2010年08月29日

25分後の未来

先日深夜のこと。
ダンナさんは珍しく先に就寝。私はお仕事。
すると、お隣のご夫婦のケンカが激しい。口喧嘩はいつものことなのだけれども、その日はちょっとヘビー。安普請なもんで、ご近所の物音が結構聞こえるんだけれども、ドッタンバッタンと取っ組み合ったり、「バシッ!」と殴るような音が聞こえたりしてる。何を言ってるかまでは聞き取れないものの、怒鳴る声や金切り声がひっきりなし。子供は泣き叫んでいるというのに、騒ぎは一向に止む気配が無い。そのうち、子供さんが「殺さないでー!」と叫ぶ。それだけは、はっきり聞こえたような気がする。オイオイ、ちょっと大丈夫?さすがに心配になってきた。あまりの騒ぎに寝ていたダンナさんも起きてしまった。誰か包丁でも持ち出してきたか?しかしそれからも、しばらく騒ぎは続き、そして唐突に静かになった。
ご近所の誰かが通報したのか、子供さんが呼んだのか、警察が来てる(苦笑)
ふぅ、なんとか騒ぎは収まりました。
どういうわけか、夜、それも午前2時頃とか深夜に騒ぎになることが多く、うるさいのも迷惑ですが、何か事件に発展しやしないかといつも冷や冷やしてた。その日はあまりにひどいので、仕事してる間中こっちの心臓がドキドキ、胃はキリキリしてきて…。まったく、たまったもんじゃない。「そんなにイヤなら、さっさと別れてしまえ!」と、叫びたくなるほどで(苦笑)

以前、階下に住んでいたご夫婦もけっこう激しくケンカしていることが多かった。
一度などは、これも夜中だったけど、ベランダで奥さんが「もう離婚!離婚する!」と大声で叫び、その後包丁か何かを持ち出してご主人に切りつけたたようで、「おい!血が出たぞ!」とかご主人の声が聞こえた(笑)でも、それで我に返ったのか、落ち着いたみたいで、そんなに傷もひどくなさそうな反応だったし、警察を呼ぶほどでもないか、とこちらも放置。

そんなことばかり書いてると、どんなひどいところに住んでるんだよ!とツッコまれそうですが、いや、普通の住宅街なんですが…。
断っておきますが、こんな人たちは珍しいですよ!
なんか、埼玉はそんなんばっかりかと思われたらいかん。

さて、話は変わって、ある日の夜。
あまりの酷暑に、できるだけ買い物は昼間でなく日が落ちるような時間帯にするようにしていて、その日も6時半を過ぎてから買い物に出かけた。
ダンナさんは仕事から帰ってきた直後で、グッタリ。一度は「俺も行こうか?」と言ってくれたものの、どうにも辛そうなので、「一人で大丈夫」と出かけた。
お米を買う予定だったので、いつもは徒歩で出かけるところを自転車で。
買い物の前に、まずは図書館へ。予約してた本が届いているはずだったので、それを取りに。
んで、その後、スーパーへ。
予約で受け取った本の1冊が、写真集だったので、デカくて重い。これでお米(10kg)を買うわけか。と、ちょっと不安を覚える。
大抵は買い物リストのメモを片手に買い物をするのだけど、この日はメモを作っておらず、頭の中で必要なものを思い出しながら買っていると、油や調味料など液体で重い品物が多くなってしまった。そこに、お買い得な梨があり6個一袋。んー重い。こうして、不思議と重い品物ばかり買うハメになる日というのがあるものなのですよ。その上、ダンナさんには毎日欠かせないコーラ(ZEROの方ね)を買わねばならぬ。うぬぬ…米だけでも相当重いのに、どうしよう…カートを押しながら、自転車で帰るとはいえ、部屋まで一気に運べないな。家に着いたら駐輪場からダンナさんに「助けて〜」と電話することになりそうだ。
と、考えあぐねていたら、ふと、隣に並んで歩く人が。あれ?ダンナさんだ。どうして?
「なんかね。”25分後の未来”が見えて。奥さんが重い荷物を両手にヘロヘロになって、その頭の上に”悲壮感”っていう文字が見えた」と(苦笑)
その時点から25分前、つまり、私が図書館を出てスーパーに着くか否かくらいの時に、そんなビジョンが見えたらしい。
「ちょうど、重すぎる荷物をどうしようと悩んでいたところだったの」
心強い味方を得たので、「これは重いからまたの機会に」と棚に戻した商品も、遠慮なく買うことができた。

友人たちの話を聞くと、スーパーで食材を買うような買い物に、ダンナは付き合ってくれないという人もいる。まったく、ありがたいことです。

先日は、買い物に行きそびれ、夕食は冷蔵庫にあるもので、酷暑に似合わぬクリームシチューと相成った。
しかし、ダンナさんいわく、「なんでクリームシチューが食べたいってわかったの?」。

我らは、超能力夫婦である!
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2010年08月26日

高崎遠征外伝

今日は、高崎遠征の番外編。

まずは群馬県立近代美術館の常設展から。
私の苦手な人物画が多かったので、あまり立ち止まる作品はありませんでしたが、錚々たる面々でした。ピカソ、ローランサン、シャガール、ルノワール…、それにロダンの彫刻も。失礼ながら、こんな所に有名画家の作品がこんなにたくさん?と思いました。
モネは大好きな画家のひとり。ここにも『睡蓮』(1914-17)がありました。『睡蓮』って、一体いくつあるの?(笑)だけど、ここの『睡蓮』は、本当にモネが描いたのかと疑いたくなるほど雑な作品で、キャンバスの端っこは塗り残されて白いままだし、タッチも雑。わざと狙って描いたのでなければ、相当機嫌が悪い時に描いたのかと思うような荒さの『睡蓮』でした。ある意味珍しい?(笑)こんな荒っぽいモネは初めて観たわ。やさぐれ『睡蓮』…
一方で、『ジュフォス、夕方の印象』(1884)という作品は、平静を取り戻したモネが描いてる感じ。こっちの方が断然古い作品ですけどね。これぞモネといった、繊細なタッチの絵です。やっぱり緑と紫の使い方が絶妙。実際はこんな色じゃあるまいと思いつつ、美しく見える風景は、印象派ならではですね。タイトルに”印象”って付いちゃってるし(笑)
ルオーもよかったです。『秋』(1938)と題されたその絵は、木立の中に数人の人が立っているという構図なのですが、なんてったって秋だし、全体的には黒を多用していて暗い絵ですが、色の使い方がすばらしい。この絵は、近づいて見ると、よく理解できません。少し離れて観ると、何が描かれているのか読み取れる。で、不思議なことに、正面からでなく、斜め前から見ると、もっといい。単純に照明の反射が無くなるからではありません。なんというか、木立のなかで密談している人たちを、斜めから垣間見るというような見方をすると、絵が一段と生き生きと見えるという作品でした。
もうひとつ、良かったのはオディロン・ルドン。ルドンの名前は、ついつい姓名そろえていいたくなります。音の響きがいいじゃないですか、オディロン・ルドン。『ペガサスに乗るミューズ』(1907-10)。中央に小さめにペガサスとミューズ。だけどこれがぼんやりしてて、何がなんだか。構図が面白いんです、この絵。手前側に大きめにお花とかが描かれてて。金色のような背景に、ぼんやりしたペガサスとミューズ。手前にわりとはっきりとした強い色の花。これも、手前の茂みの中から、森の中を通るペガサスに乗ったミューズを盗み見ているような感覚。あんまり神々しくて、光を放つ女神の姿がぼやけてよく見えない、みたいな。

別の展示室では、近代の日本画が。
大正から昭和の作品が並んでました。最初は竹下夢二。ぼや〜んとした例の感じの女性の絵。舞妓さんです。
ここでも例によって、人物画はスルー。
木村武山の『孔雀』という絵は、ちょっと若冲を想起させる作品でした。
もうひとつ面白かったのは、岸波百艸居の『秋庭』という作品。六曲一双の屏風絵なのですが、白い漆喰塀をバックに、庭の盆栽や、遊びに来た小鳥などが描かれてます。盆栽の柘榴が見事でした。延々と塀の内側を描くという遊び心が面白い。
地方都市の美術館らしく、県内や近県出身の画家さんの作品が多かったのには、好感が持てました。

さて、打って変わって『群馬青年ビエンナーレ2010』。
こちらは、16〜29歳を対象とした全国公募の展覧会。今は隔年で開催しているそうです。いわゆる現代美術ですね。
全体的な印象はですね、浅い!(苦笑)若いのだから当然と言えば当然なのですが、「君ら、本当にそれが表現したいものだったのか?」と問い詰めたくなるような作品が多かった。からっぽな印象なんですよ。ただ、奇をてらっているだけ。アイデアはあるかもしれない、テクニックはもちろんある、だけど浅い。小学生が授業で書いた絵か、文化祭に展示する絵の域を出てないものが多い。あとは、不必要に複雑にし、こねくり回したものか。そして、詰めが甘い。
これは、相当に問題です。世間ではよく”ゆとり”とか揶揄されてますけども、若者が空っぽなことは薄々感じてはいたものの、それをあらためて突きつけられたような気がしましたよ。もちろん、傾向性であって、全員がそうだと言ってるわけじゃありません。だけど、10代20代の若者の作品から伝わってきたものは、偏見でなく、幼稚な浅さでしかありませんでした。
その中でも光る作品はありました。
鴻池朋子さんなども審査員に加わっているのですが、各賞を受賞している作品は、私にはピンと来ないものばかりでした。
もうひとつ思ったことは、最近、細密画といいましょうか、極細のペンで細かいものを書き込むという手法の作品を多く目にするような気がします。技術はすばらしいし、根気も時間も要る作業なのはわかるのですが、出来上がった作品からは、「きれいだね。大変だったろうね」という以外に特別な感想が浮かばないものが多い。描かれているものは複雑なのだけれども、複雑化していけばいくほど、観ているコチラは萎えてしまうような、そんな気がして。
映像を使った作品などもあったけれども、どれも詰めが甘く、ニコニコ動画で観るようなものに比べたら、格段にクオリティが低く感じました。残念。もっとがんばりましょう。

とか言っちゃって、「あんた、一体何様?」と聞かれれば、「ただの主婦です」としか答えられませんが(苦笑)

群馬県立歴史博物館では、『粉もの上州風土記』という特別展が開かれていたわけですが、粉ものの食品サンプルがずらりと並んだなかなかに珍しい展示でした。
ヤキモチから、うどん、まんじゅう、そしてラーメンやパスタに至るまで、細かく分類され再現されたサンプルの数々。
うどんは打つのに手間がかかるから、特別な時の食べ物だったんだねぇ。冷たいうどんを暖かいおつゆに付けて食べるというスタイルは、武蔵野うどんに共通してますね。味はしょうゆと味噌とあるようで、その群馬県内の分布図がありました。県南ではしょうゆが主、北や西の山添に向かって、だんだんと味噌が混じり、味噌化していくのが面白い。
常設展示は、時間があれば、もっとじっくり観たかったところですが、残念。オオツノシカの骨格標本に始まって、豊富な土器類や戦国時代の争乱の様子など、興味深いものがたくさん。なんだかわかんないけど、団体客が入ってきて大混雑してました。写真はフラッシュなしならOKなようで、みんなバシバシ撮ってた。土器の破片を組み立てるパズルはやりたかったなぁ。お蚕さん関係の詳しい展示や上毛かるたなども、もっとじっくり観たかった。最後の方で、戦時中の千人針や出征時ののぼりなんかが展示されていて、なんともいえない気分になり、鳥肌が立ちました。

美術館・博物館がある群馬の森ってところは、周りに何も無くて、食事をするような場所が見当たりません。公園になっているので、こんな酷暑でもなければ、お弁当を買ってきて公園内で食するのも良かったかもしれませんが、この日の群馬は日本一暑かった。ムリ!ってことで、美術館に併設されているレストランだけが頼みの綱です。心配しなくても、美術館もレストランもガラガラ(笑)レストランでは、博物館との連動企画の地元産小麦を混ぜて作ったパスタが売り切れ。無難なところでカレーをいただきました。けっこう辛いスープタイプ。

往きはタクシーを使いましたが、帰り道にはバスを使おうと考えてました。帰りは多少時間がかかってもいいし、寄りたいお店があって、そこの近くにバス停がありそうだったので。
で、1時間に1本も無いバスに乗り遅れちゃいかんと思い、10分前くらいからバス停でスタンバってたら、暑いの暑くないのって、暑い!日陰に居たんですけどね。しかも、水分を摂ろうにも周辺には自動販売機が見当たらない。やっと見つけたのは道路の反対側で、車の往来が激しく、信号もないので、簡単に渡れそうになく、あきらめました。
「これ、ヤバイかも。熱中症になる?」ちょっと命の危険を感じるほどの暑さでした。
ようやくバスが来たら、乗客は私1人で貸切(笑)目的地のお店について、信号で止まったときに運転手さんに話しかけてみると、店の名前は知ってるけど、地元民でないのでどこにあるかわからないという話。そんな特別警戒中の都内の警察官みたいな仕様なの?「危ないから座っていてください」と私に言いつつ、運転手さんは私が参考に見せた地図を運転しながら見てる。いや、その方が危ないだろ!「178号線沿いなんですけど、通りますか」と聞いても、その178号線がわからないらしい(苦笑)ようやく、しばらく地図を見ながらいくつも停留所を過ぎ、やっと合点がいったようで、「通ります、通ります」。なんのことはない、私の下調べ通り、駅のひとつ前のバス停で降りればよいのだった…。そのバス停に近づいてきたら、デカデカと看板が!「あそこに看板が見えますね」と言うと、「ほんとだ、今まで気が付かなかった…」いやいや、ほんと、いっしょに悩んでくださって、ご親切にありがとうございました。
群馬の人ね、人がいいです、とっても。タクシーの運転手さんも感じがよかったし、レストランの店員さんも、バスの運転手さんも、お店の店員さんも。

んで、この日の最終目的地、ガトーフェスタ ハラダさんに到着。
新町駅からの交通アクセスなどを調べていたら、このお店の情報が出てきたのですよ。なんでもラスクが有名で、近年、都内のデパートでは行列してる人気店だっていうんです。
ならば本場ものをおみやげにしようと目論んだのですが…店に入ると、お目当てのチョコがけのタイプが見当たらない。店員さんに尋ねると、夏季は販売していないとのこと。ガビーン!そうだったのか。そこまでリサーチしてなかったわ。残念だけど、フツーのラスクとティグレスというスポンジにチョコが乗ってるお菓子を購入。
でもね。フツーのラスクだけで十分に美味しいですよ、これ。ティグレスもなかなか。秋口からチョコがけタイプも売り出されるそうですから、機会があったら買ってみましょう。何せ池袋で買える(笑)高崎より断然近いやん!

そんなこんなで、高崎遠征も終了。
出不精の私にとっては遠征でも、suica・pasmoが通用するような地域。甘いっすね。
新町駅からダンナさんに帰るコールすると、群馬県はその日の最高気温の2強の一角だったらしい。高崎線では、あの熊谷も通るわけだけれどもね。道理で暑いわけだよ。
これで、しばらくこんな遠征はあるまい。この夏は、柄にも無く2回も遠出しちまったぜ。
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2010年08月25日

埼玉縦断!夏の美術館遠征その2

この夏の美術館遠征第2弾!
『もうひとつの場所−野又 穫のランドスケープ』展に、ようやく行ってまいりました。作品はこんな感じ。今週いっぱいで終了してしまうので、すべりこみセーフ。
群馬、遠っ!
群馬っていっても、私が降り立ったのは、高崎線で埼玉県から群馬県に入った最初の駅、新町駅。
だけど、第1弾の遠征で行った千葉よりももっと遠い。(伊藤若冲を観に行った第1弾遠征については→まさに<アナザーワールド>)出発点は埼玉の南端なので、北に向け埼玉県縦断の旅となりました。

会場の群馬県立近代美術館は、高崎市内にありますが、行きにくい場所にあるため、インターネットでよ〜く調べて綿密に計画。本来、車で行くべき所ですねぇ。しかし、長距離運転はしたくないので、電車で向かいます。

計画では、湘南新宿ライナーに乗るはずでした。ところが、地元駅からすでに電車は遅延状態。宇都宮線で人身事故があった関係で、JR線が軒並み影響を受けて遅延している様子。この分では、計画した湘南新宿ライナーには乗れないなと思いつつ。途中駅では、運休も出ているという表示があったし。
ところで、湘南新宿ライナーと聞いたら、高崎関係ねーんじゃ?と思ってしまいますが、高崎線まで伸びてるヤツもあるんです。ライナーが乗り入れてるだけで、高崎線なのは変わりないのですが。
いざ大宮で乗り換えてみると、何のことはない狙っていた湘南新宿ライナーでした。これも遅れていたわけね。
しかしここで、トラップが!前回、千葉遠征のときには、”折り返しトラップ”に危うくひっかかるところでしたが、今回は”切り離しトラップ”!(笑)
15両のうち前5両が途中駅で切り離されて、短くなるって?ホームの中間点くらいに居たつもりだったので、高をくくっていたのですが、自分が乗ったのは切り離されて、新たに先頭車両になる先頭部分でした(笑)ギリ、切り離されずに済んだ。いや、もしそうでも車両を乗り換えればいいだけなんだけど。ぼんやり、車両切り離し作業を見物してました。今まで無人だった運転室に、運転士さんなどが乗り込み、外では係員の人が作業をしてて、そのうち前につながってた車両がスーっと離れていきました。ばいばーい。
ボックス席があって、トイレが付いてる電車に、久しぶりに乗りました。途中で、ちょっと長く停車をしていたとき、冷房が効いているのでドアは開かず、必要な人だけ個々にボタンで開けて乗り降りする仕組み。心得たもので、ドアを開けっ放しにする人はいません。みんな、開けたら閉める!さすがだ。
そんなこんなで新町駅に到着!ここからはバスもあるにはあるのですが、本数が少ないし、時間がかかる。ということで、タクシーです。
タクシーなんて乗るのは超久しぶりなので、思わず「シートベルトをしなくちゃいけないの?」と運転手さんに聞いてしまったよ。高速や助手席に乗らない限りは大丈夫だと言われたけど…いいのか?。予習していた地図を思い出しつつ、「こんな道だっけ?ちゃんと着くのか?まわり道とかされてボラれたりしない?」と多少不安になりましたが、何事もなく無事到着!

こっからが本番ですよ。
群馬県立近代美術館があるのは、陸軍火薬廠跡地<群馬の森>。今もお隣には日本化薬という会社があります。日本原子力研究開発機構の研究所もあります。戦中・戦後の歴史を感じるね。
群馬県立近代美術館の建物の設計は、磯崎新氏。なかなか面白い造りをしてます。建物の前では、さすが群馬だけあって、バカでかい馬の彫刻がお出迎え。
美術館の隣は群馬県立歴史博物館。ということで、共通鑑賞券がありまして、折角なのでそれを購入。美術館の入場料は安くて、今回の展示でも500円!ただでさえ安いのに、博物館に入れる共通券は100円増しなだけ(笑)

さて、ここで何を間違えたか階段を上ってしまい、常設展と『群馬青年ビエンナーレ2010』を先に観るハメに(笑)それらについては、また後日。
やっと階段を下りてきて、いよいよ『もうひとつの場所−野又 穫のランドスケープ』っす。
今回は、1980年代に描かれた初期のものから現在に至るまで、約100点にわたる作品が展示されているということで、野又ファンにとってははずせない展覧会。
私が野又作品に出会ったのは、たぶん、90年代の初め。池袋西武での個展を観て、衝撃を受けたのでした。それから、機会があるごとに、作品を鑑賞してきました。憶えているだけで大小合わせて8度目の展覧会。思えば、これほど長い間、飽きずに追いかけている対象というのは私にとっては他になく、それだけ、自分の感性にマッチした画家さんなのです。
時代を追って展示されていたので、会場に入って最初に目にするのは初期の作品や、デッサン、スケッチなど。この小さな紙片に描かれたスケッチが欲しい!(笑)いつか青山の画廊で観た模型もありました。デッサン類を観たのは初めてだったので、こういうものをヒントにして作品世界を作っているのだなぁと感慨深く観ました。
次の広いスペースには、空想建築が乱立。まずは1作品1作品、じっくり観ながら回ります。ちょうど、館内では子供を対象にしたワークショップが開かれていて、遠くに反響した子供たちの歓声が聞こえてました。子供たちの声を聞きながら、野又さんの絵を観るというのは、とても不思議な体験でした。
野又作品というのは、直接的な人間の存在はほぼ描かれることがありません。建物が建ってるんだから、そこには人が存在したのであろうという推測が成り立つだけです。多くの作品では、人の存在は過去形に感じます。つまり、人間がいなくなった後の世界のように見える。それでも、人間が生きていたことの痕跡を描いているような、そんな気がします。
そういった、ある種絶望的な未来観と、希望あふれる子供たちの声のミスマッチが、わたしを混乱させました。
絶望的と言いましたが、うまく表現できないのですが、人の存在が無に帰しても、それは単純に救いの無いような絶望ではないのですよ。痕跡を残していることを描いているわけで、それが意味を与えてるというか。いや、これは私の勝手な観方なので、ご本人が意図するところとはかけ離れているかもしれませんが。

ほとんどが観たことのある作品で、これもあったな、あれもあったなと思い出しました。そして、次のスペースへ。ここは近年の作品。下記に挙げましたが、一昨年にも鑑賞しているskyglowシリーズ。闇に浮かぶ光を帯びた塔と、人造湖のシリーズです。詳しい印象は、最初に観たときの方が強かったので、過去記事をどうぞ。このシリーズを観たときは、光の塔も湖も新しいモチーフだったので、驚くと同時に、野又さんは変わらないようでいて、常に新しいものを描き続けているのだなと思いました。
そして、最後に”映遠”と題された、昨年製作されたシリーズがありました。これも光の塔を描いてますが、パステル・木炭でセピア色に描かれていることで、暖かい夜の空気感が伝わってきます。”映遠”シリーズを観て、また一段と常に新しいものを描き続けていると思いました。

一度じっくりと観た後は、食事を摂り、隣の博物館をさっと観て、もう一度美術館に戻り、図録を購入してから再入場。帰りはバスを使おうと思っていたので、バスの時間まで、時間が許す限りこの空間で過ごそうと思いました。
時間が経ったことで、子供たちの歓声も消え、静かな鑑賞ができました。今度は絵からちょっと離れて鑑賞。こうすると、遠景の景色の中に、空想建築が建っているかのように見えて、また面白いんです。
今回、一同に会した野又作品を観つつ、何が私をそれほどまでに惹きつけるのか、ずっと考えていました。以前にも書いたのですが、野又さんの絵を観ていると、私の心は微振動するのです。ものすごく心が穏やかになると同時に、わずかな振れ幅で細かく振動するような感覚。アドレナリンが出ているんだけど1ヶ所に留まっていて、同時にセロトニンも出てるみたいな。ものすごく静かに興奮する(笑)
頭の中で勝手に再生される風の音を聞きつつ、人に取り残された建築物を観るのです。建物には、人の営みが記憶されていて、その記憶が再生されるかのような錯覚に陥るのです。
いつまでもここにいたい。会場内のベンチに座って、空想建築で埋め尽くされた空間を楽しみました。
しかし、時間は限られています。私の計画では、このバスを逃すと、次は2時間後。それでは帰るのが遅くなりすぎるので、無理。泣く泣く会場を後にしたのでした。
おなか一杯というところまではいきませんでしたが、満足。遠くまで足を運んだ甲斐がありました。

過去の野又穫作品の主な記事はコチラ。
空想建築の乱立
「光景」と「遠景」
SKYGLOW その1
SKYGLOW その2
ラベル:野又穫
posted by nbm at 11:49| Comment(4) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月21日

念願かなって…

ただいま、地上波で再放送中のドラマ『怪談新耳袋』
このシリーズは、当然のことながら実話怪談本『新耳袋』シリーズを原作としていて、BS-TBSで放送されていた。たまに、地上波TBSでも放送してくれてる。
2003年に1話5分のショートフィルム形式で始まった当初は非常に面白かったのだけれども、作品が長くなったり、劇場版がいくつも出る頃になると作りが雑になってこけおどし化し、面白さを失っていった。
今年、4年ぶりにショートフィルム形式が復活したということで、今夏の地上波放送の最初に放映されたのがその作品だけれども、当初のまがまがしい雰囲気が戻っていて楽しめた。

そんな中、できるだけ観てきたつもりだったのだけれども、どうしても観ることができず、観たくてたまらなかった作品がひとつあった。
それが「もうひとり」。
私が観ていないのに、たまたま以前の深夜放送で観ていたダンナさんから、面白かったという話を聞いていて、自分が観られなかったのを残念に思う。ダンナさんが再現してくれるのだけれども、やっぱりどうしても自分で観たい。
ところがレンタル店で見かけることもなく、動画サイトにあがることもなかなかなくて、ずっと観られないままだった。
ちなみに、この頃はすでに駄作が多く、DVDは買う気にはなれない。

今夏の地上波深夜放送では、最初に最新作を放送した後、初期の作品を放送してくれていたので、これはもしやと期待していたのだけれども、それが今週、ついに放送された!
よっ!待ってました!
第42話「もうひとり」(主演:緋田康人、西沢仁太/監督:豊島圭介)
出張先のホテルに泊まったサラリーマン。空いていたのはツインルームのみ。仕方なく泊まるが、そこには、もうひとり…。
動画を探してみたら、ありました(笑)
ココでは第41話から始まるので、2話目です。

これ、『新耳袋 第九夜』の第九十一話が元になっているはずなんだけど、まったく違う話になってる(笑)
元のお話は、著者の中山市朗さんが語ってる動画があったので、詳しく知りたい方はコチラをどうぞ。
話は今から20年ほど前、ある警備会社の事務所が渋谷の道玄坂近くにあるビルの6階に移転したことから始まる。警備会社なので、夜間も電話番が必要。しかし、事務所に泊まっていると、机を定規で「パシッ、パシッ」と叩くような音と、同時に床をペタペタと歩き回る音が聞こえる。しかし、そこには誰もいない。音の擦る方を目で追っていると、耳元で何事かを囁く女の声が…
という話。

これが、豊島圭介監督の手によると、極上のコメディ・ホラーに仕立てられていて、抜群の面白さ。配役もいいですねぇ。
はぁ、やっと観ることができて満足!
しかも、観てみたら、今私の中で絶賛ブレイク中の豊島監督だったんじゃないか!そうだったのかぁ。
テレビ・シリーズでは、原作の話がアレンジされてつまらなくなっていることも少なくないのだけれども、これは極端にアレンジしたことが成功している、珍しい例。

ちなみに、この『怪談新耳袋』のシリーズは、若手女優さんが起用され、その後活躍していく登竜門的なドラマになっている。BS-TBSは『ケータイ刑事』シリーズや『東京少女』シリーズなど、かわいいコを見つけてきて起用するのが上手だけど、このシリーズもそう。
今夏のシリーズでは、桜庭ななみちゃんが出てる。

というわけで、念願かないました。満足、満足。
パンパンパパンパ、パパンパ、パン、レッツゴー!
posted by nbm at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

選択ミス

お盆休みというものはほぼ無かったけれども、最後の1日で、せめてもの娯楽をと、映画を観てみた。

最初に観たのは、ローランド・エメリッヒ『2012』(2009)。
2012年といえば、拙ブログでもその数字のマジックを種明かししたわけだけど(→2012年の種明かし)、当初の計算からは多少ずれていたとしても、銀河直列が起きることは起きるのですよねぇ。はたして、それが何をもたらすのか。何ももたらさないとは思うけどさ。
さて、映画の話。『2012』ね。
なに?このディズニー仕立てのドリフ!(笑)もうどの場面観てても、頭の中では『全員集合!』でセットがはけるときの音楽が鳴りっぱなしだったよ。♪ッチャンチャンチャン、チャンチャカチャンチャン、チャンチャカチャンチャン、チャンチャカチャン♪
きっかけであった”2012年”とか”銀河直列”とかは、どっかに飛んでいっちゃって、ひたすら地殻が崩壊し続けるだけという…。
しかも、すごいご都合主義というか、主人公たちは奇跡的にも程があるという助かり方をしていくし。リアルさのかけらもないね。
『デイ・アフター・トゥモロー』はけっこう面白かったんだけどな。狼が出てきたあたりから、「きたぞ、これぞエメリッヒ!」って思ったけど(笑)
『2012』は、途中で何度も、「えっと、これ、何て映画だったっけ?」って思った(笑)だけど、これがローランド・エメリッヒなんだよなぁ。これはディザスターではないね。コメディとしてなら及第点かな。
でも、たしかローランド・エメリッヒ自身が『デイ・アフター・トゥモロー』からこっち、「もうディザスターは撮りたくない」って言ってたのをごり押しで作ったって聞いたから、これは壮大な”拒絶”だったのではないかと勘ぐったりして(笑)

『2012』を観始めたのは、午前1時をまわってから。くだらないのに長いこの作品。158分もあったのかよ!
相当ガッカリしたのに、目は覚めてしまったので、静かで睡眠導入になるような映画をもう1本観よう。そして、眠くなった時点で寝ようと思って観始めたのが『エスター』(2009)。これが大失敗…、いや、いい意味で。引き込まれて、結局朝まで観てしまった(苦笑)この歳で完徹はキツイぜ。
これは、久々のヒット!邪悪な子供をテーマにした作品ではあるのだけれども、何せすごい。配役がよかったね。何といってもエスター役のイザベル・ファーマンが別格に凄すぎる!それと、鈍感で優しい父親役のピーター・サースガードね。この人、大好き!それから、最後まで、「この人誰だっけ?」と思い出せなかった、母親役のヴェラ・ファーミガ。そうだよ、そうだよ、『タッチング・イーブル』でジェフリー・ドノヴァンとコンビ組んでた人だ!やっと思い出した。地味めだけど、いい女優さんだ。
これは、内容を語れない系の作品なので、興味のある方は是非ご覧ください。簡単な筋だけ説明すると、3人目の子供を死産してしまった母親が、そのショックから立ち直るべく養女を迎えるわけなんだけど、それが”エスター”だったからもう大変!って話です。
ハウメ・コジェ=セラというスペイン人の監督さんが撮ってるんだけど、やっぱり自分の感性にどこか引っかかる作品てのは、ハリウッド擦れしていない人なんだよな。
近年は、本編前に映し出される映画製作会社のロゴが作品によってアレンジされていることが多いですが、この作品もそう。始まったときのワーナーやダーク・キャッスルのロゴが、物語の中でどうつながってくるんだろうと思ってたら、「そうきたか!」でした。
ダーク・キャッスルも、なんかこうどことなくディズニー的な匂いがする子供だまし的作品が多い印象がありますが、これはちょっと異質。

くだらない映画で目が覚めてしまい、寝ようと思いつつ観た作品が予想外に面白く、ついに朝に。それでも神経は昂ってしまったので、今度こそと睡眠導入に選んだのが『ホルテンさんのはじめての冒険』(2007)。これはさすがに始まってすぐに眠くなりました。最初から『エスター』でなく、こっちを選んでおきゃよかったよ。すぐに眠くなって寝てしまったので、『ホルテンさんのはじめての冒険』については、またあらためて。
しかし、なんつー組み合わせかねぇ。
posted by nbm at 10:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月18日

きみは生き残れるか

映画のプロモーションを見て、原作を読んでみようと手に取った『東京島』。映画のHPはコチラ
わたくし、どういうわけか、サバイバルものというのが好みのようで、閉鎖された極限状態で人間がどうなるのかということに興味があるのだと思います。

桐野夏生さんの『東京島』は、無人島に流れ着いた人たちのお話。
最初に、隆と清子の夫婦が流れ着き、新たに23人の若者が流れ着く。その上、11人の中国人が密航中のトラブルで置き去りにされていく。
というわけで、無人島で、女1人に男が35人?(映画では23人)
女が1人ということですが、この清子は若くなく、40代。映画だと木村タエさんが演じているので綺麗ですが、原作を読む限り、ただの太めのおばちゃんです(笑)
それでも、唯一の女性ということで、引く手数多。

当然のことながら、食べるものといえば、島で獲れる(採れる)ものだけ。果物と魚やとかげ。タロイモがたくさん自生している様子で主食はタロイモ。当然のことながら栄養状態は悪いし、食中毒で死ぬ者も出てくる。
だけれども、最低限食べるものがあるというのは、まだ恵まれた状況なのかもね。
青い海に囲まれた自然豊かな島。これがリゾート地で、様々なインフラやサービスが整い、いつでも自分の家に帰ることができるなら、天国のような場所。だけれども、島には何もなく、島から出ることはできない。

たとえば、たった1人なら、孤独との闘いは厳しいけれども、他に何を考える必要もない。あとは、自分の命をつなぐことだけ考えればいい。たとえば、若い恋人同士が2人きりだったら?仲良くしている限りは、天国に思える場合もあるかも。
ところが、これが複数の人間となると、そこには様々な人間関係が生まれ、誰と与するかで自分の生死が左右されることにもなりかねない。
人が30人もいれば、自然と気の合う者同士、もしくはなんらかの利害関係によって、グループが生まれる。互いのグループが協力し合えるなら問題はないけれども、そう簡単にはいかない。一方で、集団にはなじめず、つまはじきになる人間も生まれる。
そんな状態で精神が崩壊するものも出てくるし、やっぱり天国とはほど遠い。

実は、この話にはモデルがあるそうだ。
それが、<アナタハンの女王事件>。
1945〜1951年にかけて、太平洋の孤島アナタハンで起きた事件。当時のアナタハンは日本の統治下。ここでは、地元島民70人を雇って、日本人がヤシ農園を経営していた。農園技師と部下たち、そして部下の妻がひとり。やがて日本の統制が崩れると、地元民は密かに島を脱出。日本人32名だけとなる。女1人に、男が31人。戦中・戦後の混乱で、詳細は不明な点が多いものの、女1人を巡って争いが起きたようで、次々と変死をとげるものが出てくる。
終戦を迎え、戦争が終結したことを島中に米軍がアナウンスしたそうだが、信じていなかったのか、みな出てこなかった。
女1人を男たちが争いあうことで殺人まで発生するようになり、逆に女を殺すことで、島の平穏を取り戻そうということになる。この女性は島中を逃げ回っていたが、結局、米軍によって救出され、その後、男性たちも順次救出されていく。

こんな事件があっての『東京島』。まさに、事実は小説よりも奇なり。

無人島では、自分の身ひとつが財産。ナイフなんか持っていようものなら、大金持ちのようなものだ。
人間、何もかもをそぎ落とされたら、どうなるのか。私が興味を持つのは、ここ。
いくら金持ちだろうが、そんなことは関係なくなる。重用されるのは、サバイバル能力に長けた者、あとは医学の知識があるものくらいか。釣りができたり、動物をわなにかけたりして食べ物が入手できるとか。そこで入手できる限られた材料で雨露を防ぐ家が作れたりとか。危険な動物と戦えるとか。食べられる植物を見分けられるとか。
集団なら、リーダーシップが取れる人間も必要だけど、時間が経つにつれて不満分子に殺される可能性も高いな。

こうやって考えていくと、自分は本当に役立たずだと、いつも思う。
ムダ知識で娯楽を与えることくらいしかできないな、たぶん。
ということで、そういったサバイバル状態になったら、身体も丈夫な方じゃないし、真っ先に死んで行くな(笑)
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2010年08月15日

世界でもっとも阿呆な旅

みなさんがバカンスを楽しむこの季節。
どこにも行かない私は、本の上で旅行を楽しむことにしました。
そのガイドブックとなってくれたのが、この『世界でもっとも阿呆な旅』
安居良基(あんきょよしもと)さんという方が、珍名の地を訪ねるというコンセプトのもと、世界中を旅した記録です。
安居さんのHP「あんきょのホームページ」はコチラ。観ていただければ、どんな旅なのかがわかります。

珍名の場所。海外でいえば、スケベニンゲン(オランダ)や、エロマンガ島(バヌアツ)などが有名だと思います。だけど、オーストラリアにもエロマンガという所があるとは知らなかった。
誰しもが、世界地図を見たときに、「スケベニンゲンンだって!」とか、「エロマンガって何だよ!」とか、ツッコミを入れたくなった経験があるでしょう。私とて、そんな風に中2病的なツッコミをしていた憶えがあります。
日本語の表記にしてしまうと、それでいいのか?的な地名…。(スケベニンゲンは、現地読みだとスヘフェニンヘン。なんだか脱力…)。安居さんは、そんな地名をもつ場所に、実際に行ってみようということで、100ヶ所以上もの珍名の場所を旅して来られました。普段は、東芝でLSIの開発のお仕事をされているエンジニアさんです。

どこかに旅行するとして、大抵は観光ということになるでしょう。観光の目的地といえば、大自然や遺跡、歴史ある建造物などがメインで、たまに現地の人の暮らしが垣間見られる場所があったとしても、それさえ観光客用にアレンジされたものが大半なのではないでしょうか。観光客として、ちょこっと訪ねたくらいでは、その場所の余所行きの顔というか、上っ面だけを見ることしかできないのではないかと思います。
この方の旅の目的は、珍名地を訪ねること。
とてもシンプルな目的でありながら、意外とディープな旅になっているところがおもしろい。そういった場所は、何の変哲もない田舎町だったりするので、交通の便が悪い中、時間と労力と費用をかけて辿り着き、珍名看板と記念撮影してくるだけ。
なんて阿呆な旅!(笑)だけど、実際に行って、その地を踏むという行為が、大事なわけです。そして、その積み重ねがこうして本にできるほどになっている。そして、なかなか見ることのできない、素顔の世界を見ているように感じます。

海外の地名の場合は、外国語の響きと日本語との関係で珍名に読める聞こえるということになるわけですが、これが日本だとちょっと違ってきます。
漢字の同音異義が主。「南蛇井」(群馬県富岡市)で「なんじゃい」とか、「上間久里」(埼玉県越谷市)で「かみまくり」とか、「向津具」(山口県長門市)で「むかつく」とか。
それぞれに地名の由来もあるわけです。「半家」(高知県四万十市)は「はげ」と読むのだそうですが、平家の落人が源氏から逃れるために”平家”の”平”の字の点々を移動させて”半”にしたという説があるそうです。

おまけ的に、安居さんの”安居”が地名についているところも巡っています。全国に11ヶ所もあるのだそうですが、読み方が微妙に違ってます。「あい」だったり、「やすい」だったり、「あご」だったり、「あお」だったり。
最後の11ヶ所目に訪れた岩手県遠野市附馬牛町安居台(つきもうしちょうあおだい)では、友人たちが集まり「祝 全国安居踏破」という旗を作ってくれて、それを手に記念写真を撮っているのが微笑ましいです。
これがほんとの”自分探しの旅”(笑)

たまたま10代くらいで、「自分はこれで生きていこう」という目的が見つかる人もいるでしょう。けれど、目的も見つからず、自分がなにをしたいかよく分からない。そんな人も多いと思います。パワーはありあまっているのに、なにをすればいいか分からない。そんなときは悶々としているより、なにかしたほうがいい。例えばそれが、自分の名前と同じ地名を訪問してみる、でもいいのではないでしょうか。
内面へ向かう自分探しも大切かもしれません。しかし単純に外へ出かけて行って、ああ、世界にはこういう場所もあったんだ、こんなところにこんな人たちが住んでるんだ、ということを知ると、逆に自分とは何か、ということが分かるような気がしました。

安居さんは、あとがきにこう書かれています。
地名というシンプルなきっかけから、100ヶ所以上も旅をしてみての、素直な感想なのだろうなと思います。本の中では何度も、珍地名でなければ、訪ねることもなかった地だろうという記述が出てきます。あえて世界の、何の変哲もない場所を訪ねるという、一見あまり意味のないように思える行動も、積み重ねていったときには、何かが発見できたのでしょう。

いい旅だなぁ。
心からそう思える旅行記&ガイドブックでした。
こちとら、労力もお金もかけず、楽しい旅の一端を見せていただいて、リフレッシュ!
安居さん、楽しませてくれて、ありがとう!
posted by nbm at 12:49| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月14日

みんな結局”骨”になるのさ

世間様は、お盆休み真っ只中でございましょうが、私自身はお仕事の真っ只中でございます。
そして、そんな私を置いて、ダンナさんはいそいそと”おっさん軽音部”へと出かけて行きました。おそらく、明日の朝まで帰ってきません。いいさ、いいさ、みんなでギター三昧してれば、いいさ。いいなー。しばらく弾いてないよ、ギター…。しゅん。
だけど、あまりに仕事ばかりでつまらながる私をダンナさんが昨夜連れ出してくれて、久々にDVDを大量にレンタルしてまいりました。いまだにレンタルしてくるってのがいいでしょう?だって1枚80円ナリ!お盆価格とはいえ、まったく、ひどいもんだね、この値段。
んで、午前中から1本、観賞してしまいました。
それが、『ラブリーボーン』(2009)。
今日は、思い切りネタバレ注意です。

ピーター・ジャクソンは、好きな監督さんのひとり。そういや、『乙女の祈り』(1994)を観たいと思いつつ、忘れたままだな。それで語るなよ、って?まぁまぁ、いいじゃないですか。

『ラブリーボーン』は、殺されてしまった14歳の女の子、スージーのお話。
”殺されてしまった”からには、メインは死後の話ということになります。
死後の世界、だけれども、天国へ向かうまでの中間地帯に、彼女は留まり続けます。
殺された少女がそこに留まるのならば、単純に考えれば、家族や恋人に自分の無念を伝えたり、自分を殺した犯人に復讐をするということが想像されるのですが、あまり直接的にこちらの世界に接触しないというのが、この作品のミソだと思われます。
いわゆる死後の世界を描いた過去の作品では、こういう部分が直接的に表現されていて、わかりやすかったのだと思います。
思いはあるのに、なかなか伝えられないもどかしさ。”留まる者”としての、あるかなきかの儚さ。これが、逆にリアリズムを醸し出しているように思えます。
勘の強いコや、絆の強い家族には、なんとなく感じられるその存在…。
中間地帯は、こちらの世界のレイヤーとして描かれていて、自分のイメージにぴったりと当てはまるものでした。あ、いや、こういう世界が実際にあるとかいう話ではなくて、ファンタジー的な視点で見たときにという意味です。中間地帯側からすると、そこはこちらの世界であるのに触れられない世界。こちらの世界から見ても、そう。重なり合った異空間同士は、触れ合うことができない。この世界観を映像で上手に表現していたと思います。

そんなファンタジックな側面もありつつ、話は現実的な連続殺人につながっていきます。
犯罪心理に興味がある私は、連続殺人犯に関する本もいろいろ読んできたりしているわけですが、実際にこうやって殺されていく人たちが数多くいるわけで。
被害者やそのご家族、関係者のことを思うと、胸が詰まります。
一方で、殺人への衝動を抑えきれない犯人が、殺人を犯してその行為を反芻して楽しんでもまた新たな衝動に駆られ、犯行へ駆り立てられていく様子が描かれていて、生々しいです。
理解できない犯罪が起きると、その異常心理をなんとか解き明かそうと躍起になったりしますが、それは決して本人以外には理解できないこと。そりゃそうだ。もしも本当に理解できたら、こっちが異常な犯罪を起こしちゃうよ。

そんなこんなで時だけが無情に過ぎていき、こちらとあちらはほぼ交わらないまま、だけど、それぞれの思いは消えぬままにいたことで、犯罪が暴かれていきます。ほんの一部だけど。

最後はとても少女趣味だけれど、なにせ14歳の女の子なんだから、その目線で考えたら、素直にそうなるんじゃないかと思います。14歳の女の子じゃないのに、そう描けたピーター・ジャクソン監督および原作者アリス・シーボルドがすごいということになるのでは?
ちなみに、原作ではレイプされて殺され、バラバラにされたことになっているらしいのだけれども、映画の中ではレイプについては描いていないし、殺害場面やその後の死体処理についても描かれてない。
原作者アリス・シーボルドさんは、実際に強姦され、裁判の経過や家族の崩壊にいたるまでを克明に綴った本で世に出た人らしい。殺されなかっただけ運が良かったという意味で『ラッキー』と題されたその本では、すさまじいまでの体験が記録されているよう。けれども、この『ラブリーボーン』はフィクション。主人公スージーは殺されてしまうけれども、どこか救われている部分があって、著者自身の希望がこめられている作品なのだろうなと想像できます。どちらも読んでないから、あくまでも勝手な想像ですが。

私には、この作品にはキリスト教的感覚とは離れたものが感じられました。確かに、おばあちゃん役のスーザン・サランドンが仏教に触れるセリフもあるのだけれども、それとも何か違う。そういったいわゆる宗教とは別のもっと根源的な次元で、人があるがままに死ぬこと。
たとえそれがどんな最期であったとしても、死んだ後は骨となって、かすかにこの世界に残るかもしれないけれども、家族や友人たちは自分のことをまったく忘れてしまうことはないかもしれないけれども、その存在は消えて置き去りにされたまま、世界は動いていくということ。
ある種非情に感じるかもしれないけれども、その潔さこそが、次の命を生み出す源となるような。

ひとことで言えば、もちろん悲惨な話。
だけれども、結局は因果応報的なことが描かれたり、スージー本人の希望が叶えられたりして、こちらの魂も浄化されたような感覚がありました。変な映画!さすがは。ピーター・ジャクソン!
主役を張ったシアーシャ・ローナンちゃんがキュートだったことと、おばあちゃん役のスーザン・サランドンの型破りな行動が笑わせてくれたことが、この作品の救いになってます。
posted by nbm at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

【認知症】慰安訪問?

申し訳ありませんが、【認知症】の記事が続きます。

介護保険を申請したということで、具体的に利用する施設を考えねばなりません。
お盆休み中であれば、平日でも兄たちが動けるかもと、1日数ヶ所の施設を回る見学ツアーを組みました。
兄弟が交代で見に行くと、それぞれの施設の比較を客観的にすることができないと思い、みんなで見に行こうということに。
一気に4ヶ所を回ってきました。
一番の選定ポイントは、父の大好きなカラオケをやらせてくれる所かどうか(笑)
何せ、家にいても、四六時中、好きな歌の歌詞カードとにらめっこ。時には声を出して歌ってる。誰か人が訪ねてくれば、1曲聞かせずにはいられないという状態で(苦笑)
人の歌を聴くことができず、自分が歌いたいというばかりなので困りものなのですが、多少でも歌わせてくれる機会を設けてくれる施設を探してみようということになったわけです。

1軒目、A。
ここは、事前の評判では一番有望な所。お昼を食べたあとのまったりとした時間に、希望者でカラオケをやらせてくれるよう。飛び入りで父が2曲ほど歌わせていただくと、まわりのおばあちゃんたちがいっしょに歌ってくれる。施設側からすると、カラオケをやりたいんだけど、率先してできない人ばかりという悩みがあるらしく、放っておいたらマイクを離さない父は、皆さんを引っ張るのにうってつけ。昨日も実際、父が歌いはじめると、それを聞きつけ、昼寝をしていたはずのおじいちゃんが車椅子で駆けつけてきた(笑)
割と古い施設で、規模は大きめだけど、融通がきく感じ。
レクリエーション・ゲームに参加させていただいたりもした。
イベントに力を入れているようで、外出するのも、お花見したり、買い物したりと色々楽しむ工夫をしてくれているように見える。

2軒目、B。
大きい施設を想像していたためか、あまりの目立たなさに、前を通り過ぎてしまった…。普通の民家を改造したといった感じで、小規模でアットホーム。小規模ゆえに融通が利くようで、一応予定として決まっていることがあっても、みなさんのやる気次第で臨機応変に対応している様子。雰囲気はとてもいい。小さいだけに、細かく見てくれそうにも思える。
ところが、カラオケは新しい曲ばかりで、父が歌える古い曲が少ないのが難点。そうは言いながら、ここでも2曲歌わせてもらう(苦笑)
母の古い知人が来ていて、想定外の出会いにお互いにびっくり!

3軒目、C。
予定には入っていなかったものの、直前に情報を得て、2軒目と近かったので急遽寄ってみることに。
比較的新しく、施設として充実しているように見える。ショートステイ用のお部屋も見せていただいたけれども、明るく、過ごしやすいように見える。
ここのウリはなんといっても運動。みんなでマシン・トレーニングをするそうだ。他の施設と比べると、運動に当てる時間が格段に多い。なんとなく、若々しく元気な人が多く通っている印象。
カラオケは、帰りの時間に場つなぎ程度にやっているだけの様子。でも、JOY SOUNDが入ってる!(笑)ここでも1曲、歌わせていただく…。
しかし、人気の施設とあって、曜日によっては満杯。予約というか、利用できるのを待っている人もたくさんいるのだとか。道理で、あまり案内に積極性が感じられない。
介護職員は若い人ばかり。マニュアルで徹底的に教育されているような雰囲気。感じは悪くないけど、多少事務的。

4軒目、D。
予定外のところも見学してしまったため、営業時間内に間に合わず、見学はできなかった。
距離的には一番近いけれども、カラオケは年に数度の外出レクリエーションでカラオケボックスに行く程度のよう。日常的にあまりできないなら、ここにする可能性は薄いかな。

たった4軒見ただけでも、それぞれに個性があるように見えました。
レクリエーションの内容などから選びたいと思っても、送迎範囲に入っていなかったり、曜日によって送迎コースやレクリエーションの内容が決められていて都合がつかないとか、細かいことを考えると、意外と難しいものです。
市内にたくさんあるこういった施設も、市内全域をカバーしている所もあれば、ある程度近隣からしか通わせてもらえない所もあり。
とりあえず、4軒の中では総合的に考えてAが一番良いだろうということになり、Aでデイサービスの一日無料体験をさせてもらうことに。これが、吉と出るか、凶と出るか。
体験した施設の対応が悪かったり、人的に父と合わなかったりすることで、デイサービス全体を拒否されるのが一番怖いです。
けれども、他の施設を見つけたとしても、1日やることがそんなに大きく違うとも思えず…。大抵は、午前中はバイタル・チェックやお風呂、体操など。お昼を挟んで、午後がレクリエーションというパターン。父があまりに嫌がったら考え直そうと思うのですが、まずは経験してみようかと。

一方で、母が1日体験にまで付いて行こうとして困ります。父のことが心配で、どうしても人任せにできないようで。
施設にいる人は、みんな介護のプロなのだから、お任せすればいいのだと話しても、不安は消えない様子。
母を”父離れ”、母からすれば”夫離れ”させるためには、1日体験してもらうのもいいのではと思われ…。
もとはといえば、父の相手で疲弊している母のために利用しようと考えたデイサービス。母も自分でひどいストレスを受けつつ、それでも父のことを人に任せようとしないのですよ。
母は、もともと何をやるにも、人に任せるのがキライなタイプ。どうしても、自分で抱え込もうとします。でも、介護に関しては、それをやったらダメなんだ、きっと。

もうひとつ気になったのは、そういった施設に通ってきている人に、男性が少ないこと。
本来なら、同じ男性のお友達でもできてくれればいいのですが。
どこに行っても女性ばかり。
男性からすると、デイサービスに行こうと考えるのは難しいことなのかもしれませんね。
男性職員と仲良しになってくれるとよいのだけれど。

1日、各施設を回っては、歌わせてもらって、父の頭の中ではすっかり”慰問旅行”をしているようなつもりになっていた様子。
慣れない場所で歌って緊張して疲れたのか、あんなに歌いたがっていたのに、翌日になったら、「そんなに歌え、歌え、言われても…」とか殊勝なことを言っているし(笑)

まだAに決定というわけではなく、他にも継続して父に適したところを探しています。
介護保険の認定がおりるまでに、なんとかいいところを見つけてあげたいのですが、ある程度の妥協は必要なのかもしれません。
posted by nbm at 12:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 認知症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月12日

【認知症】介護保険を申請するの巻

アリセプトのおかげで、なんとかかんとか認知症の進行と闘ってきたわけですが、それでも段々と悪くなっているのが感じられるようになってきた父。
先月には、ついに、娘である私のことがわからなくなった…。
病院に連れて行った日。私が帰った後、母に
「いろいろやってくれたけど、あの親切な人は誰だったんだい?」と聞いてきたそうです(苦笑)
あんたの娘だってーの!あんたと同じような顔してるでしょうが!
直接言われたわけではなかったからか、覚悟していたからなのか、さほどショックを受けませんでした。それは、自分でも意外なほどに。
返って、「誰だかわからない」と言われたのが、家族のうちで私が最初であってよかったと思ったくらいです。
私が最初に”「誰だかわからない」攻撃”を受けておけば、他の家族に覚悟を決めさせることもできるし、いいクッションになることができました。お父さん、あんた、偉いよ!うまいことやってくれた!(笑)
とはいえ、まだ私が誰だかわかる時の方が多いのですが、一度悪い状態になったなら、その悪い時を基準にしないとね。

さて、そんな風になってきたことだし、四六時中、父といっしょにいる母にも相当ストレスが溜まっているようなので、デイサービスを受けるために介護保険を申請することにしました。
私たちも初めてのことで、何をどうしたらよいのかわからず、とりあえず、兄嫁の友人で介護経験者である方からケアマネージャーさんを紹介してもらい、そのケアマネージャーさんが介護保険について説明に来てくれました。その場で、持ってきていただいた介護保険の申請書を書き、市役所に提出してくれることまでやっていただきました。
ちなみに、そういったことに関して、ケアマネージャーさんへの費用は一切かかりません。

介護保険申請の簡単な段取りとしては、
1.自治体に介護保険の申請書を提出。
2.役所から人が派遣されて、訪問審査を受ける。
3.こちらは何もしないけど、担当医師が意見書を提出。
4.それらの結果を審議して、介護保険のレベルが決定され、通知される。
と、こんな感じ。

うちでは、申請をする段階から、ケアマネージャーさんに入ってもらいました。申請書提出から、すぐにでも連絡があるかと思ったのですが、役所からは連絡がなかなか来ず。どういった方法で通知されるかもわからず、念のために確認の電話を入れると、今は介護保険の申請が多く、対応が追いつかないようなことを言ってました。連絡は電話を入れるとのこと。結局、申請から、訪問審査の連絡まで10日ほど待ったでしょうか。
んで、先日、訪問審査がありました。事前に、どのような質問がなされるのか調べ、調査票の雛形に目を通していたので、聞かれる内容は大体想像がついていました。母だけでは心もとないので、私と兄が同席。
父本人に対しては、体の可動状態とか、視力や聴力などについて、食事やお風呂など生活の上で基本的なことがどの程度自力でできるかという質問が主で、すぐに終わり。父を除いて、別室で家族への質問の方が長かったです。ひとつの項目に対して、4段階の評価なので、中間で微妙な状態のときの判断が難しい。
母には、具体例を話せるように、父のおとぼけエピソードをメモしておくように言っていたのですが、当然、用意してねぇ。質問への答えもまったく適当で、ほんと、私と兄が同席していてよかったよ。母の答えをいちいち訂正しながら答えるようでした。
認知症と診断された経緯についても、私が記録メモをとっていたので、それが役立ちました。
訪問審査を受けるにあたっては、そういった下準備があった方がいいと思います。
基本的には、悪い状態だと認定してもらった方がいいので、それだけは母に言っておきましたが。

それでも、家に帰ってから重要なことを言い忘れたことに気づきました。私のことが誰だか認識できないことがあったということ。ね?重要だよね、コレ。前回、病院で診察を受けた時点ではなかったことなので、担当医師もまだ知りません。だから、言わなくちゃいけないことだったのに…。間に合わないのを覚悟の上で、翌朝、役所に電話してみました。運良く、訪問に来てくださったご本人がいて、直接伝えることができ、「調査書に書き添えておきます」とのことで、一安心。ふぅ。だから、やっぱり、事前に言いたいことをまとめておかないと、いかんね。

この訪問審査から1ヶ月の間に、結果が通知されるとのこと。
実は、申請からすぐに、仮の介護保険資格者証というのが役所から送りつけられてきたようなのですが、事態をよく飲み込めてない母は大混乱。介護保険の申請と、実際に利用する施設への申し込みとがごっちゃになってるし、説明するのに苦労しました。
つまり、まだ介護保険が使える認定がおりるかどうかはわからないけれども、すぐにでも介護サービスを使いたいという人には、仮の資格者証で利用できますということ。だけど、万が一介護保険が認定されなければ、その利用料は全額自費負担となるというわけ。
これ、自治体によって状況が違うらしいのだけれども、ここは、割とゆるやかで、認定前でも介護サービスが利用できるらしい。

訪問審査前は、何をされるかと緊張していた父でしたが、終わってみれば何のことはなかったという感じでした。
ついでに買い物へと兄が母を連れて行っている間、私が父とお留守番。
何か遊べるものはないかと、その辺の引き出しをゴソゴソと捜していると、花札とトランプを見つけました。
こりゃあいいと、まず花札を父に見せるも、ルールを覚えていない。私も全然わかりません。ただ、『サマーウォーズ』を観たばかりだったので、”猪鹿蝶”とか”赤短”とかを並べて見せたり、「牡丹だね」「藤かね」とか動植物の名前を言いつつ見たり。
お次はトランプ。1〜5までの2組で神経衰弱をやらせてみると、意外とできる(笑)ジジ抜きもやってみた。
ただ単にカードを裏返しに置いて、1〜5までしか使ってなかったけど、「超能力で数字を当てろ」とチャレンジさせてみたら、10枚のうち2枚を当てた!(笑)
こんなことをやって、遊んでました。

あとは、結果を待つのみであります。
posted by nbm at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 認知症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

きつねのおっさん

「あぁ、子供の頃、夏休みに読むような本だなぁ」
そんな風に思いつつ、図書館で何気なく手に取ったこの本。
ジュール・ルナール『博物誌』

ルナールといえば『にんじん』ですか。『にんじん』って、どんな話?(笑)読んだこと、ないや。なに?児童虐待?じゃ、今の時代こそ読むべきでしょうか。

さて、『博物誌』です。
図書館で借りたので、白水社のハードカバー1990年版。中身は、岸田国士さんの訳で、ボナールの挿絵のものです。訳されたのは、1951年。ところどころに旧字体の漢字が使われていて、言い回しも古めかしく、そこがまたいい味。
原著は1896年に出版され、そのときには45項目しかなかったものが、1904年には70項目に増えたのだそうで、それを訳したもの。ボナールの挿絵も原著のもの。
文庫版だと、ロートレックの挿絵だったりするらしいね。

70の項目は、鳥や動物や家畜や虫についてがほとんど。短い文章が多いので、あっという間に読める。詩的すぎてわかりにくい表現もあるし、たぶんこれは日本でいうところのオヤジギャグなんだろうなと思うものもチラホラしていて、どこかイタイところもあるが、全体的にはのんびりと、おフランスの昔の田舎暮らしを思い起こさせる文章が並ぶ。なにせ、百年以上も前の話。書かれているものの本質は変わっていないだろうけれども、やはり現代の日本とは時間の流れの上でも空間的にも、隔絶している感覚。だからこそ、よく見れば当たり前のような風景が、特別なもののように感じられる。

印象的なのは、なんといっても「へび」の項目。
ながすぎる。

たったこれだけ。
そうきたか…。

訳者の岸田さんは、『博物誌』がフランスで小・中学校の授業によく使われるという話を聞いたとして、あとがきで、ルナールの文章は、「単純なようでいて<間違いやすく>ひと癖あるようで、その実、最も正しいフランス語という定評がある」と言っている。
日本人からすると、短い中に詩的な世界を表現している部分が、俳諧に通ずるのではないかと、指摘もしている。

例えば、「あり」の項目では
一匹一匹が、3という数字に似ている。
それも、いること、いること!
どれくらいかというと、333333333333……ああ、きりがない。

とある。
草野心平さんの詩『生殖』を思い出す。
「るるるるるる」と”る”の羅列で蛙の卵を現した詩。
草野さんは、ルナールの「あり」を意識したんだろうか。
確かに、ルナールの書く文章は、自由度が高いような気がする。なんか統一性がないんだよなぁ。どうなってんの?このオヤジ?!的な雰囲気を醸し出してる。「詩人だなぁ」などと感慨に耽っていると、次の瞬間には寒いオヤジギャグが炸裂して興醒め、みたいな(笑)

一番気に入ったのは「こうもり」の一節。
毎日使っているうちに夜もだんだんすり切れてくる。
上のほうの、星をちりばめたあたりはすり切れない。ちょうど、すそを引く着物と同じように、じゃりや木立のすき間から、不健康なトンネルや、じめじめした穴倉の奥まですり切れる。
どんなところでも、夜のとばりのすそのはいりこまないところはない。そしていばらに引っかかって破れ、寒さに会っては裂け、泥によごれてはいたむ。で、毎朝、夜の帳が引き上げられるたびに、ぼろっきれが落ちて、あっちこっちに引っかかる。
こうして、こうもりは生まれてくる。
で、こういう素性があるために、彼女らは昼の光には耐えられないのである。

いろんな動物の行動を鋭い洞察力で細密画を描くように表現したかと思えば、こんな風に詩的なイマジネーションまかせで書かれていたりして、読んでいるとあっちこっちに振り回されるような感覚のある本。
ルナールというのは、おかしな人だ。

読む前の勝手なイメージは、もっとおカタイものだったのだけれども、違いましたね。いい意味で裏切られたかも。
夏休みの課題図書を読んだような、宿題の自由研究を終わらせたような、そんな気分にさせてくれた不思議な本でした。
ちなみに、「ルナール」という姓は、”きつね”という意味だそうです。
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2010年08月05日

ひとつ、ふたつ…たくさん


guiterkabuto





しばらく前のこと。
友人宅の庭にカブトムシが大発生。
近隣の雑木林が開発で伐採されたりして、行き場をなくしたカブトムシくんたちが大集合している様子。朝方は、カブトムシの羽音がブンブンうるさくて起きると言うくらいで。
「バケツ1杯くらいいる」
と聞いて、夜中に捕獲作戦開始!
8匹捕って帰ってきたダンナさんだったが、持ち運ぶ容器に布を敷いたりして気をつけていたんだけど、1匹は後ろ足がもげてしまい(ごめんね)かわいそうだったので、そいつは近所に放ってきました。ということで7匹。全部ツノのあるオス。
スピンドル・ケースにドリルで空気穴を開けて、1匹ずつ個室へ。砂糖水を与えると、チューチュー夢中。
記念にと、カブトムシ・タワーをパチリ。
翌日、友人の子供たちに配布しました。

後ろに写っているのが、うちのジャンク・ギターの数々。
増殖し、友人からの借り物フライングVを除き、ついにエレキギターが10本に!写真には半分しか写ってませんね(苦笑)一番奥のが私のムスタング。
もう、途中で数えるのがイヤになってきた…
この部屋は、ギターで埋め尽くされていて、足の踏み場がないほど(笑)バラバラになっているものもいくつかあるし、塗装中だったり、ネックの崩れた穴を開け直すためにダボを打ったり、ピックアップやボリュームポッドもその辺にゴロゴロと転がってるし…。
ボリュームポッドなんか、秋葉原の部品屋で買ってきたものを、長さが違うとか言って短く加工してみたり、別口の配線をハンダ付けしたり。どこそこに使うネジはインチねじだったとか言って、ねじだけ買ってきてみたり。ひとつはボディの色が気に入らないとイエローに塗装。ボディの打痕をパテで埋めてフラットにしたり入念な下処理してから塗装してます。自宅のベランダにギターのボディが干してある家って、そうそうないよね?
ひとつひとつ手間隙かけてるもんだから、なかなか完成しません(苦笑)

だけど、いろんなギターをいじっていくうちに、ギターについて様々なことがわかってきて興味深いです。
ジャンクなんで、遠慮なく分解・改造し、やりたい放題。ダンナさんにはいいおもちゃです。
ほんと、増えてくうちに、数えるのが面倒になっていって、「1本、2本…たくさん」の世界。一時期は、毎日のように新しいギターを抱えて帰ってきてたし(苦笑)だけど、どうやら10本になったらしい。
とりあえず10本になったので、切りもいいことだし、ジャンクは一旦打ち止めってことで。(←希望)
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2010年08月04日

預かり物


medaka




今日はリサイクルごみの日。
かさばるプラごみやらペットボトルやらをごっそり持ってごみ捨て場に行くと、マンションを通いでお掃除してくださっている女性に出会う。
「おはようございます」とあいさつをしつつ
ごみを分別して捨てていると、あいさつを返した後に「Aさんの車が無いけれど、どこかに出かけていらっしゃるのかしら?」と尋ねられる。
Aさんは、同じマンションに住む人で、うちとは親しい。
旅行に行くとか、そんな話は特に聞いていないから、たまたま朝からちょっと出かけているのだろうと思う。
しかし、なぜにそんなことを聞く?

実は、Aさんのお子さんとの約束で、メダカを持って来たのだと言う話。
メダカぁ?!
その方は、ご自宅でメダカを飼っているのだそうで、昨日Aさんにそんな話をしたら、Aさんのお子さんが欲しがったのだそうだ。それで早速持ってきてみたけれども、どうやらお留守の様子。
玄関先に置いておこうにも生き物だし、誰かにいたずらされないとも限らない。
「預かっていただけないかしら?」と。
昨日「明日持ってくるわね」と子どもさんと約束したのだとか。子どもとの約束は守らなくてはいけないと、誠実なその方。
見せていただくと、陶器の金魚鉢に水草とメダカが数匹。1匹はメスで、ぷっくりとしたお腹に卵を抱えている。
「もう少ししたら、孵ると思うのよ」
ペットボトルでもいいから、しばらく1匹だけ隔離しておくと、糸くずのような子どもが孵るのだそうだ。ペットボトルねぇ。そんなものでいいのかと思ったら、その方、ご自宅では発泡スチロールの箱でメダカを飼っているのだそうで、そんなんでいいんだね。
「さしあげましょうか」と言っていただいたが、サボテンさえ枯らす私に生き物など到底扱えるはずもなく、丁重にお断りさせていただく。

ということで、「では、お預かりします」とメダカを預かってきたというわけ。
今日も暑いので、一応エアコンの効いた部屋に置いてみる。
Aさんは、どうやら夕方まで帰らないということがわかったので、それまで預かることになりそう。

金魚鉢を覗き込むと、影に脅えるのか、急にどぎまぎと右往左往。脅かして、ごめんよ。
陶器の鉢の中の世界は、ひんやりと涼しげに見える。これも、風鈴なんかと同様に、涼を取る方法のひとつだったのだなと気づく。

グッピーやネオンテトラなんてものと違い、メダカは地味な小魚だけれども、それが逆に風情があるように見えるものだ。
子供の頃、自宅前は田んぼに水を引くための用水路があった。夏場は、ポンプ小屋から清冽な水が流れてきて、小川になる。
そんな季節には、この即席の小川に裸足で入ってばちゃばちゃと遊んだものだ。周りには、メダカやおたまじゃくしが泳いでいて、たまに足をかすめる。油断していると、黒いヒルに吸い付かれた。
その用水路、今はコンクリートで固められ、蓋がされてしまった。
あの頃、夏になると、用水路沿いには蛍も飛んでいたのに。

ごみ捨てに行って、ひょんな拾い物。
預かり物だけど。
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2010年08月03日

エア・ノート中

今朝、あまりのことに、朝食のスープを噴きそうになった…
朝から、戦場カメラマンの渡部陽一さんが、”はなまるカフェ”に登場!
ご本人はまじめに話しているつもりなのであろうが、それがそれだけで可笑しいという稀有な人だ。こんなにインチキくさい人が(失礼!)本物の戦場カメラマンだと知ったときの衝撃といったらなかったっけ。
今回、渡部さんが<おめざ>に持ってきたのは、なんと米軍のコンバット・レーション!兵隊さんの携帯食ですね。何から何まで…もう、ご苦労様です(笑)
その渡部さんが、戦場の現場で持ち歩いているという日記を紹介していた。1辺が40cm厚さが相当あるもので、中身を守るために外側にレンガを貼り付けてあると言い、重さは5kg。重い防弾ベストやヘルメット、カメラを担ぐ上に、こんなものまで担いで、弾を避けながら撮影しているらしい(苦笑)日記の中には小さい文字がびっしり。そうまでして持ち歩く理由が?一般人にはわからんが、何かあるのだろうね。いつ命を失うかもわからない危険な状況の中では、大事なものなのかも。

ということで、今日はノートのお話。
2008年に『東大合格生のノートはかならず美しい』が話題となった太田あやさんが出した続編『東大合格生のノートはどうして美しいのか?』という本を見つけ、読んでみました。
『東大合格生のノートはかならず美しい』にはあまり興味がないので読んでませんが、この続編は、東大生にかかわらず、偉大な学者や小説家などのノートも載っていたので、そこに惹かれて。

湯川秀樹、朝永振一郎に江崎玲於奈の研究ノート。夏目漱石、芥川龍之介の元祖<東大ノート>。松本清張や島崎藤村の取材ノート。そして、川端康成と萩原朔太郎の創作メモや草稿。
それぞれに個性があふれるノートやメモ。ノートの書き方云々ではなく、「こうやって思索をしていたのだなぁ」と感じさせてくれる。それぞれの思考の痕跡が見られるという点で、興味深い。才能ある人たち、真理を求めて努力を厭わない人たちの頭の中を覗いている感じ(笑)
つまり、コンピュータで言うところの、デスクトップなわけだよね。ノート上に、様々な言葉や図が展開され、それが自由に結びついていき、創作や研究が実を結んでいく途中経過。新しいものが生み出されるときのワクワク感、ときには逡巡する苦悩。そういった過程が記録され、整理されていくまで、すべてが残される。”すべて”というのは語弊があるね。頭の中だけで展開されていることはノートには残らないからな。だけど、確実に頭の中の思考に影響を与えていたはずのその紙面には、ロマンさえ感じるのでありました。

江崎玲於奈さんがインタビューに答えて、ノーベル文学賞を受賞したクロード・シモンの言葉を引用してる。
私にとって”書く”という行為は、私の中の感情や感覚、思い出といった雑多な、ばらばらに散らばっている諸要素を言語によっていかに結び付けるかを探求することだ。

とどのつまりはコレだよね。

私がノートというものを意識するようになったのは、確か小学5年生の頃。
当時の担任は、社会の授業でまとめノートを書かせて提出させていたのだけれども、その担任から個人的に「ノートがひどい」と注意されたことがあった。
どういう書き方をしていたかはまったく憶えていないけれども、ただただ出てくる事柄を暗記するだけの社会という授業が大嫌いだった私が、ノートを熱心に作るはずはなかった。注意されたことで一念発起し、意地になってノートを作りこみ、それで後に担任から逆に褒められることになった。

ノートと一口に言ったって、目的別にいろんな種類のものがある。
学生時代に授業中の板書を書き写すのが目的なら、シンプルに板書を書き写すのみ。よくやるノートの貸し借りなんてのは、こういったノートが対象だよね。主に定期試験前に読み返すことになるノート。
受験用に暗記をすることが目的のまとめノートは、とにかくポイントや苦手部分を抜き出して書き、繰り返し読み込む。
ノートと呼べるかどうかわからないけれども、例えば漢字練習用とか、計算用紙専用とか、とにかく単純に書くことだけに使う場合もあるし。
淡々と書き連ねる日記や記録のようなものも。
思いついたことを書きとめておくだけのメモのようなものもある。
それぞれの用途によって、個性によって、書き方はさまざま。そこにいいも悪いもない。
受験用のノウハウは、少しくらい参考になるかもしれないけど、江崎さんが引用した言葉のように、要は自分の頭の中をどう整理するかであって、そのやり方は自分に合ったものを編み出すしかない。
他大生に比べて本当に美しいかどうかは置いておいて、東大生のノートが本当に美しいとするならば、その頭の中の整理法方を各自が編み出した結果なのではないかと思う。

ただひとつ面白かったのは、京大生と東大生のノートの比較。ノートの比較というよりも、学生気質のそれぞれの特徴を挙げるような結果になっているけれども。やはりイメージ通りというか、東大生はまじめでカタイ、京大生はユニークで自由度が高い印象。
もちろん、全体的な漠然としたイメージであって、各人の個性は様々なのだろうけれども、校風というかなんというか、やはりそういった傾向性というのは否めない。
おカタイ東大を出ていても、佐藤雅彦さんのようなやわらかい頭をお持ちの方もいるし、先日も話したけれども、豊島圭介などというぶっとんだ映画監督もいる。最近は『ソフトボーイ』とか撮っちゃって、フツーの映画監督さんみたいな顔してるけど、経歴を見てもらえれば一筋縄ではいかない方とお見受けすること間違いなし。
「東大卒でもこんなにアフォな人がいる!」と安心できる希望の星だと、私は思う。

さて、ちょっと話がずれましたが。
5年ほど前までは、税理士試験や簿記の資格試験などで、ノートを作り、勉強していたわたくし。
勉強時における、ノートの作り方、使い方を思い出してみました。
まず、教科書には講師の言ったポイントなどを、書きこめるだけ書き込む。通勤時に勉強するための、”ポイント集”なる新書サイズの本にも、同様の書き込みがびっしり。このポイント集には赤い暗記シートが付いていたので、書き込みは赤字でしてた。
授業中に書くノートは常に持ち歩く暗記用でこれも新書サイズの小さなバインダー。ポイントを絞り、一目でこうだとわかりやすくするために、色使いなど変えつつ書く。
これには見出しはもちろん、横ちょにも上部にもインデックスを貼り付け、見たい部分がすぐに開けるように工夫。これを、授業を聞きながら、授業中に作ってしまうというのが鉄則。時間節約!だから、授業中は超忙しい。講義を聴き、例題を解きつつ、ノートを作る。
ノートを作ることが主眼になっちゃっても意味がないけど、後々のことを考えてのノート作りだった。
こうしておくと、通勤時に満員電車の中でもなんとか勉強ができ、家で勉強するときは、復習の時間が必要ないので、ひたすら問題を解くことができる。
計算用紙に使っていたのは、コピー用紙。激安のコピー用紙を束のまま買ってくると、遠慮せずにガンガン使える。もったいないから裏表使ったけど、それでもどんどん無くなっていった。
悲しいことだけれども、何年も通った夜間学校で、友人ができることはなかった。どうしても、自分の存在が周囲から浮いているように感じられ、あちらとしても近づきにくかったようで(笑)断っておくけど、私はたとえ初対面の人とでも臆することなく普通に話せるタイプ。友人を作るのも得意な方。なのに、あそこには、何か入っていけない空気が蔓延してた。みんなが孤立していたわけでなく、いくつかグループができていて、みんな仲良く勉強していたよ。あれは、何だったのか。今でも不思議。端的に言えば、「人種が違う」と差別されているような感覚…。
ということで、勉強するにあたって、相談する相手も無く、協力しあう相手も無く、孤軍奮闘するしかなかった。
思い起こせば、毎年ちょうど今頃が本番の試験の時期だったんだよなぁ。しつこいほど、この話題がブログに出てくるということは、こうしてまだ気持ちを整理しているのだと思うのですよ。我ながらウザイが、まだ完全に立ち直ってはいないということなのだろうな。勘弁してください!

今でも継続的につけているノートは、食事ノート。
のはずだったのですが…
もう5年もつけているこのノート。無印良品のドット方眼ノートだったものが、店頭ではドット方眼の販売がなくなってしまったため、今は方眼ノートに。A5サイズで、ルーズリーフとして中身を入れ替えて使ってるんですが、この用紙が切れてしまって、もう10日以上。
買いに行けばいいんだけど、その辺のファミマには最近置いてないし、無印良品は自転車こいで行かないといけない。このところの猛暑で昼間は外に出られず、夕方になったら行こうと思いつつ、夕方にはエネルギーが切れ、「明日でいいや」の繰り返し(笑)仕方ないから、その辺のメモに書いてたりもしたんだけど、やっぱり書きづらいし、書きなれたものが欲しい。で、数日書いてない(笑)
すごく本末転倒な感じがするけど。そして、また仕事が入り、ゆっくり買い物をする時間はしばらく取れないので、当分おあずけ。
その間、記録を取らずとも、がんばってみようという決意を固めました!
3食おうちで夫婦で食べるのですが、栄養バランス、摂取カロリー、野菜量、糖分・塩分などを計算した食事を作ってます。だいぶ感覚がわかってきたので、ノートを取らずともできるといえばできるのですが、たとえば、調味料を目分量で測っているうちに、知らぬ間に使用量が増えてしまったりするように、私の場合、ゆるめるとよろしくない方向にいきがち。なので、なぜに記録するかといえば、日々の管理がおざなりにならないためになのです。
この10日間は、食事を作る度に、頭の中のノートを引っ張り出してはまた書き込みという”エア・ノート”状態。これでちゃんと、体重や体調を維持できれば成功なんですけど、長く続けるのは難しい。やっぱり、ノートが欲しいよぅ!
posted by nbm at 12:10| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする