2007年08月29日

どーなってるの?

日々、知らなかったことや疑問に思うことは、言葉の問題なら辞書、新しい話題ならインターネットなど、すぐさま調べるのがクセなのですが、もうひとつ、重要な情報源があります。それがダンナさんの頭の中。
ここ数日でも、色んなことを教えてもらったのですが、例えばこんな感じ。

最近よく目にするのですが、外で話すアナウンサーの胸についているマックロクロスケのようなもの。マイクだという想像はつくのですが、なんであんなマックロクロスケ状態になっているのか疑問でありました。その疑問をダンナさんにぶつけてみると…
特に戸外では、マイクが様々な音をひろってしまうわけで、中でも高周波帯の風切り音を防ぐためについているカバーなのだそう。高周波は遮蔽物にぶつかると弱まる性質があって、その遮蔽物が不規則な形であればあるほど、その効果が高い。ということで、あんなもしゃもしゃのカバーがマイクについているわけですね。
なるほど。言われてみれば、音声さんが捧げ持っているような大きな集音マイクにも、あんなもしゃもしゃカバーがかかっているのを見たことがあるような気がします。それが、小型マイクにも付くようになったというわけでしょうかね。スポンジ状のものはスタジオ内はもちろんよく見かけていたわけですが、風防としてはもしゃもしゃの方が断然威力を発揮するのでしょう。
ダンナさんの説明では、音波の波としての性質や音の指向性などもっと詳しいものでしたし、ゼスチャーもついていたので、わかりやすいものでした。私が文章化すると、その辺りが伝わらないのが残念なのですが、何を説明するにしても、非常にわかりやすく説明してくれます。ま、相手がアホ(←私)なわけですから、噛み砕いて、ね。
ちなみに、このもしゃもしゃは”ウィンド・ジャマー”もしくは単に”ジャマー”と呼ばれているようです。毛足が長いほど効果:大だそうなのですが、買うとけっこう高いらしく、趣味で音響機材を使う方は、ムートンなどで自作しているようです。イギリスのライコート社の製品が、評判が高いようですね。1986年にライコート社が開発し、日本には1990年に入ってきたそうです。それまではビロードのカバーを使ってたとか。

もうひとつ。名古屋港水族館で、シャチくんがイルカと同じ水槽に暮らしている映像を観ました。「イルカ食われないんか?」と心配した私に、ダンナさんが言うには、シャチの中でも魚類だけを食べる小型のものがいるとのこと。
食物連鎖の頂点にいて、キラー・ホエール(英名)の名の通り、魚やイカだけでなくアザラシやイルカ、果てはホッキョクグマやクジラまで食らうと言われているシャチですが、カナダのブリティッシュコロンビアやノルウェーのティスフィヨルドなど世界の数箇所には、レジデント(定住型)と呼ばれる小ぶりの亜種がいるのだそうですよ。こいつらは、家族と群れで暮らしていて、サーモンとかニシンとかほとんどお魚しか食べないそうです。とかいっても、レジデントの中でもアルゼンチンのバルデス半島にいるコたちは、オタリア食ってるみたいだし。「レジデント=哺乳類は食べない」ということではないらしいですがね。
獰猛な印象のシャチは、トランジエント(回遊型)で一匹狼か数頭で生活しているヤツらでしょうね。映画「ディープ・ブルー」で、オタリアを空中に放り投げてなぶり殺している映像などが浮かびます。って、これも彼らにしてみればただ遊んでいるだけなのかもしれませんが。非常に知能が高い動物で、しかもデカい。海洋動物の頂点に立つわけですね。
どちらにしろ、同種に近いイルカを襲って食すことは少ないそうです。名古屋港水族館のシャチくんは、和歌山県太地町沖で捕獲されたものらしいのですが、ということはトランジエント!獰猛ややつじゃないんですかい?ま、人を襲うなんていう話も無く、人が噛まれたという話はあっても恐らくアザラシと間違えたということで、本当に食べようとしたのなら丸ごと食われてただろうという話。カプッっといったら、「あれ?間違えちゃった!」みたいな感じ?もしくは、「遊ぼうよ」ってことだったのかも。

さてと、何を聞いてもそれなりの答えが帰ってくるので、ダンナさんの頭の中は一体どーなっているのかと思ってしまいます。尊敬…。
でも、大丈夫。毎週末に山の中でバイクごと前転・後転とかしてるアホで〜す!先日も、20mくらいの、崖かと思うような斜度の山道をバイクで登ろうとしていたところ、たまたま居合わせたドリフト族のお兄ちゃんたちに、「あんな所バイクで登れるわけないじゃん」と笑われてしまい、数分後にその崖を登ったら、「あの人たち登っちゃったよ」と下から指差されたそうです(笑)
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2007年08月28日

リトアニアで野球素浪人!

昨夜のテレビ東京で、外国でよく知られている日本人をとりあげる番組をやってました。それぞれの国によって、まったく想像もしないような人物の名前が挙がってきて、面白いもんです。
キューバでは、放送されていた大河ドラマ「いのち」のヒロインだった石野真子さんがとっても有名。「座頭市」勝新太郎さんもヒーローに。
ケニアでは、マサイ族にとっては大切な財産である牛を救った日本人の獣医さんが尊敬を集めてました。神戸俊平さんという方です。ボランティアでツエツエバエからマサイの牛を守る活動などをされているとか。

リトアニアで知っている日本人の名を聞けば、当然出てくるのが杉原千畝さん。日本のシンドラー。第二次大戦下で、6000人ものユダヤ人にビザを発行して、その命を救った方ですね。当時、日本はナチスドイツと同盟関係にあったわけで、国に背いて、独断でビザを発行したのですよね。そりゃあ、有名にもなります。
こういった歴史上の人物の他には、テレビや新聞での露出がきっかけで、その国で有名になるというパターンが多いようなのですが、リトアニアでもそんな人が。
まず、フミト・トモイという人物。何のことはない、ただリトアニアに留学していた一学生だったらしいのですが、新聞の記事をきっかけにテレビ局からお声がかかり、「変なリトアニア語を話す日本人がいる」と有名に。コメディアンとしてテレビに出演するようになり、果てはリトアニアの紅白歌合戦でトリを勤めるまでに。その正体は、現在は名古屋のホテルに勤める普通の人。でも、リトアニアに帰ると大スター(笑)とはいえ、収入面が厳しいということで、日本に帰国したようで。面白いですね。この方にしても、リトアニアに行ったきっかけは、杉原千畝さんだったようですが。

さて、これで驚いてちゃいけない。番組的な扱いは、件のフミト・トモイの方が格上だったのですが、なんといっても衝撃的だったのが八木虎造さんでした。ご本人のブログはコチラ。この方、元々はイタリアのサッカー・リーグ・セリエAで写真を撮っていたカメラマンだったそうですが、今や野球でリトアニアの代表!車や家が支給され、24時間体制で生活をサポートしてくれる人がいたりして、至れり尽くせりの生活を送られているようです。
なんでも、イタリアに長期バカンスに行っている時、草野球だと思って入ったチームがプロ野球チームだったそうで…。そこから、調子にのって、ヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグに出るために、リトアニアのチームに移籍したそうです。野球を本格的にやっていたのは中学校まででその後は趣味で草野球程度、本職はカメラマンなんだよねぇ?それで、イタリアではプロテストに合格して、リトアニアでは”助っ人外人”として活躍。国際試合もされてて、国の代表ですわ。なんてラッキーな人なんでしょう。面白すぎる!しかし、それでいいのか、リトアニア…。
いいんですけどね。野球ってスポーツが、世界的にはまだまだ非常にマイナーなスポーツだということが、よくわかりますね。オリンピックの正式種目からはずされるわけだよな。でも、たとえば、番組でも採り上げられてましたが、リトアニアに前田日明さんが格闘技の道場を作って、今や格闘技でメシを食っている人がたくさんいるのだとか。あの辺の国の方は、柔道の試合なんか観ててもそうですけど、格闘技のセンスが抜群だし、身体にも恵まれてる。それを考えると、野球というスポーツでも、技術とセンスを磨いていけば、国際的に通用するまでになるのは時間の問題かと。それを、八木さんが草分け的存在となって、推進していると考えると、ほんとに楽しいです。

ところで、映像に出てくるリトアニアの女性は、みんな素晴らしいプロポーションで美人さんでした。そして、とってもおしゃれさん。いい国だなぁ。
たまたま、たまには文芸作品でも読んでみるかと、芥川賞なんて獲っちゃった諏訪哲史さんの「アサッテの人」を読んでたら、”リトアニア”が出てきて、昨日はリトアニア・デーでしたよ。ついでだから書いとくと、まだ半分しか読んでないからわからんけど、ずいぶんと実験的な小説。活字では表現しにくい”発音”をなんとか表現しようとしているのだけど、色んな資料を繋ぎ合わせて表現しているあたりは、マーク・Z・ダニエレブスキー「紙葉の家」みたいな手法。あれほど読むのに難儀はしないけどね。ライトノベルなんて、超読みやすい文体のものを読んだ直後には、ちとツライ選択だったかも。
posted by nbm at 11:29| Comment(2) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

るんびにの園

日本唯一の怪談専門雑誌「幽」が創設した怪談文学賞で第1回目の短編部門大賞を受賞した宇佐美まこと「るんびにの子供」を読んでみました。
”るんびに幼稚園”に通う園児たちが、遠足で行った公園から、女の子の幽霊を連れてきてしまうというお話。

お話の内容はさておき、”るんびに”という言葉に反応してしまった私です。なぜなら、私の通っていた幼稚園も、まさしく”るんびに幼稚園”だったからです!
私には、歳の離れた兄が2人いるのですが、兄たちが通っていたのは、市内では有名な名門幼稚園でした。で、どういうわけか私はそこには入れてもらえず(笑)、家から歩いて通えるほど近いという理由だけで”るんびに幼稚園”へ。
こんな変てこな名前の幼稚園が他にもあったのかと調べてみたら、あるわあるわ、全国にたくさんありそうです。なぁんだ。けっこうポピュラーだったのね。
”るんびに”というのは、ネパール西部にある釈迦が誕生したルンビニーの園から取った名前ですね。現在は、世界遺産にもなってます。
名前の由来からして想像がつくとは思いますが、お寺に併設された幼稚園でした。今でもよく覚えているのは、4月8日のお花まつり。釈迦の像をたくさんの花で飾って、それに甘茶をかけるという不思議な行為をしました。それで、甘茶をいただくわけです。4月8日は釈迦が誕生した日とされていて、それを祝うお祭りだったのですよね。
甘茶って何だったのかと思ったら、アマチャっていう植物があるのですね。それを煎じてお茶にしてたというわけですか。関係ないけど、昔、麦茶にお砂糖を入れてませんでした?今では考えられないけど、甘い麦茶を飲んでたんだよな。

もうひとつ、思い出深いのは、習い事。幼稚園で園児に限らず、近所のお兄さん・お姉さんも通っていたいろんなお教室がありました。オルガンとか絵画とか。この幼稚園では、陶芸もやらせてくれたんですよ。土を捏ねて、チューリップをモチーフにしたメダルを作ったのを覚えてます。ひも状の粘土をぐるぐる巻いて器を作ったり。あれは灰皿だったかな。
今では、絵を書く度にダンナさんに爆笑される、SMAPの中居くんなど目じゃないくらい画伯な私ですが、当時は絵画をちょっとだけ習っていたのですよね。それで、幼稚園児にして自分が創作した絵本を作ったりしてました。我ながらアンビリーバブルです。あの作品、実家のどこかにしまってあるのかしらん。
他にも、色とりどりの水着を着たおともだち達と小さなプールではしゃいでいたこととか、今では名前も思い出せない不思議な味のする栄養ドリンクを飲まされていたことなど(笑)、想い出は尽きません。
おしゃまな女の子の例に漏れず、結婚を約束していた男の子もいたのですが、名前さえ忘れました(笑)。私をいじめてよく泣かせていたくせに、お誕生会のお祝いカードにしらじらしくも”親友”としてメッセージをくれた女の子は、今どうしているでしょう。

あの幼稚園のHPを見つけました。当時、もうかなり年配のおばさんだと思っていた園長先生が、まだお若くてお綺麗で健在なことにびっくり。子供の感覚からすると、大人の年齢って解ってないんですねぇ。
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2007年08月24日

非日常系学園ストーリーの世界へ

長大なシリーズものの本というのは、読む労力とそれに見合った見返りがあるかどうか、つまり作品が面白いかどうかを計算してしまうようで、つい避けてしまいがち。それと、現段階で完結していないと、安心して読めないという勝手な心配もあります。作者が未完のうちに死んだりしたらどうしてくれる!どういう形にしろ、一応の結末を見たいと思うのはどうしてなのでしょうね。ということで、手を出しにくいものなのですが。
ついつい手を出してしまった「涼宮ハルヒ」シリーズ。今のところ、9巻出ていて、10巻目も予定されているようです。この物語は時系列が複雑なので、どこから読んだものかと悩んでいたところ青の騎士さんのアドバイスにより、出版順に読むことに。まずは、第1巻にあたる「涼宮ハルヒの憂鬱」を読了。現在2巻目「涼宮ハルヒの溜息」を読破中。といっても、ライトノベルですし読みやすいですから、あっという間に読めてしまうのですが。

昨夜、半分くらい読んだのですが、その中に2つ、気になる単語が出てきました。
まず1つめ。カエアン製の衣装
今回は、文化祭に向けて映画を撮ることとなったSOS団。主役に抜擢された朝比奈みくるちゃんがウェイトレスのコスプレをさせられるのですが、かわいらしい美少女みくるちゃんのウェイトレス姿を形容し、
それがもうあなた、異様に似合っていた。カエアンの衣装かと思ったほどだ。

とキョン(主人公の男子)の心の声が表現されてました。
聞いたことのない言葉はチェック、チェック。すると、バリントン・J・ベイリーという人が書いた「カエアンの聖衣」というSF小説に辿りつく。様々な衣装が出てくる”衣装SF”らしい。衣装と意識が連動する人々の物語。服が精神を支配する…?読みたいけど図書館にはない模様。

もう1つ。ヘテロクロミア
同じくコスプレさせられているみくるちゃんの左目に青いカラーコンタクトをさせて
左目だけが碧眼のヘテロクロミア。

に。
猫だと”オッドアイ”とかっていうけど、人間の場合はこう呼ぶのかと学習。人間にはありえない現象とどこかで聞いた覚えがあるのですが。唯一、人間のオッドアイの例として知っていたのは、デビッド・ボウイなのですが、彼は事故でそうなったと聞くし。でも、人間にないというのは誤った認識だったようです。
ヘテロクロミアとは虹彩異色症のこと。虹彩が異なる色になる症状のことですね。片目の色が違ったり、虹彩の一部が違う色になったり。先天的な場合もあるし、染色体の異常や後天的な病気によってもなることがあるらしい。先天的な場合は、なぜか聴覚障害を併発していることが多いようです。
マリリン・マンソンとかローリー寺西とかはカラー・コンタクトを使った反則ですが、本物のヘテロクロミアの人もけっこういるのですね。
Wikipediaによると、超絶テクニックで知られるロック・ギタリストイングウェイ・マルムスティーン、美人女優エリザベス・バークレー、オーランド・ブルームと交際していたケイト・ボスワース、「ドクター・クイン」のジェーン・シーモア、「ブルース・ブラザース」のダン・エイクロイド、「プリズン・ブレイク」でブレイク中のウェントワース・ミラー、そして奥菜恵も?。奥菜さんは、左目の瞳が縦に半分ずつ色が分かれています。写真で見ると半分茶色いみたいにみえるけど、本人は緑色だと言ってるらしい。時々、ちょっと斜視のように見えるけど斜視でない方がいて、瞳の形がソラマメみたいにへこんで見えたりします。NHKの男性アナウンサーにこんな方が。もしかして、この方も奥菜さんと同じような状態なのかも。虹彩の色の違いで、そんな印象になるのかもしれません。関係ないけど、斜視の方って、色っぽくて綺麗な顔立ちの方が多いように感じるのですが…、気のせい?。

日本人でも、特に東北地方に碧眼の方が多く見られるとかいうウワサが。
ちなみに、日照時間が全国一少ないことなどから、色白度が抜きん出て高いという化粧品会社の調査結果もあり、秋田美人が色白であることが科学的に証明されているようなのですが、秋田犬やウィルスの研究などからも、ヨーロッパ系の人種であるコーカソイドの影響が色濃いこともわかったそうです。そんな遺伝子の古い記憶が、今も受け継がれているのでしょうかね。
ネット上では、ヘテロクロミアの方ご本人や、周囲にヘテロクロミアの人が居るといった話がずいぶんありました。青い眼、緑の眼、灰色の眼、オレンジが混ざってたり、果てはシルバーなんて人も。けっこういらっしゃるのですね。日本人は黒い眼がデフォルトですから、欧米よりも目立ちやすいのかもしれません。黒いカラーコンタクトをして隠してるという方も多いようですから、気が付かないだけなのかな。

さて、「涼宮ハルヒ」シリーズですが、図書館で借りるのが一苦労。こういう人気がある続き物は、1冊読んだら次を予約する、とやっていかないと順番に読めないのです(泣)時間かかるな。


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2007年08月23日

青い夜

昨夜は、珍しくサッカーの代表試合が2試合連続放送。
キリンカップは7時開始と思い込んでいたら、すでに前半30分過ぎてた…。後から考えると一番観たかったとこ見逃したみたい。DF闘莉王のヘッドも見逃しました…。個人的にはFW大久保をもう少し見たかったけど、召集しただけでもオシムは偉い!FW田中達也もね。人間じゃない(←闘莉王:談)カメルーン相手にみんなよくやりました!代表戦しか観ない私には、MF山瀬がイマイチぴんと来なかったのですが、昨日のスーパー・シュートは凄かったね!あと、MF橋本もなかなかどうして良かったし。昨日は新たな発見のある試合でした。一番印象に残っているのは、試合終了後に選手同士があちこちで戦術面をあーでもないこーでもないと話し合っていたこと。次の試合が直後にあるわけでもなく、このメンバーで召集される保障はないのに、それでもああいうコミュニケーションが自然に取れるのは良いことだ。アジア・カップのグダグダ試合を終えて、オシム監督は、今までの選手たちへの締め付けを反省したのか、ある程度選手たちの自由にさせるように方向転換したらしいのですが、それが功を奏したのでしょうか。昨日の試合は、与えられた状況下で、選手たちが最善を尽くして活き活きとプレーしているように見えました。
今年の夏の高校野球を観ていて思ったことなのですが、監督が選手を信じてプレーさせることで、彼らが持っている最大限の力を発揮させてあげられるものなのだな、と。特に、帝京を観ていて逆説的にそう思ったのですが、監督の言うことは絶対という雰囲気の中で、選手たちが硬直したまま試合をしているように見受けられました。「監督はバントの指示出してるけど、打っちゃえ」くらいの気概や余裕が選手側にあったら、あれだけ実力のあるチームなら優勝できたかもしれないのにって、思わずにいられません。ミスをする度に試合中でも監督に怒鳴られて、みんな萎縮しているように見えました。一方、なんだかわからないけど優勝しちゃった佐賀北。監督の言うことなんて聞いちゃいない(笑)のびのびと自由にやって、実力以上の実力を発揮してしまったように見えます。何よりプレーしてるのが楽しくて仕方ないって感じでした。応援している側も、監督も、選手本人たちでさえ、こんなことができるとは思わなかったと口を揃えて言うのには笑ってしまいます。怒られて伸びるコもいるだろうけど、たとえ普段の練習では厳しくとも、大舞台では選手の力を信じてあげるというのも、監督の戦術として有効なこともあるのではと思いました。

さて、サッカーのもう1試合。こちらは、お遊びの親善試合でなくUー22のオリンピック出場がかかった最終予選の初戦という真剣勝負。相手国のベトナムは、アジア・カップにも出場していたメンバーが多い布陣。アジア・カップでは、ホームということもあってか動きも良く、バカにできない良いチームという印象がありました。対する反町ジャパンはというと、MF柏木くんが良かったですねぇ。MF梅崎くんをなぜ呼ばん!と思っていたのですが、柏木くんが鼻血をダラダラ流しながらも、観ていて気持ちの良い積極的なプレーを続けてました。なのに、なぜ替える?反町監督よ。膠着状態で中々選手交代しないなと観ているこちらをじりじりさせて、やっとMF家永くんが出ると思ったら、機能していないMF本田圭を残して、キレキレの柏木くんと替えるとは、どう考えても理解に苦しむ交代。出ても出ても全く結果が出せないFW平山をエースと言って使い続ける神経もわからん。MF水野・MF柏木の両選手が一生懸命に動くものの、かみ合わずに不発を連発し1−0で終了。試合は勝ったけど、監督は解任されてもおかしくない内容だった。

ここしばらくは、A代表の試合よりもUー22の試合の方がまだ観れると思っていたような気がするのですが、昨夜はA代表の試合の方がまだ良かったね。さぁ、A代表ではそろそろル・マンの松井の出番でしょうか。組み立て役とか切り込んでいく人材が薄い感があるA代表ですから、フランスに行って大成長した彼に期待したいですね。
Uー22については、まず監督が問題かな。解任・交代となれば、自然と布陣も変わるでしょうから。左サイドとFWの起用が課題かと。

なんちって。

しかし、ベトナム戦での秋川雅史さんの国家斉唱は盛り上がってたね。
posted by nbm at 11:14| Comment(2) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月21日

電波で冒された頭を正常に戻しましょう

るんるんピピルピルピルピピルピ〜るんるん
あまりの衝撃に、昨夜観た「撲殺天使ドクロちゃん」のテーマソングが頭から離れません。U局とはいえ、よくぞ放映したな、テレビ神奈川よ。タイトルから想像できるとは思いますが、美少女のドラえもんが巻き起こすHappy Tree Friendsみたいな。って、これじゃあ全然わかりませんね。あぁ!気をつけてください!かわいいフリしてグロ全開ですからね!Happy Tree Friendsは。間違ってもお子さんに観せたりしないようにexclamation内臓炸裂、目ん玉びよーんですからね。トップページにグロ画像はありませんが、動画はグロ耐性のある大人の方に限り、閲覧可です。
「ドクロちゃん」については、これ以上語るのをやめておきましょうね。しかし、録画しておいた「さよなら絶望先生」と続けて観たのですが、双方にグレゴール・ザムザが出てきたのには笑いました。流行ってんのか、カフカ…。

さて、気を取り直して映画の話です。
時折、まったく期待してなかったのに、観てみたら意外とイケるという作品があります。
昨日、テレ東で放送されていて、たまたま観た「ロック・ユー!」(2001)。しょっぱなから笑いました。中世の人々がクイーンの名曲「We Will Rock You」を口々に歌ってます。どーなっとんじゃ。闘技場で「相手をやっちまえ!」と騒いでいる設定なのはわかりますが、いきなりの変則攻撃にニヤリ。これはイケるかもと思いましたよ。なんとなく評判は聞いていたので、幾度となくレンタル店で借りるのを迷った作品でしたしね。平民の青年が、貴族と身分を偽って、馬上槍試合に出場するというストーリー。じゃあ、大体あぁなってこうなってと想像が着くねってなりそうなんだけど、微妙に「えっ?そう来るか?」と思うような流れが随所に。脇役陣やこれまた個性的な衣装なども楽しめて、バカな映画かと思いきや、父と息子との感動の物語も織り込まれていたりして盛りだくさん。インド映画かっ!ちなみに。衣装は、ローリング・ストーンズの1972年のツアー衣装がモチーフになってるそうですよ。キャロライン・ハリスという方が衣装担当です。
特に、詩人チョーサーを演じるポール・ベタニーが良し。登場の仕方からして◎。ほとんどイギリス出身の俳優さんんで固めたのが良かったのでしょうか。大作というわけでなし、ミニシアター系のドラマというわけでもなく、B級アクション作品とも言えない、不思議な存在感の映画だわ。

他に、意外とイケた映画は…と考えて、最初に思い出したのが「ポストマン」(1998)でした。
でね、これが笑っちゃうんですけど、「ロック・ユー!」の監督・脚本のブライアン・ヘルゲランドが脚本を担当した作品だったのですよね。符号にびっくりだよ。
「ポストマン」は、作品賞をはじめ、主演男優賞・監督賞・脚本賞とこの年のラジー賞総ナメしてるし(笑)
ちょっと長すぎて飽きる部分もありましたが、思っていたほど悪くなかったという感想でした。たしかやはりテレ東で前・後編に分けて放映していたのですがね(笑)ケビン・コスナーって聞いただけで、だめだこりゃ感がぬぐえないのですけれども、酷評されるほどひどい作品じゃなかった。近未来、世界大戦後の荒廃したアメリカで、人の心を繋ぐために郵便を配る男の話なのですがね。世界観は、南北戦争時代のような感じ。郵便を配る配達人が、人々の心に希望を灯していき、無政府状態の中で精神的な革命が起きていくまでを描いている。と、思う。
原作小説があるのですが、共同で脚本を担当しているのがブライアン・ヘルゲランドだったのね。

こうなったら、ブライアン・ヘルゲランド特集だ!
この人、アメリカで生まれ育ったものの、ご両親はノルウェー人らしい。「エルム街の悪夢4」(1988)あたりから脚本家として頭角を現し始め、「L.A.コンフィデンシャル」(1997)や「陰謀のセオリー」(1997)で脚本を担当。「ペイバック」(1999)で初めて監督もやり、「悪霊喰」(2003)でも監督しちゃう。その後、「ボーン・スプレマシー」(2004)や「ミスティック・リバー」(2003)でも脚本を担当。ちなみに、「L.A.コンフィデンシャル」ではアカデミー賞脚色賞を受賞してるじゃないですか。この人の絡んでる作品、みんな嫌いじゃないです。
「ロック・ユー!」のプロダクション・ノートを読むと伝わってくるのですが、長かった下積み時代から、初監督作品の「ペイバック」である程度成功したことで、ここで一発好きなことやってハリウッドを見返しちゃる!みたいな意気込みを感じます。それが、自らの人生を重ねた無名の平民のサクセス・ストーリーとなったわけですね。

ダーク・ファンタジー小説「ダレン・シャン」の映画化の話が進行していて、ブライアン・ヘルゲランドが脚本と製作総指揮を担当する予定だそうですよ。
これからも注目しとこうっと!



posted by nbm at 12:09| Comment(6) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

素早い茶色のキツネが怠け者のイヌの上を飛び越える

The quick browm fox jumps over the lazy dog.
なんのこっちゃ?ですよね。これはパングラムと呼ばれる言葉遊び。アルファベットの全ての文字を使ってできるだけ意味が通るように文章を作るというもの。日本でいう「いろは歌」です。
もういっちょ!
Cozy lummox gives smart squid who asks for job pen.
(思いやりのあるでくの坊が、仕事のペンを欲しがる利口なイカをあげる)
もはや意味不明…英語にはムリがありますよね。「the」とか省略できないし。「いろは歌」のように1度も重複しないで、26文字できっちり作るのは難しいでしょうよ。最初のケースは6文字で9回重複してるし、もうひとつのケースは8文字で15回も重複してます。
でも、フォントのサンプルなんかに重宝されているみたいですね。

さて、これは「暗号の科学」熊谷直樹 著)という本に載っていたものです。一見、なんで暗号に関係があるのかと思われるかもしれませんが、なかなかこれが興味深いのですよ。
第1次世界大戦をはじめ、暗号は戦時のやりとりにも使われ、暗号開発と解読のいたちごっこが始まるわけですが、暗号を解読する際のひとつの手がかりとなるのが、文字の出現頻度。換字式暗号という、文字を他の文字に置き換えてある単純な暗号であれば、文章によく出てくるアルファベットに当たりをつけて置き換えてみることから解読できる。通常の英語の文書で一番出現頻度が高い文字は「e」。暗号文中で出現頻度の一番高い文字に「e」を代入することで、とっかかりをつかもうというやり方。最初に挙げたパングラムの文章中でさえ、「e、a、o、i」といった母音となる文字が重複して使われている。もちろん、戦時下で使われていたエニグマを使うような複雑な暗号は、そんなに単純なものではないのですが。

暗号の種類としては、もうひとつ転置式暗号というものがあるそうで。「いろは歌」にも柿本人麻呂が作って暗号を残したなんて話もありますよね。うまくできるかな。

いろはにほへ
ちりぬるをわ
よたれそつね
らむうゐのお
やまけふこえ
あさきゆめみ
ゑひもせ  


ちょっと最後の方にズルがありますけども、7文字ずつ横に書いて縦に読むと、「とかなくてしす(咎無くて死す)」と読めるというのですよ。その解釈はさておき、こういった縦横に読み替える暗号を転置式暗号というそうです。

他にもたくさん暗号の種類はあるのですが、大体基本になっているのはこの換字式と転置式の二つで、それがどんどん複雑化して組み合わさったりして現在も複雑化が進行中というものみたい。
私たちも普段の生活の中で、意識せずに暗号めいたものも使っているのですよね。漢字のJISコード表とか、ちょっと古いけどポケベルの文字入力もそうでした。
インターネット上では、無意識のうちに様々な暗号によってメールのやりとりや電子取引などが守られているわけですし。暗号というと、昔の富豪の宝の在り処とか、戦時中のスパイ合戦とかを思い浮かべてしまうわけですが、もう庶民の生活と切り離せない存在なのですよね。そして、そういったネット上のセキュリティに使われている複雑な暗号システムの中で、非常に重要な役割を担っているのが素数だということを知りました。「素数同士の掛け算は簡単だけれども、逆に素因数分解をすることは難しい」という原理を上手に使って、組みやすいけれども解読されにくいという暗号を作り出しているのだそうです。
近年のネット上のセキュリティ暗号でよく使われる「鍵」。「共通鍵」というものは、どうやって鍵を相手に安全に渡すかということが難しかったとか。それを解決したのが、「公開鍵暗号」と呼ばれるもので、その代表格とも言えるRSA暗号に、素数の性質が活かされているという話。
どんなに暗号を複雑化しても、きっとそれを破るヤツが現れ、また複雑化していくということになるのでしょうね。それに、暗号に凝ったところで正しい相手に渡るかどうかもアヤシイ時代。なりすましのテクニックも進化しています。認証技術というのも進化させないといけないのでしょうね。複雑な暗号の解読には、例えば計算時間に着目して暗号解読をする方法や物理的に外部からレーザー光などでエラーを発生させてその反応から解読するなどという攻撃もあるようで、ハードウェアへの攻撃からも情報を守ることを考えなければならないようです。

他にも、日本にしてもアメリカにしても、例えば陸軍と海軍など部署ごとに使う暗号が違っていて、連携が取れなかったなんて話や、エシュロンのこと。それから、「ウインド・トーカーズ」なんて映画にもなった、ナヴァホ族の言葉を暗号に使った話など興味は尽きません。
こんな地味なブログでも、暗号のことなんて書いてたら、エシュロンに傍受されちゃうかしらん(笑)
posted by nbm at 23:01| Comment(7) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月17日

女子高生の効能

ここ数年、女子高生が主人公のアニメが爆発的に売れてます。「涼宮ハルヒの憂鬱」「らき☆すた」などなど。もちろん、以前から高校生たちが主人公の学園ものなどはたくさんあったわけですが。
なんだか女子高生に対する見方というものが、ここにきてちょっと変化してきているように思えます。
例えば、おニャン子クラブなんてものが巷で大人気だった80年代は、世の男子は女子高校生の中に”女”を見出して喜んでいたように思えるのですが、近年の人気アニメの女子高生は、エロさよりもかわいらしさを前面に押し出していたり、”女”としてよりも”女の子”の印象が強いような気がします。
エロい要素が皆無なわけじゃありませんけども、主眼はそちらに置いていない感じ。

なんでこんなことを考えたかといいますと、きっかけはアニメ版「エアマスター」と映画版「D.O.A.」を続けて観たこと。
「エアマスター」は、エアマスターと呼ばれる女子高生・相川摩季がストリート・ファイトで戦っていく物語。アニメ版は、原作マンガをかなりはしょっているようですが、長身でナイスバディ、ショートカットでクールな美人の女子高生が、空を自在に飛び回りながら繰り出す足技で、次々と屈強な強敵を倒していくわけです。女同士の友情や、挫折と再起の物語などが織り込まれていて、それでいて笑えるポイントも多く、格闘技アニメとひと言で片付けてしまうのはもったいない感じ。何より、主人公・摩季という存在が、女子高生でありながら、屈強な男たちや女子プロレスラーなどにボコられながらも勝っていくその姿が爽快。

一方の「D.O.A.」。人気格闘技ゲームを映画化した作品のようです。主演のデヴォン・青木をはじめ、ホリー・ヴァランスやサラ・カーターなんかもキュートだし、格闘シーンもがんばってるんだけどね。元ネタのゲームをやったことがないのでゲームの中の世界観がどうだったのかわかりませんが、映画版はやっちゃった感が…。どうして日本的なものが出てくるとああなるのか…。ま、アレはアレでいいのですが、日本人の目で観てしまうと、どうしても色んな設定にツッコミを入れたくなってしまって、作品世界に入り込めませんでした(笑)コリー・ユン監督は「トランスポーター」なんてけっこう面白かったし、「キス・オブ・ザ・ドラゴン」なんかでもアクション監督をやってるみたいですけど、香港出身の監督がハリウッド主導でカンフー・アクション的な映画を撮ると、なんかこう逆につまらなくなってしまって勿体無い感じがするのは私だけでしょうか。

そうそう、女子高生の話でしたね。同じ女性が格闘するという作品だったのですが、日本では女子高生が主人公だったりする方が面白いと思われるかも。セクシーなおねえちゃんが立ちまわりするのもよいものですが、そこにひとひねりしたエッセンスが欲しいのですよね。なんですかね。20代くらいの若いきれいなおねえちゃんたちに対しては、現実離れしたことされると観てる方が照れてしまうような。そこが、女子高生ともなると、もっと現実離れして逆に楽しめる、みたいな?自分の年齢のせいでしょうか、一番魅力的に見えるはずの20代中頃から後半くらいの世代の女性が、痛々しく見えて仕方ありません。もっと若いか、逆にそこを乗り切って開き直った感が出るとスッキリ見えるのですが。

「BLOOD THE LAST VAMPIRE」という押井守とその周辺の人々が作った物語があります。自らも吸血鬼でありながら、吸血鬼を狩る女子高生の話です。セーラー服に日本刀のスタイル。1時間足らずと短い作品ではありましたが、アニメ映画として2000年に公開されています。また、同じ世界観を共有しているアニメ・シリーズとして「Blood +」という作品も2005年に作られています。こちらも、女子高生が主人公で、少々かわいらしいキャラクターになってましたが、制服に日本刀のスタイルが基本でした。
ところが、これが香港とフランスの合作で実写化されることになると、主演がチョン・ジヒョン。なぜに日本人を使わない?!一応、16歳という設定らしいのですが、年齢的にもムリがないか?日本を舞台にして、女子高生が刀を武器に吸血鬼を斬るというところが、カッチョイイ作品なのに、もう台無し…。実際、作品を観るまでわかりませんが、別物の予感…。
ついでに関係ないけどもうひとつ、なんだか似たような設定の映画が。それは、ルーシー・リュー主演の「ブラッド」。「ブレイド」シリーズや「アンダー・ワールド」シリーズなど、自らもヴァンパイアであるヴァンパイア・ハンターを主人公にした、ヴァンパイア・アクション的な作品は増えましたね。これも、そんな感じかな。でも、ちょっとグロめ?

日本での、女子高生のイメージというのは、セクシーな目線で見れば、無垢な部分と大人の女の部分を併せ持つ微妙なライン。もっと健康的な目線で見れば、まだまだかわいらしいくて、でもちょっと小生意気な存在。この、微妙な存在感が、なんともいえないのではないかと。
これが、欧米だとそんなイメージはないのだろうね。セーラー服や制服なんてものに対する感情も持ち合わせていないだろうし。
もうひとつは、高校生活への郷愁。「ほしのこえ」「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」新海誠の3作品を続けて観てみたのですが、すべてをつないでいるのは郷愁でした。日本人が高校生活に持つノスタルジックな側面というのは、日本人以外の他国の人とは少々ズレているような気がして仕方がありません。先日、アメリカには青春を描いた映画がないという話を書きましたが、その辺りと繋がっているような。日本人は子供なのかな。
「らき☆すた」のような、女子高生の日常を描いた作品を観ていると、恋愛だのセックスだのの話はほとんど出てきません。でも、それも日本のフツーの女子高生の日常なのですよね。

女子高生というと、一時期は渋谷のヤマンバとかコギャルみたいなものを想像しがちでしたが、今はもうちょっとフツーなイメージを持ちませんか。もともとマスコミが騒いでいただけで、極フツーの女子高生がほとんどなのだと思うのですがね。
そうそう、実写で言えば、ガッキー(新垣結衣)のセーラー服すがたにはヤラレている男子が多いのでは?舘ひろしがキモいんですけどガッキーの魅力にはかなわん!
posted by nbm at 15:13| Comment(9) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

居るはずのないもの

北海道にカマキリは居ない…
マジっすか?
調べてみると、まったく居ないわけではないようなのですが、分布としては本来居ないはずのものらしい。
昭和45年に、札幌で初めてカマキリが見つかったとか。本州から持ち込まれたものではないかという話でした。それまで、北海道でカマキリが見つかった記録は無かったというのですよ。
見つかったカマキリは成長サイクルがずれていたといいます。通常の10〜11月に繁殖することを考えると、3月〜4月に孵化しなければならないのに、北海道はその頃まだ雪が積もっている時期。カマキリは洪水などを予知して、水に浸からない高さに産卵するなんて話もありますけども、さすがに雪には対応できないのか。基本的には暖かい場所に生息するもののようですし。
カマキリと近い種でもあるゴキブリも、北海道にはいないとされてきましたね。とはいえ最近では、住環境の変化などから、北海道でもゴキブリが見かけられるようになってきたみたいです。人家に居つくチャバネゴキブリが主みたいですね。屋外では、やはり寒いので暮らせないのでしょう。本来、チャバネゴキブリもクロゴキブリも外国から入ってきたもののようで、それを考えたら随分と繁殖したもんですねぇ。唯一日本固有種と言われているヤマトゴキブリなんてのもいるそうですが、お目にかかったことがありませんや。
カマキリ、ゴキブリときたら、親戚筋のシロアリはどうなのかと思って調べてみると、やっぱり基本的には北海道には居ないのですね。北海道でも南部には居るらしいですが。シロアリもゴキブリと近い仲間。やはり寒い所が苦手なようで。しかし。コチラの北海道住宅新聞の記事で見てみると、留萌など北部でも生息が確認されています。5月も6月もストーブを焚いていたお宅だったようです。お家の中が暖かかったのね。シロアリが発見された分布図は、どう見ても、本州から伝ってきている分布に見えます。北部に居ないのではなくて、本州に近い南西部から徐々に侵略されている感じに見えますが。

カマキリもゴキブリも、おそらくシロアリと同じように、南から北へと段々と分布を広げ、ついには北海道も彼らに征服されることでしょう。はっはっは!どうだ、北海道民よ!恐怖におののくがいい!(←って誰だよ)

さて、カマキリの話でもうひとつ。
カマキリに見つめられたという経験はありませんか。実は、カマキリはモナリザのようにどの角度から見てもこちらを見ているように見えるしくみを持ってます。偽瞳孔ってやつです。カマキリの複眼に小さな黒い点があるように見えるのがそれです。光を反射しない部分が黒く見えて、コチラを見ているように感じるということらしい。もうちょっとわかりやすく説明するとですね。細いストロー状の単眼をたくさん束ねたのが複眼だとすると、どの方向から見ても、ストローの底まで見えるのは1本だけだということ。どんな方向から見ても、見る方向から光が反射しない点がそれぞれ黒く見えるということです。光学のトリックなのでした。実際にカマキリの目の中に黒い部分があるわけではないってことなんですよね。

ついでに、こんなのはどうでしょう。
ずっとこちらを見つめてくるドラゴン。ぜひここの動画を見ていただきたい。「学校へ行こう」という番組で、ハリー・ポッター役でおなじみのダニエル・ラドクリフくんも、このドラゴンにびっくりしてました。
posted by nbm at 17:07| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月14日

DOG DAYS

お暑うございます。
DOG DAYS真っ盛りでございますねぇ。とか知ったかぶったりして(笑)7月23日から8月23日を犬の日(DOG DAYS)と呼ぶそうです。なんでか。ヨーロッパでは、おおいぬ座のα星シリウスが太陽と同じ方向にあらわれるこの期間を「犬の日」としていて、この星が現われる頃は、猛暑で人も家畜も体力が弱まり病気になりやすいのはこの星のせいだという言い伝えがある。ということだそうですよ。シリウスとは、ギリシア語で「焼き焦がすもの」などという意味だとか。犬好きの私などからすると、DOGという言葉は、かわいらしかったり精悍だったり良い意味の言葉に聞こえるのですが、英語の意味などではあまり響きの良い言葉ではないようで。「dog」が動詞として使われると、「不幸や災難につきまとわれる」という意味になるようです。ひどいな。
DOG DAYSを辞書で引いてみると、「暑中」「土用」とありました。「土用」か…。

今年の夏土用は、入りが7月20日で明けが8月7日。ちなみに鰻を食べる丑の日は、7月30日でした。土用は五行思想で季節に5つの元素を対応させて考えた時、春は木・夏は火・秋は金・冬は水と当てはめて、残った土を季節の変わり目に当てたということらしいです。
土用は、陰陽道の土公神(どくじん)という土の神が司る期間とされ、土をいじる仕事をしてはいけないことになっていたようです。柱を立てたり、壁を塗ったり、井戸を掘ったりしてはいけないらしい。また、土公神はカマドの神としても知られ、季節ごとに居場所を移動するといい、春はカマド、夏は門、秋は井戸、冬は庭に居るとか。

古代エジプトでも、シリウスは重要な星でした。70日間シリウスが見えない時期があり、その後ヘリアカル・ライジングと呼ばれる、シリウスが東の地平線から昇る現象が起こると、ナイル川が増水して氾濫する時期になります。それが、土地を肥沃にしてくれるということですから、シリウスは女神イシスとされ、ヘリアカル・ライジングの日は、古代エジプトの元旦となったそうですよ。

遠く離れたシリウスが、地球上の様々な地域の地面に、影響を及ぼしているのが興味深いです。ヨーロッパでは土を焦がす不吉なもの、日本ではシリウスとの関連は見られないものの土用、古代エジプトでは土地を肥沃にする象徴。
シリウスと犬との関係も面白くて、バビロニアでも呼び名は「犬星」、中国でも「天狼星」と似たようなもの。なんで犬?
アフリカのドゴン族にはシリウスから来た宇宙人の伝説が残っているとか、南米の古代文明でも似たような話があるとか…。
みんなシリウス大好きだなぁ。目立つ星だから、何かと話のネタにしたかったのでしょうか。


posted by nbm at 14:04| Comment(7) | TrackBack(0) | 自然科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月13日

死を誘う線路

今日は、強烈にイヤ〜な話をひとつ…。精神的なショックを受ける方もいるやもしれません。心配な方は閲覧を控えていただいた方がよいかもしれません。でも、グロいわけじゃありませんよ。

連日、ニュースを見て感じておりました。人身事故で電車が止まっているというニュースが無い日はあるのか…と思うほど、そういったニュースが多かったのですよ。

今日に至っては…。
特急からドア開けて飛び降り、死亡 JR京葉線
(2007年08月13日11時04分ーアサヒコム)
 13日午前6時45分ごろ、千葉県習志野市のJR京葉線新習志野駅で、通過中の茂原発東京行き特急わかしお2号から乗客の男性が飛び降りた。男性は3番線と4番線の間に落ち、頭などを打ってまもなく死亡した。30〜40代とみられ、習志野署が身元の確認を急いでいる。列車は同駅を約30メートルすぎた地点で約15分間停止。この列車を含む上下11本に遅れが出て、10本が運休、約7000人に影響が出た。
 調べでは、男性は非常用装置を使ってドアを開けて飛び降りたとみられる。

ご冥福をお祈りします。

こんな記事も。
博多の踏切3カ月で6人死傷 魔の3キロ、JR緊急対策
(2007年08月13日08時50分ーアサヒコム)

記事が長いので要約すると…。
JR九州・鹿児島線の、とある線路一帯「魔の3キロ」では、3ヶ月の間に自殺者が6人。その間、まずは明るくしてみようと証明を付けて本が読めるほど明るくしたが、その直後にも事故が。今は、人による「声かけ」で事故を未然に防ぐことに期待している状態だという話。
 6月20日午後9時半すぎ、東京都からやって来た2人の女子高生(15)が踏切の遮断機をくぐった。「危ないよ!」通りかかった人の声に、1人がもう1人の手を引っ張って踏切の外へ抜け出した。しかし、その直後、再び遮断機が下りた踏切内に2人は手をつないで入り、うずくまった。そこへ6両編成の下り快速列車。自殺だった。
 遮断機の周辺約3キロでは、3月30、31日と6月17日、次々に3人の男性がはねられて死亡。4月16日にも誤って踏切に入った男性(59)が重傷を負った。線路や踏切に入った理由ははっきりせず、自殺の可能性も小さくない。
 事故の共通点は「夜」だったということ。照明を設置し、人が線路内に入れないようフェンスも新たに設けた。「魔の3キロ」に含まれる駅近くの線路沿いにも照明をつけた。
 だが、7月26日夜、この踏切でまた、事故が起きた。男性が押していた自転車と下り普通列車が接触。男性にけがはなかったとみられるが、そのまま姿を消した。
 JR九州の担当者は「列車が近づいているのがよく見えたはずなのに」と困惑。
まったく…何がいざなっているのでしょうねぇ。

日々のニュースから鉄道の人身事故のニュースを拾ってみます。
8月11日(土) 阪急神戸線の踏切に侵入し中年男性が死亡
         JR常磐線水戸駅で人身事故発生
         JR宇都宮線片岡ー矢板駅間で人身事故発生
8月9日(木)  京急線鎌田ー雑色間で人身事故発生
         JR高崎線梅沢踏切で高3の娘と母親が無理心中
         JR高崎線牧場踏切に侵入して女性が死亡 
8月2日(木)  JR新宿駅中央線下りホームに女性が自ら飛び込むが無事
8月1日(水)  JR池袋駅山手線内回りの電車に男性が飛び込み重体
7月28日(土) JR東海道線山崎ー高槻間の踏切に女性が侵入
7月20日(金) 東北新幹線の上野ー大宮間で人身事故

もう、いいか。あまりに多い…。やりきれません…。
新幹線に飛び込むとは…JRの職員さんだったのですよね。
もちろん人身事故がすべて自殺というわけではないのですがね。自殺とはっきり断定していないものの、他にもホームに転落している人や、踏切内に侵入者がなどというニュースがいくつもありました。単に落ちただけ、侵入しただけなのかもしれません。逆に、自殺のことを考えると、他にも様々な手段で自らの命を絶とうとするわけですからね。それ以上考えるのをもはや私の脳が拒否します。
もちろん、大々的にニュースになっていないケースも多々あると思われ…。実際、自分が通勤・通学していたときに人身事故で電車が止まってたりしても、全国ニュースになってなんかいなかったし。
あまり生々しい体験はしたことがありませんが、一度地元の駅で人身事故直後の場面に遭遇。まだ線路内に駅員さんたちがいて、洗浄しているような作業中だったことが。たしか週末の朝早かったので、人があまりいなくて良かったかな。これがラッシュアワーだったりしたら大変な騒ぎになってましたね。

人身事故といえば中央線というくらい、中央線は飛び込みが多いと聞きます。どうしてなのでしょうね。青木ヶ原樹海じゃないけど、有名になってしまったからなのか。
自殺を研究されている方のサイトに、その方が集計されたデータが載っていました。あえて、リンクははりませんが、やはり、全国で比較しても、中央線がダントツです。平成15年のデータらしいのですが、単純に発生件数だけを見ても76件でトップ。路線の長さや利用人口などの問題を考えると、単純に比較するのは難しいのでしょうが、多すぎます。
タイミングを調べると、週末に決行するケースが多く、なぜか仏滅の日に多いという…。

決しておもしろがっているわけではありません。連日のニュースで、あまりにも鉄道での自殺者が多いことが気になったので、現実を把握するためにちょっと調べてみたまで。
亡くなった方のご冥福をお祈りします。また、残されたご家族の方がいらっしゃることを考えても、簡単にどうこう言えるものではありません。
とはいえ、どうにか防げないものでしょうか。照明で明るくしたり、柵を設けたりしても、防ぐのは難しいようです。根本的には、人の心の問題や社会のしくみの問題など難しいことが隠れているのでしょうが、死に向かわせない効果的な解決法はないものでしょうか。
日々、あまりによく聞く話なので、みんな感覚が麻痺しているように思えます。メメント・モリ…いつも死を忘れるなかれ。




posted by nbm at 18:06| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

感性の法則

昨日あたりから、すっかり交通量の減った近隣。お盆やお正月などは車の量が激減しますが、今日の車の少なさったら無かった。日曜日の夕方なんて、必ず渋滞しているポイントも前に車が走ってません…。みんなどこに行ってしまうの?
先月、すでにお盆のお墓参りは済ませたものの、もう1回行っとくかと、この夏2度目のお盆です(笑)おかげで墓石はピカピカに輝いております。墓園が近いからこそ成せるワザ。私は花瓶をきれいにする担当なのですが、炎天下の水道で花瓶を洗っていると、そばに立っていたおばちゃんに話しかけられました。トイレに行った孫を待っているというおばちゃんと、お墓のお掃除テクニックについて語り合ってしまいました。墓園内に自生しているお花を見に来ている人も多いようで、ボランティアの方が冷たいジュースを配っているとの耳より情報を教えてもらったりもしました。しかし…また知らない人に声をかけられている私…。そして、フツーに話してるし。なんでこうなの?

さて、今日はミュージシャンのお話。
先ほどテレビ東京で「みゅーじん」を観てました。あんまり舞台裏を見せることのないボニー・ピンクが密着取材を受けるというので。この番組、いつからこんな「情熱大陸」みたいな構成に変わったんですか。MCをしてた某俳優が苦手な私は、ずっと敬遠していた番組だったのですが、もうあの俳優は出てこないのね。安心…。なんだ、もうこのドキュメンタリー・スタイルになって1年も経ってるちゃないか。一体いつの話をしてるんでしょう?
今日の主役であるボニー・ピンクは、デビュー当時から聴いていたアーティスト。もうデビューから12年ですか。FMで流れていた「オレンジ」という曲に衝撃を受けて、すぐさまファースト・アルバムを買いました。それからアルバムを3枚は続けて買いましたが、2000年辺りからはちょっと遠のいてました。私の中で、ボニー・ピンク熱が再燃したのは、2004年頃のこと。アニメ化された「GANTZ」のエンディング・テーマだった「LAST KISS」という曲があまりにも良かったので。それからは、2006年の映画「嫌われ松子の生涯」の出演&楽曲提供を機にあれよあれよという間に売れ、「Perfect Sky」で大ブレイク。紅白にまで出場するという…。
ラジオでのトークは何度か聴いたことがあるものの、映像付きで素の彼女を観ることはほとんどありませんでしたから、どんなだろうと興味津々。すると、音楽の理論武装をした人たちとぶつかってきた経験から、ギターはあえて独学で修得し、音楽を作るのは感覚だと言い切ってました。とても、”らしい”。
デビュー時のブレイクの発端となったパワープレイをしてくれた、ノースウェーブという北海道のFMラジオ局を訪ねていたシーンが印象的。当時ボニー・ピンクをイチオシしてくれ、自宅に食事に招くなど可愛がってくれた、このラジオ局の社長さんが亡くなったのだそうで。仕事上、葬儀に参列できなかったことを悔いた彼女は、「直接お礼を言いたかった」と涙を流していました。そのFM局でデビュー曲「オレンジ」を歌う彼女。それにしても、スタッフの中には何人も涙している人が見受けられ、随分といい社長さんだったのねと想像できました。
ポップ路線に傾きながらも、オリジナリティを貫くボニー・ピンク。売れても売れなくても、自分の感性を信じて、音楽を作り続けている彼女の姿勢に、私が彼女に魅力を感じている理由を見た気がしました。

さて、もうひとつ。
以前5月にNHKで放送された「トップランナー」ストレイテナーが出演するのを楽しみにしていたのに見逃してしまい、再放送を狙ってました。そして昨日、再放送が。録画しておいたので、ボニー・ピンクに続けて観てみました。
彼らを聴きだしたのは2年前くらいからですが、3ピースとは思えない厚みのある音が魅力。「トップランナー」では、メロディー重視のような発言をしていたホリエアツシくんですが、なかなかどうしてダーク・ファンタジーのような詩の世界も魅力的です。
ドラムのナカヤマシンペイくんとホリエアツシくんは、中学生時代からのお友達ということで、そこにART SCHOOLZAZEN BOYSなどで活躍していた日向秀和氏が加わって3ピースがハマったわけですが、よく出会ったものです。
成功したバンドのメンバー同士が出会ったときに、初めて一緒に奏でた音で「出会うべくしてであった!」みたいな共感を感じることが、よくあるようですが、彼らの話もそうでした。
一般的には、フロントに出ることのあまりないドラムとベースが、立ち位置的にも音的にも、前面に出てしまっているというのが、3ピースでありながらも重厚な音が出せる秘密なのかなと思った次第。
ボニー・ピンクも”気持ちいい”音作りをしているとの話でしたが、ストレイテナーもまったく同じことを言ってました。感性を大事にしているというのが、両者の共通するところで、そういった音楽に惹かれる自分というのも、やはり感性を大事にしたいと思っているのですよ。自分の場合は、実際それができているかどうかアヤシイのですが(笑)

音楽を聴くとき、私の場合はまずメロディーから入るような気がします。メロディーが耳につくと、歌詞もあわせてその作品世界を楽しむようになり、もっと段階が進むと、ミュージシャン本人にも興味が湧いたりして、本人が語る言葉を聴いてみたりすると、より作品を楽しめたりもします。だから、ある程度思い入れのあるミュージシャンが語る言葉を聴くのも、たまにはおもしろいものです。
posted by nbm at 01:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月11日

解説ファインプレー

今日は腹筋が微かに痛い…。ん?昨日何か腹筋を使うようなことをしたかしらん?なぜだと思います?
それはね。2台の自転車の4つのタイヤに空気入れで空気を入れたからです(笑)そんなことくらいで筋肉痛かよ…。しかし、身体の反応とは素直なものですね。たかだか空気入れをしゅこしゅこやるのに腹筋使ってたんだね。

さて、本日の午前のこと。PCに作業をさせていて使えないので、手持ち無沙汰で何気なくテレビをポチッとなしたら高校野球の試合が。本日の第一試合は、創価(西東京)VS愛工大名電(愛知)の対戦でした。観始めたときには、すでに創価が3点のリード。愛工大名電が追う展開。双方とも高校生らしからぬ冷静さを保ちながら、守り合うという珍しい試合。双方ともに、ピンチを迎えても落ち着いて切り抜けていきます。高校野球にありがちのドギマギしてミスという展開が無い…。結局、愛工大名電は1点を返したものの、創価の勝利となりました。
ほとんどヒットが出ない地味な試合だったけど、すごく面白かった。お隣の西東京代表・創価を応援して観てましたが、途中から愛工大名電も応援してました。みんな、いい顔をしてました。愛工大名電は、途中でピッチャーが交代。どこかで見たような顔だと思っていたら、このピッチャーが、ベーチェット病と闘っている話題の柴田章くんだったのですね。とってもいいピッチャーでした。病気のために運動にも制限があるようで、投げるイニング数が限られるようでしたが。彼が投球する姿が、同じ病で苦しむ人や、様々な病気と闘う人にとって、励みとなればいいなと思ったり。病気のことなんて一切考えずにのびのびプレーできたらいいのにねと思ったり。一方、創価の選手で印象深かったのは、キャプテンの中安祥くん。満面の笑顔も印象的でしたが、ここぞというときに必ず打ったり守ったりで、とにかく頼りになるキャプテンという感じ。気持ちの強さが伝わってきました。

ところで、この好試合の立役者がもうひとり。それは、解説者の鍛治舎巧さんでした。とにかく選手を褒める。ひとりひとりの選手の情報を事細かに把握していて、的確でわかりやすく、聞いていて非常に気持ちが良く清々しい名解説でした。
野球に限らない話ですが、解説は、自分が監督してもおかしくないような立場の人がやるわけで、どうしても、解説者の主観が見え隠れしがち。どこかで「俺が監督だったらこうするのに!」みたいな主張が顔を出し始めると、やがて出場している選手や監督のダメ出しになってしまいます。これが、聞いていると非常にイヤな感じ。その筋のスペシャリストだからと解説者として呼ばれても、事前にリサーチしていないことがバレバレの人もいる。
解説者としてスゴイと思うのは、たとえばマラソンの増田明美さん。駅伝なんて解説させたらスゴイですよ。何人出場してるんだかわからないようなレースでも、ひとりひとりの選手の情報を事細かに話してくれます。しかも絶妙なタイミングで。小ネタだけでなく、フォームから選手の置かれている状況を読み取る力も素晴らしく、マラソンや駅伝など単調な展開の競技にもかかわらず、増田さんの解説で観続けてしまいます。
今回の鍛治舎さんの解説も、野球の戦術からピッチャーやバッターのフォーム、地方大会での成績などの話を織り交ぜつつ、双方を応援する姿勢が貫かれていました。本当に名解説でした。

残念なことに、大会7日目には我が埼玉の浦和学院は群馬の前橋商業との対戦。1回戦から関東勢同士の戦いとはね。
これから試合があるみなさんには、悔いの残らないように自分の力を出し切って戦ってほしいですね。
創価の片桐監督は、自分の学校のグラウンドで試合をしていると思って、いつも通りにプレーすることを選手に徹底したそうです。高校野球の場合は、一旦メンタルな部分が崩れてしまうと、勝敗を決する大事な場面で失敗をしてしまうことも。高校生にとっては、いつも通りの力を甲子園で出すことは、とても難しいことなのでしょうね。
posted by nbm at 21:46| Comment(6) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月10日

仕来り

「日本人のしきたり」を図書館で借りてみました。4年も前に出版された本が、「国家の品格」あたりから続く日本を見直すブームに乗ってか、ベストセラーに。というわりには、予約が他に入ってる様子もなく、すんなりゲットできたのが不思議でしたが。著者は、浅倉晴武という方で、宮内庁書陵部首席研究官という経歴をお持ち。

では、印象に残った内容をちょっとご紹介。

端午の節句は女の子のお祭りだった!
田植えの前に、早乙女と呼ばれる若い娘たちが、「五月忌み」といって、田の神のために小屋や神社にこもってケガレを祓い清めたもので、女性の厄払いだったのだそうですよ。「さおとめ」って「五月女」とも書きますもんね。男の子のお祭りに変わったのは平安時代だそうで、端午の節句に使われるショウブが「尚武」や「勝負」に通じる事から、流鏑馬など勇壮な行事を行っていた宮中を中心に男の子のお祭りに変化していったそうな。江戸時代に武者人形を飾るようになり、中国の「龍門を登って鯉が龍になった」という故事から鯉のぼりを飾って子供の出世を願うようになったんだと。

「四月一日」と書いて”ワタヌキ”!
衣替えの話なんですが、平安時代の宮中で、四月と十月の一日に行われていたそうで。とくに、四月一日の衣替えを「綿貫(わたぬき)」と呼んだのだそうです。温かい綿入りの衣服から綿を抜いてたから。しかし、気候に合わなかったことから、やがて江戸幕府が年に4回の衣替えを決め、庶民もそれに準ずるように。明治政府が今の6月1日と10月1日の衣替えを作ったのだそうです。洋装が増えたからですね。
「xxxHolic」というマンガ・アニメ作品の主人公は、苗字が「四月一日(わたぬき)」。なんで4月1日で”ワタヌキ”なのか、やっと謎がとけました。

今は無き重陽の節句。
1月1日、3月3日、5月5日、7月7日と奇数のぞろ目には必ずイベントが。じゃあ、9月9日は?救急の日!もそうですけど、重陽の節句です。陰陽説からすると9は陽数(奇数)最大の数字。陽数は良い数字で、その中でも一番大きい数字が二つ重なっているので「重陽」というめでたい日になるわけですね。六朝時代の桓景という人物にちなみ、この日に高い所に登って菊酒を飲めば災いが避けられるということになっていたらしい。山に登ったりして紅葉を眺めながら楽しみつつ邪気を払うってことなのね。紅葉狩り?菊の花というのは、中国では古来から不老長寿に結びつくものだったらしく、お酒に菊の花びらを浮かべて飲んだのだそうです。菊正宗?ウソです。
ちなみに五節句というのは、上に上げたぞろ目の日かと思いきや、元旦は違って、1月7日が加わります。人日。七草の節句ですね。一方、11月11日はなんもないのかというと、陽数は9が最大なので、ここで終わり。なんもありません。
ちなみに、電池の日(+と−で)とか、サッカーの日(11人対11人でプレー)とかありますけども。見かけ上から、くつしたの日とか、ポッキー&プリッツの日とか、ゲタの日とか、もやし、煙突、きりたんぽ…キリがないです。鮭の圭を分解すると「十一十一」になるから鮭の日とか、1が4つで4辺になるから折り紙の日なんてものまで。とほほ。

他にも、神前結婚式を始めたのは、明治33年に皇太子(後の大正天皇)だったとか。婿の家以外の場所で婚礼の儀式を行うことも、これが契機になったとか。
手紙の書き方で、文章中の人名や地名などの単語を2行にまたがるように書いてはいけないなどというマナーとか。なんとなくやってたけどさ。言霊っていうのかね。やっぱり気になって。
お産のときの帯祝いを戌の日に行うのは、犬が多産で安産であることに由来するとばかり思っていたら、それだけではなくて、仏教では、犬が人の霊魂があの世とこの世を行き来するときに守る役目があると考えられていたことも関係しているのだとか。
コックリさん遊びをしたときに、遊び終えた紙に必ず「犬」という字を書いて捨てていた暗黙のルールを思い出しました(笑)

やはり、日本のしきたりは、神道や仏教などの影響や、中国文化の影響が色濃いものであるのがわかります。ただ、入ってきた文化をそのまま踏襲するでもなく、元々あった文化に執着するでもなく、上手に折り合いをつけながら様々なことが変化しているのがよくわかります。都合の良いところだけを抜き出しているわけでもなく、それは絶妙な文化のブレンド。長い時間をかけて簡略化されてしまったものは数知れずという感もありますが、例えば、お中元の贈答品が暑中見舞いのハガキ一枚に取って代わったとしても、相手を気遣う気持ちは受け継がれているわけで。そんなことを考えると、日本人として、ちょっと嬉しくなります。
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2007年08月08日

調子こいてみました

今朝のメニュー。主食はバナナのベニエ。
気取ってるようですけど、超簡単にできてウマウマ。なんのことはない、市販のホットケーキミックス200gにバナナを2本つぶして混ぜ混ぜ。最初は、水分一切いれなくていいのかってくらいな感じですが、根気よく混ぜているといい感じに。そんでフライパンに油をひいて小分けにした生地を弱火で両面焼くだけ。そのままでもおいしいけど、お好みで粉砂糖やメープルシロップなんてかけちゃったりして。

料理が得意ってわけじゃないんですけども、1日3食、カロリーや栄養バランスをきちんと考えた食事を作っているのですよ。健康を考えた食生活に切り替えて2年。振り返ると、風邪もひきにくいし、夏バテもない。そういえば、変温動物の私は、毎年夏場は数ヶ月間微熱が出っぱなしになるのに、今年は平気?

さて、世の中カレー好きな人は多いと思いますが、私もそのひとり。会社員時代は”体育会カレー部”の一員だったほどです。昼休みに、日本橋界隈のカレーを食べるために店までの行き帰りは走るので、体育会(笑)
ただ、カレーってカロリーは相当のもの。お外で食べるカレーは、一皿少なくとも700キロカロリーくらいはあるでしょうね。おいしく感じるものって、大体カロリーが高いんですよね。それは、たぶん油をたくさん使ってるから。
おうちでローカロリーのカレーを食べたいと思ったら、脂肪分を減らせばいいんじゃ…。でも、一から各種スパイスをブレンドして作るのも大変なので、市販のカレー粉を使っちゃいます。そうそう、ちなみにスパイスを自分でブレンドしてカレーを作りたいという向きには無印良品のホームメイドカレーってのがありますぜ。で、私が使っているカレー粉は、ハウス・プライムカレーのジャワカレー。カロリーで30%オフ、油量は50%オフ。でも、十分美味しいです。このシリーズはバーモントカレーもあります。
使う具材のお肉によって、カレー粉も変えますが。ビーフの時は辛口、ポークは中辛。チキンの時だけは、S&Bのカレー粉を使います。
まず、お肉の選択。バラ肉とか使うと美味しいのはわかってるけど、あえて脂肪の少ないモモ肉をチョイス。これだけでバラ肉と比較すると、お肉のカロリーは3分の1に。
あとは、脂肪分が少なくて物足りなさそうな部分は、あらゆる風味を加える工夫をします。これは、あくまでうちの好みの味を研究した結果ですので、悪しからず。まず、お肉を最初に炒めるときにショウガとニンニクのみじん切りをいっしょに。煮込む段になったら、バナナやりんごのすりおろしと缶詰のトマトを加えます。自分でやるのは面倒なので、市販の炒め玉ねぎやコンソメなども投入。ローリエも。
市販のカレー粉には、何も隠し味めいたものを加えない方が美味しいという研究結果があるそうですが、好みの問題だよねぇ。うちの場合は、果物の甘さがポイントなのでバナナは欠かせません。
ポークの時は、ピーマンを刻んで入れます。苦味がなんとも言えない。あとは、普通に玉ねぎ・じゃがいも・にんじん。ビーフの時は、玉ねぎしか使いません。じゃがいもを入れるといたみやすい夏場は、じゃがいもは入れず、レンジでチンしたものを食べるときに投入。
仕上げにガラムマサラと、隠し味のソースを少々たらして出来上がり。
ナスをトッピングしたりもします。入れて煮込むと溶けちゃうから、別で。揚げたのが美味しいけど、ナスは油を吸いやすいので、まずお水といっしょにレンジでチン。多少水を吸ったナスを少量の油で炒めます。まったく油を吸ってないナスも味気ないのでね。

チキンだけは作り方が違って、皮をはいだムネ肉に塩コショウとガラムマサラで下味をつけて、ショウガとニンニクをおろしたものを混ぜたヨーグルトに数時間漬け込みます。これをトウガラシを入れた油で焼く。炒め玉ねぎとS&Bのカレー粉でルーを作って、そこに焼いたムネ肉を投入。隠し味にピーナツバターを少々。やはり缶詰のトマトを入れます。ヨーグルトも投入。ちょっと煮込めばできあがり!サラサラのチキンカレー。

こんなんで、お茶碗一杯分くらいのごはんと合わせて500キロカロリーくらいのカレーができます。うちでは、大体1食500キロカロリーが目安なのですが、カレーでこれが実現できることを知ったときは嬉しかった!

おうちによって、カレーのレシピは様々ですよね。みなさんのおうちのカレーはどんなカレーですか?興味津々…。




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2007年08月07日

♪ブル〜ダ〜イヤ〜♪

先日から指輪ネタを書いていて、あることを思い出したので記事で採り上げたかった指輪がありました。今、そいつは目の前にあるのですが、写真を載せようとデジカメを向けたら、デジカメが機能しなくなりました…(泣)何度入れてもスイッチが入らない…。電池を変えてもダメです。「写すな」ってことか?
う〜ん…やっぱりコイツには何かあるのだろうか。

この指輪、今からふた昔ほど前、私がハタチくらいの時に表参道の露店で買ったもの。5ミリ幅くらいのシルバーのリングで、表側にお花と葉っぱの模様が彫金されてます。ただそれだけのもの。学生が買えたのですから高いものではなくて、1500円とかそんなものだったと思います。
たった一度だけ、コイツに変なことがありました。友人と大学近くの喫茶店に行き、そこでトイレに行きました。普段の私は、指輪を填めていてもかまわずそのまま手を洗ってしまうタイプ。なのに、その時はこの指輪をしていて、手を洗う時にどういうわけかはずして洗面台の上に置きました。それで、これまたどういうわけか指輪をはずしたこと自体をすっかり忘れて席に戻ってしまい、席に戻ってから指輪がないのに気付いて、慌ててトイレへ行ってみたけど、指輪はない。さほど広くない店には、そのとき私たちしかお客さんはいませんでしたし、私の後にトイレに入った人もいない。洗面台に置いたところまでしか記憶がなかったのですが、無意識にバッグに入れたかと探したのに見つかりませんでした。失くしちゃったなと残念に思いながらも、安物だし、まぁいいかとすぐに諦めました。
ところが、数日後、その指輪はそのときのバッグの薄いポケットから出てきました。なんだ、やっぱり忘れてたんじゃないのって思うでしょ?でもね。あの時バッグは隅々まで探したし、結構厚みのある指輪だから薄いポケットに入ってれば外側から見てもわかるはずなのですよ。それに、指輪が入っていたそのポケットは普段まったく使っていませんでした。私だけにしかわからないけど、私にしてみれば、消えた指輪が数日後にまた勝手に戻ってきたとしか思えませんでした。
それからというもの、どこかしら気味が悪くて、この指輪はほとんど填めていません。
で、この話を書くのに実物の写真を撮ろうと思ったら、デジカメが動かないというわけです。なんじゃ、コイツは?
というわけで、残念ながらお見せできません。

うっわ、前置き長っ!ここからが本題ですわ。
先日の「指輪”の”物語」で書ききれなかったのが、悪名高いホープ・ダイヤのお話。
17世紀、インドのヒンドゥー教の神殿の神の像から盗まれたという大きなブルーダイヤ。その後、数々の人の手に渡りつつ、持ち主を不幸にし死に至らしめるとされてきたいわくつきのダイヤ。当初は112カラットあったという。
フランスの宝石商タヴェルニエがこれを入手し、ルイ14世に売る。タヴェルニエは借金を背負った後に野犬に食い殺される。ルイ14世は、ダイヤをハート型にカットして67.5カラットになった。このダイヤを王から借りて身に着けた貴族たちは皆投獄されたり地位を剥奪されたりしているという。そして、革命によりルイ王朝は滅びる。
オランダの宝石商の手に渡りカットされたダイヤは45.5カラットに。宝石商の息子がそれを盗み出してフランス人の男に売るが、宝石商も息子も自殺、フランス人の男はロンドンの宝石商に売るが、金をもらう前に餓死。ロンドンの宝石商は、銀行家ホープにダイヤを売った後落馬で死亡。呼び名の元となったほど長くダイヤを所有したホープ家も、浪費の果てに破産。
パリ在住のロシア貴族がダイヤを手に入れ、寵愛する踊り子にダイヤを貸すと、踊り子は情夫に殺され、ロシア貴族も何者かに殺される。
今度はギリシャの宝石商がオスマン・トルコの皇帝アブドル・ハミド2世に売るが、ギリシャの宝石商はその直後に車ごと崖から落ち、1年と経たないうちにオスマン・トルコは滅亡。アブドル・ハミド2世は、ダイヤを託した密使をフランスへ送るが、密使はダイヤごと姿を消す。
そして、パリの宝石商カルティエに巡り来たダイヤは、アメリカの新聞王の妻エヴァリン・マクリーンに売られるが、数年後に息子が事故死、娘は薬物で変死、夫は発狂、本人は病死。
ようやく、最後の持ち主ハリー・ウィンストンのもとへ。彼がスミソニアン博物館へ寄贈して一件落着。
事実関係が確認されていないことも多いというけれど、話に尾ひれがついているだけでしょうかね。
マリリン・モンローが、ハリー・ウィンストンから借りて、映画の中で身に着けていたらしいのですが、その映画って「紳士は金髪がお好き」なのかな?誰かおせーて!彼女の最期については周知の通り…。

インドでは、ダイヤモンドには神の力が宿るとされ、呪術の道具や守護の石として使われていたらしい。
ダイヤモンドは、ギリシア語の「アマダス」が語源とされているとか。その言葉の意味は「制服するのが難しい」。なるほどね。

ココから先は種明かし。読むとつまらなくなるかも。
ヒンドゥー教の神殿ではなくて、インドの川で発見され、最初に入手した宝石商タヴェルニエは84歳まで生きた。
フランシス・ホープの時代に、ホープ家は破産。妻だった女優メイ・ヨーは、身の不運をダイヤのせいだとして本を出版し、自分が主演で映画化もした。これが、「呪いの宝石」と呼ばれる大きな原因となったよう。
他にも、一族の血筋が絶えたなどの話が伝わっているが、事実ではないらしい。前述した死の連鎖も、事実確認されていないことが多いみたい。
ということで、ずいぶんと脚色されて伝わっている内容が多いということですね。
でも、ダイヤの呪力に関しては、まったく否定してしまうことはできません。私の手元にあるちっぽけなシルバー・リングにさえ、なんらかの力が宿っているのかもしれないのですから。






posted by nbm at 11:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月06日

気迫の勝利

土曜日の夕方、変な時間帯にサッカーのオールスター戦が放送されてました。どうせなら、もう少し遅い時間にして、ゴールデンタイムに放送すればいいのに…。
主にファンの投票によって選ばれた選手たちが、東西対抗で戦うこのゲーム。もちろん、お祭りなので、ケガをするほどのプレスをすることもなく、選ばれた選手がみんな出られるようにグダグダな選手交代があったりします。
一番感じるのは、カズやゴンといった選手が崇め奉られていること。一世を風靡し、まだ第一戦で活躍しているとはいえ、失礼ながら盛りの過ぎた選手。年齢的に仕方ありません。プレーを続けているだけでも賞賛に値します。私もカズやゴンを尊敬してますけどね(笑)いっしょにプレーしている若い選手たちや、サッカー・ファンにとって、彼らは既に神の領域。副音声でインタビューされる若い選手たちは、同様に「小学生の頃から観てましたから」と言い、カズやゴンと一緒にプレーできること自体が至福の喜びといった感じ。ファンは彼らの活躍が観たいと思い、いっしょにプレーしている若い世代の選手たちも彼らにゴールを決めさせようと必死。それがあまりにも露骨だったので、ちょっと興ざめでした。せっかく、これから期待の若い世代も出ているのに、なんか影が薄い。仕方ないか…。
藤田選手もすごいですよね。36歳。フルで出てませんでしたか。プレーもさることながら、藤田選手の場合は、代表戦なんかだと精神的支柱というか、負けて落ち込んでる若い選手を抱きかかえるようにして一生懸命に励ましている姿が印象的で、貴重な存在だなと思ったものです。いい人だ…。
Jリーグの試合はあまり観ないので、久々に活躍しているのを観られて嬉しかった選手もいます。小野選手はやっぱりすごかったし、大久保選手も自分がゴールを狙いに行くだけじゃなくてアシストにまわったりもしててね。闘莉王選手と中澤選手が揃ってるところも観られたし。
お気に入りの水野選手や家永選手も活躍してた。若い内田選手にも期待。
しかし、何より副音声にウケた。どうも松木さんの考えるサッカーに賛同できない私には、主音声で観戦するのはムリでした。でも、副音声は面白すぎて、逆にプレーに集中できんかった…。

昨日は、高校総体の男子新体操団体に見入ってしまいました。日本にしかないという男子新体操。これ、世界でやったら絶対面白そうなのに。私とて、個人競技にはあまり魅力を感じませんが、団体はすごい。観たことのない方のために説明をすると、床運動を6人揃ってやるようなもので、陸上でやるシンクロナイズドスイミングみたい。6人揃って倒立、くるくるとバック転などするわけですが、4隅から交差しつつ、互いにぶつかりそうになりながら連続してくるくると回転したり。はたまた数人がかりで一人を投げたり、飛んで乗っかったり、飛び越えたりと難易度の高い大技も増えてきてます。
元々マイナーな競技のため、力を入れている学校も少ないようで、上位に名を連ねるのは限られた学校ですが、だからこそ皆レベルが高い。
中でも、佐賀県の神崎清明高校の演技は、どの学校よりも気迫が感じられるものでした。観ていて涙が出そうなくらい、選手たちの異常なほどの気迫が伝わってきます。地元の佐賀県で行われている大会だからかなと思って観ていると、実況アナが「先日。部員のひとりが交通事故で亡くなるということがありました」と言う。はぁ…。すごく納得。亡くなった彼のためにも絶対に優勝するんだという気持ちが込められた演技だったのですね。事情を知らなくても、その気迫を感じるというものだったのですよ。
演技終了後、選手も監督も皆泣いてました。監督さんは、亡くなった部員の遺影を抱えていました。そして、見事に神崎清明高校は優勝!

何につけても、気迫というものは大事なのだなと。グダグダなサッカーのアジア・カップの試合を思い出し、あらためて思ってしまいました。スポーツに限らないことなのですよね、きっと。
あぁ、でもやっぱりこう暑いと気合も入らん…。動機づけが重要なのかな。
posted by nbm at 11:09| Comment(2) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月04日

蘇る勤労

夏はアルバイトの季節。夏に限らず冬でもそうですが、長期のお休みとなる学生にとっては、お小遣いを稼ぐチャンス。そこここで、まだ働き始めて日の浅い見習いくんたちを見かけます。初々しくて微笑ましい。

私が初めてアルパイトをしたのは高校1年生の秋。それまでは厳しい部活に追いまくられる日々だったのですが、顧問と衝突して同学年の1年生全員が一気に退部。一転して自由な日々となりました。母と買い物に出た駅前で、ケーキ店にアルバイト募集の張り紙を発見。ちょうどアルバイトを探していた時でした。履歴書も持ってないのに、母が行ってみようと言うので、思い切ってお店に入ってみました。事務所に通されて、年配の女性が面接をしてくださって、その場で雇用されることが決まりました。母が履歴書代わりになってくれたというわけです。「遅番だと夜11時までの勤務になるけれど、その時は私がお宅まで車でお送りします」と面接をしてくださった年配の女性が約束をしてくれました。その方は、専務。約束どおり、遅番の時は毎回、専務が車で家まで送ってくださいました。車中で様々なお話をすることもできて、楽しかったことを覚えています。後から考えると不思議なのですが、車で送ってもらっていたのは私だけ。私の家だけ遠かったからでしょうかね。
仕事は、ケーキや焼き菓子を販売すること。地下1階から3階まであったお店は、フロアごとに喫茶・軽食・レストランとなっていて、ケーキ売り場は1階でした。お菓子の販売以外にも面白い仕事が。それは、生パスタの製造。ケーキ売り場の通り沿いは大きなガラス張りで中がよく見えるような作りになっていて、そこに大きなパスタマシンが設置されてました。粉とお水を入れると、機械がこねこね。たくさんの細い穴からパスタがニュ〜っと出てくるのをハサミでチョキンと切り、くるりとひとひねりしてバンジューへ。この動作を道行く人が見物できるというわけです。生パスタが食べられますよ、というパフォーマンスだったのですよ。
ストライプシャツにレジメンタルのタイ。それに女の子はキュロットかスカート、男の子はズボンというのが制服でした。苺のついたタイピンがワンポイント。同い年のコはひとりだけ。あとは、もう少しお兄さん・お姉さんの大学生が多かった職場。先輩たちがかわいがってくれて、楽しい職場でした。昼間のシフトでいっしょになるおばちゃんも、最初は怖かったけど後々かわいがってくれて。ただ、そのおばちゃんとのシフトで辟易したのが、むりやりケーキを食べさせられること。基本的に売り物を口にすることはありませんでした。多少割引で購入できたくらいです。ところが、そのおばちゃんは、勤務中にタイミングを見計らって売り物のケーキを食べ、私にもそれを強要してくるのでした。共犯者にして口封じしたかったのでしょうね。ケーキは嫌いじゃないけど、さほどたくさん食べられない私には、おばちゃんとのシフトの度に2個3個と食べさせられるのが苦痛でした(笑)競艇について熱く語っていたおばちゃん、元気かな。不祝儀の時は、包装は逆側から包むと教えてくれたのは、このおばちゃんでした。
食品を扱う店としては付き物のゴキちゃんも、小さいものなら笑顔でコッソリ踏み潰しながらお客さんに応対するまでに訓練されました。暗算でケーキの値段を計算することや、一掴みで硬貨10枚というワザも身につけました。遅番はレジ締めもやりますしね。気候や人気を考えながら、ケーキを発注することもできるように。
失敗談ももちろんあります。ケーキを名前で注文してくれると助かるのですが、読まないで「コレとコレ」などとショーケースの向こう側から指さされても、こちらには案外見えないものなのです。よくわからずに確認するうちにお客さんが怒って帰ってしまったことも度々。ホールのケーキを包装するときに、上から被せるフタを思い切りケーキに当ててしまい、デコレーションが崩れて、「少々お待ちくださいませ」と言って裏手の工場にピューっと走り、職人さんに「申し訳ありません。デコレーションを直してください!」とお願いしたことも。その節は、ご迷惑をおかけしました…。

いろんなことがあったけど、働くことがあまりに楽しくて、初めてのお給料日を忘れていたのは私です。当然、お金を稼ぐために始めたアルパイトだったのですが、社会勉強となったことの方が大きくて、報酬をもらうの忘れてました(笑)基本的には怠惰な自分ですが、働くことの楽しさを最初に教えていただけたことは、後の人生に大きく影響していると思います。
その後、そのお店では大学生になっても断続的に働かせていただきました。残念ながら、今はもうそこにお店はありません。あの時、背中を押してくれた母と、雇ってくださった専務に感謝です。

初々しいアルバイト学生を見る度に、拙い手付きにイライラする気持ちよりも、「働くなんて偉いぞ」とニコニコしてしまう気持ちが勝ってしまう私なのでした。
posted by nbm at 11:43| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月03日

「指輪”の”物語」後編

指輪の出てくる物語といえば、トールキン「指輪物語」。そのまんまやんけ。お恥ずかしい話ですが、ちゃんと読んだことがありません。映画は全部観ましたよ。作品世界は大好きです。3つの指輪がエルフに、7つの指輪がドワーフに、9つの指輪が人間の王たちに、そしてすべての指輪を支配する1つの指輪は”身の毛のよだつ者”サウロンが持っていた。このすべてを支配する指輪の威力を知ったエルフが指輪を隠したことから、エルフたちとサウロンとの戦いが始まるわけですね?
この指輪物語には、前述の20の力の指輪以外に「バラヒアの指輪」というのが出てくるそうです。人間のバラヒアが、エルフのフィンロドを救った時に、友情の誓いとして与えられたものだそうな。

ワーグナーの歌劇で有名な「ニーベルンゲンの指輪」。英雄ジークフリートの伝説は、北欧の叙事詩「ヴォルスンガ・サガ」にもあるそうで、その中ではジークフリートが手にする秘法が指輪となっていて、宝を無限に生み出す力を持つもの。悪戯ずきの神ロキによって呪いをかけられた指輪が、巡り巡ってジークフリートの手へ。持ち主を死へと導く指輪の物語。
ソロモン王の指輪は、動植物と会話できるという力を持つもの。悪霊の王に指輪を奪われ海に投げ捨てられてしまうが、力を失ったソロモンは、食べようとした魚の腹の中からその指輪を見つけて復権する。
この失くした指輪が、魚の腹から出てくるというパターンはたくさん出てくるのですが、元はココにあるのでしょうか。シンクロニシティの事例として、確か現代でもこんな話がありましたね。ほんまかいな。

いつも身に着けている指輪ゆえに、人間の身代わりや、身分の証明として使われている話も少なくありません。結婚指輪なんて身分証明の最たるものでしょうし、カレッジリングなどもそうですしね。フリーメーソンなんかも指輪してませんでしたっけ?仲間である証明とはいえ、そうなると、ちと呪縛めいたものも感じますね。

指輪が出てくる昔話には共通点が多く、世界各地にシンデレラのお話があるように、微妙に形を変えているけれども、根っこは同じみたいな感じがします。虐げられている末娘や末息子もしくは貧乏な庶民が主人公で、困っている人や動物を助けてその褒美に力のある指輪をもらい、その指輪の力で幸福になる。ところが、指輪を失くしたり奪われたりするか、もしくは王様から無理難題をつきつけられるかして、その時になって依然助けた動物なんかが出てきて難題を解決し指輪を再び取り戻して、幸せに暮らすという構図。細部はそれぞれ違っているものの、ヨーロッパだろうがアジアだろうが、大体そんな話ばかり。
日本の民話として残っているものもそう。指輪文化が定着していない日本に、こんな話が残っているのは怪しいけど。いつの時代に作られたのでしょうね。
いじめられていた亀と猟師に撃たれそうになっていた熊を助けた良い爺さんが、擦ると欲しいものが出てくるという指輪を助けた熊からもらう。指輪の力で不自由のない暮らしをするようになった良い爺さん。それを訝しんだ欲深な悪い爺さんが指輪を盗み、良い爺さんは元の苦しい生活に逆戻り。良い爺さんに飼われていた犬と猫が相談し、指輪の捜索を開始。川むこうの悪い爺さんの家へと行くのに、犬は猫を背負って泳いで辿りつく。悪い爺さんの家では、ねずみに指輪のありかを聞きだし、指輪を取り戻した2匹は帰り道に川を渡る。が、美味しそうな魚を目にした猫が思わずニャアと鳴き、咥えていた指輪は川の中へ。そこに話の最初に登場した、良い爺さんが助けた亀が現れて指輪を見つけてくれ、無事に2匹は指輪を持ち帰ることができた。こんな話。
これが、地域によって登場する動物が微妙に変わったりしてくるわけです。猿や鳥や魚など、メンバーを入れ替えた動物たちの連携プレー。でも、せっかく取り戻した指輪を必ず水の中に落とすおっちょこちょいがいて、魚が拾ってくれるという展開になります。
そうそう、もうひとつ。何かの褒美に指輪をもらう時、「数ある宝の中から必ず指輪を選べ」と忠告する存在が出てくるパターンも多い。助け舟多すぎみたいな展開です。
指輪という存在に秘められた力への憧れを強く感じます。指輪の効果が、「3つの願い」のように限定されていず、無尽蔵で永遠なものというのも、指輪の形状が象徴する永遠性と関係があるのかもしれません。なので、指輪の登場する昔話・民話系は絶対的にハッピーエンドの物語。それとも、隠されたバッドエンドがあるのでしょうか。

そんな中で、異彩を放っていたのがイタリアはナポリの話「ペンタメローネ」。ヨーロッパで最古の民話集と言われているそうです。17世紀になってバジーレという作家が編纂したそうで、全50話。もちろん、昔話の原型も様々見られるようですが、なんだか一味違います。ナポリはギリシアの植民地だったことから、イタリア全土からすると特殊な地域だったようで、ナポリ以外に出ることのないお話らしい。アンデルセンやグリムの童話のように大々的に広まってもおかしくないお話です。
例えば「雄鶏の石」というお話。ある雄鶏の頭の中にある石は不思議な力を持っていて、それを指輪に填め込むと何でも願いを叶えてくれるという。その石を手に入れて指輪を作った年老いた男が、若者になりたいと願い、見事に若返る。指輪の力で若返り裕福になった男は、魔術師に指輪を奪われ老人に戻ってしまう。それをねずみたちの強力で取り返し、また若返って幸福に暮らす。というもの。後半は「やっぱり…」な展開ながら、冒頭はオリジナリティあふれる始まり方。なかなか興味深いです。

あぁ、また長くなりました。今日はこれにて。
posted by nbm at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月02日

「指輪”の”物語」前編

指輪というものが気になって、「世界に伝わる指輪の物語」という本を読んでみました。

指輪の起源については、地域的に色々。
古代エジプトでは、王族の墓から太陽を象徴するスカラベを象った指輪が発掘されているとか。ギリシア神話では、火を人間界に持ち出したプロメテウスが指輪を填めさせられていましたね。中国では、殷の時代からあり、翡翠の指輪は王である「天子」を表したのだそう。宮廷の女性たちが、月経時や妊娠中に指輪を填めていたのですって。古代ローマでは、黄金の指輪が権力の象徴で、司祭に限られていたものが元老院議員などに普及していったとか。ヤ○ザの方たちが好んでぶっとい金の指輪を填めている印象があるのは、この辺りに由来するのでしょうか。
指輪は「輪」ですよね。古代から円形や球形は、特別な意味を持つもの。循環であり、永遠で終わりが無い形。完全も表しますよね。太陽や月をはじめ、星々の運行も円形。宇宙とも通じます。その基本の円形に、神々の姿や魔術的な図形、力を持つとされる石や材質などを使って、より神秘的な力を持つ指輪を作り上げていったわけです。
指輪には、「誓い」「呪縛」「護符」「特権」「契約」など、色々な意味が含まれているようです。
時代を経ると、様々な用途の指輪が誕生します。ヨーロッパなどでは印章指輪が広く普及していきました。貴族が、手紙を蝋で封印するときに印章指輪を使うなんてシーンを映画などで目にしますよね。いざというときのための毒入りの指輪なんてものもありましたね。髑髏をモチーフにしたものもあります。現代だと、ヘヴィ・メタルみたいなものを連想しがちではないかと思えますけど、元々は、”メメント・モリ”。つまり、自分がいつか必ず死ぬことを忘れるなということ。死は誰にでも訪れるものだからこそ、恐れずに常に心の準備をしておけということですね。死といえば、17世紀には、遺髪を入れた指輪が流行り、追悼しつつ故人を偲ぶアイテムになったとか。いずれにしても、常に身につけて目にするものとして果たす指輪の役割は、大きいものだったのでしょう。
この本の著者である葛城稜さんが、大きな疑問として提示されているのが、日本に指輪文化が定着しなかったことです。今では当然のように指輪を填めている日本人ですが、縄文時代の石や骨でできた指輪は発見されたものの、奈良時代あたりから装飾品自体を見なくなるそうで。印章としての指輪も定着しないまま、依然として契約ごとには判子が使用されてますよね。不思議です。

結婚指輪を左手の薬指に填めるのは、心臓と結びつく血管があるからだと聞いたことがありますが、男性が女性の魔力を封じて心をつなぎとめるためという説もあるそうです。十本の指には、それぞれに意味するところがあって、指輪をどの指に填めるかで効果が違うという話もあります。ちなみにこんな感じ。
 右手・親指→指導者を表す。強い信念を持って成し遂げたいことがある時に。
 右手・人差指→集中力が出る。自分の能力を発揮し、行動力が出る。
 右手・中指→邪気から身を守る。直感が冴えて苦難を避ける。
 右手・薬指→精神を安定させる。指輪の石の力を最も引き出す。想像力も豊かに。
 右手・小指→自分に自身がつく。自分の魅力が相手に伝わる。
 左手・親指→右手同様、信念を貫きたいときに。
 左手・人差指→積極的になれる。
 左手・中指→人間関係をスムーズに。押しが必要なときははずした方がよい。
 左手・薬指→愛を育む。
 左手・小指→片思いの人の愛情のお守り。出会いの機会を与え、願いを叶える。

東洋医学などでも、それぞれの指が身体的に司る部位があるようです。
 親指→呼吸系・新陳代謝
 人差指→肝臓・胃・膵臓
 中指→心臓・肝臓
 薬指→神経・視覚中枢
 小指→肺・生殖器
だってさ。

長くなってしまいました。肝心な指輪の物語に行き着けなかったので、それはまた後日。




posted by nbm at 11:19| Comment(3) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月01日

夏が来れば思い出す…海

今日から早8月ですか。いい加減、梅雨明けでしょうか。今日は、暑くなりそうです。

夏と言えば海!いえいえ、もうどのくらい海に行ってないでしょうか。海自体が嫌いなわけではないですが、海水浴ってのは楽しむためにエネルギーを使います。海無し県埼玉に住んでいる者としては、きれいな海というと千葉の九十九里海岸か伊豆のどこかに行ってました。乗りなれない電車に長いこと揺られるか、高速を乗り継いで長いドライブか、どちらにしろ目的地に着くまでけっこう時間がかかります。海岸に出るには、近くの民宿でも借りてない限り、海の家で水着に着替えたりするわけですけど、あの不潔な感じが苦手でね。日焼けすると真っ赤になる肌やバサバサになる髪。どうやってもくっついてくる砂粒。海に入っても、特に泳ぎの得意でない私は、足がつかないとそれだけで不安な気持ちに。思い出されるのはロクでもないことばかり。おかしいな。楽しかったよね?

おそらく、楽しかったのは高校生や大学生の頃。友人たちと行ったこと自体が楽しかったのよね。学生時代の就職活動の時期、何度も海に遊びに行って、ひとりで日に焼けてて大学の友人たちにぶぅぶぅ言われてたのは私です。だって、私だけ内定なかなかもらえないんだもん。って、それなら普通はがむしゃらに就職活動しますかね?まわりの友人たちは、いくつも内定をもらってたのに、まだがんばってたんだよね。私は、ひとつも内定が無いのに、お気楽に遊んでました(笑)

そんな私も、大学1年生のときに、泊り込みで学園の寮でアルバイトをしたことがあります。九十九里浜のとある海水浴場に程近い寮には、中学生たちが海浜学校に来ます。彼らの食事を作るのが主な仕事。数百人分のカレーを作ったりしてたわけです。昼食を作り終えると、数時間は休み時間。慣れない労働と厨房の暑さで疲れきってしまい、部屋で友人と爆睡していることが多かったのですが、時には水着を着て浜へ。中学生たちは、可哀想にふんどしを着せられて遠泳をさせられたりするわけですが、私たちは、名物の”まな板サーフィン”に興じておりました。デカいまな板の端に取っ手と思しき手の入る穴が開いていて、その取っ手を持ちつつ体をまな板に乗せて(乗らないけど)サーフィンをするというもの。ボディボードのようなものですね。板は小さいけど、けっこう波に乗れるもんです。しかし、中学生のふんどしは未だ続いているのでしょうかね。ちと時代錯誤?まぁ、海浜学校でもそうでしたが、普段の学園生活でもどこか瞳の暗いひねててかわいげの無い子供が多く、それでいてひどく子供っぽい印象が強い中学生たちだったので、ちょっといい気味だったりするのですが(笑)いや、優秀なんですよ、彼ら!ほとんどの子供たちが東大をはじめすごい大学に進学して、後の日本の政治家・官僚としてまたは財界などで活躍していくのでしょうからね。がんばってくれ!

この時、大学生のアルバイトとしては、ライフガード役として某国立大の水泳部員が、救護役として医大生が居ました。ほとんど学園の卒業生だと思われますが、この医大生がひどかった!患者を屁とも思ってないことを公言していて、異を唱えるヤツが一人も居ない…。こんなヤツらが医者になっていくのかと、驚くやら情けないやら。背筋が寒くなる思いがしました。それでね。やっぱり大学生の頃から、いい車を乗り回したりしてた。きっとヤツら今頃、どこかで医者になってますよ。

あれれ?海の思い出を語るはずが…。だいぶ脱線してきました。ちょっと毒吐いちゃったな。
posted by nbm at 11:33| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする