2010年03月31日

この機会に、ぜひどうぞ

「はだかの王様」が着ていた衣装のように、目に見えないけれども、そこに”ある”もの。いや、「はだかの王様」の場合は、そこには”なかった”のだけれども、世の中には、そんな見えないけれども”ある”ものが、存在します。日常的に口にするけれども、決して見たことのないものを売るお店がありました。
それが、クラフト・エヴィング商會
『ないもの、あります』は、そういった商品を紹介してくれるカタログのようなもの。

”堪忍袋の緒”から始まり、”舌鼓”や”地獄耳”など数々の商品が紹介されていきます。
私が心惹かれたものをいくつか挙げましょう。

”左うちわ”
一度購入したら、扇ぎ続けなければいけないというシロモノ。これを購入するためには、左手を相当強化しておかないといけません。寝ている間も扇がなきゃ。そのためにオートメール化するのもひとつの手かも。エドは右手だったから、ランファンか。まてよ、神原駿河って手もあるか。じゃ、”左うちわ”以前に”猿の手”を入手しないと…いや、何でもないです。妄想が妄想を呼んで…。
扇ぐ手を止めてしまったら最後、ただの怠け者になってしまいますな。使用にあたっての注意として、『平家物語』の冒頭を暗誦してもらうということですが…盛者必衰ね。やっぱり、人は一生扇ぎ続けることはできないってことだよね。

”先輩風”
「先輩!」と声をかけられたら、「おう」と応えなければなりません。「おう、どうした?」と。そして”先輩風”を「しゅっ」と吹かせる。そんなもの吹かせたことがないもので、吹かせてみたいような気もして。
どうもこの”先輩風”というのが苦手でしてね。中学生の頃、部活で部長をしてたんですが、同学年のコたちが後輩たちをしごいていじめて仕方がなかったんです。それを制止しようとしたのは私ともう一人だけ。部活は大荒れ。もう大変でした。彼女たちのあれは”先輩風”じゃなくて”先輩面”か(笑)
歳や経験を重ねれば、誰しも先輩になっていくわけですが、上をみればそのまた先輩たちが連なっているわけで、このカタログでも、結局は誰しも後輩でもあるわけだと教えてくれるのです。

”相槌”
人が隠し持っているトンカチといえば、”金槌”や”うすらトンカチ”。どっちもあんまり欲しくないよね(苦笑)テレ東のCMでキャバ嬢が、「うん、うん」と頻繁に相槌を売っているコほど話を聞いていないと証言していますが、”相槌”は、打てばいいってもんじゃありませんわね。それに、打ちどころが難しいと感じることもあります。大・中・小の3点セットになった”相槌”。大きい方から、「まったくそのとおり」「そうですね」「まぁね」となっているらしい。しかし、それぞれをそれに応じた大きさで打ち込まないといけないらしい。わかった。強弱もポイントなんだね。えっと、どこに打ち付けたら?(苦笑)相手の頭とかじゃマズイしなぁ。

”おかんむり”
”堪忍袋の緒”が大好評につき売り切れてしまい、「しょっちゅう怒っちゃう人」向けに新たに開発された商品が、この”おかんむり”。
使用方法がいいね。頭にくることがあったら、この”おかんむり”をうやうやしく取り出し、頭の上に載せるだけ。あとは大きく構えて黙っていればいい。ただ、冷静に、堂々と。
すると、それを見た人たちが「あの人、おかんむりだよ」「なるほど、おかんむりだね」などと、『伝染るんです。』のすずめよろしく囁いてくれるはず。これは、素敵!

この『ないもの、あります』。最後の最後に、”大風呂敷”を紹介するあたりがニクイじゃないですか。
おあとがよろしいようで。

って、綺麗にまとめた後だけど。
原田宗典さんの本が読みたくなりました。『貴方には買えないもの名鑑』とか、逆に(笑)『こんなものを買った』とか。
消費拡大!
posted by nbm at 11:06| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月30日

変な『変な給食』

突然ですが、みなさん、思い出に残る給食はありますか?
私が好きだったのは、ソフト麺のミートソース・スパゲティでしょうか。組み合わせとして、必ずバナナが付いてきたので、今でもミートソースのスパゲティを食べると、条件反射的にバナナが食べたくなります(笑)あとは、角切りチーズが生地に混ぜて焼かれたチーズパンが美味しかった。たまにチーズパンだと思いこんで食べたら、パインパンだということがあって、想像した味と実際の味があまりに違う為に一瞬パニックに陥ったことがあります。献立表見とけって話ですね。中学校時代には、ごはんがでてくることも多かった記憶があります。確かお箸を持参していたような…。
とかいいつつ、「”ソフト麺”って何?」とか、「チーズパンなんて出てきたことがない!」などという方もいらっしゃることと思います。自治体ごとに違うらしいですからね。ちなみに、給食といえば必ず話題に出てくる”あげパン”ですが、私は給食でお目にかかった憶えがありません。納豆が給食に出るという話も聞いたことがありますが、それも経験がありません。くじらというと、大概”竜田揚げ”という方が多いのですが、うちの方では”カレーしょうゆ煮”でした(笑)あれ、けっこう美味しかったけどな。
やっぱり、それぞれですね。

あるところで、「○○市の給食はひどい」と言われているのを知りました。有名な地方都市ですが、財政が厳しいんでしょうか。そんなイメージないけど。
そこの給食の画像を見て、給食に興味を持ったところで、『変な給食』(幕内秀夫 著)という本をみつけました。
もっとふざけたノリで書かれているのかと思っていたのですが、予想外に真面目に給食を批判している本で、正直ちょっと引きました(苦笑)
特にパン食を真っ向から否定されているのですが…ごはんの方がいろんな面でいいのはわかるけどね。

でも、「どうやったらこんな献立に?」という給食がたくさん出てきます。
たとえば、やきそばとアメリカンドッグの組み合わせが定番化していたりして。お祭りの屋台みたいだね。
うどん+蒸しパン、ラーメン+あんドーナツ、スパゲティ+チョコペストリーetc.炭水化物同士、しかも粉食の組み合わせが、非常に多い印象です。著者の陰謀かもしれないけど(笑)
代謝のよい子ども時代には、炭水化物が多目の食事が許されるとはいえ、野菜もたんぱく質も少ない印象。もちろん、予算というものがあるでしょうから、厳しいのもわかるのですが、それにしてもと首をひねるメニューのオンパレード。どこの自治体も、ちゃんと、栄養士さんが考えてるんだよね?
ただし、O157の騒動で、お上からの新たなマニュアルに対応できない施設では、生野菜は出せなくなったという話ですから、サラダとか出せないところが多い?
ちなみに、私の給食史上一番ナゾなメニューは”ふなぞこきゅうり”というヤツだったのだけれども、それは巨大なきゅうりが縦に半分にされたもので、塩が付いてきました(笑)もう、”ふなぞこきゅうり”の姿を見る事はないんだろうか。大きすぎて、いつも皿から飛び出てたんだよな。
そんな話はいいんだが、生野菜が出せないとなると、メニューを考えるのは大変かもしれない。

定められた栄養摂取基準量というのがあって、それを考えながらメニューを決めていくはずだけれども、「1ヶ月単位でクリアされればよい」と考えているという自治体があったり、実質は文部科学省の通知の基準を満たしていない給食がほとんどなのではないかという話。ちょっと見ただけでも、食物繊維が足りなそうだわね。
この本では、子どもの肥満やアレルギーが増えている原因の一端は給食にあると指摘してるのだけれども、それは極論に聞こえるものの、この本に載っているようなメニューばかりだとしたら、やっぱりカラダに良いとは言い難い。

実際の献立はどうなんだ?と思い、評判の悪い○○市の給食献立表を検索して見てきました。
あれれ?別に普通。
他の自治体のものもいくつか見てみましたが、全然、許容範囲。きちんと栄養バランスを考えて作られているという印象です。
どうなってる?
この本は昨年末に発行されてますから、問題を指摘されて改善したというわけではないと思う。
ついでに、著者が目くじらたてていた某市の給食献立表を発見。確かに、他の自治体と比べるとちょっとバランスが悪い日もあるけど、目くじらたてるほどでもないような…。
この本、各地の献立表を基に、著者自身が作って再現したメニューの写真が載ってます。つまり、実際に各地で給食の写真を撮ってきたり集めたりしたわけじゃないってことですね。

本来、ちょっとノスタルジーにひたったり、地域差を楽しんだりしたかっただけなんだけど、予想外に険のある書き方で、あんまりおもしろくなかったなぁ。
給食については、他の本を探してみようっと。
posted by nbm at 01:32| Comment(7) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月24日

必至!

この連休、ダンナさんは、おっさん軽音部の活動が2連チャンだったり、新たにギターを購入するべく御茶ノ水へ行ったり、例のごとく秋葉原に行ったりしてましたが。私はというと、なぜか首から背中を痛めてしまい、ロクに動けず。お墓参りだけは行きましたが、車で横に揺られる振動がキツい。
ベッカムじゃないけど、何も特別なことはしてないんですが。シャワーで髪を洗っているときにやってしまったようで。先週は確かにちょっとムリをしたような気もしますが、疲労が蓄積してたってことでしょうか…。動かすと痛いので、頭のてっぺんから背中まで、1枚の鉄板のようになっちゃって、首が回せない(笑)振り向くのも上体ごと振り向かないといけなくて、不便だ。昼にやってしまったのに、その日のダンナさんは夜まで帰ってこなかったため、自分では湿布も貼れず、ひたすら動かさないようにしてました(笑)んで、横になってる方が楽。こういうときに、頭って重いってことを思い出します。しかし、横になってもポジションによっては痛いので、痛くないポジションを探すのがまた面倒だ。帰ってきたダンナさんに湿布を貼ってもらい、だいぶ楽になりましたが、今日の雨でまたぶりかえした感じ。湿気ってのはまた、カラダに影響するものですねぇ。

そんなこんなで、この連休は出かけたくとも出かけられず寝てばかりだったおかげで、しばらく積んだままだった本が読めました。これが超面白くて、ペロッと読んでしまいましたよ。冲方丁、初の時代小説『天地明察』でございます。
囲碁棋士2世安井算哲こと渋川春海の生涯を通して、改暦という大事業を描いた大作です。冲方丁作品はけっこう読んでますが、時代小説とは。いつもの作品とは打って変わって新鮮ですが、どこかしら読み慣れた文体なので、とても読みやすい。時代小説をほとんど読まない私は、一見「漢字多いよぉ」と思ったのですが(笑)とても読みやすい作品でした。
個人的には、前半の春海のちょっと遅い青春を描いた部分がよかったですねぇ。
囲碁家元四家の一つ、安井家に生まれた春海は、若かりし頃から江戸城での御城碁の務めを果たしていて、一方では自分が興味を持っている算術にのめりこんでいきます。自分の生まれ育った環境とそれを取り巻く人間関係、春海自身の興味の対象である算術、それらがやがて改暦という大団円に見事につながっていくのですが、前半部分では、春海を取り巻く人間関係が細かく描かれていて、それぞれのキャラが立ってきます。とくに、ヒロインとなるえんは時代にそぐわない強気で元気な印象の女性で、私の脳内ではえんが登場すると、そのセリフは戸松遥の声になり、我ながら脳味噌が相当ヤラレているなと思いつつ読んでました。北極星の位置を確認しつつ全国を行脚する北極出地で、行動をともにした仲間が亡くなったくだりでは、思わず涙が…。そうして知らぬ間に、春海の周囲の人間に感情移入してしまっている自分がいました。

春海たちが長い年月をかけて作り上げた大和暦(貞享暦)は、日本人が日本という土地に合わせて日本で作った初めての暦。それまで800年もの間使用されていた宣明暦は中国から輸入されたものであり、江戸時代を迎えるとその長い年月の間に2日ほどの誤差が生まれていたわけで、また中国と日本との経度の差からも誤差が生じていたこともあり、これを正すために、春海たちが奮闘するわけですが、政治の力など様々な障害が起こって、簡単にはいきません。膨大な歴史的資料と、膨大な計算とに、これまた膨大な時間が費やされ、その完成・改暦までは22年の歳月を必要とするわけです。

物語の中では、終盤まで、関孝和という人物がミステリアスに描かれていて、いつになったら春海と邂逅を果たすのかとじりじりしながら読み進むことになります。関孝和も、実は独自に授時暦という暦を研究していたらしいのですが、本作ではそれも春海の偉業に組み込まれた形になったように描かれています。

春海が、碁を打つという己の生まれ持っての使命に悩み、天才・関孝和の書いた算術の稿本を手にして葛藤している部分が印象的でした。
碁は、春海にとって己の生命ではなかった。過去の棋譜、名勝負をどれだけ見ても悔しさとはほど遠い思いしか抱けない。今の碁打ちたいの勝負にも熱狂が沸かない。
算術だけだった。これほどの感情をもたらすのはそれしかなかった。飽きないということは、そういうことなのだ。だから怖かった。あるのは歓びや感動だけではない。きっとその反対の感情にも襲われる。悲痛や憤怒さえ抱く。己の足りなさ至らなさを嘆き呪う。達したい境地に届かないことを激しく怨む。名人たちはそうした思いすら乗り越えて勝つ。それが勝利だった。
自分にそれが出来るだろうか。そう思うことほど怖いことはない。”退屈な勝負”に身を委ねる方がよっぽど気楽でいられた。と言うより逃げ場はもはやそこにしかなかった。稿本を読まずに返せば良いとすら思った。そうすればこんな怖い思いとは一生、縁がなく生きていける。
だがそうなればきっと、本当の歓びを知らずに死んでゆく。一生が終わる前に、今生きているこの心が死に絶える。そうも思った。


歴史に疎い私にとっては、徳川光圀や会津藩主だった保科正之などの人物像が興味深かったし、幕府と朝廷の関係とか、朱子学者とか、神道とか、その時代の天文学とか、渾天儀とか、とにかく興味深い事柄がたくさん出てきた物語でした。
後半は、史実を基に淡々と、駆け足で改暦に至るまでが描かれていて、大河ドラマの総集編のナレーションを聞いているような感じでやや面白みにに欠けますが、特に印象的だったのは、今で言う広告の仕方でした。春海らが作った大和暦の正しさを流布するために、人々にそれを具体的にどう知らしめるのか。現代のようなメディアがない時代、できるだけ多くの人に直接見せるという行為が重要になるわけで、そのための工夫が、考えりゃ当たり前のことなんだけど、やけに新鮮に映りました。

ヒロインであるえんは戸松遥!と決めてかかって読んでいたわけですが、挿絵もありゃしないのに(連載時にはあったらしいですが)、私の脳内では登場人物たちがアニメ・キャラクターとなって活き活きと動いていました。これぞ妄想力の醍醐味!主人公・春海は、ヘタレキャラですね。世俗からズレていて、少々子供っぽい。政界実力者のジイさんたちは、それぞれに迫力がありそうです。本因坊道策は、ちょっと線が細く中世的な印象で、声は藤田圭宣さんあたりで。
時代小説であるにもかかわらず、こうした脳内キャラ設定ができてしまうのは、ある意味冲方丁さんの力だと思ってしまいます。

今年、これ以上の傑作にめぐり合えるだろうかと思うくらい、面白い作品でありました。
posted by nbm at 15:26| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

Say You!

西友のCMで♪西友にとりあえずいけや♪というフレーズが話題になっているようです。お値打ち家具のライバルとして、ニトリとIKEAにかけているのはすぐにわかりますね。でも”アエズ”って何?って言ってる人がいる。アエズっていうのはですね、私も知りません(爆)そんなものはない!
昔から、西武はぶっとんだCMを作ってきましたが、同系列から始まった西友も、なんとなくその流れを汲んでいるように思えなくもないです。
最近は「KY」で”カカクヤスク”とかやってましたし、ダジャレ路線が続いているようですね。

で、ですね。
ネット上でそんな話しを数々見てたら、
「西友って何?」
っていう方がいらっしゃいました。
そうですよねぇ。深く考えたことがなかったけど、冷静に考えれば西友なんて全国展開してるはずがありません。
近隣に西友がたくさんある埼玉県民としては、西友が全国区でないということを考えたこともありませんでした。
デパートの西武が全国区でないのは容易に想像がついたのですが。もとはといえば、西武鉄道沿線と、同じ西武グループであるプリンスホテルがある場所に出店していただけだったのですよね。それから他にも業務提携などで各地に進出したものの、それでも、全国的な展開とはいえない。まぁ、デパートなんてそんなもんでしょうか。そういえば、WAVEも西武系列だったんだよな。六本木WAVEだった場所は、今は六本木ヒルズなのかぁ。
西武グループ傘下だった西友は、いわゆるスーパー・マーケット。コンビニのファミリーマートや、無印良品の母体となった店でもあります。その後、西友から独立したので、今では無印良品単体の店もありますし、色々な商業施設にも入ってますが、昔は無印良品は西友の中にしかありませんでした。今となっては、母体だった西友よりも、そのプライベート・ブランドだった無印良品の方が、全国に広がってるわけですか。
西友の全国の店舗を見てみると、非常に偏りがあり、宮城県とか長野県とか局地的に展開しているのですが、調べて納得。それは地元のスーパーを吸収して拡大したからなのですね。九州では、”西友”でなく”Sunny”という店舗名のままですが、西友の系列店舗となっているようです。
首都圏で暮らしていて、当たり前のように思っていることが、実は局地的なことに気付かされると、ちと恥ずかしいです(苦笑)

近年、西友の衣料品の中に”George(ジョージ)”というタグがついてるのを見かけるようになりました。うちでは”ゲオルグ”と呼んで冷かしてたんですが(笑)、それって、ウォルマートとの提携で入ってきたウォルマート・ブランドだったのか。
業務提携や、吸収合併、営業譲渡など企業の動きによって、出店の展開や、商品のラインナップは変わっていくのですねぇ。普段、そこまで考えてないものだから(苦笑)経済って、企業同士の大きな話から、末端の主婦のお財布にまでやっぱりつながってるんだなぁって。

しかし、ちょっと待てよ。
よくよく考えたら、そもそもニトリもIKEAも全国展開なんてしてないよな?いや、ニトリは大分増えたか?すでに鳥取と島根以外にはあるらしい。北海道からご苦労様だな。でもIKEAなんて、5店舗しかないじゃないか。やっぱり、局地的なCMなのかぁ。
posted by nbm at 12:49| Comment(8) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

確率の問題

昨日、車で実家から帰宅する途中、ある幹線道路に入ると、途端に大渋滞となった。この道で、これほどの渋滞は経験したことがない。
「これは、事故渋滞だな」

車を運転することがキライで、地図を見て決まった道しか走れない私にとって、迂回するということは非常に緊張を強いられる事柄で、あまり渋滞がひどいようなら、どこかで迂回路に入るべきだろうかと考えあぐねながらトロトロと進んでいたのだけれども、ちょうど交差点がない長い区間に入り、なすがまま状態。しばらく渋滞に巻き込まれていると、先行の車が次々と車線変更していく。前方になんらかの障害物があるのは明らか。仕方ないので、自分も車線変更。すると、やっぱり事故でした。3台の玉突き。警察を待っているところなのか、車の周りに、乗っていたであろう人間が立っていて、まだ事故直後だった様子。1番前の車は後ろがぐっしゃりだったけど、そんなにひどいものではなさそう。
事故現場を抜けると、一気に渋滞は解消。迂回しなくて済みました。

自分では注意して運転していたとしても、他の人の不注意で事故に巻き込まれることは少なくないと思います。
玉突きでは、自分に過失がないように思えたとしても、後ろからぶつけられて自分の前の車に自分の車がぶつかったら、前の車の修理は自分の負担になるという話。だから、車間距離を考えて、停車するときは、前の車のタイヤの接地面が見えるくらいの距離はとること。というのが、ダンナさんの普段からのアドバイスです。

私が今まで経験した事故というと、3回あります。
1回目は、超初心者の頃に停車中の車の脇を抜けようとして擦ってしまった。相手はおじさんで、その場で数万渡して示談で解決。
2回目は、若い女の子が脇見をしていて、停車中の私の車の後ろに勝手に突っ込んできたのですが、若い女の子がころんで血を流して(ほんの少しだけど)かわいそうだったので、ティッシュを出してあげたりして優しく接してました。しかし、その場では平気だった後ろのバンパーがその後にはずれて落ちてしまい、それを伝えると逆切れされ、それまでは優しく接していた私も流石にキレて、「そっちが勝手にぶつかってきて、こっちが被害者なのに、その態度はなんだ!」と怒ってしまいました。その場でバンパーをよく確認できなかった私もよくなかったし、胸糞が悪くてもう話したくないと思い、それきり連絡を取るのをやめ、自分で直しました。
3回目は、細い脇道から幹線道路へ出る場所で、タイミングが悪くて中々出られず、他の道に出ようとしてバックしたら後ろに車がいたという(笑)これが不思議で、自分では後ろを見て、”車はいない”という認識だったんですよ。実際は自分の勝手な思い込みだったわけですが、自分の目は”車はいない”景色を映してた(笑)このときは、時間が無くて、とても急いでました。それが自分に都合のいいような情報を脳内で勝手に作ったんでしょうねぇ。いい教訓になりました。

初心者のときは別ですが、あとの2回は、自分が日常的に車によく乗っていた時期の話です。家から駅が遠かったので、通勤通学には毎日車で駅まで通ってました。あれだけ乗る回数が多ければ、確率を考えると、事故に遭ってもおかしくないと思います。
今はたまにしか車に乗らないので、確率を考えると事故には遭いにくいと思ってしまいます。いや、確率自体が変わらないのはわかってますが、回数を考えたら、自分に順番が回ってきにくいような気がして(笑)
だからといって、安全運転を怠っているわけではありません。注意深く運転しているつもりです。”つもり”ってのは、上に書いたように、自分の中でも齟齬が生まれたりすることもあるわけでね。あとは、挙動のアヤシイ車には近づかないようにしたり、事故をもらわないように注意してます。
何より、体調が悪かったり、気が急いているときには乗らないのが一番。もちろん、お仕事などで車を使っていたら、そんなことは許されないでしょうが、許される場合にはそうしてます。

昨日の事故現場を見て、もしかしたら自分だって巻き込まれていたかもしれないと思い、自分も事故らないように気をつけなければと再認識した次第です。
posted by nbm at 12:16| Comment(4) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【依存症】母も?【認知症】

昨日は、認知症の父を病院に連れて行く日でした。特に問題はなく、定期健診的な感じ。微妙に進行している感じはありますが、まだまだ序の口。とはいえ、急激に悪くなることも考えられなくはないんで、余裕はないのですが。
認知症の最初の診断からずっと診てくれていた医師は他の病院に移るということで、次回からは新しい先生に診てもらうことになります。病院というシステムの中では仕方の無いことですが、同じ先生にずっと診てもらえれば安心なのに。話しを丁寧に聞いてくれるいい先生だったので、ちょっと残念。しかし、たまたま当たった担当医が使い物にならなかったらと思うと、医師が交代していくのも悪いことばかりではないのかもしれません。
診察後、両親を診察室の外に先に出して、「厚かましいお願いですが…」と、神経内科の医師として、母がどう映っていたか尋ねてみました。毎回、父と母と私とで診察室に入っていたので、医師として客観的に見た母の印象を聞いて、今後の参考にしたいと考えたわけです。医師は快く応じてくれ、「はっきり言っていいですか?」と前置きした上で、「認知症の可能性はあると思います」と答えました。これまでの経緯を簡単に説明し、脳の機能検査や精神面での心理検査を含めて総合的に診てもらえる病院を探していると話すと、ある医療機関を勧めてくれました。先生、ありがとう。この先生は若い女性医師だったのですが、話をよく聞いてくれて、対応が明るく、深刻な病と闘う家族としては、とてもありがたかった存在でした。

父については、近所の人に自分が認知症であることを知られたくないがために、デイサービスなどには行きたくないと言っているということで、無理強いしても仕方がないし、そういったことはまだ具体的に考えずにきたのですが、四六時中父といっしょに過ごしている母の負担を考えると、週に何度かでも父のいない時間を作ることは重要に思えてきました。
すでに、”迷い人デビュー”もしていることですし、近所の人もうすうすはわかっていると思うので、交流のあるお宅には、ここはしっかり病気の事を話しておくべき段階にきているのではないかと。見栄をはってたって仕方がないことなのにねぇ。
介護保険や介護サービスのことについても、調べてみたものの、今ひとつよくわからない。ちょうど、久々に会った友人が介護の資格を持ち、この辺の事情に詳しいので聞いてみると、「使わなきゃ損!」だというので、本格的に考えてみようと思い出しました。

病院から家に戻ると、前回教えたDVDプレーヤーの操作がわからないと母が言います。「もう一度教えて」と。教えてみると、異常に飲み込みが悪い。やはり、母も認知症なのかもしれないと思えてきました。しつこいほど教え、操作方法をメモしておきましたが、できるかなぁ?
何年も前に三輪自転車を購入したのですが、放置したままで普通の二輪の自転車に乗り続け、去年は肋骨を折るケガをしてます。昨日も自転車で近所に出かけたものの、ほとんど押して歩いていたという話で、「なぜ、三輪自転車に乗らない?」と聞いても「怖いから」と言うのみ。練習するのも「明るいうちは恥ずかしくてできない」とか言い、だからといって、夜間に練習するつもりもないクセに。夜間の方がより危険だと思うけどね。実際に乗って怖い経験をしたのなら、怖がるのもわかりますが、そうじゃない。とりあえず「特訓だ!」ってことで、無理やり三輪自転車に乗せてみました。すると、ヒザが痛いと文句は言うものの、想像していたよりは思い通りに動かせたようで、意外そうな顔をしている。ちょっと傾くと怖がって降りようとするので、「そのくらいなら倒れやしないから降りるな!」とかいいつつ、しばらく教習。曲がるのはまだ難しいものの、まっすぐ走る分にはできる感じ。たしかにね、三輪自転車はちょっとクセがあって、まっすぐ走らせるのが難しい面はあります。でも何より、そう簡単には倒れない。それを体験させたかったのでした。
ついでに、三輪も含めて自転車3台のタイヤの空気を見てみたら、みんなベコベコ(笑)こんなんで、よく乗ってるな。すべてにパンパンに空気を入れてやりました。

そんなこんなで帰宅すると、父から電話が。はじめにダンナさんが出たのだけれども、「なんかお父さん、強い口調だな」と言うので、何事かと思ったら、どうしても今日のお礼が言いたいということで(笑)何も特別なことはしていないのだけれども、病院に連れて行ってくれたことや自転車のタイヤに空気を入れたことなんかが、なんだかとても嬉しかったようで、父は嬉し泣きをしたのだそうです。逆に、大丈夫か?(笑)「お前からも礼を言いなさい」と母に代わると、母は「何もおみやげに持たせるものがなくて、ごめんね」と言っていたのに、持たせようと思っていたグレープフルーツを忘れていたと言いました。やっぱり”忘れてる”のか(苦笑)早く医者に診せないといかんね。
posted by nbm at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 認知症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

セガの本気

どうやら、テレビで「小さいおじさん」について放送されたらしく、この辺境の”すきま産業ブログ”に、検索で辿り着く方が多数いらっしゃいまして、驚いております。大して、有用なことを書いているわけでもないのに、すみませんね。
ちなみに、私もダンナさんも、残念ながら「小さいおじさん」は目撃したことがありません。
でも、妖精的なものでいえば、この家の中で、ダンナさんがマックロクロスケを見たことがあります(笑)

さて、テレビの情報番組などでもトピック的に取り上げられたので、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、去る3月9日に歴史的なライヴが開催されました。前宣伝の段階から、「どうやってやるんだ?」と興味津々だったのですが、それはあの初音ミクちゃんのライヴであります。
”初音ミク”は、2007年にクリプトン・フューチャー・メディアから発売された音声合成・DTMソフトウェア。ヤマハの開発した音声合成システム”VOCALOID2”を採用したボーカル音源で、メロディと歌詞を入力することで、曲を作り、ミクに歌わせることができます。ソフトウェアでありながら、KEIさんによって描かれたそのキャラクターはかわいらしく、1キャラクターとしても不動の人気を誇る、まさにネット・アイドルであります。
ミクを使って、ニコニコ動画などに、自作の曲を投稿する人がたくさん出てきて、それぞれの作曲者の個性溢れる名曲が多数生まれました。今回、初音ミクのコンサートで披露された39曲はすべて、そういった素人さんたちの手によるものです。いや、個々のプロデューサーの素性を知りませんから、プロの作曲家がいないとは断言できないけど、たぶんいません。
追って発売された、”鏡音リン・レン”、”巡音ルカ”も同様に楽曲が作られていき、中にはミクとルカをデュエットさせる曲など、コラボレーション作品も生まれるようになってくるわけです。

そして迎えた2010年3月9日。
それまでのイベントでのミクの表現がどんな感じだったのかは知らないのだけれども、『初音ミク -Project DIVA-』というゲームを作ったセガの主導で行われた初音ミクのコンサート。これは、凄まじかった。ミクにちなんで39曲が披露されたけれども、さほど聴きこんでいない私でさえ知っている曲ばかり。そればかりか、知っているけど演奏されないという曲もかなり多かった。つまり、それだけ多くの楽曲が作られ、知られているということなわけです。まぁ、全世界を考えれば、非常に限られた範囲での話かもしれませんが。
動画を観ると、まさに3Dのホログラムという感じで、本当にミクが歌い踊っているように見えます。ステージ上の透明スクリーンに投影されたミクちゃんが、生バンドの演奏に合わせて歌ってくれます。本来ならば、技術的にどんなんなってるんじゃ?と興味津々なわけですが、生き生きとしていて、とってもかわいいミクを観ていると、そんなことはどうでもよくなるのだから不思議です。投影された映像なんだから、着替えるのも一瞬だし、ソフトウェアなんだから、人間が到底できない早口で歌えたり、到底出せない高音が出せたりするし、音痴ってことはありえません。踊っても息が切れることもないし。だけど、圧倒的なその存在感を前にすると、そんなことは些細なことに思えてくるのですよ。彼女は立派な1アイドルです。

初音ミクはキュート。他のコたちも登場したわけですが、お姉さんキャラの巡音ルカちゃんは、しっとりと落ち着いた雰囲気。鏡音リン・レンの二人は、元気な感じでした。たとえば、2人が同じ振り付けで踊るとしても、キャプチャーは違うダンサーさんを使っていると見え、それぞれのダンスや表情に個性が見られます。

ホログラムといえば、やはり印象的なのは『スター・ウォーズ』のレイア姫。人間が考え付くことというのは、技術的に開発されてやがては実現していくものだとはいいますが、ついにここまできたかという感じがします。
投影方法はさておいて、キャラクターが生き生きとしているのには目を瞠ります。特に、髪の揺らぎ具合とか、長い髪が腕に触れたときの動きとか、半端じゃありません。
「まるで人間みたい」という感想は、気持ちはわかりますが、間違っているような気がします。なぜかといえば、彼女らは生身の人間とは真逆の2Dから発展した3Dキャラクター。デジタルな世界での表現として生身の人間からかけ離れた方向へ突き詰めたカタチであるからです。記号化された存在でありながら、”かわいい”。ここがツボであるからです。

冷静に考えれば、日本の中でもほんの一部の人間しか知らないキャラクターのことかもしれませんが、単純に技術的な面だけを捉えても、もっと大々的に報道されてもいいような内容のコンサートだったと思うのですが。
これを生で体験した人は、相当の衝撃を受けたと思いますよ。
posted by nbm at 12:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

かつての”王国”

春です。新しい春。
ということで、スポーツも新しいシリーズが始まっていたりします。
昨日はF1。全然観てないんだけど、残念ながら、可夢偉選手はマシントラブルでリタイアだったようですね。次回に期待です。それより、あれだけの大ケガをしたマッサが復活して2位ってのがびっくりです。回復が早すぎる!でも、元気になってよかったね。

サッカーJリーグも始まりました。
あいかわらずダイジェストくらいしか観ていない私ですが、チームに新加入した選手や若手のフレッシュな選手が大活躍している印象です。どこも昨シーズンとは別のチームになっているような感じ。いや、にわかですから、テキトーなこと言ってるだけですよ(笑)
我が埼玉には、浦和レッズと大宮アルディージャというJ1に属する2チームがあります。J1のチームを2チーム擁する都道府県は多くはありませんね。神奈川は、湘南ベルマーレがJ1に昇格して今季は3チーム、J2も合わせると4チームもあるんだね。その他は、J2を合わせても2チームどまり。J1だけに限ると、2チームを擁するのは、埼玉の他に、静岡と大阪のみ。そろってJ2に降格してしまった千葉はJ2に2チーム、福岡もギラヴァンツ北九州の参入でJ2に2チームってことか。
Jリーグの選手を出身地別で見ると、東京・静岡・埼玉の順に多いらしいよ。

今こんなことを言うと鼻で笑われてしまいそうですが、実は埼玉は”サッカー王国”と呼ばれていた時代があります。
日本でサッカーが組織的に行われるようになったのには、東京高等師範学校が大きく貢献しているようで、ここにサッカー部が設立された明治30年頃から、この高師たちが全国にサッカーを広めていったようです。その一人であった細木志朗さんが、明治41年(1908年)に埼玉師範学校に本格的にサッカーを伝えたことが、埼玉のサッカーの歴史のはじまりといわれています。ということで、一昨年2008年に、埼玉サッカーは100年を迎えました。
各地の師範学校の蹴球部や、師範学校付属の小学校に学童サッカーを普及させたことを軸に伝えられた各地のサッカーですが、たとえばこの細木さんは出身地である神戸にもサッカーを伝えるのですが、戦前に御影師範の蹴球部が廃部となってしまい、そこでサッカーは途絶えてしまいます。一方の埼玉や静岡・広島では、戦後も継続してサッカーに取り組み、指導者が多かったことや、学童から中学・高校へと続けてサッカーができる環境が整っていたことなどから、”サッカー王国”として隆盛していきます。
1960年代、”日本サッカーの御三家”といえば、藤枝市(静岡県)・広島市・浦和市(埼玉県)。1960〜1970年の10年間、全国高校選手権の優勝は、この3つの地域でわけあい、中でも旧・浦和市の学校は4回優勝しているらしい。
1937年に件の埼玉師範が初めての全国制覇。1952年に浦和高校(1955・1956年も優勝)、1957年に浦和西、1960年には市立浦和、1970年には浦和南が優勝している。1967年に駒場競技場ができ、1970年代も高校サッカーで浦和南が活躍している。
戦後の優勝回数が一番多いのが埼玉県勢だという話。ほんとか?全部、浦和の学校かもね。

とはいえ近年は、高校サッカーではすっかりなりを潜めている埼玉勢だけれども、ちなみにと思い、埼玉県の少年サッカー連盟のページを見て、チームがどれくらいあるのか調べてみた。なんと398チームも登録されている!いや、別にどこでもこのくらいのチーム数はあるのかもしれませんが、裾野の広さにはびっくりするよ。蛇足なんだけど、少年サッカーについて調べようと思ったら、県をあげて連盟としてまとまったHPを作ってるのは埼玉くらいだった。あとは地域ごとにバラバラ。力の入れ具合が違うのがわかるね。んで、全日本少年サッカー大会の戦績を見てみると、上位3位までに埼玉がからんでない年の方が少ないくらいだ。数年に1度は優勝してるし、昨年も準優勝してる。そして、やはり静岡も強い。表面にはあまり出てこないけれども、”サッカー王国”の伝統は脈々と受け継がれているようだね。

少女サッカーチームというのもあって、埼玉には30チームがある。ちなみに東京都には倍の60チームがあるけど、やはり連盟を作って組織的に活動しているのは埼玉と東京だけみたい。
女子サッカーのなでしこリーグだと、1部に所属している10チームのうち埼玉にあるのは浦和レッドダイヤモンズ・レディースとASエルフェン狭山FCの2チーム。他に複数のチームがある都道府県はない。

その昔”サッカー王国”のひとつであった広島は元気がないなと思っていたけれども、昨年の高校サッカーで優勝したのは広島皆実。近年、高校サッカーを観る限りでは、千葉県が新たな”サッカー王国”として注目されているようですね。

思い起こしてみれば、小学生の時に、校内でサッカー大会がありました。うちのクラスは体育の模範クラスだったのに、ペロって負けちゃって、空手をやっていた担任の暴力教師に全員ケツを思い切り蹴られた上にグラウンドに正座をさせられた思い出があります(苦笑)それが1970年代の話だけど。

埼玉サッカーの中心は今も昔も浦和なわけで、このブログでは何度も言ってきたように、埼玉県は鉄道路線で分断されているため、私が暮らしてきた西部地域と、浦和を含むさいたま市周辺の中央部とは隔絶されているので、特に地元という意識は薄いのですが、なんとな〜く”サッカー王国”というのは耳にしてきました。特にJリーグなどで大々的に活躍している選手を多く輩出しているわけでもなく、今となっては実感はありませんが、ヨーロッパ諸国などのように小さい頃からサッカーに親しむ環境という面では、埼玉や静岡は整備されているのかもしれませんから、将来の埼玉出身の選手に期待ってとこでしょうか。
ラベル:埼玉県とは
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2010年03月13日

ベンチュリ?ベンチュラー?ベントラー?

ニコニコ動画を観ていると、技術部といって、くだらないものを色々と手作りしてみるという動画がありまして、とても興味深いです。中には完成度の高いものもあって、ムダな技術力に感心すること多し(笑)
昨日は、ダイソンの羽根の無い扇風機を作ってみるという動画を観てみました。100均で買えるような材料とCPUファンを組み合わせてますが、なかなかうまくいかない様子。そりゃあそうですね。この方、流体力学を考えてないんじゃ?でも、そのチャレンジ精神は買いますよ!

んで、ダンナさんのダメ出し。
「ベンチュリ効果を考えなきゃね」
ベ、ベンチュリ?何それ?
「動物専門の探偵じゃないよ」
ジム・キャリーの『エース・ベンチュラ』ね。も1回観たいな、アレ。…じゃなくて!

ベンチュリ効果とは、Wikipediaによると「流体の流れを絞ることによって、流速を増加させて、低速部にくらべて低い圧力を発生させる機構」。
たとえば、パイプの左から右へと空気が流れるとします。パイプの真ん中を絞って細くすると、細い部分の圧力が低くなって、左から空気が吸い込まれ右側に抜けるときにその風力が増加するというわけです。
ダンナさんがいつもお仕事で使っているエアガンも、このベンチュリ構造により、高圧のエアが噴出す仕組みになっているとのこと。エンジンのキャブレターなども同様に、ベンチュリ効果が応用されているという話でした。
つまり、霧吹きはベンチュリ効果の賜物だったわけですね。

ダイソンのエアマルチプライアーは、本体の下部からモーターを使って空気を吸い込み、吸い込まれた空気が上部の丸い輪っか部分を通るわけですが、輪っかの断面を見ると飛行機の翼のような形になっていて、空気はこの翼型の中を通り抜け、1.3mmの開口部から吹き出します。そうして、輪っかの前方へと空気が流れるわけです。もちろん輪っかの背面からも空気は入るし、吹き出す時にもまわりの空気を巻き込むということで、結果的に吸い込んだ空気の15倍の風量となって吹き出されるということらしい。構造から上手に風流・風圧をコントロールしてベンチュリ効果を応用し、作られているということだね。その他にも、輪っかの形状における翼型の角度とか、開口部の隙間の開け具合とか、流体力学を駆使して作られているのでありましょう。
これからは、後発でこれを真似したものが出てきたりして、やがて羽根のない扇風機が一般的になっていくのかもしれません。しかし、そうなると、もはや”扇風機”とは言えないよね。扇の部分が無いんだからさ。顔を近づけて「あ゛〜」とか言って遊んだりもできないね(笑)

そういえば、”ベントラー”って知らない?
その昔、「UFOや宇宙人と交信するんだ!」って言い張ってた人たちが、丘の上とかで手を繋いで輪になって「ベントラー、ベントラー」って唱えてたんだけど…(笑)
もしそれが宇宙に届くとしたら、どういう仕組みになってんのかなぁ。テレパシーってのは一番簡単だけど、エシュロンみたいにすべての音をキャッチして分析する技術とかあったりして?(←本気にすんなって?)
posted by nbm at 11:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 物理学系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

目で見える世界なんて、限られている

なんだかこの数週間、本が読めずにおりました。あいもかわらず、枕元に10冊ほど積みあがっているのですが、なぜか手に取れず。
しかし、この積みあがっていたものをそっちのけで、図書館の予約の順番が回ってきた本を喜び勇んで読みまして、途中で何度もにんまり。とっても幸せな気持ちになりました。
それが、大好きな寄藤文平さんの『ラクガキ・マスター』でございます。

自分の感覚にピッタリくる人というのは、そうそう見つかるものではありませんが、私の場合のそれは、たとえば”空想建築画家”の野又穫さんであったり、ピタゴラスイッチの佐藤雅彦さんであったり、この寄藤文平さんだったりするのです。
先日も『元素生活』(→練成される世界)という本を取り上げたばかりですが、相変わらず視点が面白く、やっぱり私はこの方の表現が大好きです。

さて、私は絵を描くことが非常に苦手です。いつだったか、私の描く絵があまりにも”画伯級”なので、それを見て大爆笑したダンナさんに「悲しいことがあったときには、奥さんに絵を描いてもらおう」と言われたことがあるくらいで(苦笑)
”ラクガキ・マスター”と言われて、私の脳裏に浮かぶ人間は3人。筆頭はダンナさん。それから大学時代の友人と、高校時代のクラスメイトの男子。ダンナさんのラクガキといえば、メモの縁から半分顔を覗かせる仮面ライダーが浮かびます(なぜかいつもピースサインをしてる)。大学時代の友人は、授業中に友人たちの似顔絵を私のノートの余白に書き込んできました。友人たちを題材にしたひとコママンガみたいな感じで、とっても楽しかった。高校時代のクラスメイトは先生の似顔絵など天才的な表現力があり、彼は今あれを職業にはしていないのだろうかと思うくらいです。卒業時のサイン帳にはバルタン星人を描いてくれました。
私からすると、なぜにそんなに上手に描けるのか不思議で仕方がありませんでした。

『ラクガキ・マスター』の中では、トレーニングやワークショップを展開してくれていて、この通りに実践していけば、私でさえもラクガキが描けそうです。
基本は、立方体と円柱、円、平行線の3つ。
線の中には見えないチカラがあって、ヒモにかかるテンションを想像し、そこに働く力を描く。
中でも、とても参考になったのが、”置き換えて”描くこと。たとえば、広葉樹は”傘のかたまり”。葉っぱに隠れている空間を意識することが大事なんですね。私はブロッコリーを連想したのですが、なるほど、枝の部分はもっとスカスカなんですよね。傘が集まっているカタチだと認識すれば、広葉樹が上手に表現できる。じゃあ、針葉樹はどうかというと、こちらは”犬のしっぽの回転体”(笑)ふさふさのしっぽが垂れ下がっているような枝が幹の周りに付いている。
動物はどう表現するかというと、ほぼ”人”。四足動物なら人が四つんばいになった姿勢が基本になって、犬や猫なら指で立った感じ。馬や牛だと爪で立った感じ。首が少し長めだと犬、短めで猫、ケツが丸いと馬、四角ければ牛というふうにディティールを描き分けることで描くことができる。
カタチを上手に置きかえるということは、カタチをただ単純にしていく作業ではなくて、
自分が経験したことや、本で読んだ知識、自分が感じている感覚や頭の中の想像を、できるだけ簡単な線の中で結びつけることです。
難しいことを難しい言葉で説明されても、よく分からなかったりします。そんなときは、簡単な言葉で説明してもらいたい。何かに置きかえて描くことも、それとよく似ています。


もうひとつ、興味深かったのは、人体モデルです。寄藤さんオリジナルのハゲのおっさん顔のモデルを使って、基本の6パターンから人間のカラダの動きを表現することが説明されています。ねじれている人、傾いている人、脱力している人、力んでいる人、ゆるんでる人、締まってる人。カラダのどこにどういう力が働いているのかを考えながら描くことで、人体のラクガキに意外なほどに表情が出ます。動きのポイントはどうやら骨盤にありそうです。たとえば、”ゆるんでる人”は、骨盤が寝ていて、それによって猫背になり、クビが前に出る。肩が前に出てダランとした腕を支えるのが面倒なので、ポケットに手を入れたりする。
”力んでいる人”は”締まっている人”と違って、カラダ全体がガチガチに固まっている状態。感電すると全身の筋肉が緊張して、こぶしを握り締め、腕も足もぴーんと伸びるそうですが、それがもっとも力んだ状態なのだとか。面白いのが、「強い人」と「強い人ふう」を描きわけているところ。「強い人」は”締まっている人”で、すこし”ゆるんでる人”のエッセンスが入る。膝が少しゆるんだ状態。一方の「強い人ふう」は、力みすぎていて脇が空き、前傾姿勢になりがち。一見勢いがあるように見えて「強い人」にはならない。この対比が非常に面白い。左右のページに描きわけられた「(ブルース・)リーな人」と「リーふうな人」に笑います。
静物や動物を描くときは、置きかえのテクニックを使うと上手に描けそうですが、人体はその対象となる人の心の動きが重要で、心が大きくカラダに現れていることに気付かされました。絵を描くということは、対象をよくよく観察して、その物体としての特徴や、物理的な動き、人にいたっては心理面までを観察して、それを線という単純なものでいかに表現するかということなわけですね。

絵を描こうとするとき、”何かを見たこと”を頭の中で再現しようとするのですが、どうもぼや〜っとしたイメージにしかならなくて、絵にすることができない。それは常に私が思っていたことで、これは私の脳が、画像認識に弱く、画像をアウトプットする能力に欠けるからだと思っていました。ちなみに、ダンナさんは写真のように画像を脳に蓄積できるタイプなので、私とは感覚がずいぶん違っていて、それが絵が描ける描けないの違いに繋がるのだと思っていたのです。
でも、寄藤さんは、そんな私と同じように、頭の中のイメージだけでは何も描けないと言っています。寄藤さんはまず、イメージのアウトラインとして箱庭をつくるそうです。実際に作るわけじゃないけど、頭の中でつくったり、箱庭を描いたりしてみる。とりあえずおおまかにオブジェクトを配置した箱庭だとまだスカスカなので、奥行きを考えたり、想像で別のものを追加したりしながら、箱庭をイメージに近づけていきます。ここで重要なポイントは”調べる”ということ。
頭の中で見えていても、知らないことは絵にできません。きちんと調べることで、ようやく絵にすることができます。

たとえば、樹の種類や動物など、図鑑でもネットでも、一番近いものを見つけてそれを描くという作業が入るのだ、と。「知らないことは描けない」という当たり前のことに気付きませんでした。
あとは細かな推測を入れて、空白地帯を埋める。で、完成した箱庭を使って、アングルを決め直し、絵に描く。そうすると、イメージが絵にできるという…。
絵を描くということは、まず、頭の中に描くべきイメージがあって、それを紙の上に描き出すことである。そんなふうに考えている人が多いかもしれませんが、実際にはその逆です。
イメージが絵になるのではなくて、絵がイメージをつくってくれる。
自分の絵が、僕のわかっていないことや足りないところを教えてくれます。それを、自分の眼で見たり、調べたり、推測したりしながら絵を描き直していくことで、頭の中のイメージがハッキリとクリアーになる。


絵に苦手意識が強い私は、こうして長文をダラダラと書いて表現することしかできないわけですが、寄藤さんが絵を描くアプローチと、私が文章を書くアプローチとが、とても似ている気がして、共感しました。
たとえばブログの記事を書くとき、題材が決まっている場合は、書きたいテーマがいくつかあって、それを入れ込みつつ、自分の感想を入れたり、不確かなものや知らないことを調べて引用したりしつつ、ふくらませて書いていきます。で、一通り書いたところで修正や推敲をして、最後に全体の感想や、全体を通して気付き直したことなどを付け加えます。
漫然と書きはじめることも少なくありませんが、昔からそうなのですが、書きたいことを思いのままに書いていくと、自然と文章が繋がっていって展開し、いい具合に終わってくれるという感覚があります。たとえば読書感想文とか字数制限のあるものは、計算したわけでもないのに、言いたいことを書いていると字数ぴったりに終わるということが少なからずありました。書いているうちにとりとめもないことになることも当然ありますし、後から読み直すと、「ほんとにコレ自分が書いたんか?」と疑いたくなるような何かが乗りうつって書いたかのように身に憶えのないこともありますが(笑)調子のいいとき(?)は自動書記のような感覚になったりするようで。
自分の中のイメージを表現するということは、絵を描くにしても、文章を書くにしても、基本的には変わらないのかもしれないと思えたことは、絵に苦手意識を持つ私にとって、大きな収穫となりました。
また、イメージが重要だということは、たとえば広葉樹の内側がスカスカであるというような、目が認識していない、物陰に隠れた部分を想像して描くことで、逆にリアルなものが作れるのだということを知り、目が覚めたような思いがしました。

なんか絵が描けそうな気になってきたぞ!
とはいえ、そんなに簡単なことではなくて、何事も修練が必要なのは想像に難くないわけですが。
ギターひとつとっても、半年かかって、やっと1曲弾けるかどうかという自分なので(苦笑)
posted by nbm at 11:21| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

笹霞青春白書

どうやら、巷は卒業式シーズンらしい。
今日が卒業式という学校があったら、”雪景色の卒業式”ということになりますわね。お外は白銀の世界。こんなに積もるはずでしたか?おひさまが反射して、すげー眩しいです。

最近観はじめたアニメ作品が、どうやら母校の高校の辺りを舞台にしたものらしく、よく遊んでいた今はなき商業施設などが出てくることになるらしいのだけれども、登場人物たちが通う高校に、どうも母校の面影が。校門の感じから、入ってすぐの大けやき、正面の校舎、それに何といっても屋上の天文台。アニメの中では私立高校らしいので、制服も公立高校のような地味なものではないし、校舎の色やデザインのディティールは凝っているものの、基本的な形状は紛れもなく母校。それに名称が似すぎてるし(笑)写真をそのまま加工して背景にしたような使われ方ではないのですが、母校を参考にしていると思われます。思わぬところで、高校時代を思い出すことになりました。

っていうか、高校時代をまったく忘れている生活というのは、うちの場合はムリか(笑)うちは高校時代の同級生夫婦で、高校時代の同級生の友人たちともいまだによく遊んでますし、母校からさほど遠くない所に住んでいて前を通ることもしょっちゅうだし、甥たちもそこに通ってたりしてたので、なんだかいつまでも縁が切れない感じがします。

進学校とまで行かず、”受験校”と呼ばれる半端な高校でした。みんな大学は受験するのだけれども、受からないから”進学校”とは呼べない(笑)入学したときにはそこそこの学力があったはずなのに、卒業する頃にはすっかりバカになっているという学校でしたからねぇ。学校自体は進学に力を入れてないので、周りに流されず、コツコツ勉強できるタイプのコは、そこそこの大学に行けるんだけれども、でなければダメになっていく(笑)あまりに学力に力を入れなかったもんだから、学校を評価する偏差値は年々ダダすべりに落ちていきましたね。いや、もうン十年も前の話ですし、今はカリキュラムが大幅に変わってますから、多少盛り返してきているんじゃないでしょうか。
イベントには力を入れる学校で、文化祭や体育祭なんかは盛り上がってました。私が高校を受験するときに、10歳年上の兄が話してくれたのですが、兄は新設高校の一期生で生徒会長をしていた経験があって、その当時、初めての文化祭を開催するにあたって参考にと見学を勧められたのが、わが母校だったそうです。雰囲気の良い学校だと聞いて、安心して受験した記憶があります。
部活動もそれなりに。昔はラグビー部が強くて、放課後のグラウンドは野球部よりもラグビー部が幅をきかせてました。サッカーなんか当時は同好会だったし。サッカーゴールさえ無かった。一番強かったのは剣道部で、全国大会の常連でした。体育の授業の剣道で剣道部のコから籠手をくらうと痛くて痛くて…。
校風は、わりと自由な方だったんじゃないでしょうか。根が真面目なコが多いので、はじけてはいませんでしたが。うちのダンナさんに言わせると、「かわいいコが少なかった」ということなのですが、私は友人にかわいいコが多かったので、あまり感じませんでした。校内で密かに生写真のブロマイドが売れてたり、モデルをしてたり、いっしょにいると「友達は美人だね」と言われたり(”友達は”って何だよなぁ 苦笑)、ってコばっかりだった。みんなモテたので、自分のことはおいといて、人の恋愛相談にばかりのっていたような気がします(笑)
1年生ではみっちり部活動をやり(2学期いっぱいまでだったけど)、2年ではバイトに明け暮れながら楽しく過ごし、3年では真面目に受験勉強をして無事大学へ進学。我ながら、充実した高校生活を送ったと思います。自分としては、学校は楽しいものだったし、友人にも恵まれ、何よりダンナさんとも出会いましたしね。

卒業式はもうあんまり憶えてないけど、その後バイトに行って、バイトを終えて駆けつけでクラスの飲み会に行ったのを憶えてます。遅れていったから、飲まされた(笑)んで、酔っ払って泣き上戸になってたんだよな。なんだかわからないけど訳も無く悲しくなって泣いてた。別に卒業や別れが悲しかったわけじゃないんだけどな。
今の時代はお店自体に入れてもらえないから、こんなこともきっとないよね。条例ができて、カラオケ店でさえ夜11時以降はダメなんだよね。バイト(ケーキ店)の夜シフトだと11時まで働いてたし、そう考えると、今の時代の高校生たちよりも夜間に徘徊していたような気もします。時代が違うといえばそれまでだけど、夜遊びしていて多少危ない目に遭ったりするのも、今考えればよい経験だったと思う。

あー、ダラダラ書いた!
たまには昔のことを書いてみるというのも、何かのセラピーになるような気がして。いや別に、今セラピーが必要なわけでもないのだけれども。
今日も今日とて、どうでもいい話でした!
posted by nbm at 11:27| Comment(4) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月04日

どなたかがログインされました

数日前の夜のこと。
ダンナさんは本当に久しぶりに金縛りのような状態になったそうです。といっても、いわゆる金縛りみたいに体が動かなくなったわけではないというのです。それを盛んに不思議がっていました。
ダンナさんの場合、金縛りになるときには、耳から異変を感じるらしい。よく飛行機の離着陸のときのような「ゴーッ」という音を感じるという話も聞きますし、私も経験がありますが、それだけでなく、人かケモノかとにかく何者かがごにょごにょ話しているような声が聞こえるのだそうで。何を言っているのかわからない、言葉ではないのかもしれないけれども、ずっとごにょごにょ言っている。その日もそれが聞こえ出し、金縛りになるのかと身構えるものの、体の自由は奪われなかったそう。そして、例の球体(→詳しくはオーブ観察会メロン・ボールがいっぱい)が部屋の空間をふわふわと漂っている。この球体の動きと、ごにょごにょ言う声は連動しているのだとか。球体はいつものヤツですね(笑)ただ、いつもは蛍光黄緑色なのに、その日は珍しく色が無くて白っぽく透明に見えたそうです。それに、なんだかあまり”良くないもの”の感じがしない。となりを見ると、異変があると嫌な感じがしていつも起きてしまう私も、気持ちよさそうにスースー寝ていたそうで、体も普通に動くし、音も球体も気にせずに寝てしまったとのこと。
翌日、「昨日の夜、久しぶりに誰かが”ログイン”してきたんだよなぁ」とダンナさん。”ログイン”ってナンだ?と思ったら、そういうことだったわけです。

そして、昨夜のこと。
友人が、Skypeチャットに書き込んできました。超のつく猫派の彼には珍しく、唐突に犬の出てくる夢を見たそうです。そこには、とても具体的な夢の話が綴られていて、そのワンコは、彼にしつこいほど絡んできたそうな。”毛並みのゴワゴワ感”が印象的だったという話。犬の夢なんて見たことないのに、あまりの唐突さに思わず書き込んでしまったようです。
この書き込みを読んで、ダンナさんは気付かされるわけです。実は、ダンナさんの職場でパートナーに飼われていたワンコが亡くなったばかり。パートナー一家が不在のときはダンナさんがお散歩に連れて行ったりして、とってもかわいがっていたワンコだったのですが、旅立ってゆきました。話をすると悲しくなってしまうので、ダンナさんは私のほかには誰にもこのことを話さなかったのでした。
チャットに書き込んだ友人は、ダンナさんの職場に来ることも多く、このワンコとも大の仲良し。彼のことが大好きなワンコは、いつも彼にじゃれついていたのです。その彼にも、このワンコが亡くなったことは話していませんでした。「実は…」とそのコが亡くなったことを彼に告げると、彼は毛並みのゴワゴワ感に思い当たり…。

彼の話を聞いて、ダンナさんも「もしやログインしてきたのは…」と思わずにいられなかったのでした。
ごあいさつに来てくれたのかなぁ。

ダンナさんの職場にはあまり行かない私ですが、このワンコのことはよく知っています。
思い出深いのは、長年乗っていた車を廃車にしたときのこと。ダンナさんから「長く乗ってお世話になった車だから、お酒で清めてあげたら?」と提案され、小ぶりのプラスティック・ボトルにお酒を入れて行ったのです。ダンナさんの職場の敷地内に止められていたその車に、「長い間、ありがとう」と感謝しながらお酒をかけていると、その脇でワンコがかまってほしそうにしてました。ふざけて「おまえも飲むかい?」とお酒を向けると、喜んだように見えたので、ボトルを近づけてみると、その口を舐めました。面白くなった私は、余っていたお酒をほんの少しワンコにあげてみます。ワンコ、狂喜乱舞!「おっ、いけるクチだね?」と、もう少しあげちゃいました。でも、舐める程度ですよ。酔ってご機嫌(?)のワンコと、しばらく愛車を眺めていたものです。
とってもかわいいコでした。
posted by nbm at 10:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月02日

ん〜困ったゾ…

昨日、のんきにバンクーバー・オリンピックについてのブログ記事を書いていたら、すでに閉会式は始まっていました。閉会式に出るミュージシャンをアレコレ予想していたわけですが、あまりにも大御所すぎるニール・ヤングとか、なぜかアテネ・オリンピックに出ていたアヴリル・ラヴィーンとかははずして考えてました。シンプル・プランって、忘れてたわ。しかし、何組出てきた?
口パクのマイケル・ブーブレが引っ込んだかと思ったら、ロック部門に突入!ん?このガニマタさんのシルエットはもしや?と思ったらNickelbackキター!その瞬間にダンナさんが帰宅。タイミング良過ぎ!急いでNickelbackファンの友人に知らせるべく電話するも、連絡がついた頃には出番が終わってしまった(笑)はぁ、かっちょよかった。その後、久しぶりにウォーキングに出かけたのですが、ずっとNickelbackを聴きながら歩いてました。←影響されやすい…(苦笑)

さて、タイトルにあります通り、ちょっと困っています。といいますのは、つい先日めでたく666回を迎えたこのブログ。実は、始めた当初から目標にしていたことがありまして、それが達成されたらブログを終了してもよいかと考えていたのであります。目標設定が低くてすみません(苦笑)が、それは”ユニーク・アクセス数500/日”というものでした。
んで、その500。昨日のオリンピックの記事で初めて500オーバーいたしまして、めでたいんですけど、「あれれ?」って感じで。先日666回を迎えたときに、次の目標設定に困り、とりあえずは当初の目標だった500アクセスだなと密かに思っていたのですが、それがこんなに早く達成されてしまうとは…。たぶん、何かのまちがいで、瞬間最大接続数みたいになっただけだと思うので、コンスタントに500オーバーするようになったら、進退についてはまた考えることにします。
万単位でアクセス数を語る人から見たら、笑っちゃうような低い目標なのかもしれませんが、日に500人って、私にとってはとんでもない数に思えてしまいまして。なんだか畏れ多いです。いつも、読んでくださっている方々には厚く御礼申し上げます。

冷静に考えれば、別に困ることもないんだよね。目標を設定したのは自分で、変更することも自分の自由なわけですから、ここは単純に目標変更ということで逃げたいと思います。今の時点では、白い灰になって「燃え尽きたぜ」というところまで全然到達してないし、ネタが尽きることもないし、このままダラダラ続けたいと思いまーす。

ということで、結局…
今後とも、よろしくお願いいたします!
posted by nbm at 10:24| Comment(2) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

五輪雑感

せっかく、4年に一度の大祭典が行われているというのに、まったく触れないというのも不自然なので、触れておきますか、バンクーバー・オリンピックに。
前回、とっても面白いと思ったスノーボード・クロスは、ついに観ずじまいでしたわ。日本選手が出なくなっちゃったからなのか、放送に出会わなかったな。
カーリングはなかなかに面白い競技でした。けど、アイスホッケーも観てないし、リュージュやスケルトン、ボブスレーなんかも観てないし、大回転もエアリアルもスキークロスも観てないし、ショートトラックも観てないし、スピードスケートも観てないし、ノルディックもジャンプも観てないし…みんなダイジェストで観ただけ。それもほぼ日本選手に関してのみ。
結局、腰を据えて観たのは、スノーボードのハーフパイプと、男女シングルのフィギュアだけでした。

國母選手は、ジャンプが高くて、ひとつひとつのワザが綺麗でした。最後にダブルコークをキメきれなかったのが残念。でも8位入賞してるんだよね。がんばったじゃないか。しかし、ショーン・ホワイトは段違い。他の選手にはまるで歯が立たない領域にイッちゃってましたね。彼が開発したダブルコークを攻略すべく、他の選手が挑戦し、オリンピックでほとんどの選手が挑戦するも、綺麗にキメられない。っつーのに、ショーン・ホワイトは1本目で既に優勝を決めて、滑る必要のない2本目で余裕のダブルマックツイストをかます!もう2段階で引き離して、追随を許さずって感じでした。立派!

今回は、男子フィギュアが一番面白かった。(←他の競技をほとんど観てないけど 笑)
名のある選手たちが、どんどん失敗していく。ランビエールさえも。プルシェンコはすごいんだけど、余裕ぶっこき過ぎて、なんだか”やっつけ仕事”みたいに見えた。ライサチェックは、手足が長くて得してるよねって感じ。高橋大輔選手は正直好きじゃないけど、今回の演技には感動してしまって、特にショートでは不覚にも泣いた。彼の演技の直後に荒川静香さんがコメントで、どの選手よりもスケートを楽しんでいるのが伝わってきたと言っていたけれども、本当にそうだった。選手生命を危ぶまれるようなケガからの復帰というのは、やはり底知れぬ経験で、大きく彼のスケートを成長させてくれたのではないかと思わずにいられなかった。信成くんは可哀想だったけど、ぶさかわいいから、くじけずにがんばれ!(笑)小塚選手は4回転成功おめでとう!
今回、忘れてならないのは、中性的キャラのジョニー・ウィアー。バラの冠画像が素敵ね。過去のことはよく知らない。けど、今回の演技後の彼の言動には漢(おとこ)を感じたわ。あまりの点数の低さに会場からブーイングが起きると、自らそれを静かになだめる。その後のインタビューでも低い得点について聞かれると、「(高橋)大輔のスケーティングを観ていなかったのかい?」と答えたという。潔いではないですか。
ところで、チャンって誰?(笑)

さて、一方の女子シングル。リアルタイムでは観てませんでした。
エキシビションの真央ちゃんの演技を観て、この曲でフリーってことでよかったんじゃないのか?と思う。重厚なものに挑戦したい気持ちもわからないではないけど、やはり飛び跳ねるような軽快な曲の方が、彼女の魅力を際立たせるような気がしてならない。ミキティはフリーの衣装が誰よりもかわいかったね。漫画家・折原みとさんがデザインにアイデアを出したとか聞きましたが、どの程度反映されていたのでしょうね。
男子のときに、高橋大輔選手の滑りを観て思わず感動してしまった私ですが、ダンナさんは同様の感動を鈴木明子選手の演技に感じていたようです。贔屓目に観ているんでしょうか、会場の盛り上がり方から言ったら、もっと上位になっていてもおかしくないくらいでした。鈴木選手も摂食障害から立ち直った人。ツライ経験を乗り越えた人間でなければ表現できない、滑ることができる嬉しさ・楽しさが、伝わってきました。
忘れてならない人がもう一人。”鼻血っ子”長洲未来ちゃんね。とってものびのびと、やはり魅力的に見えるスケーティングでした。このコの場合は、個人の持つ魅力を感じましたね。

私の目に魅力的に映ったのは、高橋選手、鈴木選手、安藤選手の3人のスケーティンングでした。技術的な事はわからないけど、この3人からはスケートを楽しんでいる気持ちが伝わってきて、観ていてとても気持ちのよいものでした。観ている人に楽しんでもらおうという気持ちが伝わってきました。金メダリストや、残念ながら真央ちゃんからは、こういう部分がまったく伝わってこなかった。真央ちゃんの場合は、「どうか失敗しませんように」と祈るような気持ちで見守ってしまい、こっちが楽しむどころじゃなかったか(笑)
ロシェット選手は辛い中よくがんばったと思うけど、あの内容なら、メダルは長洲選手か安藤選手でもよかったような。

そんなこんなでバンクーバー・オリンピックも終了。
開会式の時には、ネリー・ファータドとブライアン・アダムスが登場したそうですね。k.d.ラングも出てたの?そんな場面、全然観てないけど。
閉会式には一体誰が?NickelbackとかSum41とかは出ないんだろうな。Rushでさえも無理か?Anvilとか出たらすごいのに(爆)ダイアナ・クラールとかホリー・コールなんかもいるけど、やっぱり、セリーヌ・ディオンとかサラ・マクラクランなんかなのかな。じゃなきゃ、シャナイア・トゥエインとか?個人的にはDie Mannequinにでもやってほしいところだが。あれ?もうやってたの?閉会式。
posted by nbm at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする