2010年10月30日

新たな流れと根底の流れ

久々にHMVで試聴しつつ、最近の動向を探る。
現在、80kidzが一番のお気に入りなのだが、彼らの新譜『Weekend Warrior』が出ていたことを知る。んー欲しい気がするが、とりあえず前のアルバムを聴いているところだから、ちょっと我慢してみよう。
同じ棚に、フランスのJAMAICAというバンドが並んでた。フランスのジャマイカ…(苦笑)まぁ、ジャパンはイギリスだったし、そんなことはどうでもいいんだが。「一体、いつの音楽だよ!」とツッコミたくなるような音で、フランスでは、これからロックが育ちつつあるのかぁと。エレクトロ系だと、けっこうフランス発って聞くんだけど、ことロックとなるとさっぱり知らんかったが、これからは続々登場してくるのかも。特設サイトで2曲視聴できます。

以下は気になったものをメモ。みんな日本のものになった。

MOTOR MUSTANG 『ELECTROCUTE』MySpace
久々になかなかなバンドを発見。小学校時代からの幼馴染3人が早稲田大学に集結。”モームス”と呼ばれているらしい(笑)また、”日本型JET”とも呼ばれているのらしい。。そう言われてみれば、1stミニ・アルバムのジャケットには見覚えがあるわ。徐々に洗練されてきた感じがするね。

BUFFALO DAUGHTER 『The Weapons Of Math Destruction』BounDEE

全体的には好みじゃないけど、注目しておくべきだと思った。名前は聞いたことあるけど聴いたことがなかったが、聴いてみるとおもしろい。ビースティー・ボーイズの作ったレーベルに所属してるらしい。

PARAELE STRIPES 『Feyz』MySpace
アメリカ育ちのナイスガイ、MARSと顔は外人but純和風なひきこもりゲーマー松下による福岡発のダンスエレクトロユニット。ダンス・ロックってくくり。キャッチーだね。

磯部正文 『Sign in to Disobey』MySpace
元HUSKING BEEのいっそんがソロ・アルバムを出す。MARS EURYTHMICSは、いつのまにか活動休止していたのかぁ。これが、ビークルのヒダカトオルがプロデュースしたもの。音はHUSKING BEEなんだけど、なんかヒダカ色が強くて、でも、BEAT CRUSADERSもHUSKING BEEをリスペクトしてたんだろうなぁと思いつつ聴いていた。

LOW IQ 01
 『MASTERPIECE MUSIC MAKES LOW IQ 01』MySpace
LOW IQ 01によるカバー・アルバムなんだけど、選曲がユニーク。で、「ゴジラ」が秀逸。そして、ここにもHUSKING BEEが!『TRIBUTE TO HUSKING BEE』に収められていた曲らしいが、やっぱりHUSKING BEEってのは偉大だ。

MOROHA 『MOROHA』MySpace
アコースティック・ギターに乗せたラップという、ありそうでなかった形態。真っ向から詩を聴いてしまうと、ちょっと恥ずかしいけど。最近、言葉の力に重きを置いている傾向性というのを感じているのだけれども、その最たるものだ。

あなた、どうして 『anatamade,doushitenano?』MySpace
MOROHAと方向性としては似てるが、こちらはアップライトベース、ガットギター、ドラムという編成で、ブレイクビーツにラップを乗せてしまうという…。名称が…。

日本の音楽も変容してきているなぁと思う一方で、根底にあるものは変わっていないのかもと思ったり。
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2010年10月28日

ふたつとしてないはずのもの

まだまだ会期があるからと余裕をぶっこいていた展覧会が、いつのまにやら終了間際。
河鍋暁斎記念美術館(→画鬼の描く妖かしたち)に続く、かけこみ展覧会第2弾にして最終回は、佐藤雅彦ディレクション”これも自分と認めざるをえない”展。HPはコチラ
自分の属性を巡る、インタラクティブな展覧会で、展覧会というよりも、体験型イベントといったところ。

体験型ということで、展示ごとに行列しているとの噂。開館直後や夕方が狙い目の時間帯だというので、開館時間までに行こうと思っていたのですが、昨日は突然の寒さ。着るものに悩んでいるうちに、30分ほどロスして出遅れてしまいました。
駅のホームに着くと、MP3プレーヤーのスイッチを入れるのですが、満タンにしてあったはずのバッテリーがなぜかカラ。今日は待ち時間が多いからと、万全に準備していたつもりが…。なぜか放電してしまった様子。がっかり。過酷な日になりそうだ…。
と、そこでホームにすべりこんできたのは、見たことがないタイプの車両。たまたまライナーの車両でした。乗り込んでみると、通常7人がけの空間に6人分の座席。2人ずつのシートが3組横に並んでます。シートは頭を預ける部分まであるタイプ。普通の座席じゃ居眠りして後ろに頭を振ると、ガラスにゴンッだもんな。立っているつもりだったけど、この座席の座り心地は試してみたい。と思っていたら、目の前の席が空いたので、遠慮なく座ってみる。ん〜、ラグジュアリー。隣の人と体が触れないわ。プレーヤーが使用不能でがっかりしたけど、ちょっと得した気分。
そういえば、最近、中央線のオレンジ電車が無くなって、首都圏ではこれで単色の電車が姿を消したっていうニュースを見て、「えっ?そうだっけ?」って思った。すでにみんなとっくに基本銀色なステンレス車両に変わってたのに、気づいてなかったわ(笑)
んで、昨日あらためて見てみたら、やっぱり、山手線も、総武線も、みんなステンレスになってた…。あの単色のカラーリングはわかり易くてかわいかったのに。しかし、乗ってて全然気づかないってのは、どうなの?
電車で、もひとつ。昔は、六本木に出るといえば、うちの方からは、恵比寿から日比谷線乗り換えという1択だったんだけど、最近は路線が増えて選択肢が広がった。昨日は、代々木乗換えで大江戸線を使って六本木駅へ出てみた。時間的に従来のコースよりも速いし。ミッドタウンなら六本木駅に出た方が近い。目的地によっては、南北線で六本木一丁目駅に出るのもありだよね。

会場の21_21 DESIGN SIGHTは、初めて。六本木ミッドタウンの端っこにあるガーデンの中にあって、鋭角の三角形の屋根が印象的です。ちなみに、設計は、昨日なにやら受賞されてニュースになっていた安藤忠雄さん。外苑東通り側から入っていくと、せせらぎが続いていて、その両脇には石のオブジェや瓦をモチーフにした作品が展示されてた。
建物の入り口を入ると、ここですでに長蛇の列…。やはり30分のロスは大きかったか。より展示を楽しむためには、まず自分の属性を登録しなければならないので、登録の列に並び、すぐ前のカップルがいちゃついているのを微笑ましく見ながら過ごす(苦笑)返す返すも、プレーヤーのバッテリー切れが悔やまれる。3つのブースがあって、係員もいないのに空いた順に自動的に人が入っていくさまは、日本人ならではの行儀の良さだと思いましたです。3つのスリットに規則正しく人が吸い込まれていく様は、まさにピタゴラスイッチ的な眺め。
ここで、名前、身長・体重、目の虹彩を登録し、リモコンのような装置を持ってボタンを押しながら空に星を書く動作をし、これも登録。どうでもいいけど、指示してくれているこの声はピーター・バラカンさんだな。以上で準備は終了。
各展示には予想以上の長蛇の列。『座席番号G-19』と『心音移入』の2つの展示は、毎時決まった時間に整理券が配布されていて、『座席番号G-19』は整理券配布の列に2度並んで2度目で整理券ゲット。『心音移入』はあきらめました。それと、最後の方にあった『新しい過去』だけは、もうエネルギー切れで、何時間も待って体験するのはムリと断念しました。それでも、一通り体験するのに3時間半以上かかりました。
人の波があるようで、列に並びながら他を観察していると、不思議と人が引くときというのがあるようで、気づくと全部の列が短くなっていたりしてました。もしもこれから行かれる方は、比較的空いているものからチャレンジしていくとよいかもしれません。2人以上で来ている人たちは、誰かが並んでくれている間に、空いているものを交代で体験することができてうらやましかったです。

ネタバレは避けようと思いますが、ここからはこれから行かれる方はご覧にならない方がよろしいかと。
「実はこうなってました」的なものが多いので、なるべく説明を読まずに、知らないままでいた方が、楽しめるかと思います。
現地に行かない方のために、いくつかご説明しましょう。

『指紋の池』
指紋認証させると、目の前の池に、自分の指紋が放たれます。たいていの人は、たくさんの指紋が渦巻く中に紛れて、すぐに「自分を見失った」と言ってました。私は、指紋を放つと、池の横にまわったのですが、私の指紋はなぜか私にまっすぐ近づいてきて、まるで犬のようにいつまでも近くをぐるぐるしてました。
本来、一度登録してからもう一度指紋認証させると、指紋が自分のもとに戻ってくるということをさせてくれていたようですが、混雑からなのか、放ったままで呼び戻しはしていないようでした。

『属性のゲート』
男女別、年齢別(30歳以上か否か)、表情別(笑顔か否か)と、それぞれ2択で3段階のゲートの前に立つと、顔認識でどちらかのゲートが開きます。私は恥ずかしいので、冒険はしませんでした。さすがに20代には見られなかったか(苦笑)

『属性の清算』
最初に登録した身長・体重がものをいいます。もちろん、数値が表示されることはありませんが、ここでもう一度身長・体重をはかることで、運がよければ自分だと特定してもらえます。同じ身長・体重の人が多い平均的なタイプであれば、それだけ特定は難しいでしょう。私は身長のわりにお肉が詰まっているので、バッチリ特定してもらえました(爆)本名での登録は避けましたが、自分の名前がさらされるのは、やっぱり恥ずかしい。

『座席番号G-19』
スクリーンの前に、たったひとつ置かれた座席番号G-19の椅子。
2度も整理券の列に並んでやっと見られたのに、体験した内容に納得できずに調べてみると、私はどうやら途中で出てきてしまったようです。でも、仕掛けや言いたいことはわかったので、別にいいのですが。
これは係員の事前の説明がよろしくなかったですね。たぶん、私と同様の勘違いをした人がたくさんいると思う。

『Outline to go』
これはすぐに終わるものなので、ほとんど人が並んでませんでした。私がやろうとしたときはまわりに人が全然いない状態で、説明文が理解できずにしばらく試行錯誤しつつ悩んでいると、いつのまにか後ろに列が!(笑)その列の中のカップルのお兄さんが、やり方を教えてくれて、なるほど納得。お兄さん、ありがとう。私のカラダの輪郭の周囲は、5.37m。もちろん、服を着たままだけど。

『ふるまいに宿る属性』
ここで、見覚えのある装置を手に星型を空に書くと、同様の書き方をした人たちの名前が表示されます。一筆書きの書き順で分けられてるのかな。
挙げられた名前の中に、「川澄綾子」さんを発見。本人じゃないと思うけど。それとも同姓同名?ちなみに、川澄綾子さんとおっしゃる声優さんがいらっしゃいます。

『頭の中のちらばり方』
これは体験型ではなく展示。6人の人のコンピュータのデスクトップ表示を見てしまおうというもの。
梅田望夫、小山田圭吾、佐藤雅彦、椎名林檎、穂村弘、茂木健一郎。
それぞれの個性が出ていて面白い。ここに穂村弘さんの名前があって驚いた。(過去記事→天使的な言葉についての考察
特に、茂木さんのデスクトップはアイコンがランダムに表示されていて、まるっきり茂木さんの頭の中だなと思ったわ。

『金魚が先か、自分が先か』
会場内に不自然に建てられたログハウスの中で、金魚と自分とを見比べることになるわけだが…。
これは、タイトルさえ知らずに入った方がよかったかも。そう言われたら、「まず金魚を見てみよう」って思ってしまった自分。自分を先に見た方がよかったかも。

『佐藤雅彦さんに手紙を書こう』
オールひらがなで佐藤さん宛てに手紙を書くと、自分の筆跡で佐藤さんから手紙が届くという仕組み。
アンケートと展示がいっしょになってしまったようなもの。帰りにもらって帰れるものなので、まさか本当に佐藤さんが一人一人にお返事を書いているわけじゃないのだけど、いくつか定形文を使い分けているのかな。でも、お返事が来るのは嬉しい。ので、ここだけは本名を使った。
しかし、自分の筆跡も、客観的に見ると、不思議と自分で書いたものとは思えない。

この展示のディレクターである佐藤雅彦さんは、『属性に無頓着な自分、それに執着する社会』と題された文章で、この展覧会の試みについて説明しています。
【属性】ぞくせい
1. その本体が備えている固有の性質・特徴
2. それを否定すれば事物の存在そのものも否定されてしまうような性質
(『大辞林』より)

(中略)
この展覧会では、自分の属性である声・指紋・筆跡・鏡像・視線・記憶などをモチーフにした作品を展示しています。そこでは、この2番目の意味での属性が、私たちが今まで得ることができなかった感情を引き起こします。さらには、自分にとって、自分とはわざわざ気にするような重要な存在ではなかったという事柄や、自分をとりまく世界と自分との関係も分かってきます。


生体認証システムなど、すでに自分の属性を使って何かに役立てようという動きがある中、どちらかといえばその流れに反する立場で開かれたこの展覧会。
どうやら、自分を類型化したり、逆に特別視したりすることをやめてみないかというような問いかけだったと思うのだけれども、なんだか逆効果だったような気がする。
会場でこれらを体験していた人のほとんどは、自分が類型化されることを”楽しんで”いたように見えた。「自分はどこに属するんだろう」って。
自分が、自分の属性によって、いくつかの枠に振り分けられることを、疑問に思うどころか、振り分けられることに安心し、楽しんでいる。とても受動的な姿。
それが、どういうことにつながっていくかという、その先を見ようとしていないような近視眼。
まるで遊園地のアトラクションを待っているかのようなその行列に、私は違和感を感じつつ、眺めてましたよ。
どれだけの人が、あの展示を訪れて、新たな世界の生み出す恐怖を感じたでしょう?
属性だけが”システム”に取り出されたら、自分が自分でなくなる恐怖を。
あそこはひどく不気味な空間でなければならなかったのに、友人同士や恋人同士ではしゃいでいる姿。
「なるべくなら、ひとりで訪れてほしい」
そう佐藤さんが勧めていたことを、ひとりで行った私は少しは理解できたのではないかと思います。

ひとりで行くのは、結構勇気の要ることでしたが、行ってみたら、案外なんとかなりました。
MP3プレーヤーのない退屈なはずの待ち時間も、想像よりもはるかに苦痛が少なくて、すべてを終えて外に出たときに、あまりに時間が経っていることに驚きました。まったく知らない人と、言葉を交わす場面もいくつかありましたし、それがすべて気持ちのよい会話だったので、気分良く帰ってきました。

もう少し、時間が経ったら、また違った感想が生まれてくるかもしれません。


posted by nbm at 17:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月26日

ハズレとアタリ

読んでみようと思った本に、というか”「この本を読んでみよう」と思った自分の勘”に裏切られるということはほとんどないのだけれども、今回は久々にハズレを引いてしまったみたい。
せっかく手にしたのだからと、何度も読もうとチャレンジするのだけれども、その度に脳の拒否にあってしまい、いくら読もうと努力しても、内容が頭に入ってこない。そして、ついに読むことを断念。
それが、井上ノリミツさんの『Jポップな日本語』という本。
たとえば、「本気」と書いて「マジ」と読ませるような、Jポップの歌詞によく出てくるJポップ特有の日本語についてまとめてあるのだと思います。(←ほぼ推測)
日本語という言語の、ひとつのカタチとしての”Jポップ語”に興味を持った私は、図書館に予約をしてまで読んでみようと思ったのですが…
以下、ほとんど読んでいないので恐縮ですが、私の拒否反応です。

まず、前書き的な”トリセツ”部分で引っかかってしまいました。
どんな人でも、忘れられない思い出の曲のひとつやふたつ、持っているはずだ。

ごめんなさい。もう”トリセツ”の最初の項目の1行目からダメだわ。アナタとはやっていけない予感…。
そして、2項目めで
人はいつも心に音楽を奏で続けている。(中略)それはやはり洋楽ではなく、邦楽だったはずだ。なぜなら大半の日本人は著者と同様、洋楽のメロディは歌えても、歌詞は鼻歌で通す人がほとんどだからだ。

えっ?!そうなの?それはどうかなぁ。
もちろん、Jポップの歌詞について書いた本だからね。そう言いたいのもわかる。だけどその”大半の日本人”に含まれていない私のような人間もいるのだよ。
小学生の頃からFEN(現AFN)を聴き、英語の歌詞を憶えるためにタイピングし、歌詞カードを作って歌っていた私のような人間がな。
それにしても、”大半”か?それは言い過ぎだろ。
そして…”トリセツ”の最後にこう書かれている。
恋すれば……
恋すれば誰もが詩人になれるのだから。

うぉー!なぜ2度言う?
あぁ、もうダメ。耐えられない……。このセンス。

こうして、”トリセツ”1ページでさえ悶絶した私は、それ以降のページを開くのに、絶大なエネルギーを要することになる。
そうしてなんとか活字を目で追うのだけれども、内容を脳が拒否するものだから、読むことができなかった。
まだ、漢字に意訳で読みを付けることは序の口だった。その後、Jポップで繰り返し使われるフレーズのオンパレードとなるわけなのだけれども、これがもう、どうにもならない。
何かひとつのフレーズでも参考に紹介しようと思って、今も探すのだけれども、あー脳がモヤモヤする!左側頭葉が悲鳴を上げてる!ここって、たぶん言語をつかさどっているあたりだわ。
すみません、ギブアップです…。

たぶん、自分のセンスと相容れないだけで、この本を楽しめる方もたくさんいらっしゃることと思います。その辺りを誤解なきように。
私とて、Jポップもそれなりに聴いてきました。この本に取り上げられているようなフレーズも、好んで聴いてきた音楽の中になかったわけではないと思いますが、こう集中しているものを読むと、さすがに拒否反応が出るみたいです。

さて、ハズレがあれば、アタリもあるもの。
今回のアタリは、『大アルベルトゥスの秘法』
13世紀、スコラ哲学を代表する思想家として知られるアルベルトゥス・マグヌスは、アリストテレスの思想をキリスト教に取り入れて神学の基礎を築いた碩学。そして同時に、大魔術師として伝説となっている人。
そのアルベルトゥス・マグヌスの魔術をまとめ、キリスト教会の禁書目録に挙げられたという本。
ちなみに、現在放送中のアニメ『とある魔術の禁書目録』のことは、この本を図書館から借りる際にはまったく意識していなかった。主要登場人物に「ステイル・マグヌス」っているね。「禁書目録」を守る人。そういえば、「禁書目録」と書いて「インデックス」と読ませるわけで、こんなところでJポップ語みたいなものが出てくるとは…。アニメやライトノベルの世界では、わりと多いぞ、このパターン。

さて、この本の詳しい内容については、書ければ次回くらいに記事にしたいところだけど、できなかったらすみません。
今回、何が言いたかったかというと、この本、あまりにとんちんかんで、ところどころで声を上げて笑っちまうんですよ。
ちょっと前に、女優の蒼井優さんが、谷崎潤一郎の『卍』を読んで笑うという話をしていたのを思い出しました。
たとえば、「サルビアを肥料といっしょにガラスの壜につめると、そこから蛆か鳥が生まれて、その血を誰かの鳩尾に塗ると、15日以上意識を失う」とか、「その蛆を焼いた灰をランプに入れて火を点けると、部屋の中が蛇でいっぱいに見える」とか言って、それを「われわれは何度もこの経験をしている」って言い切るんですよ。このまじめに言い切っているところで笑っちゃうんだよねぇ。中にはほんの一部だけ、科学的・医学的に役立ちそうなことが紛れ込んでいるのだけれども、ほとんどが眉唾もので、その出鱈目さ加減がハンパなく面白い。なんでそれとこれとを組み合わせようと思ったんだろってなものばかり。しかも、みんな効果絶大!
全篇、こんなんばっかりなんで、楽しくってしょうがない。古い魔術書を読んで、ケラケラ笑うヤツも珍しいのかもしれないけれども、おかしいんだから仕方ない。
笑うことを狙って書かれたコメディだけが、”笑えるもの”ではないということなのですよね。
本なんて、自分のチョイスと視点で、どうにでも楽しめるってことなんだと思うのです。
そうやって読んできたから、前段のようなハズレ本には滅多にお目にかからないんですが。自分で本能的に避けるか、でなければ読み方を工夫すれば、大抵のものはイケるはずなんで。
ただ、あとはセンスの問題で、書き手と決定的にセンスが合わないと、読むことができないんですよね。そのレア・ケースに、今回はぶちあたったわけです。小説の場合は、文体の好みっていうのもあるね。

たしか、金田一秀穂さんのお話だったと思うのだけれども、子どもの頃に愛読していたのは、地図とか時刻表とか歴史年表だったって。国語学者のご子息としては意外だけど、そういったものを”本”として楽しんでいたわけですよね。
私も子どもの頃に愛読していたのは、辞書や図鑑だった。地図を見るのも大好き。母いわく、「辞典を読んで、ひとりでケラケラ笑っている変わった子」だった、と(苦笑)
小説やエッセイのようなものばかりでなくても、活字で楽しめるものはあるわけですね。
考えてみると、子どもの頃から、活字の楽しみ方は変わってないのかもしれないな。
posted by nbm at 02:05| Comment(8) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

ちゃぱちゃぱ

昨日は観閲式本番。
遠く爆音が聞こえてきたので、ベランダに出ると、戦闘機や飛行艇などが大きくぐるりと弧を描いて飛んで行くのが見えました。
数機ずつの編隊が、会場の上空を飛んで、もと来た方角へ帰っていきます。どういうわけかいつもはうるさく感じるヘリの編隊に気づかなかったので、ヘリの編隊はもう飛び去ってしまった様子。飛行機がわんさか飛んでます。遅ればせながら、ベランダから双眼鏡片手にダンナさんと見物。中でも、垂直尾翼が赤いU-36Aがかわいかったのと、F-15がうるさかったのが印象的でした。F-2、F-4はそんなにうるさくなかったんだけどな。やはりエンジンなどの違いによるんでしょうかね。
日米安保条約50周年記念ってことで、今年は米軍も参加しているらしく、観閲式終了後には自衛隊機と別口で、米軍の座間キャンプからUH-60(ブラックホーク)、三沢基地からF-16が祝賀飛行したという話。自衛隊機の飛行が終わってしまったので、部屋に引っ込んだら、こちらには気づきませんでした(苦笑)
まぁ、60機もヘリや飛行機が編隊を組んで飛んでいたらしいので、その様は、壮観です。
しかし、先週の予行の際には、自衛隊に50件も騒音の苦情が寄せられたんですと。自衛隊の存在を良く思わない人か、この辺に越してきて間もない人でしょうか。
地元民なら、”10月といえば観閲式”という刷り込みがあるので、「そろそろ騒々しくなるな」と気構えします。開催が3年毎になって、忘れがちではありますが。本番が過ぎれば静かになりますし、戦闘機など珍しい飛行機やヘリが見物できるのがあり難い自分としては、ちょっとしたお祭り気分(笑)航空基地の近所は常にうるさいのかもしれませんが、ここらは通常はヘリがたまに飛んでるくらいで気になりません。
だけど、観閲式を知らないと、「この騒ぎは何事か?!」と思いますよねぇ。なにか有事があったのかと勘ぐりたくなる気持ちもわかります。

曇り空でちょっと残念なお天気でしたが、雨が降り出したのは暗くなってから。
超のつく雨女の私が買い物に出かけようと支度をしていると、雨が降ってきましたよ(笑)
観閲式に参加していた車両なのか、見慣れない自衛隊の車両が、幌がかかった何かを牽引して目の前を通り過ぎて行きました。
傘をさして歩いていると、急な雨に道行く人はみんなずぶ濡れ。ごめんなさいね。私が出かけたせいです(苦笑)
スーパーの入り口で傘を傘袋に入れていると、雨が降っているのを見て呆然としたおじいさんが「たくさん降ってますか?」と話しかけてきました。
「けっこう降ってますよぉ」とお返事。
お店に来たときには降ってなかったんだよね、きっと。
しかし、なぜ私に話しかけるのか。その瞬間、私のほかにも外から店内に入ろうとしている客は何人もいたんだけどな。私はそんなに”どうぞ、話しかけてください”オーラを放っているのかい?いつものことながら、不思議で仕方ない。この見知らぬ人から話しかけられる頻度。

どうでもいいっすね、こんな話。

じゃ、どさくさにまぎれてここで、ちゃぱちゃぱ。
最近、私の頭の中は、ちょっと油断すると♪っちゃぱちゃぱ〜♪というフレーズで占領されてしまいます。
TVアニメ『ヨスガノソラ』の”真ED”に使われている、ももいろクローバー『ピンキージョーンズ』という曲です。
ももいろクローバーは、名門スターダストプロモーションが放つ、ジュニア部門のメンバーで構成されている平均15.3歳のアイドル・ユニット。事務所が事務所なんで、みんな激かわいいです。コチラのHPでPVが視聴できます。赤(リーダー・百田夏菜子)の身体能力が気になる…。
さて、その『ヨスガノソラ』ですが、18禁ゲーム原作のアニメ化ですから、内容は推して知るべし。大概のTVアニメ作品は、オープニング・Aパート・Bパート・エンディングという構成になってますが、この『ヨスガノソラ』は、通常のエンディングの後にCパートとでも呼ぶべきおまけ部分がついていて、その後にもう1度エンディンング曲が流れます。ここで使われているのが『ピンキージョーンズ』。そして、このエンディングの映像がまたよく出来ています。ももいろクローバーのPVもかわいいですが、アニメのエンディングも曲にマッチしていてかわいいです。すぐに消されるかもしれないけどYouTubeにHDがありました。→コチラ
ただし、本編もさることながら、この作品のCパートがクセモノ。地上波では修正なしには流せない非常にキビしい内容。完全にアウトです。
そんな内容のアニメのエンディングに、ジュニア・アイドルを使っていいのか?『kiss×sis』でエンディング・テーマを担当したゆいかおりも15歳と17歳のユニットだったけど、きわどい内容の作品にこんなこどもたちを関わらせていいのか?おばちゃんは、心配だよ。
ところで、『ヨスガノソラ』は栃木県足利市を舞台にした作品なのだけれども、各地でアニメで町おこしが企画されている中、足利市でも町おこしをという声が上がったらしい。
いやいや、ちゃんと作品観た?やめといた方がいいんじゃない?
posted by nbm at 15:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月21日

画鬼の描く妖かしたち

まだ会期があるから、「そのうち行こう」などと思っていた美術展。
気づけばいつのまにか10月も後半になり、危うく行けなくなるところでした。
今回は、『暁斎一門の描く妖しき世界-幽霊・妖怪画展』が開催されている河鍋暁斎記念美術館に行ってまいりました。
いくつかの展覧会で、見かけてきた河鍋暁斎が気になっていたのですが、その暁斎の美術館が埼玉県にあると知ったのは数年前だったでしょうか。関西方面で開かれてた展覧会に行けずにくやしい思いをしていたら、埼玉に美術館があることを教えてくれた方がいらっしゃいまして、それから、いつか行こうと思っていたのですが、多彩な暁斎作品の中でも、幽霊画・妖怪画を集めた展覧会がたまたま開かれていると知り、今行かなくてどうする!と行ってきたわけです。

河鍋暁斎記念美術館は、埼玉県蕨市にあります。JR西川口駅からちょっと離れた所。失礼ながら、なんでこんな辺鄙な所に?と思ったら、暁斎の曾孫にあたる方が自宅だった建物を改装して美術館にしたということなのです。
バスも走ってますが、本数が少なめなので、時刻表をプリントアウトして行きました。運良く、行きも帰りもぴったりのバスがあって、待たずに乗れました。バス停留所からの道は美術館のHPにも写真つきで案内されてますし、ストリートビューでも予習したので、バッチリ!

美術館へ向かう道、知らない地域の知らない住宅街を進みつつ、65daysofstaticを聴いていたら、異次元へ迷いこんでしまったような、なんとも不思議な感じになりました。
そして、美術館に到着!もとは一軒家なので、不思議な作り。まずは道路沿いのミュージアムショップで入場券を購入。それからかつての母屋っぽい美術館の玄関に向かいます。
閉ざされたドアの前で、どうしたら入れるのかと呼び鈴を探していたら、中から見えたのかドアを開けてくれました。
展示室が3つ。まず第1展示室に案内されるとドアを閉められ、幽霊画のたくさん掛かる室内にひとり閉じ込められる(笑)ここから鑑賞開始です。

初っ端から、幽霊が描かれた錦絵。番町皿屋敷のお菊さんです。構図がすばらしい。漫画のコマ割のように区切られて、いくつかの絵で構成されているのですが、別のコマからニュルリと化け出ている感じです。今回の展示では誰かとの合作作品がいくつかありましたが、これもそのひとつ。幽霊と風景部分を暁斎が担当したのだとか。
幽霊の絵は下絵が多かったですが、それがかえって興味深いものでした。ある幽霊画のモデルとなったのは、暁斎の2番目の妻・お登勢さん。亡くなった妻の姿を写生し、それが活かされているとのこと。暁斎は、子どもの頃、神田川に流れていた生首を拾ってきて写生したという逸話を持っているくらいですけど、研究熱心というか、なんというか…。
下絵がおもしろいのは、サインの練習がしてあったり、足元に上下が逆さの顔が描かれていたりするところ。逆さの顔は、1度描いた顔が気に入らず、紙を逆さにして描き直したからなのでしょう。こんなものはなかなかお目にかかれませんね。絵の中の幽霊は、みんな目線があさってを向いてました。こんな風にあらぬ方向を見ているのは、”この世の者でない”感を強調するためだったんだろうか。それとも、絵の中の幽霊に見られてたら「こっち見んな」ってなるから?
幽霊画で他に面白かった点は、両手を高い位置でぶら下げて僧侶を脅かしていた幽霊がいたこと。この古典的な幽霊のポーズは、いつから始まったんだろう?対する僧侶はひっくり返ってびっくりしていて、このひっくり返って驚くという絵は他にもいくつかあったのだけれども、人間、あまりに驚くとひっくり返るもの?
絵の世界の中で、あまり他で見たことがないモチーフも目につきました。たとえば、もぐら。もぐらの絵って、見たことないかも。他に面白かったのは、手長・足長。これ、『山海経』に出てくる異世界人らしいのですが、手が異常に長い人と、足が異常に長い人。どうも縁起物のような感覚で描かれていたよう。手長海老や手長猿といっしょに描かれて、長いもの尽くしになってたりしてます。ある作品の中では、やはり『山海経』に出てくる、胸にポッカリと穴のあいた胸穿人と足長が組んで、輪くぐりみたいなことになってます(笑)

もうひとつ面白かった側面は、幕末から明治にかけてという時代だったために、今まで日本になかった新しい文化が描きこまれ、時代の変化を感じさせる点です。
シルクハットや洋装、女性のドレスもちらほら。郵便配達夫の格好をした天狗が、電線の上を飛んでいたり。
「開化の御代にはいらぬ物」と言われた妖怪・鵺が、自分と同様に不要となった甲冑や刀などを背負い、肩を落として泣きながら去っていく姿…。なんてキュートな鵺なんだ!
妖怪の学校を描くシリーズもありましたが、河童の先生が黒板を指しつつ「SHI RI KO TAMA」とか教えてるし(笑)

一番お気に入りになったのは、笑っている骸骨の後ろ姿を描いた絵。墨絵ですから墨色の線でシンプルに描かれているだけ。自分と同様に骨だけになってる扇子を持って笑ってます。背中で。これだけで笑ってるように見えるって、すごくない?
もうひとつ、極彩色の錦絵で気に入ったのは、「地獄太夫 がいこつの遊戯を夢に見る図」。美術館の英語HPにこの絵が載ってます。堺の遊女・地獄太夫が見る夢を描いたもので、墓場の下から沸いて出た骸骨たちが、思い思いにいろいろなことをして楽しんでいる絵。将棋を指したり、楽器を弾いたり、相撲をとってバラバラになってみたり。

地獄太夫といえば、アニメ版『地獄少女』のオープニングには、暁斎の絵が使われてました。

ちょっと関係が薄いですが、このクールに放映されている『おとめ妖怪ざくろ』に出てくるキャラクターで、小さなかぼちゃに胴体が付いたみたいな妖怪がいるのですが、こんな妖怪いるんかい?って思ってたら、暁斎の絵の中に登場してました。おまえら、ここに居たんかい!付喪神の類か?

まぁ、とにかくほとんど人がいなかったので、ほとんど貸切状態のような感じで、1作品1作品をじっくりと鑑賞できました。メモをとりつつ鑑賞していたら、「何かお調べですか?」とスタッフの方に聞かれる。「特にそういうわけではないのですが」とドギマギしてたら、個々の作品についている解説をまとめたものをプリントして渡してくださいました。親切。

ちょっとおもしろい所にありますが、ちょくちょく展示を変えて、いろんな側面から河鍋暁斎の絵を展示しているようなので、興味のある方はぜひ。

せっかく西川口まで出たので、ちょっと足を伸ばして、寄り道をば。
国内最大級というショッピング・モール、越谷のイオンレイクタウンまで行ってみました。
ひろい…。ひどいひろさだ…。
その上、周囲にまだなにか作ろうとして造成してました。っていうか、住宅か?マンション群ができるのか?
デカい調節池のほとりに建つ、巨大ショッピングセンター。歩けども歩けども店が続く。駅側にKAZE、その先にMORIがあるが、KAZEを抜けるのに何分かかった?まずMORIを見ようと思っていたので、どの店にも寄り道しなかったけど、連絡通路に辿りつくまでにKAZEの中を相当歩きました。
ということで、MORIだけでもあまりの広さにまぁるく見ただけでギブ・アップ。端から端まで見るような余裕はありません。他でもよく見かけるようなチェーン店はパスしても、どうにもならない広さがありました。
お子さんを乗せるカートには、ドリンクホルダーなどが付いていて、充実の仕様。ペット・ショップがある近辺はペット連れでもそのまま入れるらしい。
あまりの広さに、遊歩道代わりにウォーキングをしている人もいる。
だけどねぇ。あれだけ広いと、逆にどうでもよくなるね。ものを買う気にならない。見るだけで終わっちゃう。結局、私が買ったのはKEYUCAのポチ袋と、クリスピー・クリーム・ドーナツのドーナツ(笑)
ドーナツ店、平日の遅い時間だったからなのか、ガラガラ。前は行列してたよね?コールド・ストーン・クリーマリーもガラ空きだったような…。前は行列してたよね?時間帯が時間帯だったからなのかなぁ。それとも、みんな、飽きるの早い?

今月中にもうひとつ行きたいところがあるのだが、それはまた今度。

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2010年10月18日

耳を塞ぐと…

最近、ヘッドフォンやイヤフォンを装着することでうまれる危険性についての話題を立て続けに目にしました。
ひとつは、女性がヘッドフォン・イヤフォンを装着したまま歩いていると、痴漢被害に遭いやすいから気をつけましょうという話題。
もうひとつは、ヘッドフォン・イヤフォンを装着したまま自転車を運転することは、道路交通法では定められていないものの、34都道府県の条例や公安委員会規則等で禁止されていることをあらためて知らせるニュース。
状況が違いますから、二つの話題をまとめて語ることはできませんが、共通して言えることは、ヘッドフォン・イヤフォンを装着すると、危険察知能力が落ちるという問題が根底にあることが言えると思います。
こういうことを言うと、「ヘッドフォン・イヤフォンをしていても、自分はいつも気をつけているから大丈夫」という方がいますが、それは危険察知能力が低下していることを自分で認識していないだけだと思います。
いちいち面倒なんで、ここからはイヤフォンとだけ表記することにします。

当然、ラジオ番組や音楽などをイヤフォンで聴きながら移動していると、周りの音は聞こえにくくなりますよね。
東京都の「くらしの安全情報サイト」に、おもしろいものがあります。イヤホン使用による聴覚感度の低下の体感サンプル音。イヤフォンをしていると、どの程度周囲の音が聞こえづらくなっているかが体験できます。
イヤフォンを装着していて、電車の接近に気づかず、駅のホームや踏み切りで死傷事故となった例も報告されています。上のサンプルを聞くとよくわかりますが、アナウンスや警報、電車が近づいてくる音などが聞こえていなかったのでしょうね。

耳は音を聞くものだと限定して考えていると、音量を抑えて聴いている分には、周囲に常に気をつけていれば大丈夫だと思うかもしれません。
しかし実は、耳は”気配を感じる”器官なのです。いくら音量を下げようが、耳をイヤフォンで塞いでしまえば、その”気配を感じる”器官は使えなくなるも同然。耳を塞いでいなくても気配が感じられない人もいますが、それはまた別の話。あくまでも、元々使える状態にあるものを使えなくしているということです。もっと感覚が鋭敏な人は、鼻でも感じたりするらしいのですが。
もともと耳は、危険性のないような連続した音にはあまり注意を払わないようにできていて、物が壊れたりする突発的で危険と判断される音には鋭敏に反応するのだそうです。
つまり、それだけ危険察知をするための器官とも言えます。
その器官を塞いでしまうのですからねぇ。

なんでこんなことを言っているのかといえば、私もイヤフォンで失敗したことがあるからです。
夜道でバス停から自宅まで歩いているときに、それまではそんなことしたことがなかったのに、その日はバスから降りてもイヤフォンをはずさず、音楽を聴きながら歩いてました。
「こんなことしてたら、襲われそうになってもわかんないだろうな」
とのんきに考えてたら、その瞬間後ろから羽交い絞めにされたんです。
予想通りにタイミングよく痴漢に襲われました(笑)
犯人は、ずっと後ろに乗ってきた自転車を止め、忍足で後ろから付いてきていて、私が無防備だと判断するや、抱きついたのでしょう。
そのときの私は、人が後ろから近づいているなんて、まったく気づきませんでした。気配を感じなかったんです。断っておきますが、普段の私は勘が鋭く、それは過去記事「不思議な話」を読んでいただくとわかると思いますが、その私が、人が近づいてくる気配に気づかないなんて…。
幸いにして、何を思ったか唐突にしゃがんでみたら、羽交い絞めから解放され、悲鳴をあげると、犯人はスタコラ逃げていきました。強く抑えられた唇が腫れましたが、少々胸を触られたくらいで他にこれといった被害はなくて済みました。当然、恐怖心は残りましたが。

ちなみに、被害に遭ったのは、自宅からほんの数十メートル手前。自宅にはすでにダンナさんが帰宅してましたが、これまたヘッドフォンで音楽を聴いていたため、私の悲鳴も聞こえなかったらしいです(苦笑)

ということで、私はイヤフォンをしていることでいかに気配を感じることができなくなるかを身をもって体験しました。
それ以降、イヤフォンで音楽を聴きながら夜道を歩くということはトラウマとなり、ウォーキングが習慣になった時には音楽を聴きながら歩きたかったのですが、恐怖心が先にたって、なかなかできませんでした。
今は昼間ならウォーキング時にイヤフォンで音楽を聴いてますが、音量は控えめ、道の端を歩き、時折後ろを振り向くなどして周囲に気を配りつつ歩いてます。

人間が外界から得る情報は、たしかに目で見ることによるものが大きいと言われています。しかし、目だけでは得にくい情報もあるのですよ。
痴漢被害だけでなく、ひったくりなんかも考えられますから、何も女性だけに限った話ではないと思います。
イヤフォンを装着しているときは、それだけ危険にさらされているという認識は持っていただいた方がいいと思います。女性の夜道でのイヤフォンの使用は、本当に避けた方がいいですよ。
こう言うと、イヤフォンをしていないから襲われないというものではないと思われる方もいるでしょうが、危険を少なくするだけでも違うと思います。油断している人ほど狙われやすいですからね。
痴漢被害に限って言うと、私は不細工だからとか歳を取ってるからなんていうのは通用しません。ヤツら、何でもいいんですからね。いろんな趣味の人がいますし。
多少触られるくらいなら目をつぶろうという勇者もいるかもしれませんが、薬を嗅がされたり、刃物を突きつけられたりすることもないとは言えません。
場合によっては、痴漢でなく、いきなり刺されたり殴られたりすることだってあるかもしれません。

自転車に乗る場合は、私も音楽好きの端くれとして気持ちはわからなくもないです。通勤・通学やサイクリングの時間に音楽が楽しめなくなるなんてと残念に思いますが、事故を起こしては元も子もないんで。そこは、景色を楽しみ、風を感じながら走るってことで。何より、自分は守ってくれるクッションも何もない素の状態でヘルメットもつけず、けっこうなスピードで走る車両に乗っているということを忘れてはならないと思います。
余談ですけど、どうしてこう空白を埋めようとするのでしょうかねぇ。自転車に乗っていても、歩きながらでも携帯電話を操作したい人が多いみたいですけど、どうやら”ヒマ”だっていうことらしいんです。何かして時間を埋めたい。音楽プレーヤーが手放せないのも、「音楽が好きだから聴いていたい」というよりも、「隙間を埋めたい」という感覚が強いように思えてなりません。今のように小型の音楽プレーヤーが普及していなかった時代は、いつでもどこでも手軽に音楽が聴けるわけじゃなかったけど、それがさびしかったわけじゃないし、”ヒマ”だとも思わなかったけどなぁ。

じゃあ、同じ車両として車は音楽を聴いてるじゃないかってツッコミを入れたくもなりますが、車内でヘッドフォンしている人はあんまりいませんね。耳を塞ぐことがよろしくないので。もちろん、爆音でカーステはダメですが。
これも余談ですけど、交通法規に則ってさえいれば、意外と車の方が規則的に動くものだと思うんです。自転車は自由度が高いですからね。ウィンカーもストップランプも付いてないし、手信号をやる人もいません。今目の前を走る自転車が次にどうするのか予測がつかない。交通法規は別にして、歩道も車道も走る。車や歩行者から見ると、自由でスピードがある分、動きが唐突で危ないと感じるのかもしれません。

では、耳を塞がない骨伝導タイプのイヤフォンならどうなんだという話になりますが、どうなんでしょうね。耳を塞がないとはいえ、やはり音は聞き取りにくくなるから、規制の線引きをするとしたらやはりアウトかな。

最近ね、ヒトの危険察知能力はどんどん低下しているような気がしているんです。
想像力の欠如といえばそれまでなんですが、こうすると危ないというようなことに無頓着すぎるような気がして。
イヤフォンをして移動していても危険な目に遭ったことはないという人がいますが、たぶん、自分が気づかないだけで、周りから見たら「危ない」と思われたことがあると思いますよ。

いろんな考え方、立場の人がいますから、たとえ道路交通法で禁止となったとしても、どれが正解とか言うつもりはありませんが、イヤフォンをしていると危険察知能力が落ちるということだけは動かしがたい事実だと思います。
罰金などもありますので、あとは個人の判断、自己責任です。
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2010年10月17日

大砲と電話

来週の日曜日は陸上自衛隊の観閲式。
ということで、ここ最近は練習をしているらしく、頭上をヘリや飛行機が爆音で飛び交い、空砲を打つ音が聞こえてきます。
今日は総合予行が行われているようで、朝からヘリがうるさいっす。そろそろ大砲の音が聞こえてくるかも。
自衛隊の創設以来、神宮外苑で行われていた観閲式が、朝霞演習場に移ったのが昭和48年だそうで、平成8年からは、海上自衛隊の観艦式や航空自衛隊の航空訓練展示もまとめて、陸海空の持ち回りで観閲式を実施することになりました。
毎年朝霞で観閲式が行われていた頃、演習場に隣接した高校に通っていたため、体育の時間はブルマをはいた女子がわんさかいるグラウンドのネット一枚隔てた向こうで、戦車が地響きをたてて走るという状況。観閲式が近くなると、授業はヘリの音でまったく聞こえず。前日から道には数十メートルごとに機動隊が警戒に立ち、道路では展示用のミサイルが運ばれるというものものしさを経験してきました。
しばらく前から、空が騒がしく、日中に大砲の音が聞こえてきていたので、今年は陸自の年なのだなと思っていたのですが。
この大砲、どんなものなのかと思ったら、榴弾砲というヤツで、最近のものは20〜30kmも射程距離があるそうで、びっくり。そんなに飛ぶんかい。もちろん、観閲式では空砲なわけだけど、離れていてもけっこうな音が聞こえるので、間近で聞いたらものすごい音だと思われ…。
と言っているところで、ちょうど空砲が聞こえた。今日のは、なんだかいつも練習している音より低音に聞こえる気がする。不思議だな。

さて、もうひとつ、音の話。
先日、『ケイゾク』の二番煎じドラマ『SPEC』の中で、電話からは鈴虫の鳴き声は聞こえないという話が出てきました。
電話が伝えるのは、300〜3400ヘルツの周波数帯の音で、それ以外は伝わらない。鈴虫の鳴き声は4000ヘルツあるそうなので、電話の向こうの鈴虫の鳴き声は聞こえないわけですね。

それで思い出したことがあります。
ある年の税理士試験本番。とある大学の校舎で行われていたわけですが、2科目目の試験が始まってすぐに突然非常ベルが鳴り出し、そのけたたましい音は、試験中も止むことなく、試験後も鳴り響いてました。別にそれ以上の騒ぎはなかったので、火災が起こったわけでもなく、うるさいことこの上なかったわけですが、そんな状況でも試験が中止されることはなく、みんな必死で無視して試験に取り組んでました。けたたましい音だったけれど、ずっと同じ音が鳴り続けているというのは、わりと無視しやすいもんです。それとも、非常ベルの音には何か秘密があるんでしょうか。
試験後、終わったことを家族に伝えようと電話をしました。おもしろいからと非常ベルが鳴り響く場所からわざわざ電話したのですが、相手にはその音がまったく聞こえないようでした。私にとっては、相手の言葉を聞き取るのが難しかったのですが、会話は普通に出来ました。どうやら、非常ベルの音は電話を伝わらないらしいとは思ったものの、それがどういうことなのかまでは考えませんでした。
非常ベルの周波数は、鈴虫の鳴き声と同様に電話が伝える周波数に含まれていなかったということなのでしょう。

普段は周波数帯など意識しないのですが、我々をとりまく電波は、使用周波数帯を細かく分けられ、色々なことに使われているのですよね。
そういった中で、総務省の周波数再編にともなって、800メガヘルツ帯の使用が変更されることになり、そのせいで現行使っている携帯電話が夫婦そろって使えなくなるという事態になっているわけで。そろそろ機種変更を考えねばなりませんかねぇ。気に入ってるから変えたくないんだけどな。
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2010年10月16日

テレパシーぴぴぴ

ちょっと前の話。
夕方、近所の大型スーパーへ買い物に行く。
広い駐輪場に自転車を止めて、店の建物の方へ数歩歩き出したところで、何かを感じて立ち止まり、振り返ってみる。
すると、数十メートル先の駐輪場内にダンナさんの姿が!
そのときにはまだコチラに気づいてなかったようで、近づきつつ手を振ったら気づいた。
ダンナさんは自分の買い物を済ませて、帰ろうとしているところだったらしい。
私が駐輪場に入ってきたときには、ダンナさんの姿は見当たらなかったから、私が自転車を止めている間にダンナさんが店から出てきたんだろうか。
トイレットペーパーを買う予定だと話すと、お買い物に付き合ってくれて、この大物を持ち帰ってくれた。

そして、昨日の話。
うちでは、毎日ダンナさんがお昼ご飯を食べに帰ってくる。
ダンナさんの職場では、社長がこの夏からバーベキューに凝っていて、たまにダッジオーブンで作った焼き芋なんかをおみやげに持ち帰ってくれていたのだけれども、ほんの数回、ステーキやお魚など、まるまるお昼ご飯のおかずになるものを持ち帰ることがあった。そういうとき、うちで私が作ったおかずは食べられずに余ってしまう。まぁ、それを夕飯にまわせばいいだけなのだけれども。
昨日の昼、うちの献立はチャプチェと、コーンと卵のスープ。チャプチェは韓国風すきやき(プルコギ)にはるさめを加えた感じ。うちでは、韓国のはるさめに食感が似ているマロニーちゃんを使う。
まず、スープを作る。中華だしを入れたスープに少量のお酒と缶詰のクリームコーンを加えて、片栗粉でとろみをつけ、溶いた卵を流しいれる。塩コショウで味付け。あとは青ねぎを刻んで入れればいい。すごく簡単。
同時に、マロニーちゃんをゆで、チャプチェの調味料を混ぜておく。酒・砂糖・すりごま・しょうゆ・コチュジャン・おろしにんにく。
あとは牛肉をこの調味料に漬けて、細切り野菜とはるさめといっしょに炒めればできあがり。こちらも簡単な料理。
なのだけれども、なぜか作業がゆっくりになる。どうも先に進めない方がいいような気がしてくる。そのうち、ダンナさんが例のバーベキューでおかずを持ち帰るような気がしてならなくなった。
はるさめをゆで、調味料を混ぜたところまでで止め、肉を漬けることはせず、野菜も切らなかった。
そしてダンナさんが帰宅。
「電話もしなくてゴメン。またセットでいただいてきちゃった」
やっぱり、おかずをおみやげに帰ってきた。大きなハンバーグと付け合せの野菜。
「そんな気がして、お料理を中途半端なままにしてたところ」
調味料に肉を漬け込んでいたら、後で夕飯に食べようにもしょっぱくなりすぎていただろうし、野菜は切ってしまったら乾燥してしまっていたでしょう。セーフ。
ちょうどよく、スープだけは作っていたので、ハンバーグにごはんとスープを添えればいいだけ。中華風スープだからちょっと合わない気もするけど。まぁ、いいよね。
ハンバーグも美味しかったけど、丸ごと焼いた玉ねぎににんにくみそを添えてもらってきたのがとっても美味しかった。
ということで、チャプチェはめでたく夕飯にまわりました。

それにしても、私はなぜ、ダンナさんがおみやげを持って帰ってくるのがわかったのでしょうか。
今までのおみやげに曜日などの規則性はありません。今日はそうなるかもなどという前フリも一切無し。ダンナさんの職場が近いとはいえ、バーベキューの匂いが漂ってくるほどは近くない。
私は何を根拠にそう思ったのか。それも、段々確信に近くなっていたし。

傾向性として、この勘が鋭い時というのは、不思議と自分の体が弱っている時が多い気がしています。
昨日も、午後は微熱が出て、ひどくだるかったので寝てました。
その熱も、夜になって、首をアイスノンベルトで冷やしたのと、ダンナさんが買ってきてくれたアイスクリームとでペロッと下がりましたが。
どうも自分の生命力が弱ったときに勘が鋭くなるような気がしてます。
どうなってるんだろう?
posted by nbm at 10:47| Comment(2) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

【認知症】新薬に期待

昨日は、認知症の父を病院に連れて行く日で、しかしなんだか気が重く、腰も重かったわたくし。
そんな私を見て、ダンナさんがサッと車のお掃除をしてくれました。おかげで、気持ちよく出かけることができました。
帰ってくると、先に帰っていたダンナさんが、私が放って出かけたお勝手の流しを片付けておいてくれて、私が片付けるより綺麗になってました(笑)
帰り道は、途中で故障車がエンコしていて大渋滞。なんだか背中がバキバキに張ってしまっていて、自分でツボ押しグッズを使って背中のツボを刺激していたら、ダンナさんが見かねてマッサージしてくれました。
私は不思議とマッサージというものが苦手で、もみかえしで逆に痛くなるか、くすぐったいだけかどちらかで、あまり気持ちよいと思ったことも無ければ、効くことも無いのですが、ダンナさんは私が霜降りのお肉でできていることをよくわかっているので、ちょうどいい力加減でマッサージしてくれて、すごく楽になりました。
いつもながら、感謝、感謝です。

父はといえば、このところ認知症が急激に進行しているような印象だったのですが、前回アリセプトを3mgから倍の6mgに増やしてもらって様子を見てみたところ、表情も明るくなり、受け答えもしっかりしてきて、うまい具合にお薬が効いているよう。活動的になり過ぎることもなさそうだし。
まだもう少し、アリセプトでなんとかなりそう。

今までは、アルツハイマー型認知症の薬といえばアリセプトしかなかったのだけれども、最近新しい薬の名前を聞くようになりました。アリセプトは軽度の患者さんにしか有用でないと言われていましたが、中等度以降の患者さん向けのお薬がいくつか開発されているらしいです。

ひとつは、ガランタミン。ラッパズイセンからとれる誘導体を成分とするお薬。アセチルコリンの濃度を高めるお薬で、認知症の進行を抑制する作用があるとされる。製造元のヤンセンファーマ(株)によると、現在、国内製造販売承認申請中。2000年に欧州で承認されて以来、すでに世界70カ国以上で使用されているお薬。日本ではまだ承認されていないため、中には無茶して個人輸入で入手している人もいるよう。一部の大学病院などでは臨床試験に参加しているところもあるようなので、そういうところを探すのもひとつの手ですね。何にせよ、早く国内の認可が下りるといいな。

もうひとつ、中等度から重度の患者さん向けのメマンチンというお薬も開発されているらしい。脳内神経伝達物質であるグルタミン酸の過剰排出を抑制し、その働きを阻害して神経細胞を保護するお薬。もともとはパーキンソン病のお薬らしい。ヨーロッパ各国やアメリカなど60カ国以上ですでに使用されているが、日本国内ではやはり承認申請中。こちらは、アリセプトを飲み続けてきた患者さんに、アリセプトと併用することでの効果が期待されているのだけれども、ある程度症状が進んでしまった状態を維持することになるわけで、薬の存在意義自体を疑問視する声も。

日本は、薬や食品についての規制が厳しく、認可されるまでに時間がかかることが多いような気がするけれども、なんとかならないものでしょうか。
フライングして、副作用などの危険を顧みず、高いお金を出して個人的に入手している人もいるわけで。
いくら臨床試験を重ねて安全性を確認しても、結局は合うか合わないかは個々人で試してみないとわからないし。
とどのつまりは自己責任ってことになっちゃうけど、試すという選択肢を作ることはしてくれてもいいような気がするのですが。
どちらにしろ、”治す”ものではなく、あくまでも”進行を抑える”ものでしかありませんが、認知症患者を抱える家族はわらにもすがる思い。1日も早い認可を望みます。

ところで、父は今、虫歯も治療中。
歯の磨き方がなっていなかったようで、歯の根元から虫歯に侵されてしまいました。歯の裏側が全部ダメになっているらしいです。外から見ていると、まったく気付かないので、放置してしまいました。
歯の裏側や歯茎との境目部分を磨くべきだということを全然認識していなかったよう。おそらく歯周病との関係もあると思うのですが。
ある日、父の裸足の足を見せてもらったら、指の部分が真っ黒だったということがありました。お風呂も自分で入っているので、母も特に注意することがなかったのでしょうが、細かい部分がちゃんと洗えてないみたいです。そういう細かい部分もたまにはチェックしてあげないといかんなと思いました。
歯磨きに関しては、昔の認識からずいぶんと変わっているのかもしれません。歯の根元を磨くというのも、もしかしたら昔はあまり強調されていなかったかも。歯槽膿漏という言い方は昔からあったような気がしますが、歯周病が騒がれ始めたのも割りと新しいことのような。

いろんな方面で、次々に新しいことがわかってきても、その情報が、年寄りには伝わりにくいということもあります。
そういう意味でも、年寄りとの会話というのは重要だと思います。ふとした会話から、現在の認識とはかけ離れたことをしていることに気づく場合も少なくないので。
posted by nbm at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 認知症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月13日

己を受け入れる

数年前から絶賛開催中のはずの”ひとりSFキャンペーン”ですが、まったく進まない(苦笑)
何か1冊でもSFを読もうと、やっと手に取ったのがピーター・ディッキンソン『エヴァが目覚めるとき』です。あんまりSF、SFしてないけど…。図書館では児童書コーナーにありました。
筋としてはネタバレになるかと思いますが、この小説のキモは細部にわたる描写だと思うので、これから読む方にもあまり影響はないかと。

地上百数十階の都市に人々がひしめき、野生動物のほとんどが絶滅した近未来が舞台。
チンパンジーを保護・研究する学者であるパパと交通事故に遭った13歳の少女・エヴァ。200日を越える昏睡から目覚めたときには、彼女はなんとチンパンジーの姿になっていた!

かつてケリーと呼ばれていた若いメスのチンパンジーの肉体に、エヴァの精神は定着する。
チンパンジーの研究者だった父親の影響で、チンパンジーとともに育ったエヴァにとっては、それは馴染み深い姿だったかもしれないけれども、人間として美しい容姿を持った13歳の少女が、突如としてチンパンジーとして生きていかなければならなくなったら…。
簡単に、己を受け入れられるわけがない。
ところが、そこはお話の中の世界といえばそれまでだけれども、エヴァはケリーの肉体を柔軟に受け入れ、チンパンジーとして生きていくことを受け入れる。

読む前の想像としては、いかに少女がチンパンジーとしての自分を受け入れていくかというのがテーマなのかと思っていたら、そこはわりとあっさりと受け入れてしまい、人類が滅んだあとの世界を想定するというもっと壮大なテーマに流れていくのだった。
極力、感傷が排除され、研究施設内で生きていくためには、テレビ局と協力して広告費を稼がなければならなかったりするような現実的な話が軸になっている。
研究者という立場の、幾分人間性を欠いた父親との愛憎にさえもあまり重点が置かれていないし。
そういう部分では、いい意味で期待を裏切られた。
人間の少女としての思考を持ったエヴァが、チンパンジーであるケリーの肉体を受け入れ、チンパンジー社会で生きていく様子が、淡々と描かれていく。
そうして、チンパンジーとして生きていこうとしているエヴァの前にグロッグという青年が現れる。そして、エヴァにこう語りかける。
おれたち人間の困ったところは、すぐに自分たちも動物だってことを忘れてしまうことだ。環境の限界を越えて動物の数が増えてしまったとき、なにが起こるか知ってるかい?自然はその動物の数を減らそうとするのさ。普通は飢餓におちいる。でもたとえ食べ物に不自由しなくても、その動物種の内部でなにかがはじけとんじまう。繁殖が止まったり、自分たちの子どもを食っちまったり、死ぬまでお互いにつつき合ったり……とにかくいろんなことが起こるんだ。おれたちだってそうさ。あらかじめおれたちのなかに組み込まれていて、逃げることはできない。だれも気づかないうちに、そういうことがもうずいぶん起こっているよ。後退というのか、逆行というのか。

つまりは、人類が滅べば、チンパンジーを施設で保護する人間もいなくなる。チンパンジーは自分たちの力で生きていかなければならないし、チンパンジーならそれができる。そういうことだ。そして、エヴァという存在は、そのときに種を保存する上で貴重な指導者となるはず。13際の少女、しかも突如としてチンパンジーの体を与えられた少女の双肩に、世界がのしかかる。人類が滅んだとき、チンパンジーから新たな進化を始めてもらおうということだ。
エヴァの存在は、まるで、『2001年宇宙の旅』で猿人に道具を使うことを教えたモノリスのようだけれども、チンパンジーという同種の中に組み込まれた特殊な存在だ。
聡明なエヴァは、リーダーとして頂点に立つのではなく、群れの中の一匹のメスとして、オスの立場も立てたりしながら、上手に振舞い、チンパンジーとしての生を全うしていく。

ところで、エヴァと同様に、チンパンジーに人間の精神を定着させようと何例も試みるけれども、ことごとく失敗に終わる。誰も、チンパンジーとしての自分を受け入れられないからだ。
この物語全体からいえば、ものすごく瑣末なことだけれども、人間は自分のことを受け入れて初めて、力が十分に発揮できるようになるのだと思う。自分を否定しているうちはダメだ。まずはダメな部分も全部いっしょくたに引き受けて、それからダメなところを改めつつ、前に進まなきゃ。とはいえ、これは理想であって、現実はそんなにうまくはいかないものだけどね。

大学時代、一般教養で生物学実験というおかしな授業を取っていた。
課外授業で、多摩動物園の群れで暮らすチンパンジーを観に行った。当時、チンパンジーを群れで飼育するのは珍しかったらしい。開園前の誰もいない動物園に特別に入れてもらい、チンパンジーの研究者から個体の特徴や表情の解説などを説明され、じっくり観察させてもらった。
群れのボスは今日初めての客に興奮し、助走をつけてアンダースローで糞を投げてくる。女房役のメスがその前に立ちはだかって、「あなた、やめて」となだめ、制止しようとする。
そんな微笑ましい光景を見ることができた。
遺伝子がわずか数%しか違わないという、ヒトとチンパンジー。彼らを研究することで、ヒトが得られる有用なことはたくさんあるように思う。

作中でグロッグが語った”滅び”は、現実世界でも、もうとっくに始まっている気がする。
ほんのちょっとバランスを崩すことで、それは加速しかねないし。
”滅び”をなんとか打開するとか、遅らせるとかするためには、国という小さな枠組みにこだわらず、ヒトという種として生き延びることを考えねばならないと思うのだけれども、それももはや奇麗事に過ぎない。いかんせん世界は大きくなりすぎた。
無力な一人間としては、静観するのみ。

いちいち聡明なエヴァの振る舞いに感心し、不思議な余韻が残る一冊。
posted by nbm at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

身近な自然を見直す

数日前のこと。
ダンナさんが「ちょっと出てくる」と玄関を出たと思ったら、瞬間的に戻ってきた。
何があったのかと思ったら、「コレが、落ちてた」と。
”コレ”というのは、コクワガタだった。コクワガタのお客さんは今年2度目だけれども…えっと、今10月なんですけど?
ダンナさんによれば、コクワガタは越冬するという話。そうか、越冬するヤツもいるのか。
でも、すっごい元気。うちでは昆虫といえばお約束のスピンドル・ケースに入れて、砂糖水を与えると、カシャカシャと外周コースを歩き回ってました。
元気そうなので、今朝、雑木林に放ってあげました。がんばって越冬しろよ。

昨日、『NHKスペシャル』で「日本列島 奇蹟の大自然」というシリーズが始まりました。
最初の部分をちょっと見逃しちゃいましたが、なかなかに興味深い内容でした。シリーズ初回の昨日は”森 大地をつつむ緑の物語”というテーマ。
落葉広葉樹が広がった日本の森に、多種多様な生物が暮らしていることが紹介されてました。
古代の日本が大陸とくっついたり離れたりをくりかえしながら、新しく生物が流入しては定着していく様子。そして、潮流や偏西風の影響。
比較的温暖な気候が保たれ、種類豊富な落葉広葉樹の森が常に存在してきたことで、多種多様な生物が残ることができた、と。
日本の固有種の数は、ガラパゴスよりも断然多い131種。同じ島国でも、氷河に覆われた時代があるイギリスは固有種0。
島国だし、意外と固有種が多いという印象はもっていたものの、あんなに騒がれているガラパゴスよりも多かったのか。ま、日本は意外と広いしね。南北に長いし。

日本の固有種がいくつか紹介されてましたが、どれも日本人には馴染みがあり過ぎて、他の国にいないなどとあまり意識しないものばかり。
たとえば、ニホンザル。北限のサルとは知っていたけれど、外国人からは”スノー・モンキー”と呼ばれて珍しがられ、”雪とサル”という組み合わせが不思議な風景に見えるとは思いませんでした。雪景色の中、温泉につかるサルという構図は日本人にはお馴染み。
アカトンボ(アキアカネ)も固有種。夏前に田んぼで生まれてから山に向かって夏を過ごすとは、知りませんでした。生まれたときには赤くない体が、秋になってまた低地に帰ってくる頃には赤く染まっている。それを”アカトンボ”と呼んでいたわけですね。

この辺りには、タヌキがたくさん生息してます。
車にひかれるドジなヤツも多く、車の前を横切る動物がいて、猫かと思うとタヌキだったということもしばしば。
この夏も、ダンナさんの職場の裏側が見える道路を歩いているとき、敷地内を歩く小さな影を見かけましたが、それは子ダヌキでした。しばらく前からタヌキの一家が棲みついているらしく、その一画はケモノ臭いという話でしたが、そいつを目撃。
タヌキは、もともと東アジアの固有種で、その亜種としてホンドタヌキやエゾタヌキが存在しているらしいのだけれども、これが日本の固有種となるらしい。

やはり、日本の内側から見ていると、日本の良さはわかりにくいものです。
諸外国と比べてどうだと言われると、あらためて日本というものを理解することができるような気がします。
豊かな自然と、それを感じ取り、表現する感性。
番組では、日本の色彩の表現の豊かさと、種類豊富な落葉広葉樹の変化に富む紅葉などの色を結びつけて紹介してました。たとえば、”雪の下色”とは、降り積もった雪の下に透けて見える紅梅のほんのりとした赤い色を表すそうで、なんとも風流。
日本固有の文化が育った理由もまた、この固有種をたくさん育んできた日本の自然という土壌が無関係でないことが想像されます。

このシリーズ、いいなぁ。
次回は、「海 豊かな命の物語」。日本の海にすむ生きものが3万4千種で、世界一多いことが最近わかったそうですが、面白そうです。
放送は、NHK総合テレビで今晩9時から。
posted by nbm at 15:00| Comment(5) | TrackBack(0) | 生物学系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

”さいたまの奇蹟”

ケロたんJAPAN、すごかったですねぇ。
一体何が起きたのやら。あのアルゼンチンに勝つって、どういうことだろうか。メッシが怪我明けだったり、時差ボケだったりしたかもしれないけれども、そうだったとしても何しろ夢のような展開でした。

中澤も鬪莉王もいなくて、一体どうするんだろうと思っていたDFも、なぜか機能してたし。それまでの試合では心配で仕方なくて、ハラハラ観ていた栗原がそんなに気にならなかった。代表ではいまひとつ力を出せなかった今野もしっかり守れたし。
ほとんどの選手が前に前にという意識で、ボールが後戻りすることはほとんどなく、長友はイグアインを抜き去って守るわ、川島はスーパーセーブするわ、香川はちゃんとボールをキープしてためを作ってて、メッシを抜いた場面では笑った。岡崎はちゃんと詰めてゴールを決めるし。今野や長谷部は要所要所を地味に潰してるし、本田は攻守でポイントを抑えた動きをしてたし。当然、まだまだだと思える場面もあったけど、今までの日本を考えたら大違いに見えた。
みんなが待望していた前田は、私には今まで代表にはマッチしていない感覚があったのだけれども、使い続ければよくなるかな。最後のせっかくのチャンスは、決めるか、任せるかして欲しかったけど。

ザッケローニ監督は2年で辞めちゃうの?
ちょっと観た試合前の旅人・中田とのインタビューでは、2年あれば教えることは全部教えられるし、どんどん監督を変えて新たなものを吸収して成長してほしいみたいな話をしていたように思う。
たった数日で、劇的にチームを成長させた感があるのだけれども、それは私の思い込み?
ディフェンスに細かく位置取りや体の向きを指示し、後ろは後ろを信頼して任せるように指示してたって聞いた。実際、とても心配だったディフェンス陣が、見違えるように頼もしく見えた。
ゴールキーパー3人が、ザッケローニが連れてきたゴールキーパー・コーチにしごかれてる映像も見た。コーチが次々に繰り出す変幻自在のシュート。あれだけしごかれたら、反応もよくなりそうってしごき方だった。川島が華麗に跳躍しているのを見て、いつものことかもしれないけれども、あの練習があってこそだと思ったし、不意に交代となって出た西川にしても準備万端という感じだった。
チーム全体には、選手間の距離を徹底し、コンパクトに保つことを教えたと聞いている。まったくその通りの動きだった。なかなかスペースを与えてもらえないアルゼンチンが、攻めあぐねていたのは事実だと思う。あれでコンディションがよければ、メッシなりテベスなりイグアインなりが個人技でこじ開けてきたんだろうけど、昨日のアルゼンチンにはそういう力がなかった。
選手みんなに”常に前へ”という意識があったし、出し所に困ってバックパスするような場面はほとんどなかった。

代表に選ばれるくらいの選手ならば、戦術を教えられて、それをすぐさま体現できるくらいのスペックはあるのだろうけれども、今までこんな短期に激変したと思ったことがない。
ザッケローニ監督は、よほど教え方がうまいんだろうか。
3日でこれだけ教えられるなら、2年で教えることもなくなってしまうかもしれないけれども、教えたことを維持できるようになるまで、やはり2年延長してワールド・カップまで4年面倒を見てもらいたい。日本で埋もれたくないと思っているのかなぁ。

ホームだったし、ロスタイムが短かったのはご愛嬌?
しかし、日本ごときに負けちゃって、親善試合とはいえ、アルゼンチンかわいそう。
posted by nbm at 12:54| Comment(2) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

がっかり…

このクールのアニメですが、数えてみたら30作品以上ありました(笑)
久々に多いわ!
今朝、起きたときにタイミングが悪く、夢の途中だったのですが、何かのアニメが劇場版となっていて、しかしそれがあまりにつまらなくて怒ってる夢でした(苦笑)
同時に、なぜかスティービー・ワンダーのコンサートに友達とみんなで行くことになっていて、その友達の中にDAIGOがいたんですが、昨夜久々に『馬の王子様』を見たら、王子様がいつのまにかDAIGOに替わっていて、それが衝撃的だったんだろうな(笑)
あいかわらず、現実にあったことが夢に出てくるというつまらんパターン。だけど、スティービー・ワンダーはどこから出てきたのやらわからん。
またもTSUTAYAでCDを借りて来たのだけれども、棚を漁っているときに、無意識に入り込んだのかも。確か、サマソニ特集の棚かなんかにバラード集みたいなのが置いてあったような…。

ところで、
電池交換だけするつもりだった腕時計が、店員のミスで傷つけられてしまい、「加工すれば傷は消えます」と言うので、お願いしてみたのだけれども、帰ってきた時計は、無残な姿に…。
裏ブタの部分に入った傷を消すために、裏ブタ全体を削ったようで、刻印の文字も全体的に浅くなってるし、つや消しで少しザラザラした感じの仕上げだったものがツルツルになってました。
こんなんだったら、傷を消したりしなければよかった…すごくガッカリです。
全体的に削るしかないんだろうなとは思ってましたが、こんなにひどい有様になるとは…。

がっかりした私にダンナさんが、
「ウェット・ブラストかけてあげようか?」と。
なんじゃ?それ?
ウェット・ブラストとは、細かな粒子を液体と混ぜて金属面に当てることで、光沢のあるザラザラ感を出す加工のこと。
サンド・ブラストよりも粒子が細かいものを当てて加工するので、金属表面の仕上がりが全然違うらしい。
ダンナさんのところではジルコニアの粒を当てるという贅沢な加工みたいです。
この加工ができる機械自体が珍しいらしく、その機械があることを知って、外部から飛び込みで加工をお願いしてくる人もいるとか。
実際はそこまでやろうとは思いませんけど、申し出てくれたダンナさんの気持ちは嬉しかったです。

まぁね、裏側だし、気にしなくていい些細なことなんですけどね。
取りに行ったときは、傷を付けたオッサンはいなくて、応対したおねえさんは事情を知らないらしく、詫びの一言もありませんでした。なんか言ってやりたかったけど、あまりにもがっかりしたので、その気力も沸かなかった(苦笑)
ほんと、もう行かない。あの店。
私がもしあのオッサンだったら、自分以外の店員にも事情を説明し、もし自分がいないときに取りにきたら丁重にお詫びするように申し伝えておくね。

失業したり、お気に入りの腕時計を傷つけられたり、なんかがっかりすることが続いてるんで、今日のケロたんJAPANには是非ともがんばっていただきたいわ。相手が相手だから、あんまり期待しないようにするけど、でも面白い試合になることを祈ります。
posted by nbm at 11:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月07日

電話に出んわ

さっき、固定電話が鳴ったので、出るとすぐに切れた…。
ムカツク。

たまにある家の固定電話へのワン切り。
携帯電話へのワン切りってのはあったけど、固定電話にもあるんだよね。
残念ながら、うちの電話機は古いので、ナンバーディスプレイがないから、コールバックできませんけど(笑)
実際、何のためのワン切りなのか、ちょっと調べてみた。

ひとつには、携帯電話にかかってくるものと同様に、履歴に残った電話番号にコールバックしてきた人に対して、何らかのサービスに見せかけて金を請求しようという手口。
もうひとつは、その電話番号が現在も使われているかを調べるため。個人宅の番号を記載したハローページは、個人情報保護の観点から存在意義を失っているらしい。情報を載せる人が少なくなっていたり、ハローページも単純に配布されるものではなくなっているのだそうで。ということで、勧誘など商売に使うための情報として、独自に活きている電話番号を確認した電話帳を作っているのではないかという説。
発信番号非通知でかけてくる場合も、その電話が使用されているか否かの確認だと考えられているけれども、固定電話の場合は不在かどうかを確認しているとも考えられ、この場合は窃盗犯の下調べという可能性もあると聞いたことがある。

固定電話が鳴るときは、実家や義母からなど家族からか、でなければセールス。そのどちらかで、両極端だ。
頻度からいえばセールスの方が多いくらいなので、電話に出るときに名前は名乗らないことにしている。苗字が珍しいので、読めない人も多いし。けれども、セールスではちゃんと読んでくる場合も多く、読み仮名つきでデータが出回っているのかなと想像する。

先日、電話が鳴り、いつものように名乗らずに「はい」と出ると、
「○○さん(苗字)ですか?」
「はい」と言うか言わないかのうちに
「××さん(下の名前)はいらっしゃいますか?」
と立て続けに聞かれた。

ここまでだと、相手がわからないので「誰だ?これ」と身構える。
その後、やっと相手が名乗り、修理を待っていた時計店の人からの電話であることがわかった。

こちらが名乗らないのも悪いが、姓を確認したところまでで、自分から名乗るべきじゃないのか?しかも客商売してんだろ?
50代くらいのいい歳こいたオッサンなんだが、癇に障る。ただでさえ、お気に入りの腕時計に傷をつけられ(→過去記事「どういうこった?」)、その後の対応もあまりよくなかったので印象が悪いんだが、このオッサン、まるでなってない。
時計に傷をつけたときも、まず謝りはしたが、「フタが固くて…」と言い訳をした。話を聞いたこちらとしては、言い訳7:謝罪3くらいの印象。態度に「申し訳ない」という気持ちが出てない。どちらかというと、「やっかいなことをさせやがって」的な感じだった。
「修理に出せば直ります」と言うものの、修理代やもともと頼んだ電池交換代については何も言わないので、こちらから「代金はどうなるんですか」と確認すると、やっと「けっこうです」と。誠意のかけらも感じられなかった。
せめてもの救いは、3週間かかると言われたものが、2週間程度で仕上がったこと。
一応、ハミルトンを扱っている店だからと、信頼して任せたのが間違いだった。電池交換さえも、もう頼みたくない。

自分自身、相当頭にきてたんだな(笑)ここまで私が怒ることは珍しいのに。

しかし、翻って自分のことを考えてみると、家族・友人以外に電話をかけるという行為を長いことやってない。
仕事をしていれば、人と電話で会話することは日常的なことだと思うのだけれども、在宅仕事で、連絡はメールで行っていたため、仕事上で電話で話すという行為を忘れてしまっている自分に気づく。
これから就職活動をしなけりゃならないのに、これはいかんね。

初対面の人とでも気軽に話せる私は、コミュニケーション能力は低い方ではないと思い込んでいたのだけれども、長きに渡って社会からほぼ隔絶されていたので、いざというときに当たり前にしていたはずの会話ができないことに気づく。「お世話になっております」とか、自然に言えないや。
性格上、お愛想が使えないのはわかっていたのだけれども、軽いひきこもり生活で、コミュニケーション能力は格段に落ちているという自覚がある。
リハビリが必要かしら…。
posted by nbm at 11:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

こんなものが!

図書館で、意外なCDを見つけ、すかさず借りた。

GORILLAZ『DEMON DAYS』(2005)Myspace
「Stylo」という曲が妙に気に入ってしまって、この曲が入ってる新しいアルバム『Plastic Beach』(2010)を視聴してみたけど、他の曲があんまりピンとこなくて…。だけど、架空のカートゥーン・バンドってことになってる彼らのPVをYouTubeで観だしたらハマってしまい、そんなときに図書館でコレを見つけたので。夏の疲れが出ている今聴くと、脱力できてちょうどいいや。

the HIATUS『Trash We'd Love』(2009)
ELLEGARDENは好きなバンドだったけど、vo.細美さんのこのバンドよりも、g.生形さんのNothing's Carved In Stoneの方がELLEGARDENの進化系に思えて…。ただし、こちらのバンドはセッション・バンドの要素が強くて、バンドとしてのメンバー間の結びつきを考えると弱くて恒常的じゃなさそうだし、やっぱりELLEGARDENは無くなってしまったんだよね。そういう寂しさから、逆にあまり聴きたくなかった1枚。

図書館に置いてあるCDのチョイスは謎。どう考えても、「司書というのは”本が好きな人”であっても、音楽にまでは興味が及ばないんだな」と思ってしまうとんちんかんなモノが多い。しかし、油断しているととんでもないものが置いてあったりするので要注意。ほんとに誰がどういうセンスで選んでるんだか。

それから、何年ぶりかでふらっとTSUTAYAに入ってみたら、洋楽CDが非常に充実していて、聴きたいと思いつつも買わずにそのままになっていたようなものがたくさん見つかった。
「えー?これも?こんなのもある!」
ということで、コーフンして思わず借りてしまう。

DIE MANNEQUIN『UNICORN STEAK』(2008) Myspace
パンチの効いたガールズ・ロック。あれ?ボーカルが女の子ってだけじゃ、そういう風には言わないのかな。新しいアルバムもあったけど、まずは古いものから。こういうバンドって、ありそうでないんだよね。

BOYS NOIZE『POWER』(2008)Myspace
もっと古いものが聴きたかったけど、こっちは新しいものしかなかった。欲しかったデビュー・アルバム『Oi Oi Oi』(2007)をそのうち買おうと思ってたら、店頭では見かけなくなってしまい、注文するのも面倒だと放置。そのうち存在を忘れてた。まぁ、いいけど。

65DAYSOFSTATIC『WE WERE EXPLODING ANYWAY』(2010) Myspace
これは、古いものから順番に聴けばよかったかな。ポスト・ロックっつーの?これは、好きだな。この秋には、聴きまくりそうな1枚。他のも借りよう!そういや<残響レコード>にこんなのいたよなとか思ってたら、この人たち残響だったのか!びっくりした。残響で聴いたときには、日本人のバンドかと思ってた(笑)やっとつながったわ。

80kidz『THIS IS MY SHIT』(2009) Myspace
エレクトロニカ系をガシガシ聴いていたときに欲しかった1枚。あれは去年のことだったのかぁ。もっと何年も前のような気がしてた。

SPACE COWBOY『DIGITAL ROCK』(2006)
ずいぶん古いという印象があったけど、そうでもなかったか。最近はレディー・ガガといっしょにやってたんだね。知らんかった。去年アルバムが出てたのも知らなかったし(苦笑)

ほかにもたくさんありそうだったけど、とりあえず5枚。
んなもの配信で入手すればいいのに、いまだにそこに踏み込めないでいるのはナゼなのか。たぶん、支払いのことを考えるのが面倒なんだな(苦笑)ずっと、カードを使わない主義できたもので、その辺がネックなんだ。電子マネーとかもイヤだし。
いつもニコニコ現金払い!
輸入版も置くようになったみたいだし、しばらくは、TSUTAYAにお世話になろうかしら。
posted by nbm at 11:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

失業

唐突に失業しました!(爆)

ある会社から委託される形でライターの仕事を請け負っていたのですが、コンスタントに4年続けてきたものの先月はまったく仕事が来ず、これはもしや…と思っていたのですが、やはりそうでした。業績が悪化したということで、外部に委託する費用をすべてカットすることになったそうで、外部ライターは一気に全員クビです。
当初のトライアルの時から、ミスがなく細かい入力規則を完璧にこなしたことを驚かれたくらいだったので、それを自負にがんばってきました。もちろん、納期に遅れたことはありません。きついスケジュールでも、なるべく納期の1日前までにはデータを送ってました。
仕事の内容に関しては、認めていただいていたので、私の過失によるクビではありません。
ずいぶん前から、担当の人が突然辞めたり、Web上の管理が行き届いていなかったり、人手が足りていないような印象がありました。そんなこんなで、いろいろと会社の状態がアヤシゲなことはあったので、仕事が来なくなって、いよいよヤバイかと思っていたわけですが…。

こんなこと、日本のそこかしこで起きているのだと思います。
業績悪化→人件費削減のためにクビを切る→残った人間の仕事量が増える→仕事がまわらなくなる→更に業績悪化、もしくは忙しさから病気になる人が出る。
人側からみると、こんなことも。
仕事の忙しさからうつ病などで休職する人が出る→人は補充されないので現場の仕事が忙しくなる→残ってがんばっていた人のなかから新たに病気にかかる人が出てくる。
その場を切り抜けようとするしかなくて、結局デス・スパイラルへと…。

仕事がいつ入るかわからないので、予定が立てにくかったというのはあります。納期は絶対で代わりはいませんから、体調が悪くても休めませんし、朝方まで仕事をすることもありました。ですが、逆に言えば、急な用事が入っても、自分の時間をやりくりすればいいことであって、やはりその点は在宅仕事の大きな利点でした。
実家の父が認知症になったことで、たまに病院に連れて行ったりすることもあり、なんとなく、自由が利く状態を保っていたいというのがあって、在宅で仕事ができていたのはありがたいことでした。
一方で、仕事があるとはいえ、仕事量はそのときどきで違っていて収入は安定しないし、所詮は在宅仕事ですから、そんなにたくさんは稼げませんでした。なので、正直この中途半端な状況をずっと続けるわけにはいかないし、そんなに長く続くとも思ってはいなかったのですが、いざ無くなると心もとないものです。

どうしましょうかねぇ。予感はしていたとはいえ、急な失業でしたから、ちょっとこれからのことに考えが及びません。
唐突に解放されてしまい、いっそのこと自由を楽しめればよいのですが、やはり今後を考えると働くことは必須です。問題は、その分野や形態。パートや派遣社員にとどめるのか、正社員を目指すのか。
今まで4年やっていたライターという仕事ですが、ライターとしてはイレギュラーな完全なる在宅仕事だったので続けられたのであって、実際ライターとなれば取材で飛び回らなければ稼げないでしょう。私にはそれはできないと思います。
そうなれば、やはり経験や多少の資格がある経理関係の職業に就くのが妥当。管理職でなく、下っ端のおばちゃん事務員でいいんだけど、その位置は私の年齢では逆に難しいのかもしれません。
自分の乏しい体力では、週3程度がちょうどいいような気がするのだけれども。がんばってフルで(月)〜(金)働いたら、病気になりそう。実際、会社員を辞めたときには、体がボロボロだったし。
甘いですか?そうですよねぇ。

もちろん、この厳しい世の中で、私のような董のたった人間が職を勝ち取るのは簡単なことじゃないというのが、大前提ですね。

何にせよ、ここで一度リセットされたことは、私にとってはよいことだったのでしょう。
年内いっぱいくらいは、働くとしても短期のバイト程度にとどめて、考えをまとめつつ、徐々に就職活動をしていこうと思います。
posted by nbm at 11:45| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月01日

福島群発地震

福島で群発地震が続いています。
始まりは、9月29日の昼。これが、M4.9。次に、同日の夕方にM5.8で最大震度4。ですが、実は最大震度は5弱あったのではないかと後日報道されました。
このあと、最大震度1以上の地震だけでも、3日目の今朝までで30回以上。報道されないそれ以下の小さな地震は無数に起きているのかもしれません。最初に起きた地震の余震と考えられますが、それにしてはちょっと不気味。
連続してまったく同じ場所、しかも10km程度と浅いところでM3前後の規模で多く起きているのが気になります。
このくらいの小規模の地震が続く場合、溜まったエネルギーが小出しに放出されていると見れば怖くないのですが、そこの活動が活発化していると考えると、それだけで溜まったエネルギーが放出し切れるのかと心配になります。
磐梯山に近い地域ということで、火山活動との関係もないとは言えないし。
このあたりは、会津盆地東縁断層帯と呼ばれていて、この断層帯の中には磐梯山や猪苗代湖が含まれているようです。ここは、磐梯山噴火による岩屑なだれが厚く堆積している部分があって、調査が難しいらしく活動周期が不明。つまり、いつ大きな地震が起きても不思議でないということですね?
ちなみに、この断層帯の西側に位置する会津盆地西縁断層帯を震源とする1611年(慶長16年)の会津地震は、推定M6.9、震度6〜7ほどの大地震だったとか。こちらは活動周期が7千年〜8千年ほどだそうで、しばらくないとみていいでしょうか。
磐梯山は、1888年(明治21年)7月15日に大噴火して多数の犠牲者を出している山で、五色沼なんかはこのときに出来たのだそうですが、そんなに新しいものだったんだ。古くは、猪苗代湖もこの火山活動によってできたわけですもんね。
このまま収束に向かってくれればよいのですが…。
posted by nbm at 11:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする