2007年06月29日

勝手に音楽バトン!

カタイ話題が続いたので、ちょっと頭をやわらかにしたい。そう思っていたところに、kahnさんのブログで音楽バトンを見つけました。とっても難しい質問ばかりで、自分ならどう答えるかなと考えながら読み、楽しませていただきました。で、どうせならやってみるか、ということで、やってみようと思います。

1 初めて好きになったアーティストは?

 ドナルド・フェイゲン
 アイドルなどのファンになることなくキャピキャピ騒ぐ友人たちを冷めた目で見ていた私が、部屋に初めてにして唯一貼ったポスターは、ターンテーブルの前でタバコをくゆらすおっさんのものでした(笑)

2 初めて買ったCDは?

 まったく記憶にありません…。
 手放してしまったものもあるのでなんとも言えませんが、手元にあるCDで一番古そうなものはBASIA「TIME AND TIDE」でしょうか。
 レコードやカセットテープで持っていたものをCDに買い換えたものは除いて考えてみました。

3 今持ってるCDの枚数は?

 現在700枚くらいでしょうか。比率的に多いのはジャパニーズ・ロックで、全体の3分の1近くあります。

4 今一番好きなアーティストは?

 マキシマムザホルモン
 本格的にファンとなったのは2年ほど前。以来、他に何を聴いても、結局戻ってくるのはココ。
 
5 一番最近買ったCDは?

 BEAT CRUSADERS「EPop MAKING〜Popとの遭遇」
 阿藤快出演のDVDもついてお得感がありますよ、奥様!初回版は、スプリット3部作の曲たちも入ってマシータ!

6 普段言わないけど実は好きなアーティストは?

 ジャズ系だと、ホリー・コールレイラ・ハサウェイの声が好き。ピアノが抜群のブラッド・メルドーも好き。
 ちょっと個性的な歌姫ケイト・ブッシュ。あとは、ネヴィル・ブラザーズとか。はたまた石野卓球とか。

7 初めに思い付く一人のアーティストは?

 やっぱりプリンスですかねぇ。
 学生時代からコンサートにはけっこう行きました。いまだに好きですねぇ。

8 初めに思い付く二人組のアーティストは?

 ホール&オーツ。と答えてしまうとKahnさんと同じになってしまうので、と。
 ホール&オーツはね。本当に大好きで、「ベストヒットUSA」なんかかぶりつきで観てましたからね。
 じゃあ、ゴンチチ
 ギター弾きのおっさん二人組。超絶技巧なのに、その技巧を感じさせないさりげなさが好き。
 
9 初めに思い付く3ピースのアーティストは?

 ストレイ・キャッツ。上の流れからすると、こう答えそうになりますよね、Kahnさん!もしくは、ポリスとか(笑)
 ストレイテナー。ってことでどうかな。ストレイまで同じだし(笑)最新作「リニア」よりも以前の作品の方が好き。

10 初めに思い付く五人バンドのアーティストは?

 BEAT CRUSADERS。これしか浮かばない…。
 最近よく聴いてるし。だって、お面やコンドーム風船の印象が強くて(笑)

11 好きなサウンドトラックは?

 「プリシラ」←聴いてて楽しくなる懐かしめの曲が満載。
 「マトリックス」←ハードな音にハマるきっかけになったのはこの1枚かも。マリリン・マンソンとかプロディジーとか。
 「カルト・フィクション」←60年代からこっち、刑事ものや探偵もののドラマ・映画の曲を中心にしたコンピ。「パルプ・フィクション」にかこつけて出されたものらしく、タランティーノ作品の曲も多し。

12 最近一番よく聴いている曲は?

 なんだろう。めちゃくちゃだからコレというものは…。
 昨日は、お仕事をしながらUS3や古いキザイア・ジョーンズを聴いたりしてたし、その前の日はフジファブリックDOPING PANDARADWIMPSなど。TOOLを聴いている日もあれば、「もってけ!セーラーふく」が無限ループになってたり(笑)
 

13 音楽を聴く時に使っている物は?

 お外で聴くときは、ノーブランドの携帯プレーヤー。容量は少ないけどWMA形式で頻繁に内容を入れ替えるので全然問題なし。
 おうちでは、KENWOODのR-SE7改を使ってDAIATONEのDS200Zというスピーカーに出力して聴いてます。

14 好きな名前のアルバムorシングルは?

 これは難しい…。スティービー・ワンダー「Hotter Than July」とか?
 ゴンチチ「マイル君とパプ谷のクリマロ君」とか?
 大貫妙子「くすりをたくさん」とか?
 意味なし。語感です。 

15 今一番気になるアーティストは?

 日本のアーティストならDOES9mm Parabellum BulletYOUR SONG IS GOODなど。
 洋ものだとMIKAかな。日本版が発売されて、また騒がれてるし。あとは、JUSTICEとか。

16 今まで一番聴いたアルバムは?

 おそらく、吉田美奈子。しかし、1枚のアルバムというわけではなくて数枚から選曲したテープ。
 「扉の冬」「MINAKO」だと思います。兄の友人が作成したものと思われ…。
 洋ものならば、ドナルド・フェイゲン「The Nightfly」ELO「TIME」を同程度。「TIME」は部屋を真っ暗にして聴いてると、宇宙旅行をしてるみたいで楽しかった!

17 一番好きな曲は?

 これはムリ。だけど、今まで触れてないクラシック路線であえて1曲選んでみますと
 ドビュッシー「月の光」
 大学受験を機に、習っていたピアノを辞める時、難易度も考えず最後に弾く曲として選びました。難しかったけど、なんとか弾けるようになって嬉しかった思い出が。

18 バトンを回す音楽好き五人

 もしも、興味がおありな方がいらっしゃれば、ご自由にお持ち帰りくださいませ。
 その際は、ご一報いただけると嬉しいです。
 なぜって、他の方の答えを見るのが楽しいから(笑)

っつーことで、楽しませていただきました。そして、楽しんでいただけましたか?
ここ数年は、ロックに耳が傾いたまま。でも、他のジャンルの音楽もちょくちょく聴いてます。増え続けるCDの保管に悩むこの頃。目の前には常に何十枚ものCDのお山があります。欲しくても入手できてないCDも、まだまだたくさんありますしねぇ。どうしたものか。

posted by nbm at 12:16| Comment(8) | TrackBack(1) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月26日

古くても「新しい宇宙観」

本の話題が続いて、退屈な向きもあるやもしれませんが、私的な都合上、ムリヤリでも書きます。今日も、本の話題です。
ある方の御推薦により知った天文学者フレッド・ホイルの本を2冊読んでみました。図書館で借りようとしたら、地元の図書館には驚くべきことに1冊も無くて、隣町の図書館にあることをネットで確認してから隣町の図書館へ。ところが、書棚を探しても見当たらない。おかしいなと館内の電子案内で検索してみると、「書庫に入っているので窓口へどうぞ」ということ。そこまでしないと入手できないものでした。
そういえば、トンデモつながりなのか(笑)、「アフリカの白い呪術師」の中にもフレッド・ホイルの名前が出てきてね。訳者のあとがきでしたけど、ライアル・ワトソンはフレッド・ホイルを自分の仲間だと思っている、と。また繋がっちゃったよ。

まず、ブルーバックスの「新しい宇宙観」昭和53年に出ている本です。全然”新しく”ない(笑)それからもう30年近く経っているわけですから、当然その間に進歩していることや新しく発見されていることもあるのでしょうね。そのあたりを差し引いて読まねばと思いましたが、ホイルの学説が新しすぎるために現代の科学も追いついていないのか、あまり古い印象を受けませんでした。内容も、前半は科学の歴史を各分野から追ったものだったし、今読んでも全然OKでした。
物理学者、数学者、生物学者、天体物理学者、地球物理学者と、各方面から宇宙を見たらどういうことが見えてくるかという視点で書かれた本です。
まず、印象的だったのは、生命がありふれた元素からできているということ。やはり、生命にとって水が最重要だという考えは根底にあります。宇宙の組成で一番豊富なH₂と3番目に豊富なOでH₂Oとなるわけですよね。生体物質は炭素と窒素はそれぞれ第4、第5番目に豊富なもの。カルシウムや鉄、植物に必要なマグネシウム・硫黄・リンなども比較的豊富な元素。生命がありふれた元素からできた単純な分子によって作られているということは、生命が宇宙に豊富に存在していることにつながるというわけ。これは、もう1冊に詳しく書かれている分野です。
もうひとつ印象深いのは、量子力学的に宇宙にアプローチしたときの考え方。例の”観察者”の話ですね。私たちの知覚自体が、精神的過程と宇宙との大規模な相互作用から生じていて、それは未来との相互作用も含まれると言ってます。普段の生活からかけ離れて論じられているように感じる量子力学は、結果的にぐるっとまわって卑近なそれも精神的な問題に戻ってきてしまうのですよね。
そして、地球外生命体の話になりますが、知能というのは攻撃的な競争の結果であるという考えがショッキングでした。どこでどのように進化して生物が生まれたとしても、必然的に攻撃的な存在であるはずだというのですよ。こうは考えたくないけど、そうなのですよね。生存のためには戦わねばならない。そして、それが自己破壊にもつながっていく。それも正しい見方なのでしょう。もし、地球外生命体に出会ったとしても、同様に攻撃的存在である可能性が高いというのもイヤな感じ。SFでは、宇宙人から攻撃されることが多いけど、やっぱりそうなのかなとガッカリしてみたりして。
最終的に、みんなの地球がどうなっていくかを予測してます。面白いのは、人口制限とエネルギー問題。特に核エネルギーの開発と人口制限のタイミングに、人類が死滅するかなんとか切り抜けるかがかかっているという話。人類としての生産力が高い時期に人口抑制がなされ、その後核エネルギーが簡単に入手できるようになれば、人類にとって好都合な環境を保てる、と。原子力エネルギーの真の恐怖は、世界人口のさらなる増大を許す点にあるというのです。人口と資源やエネルギー、そして人類の生産力のバランスが保てるかってことですね。この時点では、2025年に人口問題の重大曲面を迎えると書かれています。そういえば、ニュートンが何の根拠があるのか「2060年に人類は滅亡する」って予言してたってニュースになってましたね。

さて、長くなるけどもう1冊。「生命(DNA)は宇宙を流れる」こちらは、1998年の本です。といってももう10年も前ですか。パンスペルミア説と定常宇宙論を基礎に、地球生命は宇宙空間をただようバクテリアやウィルスを元として進化してきたという内容。一見、トンデモな内容に思えますが、ひとつひとつ実験で実証を試みていて、頭ごなしに否定できないものになってます。まず、彗星がバクテリアやウィルスを運んでいるという説が面白い。成層圏内のバクテリアを調査すると、低い所よりも高い所の方がなんと10倍も密度が高いことがわかった。インフルエンザでさえも、彗星が接近する周期と発生周期が重なったり、同時多発的に地球上の複数の場所で発生することなどから、宇宙空間からウィルスが降ってきているのではという仮説がたてられている。笑っちゃうような話だけど、否定もできない。
ウィルスの存在自体が生物の進化において突然変異を起こしてきた原因ではないのかという考えも面白い。たしかに、ウィルスは宿主の細胞に取り付いてそれを変化させることで増殖していく生き物。免疫というシステムも、生物が自己防衛しているというより、ウィルスの増殖のために手を貸していると考えられなくもない。ミトコンドリアなんておかしなものが、細胞内に組み込まれてしまっていることを思い出します。進化していくためには、ウィルスにとっても私たち動物にとっても、それなりの手段を講じているということなのかもしれないね。
星間物質も乾燥したバクテリアと考えると符号する点がいくつもあるとか。宇宙空間で真空状態でも、水分こそ抜けてしまうもののバクテリアは生き続けることができ、大気でとりまかれている星にならば地表まで到達できるらしいし。

昨日、たまたま観た教育テレビの高校理科講座。地球外生命体へのメッセージを紹介してました。ドレイクが1974年に球状星団M13に向けて送った信号”アレシボ・メッセージ”。1と0で構成されている信号を解読すると、1679=23×73の素数の積に分解すれば、0=白、1=黒のマスで塗り分けていけば絵が出るというしくみ。お絵描きロジックパズルみたい。
膨大な数の星がある中、地球と同じように知的生命体が存在している可能性は低くない。でも、無限とも思われる宇宙の歴史の中で、タイミングとして同時期に別の生命体が存在するかを考えると、確率はものすごく低くなってしまうことを知りました。ドレイクが送ったメッセージが目標に到達するのは2万5千年後。同じペースで返事が帰ってきたとしても5万年経っちゃう。気の長い話だねぇ。

最後に「新しい宇宙観」から。人類に忍び寄る不安な将来は、知的生物として長期間存続するためにやむをえない障害物で、これをクリアするのは生命誕生と同じくらい困難なことだとして、
この障害をうまく乗り越える機会は、おそらく100に一つほどであろう。この時、うまく乗り越えた生物が、さらに一億年生きられると考えてみよう。この仮定の下で、わが銀河に、現在長期間存続可能な知的生物の数は、100を越えないことになってしまう。今。星間交信が行えると期待できるのは、このような幸運な生物の間でなのだが、それらのうちの最も近いものでさえ、私達から3000光年以上も離れていると考えられる。

やっぱりね。どう考えても地球は希少な星だし、地球上の生物も希少なのでしょう。日々生活していれば、いろんなことがありますけど、こう考えると自分自身だって希少な存在であるわけですよね。世の中的にはムダに思えるけどさ(笑)
posted by nbm at 11:28| Comment(5) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月25日

儀式はやがて自らの力で現実となる

さてと、「アフリカの白い呪術師」の最終章といきましょう。

アフリカの色彩の印象を思い起こしてみると、国旗やオリンピックなんかを見ていても、原色のはっきりした色をたくさん使う印象があります。アフリカ全土では、色はシンボルそのものなのだそうで、特に医術においては、色の果たす役割が重要。中でも黒・赤・白は重要な色。黒は、夜、死、排泄物、病気の色。対する白は、日光、生命、食糧、健康。そして赤は両義的で変化の意味を含む色。これら色の持つ概念は、熱さ・寒さに関する知識と結びつけて考えると理解しやすいようで。暑いアフリカでは熱は悪いもの。熱は病の象徴でもあり、それを「涼しくすること」が良いこととされる。
話は色に戻って、特に赤について。赤はやはり”血の色”であって、様々な儀式の上でも重要な色であったらしい。その赤い色を得るために、古代のアフリカの人たちは、酸化鉄を用いたのではないかという推測が載っています。酸化鉄を含む赤オークルを化粧に使ったり、死者の埋葬に使ったりしていた形跡があるとか。そして、それを得るために、赤鉄鉱(ヘマタイト)を採掘していたというのが驚き。現代の鉄鉱石開発会社がスワジランドの鉱床を採掘したところ、固形の赤鉄鉱があったらしき地層が陥没していて、何千もの古代の石器類が出てきたのだ、と。鉄器時代のはるか以前に、まだ鉄を知らないはずの人間が、石器を使って鉄を採鉱していたという事実。金属としてでなく顔料として鉄を使っていたのだそうですよ。その鉱山の古さたるや、なんと4万5千年前のもの。それだけでなく14万年前に始まっている可能性さえあるという。これぞ、ヨーロッパが足元にもおよばない昔から、アフリカは技術革新の地であったかもしれないという証拠。南アフリカはダイヤモンドの宝庫としても知られているけれど、ダイヤモンド鉱山も有史以前に採掘された形跡があり、その周辺はダイヤモンドが撮り尽くされているというのですよ。もしかしたら硬いダイヤモンドを使って、岩石でできた壁を削り、壁画を残したのではないかという説も。

この1冊の本を通して、アフリカ文化の秘密の一端を理解できたような気がします。物事を理解する上での、アフリカならではのスタンスがほんの少しつかめたような感じ。でも、この本を読む前に比べたら、アフリカ文化への理解は格段に進歩したような感覚。
見えるものと見えない力とを区別せずに、両者が渾然一体となって存在している世界とでも言えばいいのかな。雨を乞うドラムの音は、現実に雨を呼ぶ、とかね。ライアル・ワトソンはこう言っています。
ドラムを叩いたくらいで雨が降ることも、何かを望むだけでそれが実現することも、ありえないと「知っている」はずだ。しかし、はたしてそうなのだろうか。

量子力学でいう”観察者”のことに触れてから、こうも言っている。
我々の思考や願望が環境に影響を与えるという事実はもはや否定できない。最新の宇宙論はどれも意識という要素を、現実への能動的な参加因子として挙げている。宇宙の仕組みに関する新しい説は、不思議なことに、世界中の文盲の民族の古代信仰に似ているのである。(中略)起こり得ない事件の可能性を認めるだけで、それが実現する確率を高めることになるらしい。


たしかにね。怪しげなセミナーで言われるまでもなく、良いイメージを持つことは意味のあることかもしれません。ほら、スポーツ選手なんかもイメージ・トレーニングなんてやってますよね。もしも、万が一これが事実ならばですよ。悪い想像をしているよりも、良い想像をしている方が、やっぱり良い結果につながるわけで。楽観的な考えをしていた方が、得をするのかもしれませんぜ。
posted by nbm at 23:22| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

正体不明

とある情報筋からの話。、毎年夏毎に1巻ずつ刊行されて、一昨年全10巻で終了となったと思われていた実話怪談集「新耳袋」に新刊が出るという情報を得て楽しみにしていたのですが、一向に出る気配なし。やはりガセネタか?残念…。
実話怪談マニアとして、ここは、怪談雑誌「幽 第7号」や、北野誠「続 おまえら行くな」などで楽しむしかなさそうですね。充分か(笑)

その「新耳袋」新刊情報を求めて彷徨っていたときに、面白いものを発見!
公開されたのはだいぶ前のことなのでしょうが、知りませんでした。一昨年、つまりシリーズ最終巻の「新耳袋 第10夜」が出てまもなく、「新耳袋」を題材にしたPSP用ソフトが発売されたようなのですが、その撮影時に奇妙なものが映りこんでいるという…。
「特典映像撮影時に収録された”謎の物”映像公開」とあります。ここをポチッとなすると、ほんとに変なモノが見られます(笑)
不自然な動きをする小さな光の玉は、まぁ珍しくはないのですが、最初に出てくるモノは見たことがありません。住まいを探して古い家屋を見に来た姉妹が会話している映像。ですが、画面左端に青くて細長いものが映りこんでます。動き方が異常に不自然。不規則にゆらゆらと揺れてる。よく見ると、半分透けてるし(笑)最初は、上の方に縫い目のようなものが見えるので、青い長袖シャツを着た人の腕みたいに見えたのですが、それにしてはデカ過ぎるし、動きもおかしい。本番に入るとせり出てきて、「カット」と声がかかると、スッと消えていくのがまた面白い。当然、別アングルでは映ってないし、その場にいた全員がそんなものはなかったと言ってます。ある霊能者は”ゲート”だと言っているとか。なんのゲートじゃ!光や人の形をしたものが映ってるより、わけがわからない分鳥肌度:大。久々に面白いものを見ました。

最近、ヒマさえあれば夜中にバイクで山中を駆け巡っているダンナさんは、山に行く度に変なモノを目撃しているようです。それは、”バーバパパ”(笑)。もちろんそのものじゃないけど、あんな形の白い影で、手が生えてるように見えるらしい。木の間からこちらを覗いているのだそうで。
でもね。私にはそれがなんとなくわかります。なぜかといえば、同じ形状のモノを見たという話を身近な人から聞いたことがあるから。
その話を聞いたのは、私が小学生の時だから、もう30年ほど前のこと。兄の友人の話です。彼が、ある日の夜中に自室で勉強していると、母親の苦しそうなうめき声が聞こえてくるので、何事かと母親の寝室へ駆けつけます。ドアをあけると、ベッドの上で苦しがる母の上には半透明の白いものが乗っている。ダルマに手足が生えたような形状だったそうです。瞬間、そのダルマのようなものがこちらを振り向いたかと思うと、彼の横を通り抜けて階段を滑るように降り、玄関のドアをすり抜けて外に出て行ってしまったそうです。振り向いたような動きをしたけれども顔があるわけでもなく、あくまでも白くて半透明のモノだった、と。
この話の印象が強かったので、ダンナさんの話を最近聞いたときに、同種のものではないかとピンときました。だから何ってわけじゃないんですけども、まったく別のところから時を経て同じような話を聞いたということは、そのモノが実在する証明になるのではないかと。噂話として広がっているようなものでもないしねぇ。目撃した場所は、家の中と山の中でまったく違うのがまた面白いじゃないですか。でも、何なのでしょうね。

ところで、「バーバパパ」ですが、記憶の中でバーバママは何色だったか忘れてしまい、調べてみたら黒かったexclamationなんかショック。CMで使われていたりもしたのに、覚えてませんでした。っつーか、ママが黒いの?それも本当に真っ黒。ママ、怖いよ。なんかピンクの印象があったのですが、それは娘のバーバベルが同じような形状で紫なのを勘違いしてたんでしょうね。
posted by nbm at 11:02| Comment(11) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月23日

口承は高尚

再び「アフリカの白い呪術師」といきましょう。今日は言語の話。

アフリカには、文字文化が無く、多くが口承文化であることは有名ですね。文字文化が無いということで、白人社会から発達していない文化と見られることになってしまいました。ズールー族出身のクレード・ヴサマズル・ムトワという人が、こう書き残しています。
白人の場合は、歴史は書きとめられなければ歴史ではないらしい。現在、それらの歴史書に書かれている内容は、以前は何世紀にもわたって、父から子へと口で伝えられたものが多いということを白人は忘れている。アフリカには文字による記録がないので、白い科学者は自分たちの手で勝手に書いた。アフリカ人の言い分を聞こうともせずにアフリカとその歴史について結論を出した後、白人同士でそれぞれの説を議論する。誰もアフリカ人の説明を聞こうとしない

彼は、母方の祖父がズールー族の伝統的な占い師だったことから祖父に弟子入りして占い師となります。しかし、恋人が警官隊の群集への発砲で亡くなってしまい、そのときから自分の力の限りアフリカの黒人と白人との和解を図るという血の誓いをたてました。そして、民族の秘密を破って、その伝統や口承の歴史を文章にして発表したのです。けれども予想通り、秘密を破ったと黒人の老人たちから批難され、黒人の若者たちからは妥協的態度だと馬鹿にされ、白人の学者たちからは糾弾されてしまいます。
しかし、彼の洞窟壁画に対する洞察は素晴らしいものがあるのです。古くから共通して使われているシンボルを読み解くことで、絵は文字よりも多くを語っているように解釈できるようで。彼の解釈が正しいと証明できないのがもどかしいけれども、ひとつの仮説としてとりあげるのには十分な裏づけがあるのですよ。
アフリカには数々の部族が存在しているのだろうけれども、それぞれの部族になんとなく共通しているものもあっていいのでは。
「ブッシュマン」という映画がありましたね。ニカウさんが出てたヤツです。あれが次の作品では「コイサンマン」という名称になってました。「ブッシュマン」も「コイサンマン」も邦題だけみたいですけど。サン族というのが、小柄な狩猟採集民族。それが北方の背の高い色白のハム族と結びついて生まれた遊牧民族がコイ族。このコイ族とサン族を合わせて”コイサン”なのね。勉強になりました。洞窟などに残されている絵は、ほとんどサン族の手によるものと思われていたようですが、その後コイ族やバントゥー族もその伝統を受け継いで描いた可能性もあるとか。壁画は重ね描きされていることが多く、描かれた時代などを読み取るのが非常に難しいものだそうです。カチカチ話すサン族特有の発音は、ズールー語などバントゥーの言葉の中にも見られるそうで、となると発音だけでなく文字代わりの絵の表記も受け継がれているのかもしれません。だとすれば、やはりムトワさんの壁画に対する解釈は正しいものかも。白人の解釈とは全く違うのですがね。

アフリカの言葉の話でもうひとつ。アフリカの多くの言語では、「昨日」と「明日」を表すのに同じ言葉を使うのだそうで。私たちには、ちょっと考えられないですねぇ。現在を中心として現在からの”距離”を重視するので、”方向”はどっちでもいいらしい(笑)過去も未来もかけ離れた現在であるだけ。そう考えると、先祖という存在は非常に重要で日常的に大きな影響を与えるものとなる、と。死んだ先祖とまだ生まれてないすべての世代との橋渡しが、生きているものの義務。そう考えるのだそうです。シンプルだけど、壮大で哲学的な感覚。

人類はアフリカが発祥の地だとされてますよね。私たちの遠い祖先の血を一番色濃く残しているのがアフリカなのだとすれば、消えかけているアフリカの民族の人たちの文化を知ることは、祖先のことを研究する上で重要なことに思えます。
先日、柳田國男が語っている映像を見ました。「いいことも悪いこともしない、うずもれた人々に関する知識がフォークロア(民俗学)」なのだと。何気ない日常にこそ過去へのヒントがうずもれているのでしょうね。そして、その過去を知ることによって、未来への足がかりになるのだと思います。なんちって…

やっぱり、書ききれないので、この本についてはまた書こうと思います。
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2007年06月22日

異物混入運

今日の話題は少々気持ち悪いので、お食事前の方は御遠慮下さい。

今朝の朝ごはん。主食はコーンフレークにしました。そういえば、まさにこのメーカーのこの種類のコーンフレークに、奇妙なものが入っていたことがあったなと思い出してしまいましたよ。

数日前の「CSI」で、科学捜査で何かを分析している係のおねえちゃんが同僚の男性に食事に誘われた際、「人の唾液は口にしたくないから外食はしない」と言い切っているシーンがありました。調理をした人、料理を運ぶ人、高級レストランでは料理の横で御丁寧にもシェフが料理の説明してくれたりしますよね。そんなときに唾液の飛沫が料理にトッピングされてるって言うんです。確かにそうかもしれませんけど、そこまで気にするのはちょっと潔癖すぎる。レストランでの外食に限らず、工場で作られたりしている食品にも何が混入しているかわかったもんじゃありません。でも、大体信頼して口にしているわけですよね。

私も過去2度ほど、けっこうな異物混入を体験しています。
1度は、某コンビニで買ったグラタン。おそらく調理済みで冷凍されているものを、その場で加熱して出来立ての味を再現してくれる類のものです。昼休みに買って会社に持ち帰り、同僚と食事をしていたら、硬いものが歯に当たりました。「なんじゃこりゃ?」と出してみると、全長7ミリほどで直径2ミリくらいのくねくねした細い金属。先っちょが鋭利に尖ってました。もっと思い切り咀嚼してたら、口の中に刺さったかもしれないし、飲み込んでしまったら内臓を傷つけていたかもしれません。普段は温和な私もさすがに頭にきて、即座にコンビニに文句を言いました。調査の結果、工場で製品を製造するラインの中の、金網の一部が切れて混入したということで、クレーム処理係の社員がお詫びの図書カードを持って謝罪にやってきました。ちなみに図書カードは500円でした(笑)

もう1件は件のコーンフレーク。スヌーピーがついてるヤツです。ちょっと甘みのついているタイプのもの。それを食べていたとき、食べ物の色とは思えぬ綺麗なエメラルド・グリーンに染まった物体が入ってました。コーンフレークにエメラルド・グリーンの着色料を塗りたくった感じ。こんなもの、見たことが無い。製品ごとお客様相談室に送りました。確か着払いで。で、数日後、小包が送られてきました。そのメーカーのお菓子の詰め合わせとお詫びの書面。よく覚えてないけど、たしか同じ生産ラインで作られていた他のものが混入したという説明だったと思います。しかし、エメラルド・グリーンのスナックってあるか?釈然としないまま、同じシリアルはもう買わん!とか思ってたけど、数年経った今は平気で食べてます(笑)

ちょっと関係ないですけど、実家でごはんを食べているとき、長兄のごはんに石が入っていることがよくありました。っていうか、それが見つかるのは長兄の茶碗の中だけで、他の誰も経験したことがありませんでした。あんたの茶碗から石が生まれてるんじゃないのかと思うほど。米に混入した石は、必ず長兄が食べることになってた。石の方が食べる人を選んでいるかのようでした。「お兄ちゃんばっかりずるい!」と思いたくなるほど(笑)
こういう経験は、頭に来ると同時に、どこかで「当たった!」と喜びたくなる自分がいるのを否定できません。怒りながらも、「おもしれぇ」と楽しんでしまうのは私だけでしょうかね。ま、命に関わらない程度だからですけどね。
posted by nbm at 10:44| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月21日

稲妻鳥

本題と関係ないけど、今朝「とくダネ!」にあのビリーが生出演してました。ビリーズ・ブート・キャンプのビリーです。それはいいんですけど、助手として出演していたのは腹筋バキバキの白人のおねえちゃんでした。で、その彼女はビリーの娘…。娘ぇ?!実の娘でないことは明白。どうやら奥さんの連れ子。でも、「2歳の時からトレーニングしてます」って本人が言ってるってことは、ほんとに小さな時から娘なのであって、本人たちには違和感なく親子なのでしょうね。事情を知らない人はびっくりするよな。

でね、今日の本の話です。原題「Lightning Bird」。邦題は「アフリカの白い呪術師」。ね。なんか話が繋がりそうでしょ?
私の大好きなライアル・ワトソンの本です。16歳で、アフリカのブッシュの中へと入り込んで生活を始め、呪術師の修行を受けたイギリス人青年エイドリアン・ボーシャの実話。アフリカに生まれ、アフリカを愛して止まないライアル・ワトソンの目線で書かれています。
話題満載の本なので、数回に分けて書くことにしましょう。

20年以上もの間、ブッシュに出入りしては、野生生活の中で見聞きしたことを、アフリカ先史学者であり、アウストラロピテクスの発見者として知られているレイモンド・ダート博士に報告し、学術的に非常に貴重な生きた資料となったボーシャ。てんかん症を持っていたことが幸いして、呪術師として修行することが許されたという。アフリカではてんかん症の発作が、先祖の霊の憑依現象だとされ、てんかんは聖なる病であって、てんかん患者は特別扱いをされるという。そんなボーシャが、何度も何度もアフリカのブッシュとダート博士との間を行き来し、現地で呪術師としてしか触れることのできない隠されていた多くの事実に触れ、それを報告することで、それまで白人が解釈していたアフリカとは違う本当のアフリカが見えてくることとなった。

ボーシャがブッシュに入るときは、ナイフと塩と毛布くらいしか持っていない。移動は、すべて徒歩。猛獣にも当然出会う。食糧を得ることは容易ではなく、その間にヒョウやライオンなどから獲物を奪うという技術を身に付けるようになった。まさに食事をしようとしているヒョウなどを、手作りの槍を片手に大声を出して脅かすという拍子抜けしそうなほど簡単な手法。それでも、かなりの確率で獲物を横取りすることが出来たという。ワトソンは、そのことについて
こういった抑制のない行動は、我々の社会では希で精神病者の証明にさえなるが、生存するための行動として評価された時代があったのかもしれない。

と言っている。斬新な視点。そんな特色が色濃く残った人が精神病と名づけられているだけなのかもと思った次第。なんか気が楽になるね。当然、そういう部類の人は現代社会では生きにくいわけだけど。

さて、アフリカの多くの部族もトーテムを持つことを知って、ネイティブ・アメリカンなんかと共通している点に驚いてみる。種族ごとに神聖で象徴となる動物が決められていて、それがトーテム。アフリカでは、「何を踊るのですか?」と出自を問われるという。「私はフクロウを踊ります」と答えれば、それがその人の種族で決まっているトーテム。何を踊るかで種族が区別できて、近親婚をさけるなどの意味もあったのかもしれない。ボーシャ自身にトーテムは本来無いわけだけれど、不思議な因縁でヘビをトーテムとすることとなり、ヘビを獲ることで解毒剤の研究所から収入を得ることにもなっていった。同時に、アフリカの人たちからは偉大な白いへび使いとしてあがめられることにもなった。<ラティノガ>つまり”ヘビの父”として。

アフリカでは、精霊を<モヤ>と呼ぶのだそう。ポリネシアでいう<マナ>と近い感覚らしい。例えばそれは、壷などにも言えることで、美しい壷のその美しさは、それを作り出した人物の<モヤ>のなせるワザなのだと解釈するのだそうだ。自然の本質をとりこんで表現できれば、それが美しさに繋がるというようなことらしい。「踊る」という動作も、本人が単に楽しみのために踊っていると見えたとしても、その”楽しみ”が自分の社会を保護し発展させていくものと信じて踊っているのだと。機能的なことと、儀礼的なことをはっきりと分けることができないのがアフリカ伝統文化の特徴であるらしい。そこまで深く読まなければ理解することができない文化であることが、この本を読んでいるとよくわかってくる。

原題になっている”稲妻鳥”とは、シュモクドリのこと。水たまり映ったに自らの姿を凝視しているのがよく見かけられるという哲学者然としたこの鳥、”未知を知るもの”とされている。風と雷とに追われて飛んでくるシュモクドリを雷雨を予告する使者として”稲妻鳥”と呼ぶのだそうだ。アフリカ人は、この鳥に礼儀を尽くし、その行動を常に観察する。何かの前兆を読み取ろうとして。何世代かに一度くらいの割合で、この鳥が人間の姿をとって人間界に現れるという信仰があるらしい。ボーシャは、稲妻鳥だったのかもしれない。
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2007年06月20日

「えむしーシスター」

昨日で、「セクシーボイスアンドロボ」も終了。ロボもニコもすごくかわいかったので、とても残念です。空回り感もありましたけど、かわいかったので全部許す!(笑)原作を読んでいないので、本来こんな関係なのかわかりませんが、ドラマの中でのロボ(松山ケンイチ)とニコ(大後寿々花)との非現実的な関係がよかった。オタクの若者と女子中学生。ちょっと間違えたらヤバイ関係になりがちですが、清々しいまでの友情なのですよ。世知辛い世の中、こんな友情が成立したらいいのにね。

さて、このドラマ。ニコを初めロボも、ニコの家族である母親役の片桐はいりさんや父親役の塚本晋也さんも、一種独特な衣装で登場してました。スタイリストは安野ともこさん。特にニコの衣装はメチャクチャかわいかった。ひどく冒険しているコーディネートなのにかわいく見える。ほとんど「MILK」のものらしいです。まだあったんだね、MILKって。

実は、今はなきファッション雑誌「mc Sister」の話をしようと思っていたのです。私が愛読していた当時のモデルさんは、今やタレントとして活躍されている方が多数。印象が強かったのはやはり村上里佳子さんでしょうか。今井美樹さんもいましたね。他にも、川原亜矢子さん、香椎由宇さん、黒谷友香さん、田丸麻紀さん、高見恭子さん、ちょっと地味だけど、「世界ふしぎ発見!」でミステリー・ハンターもしてる浜島直子さんとか、フジテレビのアナウンサー森本さやかさんとかも、みんなこの雑誌のモデルでデビューした人たち。今や雑誌モデルと言えば、女優さんやタレントへの登竜門ですけど、当時からそうだったんですねぇ。
「mc Sister」は、元々男性ファッション雑誌「Men's Club」の女の子版だったそうで、トラッド色が強い傾向にありました。私の中学生時代は、サーファーとともに、トラッドが流行していて、ハマトラとかプレッピーとか、そんなスタイルが流行ってました。「mc Sister」は、トラッドを基本としつつも、ちょっと着崩した感じのコーディネートが載っていて、何よりも着まわしや重ね着がとっても参考になりました。もっと可愛らしくてガーリーなものが好みのコは、「Non-no」を読んでいたと思われ…。おそらく高校時代までは愛読していたと思います。よく掲載されていたDo!Familyの服を着てたのを覚えてるもの。

洋服だけでなく、雑貨に強い興味を持ったのも、この雑誌の影響が強かったように思います。雑誌に載っていた小物を探して、よくソニープラザに行きましたよ。どういうわけか、当時、地元のスーパー内にソニープラザが入ってたんです!今は単に”プラザ”っていうんですね。この3月から名称変更になってる…。ここで、ちまちま輸入文房具を買うのが大好きでした。
まだまだ原宿・渋谷までは特別なことがない限り出て行かなかったので、街に出るのも池袋どまり(笑)それでも、どうしても渋谷でないと入手できないものがあったりすると、それだけ目当てに一人でドキドキしながらもショップに買いに行ったりして…。考えてみれば、やっぱりおしゃれに貪欲だったなぁ。今から思うと、なんで友達と行動していなかったんでしょう?原宿・渋谷に出るときは、ほとんど一人だった思い出があります(笑)もともと買い物をするときは一人の方が気楽な性質なのですが、この頃からそうだったのかなぁ。人の買い物に付き合うのは楽しいんだけど、こちらの買い物につき合わせるのはどうも気が引けて。納得できるものに出会うまで歩き倒すので、つき合わせるのはどうもね。
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2007年06月18日

お宝発見!

いや、単なるゴミなんですけどね。放置癖のある私が、納戸の中にナイナイしておいたものを、別の物を探していたら発見してしまいました。
それは、カセットテープ。数年前、意を決して数百本のカセットテープを処分したのですが、実家にまだ残骸があって、それを引き上げてきたのを忘れてました。っていうか、見るたびナイナイして放置してました(笑)

これがまた、すごいラインナップ。
まず目を引くのが、唯一市販のカセット。ザ・ビートルズ「ラヴ・ソングス」というもの。1977年に発売されたラヴ・ソングを集めたものだったらしい。カセットテープということは、購入したのはせいぜい中学生1年生くらいまでだと思うのですが、記憶にありません。ビートルズについては、ほとんどちゃんと聴いたことが無くて、大学生時代に村上春樹「ノルウェイの森」を読んでから、いい加減教養として1度聴いとかなきゃいかんなと、重い腰を上げて聴き始めたのを覚えてるのですが、それ以前にカセットを買っていたとは…。
あとは、他の音源から録音したものでした。
これはスゴイよ。「Pacific」って、細野晴臣・鈴木茂・山下達郎の3人が南太平洋をイメージして書いたインストゥルメンタルを集めた作品。全然曲を覚えてないんですけど。「ノアノア」っていう鈴木茂作曲の曲があるんですけど、サントリーがトロピカル・ドリンクを出してたのを覚えてます?ノアノア・ウパウパ・ボラボラだったかな。ノアノアって確かグァバベースでピンク色だった。みんなおいしかったのに無くなっちゃったな。
他に、こっち系統ではティン・パン・アレーが1本と、鈴木茂「星導夜」がありました。
これも、スゴイよ。ジャドウズ「IT'S FRIDAY」角松敏生を聴いていた頃に、その流れで聴いたジャドウズ。半分お笑いグループでしたけど、ちゃんとした音楽を作ってたんですよねぇ。
もうひとつ強烈な色物系がありました。「THE BEST OF KAMON TATSUO」嘉門達夫のベスト?すごいなぁ。でもこれ、レーベルの字がダンナさんの字です。ダビングしてもらったんでしょうね。
もういっちょ。スペクトラム「スペクトラム伝説」だって(笑)キャンディーズの話題のときにスペクトラムの前身のMMPの話をしましたけど、カセットが残っているとは…。
またまたスゴイ。ナゴム系で知る人ぞ知る死ね死ね団「MONKEY MAGIC」。ゴダイゴじゃないよ、死ね死ね団だよ。延々、るんるんさーるてーじなー、さーるてーじなーるんるん歌ってます。メンバーのひとりとダンナさんが友達だったんだよね。
友達のバンドといえば、私の友達がやっていたとあるバンドのデモテープも1本。こいつは後に別バンドでメジャー・デビューして1度だけ「夜のヒットスタジオ」に出演したこともあるんだけど、事務所に金を持ち逃げされたとかでどこかに行ってしまったよ。今はどうしていることやら…。
この中で唯一フツーっぽいのが、エルトン・ジョン「Breaking Hearts」かな。この前の作品「Too Low for Zero」が大好きだったから、流れで入手したんだろうな。
それから、イングウェイ・マルムスティーン「THE SEVEN SIGN」。元々は、ハード・ロックやヘヴィ・メタルは苦手だったのですが、そこはダンナさんの影響で聴いていたと思われ…。しかし、今はというと、人生の中で一番ハードなものを聴いているような気がしますが。
そして、最後の1本が自分でエア・チェックして作ったもの。1985年の9月に録音したものらしい。アール・クルー「Calypso Getaway」に始まり、ポインター・シスターズ、デバージ、フレディ・ジャクソン、シーラE、ジョージ・ハワード、ジャーメイン・スチュワートとほとんどブラック・コンテンポラリーな感じできて…最後の曲がなぜかアート・オブ・ノイズ「Love Beat」だって(笑)

どういうくくりで残しておいたものなのか、我ながら理解不能。おかげで、すげぇ楽しみました。もう聴けないけど。だって、動くカセット・デッキがないだもん…(泣)
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2007年06月17日

桶狭間先生もびっくり

今日は父の日ですか。うちはすでに一昨日、父を訪ねてきました。本人に欲しいものなどを聞いても、まともな答えが返って来ることはないのがわかりきっているので、母に何か父の必要なものはないか聞いてみました。即答で返って来た答えは、くつ下。なぜかといえば、父は手足の小さい人で一般的なサイズのくつ下では大きすぎて余ってしまうのだそうで。小さなサイズのくつ下はなかなか売っていないとのこと。何軒か大型スーパーを探してみると、本当に売ってない…。まったく無いことはないのですが種類がとっても少ない。あそびのあるサイズはやはり余ってダメだというので、ほとんど選択肢がありませんでした。

とはいえ、なんかくつ下だけでもつまらないので、本屋で面白そうな本を探してみました。歴史系のムックに焦点をしぼって探してみると、別冊宝島「戦国合戦 超ビジュアル地図」ってのがあったので、それを購入。戦国時代の各地の合戦が立体的な地図を元に解説してあるというもの。
実家を訪ねたものの平日だったので、夜もう寝る寸前の、酔っ払って目をつぶりかけた父に渡してきました。くつ下も本も喜んでくれたのですが、とくに本にびっくり!その数日前、父は市長の話を聞く機会があり、天皇・皇后両陛下が最近市を訪れた際に、市内の古戦場の話をしたのだと言っていた、と。そして、父にあげた本の中にまさにその合戦がとりあげられていました。もっと驚いたことには、その古戦場というのは、私が幼少の頃育った、まさにその場所。そんなところが古戦場だったとは、知りませんでした。古戦場の上で暮らしてたんだな(笑)市長の話が出たときに、母が「近所の○○寺に石碑があったの覚えて無い?」と聞いてきたのですが、就学前の私の記憶には無く…と思ってたら、父が「これのことか?」その寺の石碑の写真がムックに載ってました(笑)
それが”河越城の戦い”。「そんな戦い知らん!」と思ってたら、すげぇメジャーな戦いで、桶狭間の戦いや厳島の戦いとともに”日本三大夜戦”だって(笑)ホントかよ。どうやら記録が定かでないために、あやふやな部分が多くてあまり有名にならなかった戦いのようです。室町時代の後期、わずか8千ほどの北条氏康軍と10倍の8万もの上杉・足利連合軍とが戦い、圧倒的に数が少ない北条軍が夜襲で勝ったというものらしい。そんなの日本史で習ったっけ?そんな身近な土地での戦いだったら、習っていれば忘れないと思うんだけど、忘れてんのか?どうやら、つい先週のNHK大河ドラマ「風林火山」でその辺りを放送していたらしいし…。言われてみれば、そのムックの巻頭は、山本勘助を演じている内野聖陽さんのインタビューが載ってましたね。
何の気なく選んだムックが、こんなことに繋がるなんて思ってもみませんでした。

父は、ベッドでちまちま本を読むのが日課なので、何か与えようと思っただけだったのですが。また何某かの能力を発揮してしまったのでしょうか。幼少の頃育った土地の下に、何千もの屍が転がっていたのかと思うと、不思議な気持ちです。確かにお城は近かったけどさ。
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2007年06月16日

みの理論と中西理論

昨日、例のお昼のみのもんたさんの番組で、冷え性についてやってました。
私は哺乳類にあるまじき変温動物なので、外気温が暑い夏場は微熱状態が続き、冬場は冷え性を通り越して布団に入っていても「ガクガク」と音が聞こえるんじゃないかというくらい震え出すときがあります。体温調節機能が完全にぶっ壊れているようです。夏の微熱は、暑い時期を過ぎれば治まるし、多少だるくて人よりも汗っかきになる程度なので、ひたすらその時期を耐えるしかなく…。しかし、冬場のガクガクはちょっとヤバそうなので、なんとか対処して体温を上げねばとなるのです。こんなとき体温を測ってみると、ウソかホントか33度台だったりします。雪山で遭難してるのかい?おうちで暖かい布団に包まれながら、生命の危機です(笑)平熱は36度5分前後と高めなので、相当体温が下がってます。体内のすべての機能は著しく落ち込んでいるはず。こんなときは、体の内部から温めないと効果がないので、優しいダンナさんが特製のホットココアを作ってくれます。ココアを練り練り、牛乳をお鍋で温めてくれて、お砂糖も多め。ガクガクしてるので、カップにガチガチ歯をぶつけながらもそのココアをいただくと、数分後には震えがおさまります。効果抜群!同時に、滞っている血液を循環させるように、ダンナさんが足の先端から上に向けてマッサージをしてくれます。血液の流れが良くなるようにね。このココアとマッサージの相乗効果で、雪山から生還するのです(笑)
ここで、みのもんた登場!冷え性に効く食材として紹介されていたのは、そうです!ココア!ココアは体中に熱を配することができる食材で、しかも毛細血管まで血管を拡張する作用があるため、熱を効率よく運ぶことができ、冷え性には効くのだという説明。血流が極端に悪い私の体には、ココアは効果覿面だったわけです。自分の体の反応から、ココアの効能はわかっていましたし、ダンナさんの対処が適切であることもわかっていましたが、今回理論的にそれが裏付けられて「はぁ〜」と感心してしまいました。蛇足ながら、冷え性には心臓疾患が隠れていることもあるそうなので、御注意を。

さて、ガラッと変わってスポーツのお話。
先日のナンちゃんの番組「ナンだ!?」で、中西哲生さんが面白い話をしてました。骨盤の話です。日本人は、欧米人と骨盤の付き方が違うので、それを意識して身体を動かすことを提唱してました。横から見たときに、欧米人の骨盤がどちらかというと寝ている傾向にあるのに対して、日本人の骨盤は立っている状態なのだそうです。医学的に見るとこの骨盤の付き方の違いあから、典型的な欧米人型ならば体の片側の手足がシンクロすることで力を発揮し、日本人型ならば右手と左足のようにクロスした動きで力を発揮できるのではないかという話。中西さんは、中村俊輔選手にかこつけて、この理論を展開。体のつくりが違うのだから、欧米人の真似をしてもダメだと言い、”俊輔のキックが日本のニュー・スタンダードになるべき”と主張してました。確かに、欧米人と日本人のからだのつくりは、筋肉から骨格から違いが大きいでしょう。骨盤のつくりの違いについても、ハードルの為末大選手もそんなことを言っています。日本人の骨盤が立っているために、前へ出るべき力が斜め上に逃げてしまうのだそうです。それを認識して、日本人としての走りを追及したところから記録が伸びるようになったのだとか。そう聞くと、身体をクロスさせて、前への力を最大限に発揮できるようにすることは正しいのかも。
でも、中村俊輔選手のキックと、この骨盤理論をくっつけるのはどうかと。彼のキックをこまかく分析してました。ポイントはキックの瞬間に軸足を抜いて、それによって前への力を引き出すというもの。キックの種類によっては、軸足を横に抜くこともあり、中村選手がねんざしたという話を良く聞く気がするのはこのせいかと思い当たりました。キックの瞬間、足首が「ぐにっ」って曲がってます(笑)これは、他の人が単純に真似られるようなシロモノではないのは一目瞭然。おそらく、中村選手なりのギリギリの力加減で、最大限にパワーを引き出しつつ精度の高いキックをしていると思われ・・・。これを日本人のスタンダードにするのは、ちょっとムリがないか?ひとつのやり方として紹介するのはよいのですがね。先日、別の番組で中村選手は、将来は監督をやりたいと言ってました。サッカー教室のようなものにも精力的に取り組んでいるようです。監督になるためには様々なことを勉強せねばならないでしょうが、技術的な指導ということだけでも、広く教えていくことで全体の技術の向上になるのだろうなと、ちょっと期待しちゃいます。


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2007年06月15日

糟日部はどこに

今日は”千葉県民の日”だそうですね。埼玉県民の私には、とんと関係ないわけですが。ところで、”県民の日”ってどこの県でもあるのかと思っていたら、そうでもないみたいですね。埼玉県では11月14日。学校がお休みになったりします。

最近、埼玉県に関して、自分が知らないことが多すぎるのを再確認しました。きっかけは、「らき☆すた」というアニメ。作中に”糟日部”という地名が出てきます。これ、埼玉県春日部市辺りが舞台となっているのですが、同じ埼玉県でありながら春日部市の位置が全然わかってませんでした。感覚的には、もっとずっと北の方だと思っていたのですが、実際はここからは北東の方向ではありますが、千葉県に限りなく近い埼玉県南東部という位置でした。
以前から、埼玉は鉄道の路線によって、いくつかの文化圏に分かれているように思っていました。京浜東北線沿線の旧浦和・大宮あたり(現さいたま市)を中心とした南部のエリアがひとつ。宇都宮線・高崎線沿線の北部エリア。東武東上線・西武新宿線沿線の南西エリア。そして、実質的には県の面積の西側半分の秩父エリア。ところが、最近まであまり意識していなかったエリアがあります。それが越谷や春日部あたり。つまり東武伊勢崎線沿線です。久喜あたりから北は、埼玉県北部という感覚だったのですよ。寧ろ群馬県?という感じ。越谷は仕事で何度か行ったことがあるのですが、春日部がそのお隣だとは思いませんでした。
行政の区分とは少々違うのですが、気象庁が注意報・警報を出すときに使う埼玉県のエリア分割が、ちょっと前に新しくなりました。県南部を細分化した形になってます。ここは、南中部。私は生まれてこのかたずっとこの南中部の中で生活してきたので、それ以外の地域をよく知りません。お隣の地域なのに、感覚的に全然知らないのが南東部です。もともと市の数が多いことで知られる埼玉県ですから、全部の市を知ってるってのも珍しいと思いますけどね。つまり、東京のベッドタウンの生活としては、都内と自分の家との間を行き来するだけなので、周辺を知らないということなのかも。根無し草的で地元に関心の薄い県民性というのも頷けます。
昨年の県の平均年齢が沖縄・愛知・滋賀に次いで全国4位(41.8歳)。神奈川と千葉もほぼ同じなんですけど、東京のベッドタウンとして子供を持った若い世代が移り住んで来ているってことでしょうか。実際、周囲にはどんどんマンションや新しい住宅が増え、小さいお子さん連れの若い夫婦をよく見かけます。全国的に見ると、埼玉県は印象が薄いあるいは印象があまり良くない県だと思われますが、住み心地は悪くはないんですけどねぇ。
タグ:埼玉県とは
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2007年06月14日

バーチャルとドキュメンタリーの夜

先日の探検隊の成果から、どうしてもゲロ熱がおさまらないダンナさんは、梅雨入り前の最後のチャンスということで、平日ゲロアタックを敢行!完全なるアフォです。
ということで、朝までひとりで遊ぶことになった私。やっぱりね、なんか寝られないんですよ。ダンナさんが元気に帰ってくる姿を確認するまでどこか熟睡できない。性分だから仕方ないですね。なんて爆睡してる時もありますけど(笑)
どうせ寝られないなら、何かやりながら朝まで過ごそうということになるわけです。まず久しぶりにゲームをしてみたくなりました。古いプレーステーションを引っ張り出して、古いソフトをやり直してみます。そこはそれ、映画を観ても、結末を一切覚えていないという都合のよい脳ミソをしているため、一度クリアしたゲームも全然楽しめるという…。私がかつてやっていたのは、”アクション”と呼ばれるジャンル。自分の視点でキャラクターを動かします。映画の登場人物を自由に動かしているような感覚。ゲームの基本ともいうべきRPGは経験がありません。アンジェリーナ・ジョリー主演で映画化もされた「トゥームレイダー」シリーズがお気に入り。財宝を求めて古代遺跡なんかを探検します。ジャンプしたり、泳いだり、そうそうこんな感じ。もうひとつのお気に入りは「エコーナイト」。こちらは亡霊に襲われながらも彷徨える魂たちを昇華させていくというホラー・アドベンチャー。ボタン操作を忘れちゃってて、難儀しました。クリアすることが目的じゃなくて、キャラを操作しながらゲームの中の世界を彷徨うことを再体験したかっただけなので、ちょっとずつ楽しんで終わり。最後は亡霊に首絞められてGAME OVER。難易度の低い謎解きを楽しみながら進むアクション・ゲームが楽しい。難しすぎて前に進めないのはつまんないもんね。イマドキのゲームから考えると比べようも無いほどの画像ですけど、懐かしい思いで楽しみました。のめりこむと時間をつぎ込んでしまうことになって後悔するので、こんなもんで。今も興味のあるゲームはいくつかあるのですが、そのためにゲーム機を買い換えるほどでも…。

さて、今度はDVDの1本くらい観るかと選んだのは「ユナイテッド93」。あの9.11をテーマにした映画ですね。唯一、ターゲットに達することのなかった、テロリストに乗っ取られた飛行機の中を描いた作品。おそらく、再現ドラマみたいな作りだろうと思っていたので、”映画”として観なかったのがよかったのか、惹き込まれて観てました。
映画本編よりも興味深かったのが、特典映像。それぞれの犠牲者を演じた俳優と遺族の交流を取材する中で、犠牲者の遺族たちのその後が語られていきます。映画製作当時は、あの事件から5年も経ってませんでした。一番印象に残ったのは、配偶者を亡くした遺族は新しいパートナーを得て新しい環境で生活していることが多いってこと。「事件のことを早く忘れたい」「あのユナイテッド93便の犠牲者の妻(夫)と見られるのはもうイヤ」そんな気持ちを語る人が多く、実際新しいパートナーと新しい家族をつくっていたり、犠牲者を知る環境を変えたいと引っ越したり。一方、自分の子供や兄弟姉妹を亡くした人、友人を亡くした人たちは、いつまでも犠牲者のことを忘れずにいたいと思っているようで、変な話、「いまでも彼女はここにいるのよ」などと話す人が多かった。
映画本編の中でも思ったことなのですが、当然といえば当然なのですが、やはりアメリカ人と日本人では精神性がだいぶ違うもんだな、と。どっちがいいとか悪いとかじゃないんですよ。例えば、飛行機が落ちるとわかって、みんな家族に電話をします。ほとんどの人が、親・夫・妻・兄弟・子供たちに「愛してる」とメッセージを残します。日本人ならあまり言わない言葉でしょうね。たぶん、「ありがとう」とか「元気で」とか「子供を頼む」とか、そんな表現になるのではないでしょうかね。犠牲者には日本人の学生も含まれていますし、ドイツの方などもいらしたようですが、本編と特典映像とで、やはり欧米の方は”I”を強調されるのだなと感じました。

結論。やっぱり、自分はつくづく日本人だなぁ。
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2007年06月13日

ゲロ道探検隊


dam
雨の日曜日…。普通のご家庭ならば、「今日は雨降りだから出かけるのはやめよう」と残念なことになりますが、うちの場合は、この時期週末に雨が振るということは、ダンナさんがゲロアタックに出かけないので家に居ることに。普段はおうちの中で遊んでいるのですが、「これはチャ〜ンス!」とばかり嬉々として「出かけよう!」となりました。ゲロ道を探索に…(笑)結局ゲロアタックかよ。普段、なかなか見つけられない、新たな山への入り口を探しに行くことになったわけです。しかし、超インドア派のうちとしては、ものすごく久々のドライブ。午前中の激しい雨のおかげで渋滞知らず。助かりました。

コーヒーだとトイレが近くなるので、麦茶をポットにたくさん入れ、CDを何枚か選んだら奥武蔵へGO!近いとは言っても、片道1時間半くらいはかかります。途中、埼玉県民にはお馴染みの”山田うどん”で軽くうどんをいただいたりしながらのんびり進むと、いつのまにかデカい山並みが目の前に。おおっ!その頃には、すっかり雨もあがってました。ラッキー!レジャー気分で、コンビニでお菓子をたくさん買い込んで準備万端。これで遭難しても大丈夫?そして、また進んで行くと、道のすぐ脇には渓谷というロケーションに。天気も悪いというのに遊びにきたチャレンジャーな若者たちがむりくり川遊びをしてたりします。
そして眼前に現れたのは、ダム。渇水とか騒がれてますけど、満々と水を湛えていましたよ。ここって、某友人が夜中に一人で走りに来てくつろいでたら、湖面から何か人のような白い影が這い上がってきたって場所じゃあ…。まぁ、いいか。それから、ゲロアタックに適したゲロ道を探して本格的に探索開始。幹線道路から細いわき道に入っていくと、地元の方たちがいぶかしげな視線を送ってきます。すっごい注目されながら、その不審者を見るような視線にめげずに(完全に不審者ですけどね)、山方向へ伸びる見落としがちな山道の入り口を探す。大体、電波塔に通じる作業用のための道標か、道祖伸が目印になります。それがたまにはちゃんとした案内だったり、馬頭観音だったりもします。一番笑ったのは、ガードレールやデカめの石に直接黒マジックの手書きで「→○○山」とか書かれてたヤツ。もうちょっとどうにかならんかったんかい。
周囲を見渡すと、まるで「蟲師」の世界の中に迷い込んだよう。山々の間には、深く霧が垂れ込めてます。そんな中を、何も知らない観光客のフリをして、林道をずんずん進みます。一応観光用の道路とされているところでも、お天気が悪かったせいか、他に車は見当たらない。これねぇ。とっても不安になります。行けども行けどもくねくねと山道が続き、当然民家など無く、聞こえるのは鳥の声くらい。おかげで、野生の鹿に2度も遭遇しました。最初は、たぶん若い雌鹿とバンビちゃん。姿を見かけた瞬間に谷側の茂みに消えてしまいました。2度目は、立派な角をつけた雄鹿。近づく間、道の真ん中でじっとこっちを見てましたが、コイツは山側のしげみに消えていきました。車と当たってたら、絶対車の方か負けてたな。って、ここ、どこだよぉ。鹿が増えてるとは聞いてましたけど、数時間のうちに2度も遭遇するほどなのかい。
しかし、この誰にも行き会わないというのがずっと続くと、本当に不安になるもんです。たとえ道を間違えたとしたって、どこかで行き止まりになって戻るか、別の道にいきあたるかして帰れるのはわかりきったことなのですが、「このまま、もとの世界にはもう戻れないかも」って心配になるんですよねぇ。山には、独特の空気が流れていて、明るい昼間でさえもドキドキするんですけど、日が落ちるとその緊張感が倍増。ちょうど、かかっていたのはTOOL。おどろおどろしさに拍車をかけてしまいました(笑)真っ暗闇の中、有名な観光地でもある、とある山頂におりました。中学生の頃だったか、林間学校で苦労して山を登ってたどり着いたはずの場所だったのに、車で登れるんかい!なんかショック。人っ子一人いない、平安の昔には開山されていたという、真っ暗で静寂極まりない山頂を歩き回る。長居したくない空気…。
そんなこんなで、探索も修了。無事こちらの世界に戻ってまいりました。久々の山の空気を、良くも悪くも堪能してまいりましたよ。こう書くと山が嫌いみたいに聞こえますか?いえいえ、海なんかより私は山の方が好きです。ほんとほんと。
posted by nbm at 10:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

コンパスは当てにならない

ゲロアタックに夢中になっているダンナさんにと思い、図書館で数冊、山に関する本を借りてきました。そのうちの1冊をパラパラと見ていたところ、またまた驚愕の事実に突き当たりました!

方位磁石が指す北は真北ではない…。えーッ?!

方位磁石では、偏角(偏差)というのがあって、北を指しているようでいて、実は真北とは数度ずれてるって知ってました?関東では6度ほど西にずれてるんだそうです。北に行くほどズレは大きくなり、沖縄で5度前後、北海道では9度ほどに。数度のずれは手元で見れば数ミリだけど、1キロ進めば100メートルものズレ。そのまま何キロも先まで行ったらものすごいズレになるわけですよね。まぁ、南極大陸やアマゾンのジャングルを日常生活で移動するわけじゃないから、大体の方角がわかればよいのでしょうが。関東なら、磁石が指す北よりも、本当の北は東側に6度ほどずれていると考えなければならないことに。
磁石が指す北は地磁気の北であって、地軸の北ではないため、日本国内では5〜7度、外国だと数十度ずれる所もあるとか。アメリカの荒野で数十度はキツイな。何も目標物が無い海上を移動するための海図には、その磁気偏角がちゃんと記載されているそうです。僅かずつ広がっている偏角は、1800年頃には0だったそうで、日本の場合、200年で多くて10度ほど。地軸と地磁気の流れとが、なんで離れていくんですかね。まぁ、周期的に地磁気がひっくり返ってるって話もあります。前回地球の地磁気が反転したのは70万年ほど前だったとか。
ということで、厳密に言えば、磁気偏角は場所だけでなく時間によっても変化することになります。国土地理院では、10年ごとに全国の地磁気を調査しているようです。
国土地理院のサイトで、緯度・経度からこの磁気偏角が計算できます。自宅付近をやってみました。やはり6度39分西にずれてます(笑)ちなみに、Geocoding.jpなんて便利なものがあって、緯度・経度は住所から簡単にわかります。すごい世の中だね。
もちろん、GPSとかジャイロコンパスとか、この磁気偏角を考慮せずに済むものもあるのですが、高価ですし、普段の生活では全く必要ありませんよね。っていうか、方位磁石自体使わないか(笑)私は、どういうわけか方位磁石を持ってます。腕時計のようにリストバンドになっているもので、オイル式。夜、散歩をする時に腕に巻いておくと、星の位置と方角を確認できたりして楽しいです。携帯電話にも電子コンパスがついてます。昼間、面白い雲が出てたりすると、何気に方角を確認してみたりします。意味無し(笑)
ちなみに、四駆なんかについている車載用コンパスなどは、”カウンター表示”されているものが多いとか。つまり、コンパスを見たときに進行方向の方角がわかるようになっているものです。運転してるときに、上から覗き込めないので、側面から磁石を見ても方向がわかるように工夫してあるというものです。でも、やっぱり鉄とかあるし、車載コンパスは狂って使えないという話も。

例えば、単純に腕時計とか磁力が発生しているものがそばにあれば、方位磁石は簡単に狂います。地磁気が乱れている、例えば有名な富士の樹海なんて所でも、使い物になりませんね。周囲の溶岩に含まれる鉄分が影響するようです。
他に方位を知る手段としては、腕時計を使うなんてのもありますね。昼間、太陽が出ているときに限られますが、腕時計の短針を太陽の方向に合わせると、12時の方向と短針の方向のちょうど真ん中が南になるというもの、夜だったら北極星を見る。でも、知識が無いとできないし、空気のきれいな場所だと星がたくさん見えすぎて逆に難しいかも。うちのダンナさんは、いつも星を読んで、夜の山中を移動してます(笑)
posted by nbm at 11:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 自然科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月05日

歌をなくしたカナリヤ

昨日、とあることを知り、ショックを受けると同時に感動しました。それは、ジュリー・アンドリュースがもう歌えないってこと。
テレビのチャンネルを切り替えていて、たまたま見つけたNHKの「英語でしゃべらナイト」。今やアメリカ留学して女優としてがんばっている田村英里子ちゃんが、「シュレック3」の声優陣に英語でインタビューしていたのですが、最後に出てきたのがジュリー・アンドリュース。
実に余裕のあるステキな対応でした。インタビューの時間切れを宣告された田村英里子ちゃんに、「もう1問だけお願いします」と言われ、まわりのスタッフが咎める中、ジュリー・アンドリュースは「彼女にもう1問質問させてあげましょうよ」と。用意してきた数ある質問のリストの中から、最後の1問を焦って捜す田村英里子を「落ち着いて。一番聞きたい質問を捜して」となだめながら質問を待つその余裕。
そして、最後の質問。10年ほど前に、喉の手術をして歌が歌えなくなったことについてでした。そうだったのかぁ。特にファンというわけではないものの、やはり「サウンド・オブ・ミュージック」「メリー・ポピンズ」など、彼女の歌声は相当に印象深いもの。歳をとれば、誰しも歌声の質は落ちるものだけれど、あれだけの素晴らしい歌声の持ち主が全く歌えないなんて…。知りませんでした。なんて残酷なことだろうと思いましたよ。でもね。そこは流石なもので、そのときの心境を尋ねられて、「歌えない状態にならなければ、こうやって声優の仕事をしたり、絵本を書いたりなんてできなかったわ」みたいな答えが帰ってきました。インタビューを終えて、インタビュールームの外に出てきたジュリーに、田村英里子が握手を求めると「もちろん」と気持ちよくそれに応じただけでなく、「ハグしましょう」ってハグまでしてくれてた。短いインタビューだったけれど、なんというか、人間としての器の大きさを感じさせられました。
例えば、突然の事故で車椅子生活になってしまった人が、絶望から一転して奮起して障害者スポーツに打ち込むようになるなんて美談はよく聞きます。そういう人に限って、スポーツで将来を嘱望されていたりしてね。大切なものを奪われて、それでも別の大切な何かを見出して生きていく強さをもてた時に、以前の自分よりも人間的に成長できるってこと。あるよなって思ってたけど、夕べのシュリー・アンドリュースを見ていたら、それを確信しました。幸か不幸か、自分はそこまでの才能を持ってないし、奪われた経験もないけど、自分に起きた”悪いこと”と思えるようなことを、”良いこと”と思えるものへと自分の中で転換できるもんだってあらためて教えてもらった気がします。いつもは、ちょっと斜に構えて見てしまうようなことなんだけど、昨日は素直に感動しました(笑)

さて、同じ番組の中で、小林克也さんが語ってました。「ボクは、”国際人”という言葉が嫌い」。欧米化が国際化ではないんだと言い、日本人が日本人らしくあることが、真の国際化なのだと。日本のロックが欧米の真似事みたいに言われることに対して、「それは100%日本のものではないけれども、間違いなく日本独自の音があるんだ」と主張されてました。石焼芋の物売りの声を例に出されて。藤原正彦さんが「国家の品格」の中で言われていたことと同じようなことを言ってるなと思い、欧米文化を肌で感じてきた人は、逆に日本の素晴らしさを知ってるんだなと思いましたよ。
「ベストヒットUSA」で育った自分としては、小林克也さんの耳が衰えていないし間違っていないことが、とても嬉しく感じられました。
posted by nbm at 10:38| Comment(7) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月03日

六月病と酸素

六月のことを水無月と申します。この「無」は本来の「無い」という意味ではなくて、連体助詞の「の」みたいなものというのが定説らしいです。ということは「水が無い月」ではなくて、「水の月」。正反対じゃないですか…。田植えをするのに田に水を張ったりすることからついた名だというのですよ。
ついでに「梅雨(ばいう)」の語源ですけども、もともとは中国からわたってきた「黴雨(ばいう)」という言葉だったらしく、つまりカビの生えやすい時期の雨っちゅうことですね。カビってのもどうなのっていうんで、梅の実の熟す時期だし「梅」って当てとけ、みたいな。そんで「梅雨」。これを「つゆ」って読むことについては諸説あってはっきりしないらしい。梅を漬ける「漬ゆ」とか、単に「露」とか。どっちにしろ、「つゆ」という呼び名は江戸時代頃からのものらしく、あんまり古い言葉じゃないんですね。

巷では五月病ならぬ六月病が流行っているとか。ちょっと関係ないかもしれませんが、様々なブログを訪問していると、みなさん更新が滞る時が一致しているような気がしてなりません。なんだか不思議な精神の浮き沈みのリズムを感じるのですが、気候に関係しているのかもしれませんね。
それはさておき、斯く言うわたくしさえも、なんだか気乗りがしないのも事実。表立ってはいなくとも、なんとなくやる気の失せる時期なのかもしれまん。今日などは、実に過ごしやすく気持ちの良い一日なのですけれども。この六月病、もともとは新社会人となったOLさんたちが、この時期に生理不順など体調を崩すことから名づけられたものらしいです。それはもう一昔前のことで、いまや男女関係無く、ひと月遅れの五月病のような扱いになってます。医学的に診断するならば、”適応障害”となるのだそうです。新しい環境に慣れて、ひと段落したところで、小さな達成感から小型の燃え尽き症候群にかかるみたいなものなのでしょうか。仕事の達成感とは無縁の生活をしている私も少々感じることを考えると、仕事などまわりの環境よりも、やはり気候の変動の方が心身に影響を及ぼしている方が大きいような気がしますけどね。

気圧が低かったり、くもり空だと気分が落ち込んだりしがちです。雨が降ると古傷が痛むなんて話もよく聞きます。湿度が高いと血液が粘着性をおびるとか、低気圧だとプラスイオンが増えて新陳代謝が落ちるとか、副交感神経が優位になってリンパ球が増えるとか、気圧の変動が単にストレスと感じられるとか、いろいろあるようですが、はっきりこれというものはないようです。
そういえば、高気圧酸素カプセルってのがありますね。あのベッカムなんかが、怪我をしたときに早く治そうと使ってたヤツです。高気圧状態だと通常よりも酸素を多くからだの中にとりこめるらしい。通常、呼吸によってとりこまれる酸素は結合型といってサイズが大きいので毛細血管の隅々までいきわたらない。高気圧状態では、サイズの小さい溶解型酸素というのを多く発生させられるというので、毛細血管まで酸素がいきわたるというメカニズムらしい。でも、効果はまだまだ実証されていないようです。「液体に溶解する気体の量は気圧に比例して増える」というヘンリーの法則ってやつで、気圧を高めると気体が液体に溶けやすくなるということらしいのですが。
最近、飲料に酸素を混ぜたものが出回ってます。実は健康効果は実証されてません。酸素はからだによい。血糖値を下げたり、体脂肪を燃焼させるとか言われてますけど、酸素の分子のサイズってのがけっこう重要みたいですね。納豆ブームのときにも、たしかナットウキナーゼは分子が大きすぎて体内で有効に働かないという記事を読んだ覚えがあります。
それと、活性酸素って悪者でしたよね。体内を酸化させ、サビさせてガンなどの原因のひとつとされるものです。難しくなるから説明はしませんが、酸素を体内に必要以上に取り込むということは、活性酸素の素をたくさん取り込むことにもなるわけで。激しい運動が活性酸素を発生させやすいことは、あまり知られていない印象を受けますが。調子こいてジョギングとかしてると、活性酸素を体内にたくさん発生させていることになるのですよね。身体にいいようで、悪い面も。だからエネルギー消費が極端でなく、心拍数をあまり上げない程度のウォーキングがよいということになるのです。

結論。何事もほどほどにってことです。
なんか、まとまりなく長くなっちゃったので、このへんで。
posted by nbm at 15:57| Comment(9) | TrackBack(0) | 自然科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする