2010年09月29日

2010年夏 アニメも終了

先日来の指の謎の痛みですが、原因がわかったような気がします。
ゆうべ、夕飯を作っていたときに、ふと包丁を握る手を見ると、痛みのある箇所は、包丁を握ったときに一番負荷がかかるポイントでした。痛みのあるときは、人差し指を包丁の背に乗せる形にしていたのですが、昨日は比較的痛みが少なかったので、いつもの握り方で握って料理をしていて、気づきました。なまくらなまま使ってるから、力を入れないと切れない(笑)
料理は毎日していることですから、なぜにこのタイミングでそうなったのかはわかりません。特に固いものを切った憶えもないし。しかし、包丁で圧迫されていた部分が内出血のようになったのであろうと推測されます。
あれから、痛みは出たり出なかったりで、悪化することはありませんが、直りきっていません。
ですが、原因がわかっただけ、すっきりしました。

さて、今日は、2010年第3四半期のアニメをメモしておきましょう。
このクールは20作品を鑑賞。まだ継続して放送している作品が6作品あるので、残り14作品について。

途中で観なくなってしまったのが、『戦国BASARA弐』。なんでしょう。第1シーズンのときの勢いがなくなってる感じで、興味がなくなってしまいました。
一番観るのがつらかったのが、『祝福のカンパネラ』。原作が18禁のゲームとういことで、ファンタジー作品ですがアニメにするには設定が甘く、かといってキャラクラーに愛着が沸くこともなく、お色気も中途半端だし、何をとってもどっちつかず。

良かったものは以下の通り。

『生徒会役員共』
下ネタ満載の学園コメディ。
非常にテンポがよく、お下劣な内容でありながら、キャラクターもかわいかったし、何しろ浅沼晋太郎演じる津田のツッコミが効いていた。ブツギリの3部構成で、パートごとの最後に文字でツッコミを入れて閉めるという手法がよかった。

『あそびにいくヨ!』
猫耳宇宙人キャーティアvs犬耳宇宙人ドギーシュアに地球人の少年が巻き込まれる話。
放電映像による原作イラストをそのままアニメで表現するのは無理があったようで、そこが残念。キャラクターの絵面に愛着が沸かなくて、最初の方数回はあまり期待せずに観ていたけれども、アシストロイドが出てくるや否や俄然面白くなった。あれ、欲しい!古い邦画ネタとか、マニアックなネタが満載だったね。

『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』
高校生たちを主人公にした正統派ゾンビもの。これは2期があってもいいかな。これからショッピングモールに向かうってところで終わってしまったので。ゾンビといえば、ショッピングモールだもんね。きちんと心理面を描いているところに好感が持てたし、ありえない展開ながら、マニアックな武器や車などが登場してくるのも面白かった。黒崎真音ひとりに歌わせるエンディング曲が毎回違ったり、オープニングに岸田教団を起用したりと音楽面でも冒険したけど、成功したんじゃないかな。

『会長はメイド様!』
生徒会長とメイド喫茶のメイドという2面性をもった主人公を中心にした少女漫画原作作品。
少女漫画原作作品でも、1クールに1作品くらいはおもしろい作品があるけれども、これもなかなか。クールな碓氷を演じる岡本信彦の声を聞いて思ったけれども、抑揚のないしゃべり方をする役ってのは、巧い声優さんを使わないとダメなんだなってこと。中身は何にもないのだけれども、毎回楽しく観てた。

『あにゃまる探偵 キルミンずぅ』

ちょっと個性的な変身少女もの。動物に変身できる能力を身に着けた少女たちのお話。1年続いて9月末で終了。なんと奇天烈な作品だったことか。しかし、キャラクターがかわいかったし、Neko Jumpが歌うタイ語のテーマ曲とともに強烈な印象を残した。最終回では、まさかのクマムシ登場!「地球上で最強の動物に!」と願った悪役が変身したのがクマムシだった…。変身するまえに「まさかクマムシとかいうんじゃなかろうな」と思ってたが。クマムシがアニメ化されたのは初めてじゃないのか?

ラストがちょっとわかりにくかったけど、私にとっては親しんできたものばかりが出てきた『世紀末オカルト学院』、生理的にイヤな部分とふたばに癒される部分とで相殺されてしまう『みつどもえ』、いまひとつ萌えきれなかった『オオカミさんと七人の仲間たち』、2期が終わったけどまだまだ話が続きそうな『セキレイ〜Pure Engagement〜』、腐女子系としては比較的観やすかった『裏切りは僕の名前を知っている』などもありました。やっぱり「パンツじゃない」と言い張る『ストライクウィッチーズ2』は、次の作品を匂わせる形で終わりましたね。第3期、来るのか?第1期のGONZOよりも、AICスピリッツの方が、アクションに力を入れていたように思いました。

そして、『けいおん!!』の終了後には、読み通りに映画化決定のお知らせが!これだけの騒ぎになったら、劇場版を作るか、時系列を無視した”サザエさん手法”で続けるかしかないもんね。
しかし、先日、深夜帯アニメの視聴率を知り、愕然とした。3%にも満たない。ちなみにおばけ番組『サザエさん』が20%程度なんだけど、それに比べたらなんと少ないパーセンテージ。いくら『けいおん!』がすごくても、その『けいおん!』でさえそんな数字なんだから。年齢をしぼって、10〜40代くらいで考えたところで、そんなに増えないだろうな。
やっぱりマイナーなものなのだなと。グッズの売上が億単位になってるとか、市場からレスポールが消えたとか、そんなことになってても、たった3%にしかみたない人間が動いているだけなんだよな。逆にすごいか。
posted by nbm at 15:18| Comment(2) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

石に触れる

タイトルと装丁が気に入ったので、図書館で手に取った『マカロニの穴のなぞ』という本。
グラフィック・デザイナー原研哉さんによるエッセイ集。2000〜2001年に日経新聞紙上で連載されていたものらしい。

最初に載っていたのが、「表面張力の美学」という話で、ドイツやスイスではビールやワインを注ぐグラスに目盛りが書いてあり、容量をチェックできるようになっているが、日本酒は受け皿にこぼれるほど注ぐもので、このサービス精神というか美意識と言うか、を評価している。
そこから著者が連想しているのが、イサムノグチの彫刻「ウォーターストーン」。つくばいのようにくり抜かれた石を満たす水は、その底から湧き出ていて、溢れた水は石を伝って流れ落ちていく構造。
この作品を知らなかった私は、文章から想像したのだけれども、動画を探して実物を見てみたら、あまりにも想像通りのものだった。いちばん想像通りだと思った部分は、石の表面が滑らかに加工されていたこと。その滑らで平らな表面のすべてを水の幕が覆いつつ、落ちてゆく。
ひんやりとした石の感触と、ちょろちょろと流れる水音が涼やかな作品。
石と水という、とても原始的なアイテムによって、シンプルな美しさを表現している。

この本には、もうひとつ、石の話が出てくる。
それは、スイスにある石造りのお風呂。ピーター・ズントー(ペーター・ツムトール)という建築家が作ったもの。文中に詳しい名称は記されていないのだけれども、テルメルバード・ヴァルス(Therme Vals)のことと思われる。
ちなみに、ピーター・ズントーは、昨年2009年に、建築会のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞しているらしい。
この浴場、画像を探してみると、石を積み上げて作るようなゴツゴツとした無骨な建築物ではない。地元で産出される石を帯状に積み上げて、その断面を垂直に直線的に平らにカットしているため、壁一面が美しい縞模様になっている。一見洗練されているものの、どこかしら非現実的で神秘的な空間に見える。光の取り入れ方がうまい。
こんなところ、日本にもあったらいいのに。
いや、日本にこそあるべき!
温泉はキライだけど(笑)

つい数日前、たまたまインターネットで目にした<石の教会>というところが気になった。
内村鑑三記念堂という名前が付いてる。軽井沢にあって、いわゆる軽井沢挙式では人気のスポットなのかもしれない(知らんけど)。
ちょっと古めかしいゴツゴツした石造りだけれども、自然と調和している感じで、内部が外部みたい。室内に緑がいっぱい。アメリカ人建築家ケンドリック・ケロッグが設計したという。この方、フランク・ロイド・ライトの弟子らしい。

普段の生活ではなじみがなく、大きな石といえば墓石くらいにしか触れない生活をしているもので、石で作られた建造物ってのは、違和感とともに憧れがありますね。
石というものは、地球の一部であって、太古の記憶が刻まれていたり、何かとロマンを感じるもの。
岩盤浴って経験がないけど、そういうもののエネルギーを肌で直に感じるというのも、いいものかもしれない。今の日本で、”石”を満喫するのに、そんな方法しか思い浮かばなかった。

話は本に戻って。
あとがきに東京タワーの存在感について書いてあった。
10年ひと昔と言うけれども、10年前はスカイツリーのスの字もなかったのだな。
エッセイの中身はほとんど普遍的なもののように感じながら読んだけれども、あとがきにきて、急速な時間の流れを感じた。
NHKは、東京タワーを災害時の予備として契約したというニュースを読んだばかりだけれども、「なんだ、東京タワーでも地デジに使えるのか」と思った。なら、スカイツリー要らなくね?
posted by nbm at 11:44| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月27日

謎の痛み

一昨日の夜、夕飯をを作っていたときのこと。
突然、右手の指が痛み出した。右手の人差し指の指先から数えて第3関節部分、つまり根元に近い方、の側面(親指側)。外傷があるわけではなく、どこかに強くぶつけたような覚えもない。何の前触れもなく痛み出し、見ると、ほんの少し腫れているようにも思える。
ズキズキしたりするのとも違い、直接触れたり、指を動かしたときの振動が伝わらない限りは痛みを感じない。
自分の経験した痛みから考えると、打撲のときの痛みが一番近いけれども、骨に異常があったら、もっと痛みが強く、腫れもひどいだろうから、さほど大したことはないのだろうと思う。
だけど、痛い。痛くて、料理を続けるのが急にイヤになった。

この日のメニューは、ミネストローネと、ハムカツ。
ミネストローネは、野菜を切ってスープと煮込み、ほとんどできあがっている状態だった。
ハムカツは、豚のうす切り肉の間にハムを挟んで、小麦粉・卵・粉チーズを混ぜたパン粉を付けて、多目のオリーブオイルで揚げ焼きにするのだけれども、小麦粉をはたいた時点で痛みが強くなり、くじけた…。
ダンナさんが「俺がやろうか?」と言ってくれるが、もうちょっと、あと少しだけ頑張ればできると思い、痛みを我慢しながらだったので、動作がのろくなるのだけれども、なんとかがんばって作り終えた。
気分も少し悪くなってきて、どうやら、少し熱が出てきたらしい。
一体、この症状は何なのか?

痛い部分をよ〜く観察してみると、少し赤みが強いような気がする。アザというほど鮮やかでもない。その辺りだけ、血管が少し目立つような感じ。
もしかしてこれは、毛細血管が不必要に広がってる?静脈瘤みたいな感じになったのか?
しこりのようにはなっていないけど。

会社員の頃、同期の女の子の目の白目部分がある日突然真っ赤になったことがある。充血とはレベルが違う。どうしたのかと尋ねると、痛みはないけれども、どうやら毛細血管が破裂したらしいという話。疲れが原因だといっていた。
彼女のような症状が、私の指に起きたのかもしれない。ただ、とっても痛いんだけど…(笑)

原因不明の指の痛みというと、思い出すのは、足の指の痛み。
足の親指全体が白く腫れて、とても痛かったことがある。あまりに痛いので病院に行くのだけれども、右足だったので、車のアクセルペダルが踏めず、左足だけで自転車を漕いで行ったのを憶えている。診察してもらっても、結局原因がわからず、痛いまま。
たまたま、当時飼っていたワンコの散歩に行かねばならず、痛い足をひきずって散歩に出かけたのだけれども、歩いているうちに痛みが取れて、腫れも引いた。
つまりは、血行不良だったのだ。
でも、今回は”白い”状態にはなってない。

私の血行の悪さは病的なほどで、小さい頃からの体質。
小学生の頃は、夏場プールに入る度に全身が痺れたし、通勤・通学で満員電車でずっと同じ姿勢で立っていると、足の裏が痺れた。
左目だけ貧血になり、いつも1分足らずで回復するものの、まったく見えなくなることもよくあった。
体調が悪いと、朝起きたときに、どこかの下敷きになっていたわけでもないのに、感覚がないほどひどく手が痺れているということもある。
若い頃は貧血のような症状も強かったけれども、検査をしても血液に異常はなく、血行だけが悪い状態らしい。
血液検査で血液を採ろうとしても、途中から出てこなくなったり(笑)、血管自体が細くわかりにくいので、針を刺すのにも苦労する看護師さんが多い。採血されるたびに青アザになり、点滴をしようとすれば皮下に漏れたり、もう散々。

利き手の指が痛いというのは困ったもので、何もしたくなくなる。何よりイヤなのは、料理をしたり、お皿を洗ったりすること。どうしたものかと思いつつ、対処法が思いつかず、とにかく時間が経つことで痛みが引いていくのを期待するしかない。
ところが、翌朝起きても、痛みは変わらず。むしろ、少しひどくなっている感じがする。困ったなと思いつつ、手抜き料理で朝・昼と乗り切った。
そして夜。夕飯を作り始めたら、いつのまにか痛みが気にならなくなっている。
「あれ?痛みが取れた…」
痛んでいた部分を押してみても、まったく痛くない。丸1日で消えてしまった。
一体、なんだったのか?

しかし、どうやら完全に良くなったわけではなく、水を使ったりして冷えると少々痛むような気がする。当初の痛みとは比べ物にならないくらいかすかな痛みだけれども。
これまでの経験から、やはりどうも血行の悪さが原因の痛みのような気がしてきた。
ここにきて、酷暑から急に気温が下がった。これが何らかの影響を及ぼしているに違いない。とにかく、体を冷やさないことが大切なのだと思う。

ちなみに、5年前の夏から始めたダイエットで、半年程かけて12kg痩せたのだけれども、それから1年ほどは保てた体重が4年をかけてリバウンドし元の体重に戻ってしまった。
理由は簡単。間食と運動不足。言い訳すれば、ストレスや忙しさもあったけれども、要するに間食と運動不足。
これではいかんと思いながらも、とくに今年の夏はあまりの酷暑でなかなか運動もできず。しかし、体調も徐々に悪くなっているような気がするし、今月に入ってから、ちょっと気合を入れてみた。
今月初めにピークを迎えた体重も、20日程で2kg近く減った。うちでは、5年前から食事はカロリーと栄養バランスを考えて作っているので、間食をせず、運動すれば、体重は減っていくはずだったけど、やはり簡単に減る(笑)ちなみに、今月はまだ暑い日が続いていたので、運動はほとんどしていない。けど、1ヶ月に2kg痩せれば、ちょうどいいペース。涼しくなってきたので、ウォーキングも再開できるな。ただ、雨の日は困るのよね。
もともと血行の悪い私が太るということは、血管をもっと狭めることになるし、血管内部の状態も悪くなるはずだから、決して良いことはないので、このペースで痩せないとな。
残り3ヶ月、今年中にあと6kg痩せるのを目標としましょう!

血行の悪さと代謝の悪さから、夏は微熱、冬は低体温になってしまう私なので、これからは冷えに気を付けないといけません。私にとって、寒い時のお薬はココアなので、これからはココアが大活躍しそうです。
posted by nbm at 11:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 身体のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

現実感のない夜

お通夜に行ってきた。
高校時代のクラスメイトであったAくんが亡くなったと聞いて…。

Bくんからダンナさんに連絡があり、Aくんが亡くなったことを知る。ガンだったそうだ。
亡くなったAくんとダンナさんは、高2から高3にかけてとても仲良くしていたが、高校卒業後は段々疎遠になり、20代前半を最後に連絡を取り合うことはなくなっていた。
大学生時代にAくんがアルバイトをしていた喫茶店に行ったのを憶えているけれども、私の中のAくんの記憶もそれが最後だ。
一方で、かつてAくんとお付き合いしていたC子ちゃんは、私の友達でもあり、我々夫婦にとってAくんは何かと縁があった人だ。
大学卒業後、出版社に勤めていたことまでは知っていたけれども、それ以外はどうしているやらまったくわからなかった。

うちに連絡をくれたBくんと亡くなったAくんとは、年賀状のやりとりが続いていて、「Bくんだけには」とAくんのお母様から直接連絡があったという。
Bくんは、若かりし頃に大事故に遭い、生死の境をさまよって、2週間も意識不明が続いたことがある。そのとき、毎日のように見舞いに通ったのがAくんだった。
C子ちゃんも長期入院していたことがあり、その間、見舞いに通いに通い、C子ちゃんを射止めたAくんであった。
Aくんは、そんなヤツ。

斎場に着き、会場に入ると、ものすごい数の人で埋まっている。人の波は、ずっと途切れなかった。
実は、Aくんと同姓同名でアニメの製作者がいるのを知ったけれども、本人かどうかわからなかった。祭壇の周りには収まりきらないお花が、会場の左右にも広がっている。そこには、名だたる漫画家や大御所級の声優さんの名前がずらりと並んでいた。
やはり、あの製作者は、Aくんだったのだ。
その事実を知ったときに、あまりのことに衝撃を受けて、涙がこぼれた。
「がんばったんだなぁ。がんばりすぎたんだ…」
そう、思った。
しかし、祭壇に飾られたAくんの遺影を見ても、どうも実感がわかない。死んでしまったなんて…。なにかの冗談のようだ。

20代からこっち、Aくんがどんな生活をしていたのか、まったく知らなかったので、びっくりすると同時に、あまりの立派さに生き急いだのだと思えた。亡くなるのにはまだ早い40代。
ここまでやったのにもったいないと思い、同時にやりすぎたんだなとも思う。
アニメ関係の仕事をやっていたのなら、もっと交流をもっていればよかった。アニメを通して語り合うことはたくさんあったのに。
でも、きっと、そんなヒマもないほど、めちゃめちゃ忙しい日々を送っていたのだろうな。彼特有のマメさを発揮して、仕事で飛び回っていたに違いない。結婚もしていなかったようだし…。

C子ちゃんに連絡をすべきかどうか、最後まで迷って、結局しなかった。
次に会う機会があったら、そのときに話そうと思う。

Aくん、お疲れさまでした…。
posted by nbm at 12:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

どういうこった?

普段使っている腕時計が止まってしまった。電池切れ。数日前から数秒単位で秒針が動くようになったので、切れるのはわかっていたけれども、外出する余裕がなかった。落ち着いたところで、電池交換のために、とある店に持っていく。
そろそろできたかと頃合を見て受け取りに行くと、店員が「お客様、申し訳ありません」と開口一番に詫び。どういうこった?
フタが固くて開閉の際に傷つけてしまったという。見せてもらうと、たしかにひっかきキズが…。裏面とはいえ、気分がよくない。「修理に出せば、傷は消えると思います」という話だが、3週間もかかるという…。
私は外出するときには必ず腕時計をする性質で、日常的に使っている時計なので、無いと大変不便を感じるわけなのだけれども、仕方がない。預けて直してもらうことにした。当然、電池代も、余計にかかることになった修理代もタダ。
それでも、当面不便を感じるからがっかり…。

この普段使いの時計は、ハミルトンのカーキメイトというやつ。今はもう販売されていないタイプ。
ハミルトンのカーキ・シリーズというのは、第一次世界大戦の時代からミリタリー・ウォッチだったもので、それをベースにしたシリーズがマイナーチェンジしつつ今も作られている。もともとは手巻きだったはずだけれども、私のは電池式。
カーキメイトは海軍仕様なのか、ネイビーの文字盤に碇のマークが入っている。ベージュのベルトが付いていたのだけれども、もともと男性用ということでベルト穴が合わず。新たにベルト穴を開けるのが面倒だったのと、デザインがかわいい替えベルト2種類がついていて、そちらはサイズがあったので、それで愛用。
普段着はジーンズ主体でカジュアルな格好しかしないので、常にこのカーキメイトを着けている。

会社員時代は、同じハミルトンのウィルシャーという腕時計を愛用。カーキメイトもそうだけど、これも男性用サイズ。そして、これももう生産されていないタイプ。
ドライバーズ・ウォッチと呼ばれていたものの復刻版で、特別な金具がついていて、ハンドルを持ったときに文字盤が見やすいように手首の側面に固定できるようになってる。
新しめのものは文字盤が白いものになっているが、私が購入した当時は文字盤自体も数字もゴールドだった。これはちょっとかしこまってるので、今の生活では普段は使わない。ちゃんとした格好(?)をしたときのみ使用。現在はグリーンの革ベルトを付けてる。
ハミルトンは、決して高級品ではないけれども、そこが私にはちょうどいい。気兼ねなく日常的に使えるかわいい時計。

もうひとつ持っている腕時計は、ドレス・ウォッチ。
ずっとドレス・ウォッチを探していたものの、なかなか気に入るものが見つからなかったんだけれども、地元のアンティーク時計店で見つけたブローバに一目惚れ。お店の人によると1920年代のものだというのだが…ほんとか?今でもそこは信じ難い。
すっきりめのアールデコ調の縦長のデザイン。本体はホワイトゴールド、文字盤は白いけど、中央にオーバル型のホワイトゴールドの彫金。ベルトは金属でなく黒いリボン。金具がついていて、サイズを調節できる。リューズには青い石がはめ込まれてて、当然、手巻き。
ドレス・ウォッチとはいえ、文字盤がけっこうな大きさだし、数字が読みやすい。時計としての体裁をちゃんと考えてあるところがいい。
1920年代とは少々オーバーな感じもするのだけれども、それがたとえ適当な見立てだったとしても、あまりにデザインがかわいかったので、そんなことはどうでもよかった。少々値は張ったが、探し求めていたものにようやく出会ったという感じがして、迷わず購入。
こいつは、本当は定期的に手巻きしてやらないといけないんだけど、いつも奥にしまわれていて数年に1度も出番があるかどうかなので、ほとんどいつも止まってる。
結婚披露宴に出席するときになって、「メンテナンスもしてないけど大丈夫かなぁ」と思いつつ引っ張り出してきて、リューズを動かすと、ちゃあんと動いてくれる。手巻きって、ある意味すごい。
今も思い出して久々に対面。恐る恐る巻いてみたけど、ちゃんとコチコチ動いてた。えらいぞ!

宝石なんかには全く興味がないのだけれども、腕時計は好き。
着るものにはあまり気を使わないくせに、そんなものには凝ってしまうのよね。意味ねー。

しかし、グダグダ書いてたら、気が紛れました。
会社員をしていた頃は、老舗っぽい時計屋さんが会社の近くにあり、時計職人さんがやってくれたので、安心して電池交換してもらったのですが、そういう店はこの辺にはない。
やっぱり、その辺の店の時計を売るのが主体の店員に任せちゃダメだなぁ。
時計職人さんってのも、だんだん減ってるんだろうし、こういうの、困るよねぇ。
posted by nbm at 17:03| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

28人の葛藤

ワールドカップ・サッカーが終わって早2ヶ月。
次期監督もケロたんに決まり、これから新しい日本代表がどう形作られていくか、興味津々。

『突破論。サッカー日本代表を生んだ、28の哲学』という本を読んでみましたよ。ワールドカップ前の4月に刊行されたこの本は、「job aidem」という求人誌で2007〜2009年に連載されていた「アスリートという仕事」というインタビューをまとめたもの。だから、プロサッカー選手という職業がテーマになっていて、28人のプロサッカー選手のそれぞれのプロになるまでの道のりが紹介されていると同時に、ひとりひとりのサッカー哲学が語られていて、なかなかに興味深い内容です。

「どうやってプロ選手になるのか、見当も付かなかった」という選手がほとんどで、高校や大学、Jリーグチームの下部組織で実績を積み上げるしかないと言ってます。そうしていくうちに、プロ・チームのどこかから声がかかるのを待つしかない、と。アピールはできるけど、ずいぶんと受身なんだねぇ。
そうして、プロとして契約に漕ぎ着けることができても、若い選手はサテライト(2軍)から1軍に上がるまで3年が勝負と言われているらしく、それまでに花開かないと終わりというのが一般的らしい。中には、高卒からいきなり1軍で活躍する人もいるけど、一握りなんだね。
人知れず、花開かずに終わっていく選手も多いのだろうと思うと、厳しい世界だ。
高校や大学からプロ・チームに入ると、サテライトでさえ、自分の実力が通用せず、力が出し切れないという。そんな中で、またその上の1軍に食い込んでいくのには、相当の努力が必要になるに違いない。

みなが口をそろえて、先輩や監督・コーチの言葉が励みとなり、そのプレーに対する姿勢を見ているだけで勉強になったと言っている。
小さい頃からJリーグを観て育ってきた選手たちは、「カズさんが憧れ」であり、「カズさんのようになりたい」とサッカー選手を目指している。本当に、三浦知良という人の偉大さをあらためて思い知る。キングカズがいなかったら、サッカー選手に憧れ、その道に進もうとする人たちはこんなに誕生していなかったかもしれない。その影響力たるや絶大なのだ。
こうやって、先輩たちから脈々と、サッカーに関する経験や知識や技術や精神論が後輩へと受け継がれていき、先輩たちが成長すればするほど、後輩たちはより成長していくのだなと思う。
だからこそ、海外のレベルの高いチームで戦う選手たちが、日本に帰って来たときに、自身の経験を仲間や後輩に伝達してくれることは、やはり重要なことなのだ。

たとえば、日本代表として活躍している選手にしてみても、サッカー人生が順風満帆だったわけでなく、「プロでは通用しない」と言われたり、ケガに泣いたりしながらも、腐らずに自分のサッカーを見失わずに地道に努力し続けた人が、結果的には評価されるようになっている。
「自分には才能もサッカー・センスもない」と思い(たぶん謙遜だろうけど)、「いつか見返してやる!」「いつか認めさせる!」と奮起した人が成功しているように見える。もちろん、基本的には才能がなければどうにもならないだろうけれども、自分なりの武器を見つけ、周囲の批判に踊らされることなく、自分を貫いた人が、認められていくことになるという図式がたくさんあった。

あとは、最後は”気持ちの強さ”しかない。
練習に練習を重ねて努力していく中で、自分のプレーに自信をつけると、才能が一気に開花するというパターンもたくさんあった。
たとえば今海外で活躍している長友選手や香川選手を見ていても、自分の力が認められ、強いと思っていた相手と実際にいっしょにプレーしてみても”自分の力でイケる!”と思うことができれば、自信を持った思い切りの良いプレーができて、成功するものだと思う。
そうした自信に裏付けられた”気持ちの強さ”が、一段と格上の選手へと成長していける条件になる。

経験を重ねていけばいくほど、自分を客観的に見ることができるかがより重要になっているようで、ベテラン選手ほど、自分の欠点を考えては、それを細かく修正していこうとしているようだ。

職業としてのサッカー選手という視点で捉えたときに、スカウトする側の目利きがいかに重要かに思い当たる。
若い原石を見つけ、それを大事に育てていくことが、とても重要なことなのだね。
技術やセンスという、ある意味どうにもならない部分ていうのはあるけれども、そういう部分でそのまま大成する天才はほんの一握りで、大半は自分の武器を作って、腐らずにやり遂げようとする気持ちの強さを持った選手なんだよね。

水泳で金メダリストとなった北島康介選手のコーチである平井伯昌さんが、言っていたことを思い出した。北島選手の良さは、”素直なこと”だ、と。コーチの指導を素直に実践し、伸びていったという話。
李忠成選手(サンフレッチェ広島)の話がそれだ。
柏レイソル時代。J2へ降格してしまった、プロ2年目。ここで結果を出さないとと焦る李選手だったが、練習試合で得点を決めても先発で使ってもらえない。「どうして使ってくれないのか」と詰め寄る李選手に、監督は「お前はもっと聞く耳を持たなくちゃいけない。そうなったら、試合に使う」と言う。
イライラが募った彼は、サテライトの試合で相手選手を蹴り、一発退場。「サッカーは終わったな」と覚悟した夜、母からの電話で「1ヶ月でいいから、監督の言葉に耳を傾けて」と。泣きながら訴える母の言葉に衝撃を受け、「自分は変わらなきゃダメだ」と心底思う。
その後、トップの試合で先発起用されてゴールを決め、レギュラーに定着。その年の秋に日本への帰化申請をして、翌年に帰化が認められると、オリンピック北京大会のU-22日本代表にも選出される。
日本で生まれ育った在日韓国人4世。一時はU-19韓国代表として戦ったこともある彼が、帰化して日本代表として戦うのには、相当な覚悟が必要だったことだろう。
僕が活躍することで、「リ」という名前を認識してもらえる。そうすることで在日の人への気持ちも変わってくると思う。

そう思って、帰化の際に”李”という名を残したのだそうだ。
実際、明るい李選手が気持ちの入ったプレーをするのを見ていると、”在日”というおかしな垣根をとっぱらって、温かく見守ってあげようという気持ちになる。

こうしたひとりひとりの選手の葛藤があって、Jリーグの各チームや日本代表などが形作られているのだと思うと、みんながんばっているんだなと胸が熱くなる。
試合を観ていると、楽しい試合ばかりではなくて、やきもきさせられることも多いけれども、それでもやっぱりサッカーがおもしろく思えるのは、こうしたドラマがたくさん隠されているからなのだろうな。
”プロ”という自負をもって戦う彼らの姿が清々しく思える1冊だった。
posted by nbm at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

お墓掃除と見えるはずのない人?

一昨日の話。
翌日に法要を控えていたので、一足先に墓地に行ってダンナさんと二人でお掃除。
うちの墓掃除はハンパない。墓石の家名が刻まれている部分は汚れがひどければカビキラーしたり、香炉や花立の部分の石は一度どかして、徹底的に掃除する。だから、いつもお墓はピッカピカ。
墓石の前側の拝石という板状の部分と本体との間は、石屋によって、くっつけたりそうでなかったりするようなのだけれども、うちのはくっついてなかったため、こちらで勝手にコーキング剤を使って隙間をうめている。
そこが大分劣化してきていたので、今回はこのコーキングもやり直す。コーキング剤とマスキング・テープは持参したものの、そういえば古いコーキング剤をはがす道具を持ってこなかった。何かないかと乏しい持ち物の中から道具になりそうなものを物色。カード類とかどうだろう?カギは?車に戻ってドライバーでも取って来るか。
と、ダンナさんが何かを思い出し、財布から取り出したのは、ギター・ピック。
「おれ、ギタリストだから(笑)」
日本広しといえども、ギター・ピックでお墓のコーキング剤をはがす男は、うちのダンナさんくらいだよな。
あとは、マスキングしてコーキングして、終了。
芝生の上の落ち葉を拾いながら、小さな熊手があると便利だなと思っていたら、隣でお掃除していた方が、ちょうど小さな熊手を使っていらした。あれ、いいな。今度用意してこよう。
ステンレスの花立を洗うために、スポンジやコップ・ブラシは持参して愛用しているし、墓石用には馬毛のブラシを使っているけれども、それらのアイテムにミニ熊手も加えたい。

お掃除でおなかが空いたので、帰り道に食事によった店でのこと。
私たちが席についた頃、ちょうど出口に向かっていたおじいさんがいた。
足取りが覚束ないのだけれども、どうみてもとび職の格好。全体的に藍色で、地下足袋に法被を羽織ってる。法被の背には大きな紋がついていて、きまってる。年の頃は70代といったところか。
「おいおい、あれで仕事できてんのか?」とダンナさん。
「あれって、とび職さんだよねぇ。酔っ払ってるのかなぁ」
と私。
2人でちょっと不思議がっていると、とてもゆっくりした足取りで右手にある出口を出てから、歩道をこちら側に左へ歩いてくるのがガラスの向こうに見えたのだけれども、壁の陰になって見えない部分を通り過ぎて壁の左側のガラスの向こうに出てくるはずが、いっこうに出てこない。いくら歩くのが遅くても、歩いているならいい加減に出てきてもいいのに。ちょうど壁の向こうでタバコでも吸ってるのかなとかいろいろと考えをめぐらすけれども、結局いくら待ってもとびのおじいさんは出てこなかった。逆の右側にも戻ってないし、道路を渡った向こうにもいない。
ダンナさんがここで気づく。「あのじいさん、会計していったか?」
そういえば、出口のすぐ脇に会計する場所があるけれども、そこでは立ち止まらず、店員さんがとがめることもなく、静かに出て行った、と思う。連れがいるようにも見えず。
まさか、我々夫婦以外には”見えない”人だったのか?!

残された可能性としては、信号も横断歩道もない壁の向こう側で道路を垂直に渡ったかだけど、けっこう交通量が多い道だし、あの歩みの遅さでは何事もなく渡るのは難しいと思われ…。強引に渡ったとしても、渋滞を作るか、クラクションをならされるか。そんなことにはなっていなかったと思うけど。

後から考えると、断片的な場面しか憶えていないことに気づく。
店内をゆっくり出口へ向かって歩いていた一瞬。でも、二重扉になっている出口を出て行くところは見ていない。
次に見た時には、口をもぐもぐさせながら歩道をこちらへ歩いてきた。でも、壁の向こうに見えなくなる瞬間は見てない。
ずっと見ていたわけではないけど、それにしても、見かけた次の瞬間は見失い、また現れると見失い、といった印象。
一体、何だったのか。
その間、忙しく動く店員さんや、他のお客さんは、そのおじいさんを気にかけている風には見えなかった。

食べ終わってすぐに店を出ると、壁の向こうにはおじいさんはやはりいない…。
あらためて道路の反対側を見ると、「○○建設」という看板がかかってるけど、こりゃゼネコンの支店だね。
とびのじいさんが、ここの関係者とは考えにくい。

消えたじいさんの謎…。
posted by nbm at 11:33| Comment(2) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

アンソリット 突飛なるもの

本の話が続きます。『【完全版】突飛なるものの歴史』という本。
著者のロミ(ロベール・ミケル 1905-1995)という人は、作品のジャンルとしてわかりやすく言うなら、澁澤龍彦的な人。珍奇で猥雑なものが好きな変わり者の文筆家。でも、それだけでなく骨董店や画廊や居酒屋を営んだり、かと思えば90歳近くなってギャンブルで素寒貧になったり、なんだかよくわからない人だ。
そして、1964年に刊行されたのが、この『突飛なるものの歴史』。1993年に作品社から出ている『突飛なるものの歴史』では削除されていた部分を全面的に復活させ、原書を再現したのが、今回読んだ平凡社の『【完全版】突飛なるものの歴史』ということらしい。
「突飛な<アンソリット>」という言葉の同義語は、「変わった<エトランジェ>」「異様な<ビザール>」「奇異な<サンギュリエ>」「並外れた<エクストラオルディネール>」「奇矯な<エクサントリック>」「型破りの<イニュジテ>」。それらに共通するのは、「慣習やしきたり、習慣や良識に反した」という点。
神話や宗教に登場する伝説上の動物から、魔術的なもの、シュルレアリスムをはじめとする芸術や広告、見世物やオカルト、ファッションに至るまで、雑多に膨大な「突飛なもの」が書き連ねてある。
本書は、ビジュアル重視の作品社のものほどではないだろうけれども、興味深いビジュアルがたくさん。

序文のシュルレアリスト詩人フィリップ・スーポーの言葉にこうあった。
私たちはみな幻想をいだいている。自分が明晰であり、完全に自覚的な存在で、自分は信用できると思っているのだ。その私たちのまわりには「突飛なるもの<アンソリット>」がどこにでもあるのに、私たちはそれを見ようとしないし、見きわめようともしない。私たちの無知をあかすそうした証拠を見るよりは見ないほうを、耳にするよりは耳をふさぐほうを好むのである。
歴史の最初期から検討した結果、ロミは「突飛なるもの」の地下水脈を発見した。提示された例の数々は人間の「未知なるもの」を探ろうという欲求を示して説得力を持つ。目先のことばかり見ようとする態度を拒む人びとは、はるか昔に精神的血縁を見いだすだろうし、この書物に集められた材料は、「突飛なるもの」の探求が絶えずなされてきたことの格好の証左となるはずである。


私の読書というのは、そのときどきによって漠然としたテーマを形作ることがあるのだけれども、この夏から秋にかけては、どうやら”無駄なもの”というのがテーマらしい。
人間が生きていくためには、生物として最低限のこととして”食べて”いかなければならない。それには、何某かの労力が必要で、直接狩りや漁をするなり、労働の対価を金でもらって、それを食べ物と交換するなりして、生きるためのエネルギーを補給しなければならない。
お金を稼いだり、損得を考えたりするというのは、本来はそのことが大目的であるはず。
だけれども、その人間が生物として生きる大筋からははずれた所に、芸術や宗教や文化や娯楽などというものが存在している。
で、自分のライフスタイルは、生きていくことに有利な損得勘定よりも、それ以外の無駄なことにどうしても重きを置いてしまうので、衣食住は必要最低限でよくて、それ以上に儲けようという思考回路が働かない。よく働きたくさん稼ぐ人にしてみれば、怠惰に見えるかもしれないし、もっと稼げばもっと恵まれた生活ができるのにと思う人もいるかもしれないけれども、なにしろ無駄なことが大事なものだから、そんな風に考えることはない。
一見、生き馬の目を抜くような現代社会にはそぐわない、こういった考えというものが、古来からの人間の営みの中で、様々なかたちに現れていることを意識するようになった。ご大層な芸術と呼ばれているものも、もとを辿ればそんなことで、そういうものに惹かれる自分というのは、同じ志向のものに惹かれていただけだったのか、と。

この本を読んで、簡単に言えば、「昔から同士は存在していたのだ」という安堵感でいっぱいになった(笑)

ちなみに、この”無駄なもの追求キャンペーン”はまだ続くようで、先日何気なく図書館から借りた1冊は『大アルベルトゥスの秘法』という大錬金術師アルベルトゥス・マグヌスの魔術書。
『突飛なるものの歴史』を読んでいたら、このアルベルトゥス・マグヌスに触発されて書かれた本の”栄光の手”の図版が載っていた。
”栄光の手”とは、手に魔力があるという考えから作られ、この手を向けられた人は金縛りになり、隠された宝の在り処を示すという。
『大アルベルトゥスの秘法』も、科学的なことを書いているようでいて、けっこうとんちんかんで面白い。これについては、また後日。

『突飛なるものの歴史』の中身については、あまりに雑多なので、書きません(笑)
興味のある方は、お手にとってみてください。

さて、おまけなのだけれども、この本の巻末の広告に面白いシリーズが紹介されていた。
<ホラー・ドラコニア 少女小説集成 現代アートで読む澁澤龍彦>というこのシリーズ。澁澤龍彦作品を、気鋭のアーティストが描く表紙・挿絵で飾っている全5巻。会田誠『ジェローム神父』、山口晃『菊燈台』&『獏園』、鴻池朋子『狐媚記』、町田久美『淫蕩学校』。それぞれが作品世界にマッチしているね。これは読んでみたいシリーズ。旧字体の漢字が似合うような文学は苦手なんだけれども、挿絵に惹かれて読んでみるというのも一興。
posted by nbm at 12:10| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

天使的な言葉についての考察

少し疲れた脳に、やさしく強く響く名言の数々…。
”癒し”という言葉は、どこか胡散臭くてキライな言葉だけれども、この本を読んで、脳の特に言語野が癒された気がする。
穂村弘さんの『絶叫委員会』
あ、でも、格言とかのノリの名言とは違いますよ。どちらかというと迷言的な。ノリとしては、VOWに近い。VOWがちょっとグレードアップして文学的になったような感じ。

穂村さんの本職は、歌人。
そのことを知ると、この何気ない日常的な言葉というものへの執着がよく理解できる。歌人としての性質なのか、短い文章の中に、状況を豊かに表現している所に好感が持てる。コンパクトな文章を読むだけで、その”場”が想像できてしまう。
それに、何より、この方の着眼点やセンスが好きだ。たった一文字の言い間違いに含まれるニュアンスの差を、わかりやすく言葉で説明してくれる。そして、そこに嫌味がない。
ここに綴られているのは、街角で聞いた言葉や、自分の友人の言葉などが主。圧倒的なリアリティが大前提。だからこそ、説得力がある。

公共のトイレに張り紙してある文句。
「いつもきれいにご利用いただきありがとうございます」

私はこの文句に、下手に出ながらも「汚すんじゃねぇぞ、ごるぁ!」的な脅迫を感じていたのだけれども、穂村さんはここで使われている”ありがとう”を不気味だと言い、”一線を越えて”いて、”何かを捨ててしまった言葉”に思えると言っている。

電車の中での男子高校生2人の会話。
「さっき決めた顔でいくの?」
「だって、それしかないだろう」
「わかった。おれもリゾット調べるわ」

このやりとりを聞いて、穂村さんは自分のOSが古くて、若者の言葉が理解できないのではないかと疑う。疑いたくもなるよね。この流れ、どうにも想像ができない。やっぱり、どこか聞き間違ってるんじゃ?

昭和6年生まれだという穂村さんのお父さんとのやりとり。
ほ「これ、おいしいよ」(とおかずを指す)
父「どら」(と箸を伸ばす)

「どれ」と言うのと、「どら」と言うのでは、印象がまったく違う。たった一文字の違い。だけれども、そこには”父の人生が詰まっている”と言う。
「どら」って言うよね?たしかに年配の人が使う言葉のような気がするが。手元にある辞書には載ってなかったけど、方言でもないと思うし。「どら」って、ちょっと鷹揚な感じがする。ちなみに、この”鷹揚”って言葉も、手元の辞書には載ってなかった。

人の発言ではないものの、ネーミングについて書かれている箇所で、強烈な印象を残したのは、コレ。
ネグリジェ専門店「ニューコアラ」

”商売繁盛とは全く関わりのない絶妙さ”があり、”お店のひとに「吉田戦車の世界を超えてますね」と云ってもたぶん喜ばれないだろう”と穂村さん。
ネグリジェ専門店という存在がすでに何かを超越してるけど、そこに”コアラ”。しかも”ニュー”。あまりにシュールな組み合わせには、奇跡さえ感じる。何がどうしてこうなったのか。
ネグリジェ専門店を出すことにした店主が、知り合いの占い師に店名を相談したらそうなった…。店主は鼻が大きく耳毛までふわふわで「コアラに似ている」とよく言われる…。実はパジャマ専門店「コアラ」がすでにあって、「ニューコアラ」は2号店…。様々な妄想が私の頭の中を駆け巡るのだけれども、答えは得られない。

穂村さんの大学時代の友人で、天然発言を連発するムロタくんについて書かれている部分を読んで、私が思い出したのは、同じ会社で働いていた営業部のAくん。もう名前も忘れてしまったけど。自分が出す郵便物について、総務部にある社内ポストの前でしばらく悩んでいた彼は、そこに居た総務部の人に、「コレ、速達の方がいいかな?」と尋ねていた。いや、知らんがな、あんたの郵便物だから。
噂では、カップ麺を食べようと思ったらお箸がなかったので、蛍光ペン2本で食べていたとか、けっこうな逸話を持っていた彼だった。よりにもよって蛍光ペン。なんかツルツルすべって食べにくそうだが。六角形の鉛筆なんかよりは衛生的に思えたのか。あまり関係ない部署にいたため、直接天然ぶりを目撃したのは上記の件1度だけだった。残念なことに、イケメンだった(笑)

話は戻って。
「でも、さっきそうおっしゃったじゃねぇか!」
懸命に踏みとどまろうとする敬語から、煌く「ふざけんな」の世界に飛翔してしまう動きに感動。

これが、この本のシメの言葉。
広告代理店に勤める友人が、クライアントの理不尽な要求に従って修正したプランを持っていくと、前言を覆して否定され、そのときに友人の同僚がたまりかねて発した言葉だという話。

この本を読んでいると、言葉には、人の思いが乗っかってしまうものなのだなと思う。
取り繕っても、はしばしには気持ちがにじみ出てしまうものなのだと。案外、人は素直な生き物なのだなと、感心したいような、がっかりしてしまうような。
思っていることと全然別のことが完璧に話せるとしたら、それは本当に信用ならない人間なんだ。きっと。
こうやって、字面だけでコミュニケーションをすることが増えている世界では、咄嗟のそうした感情が乗せられた言葉に出会うことは少ないと思う。キーボードの打ち間違いはあったとしても、言い間違いやニュアンスの違いは伝わりにくい。大抵が、自ら検閲した言葉になってしまっているから。
街を歩くと、人の活きた言葉が聞こえてくる。何気ない会話がいとおしいものだということには、気づきにくいものだけれども、普段ひきこもりに近い生活で人との生の会話をすることが少ない私には、わかる気がするんだ。

話はちょっとずれるんだけど。
この本の中で紹介されている、狩撫麻礼さんの作品中で、年齢とともに女性の容姿が衰えると主張する周囲に反発してある男が発した言葉。
「八千草薫の例がある!」

穂村さんは、これを本気度の高い直球勝負の言葉として紹介している。
私が思い出すのは、高校2年の時のこと。担任がクラスの一人一人に、たしか男子は男性としての、女子は女性としての理想像について発表しろと言ったんだと思う。そのとき私は、「八千草薫さんのように、いつまでもかわいらしい女性」と答えたのを憶えている。たぶん、教室内は全員ぽか〜んとしていたと思う。当時のクラスメートのような年齢の男子はみな、若くて綺麗なおねえちゃんが好みであったに違いなく、担任(男性)は職権を濫用して女生徒を物色しているようなヤツだった。女子にしても、女子高生としての女性の理想像を、当時すでに50歳を超えたおばちゃんに求めた私の心を理解できなかったと思う。
今更ながらだけど、私と同じように考えている人がいたのだなと、心強く思った(笑)
posted by nbm at 11:59| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

おかしなおかしな訪問者

昨日は、どういうわけか中世の騎士に縁がある日で…。

まずは、『プライミーバル 第3章』
主に恐竜や未来の謎生物が、時空のトンネルを通って現代のイギリスに現れてしまうというこの作品。今回はちと複雑で、白亜紀にいるはずのドラコレックスが中世に出現していて、それをドラゴンだと思い恐れた人々が騎士に頼んで退治しようとするわけだけど、その時に時空の扉が開いて、ドラコレックス共々中世の騎士が現代にあらわれてしまうという筋。
いきなり、現代にタイムスリップしてしまった騎士は大混乱。悪魔の刻印”666”を刺青にしている人物を悪魔と思い込んで切りつけたりして、そこが地獄だと思い込む。しかし、中世にはすでに”666”が悪魔の数字として浸透してたのか?

中世の騎士が現代にタイムスリップするといえば、「これしかない!」という作品が、ジャン・レノがその騎士役を演じている『おかしなおかしな訪問者』(1992)。
『グラン・ブルー』(1988)とか『レオン』(1994)の印象が強いから、コメディもできる人だったのかと意外に思ったものだ。
しかも、フランス発のコメディって、あんまり知らない。強いて言えば『TAXi』シリーズだけど、あれはアクションの要素の方が強いし。
この現代のフランスにタイムスリップした騎士ゴットフロワと、その従者ジャクイユのすっとぼけ方が絶妙で、細かいことは全然憶えてないけど、とっても面白い作品だったことだけは確か。
印象が強烈だったので、「現代にタイムスリップした中世の騎士」とくれば、『おかしなおかしな訪問者』しか浮かばない。
そんなことを思い出しつつ、『プライミーバル』を観てた。

んで、夜。
映画でも観るかってことになり、チョイスしたのはニール・マーシャル監督の『ドゥームズデイ』(2008)。
近未来のイギリスを舞台に、『マッドマックス』的な世界観を、女性を主人公にして撮ったSFアクション。
致死率の高いウイルスがスコットランドはグラスゴーを中心に広まってしまい、イギリス政府はスコットランドを丸ごと封鎖。それから27年。封鎖地域では人類は死滅したと思われていたのだけれども、生存者がいることがわかり、イギリス国内にそのウイルスが再び発生したことをきっかけに、長きにわたって封鎖していた地域に、治療法を求めて特殊部隊が潜入するという話。
封鎖された地域は、免疫があって病気にかかることなく生き残った者たちによって無法地帯となっており、『マッドマックス』化してる。乏しい食料を補うために食人もあり。捕らえられたひとりが、丸焼きにされ、切り分けられて食されるシーンの描き方は、新鮮だった。まるで豚の丸焼き…。
一方で、そいつらとは遠く離れた地域で、古城を中心に中世さながらの生活をしている集団があって、ヒロイン率いる特殊部隊は、殺伐とした近未来的な世界と中世的な世界とを行ったり来たり。その間の交通手段が、蒸気機関車だったり、馬だったり、アストンマーチンだったりと、何でもアリでカオス…。
しかし、『マッドマックス』から急に中世の世界に飛んだので、今日は中世のイギリスに縁のある日だと思った。このとき、近道といって、坑道のような所を通るのだけれども、そこには武器から携帯電話、アストン・マーチンまで現代的なものが様々に備蓄されている。近未来的な荒廃した世界から、豊かな現代のトンネルを通り抜けて、また殺伐とした中世へ抜けるという構図が面白い。この作品のなかではタイムスリップしているわけではないのだけれども、場面転換の演出としては、うまい方法だったんじゃないかな。

この映画で私が特に気に入ったのは、音。効果音ね。
アクション映画だから、殴りあうシーンが多いけど、この音が押さえ気味で生々しい。派手な効果音でなく、「ペチッ!」とか「ボスッ!」という具合に響きが鈍いところが、逆にリアルに感じられた。
あとは、ラストね。胸の空くようなハッピーエンドでもなく、かといって後味が悪い感じでもなく、「そういう選択かぁ…」みたいな。この中庸さ加減が逆に良かった。物事はそんなに思ってるほどうまくはいかないものだけど、それを生かすも殺すも自分次第、みたいな。それが、ローナ・ミトラのかっちょよさと相俟って、うまくまとまった感じ。
『ディセント』(2005)で気に入ったニール・マーシャル監督だったけど、やっぱりいいセンスしてる。このB級センスが理解できない人が観たら、ものすごい駄作に見えるんだろうなぁ。私はけっこう笑ったし、楽しませてもらったけど。

さて、『プライミーバル』はイギリスの作品。『ドゥームズデイ』も製作国はアメリカになってるけど、舞台もイギリスなら、監督も役者もイギリス人だから、イギリスの作品と言っていいと思う。
勝手な印象だけど、イギリスの人は中世という時代に対する思いが強いような気がする。日本人で言うと、江戸時代みたいな。時代劇っていうと、ほとんどが江戸時代だもんね。
それとも単に描きやすいだけなのか。鎧の騎士とか、絵になるもんな。

そういえば、サム・ライミの『死霊のはらわた』シリーズ第3弾、『キャプテン・スーパーマーケット』(1993)でも、主人公は中世にタイムスリップしてたっけ。
『スペル』(2009)も観たし、なんか、『死霊のはらわた』シリーズをちゃんと復習したくなったなぁ。
posted by nbm at 11:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

示差性

最近、特に年配の方から見ると、若い女性がみな同じようなメイクをしているために、同じ顔に見えて区別が付かないと言っているのを聞く。

昨日、『たけしのニッポンのミカタ!』という番組で、このことについてとりあげていた。
顔認識研究の第一人者で、文部科学省の顔認知研究のプロジェクトリーダーでもある柿木隆介さんが、解説をしていた。柿木先生は、見た目はちょっと胡散臭いが(笑)どうやら元々は脳の研究をしている方のようで、近年は”かゆみ”を感じる脳の部位を特定したり、なかなか面白い研究をされているよう。
「美人がモテるというわけではない」というテーマだったわけだけど、この先生いわく、大事なのは”示差性”。つまり、他と区別してもらうこと。簡単に言い換えれば、個性と言ってもいいかも。
パッと見で印象に残るかどうかを考えると、美人と、美人ではないけれどもインパクトのある顔をしている人とは、同等くらいの印象の強さがあるよう。
それが直接モテる・モテないにつながるかは怪しいけれども、個性的な顔というのは、思っていた以上に威力のあるものだと思った。

直後に流し見していた別の番組で、たまたま10代から20代前半の若いママさんたちが10人ほど出演していて、みなさんモデルさんのようだったけれども、これが驚くほどに同じ化粧で同じ顔に見えて、苦笑。みんながみんな、これでもかとマスカラやつけまつげで目を強調する流行のアイメイクをしていて、本当に同じ顔に見えた。
示差性説も一理あると納得。

柿木先生の主張をもうひとつ。
これからは、ベビーフェイスがモテるんだそうだ。ちょっと前から騒がれているアヒル口というのがあるが、これも一種のベビーフェイス。
大体、人間は本能的に弱い者を守りたいと思うわけで、たとえば目が大きいとバランス的に幼児の顔に近く見えて、「守ってあげたい」と思わせるとか言うよね。
柿木先生いわく、おでこを丸出しにして、眉山を平らにすると、ベビーフェイスを演出できるんだとさ。
同時に、流行の目を強調するようなメイクを避ければ、示差性も働いて、注目される顔になるというわけか。
ただし、年齢を考えずにこれを真似ようとすると、失敗するとのことで、年齢はほうれい線やあごのたるみなど口元から下に出やすいので、若々しく見せるためには、髪をひっつめたりして顔の上半分にポイントを作ることが必要らしい。

そんなことを言いつつ、柿木先生は最後には「内面を磨くと顔に出て、それが魅力になる」と、元も子もないことを言っていた(笑)
つまりは、小手先のテクニックで魅力的に見せても、中身が伴わなかったらムダよ、ということね。
最近の若い女性に流行っている”盛る”アイメイクは、私も疑問を感じる。だって、素顔に近い方が、きっとかわいい。すっぴんでも勝負できる年代に、それをやらないなんて、もったいない。
なんて、いい年してロクに化粧をしない(できない)私に言えることではないか。

芸能人を見ていると、なんとなく短めのショートカットにする人が増えていて、「来てる!」と思うのだけれども、もしかしてこれもベビーフェイス流行の一端なのかな。
posted by nbm at 12:13| Comment(4) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月09日

雨女の神奈川遠征

昨日の都内はひどいことになってましたね。都会の大きな弱点、豪雨。
そんな中、私はまたもや冒険旅行へ(笑)

というのは…
肩までの長さを越えてしまい、さすがにまとまりが付かなくなった髪を切ろうと、美容院のHPを見にいってみたところ、前回行った店舗が消失している…
前回髪を切ったのは2月。半年、切ってませんでした。この半年で、店舗消失かぁ。厳しいねぇ。
実は、担当の美容師さんが数年前に店舗を異動したのですが、たまたま異動先の店舗も近かったので、ちょっと足を伸ばして行ってたんです。
今回、そこに行こうと思って確認のためにHPを見たら、その店がなくなってる…。だけど、担当美容師さんは系列のどこか他の店舗にいるはずだと思い、各店舗のページを探していくと…いました!神奈川に!(笑)えぇ〜?神奈川ぁ?
さすがに遠いので、どうしようかと悩みました。当初通っていた一番近い店舗で妥協するかと考えてみるものの、同じ系列で同じように技術を磨いているとはいえ、違う美容師さんにお願いするのは冒険だ。
私は、女性美容師さんよりも男性美容師さんを好むのですが(女性客としては実は少数派だそうです)、元の店舗には気の合いそうな男性美容師さんが居ません。なぜに男性がよいかというと、今までの経験では、女性は割りと挑戦したがる傾向にあり、自分の理想ややってみたいスタイルを客に提案して実現するようなところがあるような気がして。男性の方が、その人それぞれの魅力を最大限に引き出そうというやり方をしてくれるような気がして、安心して任せられるんですよね。
普段の生活で、あまり人と話さないので、美容室では話しながら切ってもらうのですが、気の合う人というのも難しい。
その上、自分の髪質や髪のクセなどをわかってもらっているし、手入れをしない性格や、長く放置することなどもわかった上で、手がかからないように伸びてもそれなりに見えるようにカットしてくれる技術は、そうそう他の人に期待できませんし。
ということで、担当美容師さんにいなくなられると、非常に困るわけです。

悩んだ挙句、神奈川遠征することに決めました!
調べてみると、意外と行きやすい所にあったので。東京都を南北に縦断すればいい。乗り換えはちょっと面倒だけど、一度、都心に出るよりは全然マシ。
インターネットを駆使して、乗り換えもバッチリ把握!
ただ、難所がひとつ。それは、稲田堤。ここでJRから京王相模原線に乗り換えるわけですが、JRと京王線の駅はちょっと離れていて、数百メートル歩かなければなりません。インターネットでスゲー予習しました(笑)
踏み切りを渡ってから商店街を通り南口へ抜けるルートと、極めて狭い路地を入って行って踏み切りを渡らずに北口へ抜けられるルートがあるようですが、乗り換えとして推奨されているのは、どうやら北口ルート。大きな荷物を持っていたり傘をさしたりするとすれ違いも厳しいこの北口ルートに挑戦です。
運悪く雨となったこの日。あの狭い幅1mあるかという近道入り口に傘をさして突入するのかと不安だったけど、わりと大丈夫。途中からはストリートビューでも見ることができる広い道なので、OK。思っていたよりも全然近いや。
電車に乗っている時間は合計40分くらいなんだけど、乗り換えにいちいち時間がかかるのよね。
しかし、無事到着。

台風や雨を気にして、数日前の予報ではこの日までは天気はもつ予定だったから予約を入れたのに、雨は1日前倒し。さすが、強力な雨女と言われる私だけのことはあります。何せ、エジプトでは砂漠に雨を降らせた女。
美容室は駅からすぐなんだけど、このときがちょうどひどいどしゃ降り。びしょびしょになって店内へ。ちなみに、店内にいるときは外は晴れたりしていたのだけれども、「帰るときにはまたどしゃ振りだったりして」と笑っていたら、本当に帰るときもどしゃ振りになった(苦笑)雨女としての実力は衰えていないな。

埼玉から来たというと、軽いストーカーかという驚かれ方なのだけれども、印象と違って、さほど遠くないんだが。埼玉の南端から神奈川の北端まで縦移動だからね。
でも、わざわざ来てくれたのだからと、高いトリートメントをタダで2つもやってもらっちゃいました。2つでたぶん少なくとも5千円は下らない。元々、特に地肌のダメージが気になっていたのでトリートメントをお願いしようと思っていたのですが、ラッキー!これが、ものすごく効いた感じがします。特に地肌のトリートメントは、マッサージされてるそばから”何かが浸透している”感覚がハンパない。このトリートメントと、カラーリング前にオイルを地肌に塗ってもらったことで、カラーリング剤の刺激を全く感じませんでした。
今回のカラーは緑色が入ってるらしいのですが、流行なんだそうで。ほんとか?スタイル的には、椎名林檎や星野真理のような短めのショートを目指して、私に合うようにアレンジしてもらいました。
帰って来た私を見て、ダンナさんの第一声は、「コドモになって帰って来た!」だった(笑)
私はいつも半年から1年ほど髪を放置するため、セミロングやロングからバッサリとショートへということになりますが、担当美容師さんいわく、その長さからショートにするのは実は技術の要ることだそうで、髪の細かいクセを考慮しつつ、まとまっていてかつ似合うスタイルにするのは、実は難しいということでした。自分では、直毛だし、前髪や襟足の生え方にクセはあるものの、その程度なら簡単な方かと思っていたのですが、難しい部類に入るのだそうです。営業的な話だったのかもしれませんが、やっぱり遠くても来てよかったかなと思った次第。思い出してみれば、その昔やってもらっていた別の美容師さんでは、ショートにしたとき、前髪がパッカリ分かれちゃったり、襟足が立っちゃったりしてたな。だから極端に短いショートは敬遠してたんだっけ。それを技術でカバーしてくれてるんだから、大したもんだ。

その後、コンラン・ショップなどインテリア雑貨の店に行きたかったので、丸の内へ。知人の結婚祝いの品を買いに。コンラン・ショップは、新宿店は駅から遠いし。丸の内界隈は、いろいろと新しくなってから行ってないし、丸ビル・新丸ビルには目指すインテリア雑貨のお店がいくつもありそうだったので。
悩みつつも、楽しく買い物をして帰宅。

しかし、途中、中央線快速が基準の降雨量を超えたために徐行運転していたのを除けば、大雨を感じさせる場面に行き会いませんでした。車内のモニターのお知らせで、乗ってきたJRの路線が止まっていて、来た道でそのまま帰ろうとしていたら帰れなかったことを知りました。京王線と平行に走っている小田急線も止まってた。帰ってきてからニュースで知りましたが、水浸しになっていた四ッ谷駅も通過しただけだったし、帰りには丸の内線を使おうと思っていたので、豪雨時にはヤバい路線だから、もしかしたら止まっているかと思ったけど、大丈夫でした。なんだか、うまーくヤバイ所を迂回して移動していたみたいな感じです。移動は地下道を使ったので、ほとんど傘をさして外を歩くこともありませんでした。

振り返ってみれば、ひどい大雨の日だったわけですが、あまりそのことによるストレスは感じることなく過ごした1日でした。
都内は、かわいいレインブーツを履いた人が多かった。”長靴”って感じじゃなくて”レインブーツ”。こんな日はレインブーツが大活躍だね!
posted by nbm at 11:17| Comment(4) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月07日

THE WONDERLAND'S HERITAGE

奇妙な紀行に心惹かれるこの頃。
先日の、珍名の地を訪ねる『世界でもっとも阿呆な旅』(→過去記事)に引き続き、『奇界遺産』の旅です。
世界のオカシナ景色・人・モノを目指して旅するのは、超常現象をとりあげるサイトx51orgを運営することでも知られる佐藤健寿さん。美術大学を出て、写真家としてお仕事をされているようです。

佐藤さんの出発点は、オカルトや芸術という、人間にとって<本当に必要なのか>と疑問に思う<余計なこと>が、ラスコーの壁画の昔から存在していること。絵を描いたところで、おなかが満たされるわけでもなく、むしろエネルギーの浪費に思えるようなこと。そんな<余計なこと>が、なぜに必要なのか。
まえがきにこう書かれている。
最初に岩に絵を描いて槍で熱心に突ついていた奴は、多分、仲間内から狂(猿)人扱いされていたはずである。しかし結果的には、この絵を描くという狂気じみた行動を通じて、狩猟の成功がただの運任せから期待を伴う予知的なものとなる。やがてそれがある段階で自然の因果と同調し、制度化したものが、祈りや儀式となった。その結果、このホモ・サピエンスは儀式を通じて未来を想像する力(ヴィジョン)を獲得し、安定した狩猟の成功や、自然の変化に対応することが出来たから、現代まで生き残ったというわけである。つまりはじめは<究極の無駄>として生まれた呪術的想像力こそが、他の動物たちを押しのけて、生存と進化へ向かう道を切り開いたというわけだ。

こんな考えを出発点に、”現代のラスコー”を探すべく旅に出たということらしい。

ポルトガルのモンサントの岩と同化した家々。これもポルトガルだけど、奇人大富豪が創り上げたキンタ・ダ・レガレイラのゴシック庭園。イエスをエンターテインメントにしてしまったアルゼンチンのティエラ・サンタ。
いわずと知れたサイババさんや、太陽エネルギーで光合成するから食べなくていいというヒラ・ラタン・マネクさん。絶滅してしまった、パタゴニアの謎多き民族ヤマナ。
本物の兵馬俑の隣に、兵馬俑のレプリカをはじめピラミッドやスフィンクスなんかを並べちゃった中国の世界八大奇蹟館。人々の全人生が預言されているというインドのアガスティアの葉。

さまざまな奇界遺産が並ぶ中、私にとって一番印象的だったのは、ナンマドール遺跡。
太平洋に浮かぶ、謎だらけのこの遺跡は、”呪いの遺跡”として有名なのだそうで、発掘者や現地の協力者が相次いで怪死しているという。
佐藤さんも、ナンマドール遺跡を写したカメラの写真データが2台同時に消失。半分は復旧したものの、原因不明。遺跡に入る直前の写真は、多重露光したようにグチャグチャに乱れていたという…。
最大で重さ約10tもある巨石は、島とは別のどこかから運ばれてきたものだということで、海上をどうやって運んだものか謎のままだとか。「西からきた魔法使い2人が呪文を唱えると、岩は空を飛んだ」という伝説が残るのみ。

中国の三星堆遺跡も面白い。目が出ちゃってる縦目王の仮面のビジュアルは見たことがあったけれども、黄河文明とはかけはなれた謎の文明であることは知らなかった。
宇宙を象徴するとされる神樹も、面白くて、美しい。

そして、アンティキティラの機械。
ギリシアで発見された、無数の歯車で構成された塊は、世界最古のコンピューターではないかと言われているそうだ。天体の運行を予測する天文予測システムだったのではないかという説があるとか。

最後に解説として、編集者の加藤直徳さんが書かれている中に、『世界でもっとも阿呆な旅』を読んで私が思ったことと同じようなことがあった。
佐藤さんのこの奇界を巡る旅は、”現地で感じた空気感を嘘なく伝える”だけのものであり、”彼自身が見たいものを見に行っているだけ”だと。
そこに、”センチメンタルな自己顕示欲や、誰かに思想を押し付けようとする旅人特有の使命感はみじんも感じられない”と。

自分では出かけたいとは思わないけれども、こういう旅を疑似体験させてくれる本はありがたい。
この本は写真集の部類に入ると思うのだけれども、観ていて吹き出す写真集というのも珍しい。
小さな文字で書かれているので目立たないけれど、それぞれの写真に対するコメントがまた面白い。

世界には知らないことがたくさんあることを、あらためて教えてくれながら、楽しませてくれた良い写真集でした。
posted by nbm at 18:32| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

マウス・トゥ・マウス

しばらく前、小学校の先生が児童にせがまれて、学校の授業でホラー映画を見せたというニュースがあった。観たいとせがんだのは一部の子供たちだったのだろう。半ば強制的に見せられた子供の中には、具合が悪くなった子がいて、トラウマになったのではと問題になった。2本のホラー系映画を見せたというのだけれども、チョイスが悪すぎる。
『リアル鬼ごっこ』と『輪廻』。前者は私は観ていないけれども、全国の多すぎる”佐藤さん”が処刑されることになり、”鬼”に狩られるという作品。”佐藤さん”たちは”鬼”に追いかけられ、次々に理不尽に殺されていくわけだ。
もう1本の『輪廻』は、なかなかいい作品。『リング』や『呪怨』のヒットを受けて、ジャパン・ホラーをもっと盛り上げようと企画された<Jホラー・シアター>というレーベルで作られた第3作。監督は『呪怨』の清水崇。主演の優香がなかなかにがんばっていて好印象だった。無差別殺人事件を映画化することになり、主人公は主役に抜擢されるのだけれども、実はその事件と彼女との間には因縁があり…という話。
PG-12指定だから、「12歳未満は成人保護者の助言や指導が必要」だとされ、劇場公開なら保護者同伴が適当。ゆるやかなレイティングだから、たとえばテレビ放映されるときには関係なくなってしまうけれども、PG-12指定ということは、単純に言えば”小学生にはオススメできない”ということだ。
小学生にオススメできないものを、小学校で先生が児童に見せるってのは、どーなの?!
「怖いものを見たい」という気持ちは、とてもわかる。子供のときのこういう気持ちは、大切だから、それを理解して「見せる」ことも大事。だけどチョイスを考えないとね。ホラー耐性のある子供だけだったら構わないけど、耐性のない子供が大半だと思うから、無難に『学校の怪談』シリーズでも見せておけばよかったのに…。一番問題なのは、殺人シーンがメインの作品を選んじゃったってことだよね。ホラーにも細かく分ければ、いろいろな作品があるけれど、殺人シーンってのは、子供に一番見せちゃいけないものなんじゃないのか?

いわゆるホラー映画というものを苦手とする人は多いと思う。毛嫌いしないまでも、自ら進んで観ようとする人の方が少ないのかも。
私はといえば、それこそ小学生の頃から気味の悪いホラー映画を好んで観たため、親から気味悪がられた(笑)親は、スプラッター・シーンにも動じない私を見て、そこを気味悪いと思っていたようなのだが、私は別にスプラッターが好きなわけじゃない。逆に、スプラッターは好きじゃないんだけどなと思いつつ、説明するのが面倒なので、親には敢えて説明しなかったのを憶えてる。人が殺されたり、血しぶきや内臓が飛び散ることが面白いとは、あまり思えない。
最近では”ゴア”って言うよね。私の印象では”ゴア”と”スプラッター”とはちょっと違ってて、”ゴア”と言われると、拷問とか残酷描写を重視しているという感覚なんだけど。”スラッシャー”っていう表現もあるね。これは”スプラッター”に近いかな。どっちにしろ、そういうのは好みじゃない。
たとえば『13日の金曜日』のようなスプラッターが、ホラーの範疇に含まれることすら、私は常々疑問に感じているくらいで。人が残酷に殺されることが「怖い」のだから”ホラー映画”でいいんだけどね。なんかしっくり来ない。”ホラー映画”という範疇が広すぎるんだよな。ま、それはおいといて。
私が好きなのは、実をいえばホラー映画ではなく、オカルト映画。”オカルト”という言葉自体を追求してしまうとまた話がややこしくなるので、ここではやらないけど、つまり、目に見えない世界、霊や魔術といったような超自然的な世界を扱った作品が好きだということ。

さて、前置きがまた長くなったけど、やっとサム・ライミ『スペル』(2009)を観た。原題は『DRAG ME TO HELL』。これねぇ、原題のままでよかったんじゃねーの?変に訳しちゃうと、『私をスキーに連れてって』みたいになっちゃいそうだしな。
主人公クリスティンは、銀行の融資係。昇進を目前にしていた彼女は、支店長から融資に対する厳しい姿勢を求められていた。そんな中、ロマの老婆が住宅ローン返済の延長を懇願しに訪れるのだが、昇進を意識した彼女はそれを断り、逆恨みした老婆に呪いをかけられるという話。
なにしろ、『スパイダーマン』シリーズとかやっちゃって、ホラーから遠ざかっていたサム・ライミが久々に撮ったホラー作品ってことで、自然と期待は大きくなるというもの。
サム・ライミといえば、『死霊のはらわた』(1983)というデビュー作品で、ホラー映画界に強烈な一撃を喰らわせた人物。この『死霊のはらわた』シリーズは、後の私の映画鑑賞に多大なる影響を与えたと思われる一作。もう四半世紀以上も前に、「恐怖と笑いとは同居することができる」ということを教えてくれた大事な作品。だけど、長い間そんな作品を観ていなかったので、その感覚を忘れかけてた。
で、久々のホラー作品なんだから、やってくれるだろうと期待して観たわけなんだけど、やっぱりやってくれました!これぞ、サム・ライミ!(笑)もう、笑った、笑った。

ここからはネタバレありなのでご注意を。
今回、とても印象的だったのは、”マウス・トゥ・マウス”が多かったこと。口というものを意識したカットが非常に多かった。
汚物が口から口へというシーンがいくつも、入れ歯を取った老婆にあごごとしゃぶられるし(笑)、口に腕を突っ込まれたり、悪霊の象徴である蝿が口から出入りしたり。
悪魔(?)ラミアの呪いを解こうと、主人公が子猫を殺して捧げたんだけど、ラミアがとり憑いた男性の口から「子猫なんかいらんわー」と子猫が出てきたところは圧巻だった。もう、大爆笑!頭から出てきたとき、小さく「ニャッ」って言ったよね?んで、下に落ちたら硬直してるもんだから「ゴトッ」だって。
途中からラストが読めちゃったから、筋としてはあんまり作りこまれてないんだけど、何しろ映像が可笑しくて、何度も繰り返し見たいと思うような作品だった。
当然グロいはずなのだけれども、サム・ライミが撮ると、なぜかグロさが消えてしまうのよね。マンガみたいになっちゃって。そこが、この監督の腕だと思う。
サム・ライミ作品は、サム・ライミ作品の魅力をわかった上で観ないと、とんでもない駄作に写ってしまうと思う。だけど、ファンからすると、たまらない楽しさ。このキッチュさをわかってもらわないとな。
しかし、ホラー映画を好む人さえ多くはないであろうし、サム・ライミのホラー作品を楽しめる同士はもっと少ないであろうことはわかっている。こんなものを喜ぶなんて、ねぇ(笑)いいんです。自己満足で。

何がそんなにおもしろい映像に思えるのかちょっと考えてみると、過剰さなんだろうな。怖かったり、気色悪かったりするはずのものが、やりすぎるから、逆転して笑えてしまう。
名作とはほど遠いとは思いながらも、愛すべき作品でした。
posted by nbm at 11:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

昇温→熱膨張→降温→破壊?

今日は、若干デンパですので、真に受けないでください(笑)

まずは、気になったのでまじめな別の話題から。
ついに、ヤツらが変異したようです。
インドネシアの豚ちゃんの体内で、人に寄生できるように、ヤツらは周到に準備を進めてきたのです。H5N1、つまり鳥インフルエンザ・ウィルス。
約700匹の豚ちゃんの中で、人に感染しやすいように遺伝子が変異したウィルスが見つかったのは1匹。
調査・分析に時間がかかったのか、2005年から続いている調査で、変異したウィルスが見つかったのは2005年の豚ちゃん。
ということは、それからもう5年経ってますから、もっともっと変異が進んでいてもおかしくはないということですね?
パンデミックも近いかもしれません…。
豚インフルエンザなんて比じゃないですからねぇ。人類滅亡は大げさでも、かなりな被害になってもおかしくないよな。

さて、本題は、ちょいとデンパな話です。

昨日は9月1日、防災の日でしたね。日頃の備えや心構えは必要です。家族と避難経路を確認したり、災害用伝言ダイヤル171の使い方を憶えたり、帰宅難民になったときの対処を考えたり、家具を固定したり。できることはしておくことをオススメします。
最近は、地震だけでなく、豪雨による水害も懸念されてますし、今年は、日本周辺の海面温度が下がらないために”ゲリラ台風”が発生するのではと言う人もいるようです。地下鉄を利用する方や、低地にお住まいの方は、対処といっても難しいでしょうが、せめて気象情報は常に把握しておくとか、考えておいた方がよいかもしれません。

日本で起こった大地震といえば、誰しもが思い浮かべるであろう阪神・淡路大震災(M7.3)が起きたのは、1995年1月17日。
前年の1994年の夏は、記録的な猛暑でした。
当時、観測史上最高の猛暑となった1994年。各地で35度を超える気温が記録され、中には40度に達したところも。そして、残暑が長く厳しかった年でした。原因として、ダイポールモード現象が挙げられ、これが日本の降雨量を少なくして、猛暑となったということでした。
ちなみに、ダイポールモード現象というのは、ラニーニャ現象がインド洋で起きるようなもの。インド洋東部の海水温が低くなり、西部で高くなる現象。

新潟県中越地震(M6.8)が起きたのが、2004年10月23日。
2004年は、1994年に匹敵するほどの猛暑の年でした。山梨県甲府市で観測史上最高気温40.4度を記録し、残暑も厳しく、真夏日の記録が各地で塗り替えられました。
この年の猛暑の原因は、太平洋高気圧が例年より北に偏って張り出したためとされてます。


岩手・宮城内陸地震(M7.2)が起きたのが、2008年6月14日。
これはちょっとイレギュラーかもしれませんが、ちなみに新潟県中越沖地震(M6.8)も、2007年7月16日に発生。
2007年も猛暑の年でした。
北日本を中心に、記録を塗り替えるような猛暑でした。最高気温が40度に達した地点が5箇所・のべ7日間にもなり、そしてやはり残暑が厳しく、各地で9月の月平均気温の最高値を更新。
この年もラニーニャの影響ではないかと言われています。

ここ20年くらいの猛暑の記録を見ていたら、大きな地震が起きる直前が猛暑になっていることに気づきました。
90年代からこっち、例えば最高気温ランキングに出てくる年は、1994年、2004年、2007年。で、それぞれの直後に、デカい直下型・断層地震が起きてます。

そして今年、いわずと知れた記録的な猛暑。
今年はラニーニャとダイポールモードのダブルパンチだと言われています。
デンパなシロウト考えでいくと、様々な気象条件で気温が極端に上がって、それが冷えた後に断層に影響して地震が起きるとか(笑)
たとえば、もろいガラスなんかは、熱したあとに急激に冷やすと割れますよね?物理的に断層にそういった現象が起きているというのは考えられないことではないはず。
気象条件だけでなく、もしかしたら、地下の何らかの活動自体が逆に気温を押し上げていることだって考えられなくない。
これもデンパな話ですが、台風が通過した後に大地震が起きやすいという説もあります。これだって、まったく非科学的なわけではなく、台風の通過には気圧の急激な変化が伴うわけですから、地面が引っ張り上げられたり押されたりするわけで、それが断層に影響を与えたって、おかしくはないのではないでしょうか。
気温が高い状態が続くというのは、高気圧に長い間さらされているということでもありますね。

そうやって考えていくと…
単純に猛暑の後は大地震が起きやすいとすれば、今年の秋から冬、来年の頭にかけてくらいは、特に注意した方がよいのでは?
首都圏も含め、どこかでデカイのが発生してもおかしくないのではないかと思えてきました。
これを機会に、備えを確認しておくことにしようっと。
posted by nbm at 11:10| Comment(4) | TrackBack(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月01日

怨念の前段階

全国で展開されているフリーペーパー「美少女図鑑」をベースにしたオーディション<美少女MUSEUM>が行われたようです。グランプリと特別賞はともに滋賀県出身。滋賀県、すごいじゃないか!
と思ったら、仙台・名古屋・滋賀・大阪・福岡の6エリアしか参加してなかったみたいですが。なんだ、東京都を除く46都道府県で展開してるのに、全国じゃねーのかよ。
いえね、先日高崎に遠征したとき、高崎線の中でおしゃれでかわいい女の子を数人見かけたのです。もしかしたら、これからは北関東がクルんじゃないかと思ってて。
そしたら、このオーディションでは滋賀だっていうじゃないですか。やっぱり都市圏の外側がキテる!首都圏でいえば千葉・埼玉・神奈川の外側、例えば関西圏で言えば大阪・京都・兵庫以外。このあたりに、美少女の原石が埋まっているように思えてなりません。今まで発掘されてきた場所が枯れたってことでしょうか(苦笑)

ということで、話は変わって、今日は超美人な画家として有名な松井冬子さんについて。
先日、NHK『トップランナー』に出演されていたので、すかさずチェック!
私が松井さんを知ったのは2006年の秋、雑誌「Pen」の<今世界には、アートが必要だ>という特集でした。(→過去記事高尚なバカとグロな美しさ
振り返ってみたら今年だったのかとびっくりしたけど、2月に行った『医学と芸術展』でも松井冬子さんの作品はあったことはあったのだけれども、松井さんの作品の中ではわりとソフトな作品だったせいか、あまり印象に残ってない。
いつどこの展覧会だったか、いくつか直に観たと思うんだけどな。
個展が開かれるようなことがあったら、絶対観に行こうと思ってたんだけど、日本よりもパリが先だったか(苦笑)ただ、日本でも来年には大々的に個展が開かれるようなので、期待して待つことにしましょう。
あっと、言い忘れたけど、グロ注意ですので。グロテスクなものが苦手な方は、画像の閲覧を避けてくださいね。私にはちっともグロには見えない絵なんですが、観る人によってはショックを受ける可能性があります。

先に挙げた雑誌で私が初めて目にした松井作品は、『浄相の持続』(2004)だったと思うのだけれども、パリの個展会場の映像で観て、あんなに小さい作品だとは知らなんだ。もっとドデカイと思い込んでました。番組のテロップでは2010年の制作と表示されてたけど、これは間違い?描き直したわけじゃないよね?
松井冬子さんご本人のHPで、この作品を含め、いくつかの作品を観ることができます。
『浄相の持続』は、草むらに横たわった女性が自らの腹をかっさばいて、子宮を中心に内臓を見せているという…。
これは、女性が子宮をみせびらかしている絵だそうで、非常に攻撃的。男性に対して、「あなたの好きなものは実はこんなものよ」と突きつけている痛烈な絵。そんなコンセプトを聞いてしまうと、男性はこの絵を観てどう思うんでしょう。こんなリアルな”女性”を見せられたら、引くんじゃないですかねぇ。
ここで論じられるのは、グロテスクという概念について。松井さんいわく、例えば内臓がグロテスクなものだという概念は、植えつけられたものでしかないという考え方。自分の目でちゃんと見て、感じれば、美しいとわかる、と。
すごくフラットで客観的です。この辺の話を聞くと、単に奇を衒って描いているのではないということがよくわかります。
また、リアルな感情しか作品に表現できないということで、女性しか描かないのだそうです。あくまでも、”当事者研究”(笑)内省的に女性というものを深く追求していくという…。
話を聞けば聞くほど、女性として生まれながら、女性というものをものすごく客観視しているような。自らが女性であることをものすごく意識しながら、同時に強く拒絶しているような。
この方、すごい美人さんだし、お着物が似合ったり、見た目は女性的に見えるのだけれども、内実は男性的。個人的な考えなのだけれども、男性的な性質の人には、美人さんが多いというか、美人さんには男性的性質な人が多いというか、そんな気が。
余談だけれども、男性の声を出せる女性声優さんは、決まって美人さんで中身はサバサバした感じ。
男性に生まれたら、筋肉を駆使して格闘家になりたかったという松井さん。男性の筋肉に相対するものは女性の子宮だと考えている松井さん。肉体と言うものに、興味がおありなんですね。

芸大の卒業制作で描かれた『世界中の子と友達になれる』(2002)について、ご本人が語られていることは、私にはとても共感できるもので、興味深いものでした。
藤棚の満開の藤が垂れ下がるに従って蜂と化していく中で、蒼白の少女が絵の外側の世界に向かって何かを呼びかけているという不思議な構図。
ポジティブさはとうに消えているのに、強い思い込みだけで生きる少女。藤が蜂と化しているのは、不安の鬱積で生まれた恐怖。
社会規範に則って生きていると、どうしても自分の中での自由を失っていくということの象徴として描いたというこの絵。
松井さんの作品には、女性ならではの強い思い込み、しかも一般的にはポジティブと思われるような感情を、思い切りひっくり返してネガティブで気持ちの悪いものとして描いているところが面白い。

『完全な幸福をもたらす普遍的万能薬』(2006)では、ウエディング・ドレス姿の女性が、愛する者への想いが強すぎて、かきむしった頭からは頭蓋骨の内部が見えてしまっているのに、幸福そうで誇らしげな表情は変わらない。人間が、特に女性が思い込むことによって生まれる恐怖というのが、松井さんの永遠のテーマであるよう。ネガティブな感情が鬱屈してポジティブにひっくりかえる瞬間、そのエネルギー。そういったものに強く惹かれているご様子。

女子美短大を卒業し、一度は就職するも、芸大が諦められず、4浪してやっと合格。その執念たるや凄まじい。学生生活では、食事を摂る間も惜しんで絵を描いていたゆえに、学食を利用したことがほとんどないという話。
芸大では大学院まで進み、博士号も取られたようですし、とにかくエネルギーが満ち溢れているような方ですね。話し方も、思いに言葉がついていかずに、勢いでから回ってしまうくらいの(苦笑)

ご本人のお話が聞けて、コンセプトがよりはっきりしたので、作品を観る楽しみが一層大きくなりました。
松井さんの描いている女性の想いは、怨念すれすれ。それを、普段は見ない振りをして見過ごしている部分なのに、突きつけるように具現化して見せられるので、そういう意味では目をそむけたくなるけど、とても美しく人を惹きつける絵。
来年の個展が楽しみです。
posted by nbm at 12:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする