2008年08月27日

反対の反対は賛成なのだ

お笑い芸人の話。最近お気に入りのナイツの露出が増えてきた。コアなファンには不評かもしれないけど、やっぱり”ヤホーネタ”が面白い。もはや周知の話だけど、ボケ担当の塙さんは”はなわ”と一つ違いの実弟。しかし、御本人いわく、お笑いを始めたのは自分の方が早かったそうで。そして、漫才協会最年少理事。このコンビ、ちゃんと師匠も持ってるし、伝統に則って漫才を受け継いでいこうという意志が見えるのがイマドキの芸人には珍しくて好印象。塙さんのブログが、いちいちボケてて面白い。→コチラ
もう一組気になってるのがモンスターエンジン。以前は「あらびき団」でしかお目にかかれなかったけど、最近は他の番組でも見かけるようになってきた。”神々ネタ”は秀逸。だけど、一般ウケはしないのかなぁ。腹痛いんだけど。
それから、衝撃的だったのが、ウマッチョ。以前「99プラス」で観たんだけど、すごいインパクトだった。YouTubeでコチラをどうぞ。名古屋発コミカルダンサーってことになってるけど、動きにキレがあって、センスがいい。

と、気になっていたものを紹介して気が済んだので、本題に。
ゆうべ、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出ていた研究者の方が、あまりにも真っ当なことをおっしゃっていたので、感服してしまいました。それは、小池康博さんという方。慶応大学理工学部の教授なのですが、プラスチック、中でも特に光ファイバーの素材を研究してこられた方です。従来のガラス製の光ファイバーよりも柔軟で室内配線も可能にするプラスチック製の光ファイバーを開発。光ファイバーっていっても、おうちの外までしか来てないんですよね。家の中は光ファイバーじゃないんですよね。ガラスは硬くて曲がりにくいので、屋内配線はできないということらしい。それで、軟らかいプラスチックで作ってはとやってみるけど、プラスチック光の屈折は複雑で、実現は難しいとどこも開発を諦めてしまった。しかし、小池教授は地道に研究を続け、そんなプラスチック素材の光ファイバーの問題点を解決したわけです。それだけでなく、プラスティック製の液晶ディスプレイ用バックライトを開発したりもしています。光が上手く拡散するような分子構造を見つけ出して、実用化までに至っているようです。プラスチック内の粒子を調整することで、内部に入り込んだ光をその粒子に反射させ、その結果プラスチック全体に光がいきわたる仕組み。当然、その粒子のバランスを見つけ出すことが相当に難しいはずなのですが、実現しています。
小池教授は、自分が苦労して生み出した技術を、惜しげもなく企業に開放します。しかも、単一の企業で独占することがないようにして。生み出した技術が簡単に安価に使えるようにして世の中に広めることを考えているのです。当たり前のように思えるかもしれませんが、実際にこのようにすることは、果たして簡単なことでしょうか。偉いなぁ、この人。
もうひとつ、この方がキモに命じていることは「根本をつきつめろ」ということ。そして「ブラックボックスを作るな」ということ。自らもそうであったように、若手の研究者が研究の壁にぶち当たったとき、何度となく根本に戻れと言います。どうしても結論を急ぎ、他人の研究を参考にしてでも前に進もうとする若手に対して、「もう一度見直してみよう」「もう一度実験をしてみよう」と言うのです。それは、不明な点を少しも残してはいけないという意味で、「ブラックボックスを作るな」という指導でもありました。どうしてそうなるのか、原因を明かさなければいけない。そして、それを解決していくのだ、と。
もちろん、若者らしい発想のすばらしさは全面的に肯定しています。でも、推測だけで確認もせずに安易に前に進むことは許さない。わからなくなったら、根本に立ち返る。ショートカットはしない。今の若者にしてみれば、もどかしい限りかもしれませんが、そうやって半返し縫いのような行為を続けていくことで、技術が、理論が強固なものになっていくのでしょうね。
疲れたときにはジャズを聴き、ピアノで作曲した曲数は200曲以上という小池教授。ことあるごとに研究室のみんなと定食屋でごはんを食べる小池教授。とてもニュートラルで、できそうでできないことをされてるなと思いました。
こういう研究者ばっかりだったら、世の中のことは歩みは遅くとも、革新的に変わっていくのではないかと空想してしまうような、そんな方でした。

とことん負のベクトルの方向に亀のように地道に突き進んでいって、その結果反作用で思いっ切り正のベクトル方向にマッハで戻ってくるような。そんなスタイルのような気がしてね。だから、反対の反対は賛成なのだ。
posted by nbm at 11:16| Comment(6) | TrackBack(1) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月26日

属性と境界線

今日はぐだぐだの記事ですが、あしからず。

オリンピックについて、何らかの記事を書くべきかとずっと考えておりました。競技の結果や選手について、メダルの数やオリンピックのあり方について、様々考えるところはありますが、私が一番気になったのは、”銅メダルと4位の差”という問題。一般的な価値観を想像してみるに、やはり線引きされているのは、メダリストと4位以下の間。でも、4位だったら”ベスト4”という言い方もできる。なのに、”ベスト4”じゃいけないわけですね?3位までに入らないとメダルはもらえない。そして、金メダルと銀メダルとの差よりも、銅メダルと4位との差の方が決定的なもののように感じます。この4位という順位、選手本人の落胆も激しいし、メダルを期待をして応援・観戦していた人にとっても残念で悔しくてならない結果なのでしょうね。
オリンピックに限って言えば、メダルを取ることは確かにすごいことですけど、練習環境も違えば、筋肉の質や体格も違う別の国の選手と戦い、こんな小国の選手たちが何の種目であれ上位に食い込むこと自体がすごいことだと思うのですが。種目によっては、ただ出場するということでさえ非常に困難だったりするわけですし。
別の側面から言えることは、実力が拮抗している場合には”勝つ”という気持ちが強い方が勝つし、気負いがなく緊張せずに練習の成果が出せる精神力の強さを持った人も勝つことができるのではないかと思いますが。

話を戻しましょう。
たとえば何かの優先順位を決めるとき、そしてどこかで区切りをつけなければいけないとき、その区切りをどこでつけるべきなのかは、非常に難しい問題ですね。試験の合否しかり、ノアの箱舟しかり。試験なら、たとえば単純に100点満点の70点で合格だとしたら、69点の人は1点足りなかったために不合格になるわけですよね。合格した人と不合格な人との差はたった1点。「ディープ・インパクト」なんて映画では、地球が滅亡するかもしれないときに、シェルターに入れる人を選別するわけですけど、そういったときにも何らかの線引きが必要になるわけですよね。未来のある若い人優先とかさ。
誰かが「えいっ!」って決めなければいけないのが、境界線というものだとは思います。それぞれの事柄で、権限のある人たちがその境界線を決定しているのであろうことも想像がつく。別に人間すべてが平等に扱われるべきとか思っているわけではないのですが。あぁ、不平等がよいと言ってるわけでもありませんよ。人はそれぞれに得意分野があるわけで、一律で比べるのにはムリがあるってことです。
誰かが決めた境界線という概念に乗っからなければならないところに抵抗を感じてしまうのです。もちろん、必要なことではあると思いますよ。だけど、難しいことだ。
オリンピックのメダルは3位までというのは、誰かが決めたことだけど、自分の中では最大限に賞賛してあげたい4位以下の選手がいます。スーパーのレジ打ちの仕事をしながら練習してチームのムードメーカーになっているなでしこJAPANの荒川選手とか、考えられないような練習量をこなして愚直に頑張ってきて入賞を果たした競歩の山崎選手とか、ほかにも入賞した方たちがたくさんいましたね。

話は変わりますが、今度は属性のお話。
アニメを観ていると特に感じるのですが、自分が何らかの立場を決めなければならないという場面で、どこかの団体に所属したり、誰に味方するかを決めたり、自らの属性を決定せねばならないことがあります。
自分の希望があって、それが通るなら幸せといえるかもしれません。でも、意にそぐわないこともある。たとえば一見対立するように見えても、その実似通った複数の団体から、自分の所属を選ぶときにはどうしたらよいかとか。脅されて、不本意ながらも協力しなければならないとか。そんな立場だったら悩みますよねぇ、きっと。
実は、会社員時代、自分では意識していなかったものの、ある派閥に属しているとみなされて窮地に陥り、半分はそれが原因で退社したという経験があります。その派閥であることを、肯定も否定もしなかったので、というかそんなこと考えてもいなかったので、そういう目で見られていると気付いた時には、既に遅し。自分が考えている以上に、人は他人を属性で見たがるものなのだなと学習した経験でありました。
自分で選ぶこともできるものもあるかもしれない。でも敢えて選ばないこともできる。とはいえ、強制されることもあるだろうし。あまりに漠然とした話ではあるのですが、属性で判断した方が簡単だから、ひとくくりにしたがるものなのでしょうね。
たとえば血液型とか考えても、タイプ分けすることで「あたしも同じ!」とか言って、仲間としての安心感を得たいという心理も働くかもしれないし、人を判断するのに属性でひとくくりにして単純化した方が簡単なのかもしれない。

人を選別する基準を考えてたら、こんなことになってしまいました。
個人的には、境界線も属性もない空間をふわふわ漂っているのが楽なような気がしますが(笑)それはとりもなおさず、自ら何も決断しないということのようにも思えて、決定しないという意味においては、ある種の逃げなのかもしれないとも思える。

面倒なことは極力考えたくないのですがね(笑)たまにはこういう堂々巡りなだけの不毛な思考回路もいいかなと思って…。

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2008年08月25日

珍しくノスタルジック

近年は極端にロックに傾いている耳なのですが、たまにはと思い、数少ないジャズCDを続けて聴いていたこの数日。そして、もう何年も聴いていなかった眠れるCDを発見。それが「ティーヴィー・ジャズ・セブン」矢堀考一さんや新澤健一郎さんを中心に、地味ながらも、ライブやバック・ミュージシャンとして活躍したり、音楽学校で教えたり、楽器の教則本を出したりしているようなジャズ・ミュージシャンが集合して作ったアルバム。シリーズでメンツを少々変えながらも3枚出しているようなのですが、これはシリーズ2枚目。それにしても、TVとか表舞台には出てこないけど、いろんなところで活躍されているミュージシャンって大勢いらっしゃるのですね。変に商業ベースの波に乗らないで、それでも音楽で食べていけるというはすばらしいことだな。

1 ムーミンのテーマ
2 ゲッターロボ!
3 猫目小僧(「妖怪伝猫目小僧」主題歌)
4 荒野の果てに(「必殺仕掛人」主題歌)
5 みんななかよし
6 現場へ急げ〜アクション(「太陽にほえろ」劇中曲)
7 AFRO “LUPIN’68”(「ルパン三世」劇中曲)
8 カリキュラマシーンのテーマ
9 猿の軍団
10 ジローのギター(「人造人間キカイダー」劇中曲)
11 戦え!!人造人間キカイダー・悪の笛(「人造人間キカイダー」劇中曲)
12 死ね死ね団のテーマ(「レインボーマン」劇中曲)
13 にっぽん昔ばなし(「まんが日本昔ばなし」主題歌)

どうやら、参加しているプレイヤーのみなさんが同世代らしい。なんかね。年代的にドンピシャの選曲と、アレンジの面白さで買ってしまったんだよね。
選曲のセンスがいい。微妙にハズしてる感じが。1枚目が「昭和40年代編」というタイトルで割と王道な感じの選曲だったから、こっちは”裏”って感覚なのかな。ちなみに3枚目はアメリカのTVドラマ主題歌などを扱ってます。1998年の作品だし、インディーズ・レーベルなので、残念ながら今やあまり知られてない作品だろうな。

ベースのピッキング・ハーモニクスで始まる最初のムーミンからしてオモロー。私はジャズやフュージョンをそんなに聴き込んでないのでちんぷんかんぷんですが、聴く人が聴けばニヤリとするアレンジばかりのようです。チック・コリアな「仕掛人」とか、キース・ジャレットな「みんななかよし」とか、パット・メセニーな「ルパン」や「キカイダー」とか、ハービー・ハンコックな「死ね死ね団」とか、ウェザー・リポートな「にっぽん昔ばなし」とか(笑)パット・メセニーくらいはわかる気がするけど。

それにしても、懐かしい番組ばかりです。小学生の頃、TVにかぶりつきで観ていたような番組ばかりですからねぇ。
ゲキメーションな「猫目小僧」は、どれほど覚えてる人がいるでしょう?今年、「墓場鬼太郎」のテーマとなった電気グルーヴ「モノノケダンス」のPVを観て、久々に「猫目小僧」を思い出したわけですが。
「必殺」シリーズも観てましたねぇ。大好きでした。三味線屋の勇次がお気に入りで、よく真似をしてましたっけ。悪者の首に三味線の糸を巻きつけて吊るし、最後に「ビンッ」って糸を弾くとこね。冷静に考えると人を殺してる動作なんだけどな(笑)
「みんななかよし」はわかる人少ないんじゃないかなぁ。小学校の道徳の時間に教室で観せられた教育番組なんだよね。内容はさっぱり覚えてないけど、確かに耳につくテーマ曲だった。この曲を聴くと、なぜか公園のブランコの映像が目に浮かぶ。
「カリキュラマシーン」も懐かしい。子供向け教育番組としては、どこかシュールでおかしなノリだったっけ。「ゲバゲバ90分」のノリで作ってたらしいから、それも頷けるか。誰もあれで子供を教育しようとは思わなかったと思うけど、斬新で面白かった。
「キカイダー」「レインボーマン」は、どこか憂いを秘めたヒーローで、好きだったなぁ。特に「レインボーマン」は他のヒーローにはない不思議な魅力があったような。後に、あの耳毛でお馴染みの作詞家・川内康範さんが原作と知り、驚きました。「月光仮面」も原作されたそうですが。そして、このCDの最後の曲、「まんが日本昔ばなし」でも監修を務められたそうですね。

自らのノスタルジックな感傷とともに聴くと、なかなか味わいの深いアルバムです。
しかし、冷静に自分の小学生時代を振り返ると、「どんだけTV観てたんだよ」ってツッコミ入れたくなりますが。夕方の時間帯のアニメや「ぎんざNOW!」から、ドラマや映画、夜遅く「11PM」まで観てたもんね。そう考えると、やっぱり勉強してないな(笑)これじゃあそんな時間はなかったはずだよ。
posted by nbm at 11:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月23日

「言葉は社会遺伝子である」

「ROCKIN'ON JAPAN」の片隅の書籍紹介の欄に発見した本。『ドラマで泣いて、人生充実するのか、おまえ』(深呼吸する言葉/著・きつかわゆきお/出版社・バジリコ)を読んでみた。

言葉は社会遺伝子である。
個人が見たこと聞いたことを、言葉という遺伝子にして次の時代に手渡すのだ。

そう唱える<ロックする思索者>が贈る、明日のためのメッセージ集。
<ロックする思索者>って紹介されてるけど、この橘川幸夫さんという方は「ROCKIN'ON」創刊者のひとり。そりゃあ、ロックするわな(笑)現在は、「デジタルメディア研究所」というのを立ち上げていて、いろいろと活動されているようです。調べていたら『やきそばパンの逆襲』という”実名マーケティング小説”を書いているそうなので、今度読んでみよう。
ちなみに、『深呼吸する言葉』というブログは現在進行形で読めます。コチラ

で、『ドラマで泣いて、人生充実するのか、おまえ』です。
表題からして、「はい、すみませんっ!」って
感じだよなぁ。さっき『マクロスF』で、絶望の中で希望を歌ったシェリルの歌声を聴いて、涙してしまったくらいだからさ。ドラマどころかアニメで泣いてるからね(笑)

「なるほどぉ」とか、「ぐさりっ!」とか、「ちょっとしっくりこないな」とか、思いつつ一気に読んでみた。活字は少ないので数分で読める。でも、手元に置いて、繰り返し読むべきタイプの本だよな。考えさせられることも、微妙に不快に感じるような表現もありつつ、読み終わると、滋養のある食べ物をたらふく食べたような、新鮮な空気をおなかいっぱい吸い込んだような、不思議な”満たされた”気持ちになった。”何か”を充電した感じ。
それもそのはず…。もう一度パラパラとめくったら、1ページ目に書いてあったよ。

心の深呼吸のために

ってさ。

他に、共感して目についた言葉というと…

情報と言葉の違いは何か。
頭で処理する情報は複写(コピペ)出来るが、
心に沁みる言葉は複写(コピペ)出来ない。


走り続けるものは、走り続ける者だけを隣に感じる。


音楽をやることを目的とした音楽はつまらない。
ビジネスをやることを目的としたビジネスはつまらない。


エコビジネスには死の商人の匂いがする。


共感するばかりでなく、刺激として残る言葉も多い。

1年に一度くらいは、ちゃぶだいをひっくり返せ!


そうだね。私に足りないのはちゃぶだいをひっくり返すことだな(笑)

しとしとと雨の振る中、どこかで花火が上がってる音がする。音はすれども姿は見えず…。昨日、今日と異常に涼しいですが、夏はどこへやら…。




posted by nbm at 20:03| Comment(10) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月21日

40ヘルツと0.5秒

「目からウロコの脳科学」富永裕久 著/茂木健一郎 監修)を読んでみた。さほど真新しい項目はないものの、興味を引いたのは二つの数字。

ひとつは、40ヘルツ
これを説明するのには、まず「結びつけ問題」から説明せねば。赤いボールが弾みながらこちらへ転がってくるとする。ボールの動きは目からの情報で網膜に映し出された像となり、弾む音は耳からの情報として脳へと送られる。目で見た情報だけをとっても、「赤い色」「丸い形」「弾む動き」と3つの情報がそれぞれ脳の別の部位でバラバラに認識される。それとは別に耳から入る「弾む音」という情報も別の部位で認識される。「結びつけ問題」というのは、このバラバラな情報を意識はいかに結び付けているのかということ。
ここで登場するのが、あの二重螺旋で有名なクリック。クリックと共同研究者であるコックとが意識に対応する脳内のメカニズムを考えた。1995年に『驚異の仮説』という著書で発表されたらしい。
そのメカニズムはこんな感じ。神経細胞ニューロンは、1秒間に1〜5回ほど活動電位を起こし、電気パルスを走らせている。つまり、その振動は通常1〜5ヘルツ。それが、何らかの刺激によって興奮すると、振動数が35〜100ヘツルくらいに増える。
で、「結びつき問題」の話。「赤」に関わるニューロン、「球体」に関わるニューロン、「弾む」に関わるニューロン、「”ボール”という言葉」に関わるニューロン、果ては赤いボールから連想されるたとえば「女の子」などという感覚に関わるニューロンまでが活性化し、40ヘルツに振動数を上げ、そこで同期する。実際には35〜75ヘルツくらいの幅があるらしいけど。
そこから発展して、「子どもが飛び出してくるかも」とか「ボールをひろってあげよう」とか、様々な思考が湧き上がってくる。そういったニューロンの同期こそが”意識”なのではという仮説。もっとも、クリック自身も”意識”そのものの捉え方に関してはこの仮説に疑問を感じていたらしいけど、40ヘルツでニューロンが同期するということは重要な発見であるわけで。
脳内でクオリアが結びつくのに、そういった物理的な同期があるというところが面白い。だけど、ここでまた、じゃあその同期自体を一体何が司っているのかとか考えたら、”意識”というものを捉えるのがいかに難しいかがわかりますね。

もうひとつの数字は、0.5秒
脳の体性感覚野に直接信号を与えると、その信号が0.5秒以上続かないと感覚が意識に上らない。ということは、感覚は実際の刺激よりも0.5秒遅れて意識に上ることに。ところが、実際の手の皮膚への刺激が意識に上るのには0.1秒しかかからないらしい。おかしいよね?手への刺激が脊髄などを通って感覚野までたどり着くにはそれ相応の時間がかかるはずで、少なくとも直接感覚野を刺激するより時間がかかるはず。これを説明するのが「経験の繰上げ」説というもので、皮膚刺激でも0.5秒かかっているのに、時間の繰上げが起こって、主観的には意識が刺激の直後に生まれたかのように感じるという説明。脳が経験の順序を変えて意識に見せているというのですけどね。脳内で時間の錯覚が起こっているらしいんですよね。それは微々たるものなので、日常的にそれに気づいたりすることはないのでしょうが。単純な錯覚なんかも、そういった図形を観たときには脳が騙されてるというか意識が騙されてるというか、本来まっすぐな線が斜めに見えたりすると、その情報の不確かさを実感するわけですが、日常のどんな場面を切り取っても、それが錯覚でないといいきれないとは普段意識してないですよね。反応時間が0.5秒かかってるっていうのに、それをリアルタイムだと錯覚させてるっていうんですからねぇ。誰がやってるんだよ!私の脳なのに?(笑)
たとえば、どんなに発作的な行動であっても、脳には準備電位ともいえるようなものが起きているのだそうですよ。本当に自分が自分の指を動かしているのか疑いたくもなりますね(笑)なんで動くって知ってるんだよ!

”意識”というものの本質を捉えるのは、ほぼ不可能なのではないかと思えてしまいます。はたして人間に自由意志はあるのか?こうなってくると、もはや哲学です。この辺りにもっとふみこむと大変なことになりそうなので、それはまた今度。
ネットワークと信号さえあれば、意識は生まれる。そんな考え方もあるそうです。チャーマースという哲学者いわく、「サーモスタットにも意識はある」。たしかに、電化製品が連続して壊れたりすると、「おまえらわざとやってるだろう」と疑いたくなりますが(笑)
posted by nbm at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 脳科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

1100年の空白

指輪にまつわるお話を記事にしたときだったか、なぜに日本では指輪というアクセサリーが根付かなかったのかというのが大きな疑問として残りました。考えてみると、たとえば江戸時代に指輪やイヤリングなんてものはありませんでしたよね?現代では当然のようにみなが着けているアクセサリーですが、日本ではこのアクセサリーという文化がない時代が長く続いたことがありました。そう、1100年もの間。そのナゾを紐解こうとしている本を見つけて、早速読んでみましたよ。
「謎解き アクセサリーが消えた日本史」浜本隆志 著)という本です。著者は関西大学文学部の教授で、比較文化に非常に興味がおありのようです。

アクセサリーが見当たらない時代というのは、天平時代以降、明治時代に至るまでのおよそ1100年間。なぜにそんなに長い間、アクセサリーがなかったのか。
とりあえず、人はなぜアクセサリーを身に着けるのかというのがポイントになりますよね。古代では、権威の象徴や呪術的な側面が考えられます。財産を持っていることを誇示したり、お守りの意味があったり。耳・首・手・足など、人間の体の開口部や弱点に着けるというのもお守りの意味からきているという見方もできるとか。縄文時代には耳飾りもしていたといいます。弥生時代になると耳飾は衰退するそうなのですが、面白いのはその衰退の理由に弥生人の耳たぶが小さかったからではないかという説があること。それはさておき、その後古墳時代に入ると、大陸からの影響かまたも耳飾りは復活するのだそうです。ヒスイなどでできた勾玉の首輪や、耳飾り、そして貝や鉄・銅などでできた腕飾り。数は少ないものの、青銅製の指輪なども見つかっているそうですよ。ことに指輪は加工が難しかったことが想像され、もしかしたら木製のものなどが作られていたかもしれませんが、有機物は腐食してなくなってしまいますものね。
大和朝廷の時代になると、豪族の古墳からはアクセサリーが出土するものの、どうやら有力者に限られていそう。そして、副葬品にはアクセサリーよりも鏡や銅剣といった祭祀的な宝器が増えてくる。そうして段々とアクセサリーがなくなっていく、と。

日本の考古学会が提唱している説として主なものをご紹介。
まず、「冠位十二階」原因説。聖徳太子が位ごとに冠や衣服の色を決めたってやつですね。これで、身分を示すのにアクセサリーの必要がなくなったということ。でも、冠位はほんの百年くらいの間のことで、それ以降もずっとアクセサリーが見当たらないことの説明としては弱いですね。たとえば、ヨーロッパを考えると豪勢な衣装の上にブローチ着けたりしてるし、なんか説得力がない。
それから、着物代替説。着物という衣服が発達したことで、アクセサリーがそこに吸収されてしまったのではないかという説。鎧・兜・刀などの武具の発達も含めてね。それでも武士階級に限られる話で、庶民のことを考えるとやっぱり説得力に欠ける。

著者が考えたのはまずアクセサリー消滅の過程。古墳時代に天皇制の影響で「三種の神器」を絶対的なものと位置づけたことで、古代からの宝玉信仰がなくなっていったことに始まる。仏教が伝来すると、今度は宝玉は仏舎利を荘厳することにのみ使われるようになる。
一方、金や銀も仏像や工芸品、屏風絵などに使われるだけで、アクセサリーには使われない。
安土桃山時代の南蛮船での渡来人の来航やキリスト教の普及によって、少しはアクセサリーが流入するも、その後の政策の転換からそれも途絶えてしまう。
ただし、着物文化特有のアクセサリーは発達していたわけで。つまり、根付け・印籠・煙草入れ・クシ・かんざし・帯留めなど。中でもクシというものは古代から切れ目なく受け継がれてきた唯一のアクセサリーだそうですよ。
そして明治、鹿鳴館に代表されるように西洋の文化が急激に取り入れられるようになり、アクセサリーは復活を遂げるというわけです。

さて、個人的に漠然と考えていたアクセサリー消滅の原因は、農耕文化ということでした。共同作業を集団で仲良くやることが必要で、他と差別化することが嫌われる文化。人と違ったアクセサリーを着けてたら、簡単に諸問題に発展しそうです。
著者の結論も一部はそこに行き着いたようで。当然、もっと複雑なわけですけども。
まず、狩猟採集生活というのは、移動が前提だから、財産を持ち歩く形にするのが基本。それで財産を身に着けるアクセサリーとして持ち歩くということ。もちろん、財産の誇示という意味合いもあるのでしょうが。これを裏付けるのがアイヌの民。彼らはアクセサリーの空白がなかったそうです。ヨーロッパのロマ(ジプシー)も同様に、アクセサリーを身に着けるのが基本。農耕生活だと、そういう考えには及ばないのでしょうね。もうひとつ、農耕の作業をするには単純にアクセサリーは邪魔だということも。
そんなことと、先に述べた天皇制や宗教の影響、それから島国という他から影響されにくい地理的な条件が重なって、アクセサリーの空白期間ができたのではないかという結論でした。

それでもなお、なんだか釈然としないような。もっと色々と複雑なファクターが絡み合って、アクセサリーが消えていったのでしょうね。何にしても、日本の文化というのはオリジナリティとしては相当なものがあると思われ、その原因が辺境の島国であることと関係しているのは間違いないのですが。アクセサリーというひとつの事象を取り上げてみても、日本独自の歴史や文化が見えてきて、面白い本でした。
posted by nbm at 15:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 民俗学系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

知られざる近代化学の歴史

お盆休み中、とても興味深い事柄にぶちあたりました。テレビで紹介されていた廃墟。それは、九州のダム湖に沈んだ発電所跡だったのですが、アニメ「神霊狩 -GHOST HOUND-」で物語の鍵を握っていた廃墟にそっくり!調べてみると、とても興味深いものでした。

簡単に「神霊狩 -GHOST HOUND-」という作品を振り返ってみると、舞台は九州北部の山間部。3人の男子中学生が、<現世(うつしよ)>と<幽世(かくりよ)>を行き来しつつ、心理学や民俗学などをからめて生命科学にせまり、宗教から政治に至るまで様々な問題を内包しながら進んでいく物語でした。結局、問題提起ばっかりで、何が言いたかったのかわからなかったけど(笑)だって、話が広がり過ぎちゃってさ。今日はちょっとネタバレありかも。

この作品の中では、病院の廃墟として登場する印象的な建物、実はこの曾木発電所がモデルになっていたのですね?第1話を観返してみたら、まんまでした!総レンガ作りで、屋根を支える壁の前面部分にある特徴的な丸い窓。屋根に当たる部分が崩壊していて、三角の壁だけが残っている様子までも一致してます。
歴史を紐解いてみると、見た目だけでなく、興味深い事実がわかります。曽木発電所は、鹿児島県大口市にあります。明治40年に建造され、電力を供給するようになったわけですが、明治42年に建てられた第2発電所がモデルになった建物だと思われます。最大可能発電量は6700キロワット。ドイツのシーメンス社製の発電機を使い、当時としては国内最大の電力量を供給し、一般家庭をはじめ、近郊の炭鉱や工場にその電力が送られていたそうな。そしてそれでも余った電力は、水俣まで送られ、カーバイドの工場などに利用されたということです。昭和40年に下流に新たな発電所ができてダム湖に沈むまでは稼動していたようです。そして、夏場に水位が下がる度に、その姿を現すのみとなりました。
”水俣”といえば、水俣病。日本チッソという企業名が浮かびます。曽木発電所を作った曽木電気の創業者・野口遵(したがう)は、シーメンスの日本出張所で働き、そこで様々なノウハウを身につけた後にこの曽木電気を創立。もともとカーバイドの生産を視野に入れて発電所を作ったともいわれていて、明治40年に水俣につくられた日本カーバイド商会と曽木電気が翌年には合併。それが、日本窒素肥料株式会社。つまり、水俣病の原因を作った日本チッソ。

ここで「神霊狩 -GHOST HOUND-」に戻ると、九州の山奥に最先端の生命科学研究所が建てられていて、そこでは生命体を作り出す研究がなされ、その実験段階で生まれた生物ともなんともいえないものが、川に流出するという展開があります。なんだか繋がりませんか。

しかし、曽木電気から生まれたのは、日本チッソだけではないのです。アンモニア合成に成功したことから宮崎県延岡市にそれを利用した繊維工場を作る。それが、延岡アンモニア絹糸株式会社。現在の旭化成。もうひとつ、日本窒素肥料株式会社のプラスチック事業部門が、積水化学工業となったという…。
日本の化学工業の黎明期を担っていたのが、この曽木発電所を中心とした九州一帯だったということなのですよ。
ちなみにカーバイドというのはですね。炭素化合物の総称とされてますが、つまり超鋼。非常に硬い合金ですね。そして、もうひとつ。カーバイド・ランプってのがあるそうで、カーバイドと水を反応させてアセチレンで火を灯すというもの。昔の炭鉱などではよく使われていたのだそうですね。こういった工業の元となるようなものを独り占めするかのような企業が、九州にあったとは知りませんでした。

もうひとつ、ひっかかったのはシーメンス社。シーメンス事件ってありましたよね。日本海軍とシーメンス社との賄賂事件。「神霊狩 -GHOST HOUND-」でも、宗教を通じて、中央の政権と九州との繋がりが出てきたりするのですが、この辺も興味深いです。
こういった下地があってはじめて、ああいう奥深い物語になっていくのだな、と。

今回の記事を書くにあたっては、コチラの「九州ヘリテージ」さんを参考にさせていただきました。詳細な記述で大変興味深いことばかりでした。
今の図書館は、地域の歴史的資料収集よりもベストセラーを購入することが優先されているとその存在意義を疑問視されている記述を見たことがありますが、地元でしか知りえない細かな歴史が、こうしてネット上で展開されているのを見かけると、頼もしい気持ちになります。
こんなこと歴史の教科書には載らないからねぇ。
posted by nbm at 14:09| Comment(6) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月13日

G.G.の秘密

あ〜ほんとに頭がまわりません…。
なので、本日はお遊びです。

ふと気になった名前。
埼玉西武ライオンズに”G.G.佐藤”という選手がいますね。野球に暗い私は、この”G.G.”がどこからきているのかわからず、調べてみました。
答え…”爺”。中学生の時に顔がジジ臭いと言われていたから。
そんな安直な…(爆)
なんだかイタいキャラを演じている方のようですが、ファンからは愛されているようですね。

野球関係でもうひとり気になっていたのは、”おかわりくん”。どうでもいいけど、この人も西武ライオンズか…(苦笑)中村剛也選手ですね。なんで”おかわりくん”?
好きな言葉を聞かれた際に、「”おかわり”です」と答えたことからついた名だそうな。
単純に「もう1本打って」という意味の”おかわり”かと想像していたのですが。

こんなんでいいのか?西武ライオンズ?そういえば、なんだかユニフォームが一新しましたね。ずいぶんとシンプルになりました。帽子のロゴは「L」と「N」って読めるんだけど…よくわからんって思ってたら、西鉄ライオンズ時代の復刻版だったのか。なるほど。なんか古めかしいデザインだと思った。今年の主催試合限定モデルなんだね。
野球をほとんど観ないもので、ほんと知らなくてすんません。


ところで、名前のお話ですが、”爺”が”G.G.”ってのはどうかと思うけど、当て字のペンネームを思い出しました。
二葉亭四迷が、父親に「くたばってしめぇ」と言われたことに由来するというのは本当でしょうか。
有名なのは、江戸川乱歩ですかねぇ。エドガー・アラン・ポーからとってるわけですよね。でも、漢字にしただけで、なんだか独特の趣があって、作品の雰囲気にぴったりくるような気がします。
あと思い浮かべたのは呉田軽穂。グレタ・ガルボですね。これは松任谷由実さんのペンネーム。松田聖子の楽曲などに多く見られたような。
もうひとつは、市川崑監督が妻である和田夏十との共同脚本の時に使った久里子亭。アガサ・クリスティですね。もともと和田夏十(わだなっと)が二人の共同名義だったようですが。和田夏十ももともとは二人の共同名義で、奥さんの好きだったアナウンサーの和田さんという姓と、市川監督の好きだった俳優さんのドーナットという姓の組み合わせだそうです。

ペンネームの世界は奥が深そうなので、今回は欧米の人名になぞらえたものを挙げてみました。
ハンドルネームなんかを考えるときにも、自分はうまい名が浮かばなくてダンナさんのを借用してそのままにしているわけですが、名前を変えると、また別人格のようになることができるのかもしれませんね。創作する立場の人には大切なことなのかもしれません。






posted by nbm at 18:18| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月12日

気の長い話

ダラダラしている間に、ダンナさんもお盆休みに突入し、数日アニメ漬けになっておりました。エロ狐アニメ「かのこん」やら、ずっと見逃していた「パプリカ」やら、「神曲奏界ポリフォニカ」やら観ておりました。

「今年は、セミが鳴くのが遅いなぁ」と思っていたら、関東各地では話題になっていたようで、ニュースでも取り上げられていたとか。あまりに鳴かないので、何か天変地異の前触れではなどと危惧する声も聞こえたり…。ま、それはさておき、確かに今年は少しばかりセミの鳴き始めが遅かったようです。大体、梅雨明けと同時に鳴き出すのが通例のようなのですが。今年の関東の梅雨入りは平年より1週間ほど早く、6月2日頃。そして、梅雨明けはほぼ平年並みで7月19日頃だったそう。この辺でセミが鳴き始めたのは、7月ももう終わりの頃だったような気がします。樹木の有無や雨の降り方など地域的な条件にバラつきがありますし、簡単に比較ができないのですが、どうやら東京や神奈川などの南関東ではセミの出現が遅れている所が多かったようです。今年の梅雨は、少しばかりいつもより長めだったのかもしれません。でも、梅雨明けの時期は平年並みなんだよな。雨量も大体平年並みだったのかな。なんかあまり梅雨の時期に雨が降っていなかったような気もするのですが。たとえばニイニイゼミは、羽化の時期の土の乾燥の具合が、羽化する数と密接に関わっているという研究もあるようなのです。東京ではニイニイゼミが激減しているようで、この土の乾燥が激減の原因ではないかといわれています。コンクリートが多くなって幼虫が出てこれなくなったとか言う人もいるようですが、そうなったのは今に始まった話じゃないしねぇ。雨が少ないことがセミの出現を遅らせたり、数を減らしたりするとしても、今年に限って、気象条件でとりたてて特徴的なこともないような。なぜ、遅れたんですか、あなたたち?

大体ね。セミに関する記事を書こうと思い、図書館2箇所でセミに関する本を探してみましたが、ほとんどありません。それだけ、生態がまだナゾに包まれている昆虫といえるのかもしれませんね。一般的に、何年も土の中で幼虫として暮らして、羽化して成虫になってからは1週間くらいしか生きないと思われてませんか。私もそう思い込んでましたよ。ところが、これはアブラゼミに限ったことで、実はセミの成虫は1ヶ月近く生きているらいしですよ。成虫の飼育が極端に難しく、長期間飼育することができないために、1週間しか生きられないという説が一般化してしまったらしい。もしかしたら、アブラゼミだって、もっと長生きなのかも。成虫を観察できる期間が短いので、研究も進まないんでしょうね。関係ないけど、道端にコロコロと転がってる死骸はたいていアブラゼミなんだよなぁ。死に方にも種類によって違いがあるんかいな。
セミはまず、卵でいる期間が長い種類が多いらしい。長いやつは1年も卵のまま。で、幼虫になって1〜5年程度で成虫になる種が多い。17年ゼミなんてやつもいるわけだから、気の長い話ですが。ちなみにこの17年ゼミは周期ゼミと言われるやつらで、素数の年数地中に待機してれば、他のセミの周期とぶつかりにくく、餌にありつくことが容易になるからそんな年数で出現すると考えられているとか。不思議ですね。
セミが鳴くという行為は、生殖する相手をオスが呼んでいるのらしい。でもそれだけでなく、多少はコミュニケーションの手段として鳴くこともあるようです。ただし、種ごとの周波数が決まってるのか、仲間の鳴く声を含む限られた範囲の音しか判別できないらしい。かのファーブルによると、デカい大砲の音がしてもセミは平然と鳴いていたというし。
もひとつ面白いと思ったのは、たとえばミンミンゼミ。関西地方だと山の中にいるそうですが、関東だとなぜか平地の公園のようなところにいるそうですね。近年、クマゼミが棲息地を北に広げているようですが、こいつらも山でなく平地にいるそうですね。都市化された地域に多いとか。都市の方が暖かいということか?分布の仕方にもナゾが多いです。山の方が暮らしやすそうなのに。

「アリとキリギリス」の話が、実は「アリとセミ」だったという話は有名だと思うのですが、ギリシャあたりで生まれた話が、本来セミは暖かいところにいる昆虫なので、伝わった先のヨーロッパ地域や北米にもセミがいないわけじゃないけどその存在感が薄くて、キリギリスに変えられてしまったとか。北の方のセミは、日本のセミほど大きくなかったり、泣き声もインパクトに欠けるらしいですね。

セミの声がいつまで経っても聞こえないことが気になっていたこの夏。セミの声なんてウルサくて、ウザいだけだと思っていたのですが、まったく聞こえないとどこかしら夏らしくないような気がするもので。今はそこここでバンバン鳴いてますがね。
数年に1度地上に出てくるヤツら。森を掘り起こしたら、待機中のヤツらがたくさん埋まってるはずなんですよねぇ。こいつはあと1年とか、あいつはあと5年とか。そんなのが番号札つけてるみたいに、うじゃうじゃ。そんな最中に宅地開発されちゃったら、永遠に埋められてしまうわけだけど。ほぼ、子孫を残すためだけにほんの短い間地上に出てくる。砂漠地帯で雨を待って休眠しているエビとか、偶発する自然火災によって発芽することを待っている植物とか、そんなものを思い出します。
posted by nbm at 12:14| Comment(3) | TrackBack(0) | 自然科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月06日

風向きに注意!

今年は変だなぁと思っていたこと。つい数日前まで、蝉の鳴き声をまったく聞かなかったこと。ちゃんとした雨が降ってくれないこと。この2点がずっと気になってました。蝉の方は、例年よりも随分と遅れて鳴きだしたようなので、ひとまずよしとしよう。問題は雨。このところの豪雨は報道されている通りなのですが、うちの方はほとんど降りません。一体なぜ?数日前、やっと雷雨らしい雷雨が来ましたが、それもほんの短時間。本当に雨雲がやって来ない。長時間まとまって降る雨がありません。不思議だ。周囲は降ってるのになぁ。

昼の情報番組で、気象予報士の森明さんが今回のゲリラ豪雨をわかりやすく説明されてました。特徴は、通常は北から南に流れるはずの雲が、南から北へと流れていたということ。通常は、温まった地表の空気が関東北部の山に当たって上昇気流が生まれ積乱雲が発生し、それがだんだんと南下していく。積乱雲が南下して進めば、雨が降ったところは地表面付近の温度が下がり、雲が通り過ぎた後は涼しくなるはず。ところが、今回は進行方向が逆。南から積乱雲が発生し、北に進む。この場合、雲が通り過ぎても地表の温度は下がることがなく、つまり温かいままなので、その温かい空気が上昇して積乱雲を作るということを繰り返しながら北へ進むことに。昨夜の湿度ったらなかったわけですが、こういうメカニズムだったのか。南から来ると、雨が降っても涼しくはならないわけね。積乱雲が短時間での発生と衰退を繰り返しながら進むので、ピンポイント的な豪雨になるという。
予測が難しいのではという問いに対して、森さんは非常にわかりやすい例えで説明していました。お鍋でお湯を沸かしたときに、泡がどこで発生するかわからないのと同じことだと。でも、鍋全体が温まっているということはわかると。ゲリラ豪雨がどこでいつ発生するかはわからないけど、この範囲は発生する危険性が高いですよと警告することはできるというわけですね。
昨日の豪雨。うちの方から豊島区方面に”かなとこ雲”みたいな雲が観察できました。積乱雲のてっぺんが横に長く伸びている雲でした。これはヤバイんじゃないのかと思ってたら、ほんとうにヤバかったみたいですね。”かなとこ雲”ってのは、積乱雲は発達しても垂直方向には対流圏があってフツーはそこで頭打ちとなってそれ以上に縦に成長することはなく、対流圏にぶち当たるまでは縦に成長し、そこから先は横に成長していく。すると、できた形が”かなとこ”のようになるというわけで。でもこれって、真下にいたらわからんよね。遠く離れた横ちょから見るから”かなとこ”に見えるわけで。やはり、雲の色が黒かったり、急に風が巻き起こったりしたらゲリラ雷雨の前兆と考えるべきでしょう。
以前、このブログでゲリラ豪雨について書いたとき(記事はコチラ)、研究者の方が指摘していた、風向きとゲリラ豪雨が発生する位置というのがありましたが、昨日はその説にドンピシャはまってました。南風の時は、池袋のビル群にあたってその北側あたりがやられる、と。東風なら新宿の西側や、汐留にあたって品川辺りがやられる。もちろん、そんなに簡単には予測できないことでしょうが、十分に参考になるのでは?
あとは、河川の流れを頭に入れておくことも必要になってくるかもしれませんね。川がどこを水源としていて、どこを通って流れているのが。水源や途中の道筋で豪雨があれば、下流が増水するのは時間の問題。地元の人なら感覚的にわかるサインもあるかもしれませんが、特に遊びに行く先の川については、事前に調べておく必要があるのかもしれません。

今日も湿度が気持ち悪いんだよね。昨日ほどではないものの、今日も夕立があるかもしれないとのことですから。今日は東風のようですから、新宿の西側が注意すべきポイントになるかもしれませんね。


posted by nbm at 15:41| Comment(5) | TrackBack(0) | 自然科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月04日

人生いろいろー!

なんだか気力がなくて、更新が滞りがちで申し訳ありません。先月の投稿数の少なさったらないですね。自分でもびっくりだよ。
毎日、暑い日が続いておりますね。皆さん、水分は十分に摂取されていますか。特に年配からお年寄りの方は注意です。歳を重ねれば体の機能が弱ってくるのはもちろんですが、夏の暑さは昔より確実に増してます。昔と同じような感覚でいると、いけませんよ。暑いときはなるべく活動しない。そしてなるべく涼しくして、水分を飲みすぎかと思うくらい摂ってください。そのくらいできっとちょうどいい摂取量になると思います。夜中にトイレに起きるのがイヤとか思わないでください。倒れるのとトイレに起きるのとどっちがいいですか。しかし、冷たい飲み物はダメです。温かいのみものか常温のもの。そしてカフェインが入っていないものです。要するに、水か麦茶が最適。夏は塩分を多少多めに摂るのも大事ですが。
なんであらためてこんなことをいうのかといえば、友人が腎臓結石になったと聞きまして。まだ石が体外に出ず、苦しんでいるようで。私も結石経験者として、水分の摂取には気をつけているつもりなのですが、夏から秋にかけてが、結石が多く発症する時期だと医者から聞いてます。夏場は水分の摂取量が足りず、結石ができやすくなるらしいです。で、秋口になって大きく熟成された石が暴れだすという具合。
あれほどの痛みを私は他に知りません。あまりの痛みに吐いたほどで(笑)体質によるものが大きいらしいですけどね。食べ物は関係ないって医者は言ってました。私も兄がやはり結石持ちで。自分も2度なってますし。なる人はなるけど、ならない人はならない(笑)
熱中症はもちろん、脳梗塞や心筋梗塞なんかを防ぐためにも、水分はたくさん摂った方がいいはず。身体の水分量を推し量るのに、私は、変な話ですけど、尿の色をバロメーターにしています。

と、前置きが長くなりました。
今日は、職業についてのお話です。
昨日、何の気なしに観ていた昼間のドキュメント番組。ジャンクなお仕事をしている方を追ったもの。最初に紹介されていたのは地味屋。地面に落ちているお金を拾って生計を立てている人。地面を見るから”じみや”というそうです。渋谷の排水溝や自販機のまわりなどを探してました。けっこう見つかるもんですね、落ちてるお金って。一晩で3千円近く見つけてましたよ。びっくりしたわ。もちろん、それなりのノウハウが必要だと思いますけど。排水溝に落ちたお金は、銅でできてる5円玉なんかだと特に、数年放って置いたら融けてなくなってしまうのだそうですよ。そうなる前に救出してあげないとね。1円だってムダにできない。そういうお金をいつくしむ気持ちを教えられました。
そして、次に紹介されていたのはマンガ読み。まぁ、これはこの方のオリジナルのパフォーマンスが、才能があってたまたま職業としてなりたっているということですね。下北沢の街角でマンガ本をお客さんに見せながらそれを”演じて”いる力丸さんという方でした。とっても声の良い方で、演技力があって、迫力があって、私はなんだか涙が出ました。ちょっとだけのカットだったし、マンガの内容なんて全然わからないんだけど、彼の声は心に響くものがあったんですよね。単純に「すごい!」と思った。テレビの画面でさえそう思ったんですから、実際に観たらもっと感動するんだろうな。ひきこもりだった経験もあり、彼が人に接するときの当たりのやわらかさとか、自分を”ダメ人間”だと言い切るところとか、なんだかすごく好感が持てました。自分の部屋はものすごく汚いのに(笑)、マンガ読みをしている街角を掃除して帰ったりとかね。興味のある方は、夜9時くらいに下北沢へ行ってみてください。
もう一人の方は、パントマイマーでした。その方は代々木公園のテントで暮らしているとのことだったのですが、意外だったのは都が公園内の敷地を区画整理して鉄パイプの柱を立て、柱ごとにテントを張るように指導しているということ。新宿西口のように強制撤去していることしかしらなかったので、こんなこともしてたのかってね。

そして、深夜の番組「情熱大陸」で紹介されていたのは、海水魚卸販売業をされている石垣幸二という方でした。日本だけでなく世界各国の水族館で展示される魚を調達するというお仕事。水族館のお魚さんたちが、どういうルートを辿って展示されるに至るかなんて考えたこともなかったけど、こんなお仕事があるのですねぇ。たまに珍しい深海魚とかが上がると、水族館に保護されるというかそんな話は聞きますが、注文に従って珍しい魚を世界の海から捕獲してくるとか、自分が見つけてきた変な海の生き物を水族館に売り込むとか、そんなお仕事が成立するんだね。
あらためて、世の中にはいろんな職業があるのだなぁと思ったわけです。たとえば、「情熱大陸」のHPの過去の放送の一覧を見ても、職業の多さは一目瞭然。以前、「13歳のハローワーク」という本が以前話題になりましたが、その本にも様々な職業が掲載されてましたっけ。一覧して、世の中にはこれだけ多様な職業があると認識するだけでも、子供たちにはいい刺激になるんじゃないかなと思いましたねぇ。あれだけたくさんの選択肢を並べられたら、自分にも何かできるものややりたいことが見つかるはずって思える気がする。それは、自分の現在の職業に悩み迷っている大人が見ても、感じるものがあるのではないでしょうかね。
私が今回とりあげたいのは、職業の多様性であって、それで食べていけるかどうかは別問題。その対価である収入で暮らしていけなければ、ある意味”職業”とはいえないのかもしれないけど。逆に言えば、収入はさておき、「その仕事が好きだから」とか、「世のため人のために」とか、役割としての職業にのめりこむ人だってかなりいるはずで、お金が稼げるかどうかなんて、極端にいえば関係ないんですからね。

ちょっと、視点を変えて…。
FC東京の”グレイタイプ”羽生直剛選手のインタビューをテレビで見たのですが、面白いことを言ってました。羽生選手といえば、以前はジェフ千葉所属でオシム・チルドレンと呼ばれていた一人です。日本代表としても活躍してますが、批判的な見方をする人たちからは”オシム枠”と言われてました。つまり、オシムさんの独断でメンバーに選出されているだけで、実力的には代表レベルではないという意味。私は基本的にアグレッシブに動き回るようなプレー・スタイルの選手が好きなので、好きな選手の一人なのですが。彼の特徴は、豊富な運動量。前線でかき回すのが得意なんです。
で、本人がジェフ千葉時代にオシムさんに言われたことは、「フィジカル・コンタクトを受けない選手がいてもいい」ということ。フツーに考えれば、たとえばガタイのいい外国人選手とぶつかりあっても負けないくらいフィジカルを鍛えろって話になりがちなわけですが、敢えて「おまえは当たるな」と言われたわけですね。当たられないくらい動き回れってことですよね。そう指導されて、羽生選手独特のスタイルができているって合点がいったんですよ。ガッテン、ガッテン、ガッテン…。
必ずしも、直接自分が華々しく点に絡む必要は無い。陰に徹して、他の選手が得点しやすいように動いて動いて動きまくる。それが、彼の役割ということなんですよね。やっぱりオシムさんは、いい指導をするなぁって思っちゃうわけですよ。

人にはそれぞれ役割がある。
それが生きてるうちに自分で見つけられるかどうかだよね。ほんとにそう思う。


posted by nbm at 11:20| Comment(5) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする