2009年11月28日

入部!(爆)

あまりにストレスが溜まっている私を見かねたダンナさんが、数日前からオッサン軽音部のアジトへ私を連れて行きたがっていたのですが、ついに昨晩それが実現しまして。めでたくオッサン軽音部へ入部と相成りました(笑)

このアジトは、防音室となっているため、みなここにギターを背負ってきては、ジャカジャカ弾かせてもらうというわけです。
私もムスタングちゃんを背負って訪問!玄関のドアを開けた友人は、ギターを背負った私の姿を見るや、大爆笑してました。いい歳こいて、それぞれギターを背負った、まるで中学生のような我々夫婦の姿に大ウケ。
巨大スピーカーが並ぶ防音室に入ると、そこにはギターが3本。友人のKramer、ダンナさんのAria、私のムスタング。それに、いくつも並ぶモニター画面には変幻自在のエフェクターがスタンバイ状態。
ギターを並べてみると、あらためてムスタングの小ささを実感。独特の音色も再認識。様々なエフェクターで音色は当然変わり、ゴリっとした音も出せるけど、基本の軽い音はどこかに残る。一方、友人のKramerはジョリジョリしてるし、ダンナさんのAriaはサンプル音のようにストレートでいじりやすい。直接聴けなかったけど、もう一人の別の友人のEDWARDSは、いちばんヘヴィな音で、ズーンという低音が混じり、いっしょにベースを弾いているような音がするそうです。それぞれのギターに特徴的な音がするものですが、この防音室で弾くと、それぞれの特徴がよーくわかる。
防音室に棲む友人がギターを始めたのは、シルバー・ウィーク。私より1ヶ月ほど先輩になりますか。彼は、たった1日で、ある曲をマスターしています。私はまだ初めて1ヶ月ほど。通して弾ける曲はありません。だけど、同じビギナーとして、共感できることがたくさん!左手の薬指と小指の先が一番硬くなるよね。鍵盤楽器経験してると、音程が上がるときに左手が左側に移るのに違和感を感じる。など。
少し練習できない日が続いたら、逆に余計な力を抜いて弾けるようになったということを私が話すと、彼もそうだったと同意していました。私は、1週間ほど弾けず、下手なものがもっと下手になっちゃったかなと心配していたのですが、久しぶりにギターを手にとってみると…あれ?なんか別に下手になってないし、逆にガチガチに入っていた力が抜けて、自然な感じで弾ける!おもしろいものです。
彼は手が大きいのに、4フレットを同時に押さえるのが難しいらしい。どうしても小指が内側に曲がってしまうよう。私の手は彼に比べれば小さいけれども、4フレットを押さえるのは苦じゃありません。人によって、指の動きが微妙に違うものですね。当然、彼にはできて私にできないことの方が全然多いわけですが。

ロクに弾けないながらも、数時間音を出させてもらい、とても楽しい時間を過ごしてきました。ビギナー同士として語りあえたことも有意義だったし、友人と、連れ出してくれたダンナさんに感謝、感謝!今度、アジトに行くときまでには、1曲くらいマスターするぞ!
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2009年11月27日

梅三千世界香

えー、この2週間ほどの間、色々とありまして、ストレスが溜まりまくり、ひどい精神状態が続いておりました。自分でも、このままではいかんと思い、気分転換にふらっとミニ紅葉狩りへ。
なにせ、周囲の木々が紅葉しているのも目に入らないくらい、心に余裕のない日々を送っていたもので。

先日、夜間に車で前を通ったときに、ライトアップされた紅葉が綺麗だったポイントへ、明るいうちに行ってみました。
ここは、<日本電力の王>と呼ばれた実業家であり、茶道にも造詣の深かった松永安左エ門さんが作った草庵がある場所、睡足軒。
本来は、その向かい側にある平林寺が紅葉の名所なのですが、そっちは今観光客ですごい賑わい。入るには拝観料も必要だし、今の私はあまり気が進みませんでした。こじんまりとした睡足軒で充分だ。タダだし(笑)
夜の方がゴージャスに見えたなと思いつつも、ぐるっと一回り。ミニ紅葉と、雑木林の独特の空気を楽しんで、そろそろ帰ろうかと思ったとき、草庵の裏手に小さな看板があるのを発見。奥まで入っていいのかわからず、手前からなんとか看板が読めないかと覗きこんでいると、作業着姿のおじさんが声をかけてきた。「あそこに何て書いてあるのかと思って」と言うと、おじさんがずかずか奥まで進んでいくので、後に付いていく。
そこには立派な筆文字で、「梅三千世界香」と書かれていた。「梅、三千世界にかんばし」と読むらしい。平林寺に関連のある場所であるので、禅のことばのようだ。おじさんは、「意味がここに書いてあるんだよ」と看板の側面の泥を指で拭って見せながら、説明してくれた。「オレが貼ったんだ、それ」だって(笑)看板を作ったご本人に説明してもらってよかったよ。おじさんも、私一人でもその看板に興味を示してくれた人間がいたことを、きっと喜んでいるに違いない。木の板に、紙を貼って、ビニールを被せただけの簡単な看板だったのだけれども、その言葉は私の心にとても響いたのだから、おじさんも作った甲斐があったよな。
禅のことは知らないし、正直興味もないけど、これは、梅の香りが世界に広がるってことだよね。たった1本の梅の木の花の香りがその強さゆえに、全世界に広がっていく。人の心を三千世界に例えれば、小さなひとつの思いが、人の心の奥深くまでやがて浸透していく。そんなイメージが沸きました。今の私にとっては、とても深い意味にとれることばだった。
おじさん、ありがとう。

さて、話のついでだから書いてしまいましょう。
昨日は、天皇陛下と皇后様が、美しい紅葉を観に平林寺へいらっしゃるとの情報を得て、沿道でお出迎え&お見送りに行ってきました。
超厳重警戒〜!しばらく前から車の通行はストップ。数分前からだと歩行者も止められてしまいます。沿道で立つことが許されるのは片側のみ。しかも、集団を数か所にわけて固められる。沿道にずらずらと並ぶことは許されない。上空にはヘリが飛び、白バイ、パトカー、警官がわんさか。SPも立ってる。警察の腕章を付けた若手の私服警官がたくさんいて、人の誘導にあたります。この人たち、一様にとてもあたりがやわらかく、なぜか若い人ばかり。所属はどこの人たちなのか。埼玉県警でないことだけは確かだな。しかし、まさかバイトじゃあるまいし(笑)わけもわからず、通行を止められた人たちは怒ってましたが、それを制止しつつなだめるのが、この人たちの主な仕事。待っている間に、細かい注意事項を伝えたり、日の丸の旗を配ってたのも、この人たちだった。
予定時間ぴったりに警察車両に先導されて、陛下と皇后様が乗る車が通る。にこやかなお二人のお顔がバッチリ見えた。特別、皇室ファンじゃないけれども、やっぱり嬉しい(←ミーハー 笑)。

実は、以前にも一度、陛下と美智子様をお見かけしたことがある。
もう10年以上前になるか、友人たちと花見に行き、浅草から水上バスに乗って、日の出桟橋に向かった。船を降りたところに、ちょうどホテルがあったので、そこでお茶をしようということになり、ホテルのカフェに入る。だけど、ホテルの外には数メートルごとにSPが立ってる。何事かと思っていると、天皇陛下と美智子様がホテルに入っていらした。学習院の同窓会か何かが開かれていたようで、そこに出席されるためにいらしたということ。
そのときを思い出すと、両陛下はもっとフツーで身近な感じで、今回ほど厳重な警備ではなかった気がする。

ってことで、なかなか経験できない貴重な体験をしてきましたとさ。
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2009年11月25日

わが漫画史

もう何年もロクにマンガを読んでない。LOVELOGの「トラバー」のテーマに「好きな漫画」とあったので、ちょっと振り返ってみようかな。「トラバー」にトラックバックはしないがな!

初めて買った漫画本。
それは、萩尾望都『トーマの心臓』。しかも1巻だけ(笑)なぜにそれを選んだのか、今となってはナゾ。たぶん、小学生の低学年の頃だったと思う。いや、そんな年齢で読んでもわからんて(笑)当時は理解できずにつまらなかったのか、続巻を買ってない。っていうか、今に至るまで続きを読んでない…

小学生の頃は、大和和紀『はいからさんが通る』とか『ヨコハマ物語』とか、一城ゆかり作品だとかを読む一方で、高階良子、わたなべまさこ、美内すずえといった恐い作品をよく読んでいた記憶がある。マンガ雑誌でいうと、「ちゃお」を読んでいた記憶があるんだけど。全員プレゼントとか応募しちゃったりして(笑)「なかよし」でも「りぼん」でもなく、「ちゃお」を愛読していたというあたりに、我ながらすでに”あまのじゃく感”が溢れている感じが…。
一方で、「少年チャンピオン」と「少年ジャンプ」を愛読。鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』が大好きで、当時の持ち物には、切り抜かれた”としちゃん”や”きんどーさん”がペタペタと貼られていた。愛着と言うと、少女マンガよりもこっちの方が強かったかも。
中学生くらいになると、「少女フレンド」をよく読んでいたけど、他のマンガ雑誌も友人と貸し借りし合って読んでいたな。「マーガレット」でお気に入りだったのが、沖倉利津子さんの『日曜日は元気!!』などのセッチ・シリーズ。これが、今猛烈に読みたいんだけど、その辺の古本屋じゃ売ってない。ネットで買えばすぐに買えると思うけど(笑)
高校生くらいになると、マンガ熱は冷めていて、いや本もあまり読まなかった時期だったけれども、一体何をやっていたかというと、たぶん、ファッション雑誌や音楽雑誌、映画雑誌などを読んでいたのではないかと思われます。

大学生になって、マンガ熱は復活。
この頃には、青年誌に載っているような作品を好んで読むようになってた。この頃に読んだ一番のお気に入りは小林じんこ『風呂上がりの夜空に』。これは、本当に大好きな作品。友人がオススメだと教えてくれた作品で、大のお気に入りになった。
当時、最寄り駅近くに貸し本屋というのがあって、マンガも貸してくれた。今ではツタヤがやったりしてるけど、当時はなかなか珍しい存在だった。その貸し本屋で借りたことがきっかけになり、大判の青年向けコミックをよく読むようになった。泉昌之にハマったのはこの頃で、『かっこいいスキヤキ』など当時の作品は、ほぼ揃ってる。あとは、吉田戦車『伝染るんです。』とか。それから、藤原カムイ作品とか。

その後はすごく単発的。
たとえば、『動物のお医者さん』にハマり、『おたんこナース』など佐々木倫子作品を読み出したり、『コーリング』岡野玲子作品にハマり、『陰陽師』を揃えてみたり。ダンナさんの影響で、手塚治虫『火の鳥』聖悠紀『超人ロック』を読んでみたり。
結局、今も買い続けているのは、あしべゆうほ『クリスタル・ドラゴン』のみ。話が進まないよー!あとは人に借りたりして、購入さえしません。『鋼の錬金術師』『BECK』も、人に借りて読んだきりなので、いまいち内容を憶えてない…。
何度か経験した引越しで、ダンナさんも私も大半のコミックを処分してしまったので、今はほとんど手元に残ってないんだよね。

ちなみに今一番欲しいのは、たがみよしひさ作品『化石の記憶』。これも古いんで、その辺には簡単に売ってない。ネットで買えばいいんだがな!アニメ原作として興味のあるものは山ほどあるけど、原作まで手がまわりません。
posted by nbm at 15:35| Comment(4) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

「食べる」ということ

みなさんは、今朝、何を食べましたか。
うちでは、バターロールにスクランブル・エッグ、きゅうりとハムをカロリーハーフのマヨネーズであえただけのサラダ、それにコーヒーといったメニューでした。なんのことはない、とても簡単な朝食です。でも、炭水化物とたんぱく質、繊維質である野菜といったポイントは押さえてあります。もちろん、カロリーも計算済み。今日は少なめ、400kcalほどです。
会社員時代を思い起こすと、朝に弱く、遅刻ギリギリだった私は、何も食べずに出かけ、コンビニでサンドイッチやおにぎりなどを買って、会社に着いてから始業直前に急いで食べるといったような始末でした。
実家で生活していた学生時代の頃の朝食は、すでにほとんど記憶にないのですが、たまに前日の夕飯の残りで、朝からカレーとか、朝からカツ丼とか、そんなヘビーな朝食があったことは憶えています。どちらかといえば、朝食はちゃんと食べていた方なのではないかと思うのですが。

そして、昼食。
健康を考え、食生活をがらりと変える前のことを思い出すと、多めに作った前日の夕飯の残りや、麺類やチャーハンなど簡単にできる1品料理を食べていたことが多かったように思います。
会社員時代は、お弁当屋さんのお弁当やコンビニで買ったパンやカップ麺などが多かった。
大学時代は学食や喫茶店などでの食事、高校時代は母がお弁当を作ってくれました。小・中学校では給食ですね。

んで、夕食。
どうしても、3食のうちでは一番ヘビーになりがちでしたね。
一番ひどかったのは、昼は会社、夜は学校に通っていた時代。学校の授業がある日の夕飯も、自分が帰ってから作っていたので、作り始めるのが早くても10時を過ぎてました。食べるのは11時や12時近いなんて日もありました。これじゃあ太るのも当たり前って感じで(笑)当時は義母と同居していたのですが、食事を作るのは私の役目と決まっていて、そのことに遠慮したのか、お腹を減らして気持ちが悪くなりながらも義母は夕飯を作らず、我慢して待っているという状況で(笑)今になると、その辺りがなぜもっと工夫できなかったのかと、自分でも不思議なのですが。自分が手術をして退院し、1周間ほど実家で療養して戻ってきたら、「なぜ食事を作らない?」という空気になってきたので、ガウン姿で立っているのもやっとという状態で足をふるふるさせながら食事を作っていたのも、今ではいい思い出です(笑)それほど、食事当番の呪縛は強かった…
実家で生活していた頃の夕飯を思い出してみるのですが、正直あまり憶えていません。ごはんがあって、おかずがあって、汁物があってというごくフツーの食事だったような気がします。ただ、好きなメニューだとバカ食いしていたのは憶えてます(笑)カレーやスパゲティだと必ずおかわりしていたし、小学生時代にとろろめしを食べすぎて胃アトニーになり、胃腸病院の先生に「ここは小学生の来る所じゃない!」と怒られたものです。

長々と、自分の食生活を振り返ってみましたが、先日のテレビ番組で、今の食生活を取材した内容が、自分には衝撃的に映ったもので。
おもしろかったのは、小学校の運動会のお弁当タイム。コンビニ弁当やファースト・フードは当たり前、小学校の近所のレストランで食事をしていたり、小学校にピザが配達されるということもあるとか。なるほどね、そういう手があったか!そこまで考えつきませんでした。イベントと考えれば、レストランやピザという選択も一理ある(笑)運動会でシートの上座って手作りのお弁当が広げられるという光景は、もはや過去の幻影なのですねぇ。自分が親の立場だったら、普段は子供にテキトーな食事をさせていても、ここぞというときには豪華なお弁当を作ってあげたいと思うのではと想像してみるのですが。
手作り弁当を作らない母親たちへのインタビューを聞いてみると、やはり「面倒」とか「大変」といった思いが見え隠れします。

運動会だけでなく、普段の食事も変わりつつあるようです。菓子パンのみの朝食、食卓から消えたみそ汁、魚料理はしない、子供が自分で自分の分だけ買ってくるコンビニのパスタ、大きな鍋のままど〜んと食卓に出される夕飯…。親の側からすると、手間をかけたくないし、子供が食べたいものを好きに食べればいいというスタンス。子供の側からすると、嫌いなものは食べない、食べたいものだけを食べるというスタンス。
そりゃあ食事を作るということは、大変なことだと思います。食事作りに手間をかけられないのは、おそらくは仕事を持っていたりする忙しいお母さんたちでしょう。だけど、忙しいからと言って、あまりに食事への手間を切り捨てすぎると、後で痛い目に遭うような気がするのですが…。栄養の偏りから病気につながることもありますし、情操面からみても、鍋から直接食べる食事や、トレーのまま食べる弁当がいいとは思えない。個人的な意見ですが、食事をないがしろにしていると、他のこともどんどんグダグダになっていくような気がします。

以前、「UMAMI」という記事を書いたことがありますが、味覚が発達するのは、小学生のうちくらいらしいです。その頃までに、様々な味を体験しておかないと、後になってからでは「おいしい」と感じられる味を広げることができない。嫌いなものやアレルギーがあるのは仕方がないことですが、いろんなものを食べるという経験が、意外と大事みたいです。
重い病気になって、好きなものを食べられない人が、どんなに切ない思いをするか、知っていますか。そんな思いをしている人もいるのにとかいう比較が言いたいんじゃありません。食べるという行為は、自分が思っている以上に、色々な意味で自分に大きな影響を与える行為なのだということを自覚したい。私はそう思います。

えらそうなことは言えません。だけど、自分も食事についていい歳になるまであまり考えたことがなく、失敗してきたから言うのですよ。生物としても、人間としても、食事を甘くみてはいけません。
posted by nbm at 10:49| Comment(3) | TrackBack(0) | 気になったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月20日

まじめなことも考える

いつもくだらないことしか書いていないので、今日はまじめなことを書きます!
って、宣言してしまうあたりが、いかにまじめなことに取り組んでいないかという証明になるわけですが。

まずは、秋葉原無差別殺傷事件のこと。
被害者の元タクシー運転手・湯浅洋さんが、加藤被告からの謝罪の手紙に返信したとのこと。加藤被告から、被害者や被害者の遺族の方々に送られた手紙は、受け取り拒否にあったものも少なくないという中、湯浅さんは送られてきた手紙を読み、「もっと君を見せてくれませんか」と返信したという。湯浅さんは加藤被告に手紙を書くことを前々から考えていて、ノートにその内容を書き溜めていたのだそうですね。湯浅さんは命をとりとめたとはいえ、重傷を負われたわけで、しかも、他の被害者の方を救助しようとしていたところを刺されたわけで。この傷で、タクシー乗務員を続けることが難しくなって、今は求職中だという話。それでも、寛大に、冷静に、加藤被告と相対する姿勢を見せる湯浅さんは、器の大きい方ですね。
一歩間違えれば、自分も被害に遭っていたかもしれない状況だったことから、この事件にはどうしても感情移入してしまいます。
先日、母が、どっかの誰かの危険な運転が原因でケガをしたばかりで、”被害者”が”加害者”に対して抱く怒りというのも、レベルが違いますが感じたばかり。母の場合は、どの程度相手に過失があったか、よくわからないわけですが。
人はこういうことには、怒り、責任を問い、賠償請求をする方向にばかり行きがちなのに。湯浅さんの対応には感心するばかりです。
人の心の中の闇は、その人以外の他人には理解できないと私は思っています。その闇を追究したところで、それをどう説明してもらったところで、他人には理解不能なことだと思います。
だけれども、それでも、対話を続けようとする湯浅さん。今後のやりとりも見守っていきたいです。

もうひとつ、まじめな話。
仕事をしていて、興味深い作品に出遭いました。
それは、『意志の勝利』(1935)
これは、かのヒトラーがレニ・リーフェンシュタールに作らせたプロパガンダ映画です。ヒトラーが政権を取った翌年、ナチスの党大会を記録した映像。ヒトラーは、この作品で国威を発揚し、自らのカリスマ性を広めようとしたわけです。
今年、日本では1942年以来初めてリバイバル公開されたそうですが、このほど、67年の封印が解かれ、日本語字幕がついたDVDが発売されることになりました。本国ドイツではいまだに一般上映禁止の作品であり、当然のことながら、黒い歴史を繰り返さないための資料として発売されるわけです。
仕事をしていて、笑っちゃいました。だって、「キャスト」の欄の名前が凄すぎる。アドルフ・ヒトラー、ルドルフ・ヘス、ヨーゼフ・ゲッペルス、ヘルマン・ゲーリング、ハインリヒ・ヒムラー…。豪華キャスト競演といった感じ(笑)「スタッフ」欄の製作者としてアドルフ・ヒトラーの名前もあります。すげぇ違和感があるんですけど。
現在は、YouTubeでもたくさん観ることができるMAD「総統閣下シリーズ」でパロられる程度の存在に成り下がっているヒトラーですが(興味のある方は検索してみてください)、モノホンの迫力を観ることのできる、数少ない映像作品なのではないでしょうか。
ちなみに、「総統閣下シリーズ」の元ネタである『ヒトラー 〜最期の12日間〜』は、だいぶ前に入手しているのですが、真剣に観たいのに、あのくだりが始まったときに、どうしても笑ってしまうんじゃないかと心配で、なかなか観ることができません(苦笑)たぶん、ブルーノ・ガンツの見せ場だと思うんだけども。
えっと、ちょっとまじめさが消えてきちゃったな。
これでも、ホロコーストについては興味が強く、ライフワーク的に追っていきたい主題のひとつであるので、『意志の勝利』にも興味があります。
プロパガンダについてや、レニ・リーフェンシュタールという人についても、いつか記事にしたいですわ。

内容を観たわけではないので、紹介程度になってしまいましたが、本日は少しだけ”まじめモード”でお送りしました。
posted by nbm at 10:50| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

地道に練習中

DTMをやろうというのをきっかけに広がったオッサン軽音部の活動は地道に続いていますが、別口の友人がLIVEをやるとのこと。なんだか最近よくスタジオに入っているというウワサは聞いていたのですが、LIVEハウスでLIVEを演る運びとなったようです。彼らはその昔”イカ天”に出た経験があったりするような人たちでセミプロみたいなもんなんで、オッサン軽音部とはレベルが違うのですが、EXTREMEのコピーをやるとか。なんか流行ってきてるね、バンド活動。
私がギターを始めたというウワサは、あまりのとんちんかんさにこの友人の耳にまで轟いているようで(笑)しかし、ここ数日、ゴタゴタしてた上に、鬼のような仕事も入り、ゆっくりギターに触れる日がありません。忙しいんだけど、今日はちょっと触りたい。まだまだ、単音弾きもコードも安定した音が出せません。曲になんて、ならない。だけど、イヤにならないのが不思議ね。弾いていると、時間を忘れます。数日弾いてないので、弦を押さえる左手の指先が毎日ジンジンしていたのも引いてきたけど、段々と指先が硬くなってきてますよ。一度硬くなって、それから軟らかくなるのだとか。チューニングさえ、まだまだ一苦労。調整したい弦と違う弦のペグをうっかり回しちゃったりして、すっごく時間がかかります。何やってんだか(笑)
実は、私がムスタングを買ったと同時に、ダンナさんはAria ProUというギターを買いました。初心者に勧められるタイプのギターですね。うちにはフライングVしかなかったので、フツーのカタチをしてて弾き倒せるギターがまず欲しいとのことで。しかし、これがなかなかバカにできず、けっこういい音が出ますし、さすがに弾きやすいです。ムスタングは指板にカーブが付いていて、コードを弾くときに初心者の私にはちょいと難しいのです。端っこ、つまり1弦側と6弦側が低くなっているので、ピックもRをつけて動かさないと上手に弾けない。Ariaは指板が平らなので、コードを弾く練習では、まずこのAriaで弾いてみるということもやってみています。ショートスケールのムスタングは、ある意味弾きやすいはずなのですが、このAriaはショートスケールではないけどネックが細めなのですよね。ミディアム・スケールなのかな?だから、わりと弦を押さえるのが楽です。
オッサン軽音部のメンバーでは、今は無きKRAMERや、根強い人気のIbanez、そしてESPと、なぜか異なるメーカーのギターが集まってきました。そして、私がFender Japan。ピックアップも、フロイド・ローズありセイモア・ダンカンありで、それぞれに個性がある音が出るようです。
ゴリゴリの音が好みのオッサンたちとは対照的に、ノーマルのムスタングちゃんは、ペランペランの音が出ます。と同時に「コーン」とボディに響く音が出るのが特徴的です。最初はムスタングにあまり興味がなかったダンナさんも、弾いてみると「かわいい音が出る」と事の外お気に入り。ダンナさんがムスタングをチャカチャカ弾いていることもあります。

数十年の間に、ギター・メーカーの勢力図も大幅に変わっていて、無くなってしまったメーカーがあったり、新しく台頭してきているメーカーがあったりしています。まだまだ知らないギターがたくさんあって、そういうことを知るのもまた楽しいです。
posted by nbm at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Guitar | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

やっちまったな

実家の母がケガをしまして。
ドジっ子キャラなんで、何をやっても驚かないのですが。
何しろ、天ぷら鍋に火をつけたまま忘れて、2度もボヤを起こしたことがある”こまったちゃん”ですからね。
そんな人に車の免許を取らせることはできないと、自動車運転免許の取得に関しては、「コイツを車に乗せたら凶器にしかならない」と常に家族の大反対に遭い、阻止されてきました。
というわけで、買い物に出るのには、いつも自転車を使うのですが、これがまた運転がへたくそで、今までも何度も転んで肋骨にヒビが入ったことがありました。よかれと思って三輪自転車を購入させたのですが、そっちの方が運転が難しいと言って、せっかくの三輪自転車は放置されたまま…。結局、普通の自転車に乗り続けておりました。ちょっと風が吹いたり、荷物が重かったりすると、転がして歩いて帰ってくる始末。
そんな母がいつものように自転車で買い物に出かけ、とある駐車場から急に大回りで出てきた車を避けようとして、自転車ごと転んでしまいました。直接車と当たりはしなかったものの、自分の危険な運転で、そこにいたばあさんが自転車ごと倒れたというのに、車の運転者は何事もなかったかのようにそのまま行ってしまったそうです。逃げたに違いありません。気づかなかったはずはない。
母はといえば、転んだ瞬間ちょうど頭を縁石にぶつけそうだったので、頭を守ろうと精一杯。アスファルト道路に体を打ちつけたてしまい、肋骨が折れました。それと腕を打撲したのか、手の甲が腫れあがってました。そんな状態なので、自力で起き上がることもできず、走り去った車のナンバーや色など、瞬時に確認するどころではなかった様子。
母はアホな子なので、そんな状態でありながら、「救急車を呼びましょうか」という親切な方の申し出を断り、自転車を現場近くの店に預けると、どうしてもこれだけはと痛みをこらえつつ徒歩で用事を済ませて帰宅したようです。バカじゃねーのか。それどころじゃないっつーの!こういう時の優先順位がわからない人なんですよね。人に迷惑をかけるとか言って、自分のことが後回しになってしまうんですよ。どう考えても、先に病院だろ。あきれてものが言えません。
ちなみに、そんな感じなので、医者にも遠慮をしてしまい、いつも肝心なことが言えずに用が足りません。事故後、病院には一人で行ったので、肋骨が折れていることまではわかったものの、腕の痛みをはっきり訴えることができずに診てもらえず、翌日もう1度病院に行きなおすことになりました。私に最初に連絡をくれたときも、車とぶつかりそうになったとは一言も言わず、自分で転んだと言ってましたし。終始その調子で。自分の遠慮が返って、まわりへの迷惑になるということがわかっていないようです。
結局、折れていたのは肋骨だけだったようで、あとは片腕のひじから手の甲にかけて腫れているのみ。不幸中の幸いと言ってよいでしょう。ということで、自宅でじっとしているしかないということになりました。対処としては、鎮痛剤と湿布薬しかありません。
必要なものを聞いて買って行き、数種類の野菜類を茹でて下ごしらえしたり、簡単なものを作ったりして、手間がかからずに食べられる状態にしてきました。一方で、その間にダンナさんが腕を吊る三角巾や温湿布を買ってきてくれました。よく気が付く娘婿なのです。ありがたいことです。

倒れた時に縁石に当たって骨折した話や、自転車同士の事故で寝たきりになった話など、何人かの友人の話で、高齢者の自転車事故の恐い体験は聞いていましたが、うちでも恐れていた事態が起きてしまいました。まだ、軽症でよかったのですが。これからを考えねばなりませんなぁ。
posted by nbm at 10:23| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

ケレコツ・マープ

アニメ作品を観ていると、作品ごとの独自の世界観があり、中には耳慣れない言語や人名が飛び交うことがあります。
たとえば、『獣の奏者 エリン』。舞台としては、モンゴル的な中央アジアのようなところを想定しているようで、その中で、闘蛇と呼ばれる竜のような生物や、王獣と呼ばれるバカデカい狼に翼が生えているような生物がでてきます。上橋菜穂子さんの小説を原作としている作品なのですが、画に起こすには相当苦労しただろうなと想像できます。アニメ化の前に漫画化されているようなので、そちらの方が大変だったかな。今回のサブタイトルは「アクン・メ・チャイ」。これがなかなか憶えられない。原作では”魔がさした子”という意味の言葉となっているらしい。”霧の民”という放浪する民族出身の母の血を受け継ぐエリンは、”アクン・メ・チャイ”。父は闘蛇を育てる村の出身で、つまり、父母の恋は許されぬものであって、掟破りの末にできた混血児ということらしい。
この”アクン・メ・チャイ”が思い出せなくて、ダンナさんに「何だっけ?」と問うと、「”ハミュッツ・メセタ”だろ?(笑)」…
いや、違うって、それ。ボケてるのはわかるけど”メ”しかあってねーし。ちなみにこの”ハミュッツ・メセタ”というのは『戦う司書』という別の作品に出てくる人名でして。こっちは、人は死ぬと本になるという世界で、活躍する武装司書の話なんですが、雰囲気的にはヨーロッパ風な感じ。

んで、今度は『テガミバチ』を観終わって、ダンナさんが「ケレコツ・マープがさぁ」と話し出す。ん?ケレコツ・マープってなんだ?聞いたことないけど。「これだよ、これ」エンディングでの一場面を一時停止させて、ダンナさんが私に示したそれは、作中で激マズいと言われているスープの缶詰。夜が明けることがない星を舞台に、手紙を届けるテガミバチたちのお話なんだけれども、街から街へと移動する途中の食糧として出てくるこのスープ。その世界ならではの文字で書かれているが、ラベルを見てアルファベットに準じて読むと「ケレコツ・マープ」と読めなくもない?(笑)いや、違うと思うけど。勝手に作んなや!捨てるところのないケレの骨を煮込んだマープってなんだよ!(←ダンナさんの作ったウソです)
だけど、この聞いたこともないカタカナの羅列でできた言葉を、もしかして、アニメの世界観で使われている何かの造語だったっけ?と一瞬でも考え、拒絶せずに受け入れてしまった自分に、病の深さを見たというか…。
わけのわからん設定に、瞬時に馴染んでしまう自分の順応力に、我ながら感心してしまったというか。

大体、30分(賞味20分程度)ごとに、コロコロと設定が切り替わるのに、それに苦もなくついていくこと自体、すでに異常なのかもしれん。さっきは中央アジアの草原にいたかと思うと、今度は架空の星の夜に飛び、巨大なムシたちに対して琥珀の力でサガノヘルマーのような心弾を打つ郵便屋の世界にいる。かと思えば、80年代のアイドルを交えたグダグダの恋愛模様を「あ”−」といらいらしながら観たり、超能力を持つ生徒を集めた立川を模した学園都市での超能力合戦を観たり、とな。

しかし、いろんな人がいろんなお話を考え付くものだ。地名や人名など、中にはヒントをもらったものが想像できるものもあるけど、ほとんどが、何がなにやらという感じ。それぞれの作品の設定を覚え、登場人物を覚え、そればかりか、演じる声優さんも憶えて…。今年観たアニメ作品はすでに軽く100を超えていると思われるので、我ながらよくやっているよなぁ、と。人名だけ考えても、1クールに25作品観るとして、1作品ごとに10人の登場人物だとしても250人。それを4クール観たら、1年でのべ1000人を超える人物を把握してきたことになりますのじゃ。そして、それぞれを演じている声優さんも同時に把握しているのです。恐ろしいことですじゃ…。

そういえば、『生徒会の一存』を観ていたら、”北斗星”に乗る回だったのだけれども、車掌さんの声が、『銀河鉄道999』の車掌さん(肝付兼太さん)の声だった。最近、年配の男性声優さんたちが、深夜アニメの各所で大活躍されているように思っていたのだけれども、車掌さんまで…。

<追記>
「ケレコツ・マープ」
ダンナさんにはカタカナに見えたとのことで(笑)
訂正いたします!
posted by nbm at 17:18| Comment(6) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

THERE IS NO FINISH LINE.

「広告批評」という雑誌が、その歴史に幕を閉じたのは、今年の4月。<クリエイティブ・シンポシオン>というイベント、つまりはシンポジウムが行われ、その内容が、最終号に詰まっていました。だいぶ時間が経ってしまったけれども、わりと愛読していた雑誌だったので、最期を見届けようと、読んでみました。

全体としては、広告に携わってきた人たちの思いなわけです。でも、ちょっと広告からはみ出した話が多かった気がする。
例えば、佐藤可士和さんと村上隆さんの対談。「アートとデザインのあいだ」というテーマでのお話なんだけど、アートの捉え方について、村上さんが面白いことを言ってる。
アートは東洋にはないんです。クラフトとしてのもの作りは世界中にありますけど、アートは、相撲が日本にしかないように、西洋にしかないもの。(中略)彼らのルールを知らずに乗り込んで行くとスポイルされてしまう。それがアートなんです。

アートのルールはエロスなんですよね。実存主義なんです。人間が生きてることの意味を表現し、実存主義を達成するために存在するメディアなんです。
だから、人間から離れるとアートになりえない。伊藤若冲の動物を描いているのをアートなんて言うと、向こうの人はちょっと戸惑うと思う。日本人にとって、ああいう自然を描くものこそアートに思えるじゃないですか。でも、違うんですよ。

西洋の人のものの見方というのが、ちょっとわかったような気がします。逆に、それに対する日本人のものの見方も。やっぱりそうなんだなぁって。

このイベントの最後には、広告に携わる総勢40名の”クリエイティブな”人たちがディスカッションする「クリエイティブは世の中に何ができるか?」という無茶ぶり企画がありました。
あまりにもテーマが大きすぎ、かつ出演者が多すぎて、散漫なものではありましたが、ひとつおもしろいものを見つけました。
それは、CMプランナーの稗田倫広さんが話していた、音楽PVに殺人事件の指名手配犯の顔写真をインサートするという企画。「リンゼイ・アン・ホーカーさんという被害に遭われた女性の家族の思いは伝えられる」と話していることから、数日前にとうとう捕まった、ヤツの顔写真などをインサートしたものであったらしい。ここでは詳しいことが書かれていなかったため、調べてみると、それはjealkbのメジャー・デビュー曲である「誓い」のPVだったらしい。箭内道彦さんも噛んでいるらいしのだが、ロンブー淳のインタビューなどを載せた当時の記事に、「捜査協力のビラをまくシーンだけでなく、ホーカーさんがショッピングを楽しんでいるVTR、さらには十数枚のオフショット写真も使用されるなど、衝撃的な内容」とあった。警察は資料を一切貸してくれず、できたPVも賛否両論で結局はあまり流されなかった様子。実際、探してみるが、このバージョンの映像は見当たらない。ちょっと、難しかったかな。

最終的に自分の頭に残ったのは、クリエイティブの究極は、意味を理解するところから始まるってことだった。広告を生業にする人たちは、クライアントの要求を聞き、世間の人たちが何を求めているかを掴む。そのエッセンスを凝縮して、1枚の紙に表現したり、15秒の映像にしたりするわけだ。それで、何かを伝え、購買意欲を煽り、企業の利益に貢献する。広告を作るということは、「本質を掴む」ってことが、最重要課題なんだね。イメージとして、広告を司る人たちというのは、どこか軽薄だったり、かっこつけてたり、企業に寄生しているみたいだったり、あまりよろしくないものだったのだけれども、本質を掴むことが得意で、しかも、それは消費者=一般市民の動向を知っているということでもあるわけだから、企業だけでなく、もっと社会に貢献できる部分があるんじゃないのかと。

クリエイティブ・ディレクターの中治信博さんの言葉。
ニュースをどう紹介するかというのは、実は意外とクリエイティブなんですよ、知りたいことをちゃんと教えてくれるものって意外とないんです。(中略)でもクリエイティブの人って本質をわかりやすく解明するのが得意でしょ?その意味では、ニュースは広告の人がやったらいいと思いますね。

実は、ずっと自分が思っていたことだった、何かを調べようとしても、わかりやすいように話してくれる人、わかりやすいように記述してくれる人がほとんどいない。そういったことがらを、1回自分が理解して咀嚼して、わかりやすく表現することを一番に意識して書いているのがこのブログなのであります。自分のためのノートというのが第一目的なのですが、それを読みたい人もいるかもと思って書いているわけなのです。もちろん、感覚として、文章や表現が読みやすい・読みにくいとか、相性とかあるでしょうが、エッセンスをわかりやすくという思いは伝わるでしょうか。

自分が広告というものに惹かれるわけがわかったような気がしました。アイデアやインパクトが面白いという表面的なことだけでなく、なにがしかの情報を凝縮して伝えるという部分に面白さを感じていたのかもしれません。
posted by nbm at 11:22| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

久々に音メモ

どしゃぶりです。
しばらくははっきりしないお天気が続くとか。いやですわねぇ。そんな憂鬱な気分は、かわいいおにゃーにょこ(←女の子)でも観て、楽しい気分になりましょう!
「かわいいにもほどがある」と話題騒然!ベッキー・クルーエルちゃんでございます。YouTubeにダンスしている映像をUPしたことで注目を集め、ついには日本でCDデビューを果たしてしまった(→徳間ジャパンHP)、イギリスはマン島に住む14歳の美少女でございます。最近は、ロッテのFIT'Sっちゅうガムのプロモーションで開かれているダンス・コンテスト(→HP)に担ぎ出される事態に発展しております。

さて、癒されたところで、本日は音楽メモ。
とくに目新しい情報はないと思いますが、個人的なメモということでご了承ください。

いつもは、これといってピンとくる音がない『Billboard Top40』で、2組のナイスなバンドを発見。
DIE MANNEQUIN →MySpace
古い話ですが、パット・ベネターが好きだったダンナさんが、珍しく新しい洋楽に喰いつきました。女性ヴォーカルのケアを中心とした、カナダ出身の3ピース・バンド。ガンズ&ローゼズやSum41などのツアーでオープニング・アクトを務め、マリリン・マンソンともツアーを回っているという話。ダーク・ロックならパラモアとか、あとソロの女性ヴォーカルは山ほどいる感じがするけど、ハードテイストのロックでの女性ヴォーカルは久々で新鮮な感じ。「Do It or Die」がなかなかよろし。ジョーン・ジェットかパット・ベネターか、みたいなちょっと古臭いとこがまたいい感じ。
ALIEN ANT FARM →YouTube
これは”YESTER HITS”というコーナーで紹介されていたちと古い曲のPVがあまりにも秀逸だったのでメモ。 2001/11/10 #23。狙って放送したんだろうけど、マイケル・ジャクソンの「Smooth Criminal」のカバー。最初から最後まで、マイケルへのオマージュでいっぱい。観ながら何度もわろた。こんな追悼もありだよね。しかし、この曲。「パン!茶!宿直!」というあまりにも有名な空耳曲でもありますね。

あとは、試聴したCDから何点か。
OGRE YOU ASSHOLE →MySpace
どっかで聞いた名だと思いつつ聴くと、『蒼天航路』のエンディング(「ピンホール」)やってたヤツらだなとピンときた!脱力系の高音ヴォーカルが耳につく。なかなかにおもしろい音。
VAPは、深夜アニメのテーマ曲に新しいバンドを送り込む手法が多いのだけれども、マキシマムザホルモンをはじめ(ナヲちゃんご懐妊おめでとう、お大事に!)、他にもPay money To my Painとか、なかなかにとんがった音が多いので、侮りがたし。
BOYS NOIZE →MySpace
発見からしばらく経ってから、CDを入手しようとCDショップに行くと、もはや『OiOiOI』は店頭になく…。それから行く度に確認するんだけれども、店頭ではリミックス版しか発見できず。リミックスじゃなくてオリジナルが欲しいんだけども、って別に他にも入手する術はあるけど、特に手を打たないまま時は過ぎ…ニュー・アルバムが出ちゃいました。
いいんだけど、ギターを始めた今、一時期エレクトロ系に傾いていた耳が、すっかりギター・ロックに戻っちゃってるのよねぇ。最近はギターの音が気になっちゃって気になっちゃって。

他に、ハード・ロック・テイスト色が強いアルバムになってる10-FEETの新作とか、いつも変わらないthe pillowsとか、気になるものがいくつか。


posted by nbm at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

つつがなくありますように

厄など気にしたことのない私は、お祓いなんて最も縁遠いことのひとつなのだけれども、神道や仏教などの宗教に取り込まれているという以前に、日本人が文化として今に残してきた「お祓い」という習慣に興味があり、加門七海さんの『お祓い日和』という本を読んでみました。

”お祓い”とは、文字通り、邪悪なもの・害を成すものを”振り払う”行為。金銭を直接渡す”支払い”にも通じるという。賽銭もしかり、例えば上棟式とかお祝い事で振る舞いをするのもお祓いの一種になるらしい。己の厄を他者の福に転じるという意味もあり、人にご馳走をしたりする行為もお祓いになるんだとか。
この本の前半ではアイテムごとに、後半は年中行事に沿って、”お祓い”についてのさまざまなことが書かれている。

最初に出てくるのは<塩>。これは言うまでもないので割愛。
次は<香>。古代エジプトやローマ、キリスト教圏では、あまり魔除けの効果はないとされる<香>。つまり、香水やアロマ的なものにお祓いの力は期待できないということね。日本をはじめ、仏教の影響を受けた東洋でしか、<香>でお祓いができるとは考えないようだ。ネイティブ・アメリカンの間では、ハーブを焚いた匂いと煙が、浄化をするものとされているんだそうだが。日本に話を戻すと、匂い袋にお祓いという要素が含まれているとは考えたことがなかった。お守りのようなものだったのか。塗香(ずこう)というものが紹介されているんだけれども、そういえば、先日雑貨店で桜の塗香がおいてあったのを思い出した。本来の塗香は法要や修行の前に僧侶や修験者が用いるものなのだそうだ。でも、探せばその辺にも売ってるものなのね。
それから<石>。お祓いとは直接関係ないけれども、翡翠に2種類あるとは知らなかった。ネフライト(軟玉)とジェイダイト(硬玉)。日本の翡翠はジェイダイトなのだそうだ。石とはいえ、どんな小さなものでも「何億年もの地球の記憶が籠もっている」地球の欠片だといわれたら、粗末にはできんね。
<水>も同様に、地球のパワーの詰まったものであり、土地土地によって成分が変わってくるものだから、水によってパワーを得たいと思うならば、自分の生まれ育った土地の水がいいという。これまた同様に<砂>もお祓いのアイテムになるのだそうだ。「旅先の石を持ち帰ってはならない」という戒めは聞いたことがあるけれども、厳密に言えば、その土地を歩いて靴の底についた土も、持ち帰るべきではないのだそうで。砂一粒でさえも、その土地の神が宿るものなのだそうだよ。ゆえに、安易に神社の砂などを持ち帰らないのが身のためじゃ。
それと<鋭>、つまり剣など”鋭いもの”ね。修験道などで行う九字の作法では、右手の指で刀印を結ぶのだそうだ。剣は持っていなくとも、意味合いとしては剣と同じなのだね。命をも奪うことができる威力のあるアイテムであると同時に、金属でできているというのもお祓いに重要な要素らしい。これは世界的にそうだね。端午の節句のときに飾る菖蒲の葉のように、先の鋭いものを剣に見立てて魔除けにするというのも珍しくないよう。加門さん自身は、いやな相手と会議をするときなど、ボールペンの先端を相手に向けて話すのだそうだ(笑)ペンすらなければ、指でもいい。夜道で恐くなったら、人差し指を立てて歩くだけでも魔除けになるという話。自分の話になるけど、夜道で襲われた経験があるので、やはり恐いと思うときがありまする。ダンナさんから、魔除けとは意味合いが違うけど、「尖ったものを武器として考えろ」と教え込まれたので、カサやペン、何もなければカギでさえちょっと構えて歩くことがあります。もしものときは、「相手の穴に突っ込め」とのことなので、目はちょっとイヤだけど、口とか鼻の穴に「突っ込んでやる!」と構えるわけです。これだけで大分心強いものです。
<粧>の項に出てきた話も面白かった。化粧や色についての話が出る中、古代は比礼を振ることで、毒を持つものを退けて、魂を活性化させるとされたのだそうだ。これが”魂振り”。それが着物の袂を振る行為に引き継がれ、今では単に手を振る行為となった。つまり”バイバイ”。意味も知らずに、相手の身を呪術で守っていることになる(笑)皇族の方たちが、手を振る行為も、こういった意味が隠されていたのを知らなかった。別の話になるけど、身を飾るアクセサリー類もお守りにしたいなら、大切に育て、身につければつけるほど、その力は強くなるのだそうだ。逆に、力が強いほど、粗末にしたときに災いとなるということなので…どうなの?アクセサリーが壊れたり失くしてしまったりということがあれば、災いを背負ってくれたと思って感謝することだという話。その昔、指輪が消えて、後日戻ってきたことがあったのだけれども、ヤツは何をしてくれたんだろうか?
<緑>の項も興味深い。魔除けの木として紹介されている身近な木々。椿は結界樹としては一番の力を持つ木。桜は「沙(=神霊)・坐」でサクラ、神のおわす座なんだとか。桃は中国思想からきているものの、陰陽師が桃の木から魔除けの札を作っていたとか。
他にも、興味深い話はいろいろ。<食>という観点からは、肉を食べると繊細すぎる勘を抑制してくれるから、敢えて鈍くなりたいときに肉食がオススメだとか。ヒトガタについて、人形に息をかける行為がその人の「生」を込めることになるという話も面白い。よく人形に魂がこもるという話を聞くけど、息を吹きかける行為が生を込めるならば、話しかけるという行為もそういうことになるよね?

年中行事についての部分は、目新しいことはあまりなかったのだけれども、面白いと思ったのは、新年の挨拶である「あけましておめでとうございます」ということば。これは、良いことが起こることを前提とした予祝の呪言なのだそうだ。なので、略さずにちゃんと言った方がいいという話。

知らぬ間に、呪術を発動させたりしていたことに驚くとともに、日常的に”お祓い”だの、”魔除け”だののアイテムに囲まれて生活していたことに驚く。っていうか、身近なものがそういったアイテムになっているということなんだろうけど。意味を込めようと思えばいくらでも込められる素材が、そこかしこに転がっているんだなぁ。
posted by nbm at 17:41| Comment(7) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

ちょうにょうにょく

昨日のお昼。
献立に悩む。
前日は、【昼】ミートソース・スパゲティ、【夜】酢豚だった。
いつもの献立の決定のポイントはたんぱく質。冷蔵庫にあるお肉やお魚などのうち、何をメインに持ってくるかを考え、前後のバランスを考慮しつつ、それをどうやって調理するか決めます。メインが決まったら、汁ものや副菜を考えるという順序。いつもは、同じ食材を続けてメインにすることは避けるのですが、昨日は珍しく昼も夜も豚肉がメインでした。
昨日の昼の当初の候補は、サバのはずだった。味噌煮かおろし煮にしようと。だけど何となく、それを夜にもっていきたい気がして。じゃあどうすっかと。ほかにあるのは鶏のささみ、卵、豆腐くらい。卵で作るとすれば、気分はかにたまなんだけど、前日酢豚を作っているので甘酢あんは避けたいところ。洋風のオムレツって気分でもないし。もっと簡単にワンプレート的なものにしてしまおうか。と、ここで浮上してきたのが、ドライカレーっていうか、カレーチャーハン?豚ひき肉で作りたいところだけど、前日に豚ひき肉でミートソースを作ったことを思い出し、これも却下。んじゃ、いっそカレーってことで。それもまたジャンクな感じのコンビーフ・カレーにしてしまおう!なんだか、安直だが、もはやカレーが食べたい気分に変更はきかない。前回コンビーフ・カレーを作ったときには、疲れきっていて、「カレーを作る」→「ごはんを焚き忘れた!」→「ごはん、ちゃんと焚いてたのを忘れてた!」という驚愕の展開になったんだっけ。とか考えながら、昼の献立はコンビーフ・カレーに決定!

コンビーフ・カレーを作っていると、ダンナさんが帰宅。自分から「○○が食べたい!」とは滅多に言わない人で、こっちから聞いても出てこないことがほとんどなのだが、今日は帰ってくるなり、かつて山口美江が「柴漬け食べたい」と言ったときのようなテンションで、「なんかさぁ、カレーが食べたい」と言う。「作ってるけど?」と言うと、「なんで、わかった?!超能力?!」
なんでって言われても。なんかカレーにしようと思ったからなんだけどさ。ちなみに、前回カレーを作ったのは、3週間以上前のことでした。カレーの頻度は少なくはないと思うけど、久しぶりだった。その前が件のコンビーフ・カレーで、それからまたさかのぼること2ヶ月ほど。とすると、月に1回あるかないかぐらいか。
こういうことって、たまにあるのだよね。

そう、奥さんには”ちょうにょうにょく”があるのだ!

そういえば、昨日は他にもおもしろいことがあった。
ものすごく久々に、昼間ちょっと遠い駅付近まで自転車で買い物に出かけた。往きの途中、とある交差点でGT−Rが目の前を通って行った。たぶん、GT−Rだと思うんだけど。年配の男性が運転されていた。GT−Rだとすると、おそらく友人の知人だと思われる。なので、運転している方にまで注意がいった。GT−Rなんて、そうそう走ってないしな。
ほんで、帰り道、3時間以上は経ってた。同じ交差点で、またGT−Rが目の前を通る。運転席を見ると、同じ方が運転されている。
ご近所の方だと思うし、その交差点を1日に何度も通過してもおかしくはないのだけれども、なぜに私がそこを通るときにタイミングよく、デジャヴのように前を横切って行かれたのか。
たまたま目立つ車だったから、目に付いたわけだけど。おもしろかった。

そう、私には”ちょうにょうにょく”があるのだ!

外出先で、知人とバッタリということは非常に多い。そういうときは、予定が狂った行動をとっていることも多い。もう少し早く通るはずだった道を、だいぶ遅れて通ると、友人にバッタリ!みたいなケースが多数。

会社員時代、往きと帰りに同じ顔を見かけることはよくあった。同じ場所に働きにき来ていれば、来る時間も帰る時間も似たようなものになるわけで、効率を考えると乗る車両さえも決まってくるし。これはあまり不思議なことじゃない。ただ、人をよく観察しているタチなので、朝会った人、よく会う人を覚えているということは言えるかも。それも珍しいことじゃないよね。
だけど、今回はちと違う。面白かった!


posted by nbm at 09:24| Comment(2) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

超展開てんこもり

今期のアニメについて、ちょっと語っておきましょう。
まずはあたりさわりのないところから。
『君に届け』
原作は超人気コミック。少女漫画的なかわいさがなんともいえないです。人付き合いが苦手な爽子ちゃんという主人公が、”貞子”と呼ばれて忌み嫌われているのですが、ほんとうはいいコである爽子ちゃんに気づいた数人のヤツらと、爽子ちゃんとの友情が育まれていくわけです。能登麻美子さんの声が、爽子ちゃんにぴったりマッチ。
『こばと』
原作はCLAMP。主人公こばとを花澤香菜ちゃんが演じていて、これもぴったり。見始めは微妙だったんだけど、こばとちゃんの下宿が出てきて、俄然萌えました!『ちょびっツ』だ!CLAMP作品は互いにリンクすることが多いのですが、ここに『ちょびっツ』が出てくるとは知りませんでした。人間化されたちぃとフレイヤ、それにケーキ屋さんの<チロル>も出てくるし。おもしろくなってきました。
『おおきく振りかぶって』
気になってたけど、観ることができていなかった作品のひとつ。再放送ってことで、観てみました。おもしろい!野球アニメは『ONE OUTS』からハマりだしましたが、『クロス・ゲーム』も面白いけど、こっちの方がもっと緻密。ヘタレキャラが新しい。
『戦う司書』
ハミュッツ・メセタはひどい人…。人は死んだら本になるという世界での、武装司書のお話なのですが、けっこうグロくて残酷なシーンがあり、大人向けですわね。ハミュッツ・メセタは石を飛ばして人の頭をかち割ります。

新井里美演じる白井黒子が人気急上昇な『とある科学の超電磁砲』とか、人気声優同士が実名を出して罵倒しあう『けんぷファー』とか、1話につき何回「アスクール?」って呼ぶんだよってツッコミいれたくなる『キディ・ガーランド』とか、いろいろありますが、そんなのはまだまだ甘かった…。

どうも、このクールのキーワードは”超展開”もしくは”アサッテ”のような気がしてきた。

『あにゃまる探偵キルミンずぅ』
子供向けかと思いきや、深夜放送もあるナゾの作品。もっとナゾなのは、オープニングもエンディングもタイ語のテーマ曲だってこと。ん〜。これはどうとらえたらいいものやら。
『FAIRY TAIL』
『ONE PIECE』とよく似た絵柄なので、どうしようかと思ったんだけども、初回で羽根のついた猫”ハッピー”にヤラれてしまい、観ることに。これが、釘宮理恵さんなのよね。で、全体的に、「なんでそっちに行く?」ってツッコミを入れたくなること多し。先日は、敵に捕らえられたハッピーが棒に縛り付けられて、豚の丸焼きよろしく焼かれそうになるんだけど、ブルブル震えるハッピーに「恐いのか」と声をかけると、ハッピーが「トイレに行きたくて。おしっこ漏らしたら、焼いても変な味になっちゃうよ?」って。全篇、こんな感じなんだよな。アサッテの方向にボケて、ボケっぱなしでスルーみたいな。
『生徒会の一存』
原作ライトノベルでもすでに賛否両論という問題作(苦笑)内容が無いことにかけては天下一品。オタクネタ満載のボケが連発されるという作品。大体、エンディング・テーマ「妄想☆ふぇてぃっしゅ!」からして♪神降臨〜それってwktk〜♪みたいな歌詞だし。ただ、新人声優さんたちががんばっているので好感がもてる。

そして、このクールの話題独占はなんといっても
『そらのおとしもの』
始まるまで、もっとシリアスな作品かと勘違いしてました…。その認識は初回で崩れ去り、そして伝説となる2話のエンディングでは呆気にとられることに。ほんとにくだらないんですけども、主人公の妄想が現実化してしまうという内容のため、女子のパンツが渡り鳥のように群れをなして空を飛ぶという映像が生まれました。そして、そのBGMは「岬めぐり」…。それは観てみたい!という方はYouTubeのコチラをどうぞ。ばかばかし過ぎて笑っちゃいます。なんというか、「なんでそうなる?」的な展開はここに極まったという感じで。それからというもの、エンディングはずっとこの調子。「太陽がくれた季節」、映画『野性の証明』のテーマだった「戦士の休息」、そして5話に至っては嘉門達夫さん御本人が歌う「ゆけ!ゆけ!川口浩」ときた。

そんなこんなで、”超展開”とか”アサッテ”感が求められているんだなと感じていたのですが、昨日、あるPVを観て、それは確信に変わりました。前述の『とある科学の超電磁砲』のオープニング・テーマ、flipSideの「only my railgun」のPV。予備知識なしでPVを楽しみたい方は、まずご覧いただきたいものなのだけれども、こちらでは残念ながら肝心の部分の前で終わってます。→fripSideオフィシャルHP
アニメ作品が、学園都市での超能力を持つ女の子たちの日常を扱ったものなので、PVの前半は、超能力を使う女の子たちや、主人公が放つレールガンをモチーフにしてます。まぁ、フツー。ところが、後半に入るとこれが一変。それまでちらほらと映っていたマジシャン風の男が仮面をはぐと、マギー審司!で、調子に乗ってそのうち「でっかくなっちゃった!」とかやり始めたりする…。PVですから、その間もずっと同じ調子で曲はバックに流れているわけです。PVで爆笑したのって初めてかも。すごいセンスだ!

ほんとに、このクールは、「ええぇ?!」ってアニメに向かって何回言ったことか。衝撃の展開が多すぎて(笑)ぶっとんでる作品を観て、これくらいのぶっとび方で頭打ちかなと思っていると、次のクールには軽くそれを凌駕する作品が生まれてくるんですよねぇ。しかも、奇を衒ってるとしか思えないわけじゃなく、楽しませてくれるのが不思議です。こっちの脳みそが鍛えられてるってことなんでしょうか(苦笑)
posted by nbm at 10:50| Comment(2) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

新メンバー追加!

オッサン軽音部員、増殖中!
今日は、またもや御茶ノ水へ!友人がギターを買うと言い出して、ダンナさんが付き合うことに。ちょうど、ギターまわりのこまごましたものが欲しかったので、私もちゃっかり着いて行くことにしました。
ただいま、部員はオッサン5人。他に、このオッサンたちに段々影響されて、ベースを買おうかと考え出したオッサンが1人。そして、まだ部員にもなってないのにギターを買ってしまったオバサンが、ここに1人!(爆)

今日ギターを買った彼は、高校時代にダンナさんといっしょにバンドを組んでいた仲間。私とは、実は部活が一緒だった(笑)しかし、それからずっとギターを手にすることはなかったらしく、約20年ぶりにギターを購入することになったわけです。私たち夫婦もそうでしたが、楽器周辺の事情が様変わりしたことに、彼もカルチャー・ショックを受けたようでした。
昔なら、プロ・ユースでお高くて手の届かなかったような機材が、お手軽に入手できる現実。そんなに高いギターでなくても、それなりにいい音が出るという現実。アンプなんかなくても、PC経由で数々のエフェクターが簡単に使える現実。特に、音作りに関する技術の進歩というものは凄まじいばかり。
というわけで、とりあえずギターを購入した後、「アンプは?」とか「エフェクターは?」とかいろいろと買う気満々だった彼に、「要らん、要らん」と何も買わせず(笑)本人は、「買ってすぐに音が出したかったのにぃ」と納得していない様子だったのですが、帰りがけにうちに寄ってもらい、秘密兵器を見せると、納得した様子。
秘密兵器とは、ギター用USBインターフェイス。ギターとPCをつなぐコイツさえあれば、様々なアンプやエフェクターを駆使した音が再現できるという優れもの。本体はマウス程度の大きさで、膨大なソフトウェアが付いてきます。世の中は「宅録エフェクターといえばPOD」という流れになっているようですが。どちらにしろ、アンプ・シミュレーターと呼ばれるもので、デジタルに様々なエフェクターやアンプを使った音を再現できるというわけですわ。
ここまでくると、もともとの個々のギターが持っている音なんて関係なくなってくる感じもしますが(笑)
ライブははなから考えていないオッサン軽音部ですから、こんなもので充分というか、まことに都合のよいものなのです。

そして、彼らは今日もスタジオ代わりになっている別の友人宅へ。今頃、新しく入手したギターがお披露目されているはずです。
私はといえば、教則本を買ってきたので、これから練習すっぞ!

今日の御茶ノ水は、どういうわけかメチャ込みでした。特に目に付いたのは、ママと初めてのギターを買いに来ている中・高生の男の子!おもしろいね。そんな組み合わせを数回見かけました。ママがお金を出してくれるからなんだろうけど。微笑ましいんだけど、ロックの魂を感じないぜ…(苦笑)安いギターでも、バイト代orこづかいを貯めて、数万握り締めて来たぜ!って方が、情熱を感じるなぁ。そんな少年も数人見た。どちらにしろ、がんばれ!少年たち!
そして、高校の制服のまま楽器店に来て入りびたり、「ここに住みてぇ!」と口々に言っている少女たちも!がんばれ!少女たち!

んで、負けるな!おっさんたち!(爆)
posted by nbm at 19:14| Comment(2) | TrackBack(0) | Guitar | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

密閉歌唱空間

昨夜はちょっとしたお祝いがありまして、久々に家族で食事。そしてカラオケへ。

家を出ると、なんだか道が混んでいる。月の狭間だからわかりにくいけど、中には4連休って人もいるのか。この混み方は連休前日の混み方ですわ。ってわけで、大した距離でもないけど高速道路へ。高速に乗ってすぐのこと、目の前の車が遅い。あなた、ここは高速道路ですよ!何事かと思ったら、コイツ、高速でテレビを観ながら運転してやがる。時折、右車線にふらふらと近づく。おっかないよー!高速でテレビ観んな!コイツを抜かしてやり過ごすと、また前を走るタンクローリーがふらふらしてる。あなた、”危”って書いてあるんですから、しっかり運転してください!

約束の店の駐車場に着くと、長兄の車がやってきた。甥っ子が運転してる!初めて見ました。彼ももう二十歳。免許を取ったことを知らなかったので、ほんとにびっくりしましたよ。かと思えば、もう一人の甥っ子である、このコの弟が遅れて来たのですが…チャラい(爆)コイツはこんなにチャラかったか?ま、いいんですけどね。姪っ子は、カッチリとアイメイクをして登場。お年頃ね。その弟は姉よりも背が高くなってました。みんな、知らぬ間に急激に成長しているのね。
二十歳の甥が毛深いことが話題となり、「一体誰に似たんだ?」と。両親ともに毛深くない、誰にも似てないなと不思議がっていたのだけれども、よく考えたら…私か!(爆)

食事が終わるとカラオケへ。「どうしてもカラオケに行きたい」という父の希望なので、父に歌わせるのが目的。だけど、前回はその目的に徹して、ほぼ連続でマラソンのように父に歌わせたため、ちょっと疲れてしまった様子。今回は、2、3曲ずつ入れて、インターバルに他の人が歌うという作戦に出たところ、意外と満足していた。作戦成功。
家族でカラオケをやると、おかしな選曲にウケることになるんですが…今回は、親戚の結婚式が控えている父が、まず結婚式で歌う予定の歌を練習したいというので、やってもらうことに。それで初っ端が、なんと謡曲!(爆)「鶴亀」というお祝いの席で謡うにふさわしいものがありまして、それを謡ってもらう。佐渡出身の老人はおそろしい。普通に謡曲が謡えるんだからな。一応、楽譜と言っていいのか、歌詞に記号がふってあるだけのものがあるのだけれども、それを見ただけではなんだかさっぱりわからない。久々に興味深いものを聴いた。
前回、わりと飛ばしてくれた次兄は、前日にも午前3時までカラオケをやっていたとのことで、今回はおとなしく、「ちょっと挑戦する」とか言って、富田ラボの『読みかけの夏』を歌って玉砕。思ったより音域が広いんだね、この曲。聴いているだけだとわからんもんだ。CHEMISTRYもバカにできないものだと思った。
今回、強烈だったのは、意外にも長兄だった!『勇気のしるし〜リゲインのテーマ〜』を高らかに歌う…。なんで何万曲もある中でコレだったんだ?なんちゅうセンス…。
母も最近カラオケ・サークルで習ったという演歌を歌い、甥っ子たちは、それなりにジャニーズとかを無難に歌い…
我々夫婦は、これといって力を入れていなかったので、1回も歌ったことはないけどなんとなく歌えそうな曲を歌ってみる。ダンナさんはsupercellとか、DOESとか。私は、椎名林檎とか、BONNIE PINKとか。
そんなこんなで夜も更けて、解散。

思っていた以上に疲れた…。
カラオケボックスというところは密閉された空間で、カラオケに行った後に体調を崩すことが多い。どうやら何かを持ち帰るらしい。入念にうがいをしたりするのだけれども、今回もなんか怪しいな。
チャラい甥っ子が、高校の文化祭でお化け屋敷をやったんだそうだが、甥も含めてお化け役のコがみな新型インフルエンザにかかったそうな。インフルエンザが流行ったのは、そのクラスだけだったとのこと。お客さんが持ち込んだウィルスが、お化け屋敷内で拡がってしまったのね。密閉空間がやばいことを実証したな(笑)
posted by nbm at 12:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする