのですね。

THE KBCとかKLAXONSとか、ポスト・パンクだの、NEW RAVEだのとロックの世界にまたしても新しい流れが生まれてきているようです。エレクトリックな音を加えたりして、ポップでダンサブルなロックが人気のようですね。しかし、なんだかニョキニョキと似たようなバンドが出てきて見分けが付かない状態です。聴きこめば、当然それぞれによいものがあるのでしょうが、ちょっと聴いただけでは歌詞が理解できない自分には、耳なじみがよいだけで、うわっつらをスーっとなでられるだけの音楽に聴こえてしまうことが多々あります。そこをいくと、日本語の歌詞で歌ってもらった方が、心に刺さる場合もありますね。しみじみ日本人だなぁと…

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2007年02月13日

習い事の効用

英会話教室で子供たちに英語を教えている友人から、様々なことを聞きました。ちょっとショックだったのは、考えてみれば当たり前のことながら、例えば小学校1年生から6年生まで6年間、英会話教室に通っても、英語を話せるようにはならないってこと。中学生から高校生まで6年間、学校の授業で英語に触れていても話せないのといっしょです。そりゃあもちろん、学校での授業とは違って、会話を中心に教えてくれるのが英会話教室。小学生ならバイリンガルになれるかもと、親が期待する気持ちもわからないではありません。でも、週に数度英語を学ぶだけでは、当然流暢に会話をするレベルには至らないってことです。そういうことを期待する親御さんには「それならおうちでも常に英語で生活してください」と話すそうです。でも、そう期待する親御さんほど、自分は英語が苦手というパターンが多いらしい。子供に夢を託してるんでしょうかね。もちろん、本人のやる気や、どうしようもないことにセンスってのもあります。発音に関して言えば、耳の良し悪しも重要なようです。聞き取りができない子供は、先生と同じように発音することができないようで。それにも増して、小学生のうちから英語をやっていたという自負のために、中学校に入ってから学校の英語の勉強をしないというパターンも多いらしいのですが、途端に授業についていけなくなるほど英語の実力は下がるのだそうですよ。母国語でない言語を身につけようと思ったら、使い続けながら単語や文法を覚える努力をしなければいけないのですね。再認識です。
一方、姪っ子がクラシックバレエを習っているのですが、生活はバレエを中心に回っている感じ。公立高校の前期試験で無事合格することができたのですが、彼女が一芸に秀でていたことが、合格を勝ち取る大きな要因であったような気がします。前期試験は、内申書と自己PR書を事前に提出し、総合問題という一般教養のような試験と面接とで判断されるのだそうです。その学校は、特に生徒の個性を伸ばすことを重んじているようだったのですが、早大の一芸入試みたいな感覚。面接試験会場では、かなり奇妙な人物を見かけたらしいし。当初、留学を考えていて、急に日本での高校受験に針路変更した姪は、ろくに受験勉強もしないまま高校に合格してしまい、本人も家族も拍子抜けしてました。いいんだか悪いんだか。いや良かったんですけどね。
私が子供の頃、習い事で通っていたのはピアノと書道。字がヘタだった私は、なぜか回りに字の上手な子ばかりだったことに羨ましさと焦りを感じて、その子たちが通う厳しい書道教室に行くことに。しかし…静かな空間でじっと座って字を書くという作業が、私にとっては途轍もなく苦痛なことで、何度も挫折。恥ずかしながら、母が書道教室に付き添って来て終わるまで教室内で待っていてくれたことも…。字が上手になりたいという願望はあるものの、その書道教室の静寂な空間に耐え切れず、ついに逃走。結果、書道5級止まり。
まわりの同級生たちが軒並みそろばん塾に通うような時代でしたが、わたしは興味ゼロ。ただ、そろばん塾の帰りにみんなが駄菓子屋さんに立ち寄っていたのが羨ましかったけど。そこで、あまのじゃくな私が習ったのがピアノ。実家の近くに音大があって、そこの音大生がアルバイトで教えてくれるピアノは月謝も安くて密かに人気の習い事でした。小学校3年生当時、猫を飼いたいという私を宥めすかして、新築の家を傷つけられたくなかった母がうまいことすり替えを行い、習わせたのがピアノ。音大生のお姉さんたちの下宿の部屋で、たまには暖かいココアなどをいただきながら、のんびりと教えてもらったピアノのレッスンは楽しいものでした。ところが、運悪く譜読みが早く初見で弾けてしまうことが多かった私は、地道に練習することをせず、当然上手にはなりませんでした。レッスンは楽しいけど、家での練習はゼロ。そんなんで上達するわけがありません。それでも、興味の矛先がコロコロと変わる私にしては異例と言ってもいい長続きで、結局大学受験の寸前までピアノを続けました。その間、先生が卒業する度に、別の先生へとレッスンは引き継がれ、3人の音大生に習いました。2番目の先生は、最初の先生が良かれと思って、自分がまったく面識の無かった優秀な学生にわざわざ頼み込んで私を生徒として託していったのですが、その優秀な先生は常に目が釣りあがっていてレッスンも厳しく恐い先生でした。最後の先生とは、だいぶ歳が近づいていたので、恋愛話とかも聞いたりして楽しかったのを覚えています。ピアノを始めたのが小3と遅かったので、ソナタに入ったところで辞めることになってしまいました。「最後に習う曲は自分で選んで」と先生に言われて、難易度を無視して選んだのがドビュッシー「月の光」。難しかったけど、なんとか弾けたときには嬉しかったなぁ。
最初の先生が、熱心に調音を教えてくださって、絶対音感とまでは行かないまでも、かなりの音感が身につきました。それには、本当に感謝です。本来の音楽好きと相俟って、弾き語りをするようになり、歌うことが楽しくなったのもピアノのおかげかもしれません。家族のいる前では絶対に歌いませんでしたが(笑)お金と時間に余裕ができたら、いつか電子ピアノを買って、音を出さずにこっそりと弾くのがひとつの夢です。

小さい頃から習っていたことで、身を立てることができる人なんて、ほんの一握りかもしれません。本人のやりたいこと、好きなこと、得意なことに早くから出会えることなんてそんなにあることじゃないでしょう。でも、子供心に楽しかった記憶があると、楽しむクセというか、努力を苦と思わずにできることもあると知ることができるかもしれません。本人がやりたいと興味を持ったことに、まず挑戦させてあげられたらいいですね。結果は別にして。
posted by nbm at 11:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

怪物くんの成功の裏に政府あり

グエムルとは、ハングルで怪物のこと。「グエムル 漢江の怪物」(2006)は、数少ない作品ではありますが、今まで私が観た韓国映画の中ではピカイチの出来でありました。ストーリーやグエムルそのものが、「WXV 機動警察パトレイバー」(2001)に出てくる廃棄物13号にそっくりだという指摘もありますが、全体的によくまとまっていて、上手く作られた娯楽映画でございました。
ソン・ガンホのマヌケっぷりも、さらわれる中学生の娘コ・アソンの目力が語る恐怖も良かったし、父ちゃんも弟もいい味出してました。キャスティングがうまいのか、俳優さんたちがうまいのか、絶妙です。独特のユーモアがある演出も笑えて、そうかと思えば泣ける部分もあり、てんこもり感はインド映画に引けをとらないかもしれません。さすがに、歌って踊ってまではありませんが。
韓国のお国事情が見え隠れするあたりも興味深いものがありました。一番強烈に感じたのは、韓国は兵役のある国だということ。グエムルに娘をさらわれた父とその家族が、武器を持って怪物に戦いを挑むわけですが、ライフルを手にするのがなんと自然なことか。手馴れたもんです。演じている俳優さんたちが実際に兵役についたかどうかまではわかりませんが、銃を扱ったことがある人の余裕がありました。日本人の民間人には、あれはできませんね。ライフルを手にしたって、どうやって扱っていいものやらわからない人がほとんどでしょう。火炎瓶を作るシーンも出てきます。韓国では、学生運動などが80年代から2000年頃まで続いてたんですね。20代・30代の人が火炎瓶を作り慣れていても不思議じゃないんですね。それから、大卒の就職難とか、とにかく色々と勉強になりました。
それにしても、日本に比べて、韓国の映画の発展は目覚しいものがあります。韓国は、国をあげて映画製作に力を入れ、韓国映画アカデミーなどの映画学校を設立したり、映画制作を経済的にも環境的にも支援する体制が整っています。映画政策のための資金調達には、韓国のベンチャー企業が積極的に参加していて、ベンチャー企業自体も政府に援助されているという構図があるらしいのですが、出資する対象である映画そのものの成功がなければ資金も集まらないわけで、映画業界とベンチャー企業が相乗的に成長しているのでしょうね。国の政策が花開き、結果を出しているのを見ると、インドの数学教育を連想します。あぁ、日本は何をやっているのやら…。
「グエムル 漢江の怪物」の監督であるボン・ジュノも韓国映画アカデミーの出身。監督がどこまで関わっているのかわかりませんが、画が面白い。なんと表現したらよいのか、ハリウッド映画や日本映画には無い、見慣れないカメラワークがたくさんあって新鮮に感じました。照明も印象的でしたし、このあたりで映画を撮る技術の高さを感じます。VFXなどの特殊効果は、さすがに外注のようですが。
日本映画は、人間の心の機微を描くような作品や、逆におちゃらけた作品、もしくはジャパニーズ・ホラーなどでは評価できる作品はあるのですが、エンターテインメントとして認められる作品はなかなか生まれませんね。アニメーションは面白いんですけどねぇ。実写モノが…。だれかどうにかしてくださいexclamation
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2007年02月10日

ひらがな4文字大流行

あらためて、世の中知らないことだらけだなと思う今日この頃。当たり前ですけど、自分の知ってることしかわからない。そりゃあ仕方ないね。ってことで、開き直って今日も駄文を書きます!

最近、気になっているマンガが「ぼくらの」という作品。アニメ化が進行中。少年少女がある日”ココペリ”と名乗る男に出会い、「ゲームをしないか」と誘われて、面白がって契約する。ところが、それは本当に戦闘で、巨大なロボットを操って正体不明の敵と戦うハメになる彼ら。しかも、ひとりずつ戦い、戦闘が終わると必ず死を迎えるという悲惨な話。鬼頭莫宏原作のこの作品、すでにアニメ化されている同じ作者による「なるたる」とはパラレル・ワールドの関係にあるらしい。
”ココペリ”に惹かれてしまったのですよね。”ココペリ”は、北米ネイティブ・アメリカンの神話に出てくる精霊のような存在。笛を吹いてます。収穫や子宝を司る存在。岩絵にその姿が描かれています。背中が曲がっていて、瘤があるとか荷物を背負っているとか言われてますが、ナゾの多い精霊です。「ぼくらの」では、”ココペリ”という名に深い意味はないのかもしれませんが。

しばらく前から、ライトノベルやアニメなどで、ひらがな4文字のタイトルをよく目にします。「ぱにぽに」「まほらば」あたりから始まり、最近の「かのこん」「つよきす」 なんてのも。なんかラブ・コメ系やほのぼのした作品に多いのでしょうか。語感がやわらかい感じはしますね。カタカナや記号を混じったものも音にしたときの語感は同じなので、「ラブひな」とか「よつばと!」「いぬかみっ!」「となグラ!」なんてのも同じ部類に入りますかね。大体、大元の言葉があって、それを略したものがほとんどですが、オノマトペもあって、なんだか大流行です。詳しくないのですが、エロゲー・ギャルゲーの世界もこの傾向があるようです。ちょっと毛色が違いますけど「ごくせん」もそうですね。「銀魂」も読みだけ考えれば4文字だ。なんでも4文字ならいいのかexclamationでも、俳句や短歌など単純な発音の日本語ならではの文字のリズムというのは、昔も今も変わらず耳なじみが良いものなのでしょう。長ったらしいバンド名なんかも、途端に略されてかっちょ悪い呼び方をされたりします。いいんだかわるいんだか。

今日の蛇足。ダンナさんの強力プッシュで名作OVA「ジェノサイバー」を観ています。今から考えるとなんという才能が集まって作ったのかというゴージャスな面々で製作された先駆的なSFバイオレンス作品。実験的な映像が多く、面白いです。後日詳しく書きたいと思います。
posted by nbm at 11:46| Comment(2) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月09日

がんばれ!図工の時間

さっき、テレビ番組で、図工の時間の大切さを取り上げてました。そこで紹介されていた「がんばれ!図工の時間」というプロジェクト。小学校高学年の図工の時間が平成14年度に年間70時間から50時間に削減されてしまったことに危機感を覚えて、立ち上げられたプロジェクトです。ロゴを見てピンときて調べてみたら、やっぱり関わってました佐藤雅彦先生。
街頭で親御さんたちを対象に、子供が勉強する上で重要な科目は何かというアンケートをしてました。みなさん国語・算数あたりを挙げます。図工をプッシュする親御さんはいない。まぁ、そうでしょうね。そこで、自分なりに重要な科目を考えてみました。まず、国語。これははずせません。何を勉強するにしたって、ほとんどのことは母国語の言葉で書かれているものを読んで理解する必要がありますし、言葉で考えて言葉で表現しなければなりません。どうしたって基本中の基本です。算数もある程度は必要ですね。日常、数の概念はいたるところに出てきます。最低限の加減乗除くらいはできないと不便ですね。それから大切なのは理科。動物のからだや天体のしくみを知ったり、基本的な化学反応を知ったりすることは、生きる力を身につけることになります。体育も大事かも。今の時代は子供が自ら進んで体を動かすことが少ないので。体の動かし方を知ることは、身の危険を回避する手立てになりますから。
そして、意外だけれど図工も重要だということがわかりました。自分を見つめ、評価することにつながるからです。「みんなマル」だと教師が言ってました。図工に間違った答えなんてありません。みんなそれぞれの良いところを認めて褒めてあげられると。図工に力を入れると、他者を認める空気が生まれるのだそうです。そういう時間があってもいいよね。運動会で徒競走を廃止したりする変な非差別化は嫌だけど。もうひとつ、重要なのは、作品を作るに当たって自らと対話し、自分を知って、さらにそれを表現するということができるということ。心理学でも対象に絵を描かせて、その心理を解明しようとする手法があります。絵は、それだけ心の中を投影しやすいものなのでしょう。私自身は絵が下手クソで、自分の思うままに表現できないのですが、先輩が描いた抽象画を観ると、本当に心の中が手に取るようにわかるのが不思議なくらいでした。
同じ芸術の分野でも、音楽ではなかなかこうはいきません。科目としては音楽の方が必要ないかも。あらためて考えると、音楽の授業の必要性ってわかりません…。一体何でしょう?
余談ですけど、高校の頃、芸術選択でクラス分けがされてました。音楽・美術・書道とこの3つから芸術科目を選択し、それを基本にクラスが分かれてました。すると、どういうわけか音楽クラスには目立ちたがりのバカが集まり明るいクラスに。書道クラスが一番地味だったような気がします。なぜでしょう?
私のように絵が描けない人間でも、適切な指導をされれば、ある程度は絵が描けるようになるのでしょうかね。絵は描けないけど、工作は大好きでした。中学生の頃に彫刻して作ったオルゴールは、まだ手元にあります。厚紙を1枚渡されて、何でも好きな物を作りなさいと言われたときには、タロット・カードを作った覚えがあります。他にもアクリル板を熱で加工したり、ピーマンの抽象画を描いたり…考えてみると、図工や美術の授業はずいぶん強く印象に残っているものですね。それだけ自分の脳を使って、心を砕いて作品を作っていたのかもしれません。
がんばれ!図工の時間!
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2007年02月08日

「悪魔のピクニック」その1

今朝の「はなまるマーケット」での会話。ゲストの甲斐よしひろさんの飼い犬の名前が”アヴリル”で通称”アブさん”。どうやら薬丸さんは”アブサン”というものを知らないらしく、そういう名前のバーがあることを得意げに話してました…。甲斐さんは二の句がつげませんでした。ちなみに”アヴリル”とはフランス語でエイプリル(4月)なのだとか。学生時代フランス語を勉強したはずなのに、完全に忘れてます…。そうだっけ?

ある国では、口にしてはいけないものと禁じられているもの。それを求めて旅をし、実際に口にしてみるというルポルタージュが「悪魔のピクニック」タラス・グレスゴーというカナダ人が1年をかけて7カ国を周り、9つの”禁断の果実”を口にしています。それぞれに禁止されている理由や、禁止されているもの自体も興味深いのですが、禁止されるにいたったお国事情や隠された事実がこれまた相当に面白いです。
さて、”アブサン”とは、主にフランスまたはスイス産のリキュールの名前で、ニガヨモギなどのハーブが入った、アルコール度数が70%を越えるような非常に強いお酒。幻覚作用があるなどとして、多くの国で禁止あるいは制限されているものです。このお酒で身を持ち崩した有名人としては、ヴェルレーヌやロートレック、ゴッホなどが挙げられます。1860年代から流行りだし、1900年代に入ると各国で禁止されていきます。
アブサンの主成分は、当然ながらアルコールと、ニガヨモギを主としてアニス・フェンネル・ヤナギハッカなどのハーブ。特にニガヨモギの成分ツヨンが幻覚を見せると言われ、スイスではアブサンを飲んだ人物が猟奇的な殺人を犯したりしたことを契機に禁止されていきます。実は、この人物、アブサンよりも他にたくさんのアルコール類を飲んでいたらしいのですが、そんなことはどうでもよかったらしい。フランスでは、ぶどうが不作だった年にワインから安いアブサンへと移ってしまった人の心を、ワイン業者たちが取り戻そうとしたわけですね。それで、アルコール依存症の元凶はアブサンだと禁止に。たしかに、ワインの代替品のアルコール類としてもてはやされた安いアブサンは、工業用アルコールに、緑色に血着色するための銅酢酸塩や白濁させるための塩化アンチモンなどを加えたりしたまがいもの。ときにはメタノールも使われたらしく、妄想や痙攣などの症状が出たわけです。ツヨンの幻覚作用は、相当量飲まないと現れないらしく、実際はアブサンに含まれていた強いアルコールの方が問題のようです。
ツヨンはメントールのような香りがするらしく、アブサンはリステリンとアルコールを混ぜたような味らしいですね。ニガヨモギといえば、ベルモット。”チンザノ”なんてよく聞く名前です。ver modはアングロサクソン語で”人を興奮させる”という意味。ニガヨモギのことです。これもびっくりしましたが、ニガヨモギはロシア語で”チェルノ(黒い)ブイリ(草)”というそうですよ。ヴィックス・ヴェポラッブにもニガヨモギの成分ツヨンが含まれているとか。ツヨンは大麻の成分カンナビノイドを受容する脳の受容体に作用するのだそうです。それで幻覚が見えるのですね。大量に摂取しないと幻覚に至りませんが。
映画や小説にもよく登場するアブサン。確かに、アヘンのように退廃的な雰囲気を醸し出す飲み物としてのイメージが強いですね。例えば、映画「フロム・ヘル」ジョニー・デップが繊細なグラスに注がれた緑色のアブサンに溺れているシーンなどを思い出します。
アブサンの原産国のひとつとされるスイスでは、2005年にひとつの銘柄にだけ限定的に解禁となったアブサン。アブサンには数種類のハーブが必要で、7種類を使っているとこの蒸留所のオーナーは豪語しているが、肝心のツヨンはフランスで売られている合法の低アルコールのアブサンの3分の1程度だという。アブサンには、ハーブの配合やアルコール度数によって様々なレシピがあり、結局どれが正統派なのかはよくわからなかったけれど、一番ヤバイ、ツヨンもアルコールもたくさん含んでいる本物らしきものは一般に流通していないことだけは確かなようです。たぶん、日本で本物を飲むことはできないでしょうね。
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2007年02月07日

いやいや、汲み取ろうよ

やっとこさ「ロスト・イン・トランスレーション」(2003)を観る。甘々の恋愛映画は拒絶してしまうのですけど、異文化コミュニケーションみたいなものも多少は描かれているのであろうと思い、ソフィア・コッポラの日本を描く描き方にも興味があったので、ちょっと観てみました。ネタバレありです。
う〜ん、なんだろな。私は英語が話せないけど、英語圏の人と仕事をする、しかも例えばサントリーなんて大会社のCMを任されるスタッフで、あんなにひどい通訳がいるとは考えられない。あの設定はひどいと思いました。でも、それ以外は特に日本をこきおろしている感じはしなかったけどな。日本の若者の描き方は、どこか違うアジアの国ですか?という感じも受けましたが。
舞台となった新宿のパーク・ハイアット。ホテルという舞台設定としては、いいチョイスだと思いました。新宿なんて猥雑な地に建ちながらも、逆に静謐な異世界間を醸し出している場所だからです。ただ、映画を観ただけでは、そこまで伝わるかどうか。先日、たまたま地方から所用で東京に出てきた友人と会う機会がありました。学生時代は都内に住んでいたクセに、「土地勘が無くなってる」というので、宿泊先のホテルのロビーで待ち合わせをしたのですが、そのとき、ホテルという場所が異邦人にとって、この上なく安心できる場所なのだということを再認識したものです。サービスが行き届き、言葉が通じて意思の疎通ができる。外に行かなくても、ホテル内で食事を済ませたり、バーでお酒を飲む事もでき、道に迷うこともない。そんな労せずして得られる安心感。日本のホテルなら、なおさらでしょうね。過剰なほどのサービスをしながら、チップを必要ともしないなんて。映画の話に戻りますが、この映画はそんな風に囲われた安住の世界が起点になっています。外界をすごく意識させます。
ヒロインのスカーレット・ヨハンソンの微妙なダサさがよかった。カメラマンの夫の仕事にくっついて日本にやってきたものの、1人で時間を持て余してしまう彼女。京都に行ってみたり、寺を巡ってみたり、渋谷を歩いてみたり、生け花をやってみたり、日本をなんとか楽しもうという気持ちも多少はあるようですが、今ひとつ溶け込もうという気持ちの無いことが表に出てしまっています。まるでキャメロン・ディアスのようなはじけた女優さんとの対比で、そのはじけない精神がわかりやすい。一方、ハリウッド・スターのビル・マーレーは、日常の煩わしさから逃れようと日本でのウィスキーのCMの仕事を受けたわけですが、彼の日常は日本まで追いかけてきます。日本のホテルの部屋にまで、時差も考えずにくだらないことでFAXを送ってくる妻。でも、結局は、離れてみて逆に妻子を恋しく思ったのでは?
この二人の、くっつきそうでくっつききらない距離感が良かったです。セックスをただ我慢してるだけで逆に嫌らしいくらいのプラトニックを描いたりする作品もある中、ヘンな嫌らしさがなくて好感が持てました。ビル・マーレーには、中年の男の余裕すら感じられて頼もしかったし。ウィットの効いたセリフがたくさん。
主演の二人が芸達者でしたね。特にカラオケのシーン。ビル・マーレーは流石という他はありませんが、なかなかどうしてスカーレット・ヨハンソンも上手に歌っていて魅力的でした。彼女、日本人で例えると堀北真希のような暗さを持っているのがいいです。「ゴースト・ワールド」(2001)を観たときに、共演のゾーラ・バーチを食っていて、いい女優さんだなと思ったのですが、ここまで化けるとは思いませんでした。スカーレット・ヨハンソンの夫役で、ジョバンニ・リビシが出てましたが、コレに限っては彼でなくとも良かったかも。
ハイヤーで駆け抜ける道沿いの景色が現実とは矛盾していて、まさに”トウキョウ”という景色の羅列になっていたのはガッカリでしたが、ソフィア・コッポラをしても、東京はこの程度にしか理解されていないのだなと認識できました。東京のポップな部分が強く描かれていたのも、静謐なホテルの中との対比を強めたかったからだと思うことにしましょう。私には、メッセージ性はさほど感じられず、リアリティがあるわけでもなく、少女趣味の表面的な作品としか思えませんでしたが、それなりに映像を楽しみました。「バージン・スーサイズ」(1999)にしても、私はまだ観てませんが「マリー・アントワネット」(2006)にしても、そのスタンスは変わらないように見えます。
posted by nbm at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月06日

知らなかったよ、タイソン…

昨日のK−1MAX。判定に次ぐ判定でしたが、結構見ごたえのある試合が多かったです。残念ながら、優勝された佐藤嘉洋選手は確かに強いのですが、あまりにも正論で組み立てられる試合運びに面白みが無く、好感がもてないのです。ごめんなさい。やっぱり、カウンターを食らおうがなんだろうが突っ込んでいくタイプだったり、決まるかどうかわかんないような奇抜なワザを繰り出すタイプの選手の方が魅力的に見えてしまいます。昨日は、佐藤選手と小比類巻選手の他は、ほとんどそんな頼もしい選手ばかりでした!それから、いまや総合格闘技全体に言えることですが、もう巨人禁止!いくらウェイトが同じだからって、身長差やリーチの差、筋肉量の差などを無視したカードは一方的になりやすく、見ていて面白くありません。スペックが似通っているからこそ、対決に見ごたえが生まれるというもの。
さて、ボビー・オロゴンの弟、アンディ・オロゴン選手と小比類巻貴之選手との対戦がありました。日本国内の代表選手を決めるトーナメント。魔娑斗選手は別格のシード扱いとなり、それに対して怒りを隠さない小比類巻選手。しかも、1回戦の相手は、格闘技を初めて半年という、ほとんど素人のアンディ・オロゴン選手。確かに、ひどい仕打ちだったかもしれません。でもね。試合が始まったら、のびのびとやるアンディに対して、小比類巻はガッチガチ。肩に力が入っていて、全然パンチが出せません。それは、彼の構え方からもわかりました。ダンナさんが分かりやすく解説してくれたのですが、ムエタイの選手はよく、手首を敵の方に向けてにゃんこのような構えをします。そうすることで、肩の力が抜けてパンチが打ちやすくなると同時に、相手のキックなどの攻撃を受けたときに、曲げた腕がクッションとなって衝撃を吸収してくれる効率もよいわけです。一般的に連想されるようなボクシングの構えは、力んでしまうと実はしなやかなパンチを出すのには不向きな構えだということになります。昨日の小比類巻選手は、素人になど負けられないという気負いがそうさせたのか、終始力んだままで、結局その素人に延長戦の上負けてしまいました。ひどい屈辱でしょうね。しかし、身体能力に恵まれたアンディ選手の格闘家としての成長は目覚しく、決して侮れる相手ではなかったのでした。そうは言っても、過酷な1デイ・トーナメント。両者とも負傷してしまい、先に進むことができませんでしたね。
ダンナさんと、ボクシングやキックボクシングの構えの話をしているうちに、マイク・タイソンの話が出てきました。私には、凶暴化した後のタイソンの印象が強かったのですが、彼はすごい選手だったのですね。ネット上で動画を見てみると、まず、ものすごくパンチが速い。ヘビー級であの動きはバケモノです。当時珍しかったピーカーブー・スタイルという構えをしています。パンチを受ける際に致命的となるアゴを守るために、アゴの前を拳を揃えて徹底的に守るスタイルです。そこから一旦沈み込んで、超人的な上腕の筋肉から繰り出すパンチが武器。自分の頭の上へと縦にフックするパンチは、相手からすると、視界の外から飛んでくることになるので、防ぎようがないわけです。しかも、タイソンは当初名トレーナーであるカス・ダマトについていて、ナンバーシステムと呼ばれるトレーニングをしていたとか。攻撃する場所・パンチの種類に番号を付けて、トレーナーが試合中に番号の羅列を叫んで攻撃を指示するというもの。タイソンは、トレーナーの言うとおり、正確にパンチを繰り出しては勝利したというのです。カス・ダマト亡き後、カス・ダマトが「あいつとだけは組むな」と禁じていたドン・キングと組むようになってから、タイソンがおかしくなっていったらしいのですが、おかしくなってからのタイソンの方が印象が強くて、その前の、本当に強いタイソンをあまり知りませんでした。なんかかわいそうだな。

(注)ちょっと修正しました。
posted by nbm at 22:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

絡みすぎファンタジー

ネタが溜まっちゃったんで、またまた映画の話で恐縮です。ポール・ハギス「クラッシュ」(2001)です。クローネンバーグじゃないよ。太田哲也さんでもないよ。ちょっとネタバレありですよ。
アメリカはロサンゼルス。いろんな人種が出てきて、複雑に絡み合いながら展開していく人間ドラマ。ちょっと絡み合いすぎで非現実的な脚本という感もありますが、そこは「これはファンタジー映画だ」と思って観ることにしました。”透明マント”も出てくることですし。
さて、我々日本人には縁の薄い人種問題。しかし、あれだけいろんな人種が出てきて日本人が出てこないっていうのは、人種問題の方からも日本人は関係ないと思われているかのようです。アフリカン・アメリカンやヒスパニックはもちろん、ペルシャ人や韓国人、カンボジア人まで出てくるのにね。人種というくくりで考えると、日本人はちっぽけな存在なのですから仕方ないか。出てきたところで、問題にあまり絡めませんし。
例えば、裕福なアフリカン・アメリカンが出てきたり、それなりの理由があってアフリカン・アメリカンを嫌う警官が出てきたりと、今まで人種問題といえば弱者側だと思い込んでいたアフリカン・アメリカンと白人との立場が逆転しているような事例もあったりするところが、現代的です。それだけ、人種問題が複雑化しているのが見て取れます。
生物は、自分と異なるものを排除しようとする本能があります。動物の世界を見てもそうですし、白血球など人間の体の防衛機能を考えてもそうです。ここからちょっと飛躍しますよ。皆さんホラー映画というと、それだけで敬遠されるかもしれませんが、それなりの哲学が隠されていることもあります。例えば、ジョン・カーペンター監督の「遊星からの物体X」(1982)では、南極基地に古来から眠っていた異星生物が人間に寄生するというストーリーでした。異質なものへの恐怖というテーマが隠されているとも解釈できます。あるインタビューでジョン・カーペンターは語っています。
「人間は違う人を見ると何となく敵という感じがする…人と接する時には、心や考え方や道徳心で接すべきです。人間の価値は内にあるモノであって、見た目ではないんですよ」

「モンスターはモンスターであってモンスターでなく、何かを象徴しているんです。モンスターは象徴であり、もっと深い意味を持つもののシャドーです。私は、映画監督として、人間の心の暗い部分、影の部分に触れなければならないのです」

モンスターが出てくるようなホラー映画も、実は異質なモノへの恐怖をものすごくわかりやすく表現しているとも言えるわけですね。
それで、思い出すのがマイケル・ムーア監督の「ボーリング・フォー・コロンバイン」(2002)。あのコロンバイン高校での銃乱射事件を題材にしたドキュメンタリーですね。あの中で、とっても解りやすかったのが、「サウスパーク」風のアニメーションでした。アメリカの歴史を簡単に振り返ると、侵略の恐怖との戦いを繰り返していたことがわかります。自らが侵略して作った国であるがゆえに、いつ他から侵略されるかという恐怖が植えつけられてしまったみたいな。だけど、不思議だったのは、お隣カナダの国民は、日常家の鍵をかけないことひとつ取っても、アメリカのような不安を感じていないということ。銃社会であるか否かだけでこれだけ違うものでしょうか。
長々書きましたが「クラッシュ」は単純な映画ではないので、人種問題だけの映画ではありません。いろいろな観方ができる作品だと思います。思ったほどシリアス過ぎもしなかったので、まだ観ていない方は構えずに観てみてはいかがでしょうか。
posted by nbm at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月04日

ダークで大掛かりなピタゴラスイッチ

映画『ファイナル・デッド・コースター』でございます。大規模な事故で死ぬはずだったのに生き延びてしまった人たちが、結局不可解な死に方で次々と死んでいくという…。怪物や殺人鬼でなく、”死”そのものに付きまとわれる恐怖を描いたシリーズ。前の2作品には死神が人間の形をとって登場したのに、今回は出てきませんでしたね。その分リアルでしたけれども。今回でシリーズ3作目なわけですが、毎回ありえないような不運な偶然が重なって、何人もの人が死んでいきます。これって、現実に大事故が起こるときも、後から調査するとそうなんですよね。だから、簡単にフィクションと言い切れない部分が恐い。それにしても、よくもこんな風に、不運で大掛かりなピタゴラスイッチを編み出すものだと感心してしまいますよ。あれがあぁなって、これがこうなって…と段階を経てあの世へと送る巨大な装置ができあがります。観てると、何が事故に繋がるかわからないものだなと。いくら注意しても、想定外のことっていうのは、常に起こりうるものなのだなと思います。だからこそ、いろんな事故を防ぐために、努力を惜しむべきではないですね。
主演のメアリー・エリザベス・ウィンステッドがかわいいのですが、どっかで観たよなと思ったら「モンスター・アイランド」カマキリ・カマキリ・降参・降参です。そうだった、そうだった。あのときもかわいかったっけ。ホラー映画はヒロインが大事です。特別美人である必要なく、目力のある女の子が良い。「スクリーム」ネーヴ・キャンベルとか、「ラスト・サマー」ジェニファー・ラヴ・ヒューイットとか。ヒロインの良し悪しで、このテの作品の成功するか否かが左右されます、たぶん。

さて、ピタゴラスイッチといえば、もうひとつ。「あかりをけして」という絵本があります。作者は、アーサー・ガイサートという銅版画作家で、視覚的にしかけのある本をつくるのが好きな人のようです。私が直接手にしたのは、原書だったので英語で書いてあったものでしたが、日本語に翻訳したものも出ているようです。「8時になったらあかりをけして寝なさい」とお母さんから言いつけられたコブタちゃん。暗いのが恐いので、あかりのスイッチを消してから暗くなるまでに時間がかかるように29もの工程を考えて装置を作ります。うまくいけば、眠った頃にはちょうど暗くなるという寸法。家の中にある身近なものばかりを使って、小さなコブタちゃんが一生懸命に考えた装置は、彼の思惑通りに動いてくれるのか。とっても楽しい絵本です。
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2007年02月02日

退屈が産み出すものは…

戦争映画のようで、そうでない。『ジャーヘッド』(2006)は、私は面白いと感じました。少々ネタバレなのでご注意を。さて、『ジャーヘッド』は、湾岸戦争を背景に、アメリカ軍海兵隊斥候狙撃兵の戦場での日常を描いた作品です。
本題に入る前に、湾岸戦争がどうして起きたのか勉強してみました。イラクと地下で繋がっていると思われる油田などから、クウェートがOPECとの約束の限度を超えて石油を採掘した結果、石油価格は暴落。自国の資源でもある油田を使われた上に、石油を売ることで国益を得ていたイラクは石油価格の暴落で大打撃。それまでの戦争でアメリカへの膨大な債務が溜まっていたイラクのフセインは、どうにもならなくなってコノヤローとクウェートに侵攻。それが湾岸戦争の発端だと言われているようです。
さてと、『ジャーヘッド』は、主人公になっているスウォフの海兵隊狙撃兵としての実体験をまとめた小説を元に映画化された作品。と言っても戦闘シーンは終盤にチョロっとあるだけ。その構成から考えても、一般的な戦争映画とは異なるもの。戦うことだけを訓練で刷り込まれた兵士たちは、戦地に送られてからの長い時間を戦闘を待ち望んで過ごします。娯楽の少ない砂漠の真ん中で、家族や恋人と長く離れ、マスターベーションばかりしてただ時間をやり過ごす日々。ようやく、待ちに待った戦闘。しかし、狙撃兵として厳しい訓練を受けてきながらも結局1発の銃弾を打つ事も無く戦争は終結。映画としての時間配分を考えただけでも、この作品が、何を描きたいのかがわかります。戦争の後遺症を描いた作品は、今までもたくさんありますが、「あんなに訓練したのに戦地で無為な時間を過ごしただけで闘えなかった、1人も殺せなかった」という虚無感を描いた作品は、これまでに無かったものではないでしょうか。こう書くと、ただ退屈な映画のように聞こえるかもしれませんが、前半を退屈だと感じるなら、それは監督の思うツボ。それこそが、兵士たちに同調し、最後の虚無感を産み出す源なのですから。でも、全編ユーモアにあふれていて、「アメリカ人ってやっぱりアフォだな」と思わせるシーンも満載。それはそれで楽しめます。
主演のジェイク・ギレンホールも好きなのですが、脇役のピーター・サースガードの演技が光ります。影が薄いけど、「アメリカン・ゴシック」などに子役で出演していたルーカス・ブラックも出てるし。んー、でも彼は小さい頃の輝きが消えてしまって、ちょっと残念。期待してたんだけどな。
劣化ウラン弾を搭載でき対地上戦で活躍したAー10爆撃機が味方を攻撃するシーンなど、こんなに技術の進歩している時代に、味方同士の通信もままならないような状況が随所にあり、アメリカ軍が同士討ちでかなりの犠牲者を出している現実を裏付けているような気がしましたよ。
イラク軍が爆撃したことで、砂漠の油井が燃え上がっているシーンでは、既視感が。報道写真で見た覚えがあったので、家にあるナショナル・ジオグラフィックの写真集を開いてみると、ありました。やはり、湾岸戦争終結直後のクウェートの写真でした。この写真でも、黒煙で真っ黒な世界の中で車の轍だけがくっきりと白く写っています。『ジャーヘッド』の中でも、兵士が隊列を組んで黒煙の中を進みますが、兵士が歩く所だけが白くなってました。あれは、車のタイヤや兵士の靴に油と煤にまみれた黒い砂がくっつくために、白い道ができるわけです。そうそう、ロケ地はカリフォルニア及びメキシコの砂漠らしいです。イラク・クウェートあたりの砂漠と風景が似ているのですって。でもロッキー山脈とか写っちゃうからCG処理で消して、360度平坦な砂漠を作り出したらしいです。
わりと新しい時代の戦争映画には、ハンヴィーが登場しますね。装甲車みたいなもんですけど、このハンヴィーを改良して民間で乗れるようにしたのが、ちょっと前に流行したハマーです。「CSI:マイアミ」で、ホレイショが乗ってたヤツですね。去年あたりは日本でも流行ってて、街中でよく見かけました。
さてと、長くなったので、詳しくは書きませんが、湾岸戦争を背景としたとんちんかん映画としては、『スリー・キングス』(1999)ってのもあります。終戦後のどさくさに紛れて、フセインのお宝をゲットしようとする米兵の話です。

posted by nbm at 16:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする