2008年07月29日

4000年の歴史

ナツいあつ…じゃなかった暑い夏…私のような変温動物にはツライ季節であります。連日のように微熱が出てしまい、グロッキーです…。たまに微熱も高めの日があり、37度5分くらいあると、ダラダラと汗が止まらず、Tシャツの色が変わってしまうほど汗をかいてしまうので、外を歩くのが恥ずかしいです(笑)この夏の微熱、おそらくは体温調節機能がぶっこわれていることからくるものだと思われるのですが、それを改善しようとウォーキングをすると、暑い日中は避けて歩いたとしてもやっぱりグロッキーになりますわねぇ。でも、歩くとやっぱり多少微熱が下がるような気がするんですよ。体の機能が正常化するようなね。だから、歩くんだけど、歩くと今度は体力を奪われてグロッキーになるという悪循環で…。ジレンマですわ。まったく、どうしろっちゅうんじゃい。

さて、本日はアルファベットのルーツのお話です。漢字の成り立ちにも興味津々の今日この頃なのですが、アルファベットってのはどうやってできたのかも興味がありました。そこへちょうどまたまた大好きな科学雑誌「ニュートン」に特集されていたので。

「アルファベット」ってのは、ギリシア文字の「アルファ」と「ベータ」から付いた名称だそうですが、そのルーツは実はもっと古いようです。私たちが知る「ABC」をラテン文字と呼ぶそうですが、それ以前の紀元前7世紀頃に現在のイタリア北西部辺りにあったエトルリアで使われていたエトルリア文字と呼ばれるものや、紀元前8世紀頃のギリシア文字があったといいます。もちっと遡ると、かのヘロドトスによれば、ギリシア文字のルーツはフェニキア文字ということになってる。フェニキア文字の方が200年ほど古いらしいです。紀元前11世紀頃のフェニキアの時代だと、他に有名な楔形文字がイラク・トルコ・シリアあたりで使われていたし、パレスチナでは原シナイ文字ってのがあったそうな。もちろん、エジプトのヒエログリフを使う王国も当時すでに2000年の歴史があったことになるし。
やっぱり、最古の文字というとヒエログリフってことになるんですかねぇ。でも、ヒエログリフは象形文字ですよね。昔は「表意文字」といっていたのが、現在は「表語文字」というのだそうですが、漢字と同じように、1文字に意味と音があるタイプ。アルファベットは、逆に1文字に音しかない「表音文字」なわけですよね。でもでも、基本的には「表語文字」であるヒエログリフも実は「表音文字」的な使われ方をしていて、だからこそ、王の名なんかが書けるわけじゃないですか。
しかし、ひとまずヒエログリフの発音はおいといて、文字の形を手がかりにルーツを辿ると、たとえば、「A」の祖先は、ヒエログリフでいうと「牛の頭」。それが、原シナイ文字やフェニキア文字でも「牛の頭」で、発音は「アレフ」や「アルプ」になる。「B」の祖先はヒエログリフだと四角い渦巻きのような「家」で、フェニキア文字などでも形が似ていて発音は「ベート」。ヒエログリフでは発音は対応していないものの、文字の意味や形は継承されているようで、そのヒエログリフとフェニキア文字などとの間をつないでいるのが「ワディ・エル・ホルの碑文」と呼ばれるものだという説があります。1990年代にエジプトはルクソールの北西30km付近で発見された碑文。エジプト王国の外縁に位置し、アジア人などの外国人で構成された部隊が駐留していたと考えられることから、ヒエログリフで表現しきれないアジア人の名前がきっかけとなって、エジプト人からすると外人が生み出した文字で書かれている碑文なのではないかという推察が。そこからアルファペットのような「表音文字」的要素が強まった文字が生まれていったのではないかという説です。碑文を発見したイェール大のジョン・ダーネル教授の説。
一方で、楔形文字も、アルファベット的な要素があったようで、シリアの古代都市ウガリトで発見された粘土板には、1字1音を持つ30種の楔形文字が刻まれているのだそうな。

ここでちょっと視点を変えて、ラテン文字からこっちを考えてみると、あのアラビア文字でさえアルファベットとルーツがいっしょ。フェニキア文字からアラム文字が生まれて、アラビア文字やヘブライ文字になっていったんだそうな。ロシアなどで使われるキリル文字ももちろんギリシア文字からきているし、ドイツ語やフランス語、東欧や北欧の各国では基本の26文字にちょっとずつ付け足されたアルファベットが使われてる。
ちなみに、ラテン人がギリシア文字から作った初期のアルファベットは20字。それにまず「グ」の発音のために「C」から派生した「G」が足されて、ローマがギリシアを征服した時に「Y、Z」が足されて、「I」から「J」、「V」から「U、W」が作られて26文字となっていったのだそうな。
話を元に戻すけど、世界を見渡してみると、つまりはアルファベットから派生している文字を使ってる国がほとんどだってこと。我々日本人や中国人が使っている漢字や、韓国のハングルみたいな文字は本当に少数派だってことだね。
たとえば、ハングルって15世紀に世宗(セジョン)っていう王様が開発したもので、母音のパーツと子音のパーツを組み合わせるという非常に合理的な文字らしいのだけど、それは、朝鮮語が中国の漢字では表しきれなかったから作られたのだといいます。日本の「かな」だってそうだよね。
こんなこというのバカバカしいくらい解りきっていることかもしれないけど、”まず言語ありき”ってことなんだなって。それぞれの地域で発音する言葉というものがあって、それを表現するために、それぞれの言語に合わせて文字が変化していったというのがよーくわかりました。アルファベットというのが、「表音文字」なわけだから、その文字で表すことができない発音があったら、新しい文字を付け加えていくしかないわけだもんね。

ところで、ヒエログリフは別にして、最古の文字として注目されているのが、「クレタの円盤文字」。フェニキア文字よりも古い紀元前17世紀〜前13世紀のものとされる未解読の文字だそうです。1900年以降、クレタ島で発見されたもので、特に「ファイストスの円盤文字」が注目されているようです。45種の文字で241文字。円盤に渦巻状に数文字ずつ区切られて書かれてます。なんかね、イラストチックでほのぼのとしてる文字。画像がWikiに載ってます。コチラ。同時期に見つかった別の文字「線文字B」は、なんと中学生が解読したそうですよ。まだ誰も解読していない「ファイストスの円盤文字」。解読してみます?

しかし、やっぱり日本語って特異な言語だよねぇ。こんな小さな島国で、独自に発達した言語だということが身に沁みてわかりましたよ。諸外国の方たちから見て、言語だけでなく、日本の文化も相当特異に映るであろうことがわかったような気がします。表音文字しか使っていなかった人が、表語文字を理解するというのは面白い体験なんだろうな。ヒエログリフを理解するようなものだもんね。想像するに、諸外国の人が漢字を記号のように捉えているのが理解できるような気がする。記号というものには、発音がないけどさ。逆に考えれば、我々は漢字を単なる記号とは捉えないでしょう?もちろん音が付いてるってこともあるけど、なんていうか、そこにはすでに”意味”があるし、文字に対してなんかもっと言霊のようなものを感じている気がして…。
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2008年07月23日

トントン何の音?風の音

昨夜は、ダンナさんとスクーターでお出かけ。
途中、前方の道を横切る黒い影が。大き目の猫かと思ったけど、なんか猫にしてはしなやかさがなくてのっそりしてると思ったらタヌキでした(笑)この辺りにはタヌキがよく出没すると聞いてはいたものの、初めて遭遇しましたよ。

寝しなにコーヒーを飲んだのが悪かったのか、それともやせ我慢をしてエアコンを入れずに寝ようとしたのが悪かったのか、昨夜は珍しく寝付けなくて…。おまけに、ダンナさんが布団に対して垂直に寝てて、こっちに足が(笑)私は自分の布団の隅っこにいないと蹴られる状態だったので、それもいけなかったのか。大体なんで垂直に寝てんだよ!(爆)
夜中、ダンナさんがもそもそと起き出して、エアコンを付けてくれたのですが、それからはぐっすり眠れました。やっぱり、暑かったのか。垂直寝を修正してくれたので、それもよかったのかも(笑)

いえね。実は、もうひとつ気になったことがあって、眠れなかったんです。
昨夜は、ずっと変な音が聞こえてて…(笑)

以前、ある友人が難しい国家試験を受けるために猛勉強している時、ガムランのような音楽が頭の中に聴こえてきたことがあると言ってました。幻聴ってやつでしょうか。話を聞いたときには、勉強のし過ぎだと言って笑ったものでしたが、特にシャワーを浴びているときに顕著に聴こえたのだといいます。その話を聴いたとき、私はそこまで自分を追い込んだ経験がないので(笑)そして多分そんなに自分を追い詰めることを今後もしないであろうことを考えると、私には経験できないことだなと思ってました。
ところが、数ヶ月前、実家の仕事を手伝いに通って心身ともに疲れ果てたときに、それらしい音を聴きました(笑)かすかにだったけど、音楽のようなものが頭の中で鳴るんです。そして、彼女が言っていたように、それはシャワーを浴びているときでした。不思議だな。

で、昨夜の話。
スクーターに乗っているときに、なんだか聴こえるんです。人の話し声のように聴こえるんだけど、何言ってるのか、男の声なのか女の声なのかもわからないけど、何かが聴こえる。
なんだか気持ちが悪い。
でも、微かな音だったし、そんなことすぐに忘れちゃいました。
だけど、布団に横になって、寝付けずに寝返りばかりうっていたら、網戸をたたく音がするんです。「トントントン、トントントントン」って。昨日は風があったので、エアコンを付けずに窓を開けて寝ていたので、当然風の音だったはずです。でも、この音は布団に入る前からしていたわけじゃない。風は相変わらず吹いていると思うのですが。そして、音がするときと全くしないときがある。で、規則正しいんです。「トントントン」か「トントントントン」。3回か4回。だれかがベランダで網戸をノックしているみたいに聴こえる。しばらく続くと、静かになって、また聴こえ始めるという具合に、それが断続的に続いてて、風の音だと気にせずにおこうと思うのですが、そのときに、スクーターで聞いた話し声を思い出してしまい、それもあって寝付けなかったんです。実は、スクーターで聴こえた話声のようなものが、布団に入る前にも、微かにまた聴こえたんですよね。でも、気のせいだと思い込んで寝たんです(笑)

カーテンは閉めていたので、網戸の外は見えない状態でしたが、ダンナさんが夜中に窓を閉めてエアコンを付けてくれたので、網戸をたたく音は聞こえなくなり、熟睡できたというわけでございます。
あれは何だったのでしょう?
家にいて、風のある日でも、窓を開けていてあんな音を聞いたことはないような…。

ガムランの音のことですが、シャワーを浴びているときだったから、シャワーの音がしているわけです。この継続して聞こえる音があるときに聴こえるというのがポイントなんでしょうね。昨夜スクーターで聞いた話し声も、スクーターのエンジン音や風を切る音が常に聞こえている状態だったわけで、その辺がミソなんでしょう。だけど、静かな部屋でも聞いたんだよな、話し声(笑)

あーぶくたったー煮え立ったー 煮えたかどーだか食べてみよー ムシャムシャムシャ まだ煮えない 「トントン」 何の音? 風の音 「トントン」 何の音? おばけの音…
posted by nbm at 10:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月22日

溺れる者はワラでも溺れさせる

またまたお仕事で深く潜行していたので、更新が滞ってすんません。

昨夜、ニュースで見たんですが、溺れている人を助ける方法
自分では絶対に飛び込まずに119に通報する。そして、陸から浮かぶものを投げてあげる。浮き輪とか、空のペットボトルとかね。
なんだか薄情なように聞こえるでしょう?でも、これが大正解なんですよね。たとえば、子供が溺れてたら親は助けようと思って迷わず飛び込みますね。それでミイラ捕りがミイラになっちゃう。そんなニュースをよく聞くじゃないですか。助けたいのはわかる。でも、自分が死んじゃったら元も子もない。
何度か溺れた人を助けた経験があるダンナさんも、このニュースでの救助法を全面的に肯定してましたよ。ダンナさんはかつてジュニア・オリンピックの強化選手だったこともあるくらい泳げる人ですが、そんな人でも、たとえ相手が子供でも女性でも溺れそうになっている人に安易に近づいたら、こちらが溺れさせられると言ってます。
いくら泳ぎに自信があるとしても、溺れている人を助けるのは大変なことなんです。死ぬ気でしがみついてきて、こちらを足がかりにして(沈めて)水面に出ようとするわけですからね。しかも、尋常じゃない力で。
どうしても助けなきゃならないとしたら、ダンナさんならどうするかというと、まず話ができる段階なら、絶対に自分にしがみつかないように約束させた上で、溺れている人の後ろから近づいて、ヘッドロックをかけるようにして首に片腕を回して、空いた手で水をかいて泳ぐ。相手がパニックでどうにもならないなら、かわいそうだけどグッタリするまで待ってから近付く。そうでもしないと自分が死ぬから。そう言ってます。
昨夜のニュースでは着衣のまま水に浮かぶ講習会を紹介してましたが、溺れないための基礎知識を小学校などでは教えてないのでしょうか。少なくとも自分は学校で教わった覚えがないけどね。海に囲まれたこの国で、水泳は教えても、自分が溺れないための術を教えていないのは疑問です。大事なのは、仰向けで顔を水面に出して浮かぶことを覚えること。嫌がったり怖がったりせずに耳まで水に漬ければ、顔は自然と水面に出ます。なんなら、反っておでこを水に漬けるくらい意識すれば、鼻と口は一番高い位置になるわけで、呼吸ができるということです。ニュースの講習会の先生がおっしゃってましたが、助けを求めようと腕だけでも水面から出そうとすると、体が沈んで溺れる、と。荒れた海や激流でもなければ、仰向けで力を抜いて浮かんでるだけで呼吸はできますもんね。ぜひ、学校で教えてほしいな。子供を持つ親御さんたちにも、ぜひ知っていてほしいよね。やってみると一番いいけど、知識として知っておいて損はないのではと思い、書いてみました。もちろん、こうすれば絶対助かるっていうほどのことでもないかもしれないけど、少なくともただパニックになってしまうよりはマシかな、と。

それでは、今日はスポーツの話題から。

「DREAM.5」
今回、自分的に目玉の試合は、ライト級準決勝の宇野薫vs.青木真也。この試合さえ観られればいいやくらいの気持ちでいたのですが、いやぁ面白かった!
ご存知ない方のために、少々ご説明申し上げますと、DREAMというのは、最近立ち上がった総合格闘技のイベント。昨年、PRIDEが活動を休止してしまい、PRIDEに所属していた選手たちと、HERO'Sに所属していた選手たちが共に戦うことになったわけです。総合格闘技とはいえ、どちらかというと、グラウンド(寝技)系のイメージが強い感じ。
で、宇野薫といえば、総合格闘技界ではパイオニア的存在の選手。そこに、新星”バカサバイバー”こと青木選手が登場。”宇野逃げ”と名前が付くほど、組み付かれた体制から逃げる技術に長けている宇野選手と、長い手足からフットチョークなどわけのわからん締め技をくりだす青木選手との攻防。楽しいじゃないですか!試合は思った通りの展開で、青木選手が何度も締め技をキメて、これで終わったかと思うと宇野選手がするりと逃げるという感じ。結局、終始青木選手のペースだったので、判定で青木選手の勝利となりました。久々に面白い試合を観たなぁ。青木選手は、決勝で敗れてしまいましたが、本人も試合後のインタビューで言っているように宇野戦を一番重視していたようでしたからね。これからが楽しみな選手であります。
本当は、決勝戦は”バカサバイバー”vs.”眉毛”の戦いになるはずだったんだけど、”眉毛”(エディ・アルバレス)が負傷して、リザーバーのヨアキム・ハンセンとの対戦となり、リザーバーだったハンセンが優勝するという間抜けな展開に。ちなみに、リザーバーというのはですね。トーナメント戦なんで、途中で負傷などにより出場できなくなった選手が出ると、代わりに出場する選手が必要になるので、補欠といいますか、予備の選手を決めておくのですよ。すでに敗退している選手の中から、リザーブ・マッチを行って、勝者がリザーバーになるというわけ。で、今回はハンセンがリザーバーでした。敗者復活で優勝みたいな感じですかね。

締め技中心とはいえ、打撃ももちろんありの総合格闘技で、特に”戦うフリーター”所英男選手の戦い方を観ていて、組み付いた相手から離れ際に打撃を繰り出すのを見て、経験というか、体に染み込んだ反応はいざというときに出るのだということを感じました。
溺れないための術も、経験して体で覚えていたらいざというときに少しは役に立つかもって思った次第。




posted by nbm at 14:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月17日

かわいこちゃんたち

くだらないことをいくつか。

観るともなく観ていたドラマ「ヤスコとケンジ」。HPはコチラ。”まぶた”があんまりかわいいので、観てしまいました。あぁ。”まぶた”ってのは、うちでの多部未華子ちゃんの呼び名です。まぶたが重いんだけど、かわいいこと、かわいいこと。他に、出産してからとっても雰囲気のよくなった広末涼子もなかなかいい味を出してて、なんだかちょっと観ちゃおうかなという気になってきた。

そんで、このドラマに出てる渡部豪太くんが気になって、ちょっと調べていたら、あの「鴨川ホルモー」が実写化されるというじゃないですか。どうすんの?オニたちをどう表現するのか?オニ語をどうするんだろう?実写作品を観たいというよりも、あれをどうやって実写で表現するのかということに興味があります。個人的には、実写化すべき作品じゃないと思うけど。活字によって想像することを最大限に楽しむタイプの小説ですからねぇ。ひとつの映像として固定化すべきじゃない。だけど、完成したら興味本位できっと観るけどね(笑)

実写化といえば、今クールで放映しているアニメ「魔法遣いに大切なこと」も実写化されるらしい。三井のリハウスのCMでおなじみの山下リオちゃん主演。岡田将生くんが共演ですか。
山下リオちゃんは、手塚治虫原作「MW」の実写化作品にも出演するらしい。
一方、岡田将生くんは「重力ピエロ」の実写版に出演とか。「イケ・パラ」以降、いろんな映画に出演してますね。個人的には「イケ・パラ」出演者中イチオシだったので、活躍は嬉しい限りです。

同じ「イケ・パラ」出演者だった、溝端淳平くん主演の「DIVE!!」という映画がありましたね。これに共演していた池松壮亮くんというコがいまして、このコがまたかわいい。これからが楽しみであります。
溝端くんといえばドラマ「ハチワンダイバー」でがんばってますが、共演の仲里依紗ちゃんがかわいいです。「学校じゃ教えてくれない!」にも出演してますが、アニメ「時をかける少女」で主人公の女子高生を演じていたのですよね。このコ、雑誌インタビューなどでよく言ってるんですけど、”なかざと”さんって呼ばれることが多いらしくて。”なか・りいさ”ちゃんなんですよね。名前が浸透するのを待ち望んでいるみたいです(笑)

次から次へと、かわいいコたちが出てくるもんだよね。

posted by nbm at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

ダウンアンダーのヨーイング

『世界最速のインディアン』(2005)を観てみました。レースに行き着くまでが長くて、こんなロードムービーだったとは知らんかった…。しかし、都合のいい話だなぁ。実話ベースとはいえ、ここまでくると立派なファンタジーです。元々、ノスタルジックな”古き良きアメリカ”の設定が受け付けないタチなので、ちょっとツラかった。ベトナム戦争が泥沼化する直前のいい時代のアメリカを描きたかったのだろうね。とはいえ、そこそこ笑ったし、楽しみもしましたよ。

ニュージーランドのじいさんが挑戦するのは、アメリカはユタ州ボンネヴィル・ソルト・フラッツで開催される最高速記録会「スピード・ウィーク」。現在も50ccのバイクからロケット・カーまで、細かくクラス分けされてスピードが競われているわけです。そういや、ダンナさんのいとこが、チームの一員としてボンネヴィルに参戦したことがあると聞きましたよ。しかし、いまだにじいさんのオートバイによる記録は破られてないっていうんだからすごいよな。バート・マンローのような、自分の理屈で工夫してすごいものを作り出す天才というのは、どこかにいるものなのですよね。

さて、映画の中で、気になったことが2つ。
ひとつは、ダウンアンダー
ダウンアンダーといえば、オーストラリアのことだと思い込んでいたのですが、ニュージーランドもそうだったんだね。我々世代ではメン・アット・ワークの曲で、この言葉を知ったという人も少なくないと思うのだけれども。恥ずかしながら、このダウンアンダーという言葉の意味を深く考えたことがなかったんだよね。映画の中でバート(アンソニー・ホプキンス)が、アメリカの地でどこから来たのかと問われ、ニュージーランドから来たわけだけど、地面を踏みしめながら「足の下、地球の裏側から来た」みたいなことを言う場面がありました。そのとき「Down Under」って言ってた。イギリス人の侵略者的発想から考えたら、”地球の下の方”ってことだったみたい。なんとなくそんな感じなのかな程度に思ってたんだけど、今はオーストラリアやニュージーランドの人たちは、逆に誇りを持って”ダウンアンダー”って名乗っているような気がするけどね。

もうひとつは、ヨーイング
物語のクライマックスで、じいさんはついにレースに出場するわけですが、テスト・ランでインディアンの車体がお魚が泳ぐように左右にブレます。映像を観ながら、「ヨーイングって言うんだよ」とダンナさんが教えてくれました。
上下を軸として、水平に回転することをヨーイング(yawing)というそうですよ。たとえば、飛んでる飛行機の真ん中に、虫ピンで昆虫を刺すように上下に軸を通したとして、その軸を中心に回るってことですね。ちなみに、前後を軸にした回転がローリング。これだと、飛行機の鼻っ面から尾翼に向けてヴラド・ツェペシュ並みに串刺しした軸を中心に回転するのがローリング。でも、ブラド・ツェペシュは立てちゃったんだから違うな。じゃ、みたらし団子で(笑)っていうか、ローリングくらいみんなわかるよね。で、もひとつ、左右を軸にした回転がピッチング。これは、前後にでんぐり返ることになりますね。何にせよ、重心の問題や、空力抵抗が関係しているのでしょう。乗り物を安定して推進させるためには、特に速度が速い場合、こういった問題が顕著になってくるのでしょうね。
バイクレースなんかを観てるとよくわかりますが、転倒する場合、その直前にヨーイングを起こしているのをよく見かけます。バイク乗りにとっては、怖い現象のひとつのようです。

ということで、映画の本筋とはまったく関係ないところで引っかかってみました。

posted by nbm at 11:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月13日

ランダム・ベロシティ

すっかり暑さにやられてダレてしまいました。
その間、マキシマムザホルモン「爪爪爪」が発売されたのにもかかわらず、発売日に気づかず、出遅れてしまいました。”いい粉”は入ってなかったよぅ。くすん…。なんとなく納得できないのはさ、棚に並んでるのは見本で、レジで店員さんがホンモノと差し替えてくれるじゃないですか。自分で選べないってのが、なんかね。くじみたいなもんだから。
マキシマムザ亮君いわく、『ぶっ生き返す』で付いたファンが離れてもいいという覚悟で作ったという今回の作品は、過激な感じで良いですよ。歌詞は”○”の嵐。そのまま表記できないってことですね。3曲目に至っては、歌詞、載ってません(爆)しかし、勢いに乗って売れたとはいえ、こんな歌詞じゃテレビ出演とかできませんね(笑)逆に、それが狙いか?

えっと、昨晩はまたとある友人宅にダンナさんと一緒にちょいとお邪魔してきました。前回、お邪魔したときには、アニソンに合わせて超高速でサンプラーのキーパッドを叩いている姿に大笑いさせていただいたわけですが。キーパッドにはドラムセットの音が振り当ててありまして、叩いてるのはキーパッドなんだけど、聴こえてくるのはドラムの音というわけです。
で、噂には聞いてたんだけど、新たにマシンを入手したというので、見せていただきましたよ。今度のは、パッドが光るよ(笑)
それより何より、以前使っていたものとは、音が全然違うんですよ。で、何が違うかというと、ひとつのパッドに割り当てられた音の階調が100段階くらいに分かれているとのこと。それだけでなく、その1階調にも3つ4つのレベルがあってそれがランダムに鳴るというしくみになってるらしい。もちろん、パッドを叩く強さによって音の強弱も変化するのは当たり前なんだけど、その変化の選択肢がひろがっているわけで、つまり簡単にいえば、同じパッドを同じくらいの強さで叩いても、音にバラつきが出るってことなんです。
彼の部屋は防音室になっていて、当然スピーカーやアンプなどにこだわったオーディオ・ルームと化しているのですが(笑)その環境で前回までの音と比べると、格段に生音に近く聴こえます。本当に、目の前でドラムを叩いているかのように聴こえるのですよ。電子的に鳴らされている音だとは思えない。

音のランダムなゆらぎや、演奏者のクセ、ドラムなどリズム楽器であれば特に、その”もたり”とかグルーブ感というのが、人間でなければ出せないということがよくわかります。もちろん、このサンプラーみたいに、人間くさい演奏をするための工夫をしていけば、人間が生楽器を演奏している音に限りなく近づいていけるわけですが。
逆に、ここまで完成度の高い音が打ち込みで作り出せるということは、プロの人たちは当然もっとすごいものを使っているはずで、いまや簡単に作り出すことが可能であることもよくわかりました。

なんだか、周囲の数人が第何次かのオーディオ・ブームになっていて、また別の友人宅のオーディオ・ルームには、噂によると「二つ合わせるとベッドくらいの大きさになる」という巨大なスピーカーがあると聞いていたのですが、実際伺ってみると私が想像していたサイズほどではなかったので、「もっと大きいかと思った」と素直な感想をこぼすと、友人は「このスピーカー見て、”小せぇ”って言ったのはおめーが初めてだよ」と笑われました。片方だけで十分に人一人が入れる大きさでしたけどね(爆)感覚がおかしくてごめんよ(笑)

そうそう。防音室に棲む友人が言っておりましたが、マキシマムザ亮君の作るギターの音というのは、ハンパないみたいですよ。本当によく作り込まれた音だと感心してました。わかる人にはわかるんだなぁ。こだわりって。


posted by nbm at 19:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

過去のキャッシュから未来のキャッシュへ

今日もマンションの廊下で、昆虫に遭遇。それは、体長1.5センチくらいのちっちゃなカマキリでした。小さいながらもカマをふりあげつつ、「うぉりゃー!」とばかりに走ってました(笑)

さて、今日は日頃から考えていた、若者のコミュニケーションについて。先日、ダンナさんと話をしていたんです。

思い起こせばもうふた昔も前、私が大学生だった頃でも、まだまだコンピュータは身近なものとは言えませんでした。家には兄が使っていたパソコンがありましたけど、それはスーパーマリオとかゲームをやるのに使ってるくらいでしたよ。大学の授業でコンピュータのプログラムとかやってたけど、DOSの時代でしょう?ちんぷんかんぷんでね。まいった、まいった。
一方、ケータイなんてものはなく、連絡手段は固定電話かせいぜいポケベルでした。インターネットなんてまだまだ日常生活に利用するなんて考えられない時代でしたねぇ。
しかし、その時代にすでに、大学の授業の中で、これからの情報化社会では、膨大な情報量をいかに効率的に取捨選択することができるかが大事になってくるなんてことを言ってたわけですよ。あれ、何の授業だったんだっけ?

で、現在。高度情報化社会の真っ只中。ケータイというモバイル端末を使いこなしたり、パソコンでインターネットを駆使するなんてことは常識になってます。特に、若い世代なら尚更。通信網も発達して、世界中の情報が昼夜関係なく、瞬時に取得できるという世界。今の中・高生なんかは、物心ついたときにはそういう世界になっていたわけですよね。

高校生の甥っ子と話していると、この世代の特徴的なコミュニケーション方法に気づくわけです。もちろん、全員がそうだとは言いません。この甥は、中でも典型的なタイプ。彼からすれば叔父に当たるうちのダンナさんが、コンピュータに詳しいと知って、その手のことを電話で相談してくるようになりました。ところが、自分の知りたい情報だけを真っ先に聞こうとする。これこれこうなって…という前提部分はどうでもいいんです。まず、結論に最短距離でジャンプしようとする。こちらとしては、その結論を理解するための筋道から話そうとするわけですが、彼はそんなことどうでもいいんです。それに、自分の世界の言葉だけで話そうとするから、他人にわかりやすく説明しようということができない。自分の世界で話すことをこちらが理解できないと、どうしてこんなことが理解できないんだろうとバカにさえしているかも。
われわれ世代あたりまでは、過去のメモリがあって、そこからいろんなものを引き出しつつ話を進めようとします。しかし、彼らの世代は、未来の分岐予測演算をしながら話すのですよね。こうくるか、ああくるか、と。そして最速で結果を得るんです。コンピュータ自体の発達と似ているのが面白い。
しかし、結果だけを得ようとすることは、物事の本質を捉えられないままになりがち。自分の思考回路はなるべく使わない方向だし、情報をただ一時的にメモリするとしても、その場しのぎで応用が利かないんじゃないか。つまり、メモリの容量は大きくなってるけど、ハードディスクやバックアップは要らないってことか。たとえ使っても、すぐに新しい情報で書き換えられてしまうんじゃ…。やっぱり、自分の脳の中に蓄積された情報を応用した、創造力や想像力が弱いような気がします。

街でティーンエイジャーのコたちの会話を聞いていると、話がはずんでいるようでいて、実はお互いが自分のことだけを一方的に話しているように聞こえます。自分の世界が半径50センチくらいに広がってるとしますよね。その互いの世界同士が交わる部分が非常に狭い感じがします。数学の集合のベン図みたいなものを想像してしまいました。”かつ”の部分が限りなく小さい。
やっぱり、膨大な情報量を処理するのに効率に重きをおいてしまうと、何に対しても興味も理解も浅くなりがちなのかもしれません。物や他人に対する思いが淡白になるのも無理ないのかな。

甥は学校の成績が非常に優秀であるらしいのですが、そう言っちゃ何だけど、会話していても知性を感じません。”教養”っていう部分が感じられないんだよね。たぶん、記憶するのが上手なだけ。もちろん、まだまだ成長途中ではありますから、今後にかかってくると思うのですが。単なる情報というだけのものではなく、もっと情動的なものや直接体験が必要なのかもしれません。
とはいえ、現代社会に適応していると考えれば、それはある意味よいことなのかもしれない。自分たちの尺度からすると、あまり評価できない部分が大きいだけで。

甥だけをやりだまにあげているように聞こえるかもしれませんが、実は、周囲の大人たちから若い世代とコミュニケーションできないという話をよく聞くんです。単に世代が違うとか話題が合わないとか、そういうことではなくて、根本的なコミュニケーション方法の違いが見えてくるような気がしていて。繰り返しますが、そういうコばかりではありません。ただ、傾向性として見えてくるんですよね。
本来、良い悪いで語るべきことじゃないのはわかってるんだけど、なんかつまらん。
posted by nbm at 11:12| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

珍客万来

ちょっと、ヒマつぶしに。

数日前のある日。
朝食を食べていたら、テーブルの上に虫くんがトコトコ歩いてる。
んん?なんだこれ?
もしやこれは憧れのジンガサハムシか?透明になってる部分以外が金色に輝いて見えるんですよね。いやちょっと違うような…。本体は黒いぞ。
てんとう虫くらいの大きさで、どういうつくりになってるのか、まぁるい体の外縁が透明になってるヤツです。そこまではジンガサハムシと同じ。いつも図鑑で写真ばかり見てて、実際の大きさを考えたことがなく、っていうか、もっとデカいものだと思い込んでました。こんなにこじんまりとしたヤツらだったのか。でも、間違いなくハムシの仲間だった!カメノコハムシってヤツか?
コイツは貴重だ。(でもないのか)とにかく、逃がしてあげよう。ということで、窓の外に逃がしてあげました。
あとで考えたら、写真くらい撮っておけばよかったんですけども、忘れてました…(笑)

そして、外出時にマンションの階段で、クサカゲロウに遭遇。こいつはそんなに珍しいヤツではないですが。なんだ?今日は”昆虫さんいらっしゃい”状態だな。

階段のそこここに、ちっちゃくてまるっこいいろんな甲虫が落ちてます。君たちそんなところにいると踏まれるよ。ほら、踏まれてるヤツがいる(笑)

もう少し進んだら、こんどは奇妙な甲虫が落ちてる(爆)遠めにはカマドウマかと思ってビビッたんだけど、どうやら甲虫の類のよう。コイツが正体不明で、また写真を撮っておけばよかったんですけども。
触角を抜かして体長5センチくらい。形態としては、ハンミョウとかカミキリムシみたいな感じ。しかし、ハンミョウみたいな派手さはまったくなく、地味ぃ〜な感じ。細長く触角が太くて長め。翅の部分が白っぽい薄茶ともう少し濃い茶色で矢絣のような縞々になってるようないないような。翅はもそもそとしたツヤ消しマットタイプ(笑)
触角の特徴からカミキリムシの仲間だと考え、ネット上のカミキシムシ図鑑(カミキリ情報館)から探してみるも、該当種を見つけられず…。カミキリムシって日本だけでも900種とかいるんだね。ひとつひとつ写真を見てると、面白いんだけど、ネーミングがすごいよ。段々、テキトーになっていってる感じがして…。採取された地域の名前がついてたり、発見者の苗字らしきものがついてたりするのはわかるんだけどね。特徴的な形状を”チビ”とか”ケブカ”とか”モモフト”とか。それに紋様の特徴や色を組み合わせてるみたいな。中には、「クリイロチビケブカカミキリ」とかひどい名前のヤツもいるし、そうかと思えば「シラユキヒメハナカミキリ」とかラブリーな名前がついちゃってるのもいたりして(笑)なかなかおもしろい。

この辺りは武蔵野の雑木林がところどころ残っていましてね。昆虫には天国なんでしょうね。ちょっとした雑木林の足元や木の上に、たくさんたくさん生命が息づいているかと思うと不思議な感じがします。カブトムシやクワガタ、カナブンあたりは日常茶飯事的に飛んでくるのですがね。甲虫って、いったいどれだけの種類がいるんだろうって思いますね。チビっこいゾウムシとかカツオブシムシとかだって甲虫なわけですよね。昆虫の種類はとてつもなく多いとは知っていたつもりでも、本当に多種多様なんだなとあらためて思った次第であります。

そういえば、今年はまだセミの声を聞いていないような気がする。
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2008年07月04日

異形嗜好

1週間のご無沙汰でした!サボってすんません。
いや、また鬼のような仕事が入っちゃって…。

今日は何といったらいいか、肉体改造(?)のお話です。
仕事をしてたら、こんな作品を知りました。
「ハード・リベンジ MILLY」 HPはコチラ
いまや立派なアクション女優となった水野美紀主演のバイオレンス・アクション。夫と子供を惨殺されたヒロインが、復讐するという筋なんですけどね。HP観ていただくとわかりやすいんですが、身体に武器を埋め込んでます。

実は、前クールで放送していたアニメ「紅」の主人公の高校生の少年が、ちょうどこんなんでした。肘の辺りに刃が埋め込まれてるんですよ。この作品、原作のライトノベルがありますけど、そっちを読んでないので、アニメではよく描ききれていない世界観がありそうなのですが。崩月流という一派に弟子入りして、崩月家当主の”角”を身体に埋め込んだってことらしい。これが、戦闘の際、感情が高まって解放されると、いちいち肉を突き破って刃が出てくるというしくみでした。

画を比べてみると、”まんま”なんですよ。パクリとはいわないけどさ。
そういやあ、ロバート・ロドリゲス「プラネット・テラー」(2007)にも、片足の先にマシンガンを装着したおねえちゃんが出てきますよね。
で、邦画でも同様のものがあった気がするんだけど、なんだっけ?勘違いしてるかな。

たぶん、人間の肉体になんらかの武器を直接埋め込むという発想は、スプラッター・ホラーの名作「死霊のはらわた2」(1987)に端を発しているのではないかと思うのですが。右手の先にチェーンソーが装着されてるってやつですね。サム・ライミがすごいのは、その画が笑えるってとこですね。いや、すごいのは、それを演じてるブルース・キャンベルの方か?

でね。話はアニメに戻ります。
新作アニメ「ストライク・ウィッチーズ」。HPはコチラ島田フミカネさんの原案による作品です。先に「スカイガールズ」という作品が世にでてしまいましたが、あれはまだ人体への機械装着の密接の度合いが低かった。あまり違和感を感じませんでした。「ストライク・ウィッチーズ」は一段レベル・アップした感じかも。足に飛行化ユニットを装着した少女たちが、”機械化航空歩兵”として空を飛び戦うという設定です。人によっては、ある種の不快感を感じる画かもしれません。それでも元の足が残っている形なので、あんまり違和感ないかな。たとえば、島田フミカネさんがデザインされた「メカ娘」というシリーズがあるのですが、こんな感じ。各キャラのイラストをクリックするとフィギュアの画像が見られます。イラストだとちとわかりづらいけど、フィギュアのイメージは強烈です。
アンドロイドとかロポットというものとは異質で、あくまでも人間の身体の一部を機械に付け替えているという感覚。敢えていうと、義手・義足が武器みたいな感覚です。ただ単にかわいいと言えるものではなく、やはりどこかフェティッシュなにおいがします。

肉体を改造するということ。
今の科学技術では、たとえば義手に神経を繋げて動かすという技術もなくはないようですが、まだまだ一般的なレベルではないと思います。
今の段階では、刺青やピアスの延長線上で、たとえばスプリット・タンだとか、そんなことをしてみるという人もいらっしゃるようですが、こっちの路線が進化していくと、一つの流れとして、武器を身体に直接装着するという発想になるのかも。戦闘の時には重宝しそうです。自分の意思が武器に直結して動かせるとすればね。だけど、見た目はやはりグロテスクに映ります。なんでかなぁ。

グロテスクという言葉の語源を調べると、ローマの暴君ネロが作ったといわれる地下遺跡で見つかった絵の手法がもとになっているとか。羽がはえた猛獣や尾びれがついた馬など奇怪な生き物が描かれているのだそうで。つまり、異形のものですね。
そんなことがグロテスクの語源だとすると、やはり武器や機械を身体に埋め込むということも、異形とみなして、気色悪いと感じるのでしょうか。

ピアスさえ恐ろしくてできない私には、到底理解できない境地です…。だって、痛いのキライ。血ぃ見るのイヤだ。
posted by nbm at 11:11| Comment(10) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする