2010年04月28日

生命のリレー

どうも最近、生活のどこかにホラー・テイストを求めるようで、図書館から借りてくる本のうち、1冊はホラー小説という状態が続いています。
今回のその1冊は、吉村達也さんの『樹海』

吉村達也さんといえば、推理作家という肩書きの方がメインなのかもしれませんが、日本の推理小説が苦手な私は、吉村さんの推理小説は読んだことがありません。吉村さんのホラー作品では、『ついてくる』が印象的でした。装丁やアート・ディレクションが凝っていて、作品の一部になってました。だけど、内容はあんまり憶えてない(笑)ただ、面白かったという記憶は残ってます。ということで、この『樹海』については何も知らない状態でしたが、”ジャケ借り”。だって、表紙が光るっていうんですよ、コレ。実際、借りてみたら、あんまり光ってなかったけど(苦笑)後で知ったのですが、これは”神保家3部作”の第2作にあたる作品だったらしい。読む順番は前後しても楽しめそうなので、今度は1作目の『卒業』を読んでみようっと。そして、3作目の『時計』もね!
一時期、角川ホラー文庫は愛読してたんだけど、なぜか遠ざかってしまってました。今回でまた読んでみようという意識が蘇りましたよ。

さて、『樹海』。今回はネタバレありでいきますので、未読の方はご注意を!核心にはなるべく触れないようにしますが。
当然のことながら、樹海といえば青木ヶ原です。青木ヶ原は、若かりし頃、四駆で遊んでいたときに、何度か訪れたことがある場所です。昼間、明るい陽光のもとで遊歩道をはずれずに歩くのなら、緑濃い美しい場所であります。しかし、少し道をはずれて中に踏み込もうものなら、昼でも”帰れない恐怖”に簡単に襲われる場所であります。そんな場所が舞台になっていると思ったら、興味津々。
主人公は、美しい女子高生・村木ルイ。彼女が見る悪夢がコトの発端です。幼い彼女自身が、鬱蒼とした森の中で彷徨い歩く夢。唐突に森の中に光る<0(ゼロ)>が現れ、増殖した<0>が連なったトンネルになって、そこに吸い込まれた彼女は、天地が反転して逆さのまま、<0>の中を進むことになります。
このルイの夢の謎を解き明かそうと、ルイのボーイ・フレンドである大学生・神保透が協力していくのですが、透とルイとの間にはとある”縁”が存在していることがわかってきます。ちなみに、この透くんは、金属を曲げることができるメタル・ベンダー能力を持った超能力者。
ルイの親友である杏奈も、関わってくるのですが、これも”縁”で結ばれている様子。杏奈の兄は、自殺で亡くなっています。
透の姉・神保真美は、大学で人体と電磁波についての研究をしていて、この人が意外に鍵を握ってるかな。3作目『時計』では、主人公といってもいい存在みたいなので、当然といえば当然か。

青木ヶ原といえば、自殺。当然、それも関わってくる話なのですが、この作品のテーマは”電磁波”。この扱いが面白い!
人間自体が電気仕掛けで動いていることに着目し、その人間が出す電磁波が、通信手段になったりするという考え方。たとえば、テレパシーも人が出す電磁波に、その人の思考が乗り、それを別の人が感知するという風に考える。

実はこれ、ちょっと前にNHKで見ました。もちろん、超能力とは無関係ですが、人が発する微弱な電磁波の研究。人は全身に、まるでオーラのように電界をまとっているのですね。見えない電界をわかりやすく可視化した図で説明されると、もしかしてオーラと呼ばれているものは、コレなんじゃないかと思いました。この電界を使って、人体通信をしようというのですよ。通信装置を装着したりして、ある種のデータを身につけているとして、どこかに「触る」という行為をするだけで、そのデータが電界を伝って流れることに。「触る」は「踏む」でもいいわけで、歩いて通過するだけでデータがやりとりできるなら、セキュリティなどに使えるという話でした。当然、データは暗号化することが前提です。じゃないと、満員電車には乗れないわ(笑)
電界に思考が乗るかと考えると、そこには大きな飛躍があって、常識的には考えられないことになってしまうけれども、テレパシーと呼ばれるものが科学的に説明できる可能性が見えてくるような気がしませんか。
”オーラが見える”と言う人がいるけれども、説明がつきそうだよ。電磁波のうち、普通の人が見えるのは可視光線と呼ばれる範囲だけれども、特殊な目や感覚をもっていて、その範囲がもっと広い人間がいたら、可視光線を越えた部分を感知できるかも。そしたら、人の発している電界が”見える”こともあるかもしれない。人が発する光をオーラと呼び、それを色ごとに意義づけるなんてことは理解しがたいけど、人間の感情や性質なんかで電界が変化することだって否定できない。それをオーラとして読み取っているとしたら理解できる。

もうひとつは、超能力について。
超能力を持つ人間がいると仮定して、そういった能力を持つに至る仮説を3つ挙げ、人間は超能力を獲得するよう進化する過程にいると考える”超能力進化説”をプッシュしてる。あとの2つは、元々持っていた超能力が退化したと考える”超能力退化説”と、”突然変異説”。私は今まで、”超能力退化説”を考えていたので、”超能力進化説”は新鮮に聞こえました。しかも、この小説では、その原因を電磁波と考えてる。微弱な電磁波を浴び続けた結果、体に悪影響を及ぼすのではなく、ある方向に進化した、と。

それから、”記憶”と”記録”について。
人はまず、すべてを”記録”して、それを”記憶”し、”思い出す”という作業をしているのだ、と。
主人公・ルイには直観像能力があって、見たものを写真で撮影したように憶えている。
余談だけど、私はこの直観像能力がまったくなくて、映像・画像が憶えられないのだけれども、言語能力の発達に伴って、この能力は退化していくといわれているらしい。
別に珍しいことじゃないと思うけど、自分は幼稚園に入る前から誰が教えたわけでもないのに、ひらがなを全部書けたし、読めた。どこでもかわまずに白い所があれば字を書いていたという子供だったらしい。小さい頃から言語能力が発達してしまった私には、直観像能力が無いわけだよ。今までは、脳の性質的に向き・不向きがあるのかと思っていただけだったけど、なるほど、納得。直観像能力と言語能力は反比例するのかも。
話を戻して、と。アルツハイマーを考えても、”記録”は残っているのに、その引き出し方を忘れているというのはわかる。その証拠に、もう憶えていないのかと思っていたことが、ふとしたきっかけで出てくることがあるもの。記録を引き出す筋道を見つければ、記録は引っ張り出せるものなんだ、たぶん。

<0(ゼロ)>という数字も象徴的に使われていますが、ちょっとこじつけが苦しいかな。もしかしたら、前後の作品を読めば、意味合いが違ってくるのかもしれませんが。
なんだか、散漫に長くなりすぎました。分ければよかった。

ホラーという形態を取り、電磁波だなんだと科学的なことがちりばめられてはいるものの、根底に流れているテーマは、親子。といっても、種の存続というか、生物としての根源的な本能というか、人は遺伝子を次の世代へ残すという行為で、「自分を存続させて」いるのだという結論。
逆に考えると、親を殺したり、子を殺したり、子を作らなかったりというのは、生物としてのアポトーシスの一種なのかもしれない、人類という種をひとつの生命体と考えたら、緩やかな自殺なのかも。なんて、考えてしまいましたとさ。
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2010年04月24日

共通点はナシ

しばらく音楽の話をしてませんでしたね。
耳に引っかかる音がなかなかないわけですが、しばらく前から気になっているのがひとつ。
世界の終わり
これがバンド名でございます。HPはコチラ。MySpaceはコチラ
2007年に結成された、4人編成のバンド。一人、ピエロ(実は2代目)が混じってますけど、DJです。ドラムやベースがいないので、リズム担当はこの方。自分達の手で、ゼロから作り上げたライヴハウス<club EARTH>を中心に活動を行っているそうです。まず、ライヴハウスを作って、そこで共同生活をしながら曲を作り、看板バンドとして出演するという風にやってきたという話。ご本人たちいわく、「限りなく長い期間やってる文化祭みたいな」感じだとか。今年の2月にファースト・シングル『幻の命』がタワレコでしかも2ヶ月限定で出て、4月にアルバム『EARTH』が出ました。

なんていうのかな。人によって、いろいろと音楽に魅力を感じるポイントというのがあるだろうけれども、私はどうもそのポイントのひとつに”イノセンス”というのがあるらしい。無邪気さというか、無垢な感じ?色で表すと”白”みたいな。(そういえば、このバンド、真っ白なパジャマを着てるね)そういう点からすると、他の人には理解できないかもしれないけど、私の中では、世界の終わりは、People in the Boxと近い感覚で聴いている気がする。
このバンド、拙さとか青さを感じるのだけれども、こっちが聴いててちょっと小っ恥ずかしくなるような部分を自虐的に楽しんで聴いている自分がいる。ギリギリ我慢できるラインっていうか(笑)聴いてて、もうちょっとで「うわぁ!」って叫びながら逃げ出したくなるような、そんなところを楽しんでいるっていうか。
若いなりに感じている葛藤を、素直に表現しているところに好感がもてるんだろうな。
変に、上手くならないでいてほしいような。成長しないでいてほしいような。そんなバンドです。


さて、もうひとつ。
昨日の夕方、チャカチャカとテレビのチャンネルを回していたら、伊藤政則さんの番組を発見!もっと遅い時間にやっていた記憶があるのですが、再放送なのか、こんな時間にもやってたんだね。
たまたま流れていた野外ライヴ映像にクギづけ!それはDizzy Mizz Lizzyというバンドでありました。
なんか、映像は古そうだけど、そんなバンドは知らん!
それもそのはず、彼らが主に活躍していたのは、90年代半ば。私が洋楽から遠ざかっていた時期であります。音楽を聴く上でのここ数年のテーマのひとつとして、”聴いてこなかった90年代洋楽の復習”ということを掲げてますが、まさにそれに当たります。
どこかしら、何か一筋縄ではいかない感じがすると思ったら、デンマーク出身のバンドでしたか。それは珍しい。他にデンマークのバンドなんて知らないよ。っていうか、デンマークのバンド自体、初めて知ったけど(笑)
どうやら、私の観たライヴ映像は、日比谷野音でのもの。『Waterline』など数曲が流れてました。ベースがレフティだよ。この度、期間限定の再結成、そして来日公演があるとのことで、紹介されていた映像のようです。来日公演のために、日本向けの新しいHPができてる。
彼らの大元のHPでびっくりしたのは、曲の試聴はもちろん、全曲歌詞やTAB譜まで公開してくれてるんだよ?TAB譜を載っけてくれるなんて…そんなの初めて見たわ。
なんか気に入っちゃったなぁ。

ってことで、まったく趣の違う2組ですが、最近お耳にひっかかったのは、この2つだったので、とりあえずメモメモ。
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2010年04月23日

ストレス・コーピング

昨日のこと。
何やら外で女性が叫んでいる声と子供の泣き声がするなぁと思っておりました。様子からして、おそらくお隣。ちょっと騒ぎが長いので、どうしたんだろうと心配しているときに、「ピンポーン」とうちのチャイムが鳴る。出てみると、やはり隣の奥さんだった。お子さん(幼児)をひとり家に置いて、駐車場にちょっと行って戻ってきたら、どういうわけか玄関のドアが開かなくなってしまったという。私もカギを借りて差し込んでみるのだけれども、シリンダーがまったく動かない。詳しいことがわからないけど、ドアの内側でお子さんが泣き叫んでいるので、なんとか早くドアを開けてあげないと…。たまたまダンナさんが早く帰っていたので、家に戻ってダンナさんに「緊急事態!」と助けを求める。「ベランダ側の窓は開いてますか」とたずねると、開いているはずだということなので、早速ダンナさんがうちのベランダからお隣のベランダへと侵入し、窓から失礼して玄関へ。お子さんは、突然ベランダから現れた強面のおじさんに恐怖していた様子だったらしいけど、内側から鍵を開けてママと再会できたら、安心した様子。よかったねぇ。別れるときには「バイバイ」と手を振ってくれました。
マンションなので、近所づきあいなんてものはなく、お隣とて顔を合わせることもほとんどないくらいなのですけれど、困ったときはお互い様ってことで、お役に立ててよかったです。

さて、話は変わりまして。
数日前、偶然知人と会いました。
その日は、ちょっと遠いスーパーまで自転車で買い物に出かけました。いつもはそんなに買い物に時間をかけない方なのですが、その日はどういうわけか、ぐだぐだと時間がかかってしまい、なんでこんなに時間がかかったんだかと疑問に思いつつスーパーを出ました。
荷物を積んで自転車を漕ぎ始めてすぐ、ベビーカーを押しつつ、もう一人小さなお子さんを連れたママさんとすれ違うのですが、その瞬間、お互いに「あれ?!」って(笑)知人でした。
「ははぁ」と思いましたよ。偶然人に会うときは、いつもこうです。予定がずれこんだりする。会うべくして会うんです。買い物に異常に時間がかかったのは、こういうわけだったか(笑)
以前近所に住んでいた方で、当時はシングルマザーだったのですが、再婚されて引越しをされたのです。私も引っ越したのですが、引越し先がまたわりと近かったので、こうして偶然会うことがあります。でも、もう数年会ってなくて、年賀状をかわすくらいの間柄。この方、実はもう成人するかというお子さんがいらっしゃるのですが、今のご主人との間に新たにお子さんを2人ももうけられたので、今また育児の真っ最中。
あまりに久しぶりに会ったので、しばらく立ち話をしていたのですが、実はしばらく前までうつ病で大変だったとのこと。小さなお子さんを抱えて、さぞ大変だったことだろうな。今はだいぶ良くなって、薬も飲んでいないということだったのですが、まだ症状が出ることがあるとのことでした。ご主人との関係も良好そのものだし、上のお子さんとも仲良くやっていると思われ、またまたお子さんにも恵まれて、仕事もうまくいっている様子。しごく順調な生活を送っていたはずなんだけど、なぜに?という感じ。深く聴いてはいませんが、ご本人も病気になった原因に思い至っていないような。
ご自宅で美容関係のお仕事をされてるので、きっと忙しくしているのだろうなと勝手に思っていたのですが、わりとゆったりしたスケジュールでやっていると聞き、「んじゃ、遊びに行くね」と約束して帰ってきました。

うつ病といえば、何か強烈にストレスとなるマイナス要因があったりして、そういったものが引き金になるのだと思い込んでいたのですが、そうではなくて、本人も気付かないうちにゆるやかになるものもあるのかもしれないと思いました。

先日、テレビ番組で、うつ病にならないため、またはうつ病の治療のための4つのストレス対処方についてやってました。番組HPはコチラ
「積極行動型」は、一休みするより、積極的に問題を片付けようとするタイプ。
「気晴らし型」は、ショッピングをしたり、同僚と飲みに行ったりしてストレスを発散するタイプ。
「否認型」とは、ストレスの原因となる問題を見て見ぬふりをして、先送りにするタイプ。
「回避型」とは、嫌いな人とは会うのを避けてひきこもるなど、ストレスそのものを回避するタイプ。

この4つのストレス対処法のバランスが重要なのだそうですよ。たとえば、一見すると理想的に思えるような「積極行動型」だけでは、解決困難な長期化する問題に直面しているときなどは、逆にうつ病を発症・悪化させることになりかねないらしいです。否定的に感じる「否認」や「回避」という考え方も、精神の健康を保つためには実は必要であるというのが面白いですね。
このバランスを見る診断テストがあったのですが(番組ケータイサイトからなら診断できます)、やってみると、私はバランスがとれているようでした。診断テストの結果は、
「積極行動型」11
「気晴らし型」13
「否認型」  13
「回避型」  11
タイプ的には、「気晴らし型」と「否認型」が少々強いので、気晴らししながら、見て見ぬふりをして問題を先送りにしているらしい。たしかに。気晴らしも放置も、すごく自覚してます(笑)今まさに、重要な問題を放置してたりするんですが、それは今そこに突っ込んでいくと、自分が壊れる危機感があるからです。もうちょっとエネルギー充填してから突っ込んでいこうと思ってて。それがいつになるかわからないけど。てへっ。
あくまでもバランスが重要で、一つの項目だけ突出していたりすると、良くないみたいです。

以前は、自分の精神力にわりと自信があったのですが、ここ数年でその根拠のない自信を持つのはやめようと思い直しました。自分が精神の健康を保つには、努力というと語弊があるのだけれども、やった方がいいこと(場合によってはやらない方がいいこと)をやるべき(またはやらないべき)だという考えに至りました。
まさに、重要なのはそのときどきのバランス。私はたぶん、時期的にこの4つの対処法をミックスしつつ割り振ってます。基本は「気晴らし&否認」なんだけれども、スイッチが入るとガーッと「積極行動」に出て一気に片付け、また「気晴らし&否認」に戻るということを繰り返しているような気がします。今は、思いっきり「回避」してますけど、たぶんそのうち「積極行動」に切り替える時が来ます。ある程度、意識的にやってるんだなぁ。
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2010年04月22日

<冲方丁『天地明察』本屋大賞受賞記念>○×考察

冲方丁さんの『天地明察』が、今年の本屋大賞を受賞されたそうであります。
大賞候補作品中、私が他に読んだのは、小川洋子さんの『猫を抱いて象と泳ぐ』のみなので、大きなことは言えませんが、納得の結果でありました。納得しているのが私だけでない証拠に、本屋大賞のHPに掲載されている得点を見れば、『天地明察』がダントツの得点を得ていることがわかります。2位以下に大差をつけての大賞受賞です。おめでとうございます!
『天地明察』については、コチラの記事をどうぞ。
冲方作品としては、他に
『マルドゥック・スクランブル』シリーズ(過去記事「愛すべきねずみたち」
『オイレンシュピーゲル』『スプライトシュピーゲル』シリーズ(過去記事「ザッピング・ライトノベル」
を読んだ程度なのですが、好きな作家さんのひとりであります。『オイレンシュピーゲル』・『スプライトシュピーゲル』はそれぞれ何巻まで読んだかわからなくなっちゃって(笑)そのうえ『テスタメントシュピーゲル』ってのも始まってるそうなので、シュピーゲル・シリーズは頭の中でいつか整理しないとな。
『マルドゥック・スクランブル』は、一度頓挫したアニメ化計画が新たに進んでいて、「第一部 圧縮」が今年の秋に劇場公開される予定。PVがYouTubeに残ってました。個人的には、バロットが林原めぐみさんというのはピンとこないのですが…。なんといってもウフコックの変身シーンに興味があります。ウフコックは普段は金色のねずみの姿をしてますが、亜空間にある物質を呼び出して、自らを武器に変身させたりするんです。主人公のバロットがもともと少女娼婦ですし、全体的には際どい内容のお話なので、レイティングがかかるでしょうか。

こんなことを書くつもりじゃなかったのに、横道に逸れました。
いや、『天地明察』の中で気になっていたことがありまして。
それは、数学の道場での話。掲げられた問題に対して解答を書き込むと、その解答が正しい場合、”明察”と書き込まれるわけです。現代の私たちで言えば、”○”をもらうようなもの。
たとえば、海外では、不正解は”×”でも正解は”チェック(レ点のようなカタチ)”が多いと聞きます。選択式の場合は、選択項目に”チェック”でなく”x”を付ける場合もありますし、混乱しそうですね。海外で”○”を使う場合は、その部分を囲んでいるということらしく、「正解」という意味とは違うようです。「正解」の意味として”○”を使うのが日本だけかどうかはわかりませんが、少数派ではあるのでしょうね。
江戸時代に、正解に”○”を使ってなかったとしたら、どこから”○”になったのだろう?と思いまして。

調べていくと、「三省堂ワードワイズ・ウェブ」にこんな記事がありました。
”×”については、「凶」の字に含まれることなどから、悪いものの象徴とされ、呼び名としては「罰」からきているというように認識されているようです。でも、それは明治時代以降。古来、注連縄などの”〆”からきているという説もあり。
しかし、”○”については、その出所がよくわからない。たしかに、太陽を思わせたり、切れ目がなく完全なものを表すカタチではあるのですが、記号として使われるようになった経緯がよくわからない。江戸時代の俳諧の「丸五点」(輪五点)が、採点として”○”をつけた走りではないかと言われているようなのだけれども、記号論として誰も細かく研究してないのかな。

福沢諭吉が慶応義塾で初めて”○”を採点に使ったという説もあるようなのですが、”○”よりも”△”の方が数段格上だったらしく、これを始まりだとするのには、ちょっと違和感がありますね。

たとえば、家紋や屋号などのシンボルとしての記号は、もっと昔から使われていたのでしょうが、ひらがな・カタカナを含め。漢字を元とした文字以外の記号というものは、ずいぶんと歴史が浅いという印象です。早くても江戸時代くらい?句読点を始めたと言われているのは、二葉亭四迷だから、明治になっちゃうし。
文学が庶民に広がり、塾や学校のような教育機関が整備されていくにしたがって、こういった記号が一般化していったのでしょうね。
逆に言うと、漢字という文字自体に意味を持つものを使ってきたことによって、記号の発達が遅れたといえるとか?だったら、中国や韓国での記号の発達はどうだったんだろう?
いや、あまり深入りしてはキリがないので、この辺で。

日本以外では、”○”に良いイメージを持つことはないようで、どちらかというとゼロを連想したりして良くないイメージを持つような。国旗が日の丸だったり、”丸くおさめよう”とか言っちゃったりする中で育っちゃうと、抵抗ないんだけどね。
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2010年04月21日

<阿漕>と<メーデー>

ギター関連のことをネットで見ているときに、<アコギ>という文字を見て、「あこぎな商売」とか言うときの<あこぎ>って何だろう?と疑問に思いました。漢字ではどう書くんだろうな。
そこで、即座に辞書を引くと、<阿漕>とありました。その後に続く語句の由来は衝撃的なものでした。
(三重県津市の地名から)非常にずうずうしいやり方で、ぼろいもうけをねらう様子。(新明解国語辞典)

なんてひどい!これでは津市阿漕の方たちが、まるでみな時代劇に出てくる悪役の越後屋かのような言われようじゃないですか(笑)
どういう経緯でこうなったのか、もう少し詳しいことを調べてみましたよ。
三重県津市には阿漕ヶ浦という海岸があるそうで。そこに古くから伝わる話が由来になっているのですね。阿漕ヶ浦は伊勢神宮にお供えする魚を獲るための禁猟域だったのに、ある漁夫が密漁をしていて、何度捕らえても密漁をくりかえしたのだそうな。それが平安時代の歌集に載ったり、世阿弥作といわれる謡曲のネタになったりしている。
んで、室町時代頃になると、「度重なること」の比喩として<阿漕>が使われるようになり、近世以降には「しつこいさま」という意味になっていく。
これが、時を経てもっと変化して、「強欲であくどい」というような意味に変わっていったとさ。
阿漕という地名をご存知の方なら、ピンとくるのかもしれませんが、関東で生まれ育った私は残念ながら阿漕ヶ浦を知らず…。

さて、もういっちょ。
飛行中に青い炎に包まれた飛行機の謎というのを、テレビ番組で放送してた。これについては、火山の噴火があって、その火山灰による摩擦で静電気がおきたための炎ということだったのだけれども、なんとタイムリーな!火山灰の噴煙自体もエンジンに直接悪影響を及ぼすことは充分に想像できるけれども、静電気が起きるんだね。
この事故を教訓に、火山の噴火があった場合の対処について、飛行マニュアルが変更されていったということなんで、今回のアイスランドの噴火による混乱も無関係ではないよな。

ここで気になったのは、、<メーデー>という緊急時に使われる言葉。放送されていたもののもともとの番組はナショナルジオグラフィックのもので、番組タイトルが「Mayday」だったんだよね。だけど、どう考えても、5月1日のメーデーとは違うよね?
航空無線ではSOSの時に「メーデー」って言うらしいんだが、それはフランス語を英語に音訳したものだという話。フランス語の「m'aidez」(助けて)から来てるのか。英語で言うと「Aid me」か。なるほど。
日本語だって、外来語はたくさんあるわけだけど、英語にも外来語があるというのが理解しずらいのはなぜなんだ?ただでさえ外国語なのに、その上その外国語から考えても外国語かよ!みたいなことが理解しずらいのよね、きっと。

ちなみに、船舶でも無線が普及した頃から「メーデー」は使われていたそうだけど、航空機にせよ船舶にせよモールス信号時代なら「SOS」だよね。だけど、その「SOS」がお払い箱になってたのを知らなかったよ。
モールス符号による遭難・緊急通信は、1999年で廃止されたんだって。今は、「Global Maritime Distress and Safety System(GMDSS)」ってのがあって、専用発信機を使うことになってるらしい。自衛隊やアマチュア無線、一部の遠洋漁業なんかではまだモールスが使われるそうだけど。そりゃそうだよな。考えてみれば、いまだにモールス信号ってのも大時代的か。だけど、自分が無人島に流されたとしたら、やっぱり砂浜にはとりあえずデッカく「SOS」って書くだろうな(笑)
ちなみに、「SOS」は頭文字をとった略語などではなくて、言葉としての特別な意味はないそうな。打電しやすく聞き取りやすい符号を組み合わせて作られたものということらしい。

ということで、気になった二つの言葉の語源をメモしておきました。
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2010年04月20日

怒涛のとんちんかんさに襲われた週末

知らない間に週が明けていたというような感覚で、更新するタイミングを逸してしまいました。珍しく写真を撮ってあったりするのですが、大した作業じゃないのに、慣れていないので、加工して貼り付けるのが面倒です(笑)後日アップする予定。

ちょっとした祭りがありまして、友人が腰元の扮装をして練り歩くということで、そんなオモシロイことを放っておくわけにはいきません。夫婦して、冷やかしに行ってきました。
東映の衣装部の方が着物やかつらの着付けに来てくれると聞いていたのですが、なるほど様になるもんですねぇ。腰元らしい着物姿で練り歩く友人に声をかけると、そこから彼女は笑いっぱなしになってしまい、せっかく撮った写真もみんな目をつぶって写ってました。残念…。
知り合いのお子さんも別の行列に参加していたので、そちらもチェック!春だってのに降り積もった雪が溶けて、足元がぐちゃぐちゃだったのが、ちとかわいそうでした。
僧侶たちの行列もあって、雅楽隊が先導していて、生でしかも至近距離で笙を見たり聴いたりすることって、あんまりないよね。僧侶たちが履いていた和沓がキュートだったわ。写真を撮っておけばよかった。底がペッタンコで、赤い絹でできてたのかなぁ。足にフィットしないスリッパみたいなもんだから、歩きづらそうだった。
昨年、天皇&皇后両陛下が紅葉狩りにいらした寺が開放されていて、祭りのこの日はタダで入れるものだから、ひとまわり。人が多いこと!タダだからね(笑)周辺とは比べ物にならないような高い木々が生い茂り、ひんやりとした空気に包まれていた境内でした。杉林と違い、雑木林ですから、いろんな表情の木があって、池があって、ここのお庭はなかなか風流です。溶け残った雪の上に桜の花びらが散っているという、不思議な光景を見ました。

そんなオモシロイものを見て帰ってきたら、オッサン軽音部の友人から電話が入る。
これまでは、兄弟のお古のKRAMERを主に使っていた彼なのだけれども、先日から、なぜか急激にストラトキャスターに興味を示すようになっていて…。うちであらためてムスタングの音色を聴いてから、それが加速してしまったようで。もちろん、ムスタングはストラトキャスターともまた違う音色なのだけれども、それまで聴きなれたハム太い音とは別の音色が欲しくなった様子。
いてもたってもいられず、ネットでポチッとなしそうになり、しかし「自分の思っているようなものと違ったら?」とすんでのところで思い直して、うちのダンナさんにSOSの電話をしてきたというわけ。
ひきこもりってわけじゃないんだけど、大概の事はネットで済んでしまう環境にある彼は、お出かけするのが億劫。おそらくは、本当はものすごくお茶の水に行きたいんだけど、行きたくなくもあって(笑)「連れてってー!」とばかりに電話をしてきた。
というわけで、すでに夕刻ではあったのだけれども、ダンナさんいわく「つまり、オレが今からお前をお茶の水に拉致ればいいんだな?」ってことで、なかば強引に急遽お茶の水へGO!もちろん、ギターを買うことが前提なので、車で(笑)

お仕事があった私は、家で彼らの帰りを待っていたのだけれども、帰ってきた彼の背には黒いギターケースが!(爆)まんまと買ってやがんの。「ストラトといえばコレ」という、彼の願いどおりであるストラトの王道をゲットしてご満悦。うちでちょっとだけシャランシャラン言わせて、帰ってゆきました。”ギー太”でも”ムったん”でもないので、”ストラコ”と呼ぶそうです(爆)自分で選んで初めて買ったギターだから、愛着も沸くよね。

ということで、1日のうちに、腰元姿の友人と、ストラトをゲットしてはしゃぐ友人が見られるという、ゴージャスでとんちんかんな週末でありました!
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2010年04月15日

お告げ

不思議なことがあった。
自分の話ではないので、かいつまんで。

友人Aが、唐突に、友人Bの出てくる夢を見たという。
普段の生活で、AとBとに接点はなく、おそらく年に1度の忘年会で顔を合わせる程度。
なんとなく気になったAは、自分よりBに近いCに夢の話をする。
話を聞いたCが、とりあえずBのブログを覗いてみると…何事か相当にショックな出来事があったらしく、ブログ休止のあいさつが掲載されていた。
Cは、自分よりもBと親しいDに連絡をとり、B本人に連絡を取ってもらうのだけれども、何があったのかは言わないらしく、今のところ、Bに何が起きたのかはわからない状態。

それはさておき、夢にBが出てきたというAは、Bのブログを見たことはなく、おそらくは普段意識することもないと思われ…。
実は、私も先日お茶の水で唐突にBのことを思い出していた。Bはベースを演奏する人で、高級なベースを何本も所有していることを昨年の忘年会でも自慢げに話していて、楽器に興味を持ち始めた私は「すげぇー!」と感嘆したものだ。楽器店の店頭に並ぶベースを見て、そんなBを思い出しただけだけど。私の場合は単純に連想しやすいことで、不思議でも何でもないのだけれども、AがBの夢を見るというのは、あまり考えられないことで、二人の距離感を知っている人間からすると、唐突すぎることなのでありますよ。しかも、このタイミングで?
私もBのブログは極たまに見ることがあったのだけれども、数ヶ月は見に行ってなかった。Aから話を聞いて、見に行ってみたら、やっぱり休止されていた。
私たち夫婦とて、Bとは忘年会で会う程度だけれども、何があったのか知らないが、早く立ち直って来い!

しかし、友人Aには、夢のお告げの前例があるので、今回の話もまさかと思いながら聞いていたのだけれども、ホントにそんな話になるとは…。
Aとは、俗に”幽体離脱”と呼ばれるような経験を語り合ったことがあって、私もAも頭の皮が引っ張られるような感覚が共通していたのだけれども、あの話をしたあたりから、こういうことが起きてきているような気がする。
いつも明晰夢を見ると言っていたAだけれども、そういうことにも関係があるのかな。
断っておきますが、Aはオカルト的なことにはまるで傾倒していない人です。霊らしき存在と遭遇しても、それを霊だと認めたことはない(笑)
以前、夜中に一人で多摩湖だったかどこかのダム湖に行ったとき、湖の中を渡る堤防に佇んでいたら、水辺から何者かが四つんばいで這い登ってきて、咄嗟に逃げた話とかあるけど(笑)

夢のお告げ的な話でいつも思い出すのは、ユングの言っていた集合的無意識。ちょっと広げた解釈になっちゃうかもしれないけど、互いの深層意識が繋がってたら面白いのになって、考えちゃうよね。
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2010年04月14日

またまたお茶の水

久しぶりに、だんなさんとスクーターに2人乗りしてお出かけしてきました。
出がけに友人に会い、「後ろに乗るのは怖くない?」と聞かれる。前にも紹介したのですが、タンデムベルトさえあれば安定するので、それが無いときに比べれば、恐怖感は激減。かっちょ悪いけどな(笑)そういえば、別の友人が自分の旦那の運転でタンデムはしたくないと言っていたのを思い出す。大前提として、ダンナさんの運転技術を信じているということが、恐怖感を感じない理由になるのでしょう。それと、四駆で遊んでいた時代などに、「一歩間違ったら死ぬ!」的な経験をたくさんしたので、そうった恐怖への慣れというのもあるのかも、と自己分析したりして。タンデムの場合は、自分が落ちたら死ぬので、落ちないようにするための対策としてタンデムベルトがあるだけで安心感がまったく違ってくるということなのでしょう。

しかし、スクーターで出かけるときにネックになるのは、駐輪する場所。バイクの駐輪場は、駐車場に比べて極端に少なくて、苦労します。秋葉原ではUDXという強い味方がいるのですが、困るのはお茶の水。
この界隈を営業で回る友人の助言により、大病院の駐輪場に失礼することにしました。患者さんや見舞い客というよりも、おそらくは病院で働く関係者が停めることの方が多いであろう駐輪スペース。いつも余裕があるので、うちが停めたことによって締め出される人はいない感じ。ということで、ずうずうしくも利用させていただく(笑)
ついでに、病院の食堂で食事をしてみたり(笑)外部の人でも、30円余計に払えば利用できる生協の食堂。白衣を着た医学生さんたちに混じって、独特の雰囲気を楽しみながら、わざとシャバシャバの安っぺーカレーを食べてみたりして。自分の学生時代を思い出しますなぁ。しかしここ、なぜか日本語で話している人が少ない(笑)食事の供給や片付けのシステムがよくわからず、ドキドキしながら。これがなんだか面白い!

さて、お茶の水に来た目的は、バラ売りのペグを買うため。先日、ひとつ買ってきたばかりですが、もう1個必要になって。
これでようやく、Grass Roots1号が完成!見た目も一皮むけてビカビカ。自家製ネックアイロンで、ネックの反りもねじれも直りましたし。音も問題なく、ダンナさん希望のガラガラした音の出るギターができました。

せっかくのお茶の水だったので、ぐるりと楽器店を回り、試奏などさせてもらいつつ、楽しんできました。
半年前に私がムスタングを買ったお店では、そのとき対応してくれたお兄さんがいて、覚えていてくれた様子。中・高年でギターを始める人が増えているとはいえ、いい歳したおっさん・おばちゃんが夫婦で来店するケースは少ないのかもね。
そのお兄さんとの話で、お茶の水は”弦楽器の街”であることを再認識する。DTM関連の商品が少ないことを嘆くと、そういった商品は渋谷あたりに多いのだそうで。
ちなみに、帰り道、池袋でも楽器店をはしごしてみたのだけれども、ギターの細かな部品については、やはりお茶の水の方が揃ってた。
あと、お茶の水では、ちょっと興味があるそぶりを見せただけで、簡単にギターを試奏させてくれるのだけれども、池袋では、こちらからお願いしないとちょっとやそっとでは試奏させてくれないような雰囲気だった。
やっぱり、ギターを買うならお茶の水だね!

神田川の桜はもう散り始めていましたが、春ってことで、楽器店には楽器を買う気満々の若者が。いいねぇ。
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2010年04月12日

雑多メモ カティンから小栗旬まで

なんだか、ちょこちょこと気になることがたくさんあるのですが、ひとつの記事にするには小さすぎる事ばかりで、なので、メモとして書いておくことにします。

ポーランドの政府専用機が墜落。
カチンスキ大統領は、第2次世界大戦中にポーランド軍将校らがスモレンスク郊外で旧ソ連軍に虐殺された「カチンの森」事件から70周年を迎える追悼式典に出席する予定だった。死者の中には、軍幹部や中央銀行総裁なども含まれている。(ロイター)

不勉強でお恥ずかしいですが、映画『カティンの森』を仕事で扱ったことで、<カティンの森>事件のことを知りました。アンジェイ・ワイダ監督は、お父様をこの事件で亡くされているということで、とあるところで監督のインタビューを読んだばかりだったこともあり、このニュースは衝撃的だった。<カチンの森>と表記され、大統領の名前が<カチンスキ>さんって…日本語表記ではこうなっても、実際は綴りさえ違うのかもしれないけど、運命的なものを感じても無理ないような事故で…(事故だよね?)

ウォーキングの時間。
久しぶりにウォーキングに精を出してます。
1時間だと負担には感じないくらいなのですが、1時間半やってしまうと疲れが残ってしまいます。先日は、花見スポットまでちょっとがんばってしまったら、2時間近くになってしまい、足に痛みが出てしまいました。完全にやり過ぎ(苦笑)寄り道しながらだったので、距離にすると6kmくらいだと思うのですが。疲れちゃったけど、桜と菜の花と両方を楽しめたので、まぁいいか。やっぱり、私には1時間15分くらいがベストだな。

ぐっさんの心がけ。
NHKで、各界で活躍する人達が自分の卒業した学校に授業をしに行くという番組があります。終わりの方だけちょこっと観たのですが、ぐっさん(山口智充)の回。ぐっさんが生徒たちに何をやらせたかというと、毎日楽しい事を探して日記につけるということ。この手法、家族の介護に疲れた人が実践していたのをやはりテレビで見たことがあります。ぐっさんは、この楽しい事日記をずっと続けているらしく、もちろん辛いこと・悲しいことはあるけれども、読み返したときに「人生楽しかったな」と思えるということで。どこかで誤魔化されているような気がしないでもない手法だけれども、逆に辛い日々を送る人には有効な気もしてね。

玉田の努力。
これまた観るともなしに観ていたNHKの番組。名古屋グランパスの玉田圭司選手に密着取材。Jリーグはほとんど観てこなかった私には、細かいことがわからないわけだけど、当時の監督の意向によって、ドリブルを封印していた事実を知る。しかし、そのときにパスの技術を磨いたわけで、結果的には良かったのかも。自由にできる今となっては、場面によってパスもドリブルも選択できるようになったはずだから。一方で、自分のお店(もんじゃ焼き屋)を作り、ファンと交流しつつ、サッカーを盛り上げようと努力していることも知り、単純に応援してあげたくなった。がんばれ!チャウ・シンチー!(笑)玉田選手だけでなく、陰で様々に努力している人はたくさんいるのだろうな、と。

火ぐまのパッチョ。
東京ガスのCMにちょこっと出てくるキャラクター、火ぐまのパッチョ。顔が「火」(笑)ケツからガスの青い炎を出すところがかわいいと思ってたんだが、そういえば、と東京ガスのHPに行ってみると、当然宣伝なんだけど、短いアニメが数本あって、これがなかなか。他にも、どういうわけかゆるキャラ同士の対談とかしてて、ノッポンとか相手に『徹子の部屋』ならぬ『パッチョの部屋』状態となっていたりする。やっぱり、かわええ。
東京ガスが単純に関東エリア全域をカバーすると思い込んでいたんだが、そうでもないことを知る。意外だ。

ギターのコードとか。

あらためて、コード表を観ながらコードを押さえてみると、全然押さえられていない事実に気付く。FができるのにCができないって、なんだよ!セーハすると、2弦あたりが浮きやすくて、ちゃんと押さえられてないからうまく鳴らない。指を寝かせてみたりするんだけど、それが瞬間的にできるかっていうと、できない…。
うちでは、夫婦それぞれがPCを前にギターを弾くことになるのだけれども、片方がギター用USBインターフェイスを使ってしまうと、他方がチューニングさえままならないことになり、不便なのでやはりフツーにギター用チューナーを購入。今更ながら、便利!
あとは小さいサイズとはいえ、いちいちアンプにつなぐのはちょっと面倒。練習なら、やっぱりVOXのamPlugが欲しい!

クモの系統。

『プライミーバル』を観てたら、クモのような生物が出てくる。クモみたいに見えるけど、カニのようなハサミが付いてる。生物としての系統は、カニもクモも仲間みたいなもんかと思い、ふとクモはどうやって進化してきたのかが気になる。昆虫類が昔からいたのはなんとなく理解していたけれども、クモとなると話は別だよね?
実は、この辺の進化については、あまりわかっていなかったことらしく、今年の2月に遺伝子の解析によって、節足動物の進化系統が解明されたというニュースがあったらしい。クモを含む鋏角類が節足動物の中で最初に分岐していったらしい。
クモとサソリは非常に近い仲間みたいだし、実際にハサミを持ったクモみたいなサソリモドキなんて生物もいたのか。

ダンナさんの超能力。
昨日は午後に急激な眠気に襲われ、布団でお昼寝。どうにもこうにも暑いので、気温のせいかと思ったのだけれども、熱を測ってみたら37度2分だった。そういえば、ちょっと喉が痛いような…。
ダンナさんもいっしょにお昼寝していたのだけれども、起きると、「奥さんが微熱を出した夢を見ていた」と言う(笑)夢の中で、微熱があるみたいだと言った私に、ダンナさんが体温計を差し出して、熱を測っていたという。で、夢の中の私は37度2分の微熱だったという…。
なんで、わかった?!
たしかに、私が横で熱を測っていたとき、電子体温計が「ピピッ!」という音に反応して、一瞬いびきが止まっていたダンナさんだったが、その音から連想して夢を見ていたにせよ、どうして体温までわかった?!
よく微熱を出す私だけれども、具体的な体温については申告した覚えがないから、今回ピタリと当てられて、ちょっとびっくり。

映画『キサラギ』と小栗旬。
土曜の夜。ダンナさんが、真夜中過ぎになって、友人宅へ出かけると言い出し、ギターをかついで出かけていった。これは”朝までコース”だなと思い、自分は本を読んだり、DVDを観たりして過ごそうと計画。
溜まっているDVDから『キサラギ』をチョイス。テレビ放映されたものを録画しといたんだけど、こんな作品に限って、メディアに欠陥があったのか、途中映像が乱れる…。だけどまぁ、大筋はわかるのでよしとしよう。
面白かったけど、ちょっとしつこかったかな。あらためて、小栗旬は役者だなと思ったし、香川照之もさすがだった。
小栗旬といえば、以前に声優をやったとき、世間では酷評されてたけど、私自身は意外とイケると感心したものだ。んで、このクールもやってる。『RAINBOW 二舎六房の七人』。作品自体が暗過ぎて好みでないので、2話以降は観ないけど。声優さんたちに囲まれても遜色が無いのは凄いと思う。って思うのは私だけか。たぶん、あのシャリシャリする声が好みなんだな。ルックスとか、どうでもいいいんだけど。

なんか他にもまだあった気がするけど、このへんでいいか。
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2010年04月08日

第一四半期感想と第二四半期メモ

今年、第一四半期に観たアニメ作品は、23タイトル。『刀語』だけは、変則的な月1放送ですが。『テガミバチ』『戦う司書』はまだ最終回を観ていないけど、とりあえず、総括をしておきたいと思います。

いやぁ、良作が多いクールでした。印象としては、少数精鋭といった感じ。20作品以上もあって、少数とはいえないかもしれないけど、30タイトル以上あった一時期に比べれば少なくなってますし。
これ、こまったなぁ。ほんとに、たくさん。

『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』
テレビ東京とアニプレックスによるプロジェクト<アニメのチカラ>第1弾作品。さすがにチカラが入ってます。ジブリ作品のような雰囲気。背景がハンパなく綺麗。元は日本だったであろうと推察される地域が、文化的にはなぜかちょっと昔のヨーロッパのようになっている遠い未来。どうやら戦乱の最中で、主人公たちは兵士である女の子たちなのだけれども、戦闘シーンはほとんど出てこない。砦を守る彼女たちの日常が描かれる。音楽が平和に貢献するという筋書きはベタではあるものの、しっかり作りこまれた作品で、見入ってしまいました。主演の金元寿子さんは、これから大注目!

『君に届け』

”まぶた”こと多部未華子ちゃん主演で実写映画化も決定した、大ヒット・コミックが原作。なぜか”貞子”と忌み嫌われていた主人公・爽子が、徐々に人の輪に加わっていき、もどかしい恋愛模様や女の子同士の熱い友情が描かれる作品。爽子がかわいいのはもちろんのこと、千鶴やあやねのキャラクターが良くて。私は特にあやねのファン。爽子を演じる能登麻美子さんの擬音の面白さと、あやねを演じる沢城みゆきさんのトーンを抑えたしゃべりが効いていた。続編希望。

『バカとテストと召還獣』
このクール、なぜか少ないお笑い系。ゲーム画面のような展開を最初は危惧したのだけれども、回を追うごとに面白くなってきた作品。一番アホが集まっているFクラスが、上位のクラスと待遇をめぐって戦うという話が基本。召還獣を使って、各教科のテストで戦う。これも、主人公で一番アホな明久を演じた下野紘が抜群だったし、声優さんの力が大きかった作品。美少女にしか見えない男の子・秀吉役の加藤英美里さん、先生兼ナレーションの津田健次郎さんが光ってた。

『とある科学の超電磁砲』
スピンオフ作品だったのに、もとの作品を越えてしまった感あり。後半はアニメ・オリジナル・ストーリだったらしいけど、破綻もなかったし、よくできてた。とにかく、新井里美さん演じる黒子をはじめ、主役クラス4人の女の子が活き活きと描かれていてかわいかった。近未来世界で繰り広げられる超能力SFと陰謀と女の子同士の友情がバランスよく描かれたエンターテインメントになった。

『戦う司書』
久々に、オリジナリティ溢れる設定の世界観を堪能した作品。まだ、最終回まで観てないけど(笑)アニメというと抵抗を感じる大人でも、鑑賞に堪えるのではないかという部類の作品だけど、この設定は飲み込めるかなぁ。残虐性はこのクール一!地上波では放送できません。

『金色のコルダ』
いわゆる腐女子系。女の子が主人公で、キラキラな男の子がたくさん出てくるという設定。このテの作品は得意ではないのですが、これは単純に楽しめました。音楽科のある高校で、校内音楽コンクールになぜか出場することになってしまった普通科の女の子が主人公。学園に潜んでいた音楽の妖精が、彼女に魔法のヴァイオリンを託すことから物語が始まります。全然期待せず観たせいか、予想以上に面白かったダークホース。再放送だったんだけどね。

『こばと。』

CLAMP原作ということで、他の作品とのリンクがたくさん。ラストは”感動”のファンタジー。いぬのぬいぐるみ姿のいおりょぎさん、バームクーヘンを作ってるくまなども印象深いけれども、無垢なこばとちゃんにヤラレます。

ほかにも、安心して観ていられた3期目『ひだまりスケッチ×☆☆☆』とか、意外と真面目なテーマだった『ちゅーぶら!!』、キャラクターの画がかわいかった『れでぃ×ばと!』など、粒ぞろいのクールでした。
『おおきく振りかぶって』『テガミバチ』については、昨年取り上げてしまったので割愛しましたが、これらもよい作品でした。
放送継続中の作品も5作品ほどありますし、それについてはまたの機会に。

代わって、このクールで注目しているのは、『荒川アンダー ザ ブリッジ』
『WORKING!!』
『おおきく振りかぶって』第2期
『Angel Beats!』
『けいおん!!』

初回を観て、意外とピンとこないのが、『迷い猫オーバーラン!』『閃光のナイトレイド』
逆に期待してなかったけどイケそうなのが、『薄桜鬼』『いちばんうしろの大魔王』、それに『B型H系』『HEROMAN』
ということで、このクールも30作品ほどありますが、がんばって観るぞー!
しかし、タイトルにエクスクラメーション・マーク大過ぎ!
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2010年04月07日

増殖

いち、にぃ、さん、しー、ごー、ろく…
あれぇ?いつのまにかギターが6本あるよ?(爆)

私たち夫婦がギターを始めたのは、昨年の初秋。
それぞれ1本ずつギターを購入して始めたのですが、最初に触れたエレキギターは、友人から借りっぱなしになっていたフライングVでした。これがまだうちにあるので、ギターは合計3本だったはず。
それがこの2週間ほどで、一気に増え、6本になってしまいました…。

ダンナさんが最初に買ったギターは、練習用だったため、とっても弾きやすいのだけれども、出てくる音は非常にストレートで平板。
もうちょっとガツンと来る音が欲しくなったらしく、色々と物色をし始めました。
そのうちに、自分でギターをいじりたいという衝動に駆られてきたヤツは、リサイクル・ショップをまわり、GrassRootsのSSHのモノを購入。エントリーモデルのピックアップの多くは、それらしい音を強引に出す為にとりあえず出力だけは大きくしてあるらしくて、それが購入の理由。1本買うと、デザインに惹かれてもう1本欲しくなり、珍しいgrecoのモッキンバードを購入。GrassRootsをバラしてメンテナンスを始めたら、ペグがひとつ割れているのに気付き、「御茶ノ水に行って、ペグ買ってくる!」と出かけた。と思ったら異常に早く帰ってきて、その肩にはデカくて黒い物体が!ずいぶんとまた大きいペグですねって…あんたは、またギター買ってきたんかい?(苦笑)途中で雨に降られたので、御茶ノ水行きは諦めて、手前のリサイクル・ショップに寄り、思わずもう1本別のタイプのGrassRootsを買ってしまったという…。「部品取りになるから」という苦しい言い訳…。


狭い部屋に、ギターが6本。シングルのギター・スタンドでは邪魔になるので、5本置けるスタンドを入手。なんとか足の踏み場ができました(笑)

フツーは、シロウトがギターのメンテナンスなんてしませんよね。ギターを長年弾いてきた人たちに聞いても、自分でメンテナンスをすることはないらしい。
しかし、そこは自動車部品を加工する職人であるダンナさんのことなので、旋盤、板金、塗装から電気系統まで何でもできてしまうことから、なんとかやってしまうのです。
友人のフライングVのフロイドローズも、ねじひとつまでバランバランに分解し、それぞれをピカピカに磨いて組み付けて復活!
ギターは自動車部品に比べれば精度が必要ないようで、金属部分の扱いに関しては問題なし。
自作PCでも基板をハンダ付けし直したりしてますし、ピックアップの配線などもお手の物。

難点といえば木材部分かと思いきや、金属加工が専門のダンナさんにしてみれば、木材というのは専門外なわけですが、やってみたら応用である程度はできるみたいです。現に、1本はネックが反っているだけでなくねじれていたのですが、ネックアイロンを自作して直してました。

ということで、今はおうちがギター工房化しています。しばらくは、中古ギターをメンテナンスするという遊びに熱中することになるのでありましょう。
posted by nbm at 11:27| Comment(2) | TrackBack(0) | Guitar | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

脳が混乱する味

朝、ダンナさんを送り出すと、玄関に何やら黒くて小さなものが落ちている。なんだコレ?拾いあげてみるとそれは…サルミアッキ!(爆)

SALMIAKKIとは、知る人ぞ知るフィンランドのキャンディ。リコリスと塩化アンモニウムでできた黒い塊。”世界一まずい飴”としてその名を轟かせているアレ。
しばらく前に、友人が大量に入手したという情報は聞いていて、それを配られた仲間内からも評判は聞いていたのだけれども、まだお目にかかっていなかった。
つい先日もテレビ番組でまずいものの代表選手として、韓国のホンオ・フェ(発酵させたエイ)などといっしょに紹介されていたけれども、タレントさんたちはサルミアッキを口に入れて一拍置くと、次の瞬間にセット裏にダッシュしていたっけ。

そのサルミアッキがなぜ、うちの玄関に落ちていたかというと、かの友人がゆうべうちに遊びに来て、たまたまサルミアッキを持っていたのだけれども、帰り際に箱から出てしまったサルミアッキがポケット中に散乱しているのに気付いて、そこで箱に戻していたのだよね。そのときに落ちた一粒だったのでしょう。すごく簡単な包装で、タバコのような紙箱のふたを開ければ直にサルミアッキが入ってたからな。

ゆうべ、友人がひょいとうちに立ち寄ったのですが、いきなり
「今日、体調はいいですか?」
と聞いてきた。
なんでそんなことを聞く?と思ったら、次の瞬間、彼のポケットからは白黒ダイヤ柄の箱が!
「あぁっ!サルミアッキ!」
というわけで、おそるおそる一粒いただいてみましたよ。
友人本人はというと、もう食べ慣れてるという体で、まるでそれがフリスクか何かかのように自然な感じで口に運んでました(笑)

感触は少々やわらかめ。匂いを嗅いでみるも、臭いはしない。
思い切って、お口にポン!
「ん?」
その味の情報が、舌から脳内に到達するまでちょっとタイムラグを感じる。次の瞬間、味わったことのない味に、脳内が大混乱し、私は眉間にシワを寄せ、両手で頭を抱えつつ、何度も首をひねる動作を繰り返してました。
”苦い”というウワサも聞いてましたが、苦味はあまり感じません。まず感じるのは軽い塩味。次にこれまた軽めの甘味。んで、全体的に感じるのはたぶんリコリスとアンモニアの風味。リコリスの風味はリコリス風味としか言えませんね。それが経験上あり得ない組み合わせなので、脳内が大混乱。とても複雑な味で、解析できない…。一言で言えと言われれば、確かに”まずい”!
今までの経験上、一番近いものを脳内データベースから引っ張り出すと、それは昆布飴。あの磯のかおりと甘味のミスマッチ感覚。グルタミン酸の旨みと砂糖の甘味は、煮物なんかには定番の組み合わせなはずなんだけど、あくまでそれは醤油や塩の味がメインで、脇役の味として使われることに意味があるんだよなと納得させられるような。しかし、昆布飴さえもう何十年も口にしてないよな。

たとえばメントスにもリコリス・ミントってのがあって、よく食べてたけど、まずいとは思わなかったな。リコリスは甘草の一種らしいから、自然な甘味があるってこと?風味の成分はグリチルリチンってことか?漢方だと消炎作用があるってことになってる。
グリチルリチンは目薬にもよく使われているようで、目薬をさしてすぐに横になったりすると、喉の奥に甘苦い味を感じて気持ち悪いことがあるけど、あの甘苦いのはこのグリチルリチンの味だったりするらしい。

んーわかったぞ!サルミアッキの味が!
つまりは、あの目薬の甘苦さを舐めている感覚か。苦いとはあまり感じなかったけど、思い出してみるとわかる。あのなんともいえない風味。それにしょっぱさが加わってるんだよな。しかし、なんで塩化アンモニウムを加えなきゃならなかったんだろうな。えもいわれぬ”えぐみ”は、このせいだと思うんだけど。塩化アンモニウムは塩味でしかも苦くてえぐいってことになるらしい。

さて、私が口に入れたサルミアッキ。
最後まで舐めきろうとチャレンジしたのですが、途中から「なんでこんな飴ごときのまずさを我慢せにゃならんのだ!」とふと我に返り、半分くらいの大きさになったくらいでギブアップ。
下手にがんばってしまったため、そのまずさは舌に残ってしまい、ずっと取れませんでした(苦笑)

なんていうんだろう。普段しない体験をして、脳みそのあまり使ってなかった部分が活性化される感じってあるでしょう?
それをお手軽に体験させてくれるのがサルミアッキのいいところだな。あの脳が混乱する感覚は、初めてギターを弾いたときの感覚に似ていなくもないわ。
初回しか体験できないだろうけど。
機会があればぜひ!
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2010年04月04日

反響空間

今日はまず、愚痴から。
また、『プライミーヴァル』第1話を観逃した!どんなドラマかはコチラ
やるなら「やる」って言ってよ、NHK!
気付いたのはもう終了間際だった…。
もう。
日曜の朝から、しかも10:50とかハンパな時間から始めやがって…。
来週から録画します。くすん。

新番組が始まるこの時期は、油断できんな。

あんまりテレビを観なくなっているわけですが、チェックしている番組があります。
それは…野村義男『めざせ!ロック・ギタリスト』(爆)
とか言いつつ、やっぱり第1回は見逃しました。そして、すかさず再放送を録画予約しましたよ。なんかNHK教育の『チャレンジ!ホビー』枠っていうと、幽かな抵抗を感じますが(笑)、よっちゃんが教えてくれるっていうなら、とりあえず観ない手は無い。
しかし、こんな番組が始まるなんて、どんだけおっさん連中がギターを始めてるんだか。
NHKの趣味講座といえば、ちょっと前に放送してた『デジタル一眼レフで巡る ローカル線の旅』ってのはよかった。特別、鉄道に感心があるわけじゃないんだけど、講師の広田尚敬さんの鉄道写真は、とっても躍動感が感じられるもので、観ているだけで楽しかった。思わず、秩父鉄道に乗りたくなったもんな。

あとは、当然アニメ(笑)
このクールは本数が少なくて、助かります。やっぱりもうアニメ制作は本数的には減る傾向にありますね。うちが、気が違ったかのようにアニメを観出してから数年が経ちましたが、一番制作されるアニメが多かったとされる2006年あたりはとりこぼしている作品も多かったため、うちとして観る本数が一番多かったのは昨年でした。しかし、このクールはそれよりも10本以上少ないようです。それでも週20本くらいありますが(笑)
昨クールからは、クオリティの低い作品が極端に減った印象です。
個人的に一番楽しみにしていたのは、『おおきく振りかぶって』第2期。あまりに楽しみにし過ぎて、第1回のOPが始まった途端にナゾの感動をしてしまい、目から変な汁が…(苦笑)

さて、話は変わりまして。
以前に、「ナレーションや番組構成が好みじゃなくなったからもう観〜ない」と思った『世界遺産』ですが、4月からは深津絵里さんがナレーションを担当されるということで、また観ようかなと思いはじめています。深津さんの声って、かわいらしいけど少し深みがある。なかなか良い人選なのではないかと思って。

うちは、”アニメオタ”というよりは、”声優オタ”若しくは”声オタ”のような感じなのですが、独自の理論がありまして。それは、骨格について。
声優さんの中でも、第一線で活躍されている方のアゴの骨格を見ると、みなさんガッシリされてます。エラが横に張り出しているという方だけでなく、一見わかりにくいけど、よく見るとアゴが奥に向かって広がっている方多し。
声質には声帯の強さ・器用さというのももちろん関係すると思いますが、声の響きはアゴの骨格がモノを言うと確信しています。アゴの骨に反響する音が大事なんだなと。
深津さんも、実はわりとガッシリ。

そこで、今日、発見したことが!
うちのダンナさんの声は、とっても響くのですが、アゴは細く、上記の理論には当てはまらない。本人いわく、実は声が上半身に反響しているというのです。長いつきあいですが、今日まで気付かなかった…(笑)
喉の下、胸のあたりを触らせてもらうと、声を出しているときに震えて反響しているのがわかります。ちなみにと自分で試してみましたが、そんなふうには震えません。ダンナさんは、上腕の辺りも震えてます。あんた、どうなってんだよ?
うちのダンナさんは、骨格がちょっと変わっていて、大男でもないのに胸囲が1m以上あるのですが、筋肉も無くはないけど、それは主に肋骨がデカいからで、ちなみに肺活量もバケモノ級です。たしか7000mlとかあったはず。
というわけで、人並みはずれた上半身の骨格に、声が反響してよく響くようなのです。
やっぱり骨格って、声に影響するんだなぁ。

どうやら自分は声帯が細いようで、あまり声が前に出ないタイプ。専門家の方には、それを補うために腹筋を鍛えなさいと言われたことがあります。普通にしゃべっているつもりでも、声が小さくなっちゃうみたいで。だから、大きくはっきりと声が出せる人がうらやましい…。

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2010年04月03日

ニセモノ感

今日は毒を吐きます。
一個人のことを軸にお話ししますが、その方を批判する意図はまったくありません。自分の感覚についての話ですので、あしからず。

しばらく前に、某番組でとあるスタイリストさんに密着取材をしていました。今、大人の女性向けのファッション誌で絶大な人気を誇る方なのだそうです。ファッション雑誌を手にしなくなって、おそらく10年以上経ってしまっている私は、まったく存じ上げず…。だからこそ、たまたま見かけた番組を観てみようと思ったのです。

しかし、私はこの番組を観ていくうちになぜか違和感を募らせていきます。

「この人が作るスタイル、かっこ悪いとも思わないけど、そんなに騒ぐほどかっこよくない…。センスを感じない…。こんなにもてはやされているのが理解できない…」

世間でカリスマと言われる人に対して、どうしても”ニセモノ感”を感じてしまい、自分はなぜそんな感覚を覚えるのか、自問しながら番組を観続けておりました。

<シンプル>であることを提唱しているこのスタイリストさん。たしかに、作るスタイルは何気ないシンプルなもの同士の組み合わせ。
密着取材しているわけだから、日々のこの方のファッションも見ることができるのだけれども、どこかだらしなくてキメきれていない感じがする。髪もボサボサなままだし、撮影の補助をしているときのスタイルは、”ちょっとそこのコンビニへ”的な感じに見える。

「なんか違う…」

とっても忙しいのだろうけれども、たぶん夜中だったと思うけど、立ち食い蕎麦屋で食事をされていた。選んだメニューは”かけそば”。どこまでも<シンプル>を貫くということらしい…。

「ん?そこで<シンプル>が出てきちゃうか?
年齢的にも食事にはもっと気を使わないと、逆にかっこ悪いぞ」

外国のとあるブランドから、日本向けのダウンジャケットのデザインを依頼される。基本はそのブランドのベーシックな形で、その方が工夫されたのはフードにファーを付けたところだけ。ところが、そのブランドの会長さんがよかれと思って付けてくれたゴールドのファスナーが気に入らない様子。試作品を見たときには気に入らないながらもスルー。しかしどうしても気になったようで、翌日になって、「やっぱりファスナーをゴールドじゃなくしたい」と申し出る。会長さんは浮かない顔。生産ラインに乗るギリギリで回避。だったら最初に言えばよかったんじゃ?

「こだわりがからまわりしているように見えるな…自信がないのか?」

ショップさんから選んできたたくさんの洋服を前に、一人で部屋にカンヅメになって雑誌に載せるいくつかのコーディネイトを考えるという場面で、取材カメラがその部屋に入ることを許される。動かないということを条件に。数時間の間に一度だけ表情を取るためにカメラが動いたのだけれども、その日コーディネイトを決めることができず、カメラさんに対して「動かないって約束したじゃないですか」となじる。

「集中を邪魔されたのかもしれないけど、八つ当たりにしか見えない…」

そして、その方の、若い頃からのスナップ写真が何枚か映し出された。それを観て、私は自分が感じてきた違和感に納得するのです。そのスナップでは、ファッションに感心を持っている人とは思えないような洋服を着ていた。その状態は彼女のOL時代になっても変わらないように私には見えた。

「この人、全然おしゃれじゃない…洋服に興味がない人の着方をしてる…」

私から見ると、元々さしてファッションに興味があったわけでもないのだけれども、流れとしてスタイリストになってしまい、変に持ち上げられてしまったから、<シンプル>とお題目のように唱えることで自分を武装しつつ、肩に力を入れてがんばっちゃってるという風に映った。なんだか、無理をしていて、かわいそうに思えた。

ローティーンの頃から、ファッションに興味があって、ファッション誌を読んでは洋服を買い漁り、自分でああでもないこうでもないとやっていたとしたら、そういう人は30代40代にもなれば自分なりのスタイルというものを確立していると思う。自分なりのセンスというのがファッションにも現れてくるはず。
だけど、この方には、そういう部分が感じられなかったんだ。それが、私が感じた違和感だったんだと思う。
興味を持ち始める歳は関係ないのかもしれないけれども。時間をかけたものや、触れてきた情報の物量というのはそれなりにその人の中で成熟するわけで。
若いモデルさんなんかでも、ファッションに興味があるなら、何かちょっと自分でコーディネイトしたものを見ても、とってもかわいかったりするよね。
たとえば、R&Bの歌手としてデビューする人がいるとして、今まで自分がR&Bなんかひとつも聴いてこない人生だったら、歌いこなせない。ロックを聴かない人には、ロック・バンドのロゴが付いたTシャツは着こなせない。それぞれの魂がわかってないから。
そこには”ニセモノ感”がついてまわることになるはず。分かる人には、底の浅さが見破られてしまうのだよね。

ここまで偉そうに書いてきて、じゃああんたはどれだけファッションに精通しているんだよと聞かれれば、あたしゃそんなにおしゃれさんじゃないわけだけど、ここで言ってるのはそういうことではなく、その人の背景がやってることに滲み出てしまうって話です。良くも悪くも。
だから、自分も、知らない分野のことは扱えないなぁと、あらためて感じたわけなのです。大体、”浅く広く”な方なんでねぇ。ま、私ごときにだれも”深さ”なんて期待してないか!(爆)


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