2007年09月29日

世界のアホさん、こんにちは!

F1のことを書こうと思い、モーター・スポーツ・ニュースを色々と見ていたら…コリン・マクレー事故死!知りませんでした。なんかショック…。コリン・マクレーは、WRC(世界ラリー選手権)の元王者で、通算25勝もしている名ドライバーです。彼の名前を冠したゲームもあるくらいで、非常に有名な選手。9月15日に、自ら操縦していた自家用ヘリが墜落したとのことで、息子さんも一緒に亡くなってるのね。合掌。

気を取り直して、と。
F1日本GPが始まりました。30年ぶりに富士スピードウェイで開催されるとあって、盛り上がってますね、極一部で(笑)F1のレースは、フジテレビで大抵深夜に放送されてます。レース開催地との時差なども理由のひとつでしょうが、一般的な人気がないのは想像がつきます。それでも、最近の放送を観ていると、F1の知識が全くない人にも楽しんでもらおうと、基本的な情報を説明するように心がけているように見えます。でも、なにぶん深夜帯ですから、どれだけの人に届いていることか。私もさほど詳しくないですし、何にでも当てはまることではありますが、F1は知識の情報量が多ければ多いほど楽しめるという部類のものだと思います。レギュレーションや、各チームとそのドライバー、コースの特徴、などはもちろんなのですが、”これまでのあらすじ”を知っていると知らないとでは、楽しみの度合いが違ってくると思います。レギュレーションとは、レースを行う上での規定です。車の排気量や車体重量などを制限した中で速さを競うわけですね。その他にも近年では、ドライバーの安全のために首の後ろにプロテクターを装着することが追加されてますし、2006年の使用タイヤの問題では、レース・ボイコットなども起きて物議を醸しました。車体だけでなく、ドライバーの安全から燃料の質など様々な種類の規定が定められ、主催者や企業などの思惑もあり、年々複雑化していきます。
今回の日本GPは土・日の昼間に放送されるということなので、自国開催だし観てみようと思われる方も多いかもしれませんね。
興味の無い方には、車がコースをぐるぐる回ってるのを観るだけなんて、何が面白いんだかという感じでしょうが(笑)レギュレーションの変遷や、各チームの歴史、ドライバー同士の戦いなど”これまでのあらすじ”を踏まえた上で観ると、面白いものなのですよ。ただ、速く走る車を観るだけでもよいのですが、給油の回数やタイミングだけでも順位が入れ替わったりしますし、結構頭を使うものなのです。

さて、F1が世界最速の車だと思っていらっしゃる方も多いと思いますが、それは間違いです。なぜなら、F1はレギュレーションという規定があってのレースですから、その規定をとっぱらえば、もっと速い車ができるのは当たり前ですね。F1マシンの最高速は370km/hほどといわれています。今回の富士スピードウェイはストレートが長いので、300km/hは出るのではと期待されているようです。
アメリカの真っ平な地面が延々と続く場所では、ロケットカーが最高速に挑戦してますが、1997年にイギリスのスラストSSCが1200km/hを超え、マッハに到達してます。運転していたのは空軍パイロット。もはや車じゃありません(笑)市販の車では、今のところブガッティのヴェイロンという車が400km/hを超えた記録を出しているそうです。
市販のバイクで世界最速と言われているのが、スズキの隼(HAYABUSA)。300km/h超えてます。つまり、バイクでF1並みのスピードが出るわけです。カワサキのZZR1400という説もあるようですが、世界的な認知度や人気から言ったらハヤブサの方が上でしょう。当然市販車ですから、その辺を走れます。でも、どこで300km/hも出すっちゅうんじゃい(笑)日本では、本来レース場でしか出しちゃいけない速度ですね。海外でも、事情はあまり変わらないと思いますが、海外では結構乗られているバイクのようです。ほれっ!
http://jp.youtube.com/watch?v=jwieel03c-w
どこぞのアホな人が、ターボつけて390km/h出してます。ちなみに、メーターはマイル表示。

昨夜も、バイクで遊ぶ世界中のアホな人たちの映像をダンナさんと観て大笑いしていたのですが、究極はコレです。
http://jp.youtube.com/watch?v=hDh3fNCCZ68
http://jp.youtube.com/watch?v=P_FMeh3ou6s
毎年オーストリアはエルズベルグという所で行われている大規模なエンデューロ大会。出場台数が千台を超えるという…。しかし完走できるのは30台程度(笑)過酷なというか、アホとしか言いようがないレースですね。最初の千台並ぶありんこみたいに見えるアホたちが、その辺をぐるっと回ったと思ったら、いきなり斜面を登りだします。こけるこける。あんなの登れっこありません。バイクごとズサズサ落ちていきます。バイクが降ってくるわ、転倒するわ、足が変な方向に曲がっちゃったり、担架で運ばれたり、ブクブク水没したり、もう大変です。山の上に登るにしたがって、木の間をすりぬけたり、ロックセクションがあったり。X-GAMEまがいにエンデユーロ・バイクでエアを飛んでる映像もあったり。世界には、こんなにアホな人がたくさんいるのかと思うと、喜ばしい限りです(笑)
posted by nbm at 11:34| Comment(8) | TrackBack(0) | 車・バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月27日

19年後の今宵も満月

今年の<中秋の名月>は、9月25日でした。<中秋の名月>じゃよく観とこうと、雲間に見える月を、双眼鏡でどアップにして観て楽しみました。うさちゃんもクレーターもくっきり!とっても綺麗でした。ところが、これって満月じゃなかったんですね。満月は、今日27日です。秋分の日の頃ともなりますから、月の軌道が地平線に近づくので、満月が明るく綺麗にみえるはずなのですよね。
昔の暦は、1年を1月から3ヶ月ごとに季節で区切ってました。そうすると、1年は春から始まって、秋は7・8・9月の3ヶ月。8月は秋の真ん中で、8月15日は秋のド真ん中で<中秋>。ということで、旧暦の8月15日が<中秋の名月>となるわけですね。旧暦は太陰暦なので、月の満ち欠けと暦は連動していて、15日といえば大体満月に当たっていたことになります。現在の暦は、太陽暦であるグレゴリオ暦ですから、旧暦とは、ずれが出てしまいますね。

メトン周期というのをご存知で?
紀元前のアテナイの数学者メトンさんが発見した法則で、19太陽年は235朔望月にほぼ等しいというものです。太陽暦に沿って生活しているのを前提とすると、19年後には、今年と同じ日に同じ月の満ち欠けがあるということになります。
ちなみに、中国では、まったく違う方法で、このことを発見していて、章法といい、19年を1章と数えるのだそうです。
もひとつちなみに、中国のお菓子で月餅というのがありますが、これも中秋の月になぞらえたもので、中秋の頃に贈りあう風習があるのだそうですよ。もともとは、日本のお月見団子みたいなものなんですね。
またまたちなみに、昔から喜寿(77歳)の誕生日には、生まれた日と同じ月が見えるといわれているそうで、なるほど76が19の倍数にあたりますから、数え年で考えるとそうなるのですね。

イギリスのストーンサークル、ランズエンド地方には19個の石でできているものが多いそうです。たとえば、春分の日が新月だとしたら、19年後の春分の日にも新月となるわけで、19年という時間は特別な意味をもっていたようです。19の倍数である38、57、76、95歳というのは、それぞれが人生の転換期であると考えられているとか。
一方、ユダヤでは、ヘブライ太陰暦を用いています。30日を12ヶ月で1年とするもので、メトン周期の計算を使うとわかるのですが、太陽暦と合わせるには、19年のうちに7回は閏月が必要になります。19年×12ヶ月=228ヶ月、でも月の満ち欠けの1年は235ヶ月なので、7ヶ月足りなくなる計算。そこで13番目の月が必要になります。それをもとにしたユダヤの民話「盗まれた月」というお話を読んだことがあります。女性の月のものは13番目の月には止まったとか(笑)
ユダヤ教やイスラム教では、月は非常に大事なシンボルとなっているようです。イスラムのラマダンという断食がありますね。ラマダン月の間は、日の出から日没まで飲食を断つというものみたいです。ラマダンの始まりは、最初の日の日没から。正しくは、日没で月が見えた時点からということになります。そして、その終了を告げるのも月だということですね。あるドキュメンタリーで、ある年、日本でのラマダン明けは天候が悪くて月がなかなか確認できず、日本でのラマダン明けを宣言するべき立場の方たちが、東京タワーに登ったりなんかして、必死に肉眼で月を確認していたのですが、とてもそれが印象的でした。信者たちからは、ひっきりなしに「月は見えたか」と確認の電話が入るし。どうしても日本で月が確認できない時には、近い国に確認を取るとか。そうして、新しい月を確認できると、断食明けのお祭りになるというわけです。

ということで、19年後の今宵も満月のはず。お天気はいまひとつですかねぇ。



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2007年09月25日

祝!日タイ修好120周年!


differariake

ちょっとエクトプラズムがうつってますけど、すんません(笑)いやだなぁ、スモークですよ、スモーク!
ムエタイ・ジムのオーナーさんである知人がチケットをくださったので、行ってきましたディファ有明。日本とタイの修好120周年を記念するイベントとして行われた「MUAY THAI HEARTY SMILES」。ムエタイ9試合とエキシビジョン・マッチが2つ。本場のムエタイが観られるとあって、ワクワクして行ったのですが、いやぁ、面白かったぁ!

豊洲サイドからは初めてゆりかもめに乗ったのですが、新橋サイドからとは景色が全然違うのね。行きは建築物群のパノラマを楽しみ、帰りは綺麗な夜景が楽しめました。何にも無かった有明・豊洲の変貌に驚きましたよ。そして、ディファ有明へ。元のMZA有明ですわな。ディスコ時代に通った方も多いのでは?建物はそのまま使ってるみたいです。三沢光晴を中心としたプロレスリング・ノアの本拠地でもあるのですよね。ですが、この日の前日はコスプレ・イベントやってたみたい。有明テニスの森駅からディファ有明までの土地は、2016年東京オリンピックの選手村建設用地として確保されてました。ほんとにやる気か?石原さんよ。
ディファ有明に着くと、建物の入り口までタイ料理の屋台が並び、外のステージではなぜかハワイアン・ダンスが。タイだよね?なぜにフラ?沖縄そばとかもあったし、南国ならなんでもいいんかい!
ムエタイの前に会場で行われていたのは、POTATOというタイの人気ロック・バンドのライブ。時間が押してるようだけど、慌てたようにみえなくて、日本に居ながらタイ時間?押してるってのに、試合前に湯島天神白梅太鼓のみなさんが熱演されちゃって、なかなかムエタイの試合が始まらない。ムエタイを観に来たお客さんたちは、みんなやきもき。「太鼓はもうえぇて〜」って感じ。

詳しい試合の結果などはコチラを見ていただくとして、と。
キャパシティーはたぶん1200席くらいで、格闘技を観るには一番後ろの席でも充分な距離。大画面もあったけど、直接リングばかりを観てました。ノアもあれなら面白いよね。小さいので会場全体の一体感が感じられて、興奮を高める感じ。
前座の試合は、ムエタイというよりもキックボクシング?みたいな感じでいまひとつ期待していたものとは違う。でも、試合前にはいちいちお祈り(ワイクルー)するし、試合中もるんるんズンタカタッタン、ズンタカタッタンるんるんと音楽が鳴りっぱなしなのが、ムエタイ〜って感じでした。各選手がそれぞれのテーマ曲で登場するんだけど、日本人がミクスチャー系やヒップホップ系でかっこつけちゃってるのにたいして、タイの選手の選曲のなんとナイスなこと!力の抜けそうな、すっとぼけたタイ語の曲に、いちいち笑いました。そんな曲かけといて強いんだから笑える。選手入場口の真上の席だったので、入場直前の選手たちの表情が見られて面白かった。しっかし、スモーク出し過ぎ!

なんといってもスゴかったのは、アタチャイ・フェアテックス。もう神ワザです。感動…。相手選手とは格が違いすぎてお話にならなかったのですが、華麗なワザの数々をエキシビジョンのように魅せてくれました。相手のパンチをよけるよける。1発も当たらない。リアル・マトリックスですわ。飛び蹴りは、一瞬空中で止まったように見えましたし。華麗なワザの連発で、ラウンドが終わるたびに、場内はため息とどよめき。出てきた瞬間から風格が違うと直感したのですが、あれは神の領域。ピッチリ7:3分けして、あれはないよ(笑)風貌と試合内容がちぐはぐ。それでも、全盛期は過ぎてる選手なんだよね?ムエタイのスゴさを目の当たりにしました。この試合が観られただけでも、行った甲斐があったというもの。
昨日の映像はありませんが、こんなのみっけ。今年の6月のM−1(漫才じゃないよ)の試合の映像ですが、昨日はこんなもんじゃありませんでした。もっと華麗だった。アタチャイは別格だと思いますが、あんなのがうじゃうじゃいるかと思うと、日本のキック・ボクシングはムエタイにはまだまだ敵いませんよ。

ムエタイは、本来賭けの対象ですから全5Rだったら3Rくらいまでは倒しちゃいけないし倒れちゃいけないそうです。簡単に決着がついちゃったらつまんないもんね。でも、八百長はナシ。常にガチンコ。ムエタイの選手は、競馬でいえば競走馬のような存在であって、その地位は低いものなのだそうです。K−1でチャンピオンになって有名になったブアカーオ・ポー、プラムック選手などは、日本での格闘家としての地位の高さに驚いたとか。

あんまり楽しかったので、話が尽きません。今回、友人を誘うに当たって、格闘技に興味のある人間が思っていたよりも全然少ないことに気付きました。男性でも興味がある人が少ないわけですから、女性だとなおさら。私は小さい頃からプロレスとかボクシングとか空手とか、好んでよく観てたのですけどね。別段、兄の影響というわけでもなく。ダンナさんは格闘技が大好きなので、私の格闘技への興味に拍車がかかりました。近年はショー・プロレスよりもガチンコ系が好きです。時分の周りを見回して、あらためて格闘技好きの女子率の低さを痛感。でも、昨日の会場は、女性ファンがたくさん来てました!
チケットをくれた知人のジムは、実は近隣の女性がフィットネス感覚で来てくれることを期待していたそうですが、集まってきたのは、プロの総合格闘家ばかり。ムエタイは肘を使うワザがたくさんあるのですが、ほとんどの格闘技で禁止されているワザ。一発で相手の身体を破壊するからです。この裏ワザを修得したくて、なんでもアリのルールで戦うプロの格闘家さんたちが有名タイ人トレーナーの秘技を習いたくて集まってしまったのだとか。
もっと近くにこのジムがあったら、私が通ったのに…(笑)
posted by nbm at 14:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月24日

0.00008%

いきなりですが、公衆接遇弁償費とは?
お財布を落としたりして、交通費が無くて帰れなかったりして、「そうだ!」とばかりに交番でお巡りさんにお金を借りちゃったりして…。こんな話を聞きますよね。なんてことはない。これ、各都道府県で予算で公衆接遇弁償費としてちゃあんと計上されているそうです。限度額は千円。返さない人も多いということですが、こんな風に困ったときは、遠慮せずにお巡りさんにお金を借りておうちに帰りましょう。でも、濫用しちゃダメですよん。

新潮社事件取材班による「黒のトリビア」という本に載ってました。統計データとしては、平成14年の「犯罪白書」「警察白書」を元にしているのだそうですが、日本の検挙率がどの程度かご存知で?平成10年に50%を切り、下降を続けて、平成13年には20%を切ってしまったそうです。日本国内の犯罪件数は、年間358万件余り。総人口で考えると、35人に1人が犯罪に巻き込まれる可能性があることになるのですね。同時に、それは犯罪を起こす可能性とも言えるわけで、ちなみに子供を除いて20歳以上の人口で考えると、27人に1人が犯罪二手を染める加害者となる可能性があることに。
低いと思える日本の検挙率ですが、殺人事件に限ると、非常に高水準の94%。ところが、年間1300件を超える殺人事件が起こっているので、捕まらない6%の殺人犯はその辺にいることになる。単純に計算すると、年間80人くらいずつ殺人者が町中に増えていくということですか(笑)

非常に不名誉なことでしょうが、凶悪犯に襲われる確率が全国で一番高いのは千葉県だそうで。千葉県民の方、お怒りにならないでくださいね。データ上の話です。凶悪犯とは、殺人・強盗・放火・強姦の4つ。5330人に1人の確率で千葉県民は凶悪犯に襲われる可能性があることに。次いで2位は、大阪府の5850人に1人。3位にやっと、東京都の7460人に1人。4位、埼玉県の8270人に1人。5位、神奈川県の9310人に1人。ということで、予想通りというか、人口の多い所に凶悪犯も多い。人口の割りに例外的に凶悪犯が多いのが、茨城県。人口は11番目なのに、5位の神奈川県とどっこいの9330人に1人。逆に、最も低いのは青森県で26830人に1人。桁が違うがな。千葉県は青森県の5倍も危険?全国平均だと10606人に1人だそうです。

さぁ、本日のタイトルのパーセンテージ0.00008%はなんでしょね。
答えは、あなたが殺される確率です。平成13年度の交通事故死が8747人。殺人・強盗致死・傷害致死・放火・業務上過失致死などによる死亡舎が1440人。これを人口総数で割ると、0.00008%。つまり、10万人に8人、12300人に1人の割合。刑法犯は、都市部に集中し、東京・埼玉・千葉・神奈川・愛知・大阪・兵庫・福岡の8つの合計で全体の6割をしめるということなので、都市部ではもっと高い確率になるということですね。殺人に限ると、0.000011%。例えば、ドリームジャンボ宝くじの1等当選確率が0.0000001%だそうなので、宝くじに当たるよりも100倍も殺される確率の方が高いということになります。うひゃあ!

ひどい話が続いたので、くだらないトリビアをひとつ。
警視庁には、チアガールがいる…。
メトロポリタン・カラー・ガード、通称MEC(メック)だってさ。チアガールっていうか、音楽隊の一部で、フラッグ隊みたいな感じですけど。ダンスやハンドベル演奏なんかもするそうです。女性のみ10数名が所属。連日、それらの演目の練習をしているそうです。でも、広報課所属とはいえ逮捕権もあり、拳銃も撃てる。
「逮捕しちゃうぞ」

電車内の痴漢、露出狂などには数々遭遇してきたのですが、数年前に、本格的に暴漢に襲われるという体験をしました。夜道をバス停から家に向かって歩いていたときのこと。今までそんなことしたことないのにその日に限って、ヘッドフォンをして音楽を聴いたまま歩いてました。「こんなことしてたら襲われそうになっても気付かないな」なんてのんきに考えつつ歩いていたら、いきなり後ろから羽交い絞めにされました。「ほんとに襲われたよ」って思いましたよ(笑)でも、家の手前数十メートルという所だったので、ダンナさんがふざけてるのかと思って振り返ったら、まったく知らない男のエスパー伊東のような顔があって「おっぱい、揉ませて〜」だって(笑)口を押さえられていたので声も出せず、一瞬頭が真っ白になったのですが、咄嗟にしゃがみました。すると、運良くスルッと羽交い絞めが抜けたので、「ギャー!」と叫ぶと、男は逃げていきました、角に止めていた自転車に乗って。
悲鳴に驚いた近所の人が出てきてくれて一安心。家に駆け込むと、義母はぐっすり寝ていて、ダンナさんはヘッドフォンで音楽を聴いていたので、私の悲鳴は届かず(笑)
刑事さんを呼んで、調書を作成してもらうとき。
刑事さん:「何と言われましたか」
私:「おっぱい、揉ませて〜、と言われました」
刑事さん:(真面目に調書を書きながら)「おっ、ぱ、い、も、ま、せ、て、と」
これが、妙に面白くてコントかと思いました。
襲われた際に悲鳴をあげることのできる女性は少ないそうで、刑事さんに「よく声をあげられたね」と褒められました。でも、声を上げたら刺されたりしないのかと尋ねると、「刺されるときは、どちらにしろ刺されますからね。声を上げた方がいいんです」と言われました。信じていいのかわかりませんが。
ま、刃物で脅されたり、薬を嗅がされたりしなくてよかったですわ。唇が少し腫れた程度で、これといった被害も無かったしね。
みなさん、犯罪に遭わないように、気をつけましょう!








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2007年09月22日

自己増殖と代謝

いんや〜。久しぶりに本格的な風邪をひいてしまいました。何気に今流行っているようですね。(ホントか?)寝るのにも体力が必要なように、熱を出すのにも体力が必要って知ってました?そんなの聞いた事ないけど、たぶん間違ってないと思います。ちなみに、寝るのに体力が必要ってのはホントですよ。歳を取ると、長い時間寝られなくなるのは、このためです。しばらく前から、体力・免疫力が落ちて数週間微熱が続いていたのですが、微熱が下がったかと思ったら今度は風邪を引きました。あまりの酷暑に運動できない日々で、すっかり滞った血行の悪さは、朝起きるときの手のこわばりでわかります。まずいなと思っていたら、コレですよ。ちゃんと熱が上がってくれれば、身体がウィルスと戦っているということになりますが、どうも熱が上がりきらず、ダラダラと微熱状態。免疫力が下がってると、こうなるんですよ。あぁ、どうにもなりません。時間をかけて治すしかない(泣)がんばれ!私の免疫力!

さて、ウィルスは、生物でしょうか。
生物や生命の定義については、いまだ論争が続いていてこれといった結論は出ていないようです。例えば、生命とは「自己複製」し、「代謝」を行うものであると定義する考え方があります。自分自身と同じ物を作り出し、自分が死んだ後はその複製が生存し、種を維持していく。そして、生存している間は、代謝を行う。細胞が必要なエネルギーを外部から取り込んだ物質から作り出し、そうして得たエネルギーでアミノ酸などをつかってタンパク質を作り出し自分を維持していく、これが代謝ですね。私たちヒトは、食べ物から糖を吸収して、それをエネルギー源に生命活動をするという代謝を行い、生殖機能を使って子供を作り自己複製を残していくという、生命としての営みを続けているのですよね。
さて、ウィルスというものは色々と考えると不思議な存在なのですが、自分だけでは自己複製ができないものなのです。似たようなものに思える細菌類は、自己複製ができるので、先にあげた定義からすると、完全なる生物なのですが、ウィルスは他の生命体の力を借りないと複製を作れないので、このあたりで生物か否かという論争を巻き起こすわけですね。今、私の身体の中では、この妙ちきりんなウィルスたちが憎たらしいことに私の身体を利用して、自己を複製し、種の保存を図っているということになります。

ウィルスという興味深いものを語るのは、またの機会に譲るとして、雑誌「Newton別冊 「生命」とは何か いかにして進化してきたのか」から生命の起源についてのお話を紹介したいと思います。
まず、生命の根本となった部品については、DNA・RNAタンパク質、それにそれらを包む細胞膜が必要で、そのために水素・酸素・炭素・硫黄・窒素・リンなどの元素を基礎として、部品がどのように合成されたのかというのが最大の難問なのですよね。例えば、人間のからだを元素で考えるとすると、上にあげたような元素からできているわけで。錬金術師がヒトを錬成しようと思ったら、これらの元素にちょちょいと魔法をかけてできあがりとなるはずです。この魔法の部分がまったくわからんのです。
地球が誕生したのが46億年前と言われています。40億年前くらいまでは、マグマの海だったと考えられているので、いくらなんでもその頃に生命が地球上に誕生したとは考えにくいということですが、グリーンランドにある38億年ほど前の地層から炭素の濃縮が見つかって、それが何らかの生物の活動の痕跡であろうということになってます。
地球上で誕生したと仮定すると、どのように誕生したのかが問題です。大気中の分子から生命の原材料が作られたという考え方があります。原始地球の大気を再現し、メタン・アンモニア・水蒸気を満たしたフラスコに、雷に見立てた放電を繰り返すという実験では、アミノ酸や塩基が出来るという結果が。宇宙から飛んできた隕石にアミノ酸が見つかったこともあり、有機物が宇宙からも飛んできていることがわかっています。
ところで、アミノ酸には左手型と右手型があるそうで、上記のフラスコの実験などで人工的に作り出すと、両方が同量作られるのに、地球上の生物は、ほとんどが左手型の構造になっているそうです。これが、世に言う「アミノ酸の利き手問題」…って、知らんがな。そんなことがあるのですね。
近頃、深海の探索が進み、熱水噴出孔に注目が集まってます。おまえらその水圧でその温度、そして毒物の中でよく生きられるなという場所に、「ワーイ!」って感じで生き物が群れてますよね。深海では、水圧が高いので、沸点が上がって、100℃以上の水ってのができる。熱水噴出孔から噴出す水は、374℃218気圧を超える高温・高圧下で液体とも気体とも異なる状態の水で、「超臨界水」と呼ばれているそうです。アミノ酸をつないでタンパク質をつくる化学反応は、「脱水縮合」といって、片方から水素原子が奪われ、もう片方からは酸素原子と水素原子が奪われることで水分子として放出されるんだと。これはアミノ酸から水を奪う反応で、通常の条件下の水中では考えられない反応だということで、この超界水が生命誕生に深く関わっているのではないかとの考え方も有力になってきているらしい。
アミノ酸同士が結合してタンパク質が出来ていったとしても、それらをくるむ膜がなければバラバラのまま。外界との境界としての膜が不可欠。現在の細胞膜は「リン脂質」の分子でできているのだそうだけど、水になじむ部分で、水をはじく部分を挟んで、細胞の内側と外側には水になじみ、でも水をはじく部分で細胞の内と外をブロックしているという構造になっている。一方、タンパク質でできた膜が最初だったという学者もいて、細胞膜の起源ひとつをとってみても、確かなことは何もわかっていないというのが現状。

タンパク質同士が、海の波打ち際でぶつかりあって反応したとか、他にもいろんな話が出てくるわけですが、確かなことは何もない。材料は大体わかったけど、反応過程がまったくのナゾというわけですね。
でも、フラスコのなかに原始地球の大気を模した実験で、雷の変わりに放電させたなんて話を聞くと、フランケンシュタイン博士を思い出します。いろんな人の部分を寄せ集めた身体に、強い電流を流して命を与えてましたよね。あながち間違ってないんじゃ(笑)
余談ですけど、遺伝子組み換え食品のことを、ヨーロッパではフランケンシュタイン・フードと呼ぶそうです。なんつー呼び名!(笑)
posted by nbm at 12:26| Comment(5) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月20日

SFにしてSFにあらず

原題「CHILDREN OF MEN(人類の子供たち)」なのに、「トゥモロー・ワールド」(2006)って邦題が良くないなぁ。私の頭の中では、トゥモローランドが連想されてしまい、なんだかポップで楽しいイメージが。じゃなくてもイッツ・ア・スモール・ワールドみたいな響きがありませんか。無い?勝手な連想してすんません(笑)「トゥモロー」という単語には、どうしても希望の響きがあると思うのですよ。邦題には、希望を込めちゃったのかな。役所広司主演の、じゃなかったクライブ・オーウェン主演のSF作品なのですが、中身が想像と違うじゃないのってなります。なぜ役所広司なのかについては、コチラを参照されたし。

さて、ストーリーはというと。
時は西暦2027年。人類に原因不明の不妊が世界中に蔓延し、18年もの間子供が産まれていないという状況。どっかで聞いた話だな。観たばかりの「イーオン・フラックス」もそんな設定でした。世界的に情勢が不安定となっている中、舞台となっているイギリスでは、国境を封鎖し、不法入国者を徹底して排除している。不法入国者は捕らえられ、収容所送りになるのですが、その映像は、ホロコーストを彷彿とさせるものです。で、クライブ・オーウェン演じる主人公は、元妻ジュリアン(ジュリアン・ムーア)率いる反政府組織の活動に手を貸すことになるのですが、その目的が妊娠した少女を守ること。

この映画、非常に想像力を要します。説明が少ないので、自分で状況を想像しないといけない。原作を読んでいないので、これも想像なのですが、最後に子供が産まれたのが18年前。つまり、周囲には18歳以下の子供は皆無。でも、そこに至るまで、相当な時間がかかっているはずです。すると、世の中の人のほとんどが、妊娠・出産というものを目にしたことがないことになります。例えば、つわりでえずいている人を見ても、つわりとは想像できない。陣痛や破水なんて知識も無くて当然というわけですね。そんなことなんか思いも寄らなくて、お腹の大きな妊婦とか赤ちゃんとかが空想上の産物のような存在なわけです。それを理解していないと、映像を観ているだけでは、現代の私たちには当たり前過ぎて逆に”気付いて”しまったり”素通りして”しまったりする部分が多い。
原作はP・D・ジェイムズというイギリスの女流作家によるものですが、1992年の作品で、舞台が2021年、最後に子供が産まれてから四半世紀という設定らしい。もっと古い作品かと思った。とすると、逆に妊娠の知識がないのは不自然な設定だなぁ。う〜ん。どう解釈したらよいものか。

この映画、特筆すべきは戦闘シーンです。臨場感があって、まるで戦争映画を観ているみたいです。主題がなんだったか忘れるくらい激しい銃撃戦で、逆効果なんじゃないかと思えるくらいのデキです。この部分だけ取り出して観ると、アルフォンソ・キュアロン監督は侮れないと思うことでしょう。あんた、「ハリー・ポッター」とか撮ってる場合じゃないよって感じです。他の作品を観たことがないのですが、いろんなタイプの作品を撮っている監督のようで、俄然興味が湧いてきましたよ。
もうひとつ、気になったのは、犬猫がたくさん出てくること。子供が産まれないんだから、単純にペットが普及しているってことなのか。犬や猫は生殖機能に異常が無いのか、はたまたクローンなのか。その辺も、原作を読んでみないとわかりませんね。主人公が、やけに犬や猫に好かれていたのですが、それが重要な何かに結びつくのかと思いきや、そんな展開もなく…。

現実に目を転じてみても、人類総不妊時代というのが来てもおかしくはないなと思うほど、婦人科系の悩みを抱えている女性の多いこと、多いこと。斯く言う私も、子宮筋腫が巨大化して手術で摘出した経験がありますが、子宮筋腫なんて病気のうちに入らないほどポピュラーです。誰しもが、なんらかのトラブルを持っているのが当たり前くらいの感じがしますよ。
不妊で苦しんでいる人もたくさんいます。肉体的にも経済的にも辛いものだと思いますが、その精神的苦痛たるや、想像を絶するものです。私だって、子供を産んだ経験が無い以上、不妊ではないと言い切れないわけで。私の場合は、子供云々言われても、そんなに気にはしませんがね。
けれども、年配の方に多いのですが、簡単に「子供はまだなの?」と口にされる方がいらっしゃいます。非常に残念なことながら、現代は軽々しく妊娠を語れる時代ではなくなってしまいました。それを、どうか心に留めておいていただきたいと切に願うものであります。そう尋ねられるだけで、とても辛い思いをする人が少なくないということです。女性だけでなく、男性の不妊というのも増えているそうです。お嫁さんを責めていたら、実は息子に原因があったなんてことにもなりかねません。

ちょっとシビアになってしまいましたが、すでに子供が欲しくてもできないと悩んでいる人がたくさんいる世界になってしまいました。だから、SFと言っても、地続き感があります。それとも、レミングじゃないけど、人類にもアポトーシスが発動され始めたなんてことが…。

暴走したので、最後にお口直しに。
この映画、サントラがいいです。私は、このあたりの音楽にあまり明るくないのですが、ディープ・パープルキング・クリムゾンドノヴァンとUKロックの大御所の楽曲が使われているようです。映像的にも音楽がらみの小ネタが散りばめられているようですが、知識の無い私にはわかりませんでした。音楽に着目して観賞してみるのも一興かと。



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2007年09月19日

ハッピー・ハッピー(コアラにあらず)

ブログ・タイトルからすると、タイトルにつけるくらいだから、そーとーネガティブな人に違いないと思われるかもしれませんが、実際はそーとーポジティブな人間です。しかしながら、いつもはひねくれたことや小難しいことしか書かないので、たまには素直にハッピーな内容でお送りしようと思います。

森見登美彦
さんの「夜は短し歩けよ乙女」を読了。
今までに読んだことのない、ハッピーでキュートなファンタジーでした。
大筋としては、”黒髪の乙女”という部活の後輩に恋した主人公の”先輩”が、なんとか彼女に近づこうと壮大なる回り道をする話。
そこに、3階建ての電車に住む大金持ちの李白さん、空中を浮遊することができる樋口さん、鯨飲の美女・羽貫さんをはじめ、春画愛好家集団「閨房調査団」や「詭弁論部」、錦鯉センターの東堂さんやパンツ総番長など、絢爛たる登場人物たちが複雑に絡み合う。
舞台が京都ということもあり、達磨や錦鯉、そして潤肺露など、どこか日本的で歴史的な情緒溢れる小道具がちりばめられていて、独特のファンシーな世界観が構築されている。
それと、達磨や林檎や錦鯉などの赤い色がアクセントになったり、光と影の描写など、色彩が鮮やかに目に浮かぶのが楽しい。
”黒髪の乙女”側の語りと、”先輩”側の語りが、情景を通してリンクしていくのも楽しい。これは、映像で例えて言うと、宮藤官九郎「木更津キャッツ・アイ」だね。
とにかく、読んでいてこんなに楽しい本もなかなかありません。それほどにハッピーな1冊で、満足、満足。
中村佑介さんの装画も、とっても素敵。

ハッピーついでに、もういっちょ。
これまた私には珍しくロマンティック・コメディーを観てみました。「ラブ・アクチュアリー」をね。所々でほんのり涙しながら観ました。
母親を亡くして落ち込んでいるのかと思いきや恋煩いだった息子を、義理の父がサポートする話、親友が結婚した男の話、なども良かったのですが、やはりローラ・リニーの話が心に残りました。ひっきりなしにかかってくる携帯電話。彼とうまくいったときの彼女の喜びようがかわいかった!コリン・ファースの話も良かったですね。O・ヘンリー「賢者の贈り物」を思い出しました。
しかし、ヒュー・グラントに踊らせてよかったのか?いや、あれはあれでいいんだよね?
ちょっと、できすぎの話が多いけど、それもご愛嬌ってことで。

たまには、単純にハッピーなものをハッピーに受け取ることも、よいものです。
さぁ、今日からまたひねくれるぞ!(笑)

posted by nbm at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ペカペカしたもの」


t_shirt
今更ながら、脳内メーカーなるものをやってみた。「金」と「食」が半々という、なんとも面白みのない結果だったので、スルー。
姉妹システムとして、「○○高校」とか「○○市」とかも勝手に作ってくれるんだけど、一番面白かったのはTシャツメーカー。肉欲81%って…。どんだけぇ〜!
本名でもやってみた。加工するのも面倒だから画像なし(笑)
    幼児性       79%
    兄の切れ端     17%
    ノスタルジック    2%
    穴に差し込む的な何か 2% 
「Dr.クリケット」ってロゴがあって1,799円。

なんでわかるんだ?「幼児性」79%。
兄がいることも。
しかし、何を差し込むっちゅうんじゃい。

ちなみにダンナさんの名前でやってみた。
    エンジェル     72%
    独りよがりな切情  15%
    界面張力       8%
    揺れる想い      5%

869円で、ロゴは、「しゃべり方が痛い」…そんなこともありませんが。
うちのダンナさんは、天使だったのか。でも、なんとなく界面張力はありそうだけど。

posted by nbm at 10:26| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月18日

おのぼりさん

昨日は、ダンナさんとスクーターに2ケツして秋葉原へ。2人で電車・バスを利用して行くよりも、時間は3分の2、交通費は15分の1程度で済みます。秋葉原へは、ほとんど一本道みたいなもんなので、感覚的には自転車でひょいと行く感じと言ったらオーバーか。
しかし、アドレスはパワーがあるね。バイク・スクーターの人たちは、車の間をすり抜けて、赤信号の交差点では一番先頭に陣取るわけですが、信号が青になった途端一斉に走り出すのに、アドレスは誰にも負けません。重いの乗っけてるのに(笑)
ところで、昨日の強風はなんじゃ?!特に、池袋のちょいと手前あたりからは、ビル風も相俟って、とんでもない強風でした。スクーターは走るだけで当然ながら相当な風を受けるのですが、バカみたいに横風に煽られる、煽られる。重い私が乗っていてもスクーターの車体は煽られるし、ヘルメットも色んな方向に振られて、首から肩が凝りました…。
りっくんランド(陸上自衛隊広報センター)だ!豊島清掃工場の煙突だ!東京ドームだ!御茶ノ水女子大だ!湯島天神だ!
なんて東京見物をしてる間に秋葉原に到着!

ダンナさんはよく来ているアキバですが、私は久しぶりでした。相変わらず、女子率低し。住人であるメイド服の女の子を除くと、ほとんどが男子。それでも、以前と違うと感じたのは、観光客らしき日本人が多少増えたこと。昨日も、バリバリ大阪弁の若者の集団が、萌えキャラのグッズをひやかしておりました。家族連れも少々見かけましたし。ラーメン缶をはじめ、みやげ物的な商品が、店頭にずらりと並んでいたのも、観光やデート・スポットとしてひやかしに来る人を見越してなのでしょうね。あと、子供が少ない。小・中学生くらいの子供はほとんどいない。高校生くらいの年代でさえも少ない。高齢者も少ないけどね。ジャンク品や電子部品などは安くても、キャラクター・グッズや同人誌などは、割と高いものが多いのですよね。高額なお金の持てない子供には、手が出しにくい商品が多いのかもしれません。圧倒的に多いのは、やはり20代から30代の男性です。稼いだお金を、すべて自由に趣味につぎ込めるような。それから、バカデカいカメラを首からさげた人たちも多い。あちこちでアイドルの撮影会なんかをやってるからでしょうね。
行くところに行けば、子供や女子もいたのでしょうが、道を見渡す分には少数でした。
いつものごとく、ジャンク街を彷徨っていると、怪しげな人たちもたくさん。露店では、犯罪に使われそうなケータイが売られ、細かい字がびっしり書かれたリストを持って怪しげなものを売るおねえさんたちが道に立ってる。警官もウロウロしているものの、取り締まりされる風でもなく。
一方、歩行者天国でも、警官が睨みを利かせているからか、大規模オフなどが行われる様子も無く。なんだか祝日の割には、静かな秋葉原だったような気がします。

私には特に何の目的があったわけでもなく、このところずっとお家の中でくすぶっていたので、街の雰囲気を楽しみに行っただけ。ホントに雰囲気だけ楽しんで帰ってきました(笑)ダンナさんには、それなりの収穫があったようですがね。
せっかくアキバらしいものを撮ろうとデジカメを持っていったのに、お店の中は撮影禁止となっていて、写真が撮れませんでした。街中でも、さしてアキバ的なものに出くわさず。残念…。
昨日、見つけた、一番オモシロそうなもの。
本の栞くらいの小さなメタル・シートに切り込みがしてあって、ピンセットでつまんで立体化させる小さなアート。ARTECNICA製みたいな感じだけど、もっとポップで作風が違った。よく観てくればよかったな。リビナヤマギワの1Fにありました。
posted by nbm at 12:11| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月14日

隻腕のドラマー


def leppard
ここ数年は、ジャパニーズ・ロックの最前線を追っているダンナさんが、珍しく古い洋楽のハード・ロックやヘヴィ・メタルを聴きたがり、何枚か音源を入手。その中に、DEF LEPPARDがありました。
流行っていた当時は、あまりヘヴィな音を受け付けなかった私は、リアルタイムで聴き込んだことがないジャンルなので、なんとなく知っているという程度。バンドのメンバーの名前さえ知らず、今回DEF LEPPARDのライナーノーツを見て衝撃exclamationドラマーのRick Allenという人は、左腕を事故で失った<隻腕のドラマー>だったのですね。写真を見ると、彼のドラム・セットは、右側だけにずらりと尋常でない数のタムがならんでいます。

1975年頃からイギリス・シェフィールドで活動を始め、1980年にデビューしたDEF LEPPARD。アルコール依存からギタリストを解雇し、新しいギタリストを迎えてレコーディングした3rdアルバム「炎のターゲット(PYROMANIA)」が10週間でプラチナ・ディスクとなる爆発的なヒットを記録したのが1983年。そして、翌年の1984年、4枚目のアルバム「HYSTERIA」を作成しようという中で、次々と災難が起こる。今までいっしょにやってきたプロデューサーとスケジュールが合わず、別のプロデューサとレコーディングを始めるも、そりがあわず3ヶ月でプロデューサーを解雇したのがその年の11月。クリスマス休暇を取った後に心機一転がんばろうと思っていた矢先の大晦日。ドラマーのRick Allenが、コルヴェットの助手席にガール・フレンドを乗せて運転していたとき、6キロもの長い間1台のアルファ・ロメオに執拗に挑発され続け、さすがに業を煮やした彼がスピードを上げたときにカーブでスピンし、壁にぶつかり横転。左腕は肩から切断されることに。しかし、驚異的な回復力で、半年はかかるといわれていた入院を1ヶ月もせずに退院した彼は、2月の終わり頃にはバンドの仲間と合流し、コンピューターを加えたシモンズのカスタムメイドのドラムキットを使ってレコーディングに参加したという…。
1992年、BBC製作によるRick Allenのインタビュー番組が放映されたようです。普段の生活を映した映像もあって、台所でトマトを切ろうと右手にナイフを握る。思い出したように、左足の靴下を脱いだかと思ったら、左足の親指を高く上げ、その足先でトマトをむんずと押さえて、切ってました(笑)靴下を脱いだのがかわいかった。全編英語で、リンクはいつか切れるでしょうが、映像はコチラ(PART1PART2PART3)。

さて、アルバム「HYSTERIA」のレコーディング中には、他にも災難が。ギターのPhill Collen が運転し、同じくギターのSteve Clarkも同乗していたポルシェが事故。怪我はひどくはなかったものの、盗難車との疑いをかけられて1晩拘置される(笑)1986年のクリスマス前には、プロデューサーに復帰していたマット・ラングが怪我。そんなこんなで、レコーディングは延び延び。1987年の8月にやっと「HYSTERIA」が発売となりましたとさ。このアルバム、翌年には、全米でNo.1を獲得したのだそうな。めでたし、めでたし…。
とは、ならんのですよ、これが。それはそれでよかったのですが、このバンドの災難はこれで終わらない。1991年1月8日、Steve Clarkがアルコールと薬の過剰摂取によるとみられる突然死…。こんなについてないバンドって、他にありますかね?

ま、いいや。ちょっと、衝撃的だったので、長々と書いてしまいました。だって、片腕でドラムって…どうやって叩くんだよ。なぁ。<隻腕の投手>とか、<隻腕の剣士>とかも聞くけど。ちなみに、<隻腕のベーシスト>さんもいらっしゃるようで、足でペダルを踏んで弦を弾くしくみになっている楽器をお使いのようです。例えば、車でも、障害のある方が運転される場合は、相応の改造を施して、身体機能を補うような装置が付けられるわけですが、色々と道はあるものなのね。もちろん、本人の努力たるや凄まじいものがあるのでしょうが。

久しぶりに聴いた音は、予想外に良くて、お気に入りの1枚になりそうです。
posted by nbm at 23:27| Comment(14) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月08日

♪手手手手、手手手手、手手ー♪

やっと判明exclamation
って何かって言いますと、8月末あたりに見かけたTVCMで、ものすげーかわいいワンコがいたのですが、何のCMだったのか皆目わからず、検索しても不明なままで、昨夜2度目にそのTVCMに遭遇し、やっと判明exclamation
ソニーのデジタル・ハイビジョン・ハンディカムSR7のCMでございました。なんでわからなかったかって、タイトル
おかしいでしょ?「子ども+ペット編」って2つのCMがまとめて紹介されちゃってて…。←言い訳です(笑)
この太っちょのチワックスがかわええのなんのって、もう、悶絶します。
しかし、一代ミックス犬、流行ってますね。チワワ×ダックス(フント)で”チワックス”…。
チワックスといえば、PanasonicのVIERALUMIXのCMの真っ白いコもチワックス。偶然なのか”小雪ちゃん”というそうです。ま、ちっちゃくて白いしね。映画「102」(2000)に出てきたブチなしオッドちゃんみたいで、CGの作り物に見える〜。
と、スッキリしたところで本題です。


「イーオン・フラックス」
(2005)を観てみました。シャーリーズ・セロン主演の実写の方です。もともとは、韓国系アメリカ人ピーター・チョンがアニメとして製作して、MTVで放送されカルト的な人気を得たたもの。それが実写化されたというわけです。ちなみに原作アニメでは、ヒロインのイーオン・フラックスは毎回死亡し、次の回には復活して登場するというものだったらしい。なるほどな。
原作アニメを観ていないのですが、実写作品とは弱冠の食い違いがある模様。それはさておき、まずSFとして世界観がきちっと構築されている所が、作品を締めています。あるウィルスによって98%死滅して存続の危機にあった人類が、たった500万人だけ生き残り、汚染されている外界から遮断されたブレーニャで暮らしています。そのプレーニャで、グッドチャイルド家の治世が400年も続いた2415年の話。圧制に反発する組織”モニカン”の女戦士イーオン・フラックスが、君主グッドチャイルドを暗殺しようとするのですが…。
作品全体の出来はおいといても(決して悪いと言っているわけじゃありませんよ)、映像を見るだけでも楽しめます。衣装や美術、建築物は、SF映画で使い古されたものとはちょっと違って新しく見える。特に、建築物や庭園は斬新な印象を受け、周辺の冷たく澄んだ空気感と相俟って独特な雰囲気がありました。「これは、アメリカじゃないね」「緯度の高いヨーロッパのどこかだな」などとダンナさんと話していたのですが、調べてみると案の定ベルリンやポツダムで撮影されたとのこと。なぜにベルリンだったのかというと、400年後の未来を知るためには400年前を考えてみようということになり、美術のアンドリュー・マッカルパインカリン・クサマ監督が昨日と明日が混在する街として選んだのがベルリン。バウハウス建築を始め、1700年代から1960年辺りまでの建築物は、いまだに映像として世界に知られていないものも多いそうで。無機的な建築物と、対照的な植物や庭園の映像が美しい作品になっています。庭園も、実在するものをそのまま使っているのか判然としませんが、池の蓮や桜の木々などが非常に印象的に使われています。
映像を一目みただけで、アメリカ人が作ったものじゃないなと直感しますが、国籍的にはアメリカ人でも、原作者は韓国系、監督は日系人です。どこかオリエンタルな雰囲気が醸しだされているのは面白いことですね。完全なる勧善懲悪でないところも、アメリカにはあまり見られないアジア的な考え方が反映されている部分だと思われます。全くの悪と全くの善との戦いというものに飽きてきた欧米人が、主に日本のアニメが発しているわりきれない世界に魅力を感じてきていることは、そこここで耳にするようになりました。たしかMIKAもインタビューでそんなこと言ってたな。

本日のタイトルは、天才FUJIWARAの原西さんの「火サス」のジングルをパロったギャグですが、「イーオン・フラックス」には、シサンドラという、足の部分に手を移植した斬新なキャラが出てきます(笑)

posted by nbm at 11:47| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月07日

おヒマな時間の使い方

仕事の合間に何をするか…。

いやね。ほら、JRの運転士さんが列車のすれ違いを待っている間にパズルをしてたってニュースがあったでしょ?たしかに、人の命を預かっている立場の人間がやることじゃありません。この運転士さんの件は、乗客がケータイで写真を撮ったことで明るみになったようなのですが、見た目にわからんことでも、仕事に集中していなかったら同じ事で。今朝、あるコメンテーターの方が、「ただ妄想してたりしたら…」とおっしゃってましたけど、業務に集中していないという点では、妄想してようがパズルやってようが同じですからね。なんとも言えません。

お絵描きロジックパズル愛好家のひとりとして、絶対やっちゃいけないことだけど、わからんでもないな、と(笑)
私は、さすがに仕事中にはやりませんでしたが、同じ会社の受付嬢は、よくこのお絵描きロジックパズルを仕事中にやってました。彼女の仕事は、日がな一日受付カウンターに座って、来るお客様を誘導し、担当者を呼び出すというものでした。さほど大きな会社じゃありませんから、一日の大半はお客様が来ない時間なわけで、本を読んだりパズルをしたりして時間をつぶしていたというわけです。
こんな話を聞いて「けしからん!」とおっしゃる向きもあるでしょうが、彼女のような仕事の場合、見つけようにも他に日常的な仕事も無く…。ある意味、時間を持て余すというのはツライなと思うと、受付なんて仕事は自分にはできないと思ったものです。想像に難くないでしょうが、当初は2人の受付嬢が座っていたこの受付、数年後には無人になりました…。

斯く言う私も、仕事が無くて困った時期もあり、そんな時期はひとりPCのお勉強をしてました。とはいえ、まだインターネットなんて社内で自由に使える環境に無く、目の前の端末の中身を隅から隅まで眺めていたりしていたわけで。現金出納をやらされたときには、これまたお客さんが来るまで金庫の前でボーッと座っているしかなく、そこに持ち込める仕事も限られていたので、税理士の問題集を解いたりしてました。上司も、一応仕事にプラスになるということで黙認。ちなみに、退職後、就職活動をして面接に行ったある会計事務所でも、「仕事の合間に税理士の勉強をしてもらってかまいません」と言われました。この世界では、よくあることなのかも。思い起こすと、仕事を辞めるまでの数年間は、難しい立場にあったので、会社での過ごし方に悩んだことも多かったのでした。
他にも、あまりにやることがなくて、ちょっとした紙片を整理しやすいようにと、古い紙ファイルを再利用して、蛇腹の小型ドキュメント・ファイルを手作りしてみたり、不要紙を裁断して糊づけしたメモ帳を山ほど作成してみたり、るんるんでっきるかな、でっきるかなるんるんみたいな工作をやったりしてましたね。
しかし、これが繁忙期になると、毎日毎日終電近くまで残業しないと追いつかないという仕事量になるので、始末に終えませんでした。
私は干されていたわけではないのですが、出世ラインからはずされて窓際に追いやられた人たちも一日ボーッと椅子に座っているだけで、ヒマそうでしたね。
時間はあるのに、制約があって有効に使えないというのは、意外とツライものです。かの運転士を弁護するわけじゃありませんよ。でも、世の中、お金をもらうために、そういう時間の使い方を余儀なくされている人もたくさんいるのだろうな、と。極端な例になると、制約をやぶるか、精神が破綻する前に仕事を辞めるか。そんな選択肢しかなかったりするのですよね。

まぁね、私のいた会社、特に私のいた部署は、マジでフリーダムすぎる所だったので、例えば休暇の取り方もすごい。上司は、接待でなくとも平日に「ゴルフする」と言っては休み、女子社員たちは「バーゲンだから」と休み。そんな空気だから、「残業続きでちょっと疲れたから」と休んだりしてました。おかげで、毎年有給休暇は使い切る。病弱な私は、ちょっと具合が悪いと半休にして午後から出社したりしてました。重役かっ!「映画を観に行きたいから」と休んだこともあったな。
仕事中にお菓子ボリボリ食べてたし。コーヒーもガブ飲み。誰かが誕生日だといえば、みんなでケーキを食べたりしてましたし。大体、新入社員で配属されたての頃、朝いきなり上司に「今日は明治座で芝居を観て来て」と言われ、お弁当付きのお芝居を観に行かされたり、「由美かおるの講演、聴きに行って来て」とか、わけのわからない指令を受けることもありましたしね。
ホント、今から考えるとフリーダムなところだったなぁ。あれで、よく会社として存続してると思うわ。
posted by nbm at 11:16| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月05日

レンガくず、撒き撒き

今日の雨ったら、なんですか!晴れ間を狙って外に出たのに、歩き始めたらいきなり土砂降りもいいとこですよ。あ〜あ、傘はさせども雨に濡れて、3分と歩いてないのにびしょびしょ。着いた先は図書館だったのですが、窓口のおばちゃんに「大変でしたねぇ」と同情されたほどひどい濡れ方でした(泣)やっぱりねぇ。エジプトにさえ雨を降らせた雨女ですからねぇ。

数日の間、仕事で根を詰めていたので、更新できませんでした。またネタがたまっちゃったじゃないの、もう。
とりあえず、えっと。「スケルトン・キー」(2005)から書いときますか。
ずいぶん前、まだアメリカで公開されているかいないかという頃にこの作品のことを知り、久々に面白そうなお話だと期待していたのですが、いつのまにかすっかりそんなことは忘れてしまい…。日本では劇場公開されなかったのね?どうりで忘れるはずさ。先日レンタル店で見つけて、こんなのあったなぁと借りてみた次第で。しかし、今まで目につかなかったのはなぜかしらん。
近年には珍しく、暗く落ち着いた映像で古い邸宅を舞台にした70年代のホラーのようなテイスト。なかなか堪能できた作品でした。ニューオリンズという舞台設定が効いてるよね。ブードゥーから派生してもはや別物となった民間信仰としての”フードゥー”が題材となっているのも良し。そして、その”フードゥー”の呪いは、信じる者にしか効かないというのがポイントです。
実父が重病であることを知らず、看病をすることなく亡くしてしまったことが心の傷となっている主人公の女性キャロラインは、看護師として病院で働いているのですが、病院が患者の死を事務的に扱うことに耐えかねて病院を辞め、よりやりがいのある職場を探します。
そして、見つけたのが老夫婦が暮らす大邸宅の住み込みの看護師の仕事。ブードゥーや奴隷制度の歴史が染み付いた沼地の大邸宅へと向かうわけです。で、都会育ちのキャロラインは、邸宅内に以前の住人の幽霊が出るなんて非科学的な話に耳を貸さないわけですが、次第に怪しげな世界に首を突っ込むことになっていくのですよ。
血なまぐさいものは一切無くて、不気味と思えるほどのシーンもないのですが、それなりに楽しめた作品でありました。ラスト、笑っちった!
しかし、ピーター・サースガードって、いつもこんな役じゃない?気のせいか…。
主役であるキャロライン役のケイト・ハドソンはキュートだし、ジーナ・ローランズジョン・ハートがしっかりと脇を固めてるのが、浮ついた作品にならなかった一因かも。
ちなみに、”スケルトン・キー”ってのは、すべての部屋の鍵を開けることができるマスター・キーみたいなもので、30以上も部屋数のある邸宅に着いてすぐに主人公キャロラインに渡されてました。

映画はさておき、このDVDの特典が中々にてんこ盛りで面白いものでしたよ。
ジョン・ハートがお話を読んでくれたり、ジーナ・ローランズが恋のおまじないをさずけてくれたり、ケイト・ハドソンは実体験の怖い話を披露してくれますしね。あんまり怖くないけど(笑)かわいいお顔でニコニコ話されたんじゃねぇ。
ブードゥーやフードゥーについて信者の方や呪術医などのミニ・インタビューがあったり、古い奴隷制度の歴史を農場主が語ってくれたり、ニューオリンズを中心とした音楽についての話があったりと盛りだくさん。そうそう、美味しいガンボ・スープの作り方も教えてくれます。
結果的にはカットされた未収録のシーンをイアン・ソフトリー監督が解説してくれたのも面白かった。どうして使わなかったかというのを丁寧に説明してくれてる。未収録シーンを特典に入れてるDVDは多いけど、監督自らカットの理由を語ってくれるなんて、なかなかない。これを観ると、シーンをよくよく練って作った作品なのがわかる。
そういえば、脚本を書いたのがアーレン・クルーガーっちゅう人で、ハリウッド・リメイク版の「リング」シリーズの脚本を手掛けているようなのだけれど、「隣人は静かに笑う」(1998)なんて作品も面白かった覚えが。

ニューオリンズといえば、思い出すのが「エンゼルハート」(1987)。なんか巷ではこの作品に対する評価が高いようなのですが、当時ダンナさんとワクワク期待して劇場に観に行って、「なんじゃこりゃぁ」と2人して怒って出てきたのを覚えてるんですけど…。

あの、ハリケーン・カトリーナはこの映画が撮影された直後にニューオリンズの街を襲ったのよね、きっと。2年経っても、被害から立ち直れない人も居るのかもしれません。クレオール文化をもととして、アメリカの中でも一味違った存在感を持っている街であると思います。災害に負けず、街の人にがんばって生きて欲しいです。
そういいながら、関東地方には台風が迫り来る…。

そうそう、レンガくずね。戸口に撒くと悪意のある者は入って来れないそうです…。なぜに?鰯の頭もってくらいだから、レンガくずだっていいのか。
posted by nbm at 23:25| Comment(6) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月02日

あろーんなげんーぬ、なっちゅるい

昨日、スーパーの一角にある雑誌コーナーで、なにがしかの雑誌を立ち読みをしていた男性がおりました。背後から小さなお子さんを連れた奥さんらしき方が近寄り、ご主人であろうその男性にひと言。
「ゴミは買わないでください」

がび〜ん!まだ買って読んでもいない雑誌を、すでに”ゴミ”扱いですよ。出版社や編集者、そして記事を書いている方たちの立場がありませんやね。たしかにね。雑誌というやつは、毎週・毎月買い続けるとゴミのようになっていきますね。場所取るし。若奥様のおっしゃることは、一理ありますけども。私もある時期からほとんど雑誌を買わなくなりました。今は雑誌さえも、置いてあるものなら図書館利用です。もしくは、書店で立ち読み(笑)ということで、年に数冊買う程度です。あぁ、お絵描きパズルのパズル誌は毎月買ってました(笑)あれも雑誌か。

若いご主人がスーパーで奥様にクギを刺されていたとき、私が立ち読みしていた”ゴミ”は「TVブロス」。そして、そこにはかのWikipediaについての記事が載っておりました。
もうね。Wikipediaなしの生活は考えられませんね。学生がレポートに記事を引用したり、雑誌の記事でも引用されているものがあるらしいですし、私も実際仕事でよく利用しています。難しい人名のよみがなを調べるのに重宝。巷では、「イミダス」や「知恵蔵」などの紙媒体が休刊に追い込まれているとか。毎年分厚い紙の束を出し続けても、購入する人が激減していくのは目に見えてますもんね。双方ともにWeb版は継続するそうですが、インターネット上で、リアルタイムに加筆・訂正などの編集するというワザは、紙媒体にはできませんからね。
Wikipediaは、それぞれその筋の素人さんたちが執筆しているわけですから、多少の記述の間違いや誤解を受けそうな表現などもあるのは承知の上ですが、今や正確性では、ブリタニカを超えるという調査もあるのだそうで。案外、出版されてる辞典ってのもいい加減ってことだね(笑)
項目数の多い言語として、英語がダントツでトップなのはわかるけど、日本語が5位なんだね。ポーランド語が4位と多いのも意外でした。

言葉という情報について、ちょうど考えていたところだったのです。先日も触れた「アサッテの人」を読み終えたのでね。
音の響きとしての言葉に捕われ、アサッテの方角へ突き進む”叔父さん”のお話。吃音だったことで世界とバランスをとっていた叔父さんは、吃音が唐突に治ってしまったことで、再び世界とバランスがとれなくなってしまう。そして、次第にアサッテの方へ。人知れず、日常から逸脱する行為に高貴さを見出していく…。
なんかね、この辺に共感してしまう自分が危ういと思います(笑)ま、それはさておき。
言葉というものの重みを感じるわけです。単に情報とは言い切れない。時には凶器となって人を殺すこともあり、逆に絶望の縁にある人を救い出すこともある。発音すれば、単に声帯を振動させた音の響き。書けば、文字という記号の羅列でしかないのに。そこに意味や感情が乗っかって、いろんな作用をするということが、なんだか急に不思議に感じられるようになりました。
「アサッテの人」の中の世界は、今眼前に広がる3Dの世界に、見えない第4の要素が加わった別の次元にいるような、そんな気がしましたね。叔父さんは、その別次元に行ってしまったのかな。
るんるんえなりるわっほなう、えなってりえにれっさ、あぽーまーせーとといーまーせるんるん
と「ハロー・アゲイン」を口ずさむ叔父さん。
るんるんあろーんなげんーぬ、なっちゅるいるんるん
posted by nbm at 13:49| Comment(9) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする