2008年12月24日

精衛填海

年の瀬ですねぇ。現在、毎年恒例となった「nbm大賞」を鋭意審査中なのですが、まだ時間がかかりそうです。
様々なところで、色々な賞が選定されているこの頃ですが、今日は「YouTube Video Awards Japan 2008」ってのを見つけました。詳しくはコチラ。いろんな部門がありますが、それぞれになかなか面白い動画の数々。日常的にYouTubeを観ている方にとっては、すでにおなじみの動画もたくさんあるでしょうが。特に、「映画とアニメ」部門がさすがに力作揃いです。セミプロ的なニオイのする作品もありますが、これでこそ動画を配信するYouTubeの面目躍如という感じ。お時間のある方はどうぞご覧になってみてください。

さて、今年読もうと思って読みきれなかった本を、これまた駆け込みで読もうとがんばっているわけですが、またまた『怪力乱神』からの話題です。
カレル・チャペックが”ロボット”という名前を初めて使ってから8年経った昭和3年、京都で開催された昭和天皇即位記念博覧会に、東洋初の人間型ロボットが出品されました。その名は”學天則”。俳優・西村晃さんのお父様、生物学者だった西村真琴さん(当時は大阪毎日新聞の論説委員)が制作したものです。どこかでキンキラキンの學天則の画像を見たことがあったのですが、現物は行方不明ということなので、レプリカの写真だったのでしょうか。顔は、世界の各人種の特長を融合してデザインし、胸には世界平和を願ったコスモスが。光があたるとニッコリやさしく微笑み、左手の霊感灯にインスピレーションを受けると、右手の鏑矢で文字を書くという動作や、目を左右に動かしたり、ウィンクもできたのだそうですね。一見、金色の仏像が大きな机の前に座っているように見えます。
今年4月、大阪市立博物館が學天則のレプリカを作成し、その後展示されているといいます。資料が少ない為、厳密な復元とはいかないようですし、ドラム式制御の機構模型も作られたようですが、コンピュータ制御で動くレプリカが作られました。レプリカについて、詳しくはコチラをどうぞ。

この「學天則」という名前は、”天則”つまり「自然のことわり」に学ぼうという意味。人間の奴隷として働く機械的なロボットではなく、未来を人間とともに歩む人工的な生物を作ろうとしたようで、筋肉や血管を想像させるゴムチューブを用いて、圧縮空気で動かすことを基本として作られたとのこと。スムーズに動くように、また反射運動などを研究して作られたのだそう。科学技術が戦争に悪用されることを危惧していた西村さんは、ロボットも人間も科学も、天則の一部であるべきだとの理想を込めて學天則を作ったというのですが…。

その後、昭和6年に満州事変が勃発。西村さんは、医療奉仕団を組織して中国に渡り、戦争被災者を救援したそうです。戦禍で廃墟となった町で、飛べなくなった子鳩を拾い、町の名から「三義」と名づけられたその子鳩を日本に連れ帰って、日本の鳩と一緒に飼育したのだとか。この三義と日本の鳩との間に子鳩が生まれたら、平和友好の象徴として上海市に贈るつもりだったものが、三義はイタチに襲われて死んでしまい…。西村さんは自宅の庭に三義の墓「三義塔」を作り、三義を描いた絵に「西東国こそ異(ちが)え子鳩等は親善(したしみ)あえり一つ巣箱に」という和歌を添えて、上海在住の魯迅に贈ったそうな。これに感銘を受けた魯迅は、西村さんに「三義塔に題す」という詩を贈る。こんなことがあったのですか。原文は難しいので、訳の一部を載せます。
あなたの博愛の心に出会って死地を脱した鳩は、結局亡くなったものの、日本に気高い石碑を残しました。伝説の精衛は、人生の夢が覚めて転生したあとも、なおくちばしに小石をくわえて運び続けました。私たちもあきらめず、戦争へと向う時流をおしとどめるために、いっしょに頑張りましょう。いつか両国の民草は、長く悲惨な歳月を乗り越え、兄弟として再会する時が来るでしょう。互いに一笑すれば、きっと深い恨みも消えることでしょう。

現在、三義塚は豊中市中央公民館に移され、対峙するように、この魯迅の詩が刻まれた石碑が建造されたそうです。写真はコチラの豊中市日本中国友好協会のHPにありました。魯迅の詩の原文と読み下し文もあります。
この中の「精衛」というのは、中国の神話上のもので、鳥の姿をした女性の霊。カラスくらいの大きさで、首には文様があり、くちばしが白くて足が赤い。もともと炎帝の娘だったが、東の海で亡くなったために、その魂が「精衛」となって、西の山から木の枝や小石を運んで東の海に運び、自らを溺死させた海を埋めてなくそうとしているという「精衛填海」という寓話。永久に続く、報われない労働のことらしいのだけれども、魯迅先生は希望的に引用したのかな。
実は、身近に接した中国人には、正直なところあまり良い印象をもっていないのですが、それはあくまでも個人的な話ということで…。ケンカや戦争をするよりは、友好的に平和でいた方がよいとは思うし、世界経済がどん底に向う中で、中国くらいはがんばってもらって世界を牽引してもらいたいという希望も含め、珍しくこんな話題を取り上げた次第です。

ちなみに、荒俣宏原作の『帝都物語』(1988)の映画版には、西村真琴さんが登場するのだそうですが(昔観たのに全然憶えてない…)、息子さんである西村晃さんが演じているという話は有名な逸話なようですね。

いつもながら、国は違えど、こういう風に個人レベルで友達になれたら、戦争なんて起こす気にならないのにと思います。そんな単純な話じゃないのもわかってるんだけど。
それから、「現地に足を運ぶ」ってことの大事さについて、最近またひしひしと感じているので、それもそのうちまた書こうかなと考えております。

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2008年12月22日

谷原!

いやぁ、久しぶりにバカ映画発見!
あんまり内容を知らずに、動くサーベルタイガーの映像が観たいというだけで借りてみた『紀元前1万年』(2008)。サーベルタイガーは登場シーンが少なくて期待はずれだったけど、ツッコミどころ満載で、笑った、笑った!これって、コメディ映画だよね?えっ、違うの?なんか期待して劇場に観に行っちゃった人の大半は、怒ってるだろうなぁ(笑)ローランド・エメリッヒだしさ。まぁ、許してあげようよ。今日はネタバレありね。たぶん、こんな作品観る人少ないだろうし、いいでしょ。
ローランド・エメリッヒと言えば、やっぱり『スターゲイト』(1994)は傑作だったと思うのだけれども、『紀元前1万年』でもピラミッドが出てくるのよねん。時代考証無視かよ!(爆)そして、それを建造させてるのは”宇宙人”とか”神”とか言われてるわけだ。『スターゲイト』では、ピラミッドを建造するような文化をもたらしたのは、思いっきり宇宙人だったんだけど、『紀元前1万年』では、”神”とか呼ばれながらも、結局ただの人間だったんじゃねーの的な扱いになってる。”神”という権力が崩壊して、民衆の勝利となるわけよ。
おっと、あらすじを説明してませんでしたね。主人公デレーの住む集落に、ある日青い目の少女エバレットがやってきて、このエバレットとデレーとの未来を巫母が預言するわけだけど、2人が成長した後、雪が積もるこの村が襲撃されて、美しいエバレットや男たちが奴隷として連れ去られてしまうのね。それをデレーたちが助けに向う途中、アフリカ人らしき黒人の部族がたくさん集結してくれたりして、ここってアフリカ大陸だったの?と気付く。で、途中から奴隷たちは川を舟で運ばれるのだけれども、「あれれ?ファルッカみたいのがでてきたぞ」と思ってたら、着いた先にはピラミッド。しかも、太陽の船みたいなもんもあるから、たぶんギザ(?)。んー、”紀元前1万年”だったよね?だけどもう真正ピラミッド作ってます。階段ピラミッドでさえない。で、建造にマンモスが使われてる!(爆)自由な発想だ!舟をもたないデレーたちは、陸路で広大な砂漠を渡って、舟が行き着く先を目指すのよ。ってことはさ。目的地がエジプトで、南から北に向かって砂漠を渡ったってことだよね?だけど、出発点は雪が降っている、白色人種が暮らす地域なわけだ。どこだよ、それ?ここ、ツッコんじゃいけないところだね、きっと。まさか南極からエジプトまで途中サハラ砂漠を縦断して旅したとか言わないよね?って、あらすじ説明してたんだったっけ?そんなの、どうでもいい作品だから、いいか(笑)
ピラミッドが出てくるからって、ギザって決めちゃいけないっていう考え方もあるね。だけど、物語のキーになってくるのがオリオン座なんだ。そうすると、やっぱりギザを連想するよね。とはいっても、オリオン座のことについてもさほど語られてないんだけどね。一体あれは何だったのか…。

出てくる古代生物で、何が怖いって、鳥が怖い。ジャイアントモアのおばけみたいなデカい鳥。ニュージーランドがこの映画の製作国のひとつになってるけど、関係あんのか?サーベルタイガーは溺れてるし、なついちゃって怖くないのに、鳥が怖いって何だよ!(笑)

でね。エンディングでは、主人公デレーが農耕文化を自分の村に持ち帰るっておまけつきなんだけど、それもちと早いような…。いいんだ、もうこうなったら、なんでもアリだな(笑)

言葉もね。すごく発達してフツーにしゃべってるし(当然、主人公サイドは英語)、部族間で通訳もできたりしてさ。だけど笑っちゃうのが、「ヤハラー!」っていう掛け声なんだよね。この辺の人は「谷原ー!」にしか聞こえないから、絶対笑うよ。目白通りと笹目通りの交差点ね。「やわら」って呼んだりもするんだけど。

いやー、面白かった。期待していたものとはまったく違ったんだけど、観始めてから、観方を変えたのでセーフ。観ながら何度画面にツッコミを入れたことか!(爆)そうしないと、単なる駄作で終わってしまうタイプの作品でした。この作品を「面白い!」と言えるのは、映画にまったくこだわりのない人か、ローランド・エメリッヒなら許してやるかっていう人のどっちかだな。

posted by nbm at 11:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月20日

六つ子の魂百まで

出来上がった年賀状を届けに、実家へ。しかし、車を運転するというのは、やはり苦手なようで、本当に神経使って疲れます。みんなそうなのかな。
会話の中から、矢継ぎ早に、母がいろんなことを質問してくるので、いちいち細かく説明していると、「あなたの頭の中は一体どうなってるの?」と言われる。今まで親子の会話の中で、何度となく言われてきたことなのだけれども、母には不思議で仕方がない様子。私にしてみれば、よくもこんなくだらない情報が脳ミソに詰まっているものだなと、自分のことながら感心する。普段使わない脳の引き出しを、母に引っ張り出されている感覚を憶える。例えば、「印紙税ってどうなってるの?」と聞かれたりして。会社勤めをしていたときには、日常的に触れていた印紙税なのだけれども、仕事を辞めてかなり経っているので細部は忘れてしまったものの、印紙の金額はこんな風に決まってるという大雑把な話をしたりして。かと思えば、地デジ化の話からケーブルテレビやHDDレコーダーの話、温風ヒーターの調子が悪いというので、とりあえずは背面のファン部分を掃除してみることを勧めたり。
父はずっと下痢が続いていたので、何が悪いのか原因を探っていったら、医者にもらっていた胃腸薬を飲むと下痢をするらしいことがわかったという。その話は聞いていたのだけれども、実際に薬の説明書きを見せてもらうと、注意書きとして「牛乳アレルギーの方は医師に相談を」と書いてある。そんなところを両親が読んでいるはずもなく…。お父さん、あなた牛乳はダメじゃないですか。下痢をするのは当然です(笑)父本人はいつも温めた牛乳を飲んでいて、大丈夫だと思っていたようで。しかし、母に言わせると、冷たいままの牛乳を飲むと必ずお腹を壊すとのことで。医者が薬の副作用を事前に確認しなかったのか、父が大丈夫だと返事をしたからなのか、わからんのですが。とにかく、薬をもらったら、どういった副作用があるのか説明書きをよく読むように言っておいた。今まで、そんなもの読んだ事がないとのたまうので…。

さっき、テレビで茂木健一郎さんがおにぎりをにぎりながら言っていた。「パパ」をテーマにした番組で、いろんな人が”パパむすび”を作りながら、父と子について語るわけだ。茂木さんは、子供の頃に父に連れて行ってもらって実際に観たことは忘れない、と言っていた。子供の頃、お父さんと月の石を観に行ったとのこと。
私も、父に連れられて変なモノを観た記憶がある。最近流行りだけど、先日も、Google Earthなんかをきっかけに、俯瞰の映像を紹介する番組があって、新宿副都心の今の映像と昔の写真が出てきた。広大な淀橋浄水場跡に建設された高層ビル群。まだ高層ビルが建ち始めたばかりの写真を観て、懐かしく思う。うちのダンナさんは、やはりお父さんに連れられて、一番最初に建設された京王プラザビルに行ったと言っていたのだけれども、私が小学生の頃に父に連れられて行ったのは出来立ての住友ビルだったと思う。その時、三井ビルも建っていたのかなぁ。でもとにかくまだ高い建物はそんなになくて、見晴らしが良かったことだけは憶えているのよね。そして、真ん中が空洞になった三角形の不思議な形の建物が、強烈な印象を残したのは確かで。建築物に興味があるのは、この経験からきているのかもと思ったりして。
他にも、ポンペイ展とか、爬虫類展とか、父に連れて行かれたことを記憶しているのですが、考古学に興味を持ったのは間違いなく父の影響ですね。原点はローマの水道橋だったのかも。家のテレビでも自然科学系の番組や動物番組を観る機会が多かったですし、父と出かけると必ず本を1冊買ってくれたので、ここぞとばかりに分厚い本を買ってもらって、繰り返し読んでいたのも憶えています。そうして父と出かけた回数は小学生の頃限定でしたし、決して多くはなかったと思うのですが、鮮烈に憶えてますねぇ。兄たちとは歳が離れていて、当時すでに中・高生だったはずで、そういったお出かけは常に父と二人きりでした。母はなぜ一緒じゃなかったのかといえば、たぶんパートの仕事で日曜は出勤していることが多かったからだと思います。

父に買ってもらった本の中に、怖い民話を集めた本があって、鬼が醤油を飲む話とかが出てきたのですが、これも民話や民俗学、そして怪談などに興味を持つ下地になったのかもしれません。「三つ子の魂百まで」というのは、もっと幼い頃のことをさすのでしょうが、小学生の頃に、父のおかげで自身に印象づけられたことが多いことに、いまさらながらに気付くわけです。ごくフツーの兄二人とは異なり、奇妙な嗜好を持つ人間に育ったのは、父のせいと言えるのかもしれません(笑)

posted by nbm at 11:24| Comment(2) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月19日

首を切る

数百人、数千人という単位での首切りの話が飛び交う今日この頃。暗澹たる気持ちになります。
この「首を切る」という言葉。あまり深く考えたことがなかったのですが、その昔は言葉どおりに「首を切って」いたのですよね?いらなくなった家臣とかの。罪人の首を切るというイメージはわかりやすいですが、どうにも残酷に思えます。今日は少しばかりグロ注意かも。

「首」という字は、頭部全体の象形文字で、胴体から抜け出た首ということらしい。ちなみに、この「首」に関連する漢字は意外なものがたくさんある。例えば「県」というのは、首をさかさにした形」で、切断した首を高い所からぶらさげることを示すのだそうだ。「懸」、つまり「かけてぶらさげる」と同じ。実は、殷時代の中国では、軒下に人の首を吊るす習慣があったそうで、変な人がうろつかないようにという常夜灯のような役目をしていたとか…。それから「古」は冠や髪飾りでまつってある頭蓋骨のこと。干からびて固くなった昔のものという意味。「固」とか「枯」も同系。ここまでは藤堂明保さんの説。一方、白川静さんの説によると、「白」は白骨化した髑髏の形で、白色。偉大な指導者や強敵の首は髑髏として保存されたそうで、そういう人を「伯」というのだそうな。それから「道」道中の悪霊を払うために、異族の首を携えて外に通ずる道を進むことなんだってさ。これらはみな『怪力乱神』(加藤徹 著)に載っていたことなのだけど。

戦国時代なんかを思い出すと、戦で敵の大将の首を取ってくるなんて話が出てきますよね。これは「首取り」。呪術的な意味で首を狩る「首狩り」とは全然違うんだね。「首取り」は敵をやっつけた証拠で、褒美を受け取るためのものであるけど、「首狩り」はよそ者の首を狩って魔除けに使ったりするらしい。

北欧やケルトでも、人頭崇拝というのは見られるようなのですが、古代中国もそうで、死ぬときに首を切り離されることを極端に恐れたのだそうです。以前お話した「魂」と「魄」。死んでも「魄」は死体とともに地に留まっているから、器としての死体を完全なまま残そうと考えたからです。そういった感覚の名残か、人体解剖のような死体を傷つける行為は忌み嫌われていたようで、西洋のような解剖学を基礎とした医学とはかけ離れた独自の医学を発展させることになったようです。

斬首刑というのがありますが、日本では重い刑という感覚がありますよね。切腹できれば、その方が面目が保たれるような。腹のうちを文字通りさらすことで、身の潔白や自分の誠意を示そうとする。ちなみに、これが西洋だと、同じ割腹するのでも、憤怒などを印象付けるパフォーマンスの意味が大きいようで。話がちょっとそれちゃったけど、中国でも上記のような理由から体を損壊することが極端に忌み嫌われたので、斬首や解剖刑は重い刑と考えられていたよう。
しかし、西洋だと貴族がギロチンにかけられ、魔女が火あぶりにされたように、実はギロチンというのは苦痛が少なく、人道的(?)な処刑方法なのだそうですよ。
唐沢俊一さんの本にあったのですが、古い文献には、頚部特に喉のあたりを切るという行為は体に麻酔をしたような反応が現れると書いてあるのだそうです。つまり、首を切ると、あまり苦痛を感じないで死ぬことができるらしい。昔、非力で気弱な女性が自決するときに小刀を喉につきたてたのは、こういうことからだったのではないかとのこと。とはいえ、誰も確認できませんね、そんなこと。本当かどうかはわかりませんが、小動物は、肉食動物に首をがぶりとやられると、脳内麻薬が働いて苦痛を感じなくなるという話も聞きますね。鳥や羊なんかをしめるシーンを見たりすると、やはり首を切ったり折ったりしているような記憶がありますし。脳内麻薬のスイッチは頚部にあるんだろうか?
監察医を長くされていた上野正彦さんによると、苦痛を感じないで死ぬ方法というのは存在しないそうです。ただ、たとえばギロチンだったら、その苦痛が一瞬で済むはずで、そういうことから人道的と言われるのでしょうか。死に至る苦しみを感じると、脳内麻薬が分泌されるというのはあるかもしれませんが。

日本の歴史を振り返ると、さらし首というのが残酷に感じるのかもしれませんね。何よりサムライの文化では、恥というのを極端におそれたわけですし。だけど、苦痛自体は案外少ないのかもしれないのですね。それが意外だったのと、「首」という字や象徴としての「首」が、権力や賞罰といった事柄に関わっていることが多いのが気になりました。頭部というのは、やはりその人自身の象徴であり、重要な部位ということなのでしょうね。
posted by nbm at 11:38| Comment(5) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月15日

日本典型

先日、野又穣さんの日本橋での作品展に行った折、画廊の片隅に置かれていたチラシが目に止まりました。
柴田敏雄さんという写真家の方の展覧会のチラシが2つ。小金井市の双ギャラリーでの個展もあるのですが、ちょいと行きにくいか。しかしちょうど今、東京都写真美術館で「ランドスケープ」という展覧会が開催されています。詳しくはコチラ
チラシを観て、一目でその写真に惚れこんでしまい、図書館で写真集を検索してみたら、最初の写真集がありました。書庫に眠っていたのを出してもらい、借りてきました。それが「日本典型」。もともと、芸大で絵画や版画を勉強されていたようですが、ベルギー留学時代に写真に目覚め、以降は写真という表現方法をとっているのだそうです。構図がね、どこか絵画的なのですよね。ただの写真とは思えない。絵画を経て写真に辿り付いたという経歴を知って、妙に納得します。
「日本典型」での1枚目の写真が、この「作品1」。特になんということもない写真に見えるかもしれません。
出くわした瞬間にハッと感じるところがあって、無心で撮影しましたが、今見ても素直に対象のフォルムに反応していると思います。しかし、当時の自分にはこの写真のよさがさほどわからず、かなり後になって人のアドバイスもあって自分の作品として見直した記憶があります。普段の自分と撮影しているときの自分にはずいぶんと差異があって、撮影の時の自分は随分と先を行っていることを折に触れて感じます。

とご本人が語っておられるように、後の作品の方向性を決定付けた写真のようです。柴田さんの写真は、ダムなどの自然の中にある人工物が対象であることが多いようです。フツーの人なら見過ごすであろうその造形美を、見事に切り取っている写真です。土留めされた山肌、人口堰から垂直に落ちる水の流れ、規則的に並べられたテトラポッド。
写真展のチラシを一目観て、柴田敏雄さんの写真は、ちょうど鑑賞していた野又穣さんの描く世界と、どこか共通しているように思えました。写真展のチラシは、高知県大川村の赤い鉄橋を写したものでした。人間が造ったはずのモノでありながら、その向こうに人間が見えない。自然と人工物とが織り成す風景が、なぜか無機質で静謐な世界に見える。自然だけでもなく、人工物だけでもない。両者は融合しているようで、対照的でもあるようで。でも、どこかしら違和感を感じるような。フツーの景色であるはずなのに、ちぐはぐな印象を受けるのです。空想建築を描く野又さんの絵でそういった印象を受けるのは理解できるのですが、柴田さんの写真は現実にあるものを写しているのに、この印象って何だろう?
自然を懸命に飼いならそうとしている人間のあがきというか、そういうものが瞬間的に伝わってくるのかもしれません。話は飛びますが、小野不由美さんの壮大なファンタジー『十二国記』では、それぞれの国の王に麒麟が仕えるという話でしたが、王の大事な仕事のひとつとして<治水>ということが挙げられていたのが印象的でした。現代だって、ちょっと豪雨が降れば、河川が氾濫することは珍しくありません。ダムとか堤防とか、人工物に守られているから、さほど危険は感じないかもしれませんが。人はときには川の道筋を変えてまで、洪水や氾濫の被害を抑えようとしてきました。そういった自然と人工物、つまり人間とのせめぎ合いが、柴田さんの写真からは見てとれます。だけれども、写真を観た瞬間というのは、ただただその造詣の美しさにみとれるばかりで、そんなこと考えちゃいないんです。なのに、あとからボディ・ブローのようにじわじわとある種の不安感のようなものが湧いてくる。とっても、不思議です。
私は、ポーズを取ったり、何かを意図的に並べたりして写した写真があまり好みではありません。対象と向き合って、そのまま撮った写真に魅力を感じます。柴田さんの写真は、そこにあるものをそのまま撮っているにも関わらず、意図したかというまでに見事な造形になっているのがまた不思議な感覚です。
東京都写真美術館での展覧会は、2月初旬までやっているようなので、ぜひ観てきたいと思います。
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2008年12月09日

よくカラスと目が合う

図書館で本を借りるとき、小説や自然科学系の本だけでなく、瞬間的にちょっとだけ読めるようなタイプのくだらない本を一緒に借りることが多いのですが、今回この”くだらない担当”は『今日のつぶやき』リリー・フランキーのHPに投稿されてきた、2005〜2007年の3年間のネタを集めたものでした。まえがきにこうあります。
言葉でも、思考でもなく、その中間に位置した心の無人駅のような場所から、つぶやきはやってきます。

そう、人は言葉にしなくとも、常に何かをつぶやいています。好む好まざるにかかわらず、いつも、つぶやいているのです。
つぶやきに、恥じらいもモラルも、気遣いも、自尊心もなければ悪意もない。
故に、つぶやきは赤裸々です。


読んでると、半分はセックス絡みのネタで、人は口には出さないけど、こんなこと考えてるのかと思うと、少子化が危ぶまれる昨今だけど、わりと健全なんだなと思ったりして(笑)投稿ってスタイルを考えると、ウケねらいで言ってるってのも考えられるけど、それこそ赤裸々につぶやいている人が多い。
もうひとつ気になったのは、やっぱりニートちっくなものとか、仕事をしてなさそうなつぶやきが多いこと。やっぱり不況なんだなって。

ちなみに、HPはコチラ。本日のタイトルは、HPの本日の「今日のつぶやき」から。
心の中でつぶやいてるつもりで、うっかり声に出てたってことあるよね?

そういえば、全然関係ないけど、今年のM−1のファイナリストが決まったそうで。個人的には、モンスターエンジンが入ったのが意外。私は大好きなんですけどね。笑い飯は大好きだし、もういい加減タイトルを手にしてもよいのではないかと思いますが。ナイツもいい。ポッと出のようで、古き良き笑いを継承しているようなスタイルが、現代には逆に新鮮に見えるし。でも、結局は関西勢というか吉本芸人が強いのかな。さて、本番はどうなるでしょう。

別にネタってわけじゃないんですが、日テレ系で放映されている京極夏彦原作のアニメ『魍魎の匣』のオープニング・テーマがね、ナイトメアの曲なんですが、るんるん堀池もういいよ、ありがとう、さよならるんるんって聴こえるんですよ。セルジオ越後さん?(爆)何回聴いても「堀池もういいよ」って聴こえるんだよねぇ。(本当は、「もういいかい?もういいよ」って歌ってる)テレ朝のサッカー中継は、実況はひどいんだけど、解説が笑っちゃうんだよね。セルジオさんと松木さんの。堀池さんのピッチ解説は私のようなシロウトには、わかりやすくて好きさ。BARKSにこの「Lost in Blue」試聴がありました。→ココ

今日も脳みそが鼻水状態なので、この辺で。



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2008年12月07日

いつかその日が…

11月の後半、疲れが出たのか、なんだか免疫力が極端に落ちているのは感じてました。口の中が荒れてしまって、やけどをしたときのように上あご側がヒリヒリしたと思ったら、それが舌にうつり、しまいにはプツプツと口内炎ができるという症状に悩まされてました。微熱もあったりしたので、風邪の症状のひとつだったのかもしれません。ビタミンB群を摂取して、半月ほどでようやくその症状がおさまったかと思ったら、今度は熱・のど・鼻にくる典型的な風邪を引いてしまったようです。普段、うがいや手洗いなどを実践し、栄養バランスを考えた食事を摂っているのですが、疲れがたまると、こういった努力も虚しく、風邪を引いたりすることがあります。年末は、1年の疲れが出る時期。皆様も、お気をつけくださいね。

昨日は、久々にK−1を観ました。ここ数年はあんまり面白くないんで、「やってたんだ…」って感じで観出したので、ピーター・アーツバダ・ハリの試合を観のがしてしまいましたが…。
準決勝でのバダ・ハリの表情が、とても集中して冷静に見えたので、この人も成長したんだなと思い、1度ダウンを奪われても、落ち着いてダウンを奪い返すのを観て、今回はイケるかもと期待をしたのですが…。あんな結果になったのは残念です。折角の決勝戦。防御を固めるボンヤスキーになかなか手が出せず、イライラが募ったのか、倒れたレミー・ボンヤスキーを殴り、踏みつけてしまいました。K−1ルールではやってはいけないことで、バダ・ハリは警告をもらい、踏みつけられたことで頭部にダメージを負ったとして、ボンヤスキーに5分間のインターバルが与えられました。しかし、物が二重に見える症状が治らないということで、試合続行は不可能に。バダ・ハリの反則行為は重いということで、レッド・カードが出されて、失格となってしまいました。あれは、ボンヤスキーが大げさに見えましたが…。もう少しインターバルをとって、その後試合を続行させればよかったのに。イラついて、暴挙に出たバダ・ハリが悪いのはわかるけど、1年の締めくくりのメイン・イベントを、あんなカタチで終わらせるK−1に、ファンはがっかりだと思います。
ボンヤスキーのその前の試合では、ジェロム・レ・バンナの痛んでサポーターが巻かれている左肘にボンヤスキーの膝蹴りが当たり、骨折の疑いがあるとしてドクター・ストップになってしまいました。バンナとしては、年齢もあり、今回の大会に賭ける思いは相当のものであったと思うのですが、残念です。
決勝戦で、相手の反則負けによる優勝となったボンヤスキー。なんかカチョワルイ。試合が止められたときに泣いてましたが、「なんでお前が泣くんだよ!」とツッコミ入れたくなりました。ほんと、シラケちゃったね。どうせ勝つなら、もっとスッキリと勝ちたかっただろうとは思いますが。泣くくらいだったら、立てばよかったんじゃねーの?

でね。昨日のK−1は世代交代とか言われてました。往年の名選手、ピーター・アーツジェロム・レ・バンナが最終トーナメントに残ってましたからね。二人とも残念ながら負けてしまいましたが。アーツもバンナも、個人的にはあまり好きな選手ではなかったのですが、近年は年齢に抗って、しっかりとトレーニングしているのが、身体つきからにじみ出ていたので、応援したくなってしまったのですよね。特にバンナは<無冠の帝王>と呼ばれていたので、今回はせめて決勝戦に出て欲しかった。

話は変わりますが、サッカー界でも、なんだか世代交代を感じます。セレッソの森島寛晃選手やジュビロの名波浩選手の引退が報道されましたし、レッズの”野人”岡野雅行選手は戦力外ということでレッズを離れることになりました。3人とも36歳か…。そして、それぞれほぼひとつのチームで長年プレーしてチームの顔となってきた選手たちが、そろってチームを去ることになります。Jリーグには詳しくないですが、チームのサポーターの皆さんにしてみれば、愛されていた選手たちだと思われ、なんだか寂しいですね。特に、岡野選手は、チーム内がなんだかバラバラな雰囲気のこのときに、チームを去りたくはないだろうなと。
肉体を酷使するスポーツならば、いつか引退するというのは避けられないことですが、きっとケガや疲労でボロボロであろう身体をケアしながら、体力の低下に負けずにこの年齢まで頑張ってきた選手たちは賞賛せずにはおれません。
K‐1のバンナやアーツの姿を観ても、それを感じるのです。バンナが35歳、アーツが38歳。がんばってるよね。リザーブ・マッチのレイ・セフォーは観られなかったけど、彼も37歳か。あと何年できるかな。今のアーツやバンナが、王者となったボンヤスキーを倒すところが観てみたい…。
posted by nbm at 15:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月05日

ワンナウツ契約

基本的にスポーツ観戦は好きなのですが、ダメなものがいくつかあります。動きの激しいスポーツが好きなので、ゆっくり展開するスポーツはあんまり面白いと感じないんですよね。例えば、ゴルフ。そして、野球も。野球は、高校野球は観る気がするんですけど、プロ野球はどうも受け付けません。たぶん、ルールが単純なものがわかりやすくて好きだというのもあるんでしょうね。野球って複雑…。

なんだけど、今クール、一番ハマっているアニメ作品は、野球アニメ!(爆)
といっても、野球を題材にした心理作戦を描いた作品なのですが、『ONE OUTS』という作品です。HPはコチラ甲斐谷忍という方の描いた漫画をアニメ化したもので、ご本人は野球版『アカギ』とおっしゃっております。ちなみに『アカギ』は麻雀漫画なんですけども、日テレでは、『闘牌伝説アカギ』、『逆境無頼カイジ』とアニメ化して、心理エンターテインメントのシリーズ第3弾となったのが、この『ONE OUTS』。前者2作品は、福本伸行原作作品でやはり心理戦に重きを置いている作風。『アカギ』も面白いとは聞くんですけど、私は画が苦手かも。以前にも言いましたが、画が受け付けないと作品を楽しめなくて。映画でも、画的に受け付けない俳優さんが出ていると内容が面白そうでも観ることができない…。

さて、『ONE OUTS』です。主人公・渡久地東亜は、沖縄で賭け野球をしていて、無敗を誇るピッチャー。プロ野球埼玉リカオンズの”不運の天才打者”・児島に見出され、プロ野球の世界へ。優勝経験に恵まれない児島がストイックに自主トレをしているときに、渡久地と出会うわけです。児島が勝ったら「渡久地の腕をもらう」という約束で二人が賭け野球をして、児島が勝ち、渡久地は腕を折られるかと思いきやプロに連れて行かれるという…。
異例の流れでプロ選手となった渡久地が、リカオンズのオーナーと交わした契約は、ワンナウト取ったら500万円というもの。そのかわり1失点につき5000万円を渡久地が球団に払うことに。一見、メチャクチャな契約に思えるし、後々レート20倍とかもっとひどい契約になっていくのだけれども、それでも渡久地は勝ち続けるのですよ。
渡久地は、たとえば高校野球などの素地はまったくない選手で、変化球などの武器はもたず、投げられるのはストレートだけ。しかも、そんなに球は速くない。なのに、どうして勝てるのか。ここがミソなんですよね。ここからはネタバレありです。

渡久地は頭脳戦で勝っていくのです。それが凄まじい。あまりにも痛快すぎる!
中でも第7〜9話はすごかった。昨年の優勝チームであるマリナーズとの3連戦の最終戦。連投してきた渡久地に疲れが見え始め、3回までに14失点。時折タイムをとってベンチに下がり、テレビを観つつマッサージを受けては又投げるという繰り返しに。そんなこんなで4回表。そして、豪雨の兆候が見え始め、5回まで終えなければノーゲームとなってしまうマリナーズは、勝っているので慌ててゲームを進めようとする。渡久地がベンチに下がってテレビを観てたのは、天気予報で雲行きを見定めていたわけです。で、渡久地は、フォアボールやボークで試合を引き延ばす。それに対してマリナーズも反則で応酬。でも、渡久地の狙いはまた別にあり、16失点から逆転すると言い始める。なんだかんだで16対10まで追いつく。一方で、渡久地に勝たせたくないリカオンズ・オーナーは試合を続行させるし、敵マリナーズの投手は自分の自責点から防御率や年俸のことを考え始め、ノーゲームを狙いにくるし、もう何がなにやら…(笑)
なんでリカオンズに点が入るのかというと、様々あるのだけれども、味方チームの打者には渡久地が打球のヒントを与えたりするのですよ。「次は絶対にカーブが来る」とかね。それで、自分は雨を味方にして、擬似ナックルボールを投げる。もともと渡久地はストレートしか投げられないんだけれども、実はあらゆる回転速度のストレートが投げられるということで、そういうのが武器になるのですわ。
結局、リカオンズが逆転し、試合を成立させるか否かのボールを渡久地が握り、タッチアウトで試合成立という寸前に、マリナーズの監督にピッチャー陣の今季の成績のためにもと試合放棄を勧め、試合放棄をさせてしまうという…。

なんじゃそりゃあ〜!

これが、まだ話の続きがありまして、監督が試合放棄をした場合、9対0で相手チームの勝利となるという野球規則があるそうな。というわけで、結局渡久地の失点はゼロ。この時点で、ワンナウツ契約による渡久地の暫定年俸は、21億3500万円也!わははははっ。
展開が複雑すぎて、説明するのが難しいので、よくわからなかった方はHPの1話ごとのストーリーを読むことをオススメします。

野球の体はとってるけど、全然野球アニメじゃないんですよね。でも、細かい野球規則とか反則とかが駆使されてて、まったくルールがわからないと観ていてもツライかもしれませんが、私のようにアンチ野球な人間でも、楽しめる作品です。今回も、”自責点”っていう言葉も始めて知ったし、そこから防御率が計算されることもね。勉強になるなぁ。これで、もう少し野球に興味が湧くかしらん。
渡久地がクールな一匹狼的なキャラでありながらも、打てないバッターに打たせることに成功したりして、次第に人心を掌握していくところも興味深いです。

このクールでも30本ほどアニメを観てますが、一番面白い!痛快な作品でございます。東亜、かちょいー!
posted by nbm at 11:15| Comment(2) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

”スタンド”・バイ・ミー

最近の数週間の『銀魂』は、”スタンド”がテーマでした。ここでは、”スタンド”とは幽霊のことで、成仏できないスタンドたちをもてなす、スタンド温泉てのがあって、そこにスタンドたちが集まってくるわけです。
あたしゃ読んでない作品なんで、知らなかったのですが、この”スタンド”っていう概念は、あの『ジョジョの奇妙な冒険』が元ネタみたいですね。『ジョジョの奇妙な冒険』の作中では、スタンドとは、超能力が具現化したもので、一人に付き一体のスタンドというのが原則のようです。『銀魂』では、これをパロっていたわけですね。
『銀魂』は、元ネタがわからないと笑えないという要素が満載なので、いつも「子供はこれで楽しめるんだろうか?」と不思議です。今回でいうと、聖飢魔Uの「蝋人形の館」とかさ。

元々、『ジョジョの奇妙な冒険』からして、”スタンド”という命名は、「スタンド・バイ・ミー」からきているらしいんだけど、どの「スタンド・バイ・ミー」?(笑)やっぱり、スティーブン・キングのか?映画化された作品は、名作って言われてるけど、個人的には印象が薄いのですが…。

そんなこんなで、うちではすっかり”スタンド”流行りになっていたのですが、そんなある日、ダンナさんが帰ってくるなり、「今日、スタンドを見た!」とのたまいました(爆)
作業場の旋盤の機械の周りをお掃除していたら、背後に人の気配がして、視界の端に青い人影が見えたそうです。お仕事のパートナーがいつも青いツナギを着ているので、彼だと思い、話しかけつつそちらを見たら、誰もいない…。すぐに事務所の方に行ってみると、彼は椅子に座ってくつろいだ姿勢で雑誌を読んでいたそうです。そして、作業場の方には行ってないと言う。第3者も入ってこられる場所ではありますが、他に誰かが入ってきたような様子もない。でも、ダンナさんいわく、別に怖いとか嫌な感じがしたわけでもなかったし、気配はパートナーのものだったと言うので、うちでは彼のドッペルゲンガーだったということにしました(笑)

ダンナさんは、例えば「中古車の陰に茶色い服を着た男の子を見た」とか、具体的な姿が見えるようで、年齢や性別くらいはわかることがあるようです。私はというと、自分がしっかりと覚醒した状態で、”スタンド”を直接見たという経験がありません。白い影くらいは何度かありますが。声を聞いたり気配を感じたりするだけで。
中学生時代に学校のトイレでドアをガチャガチャと開けられそうになり、失礼なヤツだなと思ったら誰もいなかったとか、以前住んでいた自宅では本当にトイレのドアを開けられたり(笑)、物理的な現象に出くわすことはありますが、直接相手の姿を見ることはないんですよね。見えても困っちゃうけど。
posted by nbm at 10:48| Comment(4) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月02日

発熱する素材

私は元来熱がりなので、肌着というものをあまり利用しないのですが、最近、父の誕生日にプレゼントするために色々と見てまわりました。評判の機能性下着をプレゼントしようかと思ったのですが、今は色々とあるものなんですね。
まずは、繊維自体が発熱するというもの。大人気のユニクロのヒートテックが代表格ですね。これは、東レと共同開発した素材で作られていて、ユニクロ側のプレスリリースを見ると、発熱機能が一番に謳われてますが、不思議と、東レ側にはそんなこと書いてありません(笑)どういうことでしょう?保温機能には問題はなさそうですけども。ユニクロの製品は、やはりリーズナブルですからね。あの値段で、強烈な発熱効果を期待するのはちょっと難しいかもしれません。
しかし、この発熱機能というのをミズノのブレスサーモでは体験できました。店頭に発熱素材と霧吹きがありまして、この素材に霧吹きで水分を与えると、ほんのり温かくなります。羽毛やウールなどの天然素材の3倍の発熱量で、運動などしなくても常に身体から発散されている水分によって約プラス2度になるらしい。これは、哺乳類や鳥類の体温維持メカニズムをヒントに開発されたもので、人体から発生する水分を吸収して、その吸着熱で発熱するというもの。こちらは、さすがにちょっとお高いです。ユニクロの価格の3倍はするよ。
同様の素材を使ったものは、デパートの下着売り場でも売ってました。ここで、別物の機能性下着を発見。それは、NASAが宇宙服のグローブ用に開発したという素材で、アウトラストというもの。熱いときには放熱しながら蓄熱し、寒いときには蓄熱した熱で保温するというコントロールができるものらしい。つまり、冬場に満員電車を乗り降りしたりするときには、外気温が変化するわけで、このような場合に熱をうまくコントロールして快適なまま保ってくれるという素材。極小さなカプセルが素材に編みこまれていて、このカプセルの中の特殊なパラフィン・ワックスが熱によって融けたり固まったりする作用により、吸熱・蓄熱・発熱してくれるという仕組み。ちなみに、ユニクロでもアウトラストのフリースなんかを2004年から発売しているようなのですが、アウトラスト素材としては破格の価格だったらしい。一体どうなってるんだろう?

他にも色んなメーカーが色んな製品を出しているのでしょうが、この辺りが目につきました。ですが、うちの父はちんちくりんで、本来ならSサイズが着たいというのですよ。ところが、どういうわけか防寒用下着自体、あまりSサイズが作られないらしい。Sサイズの製品がユニクロのヒートテックしかなかったため、試しにと結局ヒートテックの下着をプレゼントしてみました。しかも、今大人気で品薄。色もそろえられなかったよ(泣)ブレスサーモなんかと比べると、あんまり発熱効果は期待できないかもしれないんだけどねぇ。あと、ブレスサーモは黒っぽい色が主で、スポーツするのを前提として作ってるからなんでしょうけど、例えばワイシャツの下に着たいって思ったら、白くなくちゃダメだよねぇ。ベージュとかさ。ブレスサーモの一番温かいウール混紡の製品は、黒しかないんですよ。これで白っぽいものがあればなぁ。

自分が温かい素材というのに興味がなかったので、まったく知らなかったのですが、高機能下着ももう数年前から当たり前になってきているのですよね。ウィンター・スポーツをされたり、寒がりな方は詳しいのでしょうが、知らない世界を知りましたわ。

posted by nbm at 11:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 気になったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする