2012年02月25日

勝手に声優アワード2011

今年も勝手に<nbm声優アワード2011>を開催したいと思います。
あくまでも”勝手に””自分の好みで”独断として選出するもので、<声優アワード>とはまったく関係ありません。また、<声優アワード>の予想でもありません。
ただし、「新人」は<声優アワード>同様、声優デビューから5年以内の方から選んでいます。また、<声優アワード>を過去に受賞された方は、意識的に避けています。じゃないと、毎年メンツが変わらない可能性もあるので。
では、まいります。以下、敬称略。

<新人男優賞>
興津和幸  『ラストエグザイル-銀翼のファム-』(ルスキニア・ハーフェズ)
新人男優は毎年極端に少なくて、選出に悩みます。ルスキニア役は、今まででいうと、『コードギアス 反逆のルルーシュ』でのルルーシュ役のときの福山潤あたりの感じのトーンでしょうか。それを後継する人が出てきたかなという印象。

<新人女優賞>
茅野愛衣  『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(本間芽衣子〈めんま〉)
      『ギルティクラウン』(楪いのり)
      『ラストエグザイル-銀翼のファム-』(ミリア・イル・ヴェルク・クトレットラ・トゥラン)
とにかく出過ぎ。しかも主役級ばかりで、この人にあげないわけにいきません。特にどうということはないのですが。下手とは言わないけど、ここまで使われる理由もまたわかりません。主役があまりに多いので、主演女優賞も考えましたが、出演作が多いだけでそれもどうかなと。
竹達彩奈  『ギルティクラウン』(ツグミ)
      『Suzy's Zoo だいすき! ウィッツィー』(ララ)
      『たまゆら〜hitotose〜』(沢渡楓)
      『DOG DAYS』(エクレール・マルティノッジ)
2010年の時点では、実力よりも人気の方が先行してしまったような感があり、素直に新人女優賞に選出できませんでしたが、2011年のテケテテは違いました。とっても上手になったと思います。特に、『Suzy's Zoo だいすき! ウィッツィー』のララには驚いた。役によって、いろんなタイプの声を使い分けていました。


<助演男優賞>
藤原啓治  『青の祓魔師』(藤本獅郎)
      『HUNTER×HUNTER』(レオリオ)
      『ファイ・ブレイン 神のパズル』(解道バロン)
      『TIGER & BUNNY』(ジェイク・マルチネス)
なんかもうどこにでも出てきている印象で、毎年そんな感じもしますが、ここらであげておいてもいいかと。あまりの仕事量の多さに、「何人いるんだよ!」とツッコミを入れたくなるほどで。”ひげ面声”とでもいいましょうか。当然、上手ですし、これからも重宝されるのでしょうね。
大川 透  『GOSICK -ゴシック-』(ブライアン・ロスコー)
      『セイクリッドセブン』(鬼瓦)
      『ファイアボール チャーミング』(ゲデヒトニス)
      『魔乳秘剣帖』(三重鳩宗、ナレーション)
201年は、”人でないもの”の印象が強く残りまして。語尾が「〜オニ」となる鬼瓦とか、大型ロボットにして執事のゲデヒトニスとか。それに加え、三重鳩宗役では恥ずかしげもなく熱くおっぱいについて語り、幅の広さを感じさせてくれました。あっ、ちゃんとブライアン・ロスコーのようなかっちょいい役もやってます。

<助演女優賞>
喜多村英梨 『WORKING'!!』(轟八千代)
      『まよチキ!』(涼月奏)
      『そふてにっ』(沢夏琴音)
      『魔法少女まどか☆マギカ』(美樹さやか)
どんな役も多彩に演じわけ、少女から色っぽい役まで何でもござれ。主役は少なくても、準主役ばかりという感じで、目だった1年だったと思う。
井口裕香  『まよチキ!』(近衛スバル)
      『ロウきゅーぶ!』(三沢真帆)
      『たまゆら〜hitotose〜』(岡崎のりえ)
      『僕は友達が少ない』(高山マリア)
特に印象に残ったのは、『はがない』のマリア役。振り切れてた印象で、とてもかわいかった。『まよチキ!』でのスバル役は主役でしたが、今まであまり聞いたことがなかった男の子声でがんばっていた印象。他にも、『電波女と青春男』(星宮社)や『フラクタル』(エンリ)など、脇役で目立っていた。

<主演男優賞>
梶裕貴   『ギルティクラウン』(桜満集)
      『C3 -シーキューブ-』(夜知春亮)
      『NO.6』(紫苑)
      『ロウきゅーぶ!』(長谷川昴)
ごめんなさい。梶裕貴は2009年声優アワード新人賞を獲ってますが、2011年はどうしても梶裕貴のターンだったので無視できなくて。他に、木村良平入野自由細谷佳正豊永利行なども候補として考えたのですが、どうしても既に受賞暦のある梶裕貴には及ばず。

<主演女優賞>
該当者なし

こちらもごめんなさい。茅野愛衣としたいような気もしましたが、あえて新人賞にしてしまい、また、喜多村英梨でもよかったような気もしますが、こちらは器用さを考えるとどうしても助演女優賞をあげたくて。そうなると、声優アワード受賞者である堀江由衣阿澄佳奈や、昨年nbm声優アワード主演女優賞をあげてしまった悠木碧くらいしかおらず。

<音楽賞>
梶浦由記   『魔法少女まどか☆マギカ 』ED「Magia」(Kalafina)
       『セイクリッドセブン 』OP・ED「stone cold」(FictionJunction)
       『Fate/Zero』音楽担当
Kalafinaは以前からお気に入りだったのだけれども、FictionJunctionもよかったし、いろんなタイプの曲を書ける人なのだとあらためて思った。

<nbm賞>
日笠陽子
NHK高校講座「芸術(書道I)」では、先生も巻き込んで日笠ワールドを展開していたし、せっかく『けいおん!!』の秋山澪役として華々しく売れたのに、イメージが崩れていく一方で不憫なので(笑)個人的にはとても好き。がんばれ。
今回は、助演女優賞候補でしたが、アニメ声優より他の活動の方に目を奪われてしまったので。

今年、活躍を期待したい人としては、男性声優では細谷佳正、女性声優では、瀬戸麻沙美石原夏織。さて、今年1年経ったとき、どのように活躍していてくれるでしょうか。
そういったことも頭に入れつつ、今年もアニメをたくさん観たいと思います!
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2/11からの地震メモ

2/11からの地震メモです。

茨城・千葉方面の有感地震。
2月11日 20時42分 茨城県沖 M3.1 深さ約40km 最大震度1
2月12日 0時58分  千葉県東方沖 M3.6 深さ約10km 最大震度1
2月12日 1時22分  茨城県沖 M3.5 深さ約10km 最大震度1
2月12日 17時26分 茨城県沖 M4.0 深さ約40km 最大震度2
2月12日 18時15分 茨城県北部 M3.1 深さ約10km 最大震度1
2月13日 0時52分  千葉県北西部 M3.4 深さ約80km 最大震度1
2月14日 8時21分  茨城県北部 M3.3 深さ約10km 最大震度1
2月14日 9時56分  千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
2月14日 12時28分 茨城県沖 M5.5 深さ約20km 最大震度3
2月14日 15時22分 茨城県沖 M6.2 ごく浅い 最大震度3 (当地 震度1)
2月14日 20時15分 千葉県東方沖 M4.1 深さ約10km 最大震度1
2月14日 21時41分 茨城県沖 M4.2 深さ約40km 最大震度2
2月15日 3時51分  茨城県沖 M4.1 深さ約10km 最大震度1
2月15日 4時15分  千葉県東方沖 M4.2 深さ約20km 最大震度2
2月15日 5時35分  茨城県北部 M3.3 深さ約10km 最大震度1
2月15日 7時34分  茨城県沖 M4.9 深さ約20km 最大震度2
2月16日 2時32分  茨城県沖 M4.4 深さ約30km 最大震度3
2月16日 7時20分  千葉県南東沖 M3.2 深さ約70km 最大震度1
2月17日 16時14分 茨城県北部 M2.5 深さ約10km 最大震度1
2月17日 19時23分 千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
2月18日 6時18分  茨城県沖 M3.4 深さ約10km 最大震度2
2月18日 6時22分  茨城県沖 M3.0 深さ約10km 最大震度1
2月18日 9時38分  千葉県東方沖 M4.3 深さ約40km 最大震度1
2月18日 13時56分 千葉県北西部 M3.8 深さ約10km 最大震度3
2月18日 14時13分 千葉県北西部 M4.2 深さ約10km 最大震度4
2月18日 16時22分 茨城県沖 M3.7 深さ約50km 最大震度1
2月18日 20時57分 茨城県北部 M2.7 深さ約10km 最大震度1
2月18日 22時43分 茨城県沖 M3.3 深さ約50km 最大震度1
2月18日 23時20分 茨城県沖 M4.8 深さ約10km 最大震度3
2月19日 3時22分  千葉県北東部 M2.8 深さ約40km 最大震度1
2月19日 4時31分  千葉県北東部 M2.7 深さ約30km 最大震度1
2月19日 14時54分 茨城県北部 M5.1 深さ約10km 最大震度5弱 (当地 震度2)
2月19日 22時12分 茨城県北部 M3.9 深さ約10km 最大震度2
2月19日 22時29分 茨城県北部 M3.5 深さ約20km 最大震度1
2月19日 23時18分 茨城県北部 M3.0 深さ約10km 最大震度1
2月20日 5時42分  茨城県北部 M2.5 深さ約10km 最大震度1
2月20日 13時28分 茨城県北部 M3.4 深さ約10km 最大震度3
2月20日 18時37分 千葉県東方沖 M3.5 深さ約60km 最大震度1
2月20日 21時40分 茨城県北部 M3.4 深さ約20km 最大震度2
2月20日 23時40分 千葉県南東沖 M3.5 深さ約70km 最大震度1
2月21日 7時37分  茨城県北部 M3.8 深さ約20km 最大震度2
2月21日 9時34分  千葉県北東部 M3.4 深さ約40km 最大震度2
2月22日 2時26分  茨城県北部 M3.3 深さ約10km 最大震度2
2月22日 2時59分  千葉県北西部 M3.2 深さ約70km 最大震度1
2月22日 4時13分  茨城県南部 M3.0 深さ約50km 最大震度1
2月22日 5時43分  茨城県北部 M3.0 深さ約10km 最大震度1
2月22日 9時54分  千葉県東方沖 M3.7 深さ約20km 最大震度1
2月22日 22時10分 茨城県沖 M3.4 深さ約20km 最大震度1
2月23日 5時35分  千葉県北西部 M2.9 深さ約80km 最大震度1
2月24日 11時45分 茨城県南部 M3.4 深さ約70km 最大震度1
2月24日 13時10分 茨城県南部 M4.3 深さ約70km 最大震度3 (当地 震度1)
2月25日 7時33分  茨城県沖 M4.0 深さ約50km 最大震度1

2週間分とはいえ、当地でも震度1以上が3回は多い。
そして、どちらかというと有感地震の回数は少なくなっているような気がする。
13日、23日は、それぞれ24時間で1回しか有感地震がなかった。有感が止まって、少しエネルギーを溜めると、その後に大きめに揺れるというのを繰り返しているような。

この間、M5以上または震度4以上は以下の通り。こちらも多め。
2月12日 13時41分 三陸沖 M5.0 深さ約10km 最大震度2
2月14日 12時28分 茨城県沖 M5.5 深さ約20km 最大震度3
2月14日 21時40分 長野県北部 M3.5 深さ約10km 最大震度4
2月19日 14時54分 茨城県北部 M5.1 深さ約10km 最大震度5弱 (当地 震度2)

依然として、活発な状態は続いているようです。
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2012年02月15日

流行に乗った結果、隔離中

先週からフルタイムで働いているはずの私が、なぜ昼日中に家に居るのか。
それは、見事に流行に乗り、インフルエンザに罹って、ただ今絶賛隔離中の身だからであります。

先週、月曜日からフルに働いた疲れが出てしまったのか、土曜日には少し喉がおかしいなと思い始め、翌日日曜日には咳がひどくなって確実に悪化してきたので、これはいかんと休日も診療している医者へ。でも、そのときはまだ熱は37度程度で、インフルエンザの検査もできない状態。おそらく、その時点で検査しても偽陰性だったのではないかと。
咳止め中心に風邪薬を処方されて帰ってきたのですが、この夜から高熱に。38〜39度の熱。熱が高いほかには、重苦しい咳がたまに出る程度で、頭痛もほんの少し、食欲もあまり落ちず。
高熱は日曜日の夜から月曜日いっぱい続き、火曜日の朝には37度台に治まるように。しかし、まだ熱は下がりきってないので、火曜日も休むことにしました。
職場に欠勤の連絡をする度に、「インフルエンザではないですね?」と聞いてくるので、仕方ない、検査してくるかと再び医者に診てもらいました。
テレビでよく見かけた、あの鼻に突っ込む長い綿棒が登場!鼻のすんごい奥まで突っ込まれて、待つこと10分ほど。
「インフルエンザですね」(ちなみにA型でした)

私の場合は、病院に行ったタイミングが悪く、高熱が出る前と出た後だったので、抗インフルエンザ薬(タミフルだかリレンザだか)は発症後48時間以内に飲まないと効果がないということで、飲まずに済んでしまいました。

というわけで、医者によると、学校保健法では平熱に下がってから2日経過するまで登校禁止になっており、職場などでも同様に考えてくださいとのこと。
職場にインフルエンザだったと連絡し、いつまで休めばよいのか尋ねると、「完治するまで」とのお答え(笑)具体性がないな。上記の学校の例を出して聞いてみると、「じゃあ木曜日まで休んでください」ということになりました。そういうときの対処が決まってないのかよ。突然休んで迷惑かけておいて文句言うのも何だけどさ。

熱は下がったのですが、ふらつきは残り、鼻水が出たりして風邪のような症状が強くなってきました。インフルエンザって、こういう症状が熱の後に出るのが特徴のひとつらしいですね。
熱が下がった後、聴診器で診てもらったときには、「左肺がベコベコいっている」と言われ(笑)、先生の表現がおかしかったけど、つまりは肺から痰がちゃんと排出されていない状態だということらしく。熱が下がったからといって、良くなったと思ってはいけないね。
もうひとつおもしろかったのは、高熱の後半、両顎の下が腫れたこと。奥歯が浮いたような感じになってました。私はおたふく風邪をやってないので、一瞬おたふく風邪かと思いましたが、翌朝には腫れは引いていたので、たまたま炎症を起こしただけだったのでしょう。

実は、1ヶ月前くらいにダンナさんが同じような高熱を出しまして。
今から思えば、あれはインフルエンザだったのではないかと。
医者に行かなかったので、わからないままなのですが、高熱の後、風邪のような症状が出ていたので。
そのときのダンナさんは、寒気を感じているような状態のときに体をガンガン温めて、頭だけは冷やすという対処をしました。このとき、解熱剤は飲みません。
医者の言うことを聞かずに勝手にやっていることですから、真似をしないでくださいね。
私もダンナさん流を実践。ゾクゾクしている間は厚着をして、暖かいお湯の入ったペットボトルを両脇に差し込み、湯たんぽを抱く一方で、氷枕をし、おでこから目元にかけてキンキンに冷やした濡れタオルで冷やすというやり方で乗り切りました。
甲斐甲斐しく看病をしてくれたダンナさんのおかげで、高熱が長引くことなく済みました。

短期とはいえ、いきなりフルタイムで働くことに、正直なところ不安な部分もありました。
人と接する仕事でもあり、マスクをしていれば防げたことだったのかもしれませんが、私は発声が弱いタチなので、マスクをしてしまうと余計に聞き取りにくい状態になってしまうかと思い、マスクを躊躇してしまったのですよね。

実は、私は体が弱いらしいのですが、本人に自覚が少ないようで。反省せねばなりません。
特に今年に入ってから、自分の体の弱さを痛感させられる体験が何度かありました。
今まで、どこかに出かける度に、出かけたついでだからと寄り道をしようとすると、ダンナさんにいつも「大丈夫なの?」と釘を刺されてきたのですが、それがどういうことなのか自分でよくわかっていなかったのですよ。
自分の体力ゲージが見えていなくて、ダンナさんの方がそれを把握していたということなのでした。
「大丈夫、大丈夫」とか言って動いた挙句、翌日倒れるということが多い(苦笑)
結婚するとき、二人の兄それぞれから「あのコ(←私)は体の弱いコだけど、それでもいいのか?」と念押しされたとダンナさんから聞き、それほどまでだったのかと今更ながら愕然としたほどで。
だから、いつもダンナさんは、私の体力配分を気遣ってくれていたのだと。
特に持病などがあるわけではないのですが、とにかく体力がない。あまり人と接することなく生活してきた期間が長かったので、免疫力も相当落ちていたと思われます。
そういったことについて、もっと自覚をし、予防的な対処をしていかなければなりません。

今回は、悪条件が様々重なってしまった結果でした。
久しぶりのフルタイムでの仕事、体力を使う自転車通勤、しかも運悪く悪天候が続く。研修内容の復習で睡眠時間が削られる中、休む暇なく現場に出て多くの人と接することに。そして、風邪やインフルエンザが大流行の時期。
体力・免疫力のない私が倒れるのは時間の問題でしたね。
もちろん、職場に多大なご迷惑をかけているのも自覚しています。だからこそ、自己管理について反省せねばならないと思っているわけです。

高熱を出したのは何年ぶりでしょうか。10年ぶりくらいだったかもしれません。
今回は、高熱後の頭痛がないのが不思議ですが、熱が下がったとはいえ、まだまだ本調子とはいえず、きちんと休まねば。
インフルエンザはA型に加え、胃腸にくることが多いB型も流行してきていると聞きます。
みなさんも、インフルエンザにはお気をつけください。
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2012年02月11日

1/31からの地震メモ

1/31からの地震メモです。
自分なりにちょっと危機感があり、早くこの10日間のデータをまとめておきたいと思い、記事を書いていると↓が発生。
2月11日 10時27分 茨城県南部 M4.7 深さ約50km 最大震度3 (当地 震度2)
当地も震度2とはいえ、ガタガタとけっこうな揺れ方でした。

1/31からの地震メモです。
1月31日 22時49分 茨城県沖 M3.3 深さ約20km 最大震度1
2月1日 3時51分  茨城県沖 M2.8 深さ約30km 最大震度1
2月1日 10時55分 新島・神津島近海 M3.9 深さ約10km 最大震度1
2月1日 13時59分 茨城県南部 M3.1 深さ約50km 最大震度1
2月1日 17時22分 東京都多摩東部M2.3 深さ約30km 最大震度1
2月2日 2時01分  茨城県北部 M3.9 深さ約60km 最大震度2
2月2日 19時34分 千葉県東方沖 M3.3 深さ約30km 最大震度1
2月3日 9時32分  茨城県北部 M3.1 深さ約60km 最大震度1
2月4日 17時01分 茨城県北部 M3.3 深さ約10km 最大震度2
2月4日 19時21分 茨城県南部 M3.9 深さ約70km 最大震度2
2月5日 8時59分  茨城県沖 M4.3 深さ約40km 最大震度3
2月5日 9時11分  茨城県南部 M3.2 深さ約60km 最大震度1
2月5日 9時38分  千葉県東方沖 M4.1 深さ約50km 最大震度2
2月6日 7時05分  茨城県沖 M5.0 ごく浅い 最大震度3
2月6日 14時31分 茨城県沖 M4.0 深さ約30km 最大震度2
2月7日 3時44分  茨城県沖 M3.8 深さ約20km 最大震度1
2月7日 4時19分  千葉県東方沖 M3.8 深さ約20km 最大震度2
2月7日 8時10分  東京都多摩東部M4.0 深さ約40km 最大震度2
2月7日 20時10分 茨城県北部 M3.2 深さ約10km 最大震度1
2月7日 22時38分 千葉県北西部 M4.2 深さ約80km 最大震度2 (当地 震度1)
2月8日 6時41分  茨城県沖 M4.1 深さ約10km 最大震度4
2月8日 11時54分 千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
2月8日 20時36分 茨城県沖 M3.9 深さ約50km 最大震度3
2月9日 12時56分 茨城県沖 M3.1 深さ約50km 最大震度1
2月9日 14時18分 千葉県東方沖 M3.6 ごく浅い 最大震度1
2月9日 15時14分 伊豆半島東方沖M3.9 深さ約10km 最大震度3
2月9日 19時22分 千葉県東方沖 M3.4 深さ約30km 最大震度2
2月10日 0時22分  千葉県北西部 M3.4 深さ約80km 最大震度1
2月10日 1時58分  茨城県沖 M3.9 深さ約20km 最大震度2
2月10日 13時35分 茨城県沖 M3.2 深さ約40km 最大震度1
2月10日 14時10分 茨城県北部 M3.8 深さ約20km 最大震度2
2月10日 18時43分 茨城県沖 M3.2 深さ約40km 最大震度1
2月11日 7時07分  茨城県南部 M3.5 深さ約50km 最大震度2
2月11日 10時27分 茨城県南部 M4.7 深さ約50km 最大震度3 (当地 震度2)

最近、千葉や茨城震源や多摩震源などで、当地でも縦揺れから始まるものが多くなってきています。
微振動が長く続くことも多く、どうにも落ち着かない日々です。
今朝、データを見ていると、7時07分に茨城県南部(M3.5)が起き、そして今の茨城県南部(M4.7)。
以前に、東大地震研の溝上恵さんによる説(→過去記事7月13日からの地震メモと「溝上説」)をご紹介したことがありますが、それは南関東直下地震と茨城県南部を震源とする地震が連動しているとする説です。
残念ながら、溝上さんは2010年に亡くなられたようで、東日本大震災のような巨大な地震が影響するとその説がどうなっていくのかについては、ご意見を聞くことができません。
ですが、茨城県沖→茨城県南部→南関東直下というきれいな流れでなくとも、これら3つの地域で起きる地震が互いに影響を及ぼしあうであろうことは想像できます。
個人的には、茨城県沖で起きる地震は多いため、茨城県南部で起きる地震を注視していようと思っているのですが、それが今朝、比較的大きな規模で立て続けに起きました。
ということで、しばらくは警戒期間という気がしています。

身の回りのことは、観察する余裕があまりありませんが、換えたばかりの蛍光灯がしばしば瞬いたり、ハカリの表示が安定しない現象は断続的に続いています。
一昨日9日の夜、月のまわりにバカデカいハロが出ていました。ハロについては、詳しくは過去記事月の輝く夜にをどうぞ。9日のハロは、今まで観たことないほどクッキリとしており、時間の経過とともに薄れていきましたが、久々にあのバカデカいハロを観ました。
東日本大震災の直後、ちょくちょく大きめに揺れていた時期には、月には小さいけれども非常に濃い黄色いハロがよく観られました。
地震雲うんぬんが騒がれることがありますが、とある実験で、水蒸気に電磁波を当て、電磁波の強さを変えると水蒸気の固まりの形が変わるというのがありました。なんらかの電磁波が、水蒸気の形状に影響を与えると言うのなら、まったく非科学的とも言えない気がします。地下からの電磁波が遠く離れた上空に影響するはずなどないと単純に否定するのもどうかと。たとえば、遠く離れた太陽からの電磁波の一部が、地球上の電子機器などに影響を与えるというのは事実ですからね。
ハロなどの光学現象は、空気中の水蒸気や氷の粒で光が屈折することによって観測されるわけですから、そこに電磁波の影響はあるのだろうかと想像するわけです。ないこともないかも、と。仮に電磁波の影響があるとしても、それがどこから発生した電磁波なのかはわかりませんが。
根拠もなにもまったくあったもんじゃありませんが、経験上、比較的珍しいとされる光学現象が観測されると、直後に地震が起きるということは多くあるような気がします。もちろん、両者には何の関係もないかもしれません。しかし自分にしてみると、何かこう落ち着かないときにそんな光学現象が観測されることが多く、そしてその後に大きめ地震が起きることが多い気がするのです。
杞憂で終わってくれればよいと思いますが。

一方で↓こんなのも起きましたね。
2月8日 21時1分 佐渡付近 M5.7 深さ約10km 最大震度5強
これにはビックリです。数年前まで、佐渡にはじいさんの住んでいた古い家があり、取り壊しましたが、あれが残っていたら崩れていたかも。親戚の家は大丈夫だっただろうかと思いましたが、メディアに流れる佐渡在住の方たちによると、家屋が倒壊するほどのものではなかったということなので、よかったです。ただ、一部断水した地域があったり、窓ガラスが割れたりといった被害はあったようですね。

佐渡の地震も唐突でした。
前震などの前触れもなくいきなり強く揺れるという可能性は、日本中どこでも有り得るということを、あらためて教えてもらったような地震でした。
これが前震でもっと大きな本震がこれから来るというのでなければよいのですが、そういうパターンもないことはないので、一度強めに揺れたからといって、安心もできないですね。
posted by nbm at 11:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月04日

”箱”を観に行く旅

最初にお知らせです。
来週から、めでたくアルバイトすることが決まりまして。約1ヶ月の短期間ではありますが、その間、記事の更新が滞ることが予想されます。可能なら土・日に更新したいと思っていますが、どうなるかわかりませぬ。ま、今だって、せいぜい週に1回ほどしか更新できてないような状態だから、大差ないか(苦笑)
あらかじめご了承くださいませ。

さて、本題。
アルバイトが始まる前に、行きたかった美術館が2ヶ所あった。
ひとつは横浜美術館で開催中の松井冬子展。だが、こちらは機会を逃したまま。ずっとずっと楽しみにしていた展覧会なので、会期中に絶対に行くぞ!
もうひとつが、DIC川村美術館。こちらは、ジョゼフ・コーネルの作品が所蔵されているということで、どうしても実物が観たいと思いまして。昨年『コーネルの箱』という本を読み(過去記事→偶然が必然に出会うところ)、コーネルの作品に魅力を感じて、それが日本のしかも千葉県佐倉市にある美術館に多く所蔵されていると知ったら、それは行くしかないでしょう。
自分でも絵を描く先輩に、この川村美術館のことを話してみると、ぜひ行ってみたいということで、いっしょに行くことに。
そして、昨日ようやく行ってきた!
DIC川村美術館(→HP)は、DIC株式会社(元 大日本インキ化学工業株式会社)が作った美術館で、レンブラントやルノワールなど巨匠の作品も多く所蔵していて、尚且つ現代美術の所蔵品もなかなかに立派。
京成&JR佐倉駅から無料送迎バスが出ていて、駅から20分ほどで美術館に到着。これはとてもありがたい。ただし、美術館内にレストランや茶室はあるものの少々割高。周りには食事をする場所もコンビニもないので、私たちは軽食&飲み物を持参した。

バスを降りて、まずここでチケットを購入。私は使用しなかったが、音声ガイドもあったし、それとは別にガイトツアーもあるようだった。入ってみると、すごくシンプルで説明が少ないので、それらを利用すればよかったかもとちょっと後悔。
美術館の敷地内に入って坂を下っていくと、トンネル状の構造をくぐり、視覚が狭められた所から一気に景色が広がって、眼下に白鳥が泳ぐ大きな池が見える。
まずは、美術館入り口前でフランク・ステラのバカデカい金属製のオブジェがお出迎え。
中に入ると、「これでやっていけるのか?」と思うほど人がいない。美術館全体で、客は10人もいなかったんじゃないかな。鑑賞するこちらとしては、思う存分ゆったりと鑑賞できるのだからよいのだけれど、折角のすばらしい美術館とコレクションが経営難で観られないなどとならないでほしいと祈るような気持ちになる。
まずはコレクション展示から。ピサロ、ルノワール、ボナール、マティス、ブラック、ピカソ、シャガールなど最初から飛ばしているわ(笑)そして、レンブラント!絵もすばらしいが、額がこれまたすごい。
ひとつの展示室では、日本画の大きな屏風3作品が三方の壁を占領。それが、加山又造、尾形光琳、横山大観。残った一方の壁には、鏑木清方の掛け軸が四幅。DICのコレクションの最初だったという長谷川等伯の『烏鷺図』が観られなかったのは、ちょっと残念。岡山県立美術館で開催中の『長谷川等伯と雪舟流』展に貸し出されているらしい。
お次は、ミロ、エルンスト、マグリット、デュビュッフェなど。ヴォルスという人を私は知らなかったけれど、この方の作品が多い。マグリット好きとしては、マグリットが2作品も観られたのが嬉しい。ミロの『日常の魔法』はとてもかわいらしい作品だったし、エルンストの『石化せる森』も印象的な作品だった。

そして、自分としてはメインの目的であるジョゼフ・コーネル作品。7つの作品が展示されていたが、箱型は3つだった。『鳥たちの天空航法』と『無題(星ホテル)』と『海ホテル(砂の泉)』。
特に、『鳥たちの天空航法』と対峙したときにはなんだか感動して涙が出そうになった。ただのガラクタを詰めただけの空間に、なぜに感動するのやら、自分でもナゾ。
箱というのは、額とはまた一味違って、「ある空間を閉じ込めている」感が強い。たとえば、写真をフレームで切り取ると、一気にドラマ性が増すということがあるでしょう?それがもっと強烈になった感覚が、箱にはある。
この中に詰まっている空気は、1961年のニューヨークの空気。気密性を考えたらそんなものとっくに抜けているだろうとか野暮なことは考えない。タイムカプセルとはまた違う。そのときに、コーネルが箱に詰めたものが、そのままそこにはあると感じられる。そこに感動したのだと思う。
この美術館には、今回見ることができなかった箱がまだ4つあるはずで、展示替えされたらまた観に行きたい。
ちなみに、1月中に終わってしまったのだが、千葉市美術館での『瀧口修造とマルセル・デュシャン』という展覧会の中で、ジョゼフ・コーネルの箱がいくつか展示されていたらしい。たまたま先輩が行っていて、教えてくれた。それは先輩によると、『無題(ラ・ベラ[パルミジャニーノ])』と『鳩小屋:アメリカーナ』だったらしいので、同じ千葉県内の美術館として川村美術館が貸し出していたということなのだろうと思う。こちらは、展示されていることを知ったときにはもう間に合わず、観に行けなかった。

それから、マーク・ロスコの赤の作品が並ぶロスコ・ルーム。
〈シーグラム壁画〉と呼ばれる作品群のうち7点が展示されている。どれも暗めの赤が基調となっているのだが、とにかくその赤の物量に圧倒される。現代美術に興味のない人から言わせれば、きっと、単に赤い色で塗られたバカデカいだけの代物だと思われるのだろう、あまりにシンプルな作品群。中にはオレンジ系の暖色が使われているものもあるのだけれども、主に使われている暗い赤は血の色を連想させたりもする。それなのに、どういうわけか嫌悪するような強い刺激ではなく、暖かな印象で観ているこちらの心を落ち着かせる。
ロスコ・ルームから階段を上がると、今度はバーネット・ニューマンの『アンナの光』の部屋がある。横幅が7mもあるかなり大きな作品で、両端の白い部分を除くほとんどが朱に近いような赤で塗られている。これが不思議で、観ていると、視点の部分が黄色っぽく明るく見え、周りが黒っぽく見えてくる。そのうちトランス状態のようになり、画面中央がこちらに膨らんでくるような錯覚を覚えるように迫ってくる。
後から調べてみると、タイトルの”アンナ”とは、ニューマンの母の名であるようだ。

そして、コレクションとは別の展示、『抽象と形態:何処までも顕れないもの』。
20世紀の名だたる芸術家たちの作品と、それらに影響されて、もしくは似た観点から描かれた現代の作品とを比較展示してあるものでした。
とはいえ、そこまで明確な共通点が見られるわけでもなかったのだが、ひとつだけ。モネの『睡蓮』と野沢二郎の作品とは、なんとなくつながりが見えた。展示の意図としては、”視点を上にもっていくような三角形の構図”が共通しているというようなことだったが、それよりも、対象を直接的に描かず色や光を使って描くような技法が共通していると思った。ぼんやりしているはずなのに、写真にも見えるような気がする野沢二郎さんの作品は、今回知った画家の中では一番好きな作品だった。

川村美術館は、建築物としてもなかなかにおもしろい。
ヨーロッパの田舎にある小さな城のような外観もなかなかにユニークだが、感心したのは内部のあらゆる構造だった。
展示室と展示室の間には、一息つく空間があったりして、そこで気持ちをリセットできる。展示室がそれぞれ個性的で、まったく窓のない閉じられた空間もあれば、思い切り外光を取り入れている空間もある。天井のかたちもさまざまで、床の材質もみんな違っていたし。
圧巻は、ロスコ・ルームからニューマン・ルームにかけてのつくり。まず、ロスコ・ルームは閉じられた空間に大きな赤い絵がたくさん飾られていて、床は暗い落ち着いた色のフローリング。しっとりと落ち着いた空間。そこから狭い階段を上がると、踊場からニューマンの明るい赤が見え始める。ニューマン・ルームは一変して壁一面に弧を描く横長の窓から思い切り外光が降り注ぐ空間で、床も壁も白一色。そして、ニューマン・ルームから戻ろうと振り返ると、踊場には床から天井まで続く縦長の装飾があり、荘厳な教会のようなイメージ。
この踊り場の装飾は左右の隙間から昼光色と白色が縦に交互に並ぶ照明で照らされていた。特に光の使い方は、各作品とのバランスについて細部にわたって考えられていた建築だったと思う。
どうやら、すべて「作品ありき」という観点から建築家さんが考えられた構造のよう。コレクションを動かす予定がないなら、こういう作り方もありなのだなと思った。

長々と書いてしまったな。
とにかく盛りだくさんで、本当は美術館の周りの自然散策路もお散歩したかったのだけれども、季節柄お花が咲いている様子もなく、もしかしたら菜の花くらいは咲いているかと思ったけれど、結局探せないままになってしまった。
もっと近かったら季節ごとに通うのに(苦笑)
美術館とコレクションの所蔵の存続を願うならば、もっと人に来てほしいと思う反面、あまり知られずにいつまでも静かに絵が鑑賞できる場所であってほしいとも思う。

しかし、佐倉は遠かった……
posted by nbm at 15:15| Comment(7) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

今日は風が騒がしいな

ショーン・タン『遠い町から来た話』を読んだ。
ショーン・タンの『アライバル』は、昨年、大人が読んでも楽しい絵本という記事で紹介した。『アライバル』は活字のない絵本だったが、『遠い町から来た話』は絵と文章とで綴られた本。この絵の部分だが、単なる挿絵というのとは違い、文章で書かれた物語のオチが絵で描かれていたりしている。
15の短いお話が載っているが、ひとつひとつがゆっくり噛み締めたいようなお話で、ひとつ読んでは余韻に浸りたくて、そして次を読むのがもったいなくて本を閉じるということを繰り返し、すぐに読めてしまう内容なのに、じっくりじっくり時間をかけて楽しんだ。
話の核心には触れないように注意しつつ、ご紹介。

特に印象に残った話は3つ。
じわっと涙が出るほど感動してしまったのは、「エリック」。
エリックは、異次元からホームステイでやってきた小さな留学生。名前が難しくて、誰も発音できないからと付けられた愛称が”エリック”。彼が気に入った居場所は、台所の戸棚の中。受け入れたホスト・ファミリーは、エリックに異国のなんやかやを経験させようと連れまわしてみたりする。映画館の椅子で、自分の頭ほどのポップコーンを頬張っている小さなエリックがキュート。どこかに出かければ、落ちている小さなゴミに興味を持って持ち帰った。瓶の王冠とか、キャンディの包み紙、ボタンなど。
ホスト・ファミリーは、そんなエリックがちゃんと楽しんでくれているのか心配していた。
そのエリックが、ある日突然「ごきげんよう」と帰って行ってしまう。
自分が暮らしていた戸棚の中に、すばらしいプレゼントを残して……
何度読んでも、紙面いっぱいに描かれたこのプレゼントに感動して泣いてしまう。

興味深い話だったのが、「壊れたおもちゃ」。この本の表紙は、このお話のものだ。
フジツボだらけのクラシカルな潜水服を来た人が出てくる。その人は、ニホンゴを話した……
お話はさておき、ショーン・タンはオーストラリアの人。父は中国系マレーシア人、母はアイルランド・イギリス系移民3世だそうだ。
訳者のあとがきで、オーストラリアで19世紀の真珠産業を支えたのは日本人潜水夫だったという事実を知った。調べてみると、農業移民に先駆けて、この真珠貝採取のための2、3年の短期契約移民がいたのだそうだ。ニューギニアとの間にある島、木曜島がその中心地で、主に和歌山県からの移民だったらしい。
真珠採取のためと言われているが、その実は高瀬貝、白蝶貝、黒蝶貝などを装飾の素材として獲るのが主だったらしく、それらはほぼボタンに使われたとのこと。
日本人潜水夫は働きに働いて、潜水病などで700人もの死者が出たという。
この日本人潜水夫たちについて、司馬遼太郎『木曜島の夜会』という作品を書いているというのを知ったので、近々読んでみようと思う。
それにしても、日本人の自分が知らない日本人の歴史を、他の国の人に教えてもらうというのは不思議なものだ。

もうひとつ、「遠くに降る雨」。
この本を最初に書店で手にしたとき、パラパラとめくる中でこのお話が目に止まり、これは読まなくてはいけないと早速図書館に予約したという経緯がある。「なぜ買わない?」というツッコミは勘弁してください(笑)
このお話は、私にとってはラストはどうでもよくて、導入部分がとても気に入った作品。
詩の一部が書かれた紙片がたくさん集まって構成されている。ビリビリに破かれた紙片に書いてある単語を切り張りして作ってあるような。
人々が書いた詩は、ほとんど人の目に触れることなく、捨てられたり、隠されたりしているものだ、と。中には、タンスの平行を取るために折りたたまれて噛ませてあったり。限りなく人の目に触れる可能性を少なくしたカタチで、それでありながらどこかで誰かが読んでくれたらという希望も捨ててはいない。たいしたことが書けるわけでもないという謙遜や、単純に恥ずかしいという思い、伝えたいけど直接は伝えられない思いだったり。
ブログで文章を晒している以上、そういった気持ちは痛いほどわかる。
でも、そんななんでもないような言葉にこそ、力があることを思い知らされるようなお話。
余談だけれど、図書館で本を借りていると、たまに誰かが栞代わりに挟んだ紙片と出くわすことがある。レシートだったり、ちょっとしたメモだったりするのだけれども、それを自分が処分する気にはなれず、いつもそっと本に挟んだまま図書館に返却してしまう。
それはさほど意味を持たない紙くずであるはずなのだけれど、紙片を挟んだ借主の生活や思いがなんとなく伝わってきて、どうにも処分する気になれないのだ。そのまま、本と共に旅をお続けなさい。そう思って、紙片を送り出すような気分になる。

装丁が凝っている本で、最後の1ページには裏の見返しが模してあり、「遠い町公立図書館」の貸し出しカードが張ってある。そこには、本を書くにあたっての協力者リストが書かれているのだけれども、名前と日付が羅列してあって、まさしく図書の貸し出し記録のよう。
英文だから自分が使っていたものとは趣がだいぶ違うけれども、これが妙に懐かしい。
小学校の図書室から借りていた本を思い出す。お気に入りの本には、図書カードに自分の名前がずらずらと並んでいたものだ。

さて、話は少々変わる。
先日、とある番組で東洋と西洋のものごとの捉え方の違いというようなものをやっていた。韓国のテレビ番組を紹介したもので、ここでいう東洋とは韓国・中国・日本、西洋とはアメリカ・イギリスあたりを言っているらしい。
例えば、風船が浮かんでいて、それが急に飛び去ったとする。それはどうしてだったかと問うと、西洋人は「風船の中の空気が漏れてその勢いで飛んでいった」と答え、東洋人は「風が吹いて飛ばされていった」と答えるという。
どういうことかというと、西洋人はものそれ自体のことを考え、東洋人は周囲との関連性を考えるという傾向があるらしい。
自分でも「風船は風で飛ばされた」と自然に考えたけれども、それは自分にすでに東洋人としての考えが根付いているということで、意識せずともそのような考えに至ることを客観的に考えたときに、刷り込まれてきたことの大きさを知ったわけだ。
この話を広げるとまとまらなくなりそうなので、畳むとして、ショーン・タンの作品を読んで、東洋的な匂いを感じ取ってきたわけなのだけれども、それはやはり親近感につながっていたと思う。逆に、西洋の作家さんの本を読んで、なんとなく違和感を感じるというか、自分のいる世界と違う世界での出来事という感じが付きまとうことも体験しているし、この感覚の違いというのは案外大きなものなのだというのを再認識した。
お話に出てくる生活スタイルは、どうみても西洋のそれなのだけれども、それでも東洋の雰囲気を感じるのだから、ショーン・タンの作品は多分に東洋的なのだと思う。東洋と西洋なんて、ずいぶんと乱暴なくくり方ではあるのだけれど。

今放送中のアニメ『男子高校生の日常』の中に、文学少女が出てきて、風について語るシーンがある。
YouTube 5:50あたりから「男子高校生と文学少女」(リンク切れの際はご容赦ください)
この面白さは、西洋の方には伝わりにくいのではないかと想像するのだが、実際はどうなんだろうか。
posted by nbm at 11:51| Comment(8) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする