2009年05月29日

(注)コメディではありません

今回、レンタルしてきたDVD10本のうち、半分はバカ映画だった…。そのバカ映画の中で、「やっぱりコレだろう!」と最初に観たのが『ミラクル7号』チャウ・シンチー監督作品で、ゆるいこと極まりない”ミラクル7号”のフォルムを見てしまうと、俄然、腹がよじれるほど笑うことに期待が膨らむ私でしたが…。まさか、泣かされるとは!
よく行くディスカウント・ストアに、数種類の小さなマスコットがたくさん入ったワゴンがありました。その中に”ミラクル7号”が混ざってたんで、マスコットたちの山から”ミラクル7号”だけ選び出して、前面に並べておいたのは私です。そのワゴンがあった期間中は、行く度にその犯行を繰り返してました(笑)

この『ミラクル7号』。笑うところがないわけじゃないけど、全然コメディじゃありません。感動作品です。SFと位置付ける人もいると思うけど、それはスパイスであって、エッセンスは親子愛。
ここで、私に奇跡が!”エッセンス”という言葉を辞書で引いてみようと辞書を手に取り、何気なく最初に開いたページに”親子”という単語がありました!なんてことだ!ミラクル!(爆)
それはさておき。チャウ・シンチーは、中華圏が製作する映画に、SF作品や子供が楽しめる作品が少ないことを感じ、それなら自分で作ろうということでこの映画を作ったらしい。たしかに子供に観せたい映画だよ。この人の作品を観ていると、映画に対する深く静かな情熱と愛情を感じる。絶妙な笑いのセンスも天才的だけれども、映画というものが人に伝えられることを真剣に考え、そして非常にわかりやすく表現する。その表現は、ストレートで”ベタ”と言ってもいいのだけれども、どういうわけかどこか新しいものを感じてしまうのよね。
今回のチャウ・シンチーは、貧乏だけれども、息子には良質の教育を受けさせたいと、身を粉にして働き、息子を私立学校で勉強させ、世の人の役に立つ人間に育てようとする父親。一方の息子は、学校では貧乏ゆえにいじめられ、決してデキもよくない。そんな親子のもとに、突然”ミラクル7号”が現れる。コイツが何をするかは未見の方のために伏せておきましょう。
とにかく、息子を大事に慈しむ父親の愛情にしても、反発しながらも父親を尊敬し、父親のことが大好きな息子の気持ちにしても、ビンビンに伝わってくる。わざとらしく猫っかわいがりすることもなければ、どちらかといえば怒られたり罵ったりしている場面が多い印象なのに。何気ない脚本の中に、サブリミナルのように織り込まれた親子愛が、ボディ・ブローみたいに後から効いてくるような感じ。
ほんと、「こんな映画で泣くのか?自分?!」と自分にツッコミを入れたくなるほど、泣きました(笑)チャウ・シンチーの罠に、肩までずっぽりとハマらせていただきましたよ。

ところで、息子役のシュー・チャオちゃん。このコの表情がすばらしい!これはすごいコが現れたなと思っていたのですが、チャウ・シンチーはこのコを現実に養子にしたそうですね。8年間の独占契約をして、その上養子にまでしちゃうなんて、すごい入れ込み様ですけど、この演技力とかわいさを見せつけられたら、そこまでするのもわかるような気がします。作品を観ている間は「かわいいコだな」とは思ったものの、実は女の子だとは気づきませんでした。将来、美人さんになるぞ、このコは。

この作品、レンタル店のジャンル分けをするとしたら、私の感覚では”ファミリー”の棚に入りますね。SFでもコメディでもありません。”感動ドラマ”ってジャンルがあったとしたら、そこに入れるかも。
現在、DVDのライターもどきという仕事をしているのですが、このジャンル分けってのがけっこう難しくてねぇ。”サスペンス・アクション”とか言われても、”サスペンス”なの?”アクション”なの?ってなるわけですよ。どっちかに決めなきゃならないから、どっちか比重の大きそうな方に入れるんですけどね。”ファンタジー・アドベンチャー”とかさ。”ファンタジー”なの?”アドベンチャーなの”?ってね。”サスペンス要素の強いアクション”ってことで”アクション”、”ファンタジーなアドベンチャー”ってことで”アドベンチャー”という風になる場合が多い気がしますが。
ホラー系も難しいです。”スリラー”とか”オカルト”とか”、ただの”ホラー”というジャンルもあるんですけどね。実際に作品をいちいち観て判断するわけじゃないんで。観たことがあるものはわかるんですけどね。
同じ”アクション”作品でも、刑事ものだったり、スパイものだったり、戦争もの、スピードものなど、内容は様々。最近、ゲオではこのあたりを分けて陳列しているようですけど。
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2009年05月28日

カタルシスを求めて

一昨日あたりからちょっと体調を崩し、元気が無かった私でしたが、そんな私に、昨日ダンナさんが、ミスドのドーナツを買ってきてくれました。ちょうど100円セールやってるしね!ドーナツは大好き。だけど、カロリーを考えてしまい、普段はほとんど食べることがありません。大体のものが1個200kcalはありますね。ひどいのになると400kcalくらいになるのもあるし。ダイレクトな脂肪と糖分の塊。だけど、だからこそ当然おいしい!ゆうべは、晩ごはんを食べた後だというのに、デザート感覚でドーナツをいただきました。おかげで元気が出ましたよ!

ゆうべは、サッカー日本代表の試合がありました。
本物のサッカー・ファンならば、その後、夜中から朝方にかけて放映されたヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグの決勝戦、バルセロナvs.マンチェスターUの試合を観るはずですが、時間が時間なもので断念。こういったスポーツの試合ってのは、リアルタイムで観戦するのが面白いので、録画したものを結果を知ってからみることほどつまらないことはないし、それでも元気な私だったら、この2チームの試合なら録画してでも観たいと思ったかもしれないけど、昨日は断念。朝になってから、やっぱり録画すればよかったかななとど、少し後悔したりして…。

さて、話をもどして。昨日の日本代表チームは、いつもと一味違っていて面白いチームでした。
なにしろ本田圭佑選手がすごかった!五輪代表のときは、技術は持ってるんだろうけど、自己満足的なプレーが鼻について、好きになれない選手だったのだけど、オランダでもまれてきたようで、本当にいろんな面で成長して帰ってきてくれました。やはり、多少自分で持ちすぎるきらいはあるものの、攻撃面で要になってましたね。
松井大輔選手や今回もがんばっていた長谷部誠選手なども、もともとはあまり好きではなかった選手が、海外に行ってもまれると、自分の中での評価がグンと上がる選手になって帰ってくることが多いのですが、本田選手は本当に変わりましたね。このまま順調に経験を積んで、いい選手に成長していってほしいものです。フィジカル、スピード、戦術、技術…海外のリーグでプレーすることで、いろんな刺激を受けるのであろうことが、海外に行った選手のプレーを見ると、よくわかります。本田選手には、あと、武器と言われる無回転シュートの精度を高めてほしいわ。無回転の精度を高めるって、ムリな注文ではあると思うのですが。
それから、18歳で代表デビューした山田直輝選手。若いだけに、まだ体ができていなくて、屈強な外国選手と当たるのはかわいそうな感じもするくらいなのですが、そのわりに意外と当たり負けしない。ミスもあったし、もう少し強気でいってほしい場面もあったけど、その辺は、若くて経験が浅いことと、代表デビュー戦の緊張ってことで大目に見てあげたい。アイデアや視野の広さ、パスをする際の心配りなど、年齢に見合わぬセンスを見せてくれました。ムリに代表戦に出す必要もないかもしれないけど、なかなか点が取れずに煮詰まったような状態を打破する要員としては有効かもしれませんね。このまま、大きなケガをせず、順調に育って欲しい人材ではあります。浦和レッズの試合が観たくなりました。
4点のうち2点を取った岡崎慎司選手は、今までの得点はラッキーなだけだと思っていたのですが、昨日はアグレッシブで非常によかったです。覚醒した感じ。
それから、今野泰幸選手がよかったですね。なんだか、いつもは活躍のわりに目立たないんだけど、昨日はわりと目立っていたような(笑)
あと、山口智選手。昨年のAFCでのガンバの試合を観てから、「なんでこの人、代表に呼ばれないんだろう」って思っていたので、代表戦デビューしてよかったねって感じでした。

と、生意気にもちょっと語ってみました。

サッカーというのは、強烈なカタルシスを得るために観るスポーツなのだろうなということを、あらためて感じたのでありました。90分という長い時間の中で、シュートというカタルシスの瞬間を迎えられるのは、合計してもほんの数分。その瞬間を観るために、みな熱狂するわけですよね。なかには、0−0というスコアレス・ドローに終わることもあるというのに。
昨日のように、4点も入ってしまうと、うれしいはずなのに、なぜか1点のありがたみが薄れるというか…(笑)なかなか点が入らないという抑圧に耐えながら、得点の瞬間に爆発的な歓喜を迎えるという。球技は数々あれど、これほどなかなか得点が入らないスポーツもないでしょう。だからこそ、おもしろいのですよね。

posted by nbm at 11:39| Comment(3) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月25日

”呼び寄せる”

土曜日。とある自動車部品販売会社の工具ショーへ。
いっしょに行った子供たちのお守りをしていたので、あまりちゃんとは見られなかったのですが、工具や部品はもちろんのこと、一見して何だかわからない錆びた金属の塊から、自動車とは無関係と思われるお酒や大型テレビなんかもあり、前に食べたのはいつだったか覚えてないくらい前に食べたきりだったアメリカンドッグを食べたり、福引をしたりと、それなりに楽しんできました。
だけど、帰り道、数キロ進んだ所で、車に変な振動を感じる。これは、パンクか?何度か、ソロソロと進んでは止まって、タイヤを見てみるものの、原因がしばらくわからない。パンクはしてないけど、どうも左前輪に何かが刺さってるような感じ。周期的に振動が伝わってくるもの。何度目かにようやく見つけましたよ。タイヤの接地面に頭の直径が2cmはあるデカいネジが刺さってました。抜いてみると、どうやらパンクは免れた様子。不幸中の幸いでありました。
しかし、夏のような日差しと、慣れぬ子供たちとのふれあいで、ひどく疲れ、ダウン…。やっぱり、小さな子供と接すると、普段使わない神経をフルに使うようです(苦笑)
疲れた頭と体をしばらく休めたので、夜には元気になり、”DVD1枚100円”セールにつられて、レンタル・ビデオ店へ。バカ映画が大漁だ!
そんな週末でありました。

6月も近くなり、実話会談本が恋しくなる季節。
毎年6月に刊行され、愛読していた『新耳袋』シリーズも終了してしまい、これまた6月に刊行されるはずの怪談雑誌『幽』も今年はまだ発売のニュースがありません。つまらん!
ということで、図書館に2冊ほど新しい怪談本を予約していたのですが、1冊が手元にきました。
立原透耶さんの怪談実話集『ひとり百物語』
残念ながら、あんまりピンときませんでした。内容的には面白いお話もたくさんあったと思うのですが、文体が合わなかったのかな。
「気のせい?」的なお話が多かったのが原因か。たしかに、こういった類の不思議なことというのは、そんなもんですよね。だから逆にリアルとも言えるのだけれども。こういうことに直面すると、その瞬間は「怖い!」とか「キャーッ!」じゃなくて、「今のは、一体何?」という呆気に取られるというかボーゼンとするというか、実際にはそんな感じになるものです。「後から思い起こすとおかしい」ってな感じで。立原さんのお話は、終始淡々としている。淡々とし過ぎているがゆえに、淡々と読んでしまうのかな。後からよくよく考えると怖いんだと思うんだけど。あらためて、怪談って難しいと思いました。わざとらしく怖がらせようとしてもダメだし、あまりに怖がらないのも興ざめなのか。
しかし、あまりしっくりこない中、あるポイントだけはひどく共感しました。それは、”呼び寄せる”ということです。
立原さんは、とにかく”呼び寄せる”方らしいのです。なのに、無責任に怖い話を連発して”呼び寄せて”しまい、いっしょにいる人を怖がらせるという悪いクセがあるようで(笑)
私が驚いたのは、「ことごとく自動改札で切符がはじかれた」というフレーズ。これは、立原さんが京都の鳥辺野付近で何かに憑かれ、その後移動するときの話。
実話怪談集『新耳袋』を読んでいると、怪異を体験するという話はウワサされているのだけれども、この本を持ち歩いていて、ことごとく自動改札にひっかかった経験があるのですよ、私にも。家でひとりで読むのが怖いので、昼間人がいる場所で読もうと持ち歩いていたのですが、あまりにも自動改札にひっかかるので、怖くなって、持ち歩くのをやめたんです…。
カバーに隠された表紙が毎号心霊写真となっていたこの本。この本自体が、何か磁気でも帯びていたのかと思っていたわけですが(それもおかしいけど 笑)、それは本じゃなくて、私に何かが憑いていたってことだったのか?(笑)怪談を読んでいた私が、何かを”呼び寄せた”と?

怪談話をすると、霊が寄ってくると言いますね。だから「百物語」なんてシステムがあるわけですが。『新耳袋』は、掲載話数をわざと99話で止めてあるのですが、それは以前に100話で出版していた頃、読者から”怪異が起きる”という体験が次々と寄せられたため。でも、私はこの『新耳袋』を読んでいて、誰もいないはずの隣の部屋からずっとカサカサと物音がするのを聞いたり、人に確かにまとめて貸したはずの『新耳袋』シリーズのうち1冊が行方不明になったりという体験をしています。話数は関係ないと思う(笑)やっぱり、”呼ぶ”のかな。

中学生時代、学校で、怪談話をよくやりました。美術室でやっていたときは、話している周りでそこだけ空気が冷たいと感じる空間ができました。そこに手を伸ばすと、指先に軽くピリピリと電気が走るような感覚を感じました。私は何に手を突っ込んでいたんでしょう?
階段下の小部屋は、窓を黒く塗りつぶして更衣室になっていたのですが、電気を消すとほぼ真っ暗になるので、そこに椅子を持ち込んで怪談話をしたこともありました。そのときは、私と隣のコの間に、「トン」と上から足を揃えて上履きで着地するような音が聞こえ、「今の音は何?」とパニックになって、椅子と人とがこんがらがりながら逃げ出しました。狭い空間にぎっしり椅子を並べていたので、隣のコとの間に人が入れるスペースはなかったのに、音と共に、あきらかに人の気配がしました(笑)瞬間、隣のコと目を見合わせ、「今の音は何?」そして、直後に絶叫。

そんなことを経験していると、やっぱり、怪談話は何かを呼ぶのかも、と思いたくなります。



posted by nbm at 15:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

文房具を語る

世間では、新型インフルエンザとともに、<ミオ・インフルエンザ>が猛威を振るっているわけですが、YouTubeでストームトゥルーパーが胸に”澪命”と貼り付けて、エア・ギターをしつつ、アキバで踊っている映像を見て、このストームトゥルーパーを追っているうちに、ダニー・チューという人であることが判明。待てよ?ダニー・チューって、どっかで聞いたな。日本のオタク文化をブログで紹介している変なガイジンがいなかったっけ?あぁ、やっぱりこの人だったのか。私の脳内で、”中の人”と”ダニー・チュー”とが、つながりました。しかも、あのジミー・チューの息子だったのか…。だいぶ前にお気に入りに入れて内容を見ないままになっていた、この人のサイトを思い出した。ほんとだ。ストームトゥルーパーを自分用にカスタマイズして着てる!(爆)なんだか憎めないキャラである。ちなみに、彼のサイトはコチラ

話は変わって…。
私は文房具が好きです。きっかけは、おそらくシャープ・ペンシル。小学生時代から、書きやすいシャープ・ペンシルを求めて、文房具売り場を巡ってました。細身のものが書きやすくて、好きだったんですよね。そのうち、ノートなどにもこだわるようになってきて…。拍車をかけたのが、ソニー・プラザ。高校時代は、ソニー・プラザで輸入された文房具類を買うのが好きで、アルバイトで稼いだお小遣いで変な文房具を買っては、一人悦に入っていたわけです。高校時代に愛用していたペンケースは、本体が青いプラスティック製で、フタ部分が透明な定規がスライドするようになっていて、黄色い鉛筆削りがついたものでした。大人になるにつれて、見た目のかわいさや面白さから、だんだんと、使い勝手や性能を重視するようになりました。

「水性ボールペンが絶滅の危機にあるというコラムを読みまして、コチラなんですが、そういえば、ボールペンの書き味にこだわって選んでいたことを思いだしました。
何度かお話ししたことがあると思いますが、かつて、税理士試験を受験していた時期があります。試験では、鉛筆は使用できないため、普段の模試の授業からしてボールペンで記入するということになります。なんでボールペンじゃなきゃいけないのかわからんけど。だって、答えを訂正したいときには二本線で数字を消して、余白に書くということをしなくちゃならないんですよ。ま、それはさておき、ボールペンのインクが鬼のように無くなっていくわけです。そんなわけで、書きやすいボールペンを求めて、様々試しました。
もう何年も前の話なので、現在は状況が変わっているでしょうが、当時私が一番愛用していたのは、PILOTのHI-TEC-C。インクの色はブルー・ブラックでした。問題自体が黒色の印字ですから、自分が書きこむ文字は違う色にしたかった。しかし、黒の他に認められているのは青色のみ。でも、まんま青色は発色が強すぎてあまり好きでなかったので、おさえめなブルー・ブラックに。で、0.3mmを愛用。太いと、字が汚く見えがち。それに、自分が書いていたノートは、新書サイズの小さなバインダーで、満員電車でもひろげられるようにとの工夫だったんだけど、ノート本体が小さいために、文字も小さくなり、細いペン先の方が書きやすかった。ノートは鉛筆で書いてもよさそうなものだけど、ボールペンで書いておくと、とても読みやすい。ノート書き込み用に、黒や赤や緑なども同じシリーズで揃えました。しかし、たしかレフィルがなくて、本体ごと買い替えなければいけなかったのですよね。勉強してきた証として、空になった本体を取っておいた記憶があります(笑)
次点は、ぺんてるのHybrid TECHNICA。こちらは、PILOTのHI-TEC-Cに比べると、インクの出が良すぎるきらいがあったかな。これはインクのレフィルもあるので、レフィルを使ってました。同じく0.3mmを使用。この2種以外は、インクがかすれたりして書き味がよくなかったのですよね。
油性はインクのダマができがちで、あとからこすれたりすると汚くなったり読みづらくなったりするのがどうもイヤで。一方、私が愛用してきたこれらは、水性ボールペン。といっても、ゲルインキってタイプですね。先に挙げたコラムは、同じ水性でもゲルインキが主流になっているということを書いています。

税理士受験時代は、他にも文具に懲りました。試験では問題用紙を綴じるためにステープラーが絶対必要になるのですが、なるべく小さなものを探しました。長さ3.5cmほどのスケルトン・タイプを使用。消しゴムは、ペン型でノック式のものを使ってました。消しゴムのカスがまとまるタイプです。あとは、付箋紙。紙製でなくフィルム状で、貼り付ける部分が透明なタイプを使ってました。このタイプだと、付箋を貼っても下の文字が透けて見える!小さなノートにぎっしり文字を書いていた私にはうってつけでした。
シャープペンシルは、仕事でも愛用していたのですが、「右に回すとシャープペンシル、左に回すと消しゴム」というもの。商品名を忘れてしまったので、調べてみたら、今は廃盤になってしまったようですが、トンボのerashaというヤツ。私にはこれ、すごく使いやすいんですけどねぇ。廃盤ですか…。消しゴムは太さ2.5mmほどのもので、それがシャープペンシルの芯同様にノックすれば出てくるという仕組み。消えそうな予感があったのか、替えゴムを大量に購入してあったのですが、予感的中…。
経理の仕事をしている人にはおなじみかもしれませんが、電動消しゴムってのがあります。もの珍しさから、使ってはみたけど、結局重いばかりで使えない…。存在意義自体がわからない…。この製品を有効に使っている人がいるんだろうか。こんなのに比べたら、erashaの消しゴムは有用だけどなぁ。

posted by nbm at 12:22| Comment(7) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

対ならざる世界

昨日も書いたように、”CP対称性の破れ”について、ちゃんと勉強したいと思いつつ、なかなか気力と時間が追いつかないのですが、そんなミクロな世界に思いを馳せていたら、最近、このようなサイトを知りました。
Adventures beyond the decimalコチラです。
まず、鞄のマークをクリックしますと、ミクロの世界への旅が始まります。四角い枠がポイントになりますから、その中をひたすらクリックしていくと、どんどん小さな世界に入って行き、分子の世界からしまいには量子の世界まで辿り着きます(たぶん)。ゆっくりじっくりと旅したい。すべてを訪ねていないのですが、結局何からスタートしても、最終的に見える景色は一緒ってこと?

小林・益川理論については、子供向けにやさしく解説してくれているコチラのキッズ・サイエンティストを読むと、勉強になります。
私もまだ熟読していないので、定かではないのですが…。
世界は本来同じ数の粒子と反粒子から成り立っているはずなのですが、そう考えると、粒子と反粒子がぶつかって消滅してしまい、何も残らないはず。なのに、今世界があるということは、何かが”残っている”から。実際、この”残っている”ものは粒子の方で、反粒子が見つからない。となると、1対1でぶつかって消滅するばかりではないということになります。
この基本的な考えは、すでに1960年代からあったようなのですが、当時考えられていたように「クォークの種類は3つ(アップ・ダウン・ストレンジ)」と仮定すると、どうしてもそれが証明できない。クォークというのは、素粒子のひとつと考えられていますね。
で、1970年代に、小林・益川理論が登場するわけです。「クォークにはあと3種類あって、全部で6種類ある」と仮定すると、対消滅しないものが出てくることになる。素粒子の世界では、今まで考えられていたような物理法則が通用しないものがあるってことになりますでしょうか。
その仮説をもとに、3種類しか見つかっていないクォークに、まだ別種があるのではないかという確認が始まるわけですね。そして、1995年までに残りの3種類(チャーム・ボトム・トップ)が発見されます。そして、ようやくノーベル賞ということになるわけですね。
30年以上も昔に打ち立てられていた仮説を証明するために、何年かかってんだよって話ですね。
先日、とある番組に益川先生が出演されてまして、科学の発達に伴って、実験施設はだんだん大掛かりになって大きくならざるを得ないというようなことをおっしゃっておりました。もはや机の上や小さな実験室では済まされないと。たしかに、とてつもなく小さな素粒子の世界の事象を証明するために使う実験施設は、海外だとアメリカのSLACやEUのCERNなんて施設が必要なんですからね。CERNのLHC(大型ハドロン衝突型加速器)なんて、全周27kmですよ。意味がわからない…。日本国内だと、高エネルギー加速器研究機構のKEKBという衝突型加速器が茨城県つくばにありまして、全周は3km。CERNのLHCには規模では遠く及ばないものの、この施設を使ってCP対称性の破れが研究されているのだそうですよ。

ってことで、軽く上っ面だけを書きとめてみました。理解しているわけではないので、間違いがあったら、すみません(笑)
世界は、ドッペルライナー・システムでできてるってことか…(爆)←『黒神』より。
ドッペルゲンガーに会うと死んでしまうという俗説(?)がありますが、あながちウソではないのかもと思ってみたり…。
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2009年05月19日

自分のモノサシ

ダンナさんの指の傷もくっついてきました。元々、トカゲやプラナリアの血が混ざっているのではないかと疑いたくなるような再生能力を持つ人なので、もう心配ないと思います。
みなさんにはご心配をおかけしまして、お見舞いの言葉をたくさんいただきました。記事を読んでくださった方の中にも、コメントは残さないまでも、心配してくださった方もいらっしゃるかもしれません。ここにあらためて感謝いたします。ありがとうございました。

さて、最近仕事が混んでまして、書きたいことはあるものの、なかなか腰を据えて書くことができません。
今、一番興味があるのは、粉粒体について。
15年ほど前の本なのですが、『砂時計の七不思議』という本を知りまして、砂時計の砂粒が、実は不可思議な動きをしているということを知りました。流体とも固体とも違った運動をするようなのです。この砂粒のようなものを紛粒体と呼ぶのだそうで、たとえば、満員電車の中の人間や渋滞を起こす車なども、考えようによっては紛粒体といえなくもないのだそうです。それで、渋滞学の本なども手元にあるのですが、時間がとれず、なかなか読み進みません。おまけにこんなときに限って、図書館に数ヶ月前に予約しておいた小説の順番が回ってきたりするもので、読みたい本が読めないというジレンマに陥っているのであります。ということで、この辺のお話は、また今度。
それと、いまさらながら、”CP対称性の破れ”についても、もちっと勉強したいのですが、これについても、また今度。

ところで、もうひとつ興味があるのは、純粋にについて。『数のはなし』という本がありまして、以前図書館で借りたものの、読みきれずに返却してしまっていたのを、あらためて借りてきたのですが、またまた読まないうちに返さなきゃならなくなりそうだ(笑)そんなことを思っていたら、また新たに予約していた本が来てしまいました…それが『数字のモノサシ』。なんてタイムリーなんだろう(苦笑)
これは私の大好きな寄藤文平さんの本で、イラストが主なので、サラッと読めてしまう本です。だけど、実は奥が深くて、語りたいことがたくさん。
数に対する感覚を様々な角度から見ていくという内容。今現在、毎日報道される新型インフルエンザ感染者数というのがありますが、だんだん増えてはきているものの、まだ百数十人という単位。これが数十万とかになってくると、感覚的に麻痺してきますよね。何かの事故や戦乱などでの死者数にしても、たとえば通り魔殺人で10人も殺されたらものすごいことに感じるのに、銀河英雄伝説的に戦乱で数万人が亡くなったと言われてもピンときません。
寄藤さんは、「自分の数字」と「他人の数字」があるのではないかと言っています。自分の中で尺度として持っている数字は実感として感じることができるけれども、そうでない数字は「他人の数字」であって、数字だけ聞いてわかったつもりになっている、と。

自分の実体験からすると、建設関係の会社で働いているときの手形の金額がそうでした。当時はまだ、手形を集金に行ったりすることが多くて、大きな金額が書かれた紙っぺらを持ち歩いていたわけです。カバンの中に、数億の金を持って歩いていたわけですが、いくら億単位の数字が書いてあってそれだけの価値がある手形でも、紙っぺらに数字が印刷してあるだけだと、そんな感覚がないのですよね。仮に落としたりしても、勝手に現金化することはできないので、そういう安心感はありましたけども。金庫番もしていたので、数百万の現金を持ち歩くこともあって、逆にそういう時のほうが緊張しました。会社にはそれ用に使う書類カバンがあったのですが、あまりに”それっぽくて”遣う気になれず、自分のバッグに札束を詰めて、自然に目立たぬように、でもしっかり持って歩いてました(笑)
数千万、数億という単位が飛び交う仕事場だったので、すっかり数字に対する感覚がマヒしていました。ちなみに、「人間は5以上の数をパッと見て感じとることができない」と言われ、「7を超えると”数える”ことをしないと、数を認識できない」そうなのですが、長年経理をやり、税理士試験も受けていた私は、10桁くらいなら瞬時に記憶できます、ムリすれば(笑)9桁ならイケるかな。要は、そのくらい、桁の多い数字を日常的に使っていたということだと思うのですよ。それで、知らぬ間に訓練されてしまった。
それでも、自分の中の経済観念は別で、崩れることはありませんでした。やっぱり、「自分の数字」じゃなかったからなんですよね。でも、自分はお金持ちじゃないのに、大きな金額に触れることで、虎の威を借る狐のような自負が多少はあったような気もしますし、気が大きくなったりしていたかも。

寄藤さんは、この本の中で、自分の体を使って数字を捉えることを教えてくれます。手のひらを基準にした「手のひらモノサシ」。アバウトに、手のひら全体が10だとすると、指一本が1、両手を広げた指先から指先までが胸の部分も入れて100。爪の部分は指1本の1/10、爪の先っちょだけを1/100とします。これで、いろんなものを比較したイラストを載せてくれているのですが、感覚的にわかりやすいです。「東京ドーム○個分」とか言われるよりも、ずっと。自分の体を使って表現するということは、自分の感覚として認識するのには、有効ですね。
寄藤さんご自身は、実家から近くのコンビニまでが1kmあったそうで、それがご自身の中で距離の目安になるそうです。私は、実家から1本目の街灯までが大体100mあって、それが自分の中のモノサシになってきました。そういう自分のモノサシがあればあるほど、いろんな数字をもっと実感できるのでしょうね。そういえば、小学生の時の授業で、グラウンドに先生が立ち、中心点を決めて「ここからちょうど10mのところに鉛筆を立てなさい」と言われたことがありました。目分量で距離を測れってことです。で、みんなが思い思いにポイントを決める中、実際に巻尺で10mを測るわけですが、そのとき私は偶然にも10mピッタリのところに鉛筆を立てました!これは、きっとマグレ当たりだったと思うのですが。

この本については、語りたいことがもっとたくさんあるのですが、書ききれません。興味をお持ちの方は、ぜひ手にとって読んでみてくださいね。
posted by nbm at 11:44| Comment(6) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

わだちべにおふめん

ダンナさんがチェーンに襲われました。
「チェーン”で”」ではなくて「チェーン”に”」(笑)加工中のバイクのチェーンと工作機械により両手と腕に負傷しまして。ちょっとした不注意だったらしいのですが。
幸い、両手の指は揃っていたので、そんなもんで済んでよかったねってことで。数ヶ所の指のお肉をちょっとずつ「もっていかれた」のと、1ヶ所はけっこうバッサリ切りまして、骨が見えていたもので、結果6針縫うことになりました。それと片腕にはくっきりとチェーンで打たれた痕が傷になってます。昔、スケ番さんが武器としてチェーンを振り回してるってのがありましたけど、あれ、実際にやったらこうなるのかと思ったら、本気でヤバイと思いました。表面は傷になってるけど、内側の打撲が痛いらしいです。
仕事にしろ、遊びにしろ、危険なことをやっている人なので、ケガはつきものですが、どこかが欠落してしまったり、二度と動かなくなってしまったりしないようにと、思うばかりです。
今回は、指も揃ってましたし、動かせるようなので神経は切断されなかった様子。不幸中の幸いでした。

さて、先日、夢の話をしていて、探していた本があったのですが、それは久住昌之さんの『夢蔵』。人が見た面白い夢をビジュアル的に描き起こして、綴った本でした。80年代には、泉昌之作品を好んで読んでいたのですが、それらのマンガと共にどこかにしまってあるのですよ。しかし、納戸の奥深くしまったらしく、簡単に出てこない…。久々にマンガも読みたいのになぁ。ちなみに、泉昌之というのは、久住昌之さんと泉晴紀さんのユニット名です。
で、『夢蔵』の代わりに、納戸の海の浅い所から出てきた本がありました。『たほいや』…『VOW』の中に紛れてました(笑)こんなのあったなぁ。と、引っ張り出してみましたよ。

”たほいや”というのはですね。分厚い辞書から誰も知らないような珍しい言葉を持ち出してきて、その意味を推測しあうというゲーム。
起源はイギリスの”ディクショナリー”というゲーム。辞書の中から誰も知らないような単語を選び、参加者が考えた嘘の答えの中から正解を当てるというもの。今から20年ほど前に、東京のゲーム愛好会”ボードウォーク・コミュニティ”でこれの日本版のルールがまとめられ、『広辞苑』をもとにした定番ゲームとなった。それに目をつけたフジテレビで、1993年に深夜放送の番組となり、より広まったという『たほいや』。だけど、どれだけの人が憶えていることか。大体、番組自体をほとんど憶えてないんだけど(笑)

書籍版の『たほいや』には、ゲームの際にプレイヤーたちが考えたウソの意味とともに、珍妙な言葉が約500語掲載されている。
私が知っている言葉は20くらいあったかな。しかし、ほとんどが聞いたこともないような言葉。もちろん、外来語や外国の地名、人名なども含まれていて、すべての言葉がひらがな表記で出題されるため、カタカナでないとイメージが湧かないものも多数。例えば、
「ねんに」(イタリアの政治家)
「ごっつぃ」(イタリアの著述家)
「うるぶりひと」(東ドイツの政治家)
「おけげむ」(フランドルの作曲家)
「ものくる」(片眼鏡)
ひらがなにすると、「おけげむ」とか「ものくる」とか、動詞にしか見えない。逆に、
「ろり」
って書かれると、「ロリ」しか思い浮かばないけど、答えは”ロシアの道程の単位、1067メートルにあたる”。「露里」って書くんだね。「ベルスタ」という単位を日本語に訳すときに作られた言葉らしい。
「がんぼ」
っていうのも、ひらがなで書かれると何のことやら。だけど、これ、誤植されてる!(爆)正解に”オラクの別称”ってあるんだけど、オラクって何だよ、オクラだよね?オクラそのものよりも、オクラを使ったスープの方をイメージするけどね。
「はむさんど」
って書かれると、これがまたほんとに「ハムサンド」でいいのか悩むよね。
秀逸な問題をいくつか。

「れそ」とは?
1.連歌の結句
2.茶道で使う茶筌を置く敷物
3.物をあらわにいいにくい時に暗示的に用いる語。
4.物事の進行がおもわしくなく退く様子。
5.神のお告げ。
さぁ、正解はどれ?

「ほがほが」とは?
1.モロッコの宮廷料理のひとつ。
2.穴だらけの状態。
3.秋田・青森地方の小正月行事のひとつ。
4.はめ込んだものが緩んだ状態。
5.ふっくらとしているさま。
正解はどれでしょう?

語感からは想像もつかないような意味の言葉がたくさん。なかでも印象的だったのが次の2つ。
「ももんじい」(尾の生えているものや毛深いものを嫌っていう語)
「はらてっけつ」(爪でかいてかき集め、くじり出すこと)
「ももんじい」って「百々爺」?妖怪か?「はらてっけつ」は「爬羅剔抉」。四字熟語だったのか。つまりは、「隠れた人材をさがし出すこと。また、人の欠点や秘密をあばきだすこと」。勉強になるねぇ。
なんだ、それ!

本日のタイトルは、『たほいや』の秀逸な出題から。
「和達ーベニオフ面」和達さんとベニオフさんという2人の学者が発見した、プレートの沈み込み帯にある活発な地震の震源の領域のこと。
やっぱり、日本語の場合は、漢字やカタカナなど表記する文字によって、イメージがかなり変わるということを再認識いたしました。

問題の答えを書いておきましょう。
「れそ」も「ほがほが」も正解は3番。「れそ」は「それ」の逆かぁ。ちなみに「れこ」ってのもあるらしい。「ほがほが」は「大豆の皮、蕎麦殻などを家の周囲にまきながら唱え言をする」らしいよ。
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2009年05月11日

教えて、お花さん!

昨日は、母の日。
「まんまと乗せられて、くだらない」と思う向きもあるやもしれませんが、普段お世話になっている人に感謝の意を示すには、格好の機会。利用しない手はありません。
私は、自他ともに認めるプレゼント魔なので、こういう機会は逃しませんよ。
誕生日のお祝いなどと違って、母の日だけは、必ず義母と実母と両方を訪問することになります。遠い地域なら、お花を贈って終わりにしちゃうかもしれないけど、下手に近いもので(笑)考えてみると、お正月やお盆よりも大変な1日なのかもしれないな。

母の日のプレゼントは、お花だけで済ませることも多いのですが、今回、義母には何の気なく目に付いたものをオマケにつけました。それは、バッグ・イン・バッグになるポーチ。仕事で飛び回っている義母は、バッグを取り替えることも多く、「あれ、どこだったかしら」とバッグの中身をゴソゴソと探していることも多い気がしてました。最近、テレビ・ショッピングで見かけるのですが、無印良品で使えそうなバッグ・イン・バッグがあったので、「これはいいかも」とプレゼント。「ちょうど、欲しかったのよ」と喜んでくれました。よかった、よかった。
実母には、ずっと欲しがっていたホーローのやかん。お茶を煮出すのにはホーローがいいというのですが、いざホーローのやかんを探してみると、細かい部分でアチラを立たせばコチラが立たず。なかなか気に入ったものが見つからず。最終的に、妥協したものは、取っ手部分が全部プラスティックで、それが気に入らないのですがね。それでも、喜んでくれました。

義母は、お花の先生でもあるので、丈を長めにした生花を贈ります。今回は、新しくオープンしたお花屋さんを見つけたので、試し買い。そのお花屋さんは、とってもリーズナブルだったのだけれども、花の種類が少なく、なんとなく色気がなくて問屋さんのような雰囲気。普段はベタな花は使わないのですが、仕方なくショッキング・ピンクのカーネーションと淡いピンクのバラをメインにして、それに見たこともないような花やグリーンを数種類組み合わせて、ピンク系の花束にしてもらいました。値段の割にはゴージャスな仕上がり。しかし、義母に渡すと、「花束ならいいけど、そのまま生けるにはアレンジがなってない」とのお言葉(笑)やっぱりね。リーズナブルだけど、アレンジのセンスはイマイチだったな。いつも私の選ぶ花の組み合わせが楽しいと言ってくれる義母なので、選び甲斐があるのですが、アレンジはお花屋さん任せで自分ではできないからねぇ。
一方、実母には、クレマチスの鉢をプレゼント。クレマチスは実家の庭に咲いていて、実母の好きな花のひとつなのですが、父が間違えて庭のクレマチスを引っこ抜いてしまったらしく…。なので、庭に植えられるようにと、鉢を探しました。ところが、しおれていたり、花が咲ききっていたりで、数軒回っても、なかなかいい鉢が見つからず。母の日前日の入手はあきらめて、クレマチスが入手できなかった場合の保険にと母の好きなお菓子を買って帰りました。当日となって、もう1軒だけと思い、ホームセンターへ。なんとか1鉢見つけて、プレゼントすることができました。これも喜んでもらえました。

今回は、ほとんどその場の思いつきだったのですが、わりと成功したかな。こだわりすぎて失敗することもあるのですがね(笑)
義母に関しては、義父のお墓参りに行きたいと言うので、いっしょにお墓参りもしてきましたよ。近いので、お墓参りには年に5、6回行きます。昨日は強烈な日差しでしたねぇ。

そういえば、今回クレマチスを求めて何軒もお花屋さんを回ったのですが、1軒のお花屋さんで、看板猫ちゃんが来週の「どようびのにゃんこ」に出演するとのお知らせが貼ってありました。このお花屋さんは、枯れた雰囲気の面白いお花がたくさん置いてあるので、お気に入りの1軒です。お正月など、落ち着いた雰囲気のお花を贈りたいときには、こちらを利用してます。

自分では自宅に花を飾ろうなんてこれっぽっちも思わないのですが、昔から不思議と、プレゼントの花束を注文するという行為が大好きでした。義妹のバンドのライブにサイケデリックなブーケを贈ったり、職場を退職される先輩方に贈る花束を考えたり、そして今では年に数回義母に贈る花を選ぶのが楽しみのひとつです。そのときの気分によって、花屋さんをチョイスします。ここなら間違いないという花屋さんが1軒あればいいと思うのですが、意外とお店ごとに特色があるもので、使い分けるのがいいです。気に入ったお花屋さんがあっても、使いたい日にお休みだったり、何時の間にかなくなっていたりして、1軒だけで長く使い続けられるお店がないというのが実感です。
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2009年05月09日

I have a Dream.

今日もくだらない話です。すんません。
先日の『アメトーーク』は「夢トーーク」でした。始まる前に宮迫さんが、「友だちの夢の話が面白かったためしはない」と言い切ってましたが、面白いけどな。「夢にはオチがない」から、そういう意味で「面白くない」と言いたかったようです。笑いを求める番組で、こんな企画でいいのかと疑問を持ちながらやっていたようでした。
だけど、夢の面白さは、”本来ありえないような設定”なわけで、芸人さんたちの夢の話はそれぞれにありえない設定が笑えました。番組の最後には、テレビ局にそのまま泊まって、翌朝見た夢を発表するということにチャレンジしたのですが、見たいと語っていたような夢は見られなかった様子。中には、大きな目覚ましの音で、瞬時に夢を忘れてしまったという人も。目覚め方も大事ね。

そういえば、どこかで、見たい夢が見られる装置というのが売り出されてましたね。あれ、本当に使えるんだろうか。調べてみたら、ありました。タカラ(現タカラトミー)が発売した夢見工房ってヤツです。
1.視覚情報入力機能
2.芳香剤発生機能
3.BGM機能
4.ボイスレコーダー機能
5.目覚め機能
と5つの機能がついてます。写真などから視覚的情報をイメージし、音を聴くことでイメージを強める。だけど、この音に関しては内臓されているものしか使えないのか?ボイスレコーダーってのは、自己暗示をかけるために自分が見たい夢の内容を録音しておいて、それを小さな音量で流すということらしい。で、気持ちよく目覚められるように、光と音で誘導してくれるという機能もついてる。ちなみに2004年発売当時の定価は、税込み15,540円。高っ!
この装置を監修した、江戸川大学社会学部人間社会学科の松田英子先生によると、見たい夢を見るためのポイントは次のようなもの。
1.寝る前に心配事を整理しておく。
2.寝る前に、写真などで、見たい夢のイメージを意識化する。
3.睡眠をとる環境を整えて眠りにつく。
4.音声などで、睡眠中に、見たい夢を暗示させる。
5.光や音で、心地よい目覚めが迎えられる環境をつくる。
6.自分が見た夢を記録する習慣をつける。

実際に使った方たちの感想を聞いてみると、さまざま。もちろん、思い通りの夢を見られたという方もいらっしゃる様子。見たい夢を見るためには、まずリラックスすることが重要なようなので、過酷な現代社会に生きる私たちには、困難であるのかもしれません。装置の注意書きには「医師から、睡眠や精神面での治療を受けている場合は使用しないように」とあるそうです。
おそらくは、付属の夢日記のようなものの効果がデカいのではないかと思われるのですが。見たい夢を書き、実際に見た夢も書いていくというノート。装置を使わなくても、これだけでかなり効果がありそうな。あとはリラックスするために自分なりに工夫したり、寝入りばなに聴こえるようにBGMをセットしたり、寝る前に映像のイメージを脳にインプットしたりすれば。匂いは記憶と直結しやすいので、夢の内容を連想できる匂いというのもいいかもしれません。それから、起きるときには目覚ましの音を使ったりせずにできるだけ自然に起きることが大事。となると、お休みの日の前日にチャレンジするのがいいかもしれませんね。お酒を控え、空腹でも満腹でもない状態がよいらしい。そして、寝る前にトイレに行っておきましょう(笑)私はトイレを探している夢や、いくら用を足してもすっきりしないという夢をよく見ます(笑)おねしょしないだけマシ?
胸に手を置いていると苦しい夢を見がちで、膝を立てていると、それが倒れた時に、高所から落ちる夢などを見やすいのだそうです。寝る姿勢も大事ね。寝入りばなの精神状態も大事なようですよ。楽しい気持ちであれば、過去の楽しい記憶から夢を生成することになるらしい。

よくよく考えてみると、見たい夢を見るというよりは、悪夢を見ないための方法のような気がします。ネイティブ・アメリカンだったかアフリカの部族だったか、明晰夢を見ることを重視している部族がありましたね。日常的に、朝起きたら夢について話す。そして、悪夢だった場合は、それをどうしたらコントロールできたか、対処法を考えていく。たとえば、悪霊が出てくる夢なら、どうやって退治すればよかったかなどと考えるわけですね。そうやっていくうちに、夢の中でも、自分をコントロールできるようになり、悪夢を見なくなるという…。チベット密教の修行でも、夢をコントロールするという修行があったような。

個人的には、「これは夢だ!」と気付いてしまう明晰夢は、夢の楽しみが失われてしまうようで、ちょっとつまらない。ありえないようなことを楽しむのが夢の醍醐味だと思うのですが。ただ、悪夢をよく見る方は、夢をコントロールすることにチャレンジするのも悪くないかもしれませんね。私は不思議と悪夢を見ることは少ないです。たとえ自分が殺されるような夢を見ても、ちっとも悪夢だと思ってないからなぁ。何かに追いかけられる夢も少ないし、高い所から落ちる夢も見ません。本当に、過去数日間にあった出来事の記憶を再構成して見ているという夢ばかりだし。
今朝の夢はですね。「夢トーーク」に影響された夢でした。学校の寮みたいな建物で、友達同士で泊まる夢。着物は着ていなかったのに、誰かに「着物の裾から見えた足の血色が悪かった」と指摘されました。
前日観ていた昼の情報番組で、よそのお宅を訪問したときのマナーについてやっていて、先生がお着物を着てて、お手本で座布団に座るんだけど、やたら着物の裾を直すのが気になってた(笑)逆に着物を着慣れてないんじゃないのかと疑いたくなるほどで。それと、最近仕事で忙しく、ウォーキングに行けてないのが気になっていて、特に足の血行が悪くなってるだろうなって思ってました。ゆうべは何度も足がつりかけてたんだよね(笑)
こういう、記憶そのまんまの夢を見ることが多くて。だけど、極たまに直近の記憶の整理では説明がつかないような夢を観ることがあります。そういった夢は逆にものすごくリアルで、強い印象を残すものです。そして、自分は自分の姿をしていない別人として行動します。まるで前世の記憶を見ているような感覚です。このタイプの夢の内容は興味深い。行ったことのないような場所で、やったことのないことで想像もつかないことを体験します。

さて、今日は土曜日。明日がお休みという方も多いと思います。見たい夢を見ることに挑戦してみます?



posted by nbm at 11:29| Comment(6) | TrackBack(0) | 脳科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

ライオンは何処へ?

池袋三越が閉店したそうですね。
池袋が庭的な存在である私ですが、池袋三越に入ったことは、数えられるほどしかありません。それだけ立ち寄る回数が少ないデパートでした。はっきり言って魅力的に思える部分がひとつも無かった…。デパートといえば、西武や東武がありますし、パルコやメトロポリタン・プラザ、東急ハンズやサンシャイン・シティなどで事足りてしまって、あえて三越に行こうとは思わないのですよね。
しかし、これが日本橋の三越本店となると、話は別。日本橋は長年の会社員時代を過ごした場所であるので、日本橋三越には大変お世話になりました。しかし、お世話になったのは、主に地下の食品売り場でしたが。日々のお弁当やお惣菜、会社での3時のおやつのケーキなど、日常的にお買い物をしてました。
日本橋三越というデパートは、古い時代の格式が残っている店舗で、現代に至ってもお金持ちのマダムがお帽子を被って高級車で乗りつけるようなところでもありましたし、有名人が案内係を伴って店内を巡るような店でもありました。上の方にあった宝飾のフロアなどは、店員のユニフォームからして違っていて、よくあるブラウス・スカートにベスト的な制服ではなく、落ち着いた色調のワンピースを着ていたりして。たしかこのフロアは、床でなくカーペット敷きだったような。私のような一般庶民は出入りが憚られるようなフロアでありましたよ。
冷静になって考えれば、会社から一番近いデパートが日本橋三越だったというだけで、他に近くにデパートがあれば、他の店を使っていたのかもしれません。実際、三越で用が足りないときは、少し足を延ばしてタカシマヤに行ってましたし。東急(元白木屋)がなくなってしまったのは残念でしたね。後にコレド日本橋となってますが。今となると、また事情は変わっているのでしょう。
当時、まだ新館が改修される前の日本橋三越の品揃えを思い出すと、ターゲットにする年齢層をかなり上に設定している感じがしました。50代以上かな。なので、仕事を終えた若い世代のOLさんたちは、ここには寄らず、銀座あたりに繰り出すか、帰りがけに渋谷・新宿・池袋といったターミナルでお買い物をしていたと思います。今は、少し歩いて丸の内方面もアリかもしれませんね。

とにかく、三越は全体的にターゲットを絞り込めていないという印象を受けました。高年齢を狙うなら、京王みたいな極端な戦略もありだったかもしれません。お金持ちのおうちには、実際は外商の人たちが通っていたのかもしれないけど、店舗のイメージとして、中身のあまり伴わない高級感があったのも、庶民的な池袋という地域では逆効果だったかな。
立地も不利でしたね。駅からほんの少しだけど歩かなきゃいけなかったから。長い横断歩道もしくは地下道を渡るだけだけど。
とはいえ、高年齢を狙う京王や、ファッションの流行の最先端を常に追いかける伊勢丹など、どこかに特化した部分がないと、今の百貨店業界ではうまくいかないのかもしれません。

しかし、デパートって、何を買うところですか?(笑)
私個人はデパートで洋服を買うことはありません。若い頃は買ったこともありましたが、今はないです。地元の馴染みのセレクト・ショップか、商業ビルに入っているようなカジュアル・ブランドでしか買わなくなりました。じゃなきゃ、ユニクロか(笑)身に付けるもので考えると、靴だけはデパートで買うこともあるかもね。近年はスニーカーくらいしか買わないから、正直わからん(笑)
普段の食材は近所のスーパーで充分だし、たまにデパートの閉店間際の時間に居合わせたときに、魚屋さんの値下げ品を狙うことはありますが(笑)
日用品の小物類は、例えば無印良品のような雑貨店で済ませるし、家電製品や家具を考えても、デパートでは買わないよねぇ。CDやDVD、本なんかもそれぞれの専門のお店で買いますね。
そう考えると、誰かへのプレゼントとか、お礼の品とか、そういった物以外は買わないかもしれません。特に目上の方に贈り物をする場合は、なんとなくまだデパート信仰のようなものが残っているような気がして、どこそこのデパートの包装紙を見ただけで、中に入っている品物の品質について保証されていると感じるようなところがあると思います。

私の場合を考えると、物を買うときには、欲しい品物ごとに買う店が違ってる。たまった買い物をデパート1軒で賄うってことは、できませんね。いや、デパートにはそれぞれのものの売り場はあって、品物も置いてあるんだけど、自分が欲しいと思うものは置いてないってことだね。これだけ趣味が多様化してくると、狭い売り場にすべてのものは置けないし、万人に対応する品揃えってのはムリなんでしょうね。
ただ、なんとなく消費動向とか流行をリサーチするのには便利。品物は買わないけど、上から下までさーっと回って見るだけで、今どんなものが売られているのかというのは大体わかります。まさに、ウィンドウ・ショッピング(笑)

ネット上で何でも手に入る世の中ですからね。
私は実際に実物を見ないと気が済まないタチなんで、あまりネットでの買い物はしないのですが、そういう私のような人間でさえデパートで物を買ってないんですからね。一体、誰が買ってるんだろう?
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2009年05月06日

ステイケーション

GW終盤は、残念ながら雨になってしまいましたね。
マンションから見下ろせる住宅では、雨の中、お庭にタープをかけて、その下でBBQをしてました。まさに”Staycation”!

脱線しますが、ネット・スラングで”QBK”というと、某サッカー選手が、ワールドカップの時にゴール前でのパスに反応できずシュートに失敗し、「急に(Q)ボールが(B)来た(K)ので…」と言い訳したことを揶揄した略語です。
だとすると、”BBQ”は「ボールが!ボールが急に!」だろうと、うちではそういうことになってます(笑)そんな話が頭にこびりついてしまっている私には、BBQというと、「ボールが!ボールが急に!」という勝手に作ったフレーズが頭に浮かんでしまって困ります。

眼下にBBQを見下ろしつつ、「負けてらんねぇ!焼かれる前に、焼いてやる!」と、お昼はカルビ・クッパを作ってみましたよ。そして、いただきものの柏餅も食べたりして。そんなGWでしたわ。
ダンナさんは8連休だったのに、私は仕事がごっそり入ってしまい…。今日は仕事をする日、今日は遊ぶ日と、メリハリをつければよかったのですが、ダラダラと仕事をしているうちに時間が過ぎてしまいました。

長い連休というと、どこかしら気の緩みが出てしまい、お料理を手抜きするというか簡単に済ませようとする心理が働いてしまうようです。特にお昼にその傾向が強く出ます。このGW中に作った昼のメニューは、混ぜ寿司、やきそば、ミートソース・スパゲティ、冷やし中華など。一品料理が中心でした。ま、ね、365日毎日3食作り続けているわけですから、ちょっとくらい勘弁してくださいよ。毎日、栄養バランスを考え、カロリーを計算したメニューを3食用意しているので、慣れはしましたが、手抜きがしたくなってもご愛嬌ってことで。外食は月に1度もするでしょうか。カップ麺やレトルト食品などは、多くても月に数回程度しか食べません。調味料や脂をたくさん使ってれば、何だって美味いに決まってるんです!人が作ってくれるってだけで、美味しいんですけどね。だから、うちではカップ麺やジャンク・フードが”ごちそう”なんです(笑)あとは全部手作り。カレールーなどの市販の調味料を使ったりもしますが、例えばドレッシングなんかは市販のものと手作りのものと半々くらいで使ってます。

スパゲティのために作ったミートソース。半量残しておいたミートソースを使って、ポテトグラタンを作りました。ホワイトソースは、いつも電子レンジで作ります。焦げないし、ダマにならないし、簡単。
豚肉の味噌漬け焼きも作りました。味噌だれを作って、豚肉を数時間漬け込んでおいて、焼くだけ。これも簡単。
やっぱり、あらためて考えると、さほど手の込んだものは作ってませんねぇ(笑)お料理は嫌いじゃないけど、特別好きなわけでも得意なわけでもありません。ただ、何も形になっていないところから始めて、できあがりを見ると、何がしかのものを創りあげたという達成感と、そのクリエイティブな作業が面白い。調味料の調合は、化学の実験をしているみたいな感覚ですしね。

メニューを考えるのに、いくら考えてもピンとくるものが出てこない日ってのがあります。私の場合は、肉・魚などのたんぱく質は、買い物したその日にお安いものを買ってきて、野菜は適当にまんべんなく買っておき、たんぱく質を中心にメニューを考えるというパターンが多いです。しかし、先日は、どうしてもミートソース・スパゲティが食べたくなり、ひき肉とかトマト缶とかセロリとかを買いに行って、それから作ったりしてましたけども。メニューに詰まると、レシピ本をパラパラめくったり、ネットでレシピを探したりして、新たなレシピに挑戦したりします。最近のヒットは何だったかな。タラのブイヤベース風とか、鶏とごぼうのゴマ味噌炒めとか、牛肉わかめうどんとか。

仕事をしていただけで、どこにも出かけず、かといって本を読んだりDVDを鑑賞したりということも特にしていない。小難しいことも考えず、ぼんやりしているし、ホント、ネタのないGWですわ。すんません。
経済状況とか、新型インフルエンザとか、ETC渋滞とか、おうちやその周辺で過ごすというStaycationが似合うGWでしたね。(←負け惜しみです)
明日からはお仕事という方が多いと思います。今日1日、しっかり遊び、もしくはしっかり休んで、明日からの日常に戻るべく、有意義な時間をお過ごしください。


posted by nbm at 10:20| Comment(4) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする