2012年03月31日

nbmは経験をまたひとつ積んだ

朝から台風並みの暴風が吹き荒れ、ついに雨も降り出しました。
そんな中、今日はまったりと近況報告。

ひと月ほどフルタイムで働いてみました。
自転車通勤でしたが、初日から雨。それから天候が悪い日が多く、雪も降りました。雨女としては面目躍如といったところですが、そんなに降らなくても……。おかげで、初日前日に慌てて用意した合羽が活躍すること。さすがに雪の日は、ダンナさんが車で送り迎えしてくれましたが。
在宅仕事を失って1年ちょっと。外でフルタイムの仕事は会社を辞めて以来なので、約10年ぶり。しかも自転車通勤ということで、もともと体力のない私には厳しいものでしたが、短期ということでなんとかやり終えました。

仕事自体は、最初に3日間の研修があり、4日目からはもう現場に出されるという状況だったのですが、あまりにも覚えるべきことが多く、最初の1週間は睡眠時間を削って家で復習していたので、それで体力が奪われてインフルエンザに……。寝ればよかったんですが、何もわからないまま現場に出ることを考えると、復習せずにはいられなかったのです。
それでも、インフルエンザ以外は休むこともなく。
体力面と同時に不安だったのは、長いこと一人で家に居る時間が多い生活を送っていたので、人とのコミュニケーションを忘れてしまっていて、その辺りがうまくできるかなということだったのですが、これもなんとかできたようで、友人もできましたし、お局さまともうまくやれました。
お堅い職場だったので、当初はがんばって猫を被っていたのですが、どういうわけか「nbmさんは、おもしろい人でしょう?」と言われてしまい、それからはもういいやと猫を被るのをやめたのですが、「やっぱり、おもしろい人だった」と納得されてしまいました。
高校卒業を控えたコから、大学生、30〜50代の主婦と、様々な年齢層がいた職場でしたが、年齢の近い仲間と親しくなれたことは嬉しい副産物のひとつ。地域的に近い場所に住んでいる人ばかりだったので、そういった親近感もあり、この歳で新たに友人を作ることは難しいと思っていたのですが、本当によかった。自分の娘といってもよいような世代といっしょに仕事ができたのも面白い経験でした。みんなよいコたちで、かわいかった。
ベテランの先輩たちとも、いっしょにお昼を食べたりして、交流することができました。いろんな人がいたけど、嫌な感じの人がいなかったのはすごいと思う。お局さまも、先輩風は吹かせていたけど、わからないことをどんどん聞いてみると、丁寧に教えてくれました。
そして、驚くほどみなさん優秀。仕事が速い。気が利く。そして、感じがよい。なんでこんな人たちが短期のバイトなんかで働いているのかもったいないと思うような方ばかりでした。気の利かない私は、そんな人たちの言動を見ながら、「なるほど、そうやるのか、メモメモ」みたいに勉強させてもらうことばかり。
若い世代に対しては、驚くことも多かったです。まず、メモを取らない。たぶん、聞いただけで頭に入っているのでしょう。みんなとっても要領がいいんです。そういう意味では超優秀。理系のコが多かったけど、意図的な採用だったのかな。一部のコは、あやふやなことがあっても確認しないで、適当に対処する傾向が見受けられました。人に聞かない。でも、自分がわかっていないことは微塵も相手に見せません。堂々と間違ったことをする(笑)ある意味すごいと思いました。一方、おばちゃん世代は、わからないことがあるとその度に確認をしてました。経験から、先んじて手を打った方が後々面倒なことになるのを防ぐと考えるのでしょうか。

お役所関係の仕事だったので、お役所体質というようなものには驚きの連続。
くだらない例をひとつ挙げると、出勤簿。毎朝、出勤すると出勤簿にハンコを押すシステムでした。アルバイトさんは少なく見積もっても総勢100名は下らない。毎朝、出勤簿の前は行列ができます。仕事を始めて2日目、初めて出勤簿に判を押すということになって、列に並んで出勤簿までようやく辿りつくと、自分の名前がありません。探せど、探せど、無い……。後ろでは行列がどんどん長くなっていきます。探してもないわけです。見分けのつかない出勤簿が2冊ありました。自分の分はもう1冊の方に載っていたというわけです。何の説明もないし、まさかもう1冊出勤簿があるとも思わなかったので、パニックになりました(笑)
それで2冊あることはわかったものの、外からは見分けられないんです。例えば、「出勤簿1」と「出勤簿2」とか、せめて外からわかるようにしておいてくれればいいのに。それに、毎朝置いてある位置が違う。2冊が1.5mくらい離れて置いてあったんですが、せめて必ず右側にこっちとか位置が決まっていればいいものを。毎朝、みんなが迷走(笑)
毎朝混乱することがわかったら、工夫すればいいものを。それができない。効率というものが、思考からまったく抜け落ちている感じです。すべてがそんな調子で、いちいちストレスでした。
急に休まなければならなくなったような場合、どこに連絡するか。そういったこともまったく教えてくれませんでした。ロッカーの所に無造作に「緊急連絡先」という携帯電話の番号が掲示されていたのですが、こちらから確認してやっと、「何かあったときはその番号に電話してください」と。
そして、インフルエンザで休むことになったときのこと。最初は微熱程度でインフルエンザだとわからなかったものの、もしかしてともう一度医者に行き検査してもらってインフルエンザと判明。それが火曜日のこと。例の緊急連絡先に電話すると、いつも出る責任者の男性とは違う女性が出ました。インフルエンザであったことを伝えると、すごく迷惑そうな低い声で「あぁ〜」。医者からの説明で、熱が下がってからも数日は仕事に出ないようにということだったので、その日数を確認してみると、そういったことに決まりは無い様子。返事が返って来ないので、「熱が下がってから2日間休むということでよろしいでしょうか」と確認すると、「じゃ、木曜までで!」ってな調子で、ガチャンと電話を切られた。
えっと、社会人としてその対応はどうなの?ちなみに、責任者の男性は、「お大事に」とか言ってくれたが、その女性はそういった気遣いも一切無かった。虫の居所が悪かっただけかもしれないけど、あまりの対応の悪さにびっくり。
ということで、アルバイトはみな仕事もでき感じもよかったけれど、職員はほぼ感じが悪く、大抵が高飛車で仕事もできなかった。1回民間で修行して来い!って感じでした。

家事にはまったく発揮できませんが、こと仕事となると、常に効率を考えてしまう私には、お役所体質は本当に苦痛で、短期間なら我慢もするけど、長く働く場所ではないなと痛感しました。
またくだらない例をひとつ。ある冊子を大きな封筒に詰める作業がありました。私がこれをやるとなると、まず封筒の束を裏返しにしておきます。表だと、封筒のふたの部分が邪魔して入れにくい。で、冊子の束も裏返しにします。冊子の表が封筒の表にくるようにし、冊子と封筒の上下の向きも揃えます。で、あとはスピードアップを考えつつそれぞれを置く位置を調整したりしながら作業します。こうして袋詰めマシンと化して作業していたら、「nbmさん、封筒詰め速過ぎ!」と先輩に言われました。
他の仕事の合間を見ながらやる作業でしたが、際限なく必要になるものだったので、かなりの量を作ったところ、「もういいわよ」と職員さんに途中で止められました(笑)でも、今日の分はよくても、明日もあさっても使うものだから、作れるだけ作れればその方がいいはずなのに。そのときは他にやることもなかったんですから。
こういう単純作業は、いかに効率化して作業時間を短くするか、もしくは数をこなすかということを考えるのが、楽しむコツなので好きなのに。

まぁ、いろいろありましたが、よい経験になりました。
次は、体力をつけつつ、ゆっくり探したいと思います。
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2012年3月24日からの地震メモ

2012年3月24日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に関東近県を震源とする有感地震は以下のとおり。
2012年3月24日 14時14分頃 千葉県東方沖 M3.9 深さ約10km 最大震度2
2012年3月24日 14時56分頃 千葉県東方沖 M3.5 深さ約10km 最大震度1
2012年3月24日 16時20分頃 茨城県沖  M3.5 深さ約40km 最大震度1
2012年3月24日 19時30分頃 茨城県沖  M2.7 深さ約50km 最大震度1
2012年3月24日 19時48分頃 茨城県沖  M3.3 深さ約50km 最大震度1
2012年3月25日 1時32分頃  茨城県沖  M3.7 深さ約30km 最大震度1
2012年3月25日 1時40分頃  茨城県北部  M2.4 深さ約10km 最大震度1
2012年3月25日 5時3分頃  茨城県北部  M3.1 深さ約20km 最大震度1
2012年3月25日 7時16分頃  茨城県北部  M3.1 深さ約20km 最大震度2
2012年3月25日 21時25分頃 栃木県北部  M2.3 ごく浅い  最大震度2
2012年3月26日 3時28分頃  茨城県沖  M2.9 深さ約10km 最大震度1
2012年3月26日 4時24分頃  千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
2012年3月26日 4時28分頃  茨城県沖  M2.5 深さ約10km 最大震度1
2012年3月26日 8時33分頃  千葉県東方沖 M3.3 深さ約10km 最大震度1
2012年3月27日 13時22分頃 千葉県東方沖 M3.4 深さ約10km 最大震度2
2012年3月27日 19時22分頃 千葉県東方沖 M4.6 深さ約10km 最大震度3
2012年3月28日 6時53分頃  茨城県北部  M3.2 深さ約20km 最大震度2
2012年3月28日 7時37分頃  茨城県沖  M3.6 深さ約20km 最大震度1
2012年3月28日 11時35分頃 東京湾  M2.3 深さ約30km 最大震度1
2012年3月28日 11時37分頃 埼玉県南部  M3.4 深さ約100km 最大震度1
2012年3月28日 13時41分頃 千葉県東方沖 M3.4 深さ約10km 最大震度1
2012年3月28日 21時7分頃  千葉県東方沖 M3.4 ごく浅い  最大震度1
2012年3月29日 2時28分頃  千葉県南東沖 M3.7 深さ約70km 最大震度1
2012年3月29日 15時14分頃 茨城県北部  M3.2 深さ約10km 最大震度1
千葉・茨城方面の有感地震がこれ以降ありません。無感地震は発生してます。
またも埼玉、そして珍しく東京湾が揺れました。

この間のM5以上の地震は以下のとおり。
2012年3月25日 22時22分頃 福島県沖 M5.2 深さ約50km 最大震度4
2012年3月27日 20時0分頃  岩手県沖 M6.4 深さ約10km 最大震度5弱
2012年3月27日 20時2分頃  岩手県沖 M5.1 深さ約10km 最大震度4
2012年3月30日 13時38分頃 福島県沖 M5.0 深さ約50km 最大震度3

海外では、南米で地震。
2012年3月26日 7時37分頃 チリ中部 M7.2

29日深夜というか、日付としては30日になってましたが、ハードディスクレコーダーがうぉんうぉん唸ってました。たまたま録画中だったのですが、それ以前にも以降にもそのような唸りは聞きません。そのときは、どういうわけかたまたま冷蔵庫もけっこううるさかった。
寝床から、うるさいなぁと思っていたのですが、そしたら自分の胸の辺りに何かもやもやと違和感があり、少し動悸のようになりました。機械たちと同じように私の体が何かを感知していたら面白いのですが(笑)
とはいえ、それから何事もないので。

天候が落ち着きませんね。
今日は朝から大変な暴風。しかし、雨はまだ。
ここ数日、暑くなると言われたほどは暑くならなかったり、雨が降ると言ってて降らなかったり、なんだか天気予報が当てになりません。
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2012年03月24日

2012年3月17日からの地震メモ

2012年3月17日からの地震メモです。

まずは、千葉・茨城を中心に関東近県の有感地震メモ。
3月17日 11時55分 埼玉県南部 M4.0 深さ約100km 最大震度2
3月17日 14時05分 千葉県東方沖 M3.4 ごく浅い 最大震度1
3月17日 14時12分 千葉県東方沖 M4.3 ごく浅い 最大震度2
3月17日 14時25分 茨城県北部 M3.9 深さ約10km 最大震度1
3月17日 18時11分 千葉県東方沖 M3.7 ごく浅い 最大震度1
3月17日 20時02分 千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
3月17日 20時24分 茨城県北部 M4.1 深さ約20km 最大震度3
3月18日 1時40分  千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月18日 6時42分  千葉県東方沖 M4.1 深さ約10km 最大震度3
3月18日 7時28分  千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度2
3月18日 8時50分  茨城県北部 M3.6 深さ約10km 最大震度2
3月18日 22時16分 茨城県沖 M4.2 ごく浅い 最大震度2
3月19日 6時03分  千葉県東方沖 M3.2 ごく浅い 最大震度2
3月19日 11時30分 埼玉県南部 M3.8 深さ約100km 最大震度1
3月19日 16時54分 千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月20日 5時07分  千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月20日 7時06分  茨城県沖 M4.0 深さ約30km 最大震度2
3月20日 16時41分 茨城県北部 M3.3 深さ約10km 最大震度2
3月20日 21時32分 茨城県沖 M2.9 深さ約10km 最大震度1
3月21日 1時53分  千葉県東方沖 M4.0 深さ約30km 最大震度1
3月21日 1時58分  千葉県東方沖 M3.8 深さ約30km 最大震度1
3月21日 5時43分  千葉県東方沖 M3.7 深さ約10km 最大震度2
3月21日 7時22分  千葉県東方沖 M3.0 深さ約20km 最大震度1
3月21日 15時22分 茨城県沖 M3.5 深さ約40km 最大震度1
3月21日 18時06分 茨城県北部 M2.9 深さ約10km 最大震度1
3月21日 23時09分 千葉県東方沖 M3.6 深さ約30km 最大震度1
3月22日 0時12分  茨城県南部 M3.2 深さ約60km 最大震度2
3月23日 8時59分  埼玉県南部 M3.4 深さ約100km 最大震度1
3月23日 11時30分 茨城県沖 M3.4 深さ約40km 最大震度1
3月23日 22時55分 千葉県東方沖 M3.9 ごく浅い 最大震度2
3月24日 0時53分  茨城県北部 M3.5 深さ約10km 最大震度2

相変わらず、活発。
特に、茨城県南部震源の地震の規模が、今年に入ってから微妙に大きくなってきているのが気になります。
茨城県北部と千葉県東方沖に関しては、ほぼ深さ約10kmで発生しています。規模が大きくなれば、そのまま震度につながりますから、これはイヤですね。
埼玉県南部も、2011年の4月〜12月まで9ヶ月間で7回だったのに、今年は3月中のみで4回発生。深さ約100kmと深い場所での地震なので、深さがこのままならさほど怖くはないのですが、近いし珍しい地域だけに気になります。

他に↓のような地震もあり。
3月18日 8時11分  八丈島東方沖 M4.6  深さ約70km 最大震度1

この間、M5以上の地震は以下の通り。
3月18日 9時36分  岩手県沖   M5.0  深さ約40km 最大震度4
3月20日 8時35分  三陸沖    M5.1  深さ約10km 最大震度1
3月21日 21時1分  福島県沖   M5.0  深さ約10km 最大震度1

海外では、メキシコでけっこうな規模の地震が発生。被害が出てしまったようです。
3月21日 3時3分  メキシコ   M7.8

3月20日の16時20分頃、久々に強烈な”ぐるん”が来たので、個人的には警戒していたのですが、その後大き目の地震は特に無く。
その日は、午前中から義母と墓参りに出かけていて、外でお昼を食べ、その後義母のお買い物にお付き合いして帰ってきて、リビングで座ってまったりとお茶をしているときに、唐突に瞬間的な回転性のめまいを感じました。特に疲れているとか体調が悪いとかいうこともなく、急に頭を動かしたりもしていません。その前後数日に体調に異常も無く、”ぐるん”はその1回のみ。これが何からきているものなのか、さっぱりわかりません。

22日には、1週間ぶりくらいに電車で都内へお出かけしたわけですが、なぜかこの日は非常に緊張していました。非常用の食糧として飴やチョコレートを用意してかばんに詰めて準備しました。ラジオも聞けるMP3プレーヤーや携帯電話はフル充電。本当は小さな懐中電灯も持っていこうかと思いましたが、かばんに入らないので止めました(苦笑)いつもそうなので特別ということではないですが、長時間歩いても疲れにくいスニーカーを履いて。一度玄関を出てから、靴下が歩きにくいものであるのに気づき、戻って別のものに履き直したほど。非常に不安感が強く、特に電車に乗っている間は「何事もなければよいが」と常に考え、座っていても手すりにつかまっているような状態。ビルの谷間を歩いているときは、「頭の上から割れたガラスが降ってきたらどこへ逃げようか」と考えていました。行き慣れない地域に行ったので、電車が止まったときにどういったルートを歩けば帰れるか事前にシミュレーションもしました。
その1週間ほど前には、もっと遠い横浜みなとみらいまで出かけて行ったのですが、この日ほどの不安感はありませんでした。
出かける直前に”ぐるん”があったことで、勝手に不安感に駆られただけかもしれませんがね。以前の考察によると、”ぐるん”は直後から2日後くらいに大き目の地震が来ることが多かったので。でも結局、今回は何事も起こらなかったわけです。
「今ここで地震が起きたら」ということは、考えておいて損はないわけですが、この日は自分でも異常に感じるほどの不安感でした。

一方では、銀行で手続きしなければならないちょっとした用事があって、それを早くやらなければという焦りも感じていたりします。特に期日があることではありませんが、災害があると手遅れになるような気がして。
何をくだらないことをと思われるかもしれませんが、2011年3月11日の直前、リビングのテーブルに積みあがったままの数百枚のCDを片付けなければいけないと思っていたときに似ています。片付けたい気持ちは強かったものの、直前2週間は風邪をひいたのか体調が非常に悪く、片付けられないままあの地震が起こり、CDは派手に散乱することになったのでした。
後になって考えてみると、何年も放置したままのCDの山を、なぜにそのときに焦って片付けたいと思ったのか、自分でもよくわからないのです。

すごく漠然とした感覚なのですが、調べてみたら、あの3月11日の直前になにかしら強迫観念めいたものを感じた人というのも、けっこう多いかもしれません。

今日は、低気圧が通過して雨があがりました。昨日の天気予報でおかしなことを言っていたのが気になります。「暖かい北風が吹く」と。
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2012年03月23日

時を越える箱

3331 Arts Chiyoda→HP
千代田区の旧練成中学校を改修し、各教室がギャラリーになっている場所です。
そこで、野又穫さんの個展が開催されているのを知り、行ってきました。

今回の野又さんの個展。
blue construction 野又穫展 佐賀町アーカイブ COLLECTION plus,3

まず、佐賀町アーカイブについて説明が必要でしょうか。私も何やらわかりませんでした。
時を遡り1983年。江東区にあった旧廻米問屋市場・食糧ビルの空間を再生し、アートの発信地としたプロジェクトがありました。それが、”佐賀町エキシビット・スペース”。
『建築マップ』さんに在りし日の食糧ビルの写真が載っています。1927年に建てられたというクラシカルな建造物は、マンション建設のために2003年に取り壊されたそうです。
その”佐賀町エキシビット・スペース”の遺産を受け継いだのが、佐賀町アーカイブ。半地下のような一室に入ると、まずドネーション(寄付)として100円から受け付けているとのことで、これが入場料代わり。佐賀町アーカイブの活動を支援する形になります。私は個人的に寄付という行為自体に慣れていなくて抵抗があるので、その辺は最低限のラインあたりで適当に。

佐賀町アーカイブのブログ
に、今回の展示の様子を写した写真がありました。
佐賀町アーカイブについてのスクラップブックが置いてあり、佐賀町エキシビット・スペースを立ち上げたクリエイティブ・ディレクターの小池一子さんのインタビューなどがたくさんスクラップしてありました。要するに、”いま生まれつつある””現在進行形の”アートを発信する場所を作りたかったということらしいです。
現代美術を鑑賞することを趣味のひとつとする私には、小池さんの提唱されたことの一端がわかるような気がします。芸術は、時代を映す鏡です。古典と違い、現代美術はアーティストひとりひとりが感じ取った”今”が作品に投影されています。しかも、深部を抉り取ったような形で表現されている場合が多いです。その辺が、私が現代美術に惹かれる大きな要因であると思います。

今回の野又さんの新作、「blue construction」シリーズは、私にとってはとてもショッキングなものでした。
まず、最初に掲げられていた「blue construction-6」は、野又さんのこれまで見慣れてきた作風と違い、輪郭のぼやけた塔でした。不思議に思っていたのですが、帰りがけに話したスタッフの方のお話で合点がいきました。この絵は、野又さんが2011年3月11日に制作中だったもので、この絵を描いているときにあの大震災の揺れを感じたのだそうです。そして、以来、この絵には筆が入れられなかった、と。未完成のまま、完成を迎えた絵だということでした。
震災後、しばらく何も手につかず、もう一度柱など建物を構成する部分の形から描くほかはなかったという野又さんは、作風が大きく変わったと感じているそうです。
ぼやけた塔は、そんな野又さんの精神状態をストレートに表現したものでありながら、未完成なのか崩れ去ったものなのか判然としないまま、そこに建っていました。
一方で、不謹慎ながらも、未完成とのことで、制作の段階を垣間見ることができたという収穫でもあったのですが。空想建築を描くのにも、内部から建設していたのだなと今更ながら驚かされたわけです。側だけを描いているのでないからこそ、説得力のある建築物となるのだろうと想像できました。

1986年に描かれ、かつて”佐賀町エキシビット・スペース”で公開された絵「Still-40」が、記念碑的に展示されていました。そういえば、近年の作品には滅多なことでは登場しない人影が、この絵には描かれています。作風の変化を感じる1枚です。

18点の展示作品の中で、2011年・2012年に描かれた新作「blue construction」シリーズが14点。
新作のほとんどで、背景には重く雲が垂れ込み、地上に近い部分は暗い青で描かれていました。ですが、その重い雲の上には必ず青空が広がっているのです。現状、まだまだ暗く希望のない世界ですが、ここを突き抜ければ世界は開けていくという暗示のようにも見えました。
濃い影が描かれている作品が多いとも感じましたし、柱や骨組みだけに見える作品もありました。雪景色が多いのも、今までと比べると珍しい点でしょうか。

もう1枚印象的だった絵を挙げるとすれば、タイトルは、たしか「blue construction-5」。
雪景色。氷山をケーキを切り分けるように切り取ったような真っ白で巨大な建造物が中央に、そのまわりを同じ種類同じ高さの小さな木々がすっぽりと雪に覆われながら取り囲んでいます。
まるで、塔に向かって祈りを捧げる人々のように見えます。峻厳なものに対する畏敬のような、でも、不思議とやさしい空気を感じさせる絵でした。

全体を観て感じたことは、今回の新作では「風を感じない」ということでした。
いつも野又さんの作品を観ると、「風を感じて」いたのです。野又さんの絵の前に立つと、時には砂混じりの風がびゅうびゅうと、時にはそよそよと湿った風が、といろんな風を感じてきました。
とある展覧会で野又さんの奥様とお話しする機会があり、そのときに野又さんは「風を描こうとしている」というお話をうかがったのですが、絵を観て「風を感じて」いた私にとっては、納得できるお話でした。
ところが、今回の新作では、その風を感じることがありませんでした。ほとんどの作品で、空気は重く淀み、動きがありませんでした。作品の良し悪しということではないのですが、作風が今までと違うのは、肌で感じました。

当初、3月29日までの予定だった会期は、4月29日まで延長されました。そして、展示替えがあるそうです。どの程度の展示替えなのかスタッフの方に聞いてみたところ、かなりな点数になるようで、中には東京では展示したことのない作品もあるそうです。
ということで、展示替え後に私ももう一度行こうと思っています。
もし行かれる方は、(月)から(水)がお休みで、昼12:00からの開場ですから、曜日と時間にご注意を。

さて、3331 Arts Chiyodaは、ギャラリーの集合体ということで、他にもいくつか観てきました。
中でも、東日本大震災復興支援プロジェクト展「つくることが生きること」が印象的でした。
あの日の、つらい記憶がつまった展覧会で、もちろん、復興に向けての様々な活動も紹介されているわけですが、とりわけ心に刺さった展示物は、津波の圧倒的な力でぐしゃぐしゃにつぶされた道路標識でした。
仙台在住のアーティスト村上タカシさんによる「3.11 メモリアルプロジェクト」。津波によってねじ曲げられた公共物や、あり得ない場所に流れ着いている船などを撤去せずに残しておくというプロジェクトだそうです。→HP
この一環として展示されていたのが、仙台港・仙台空港の案内が描かれている青色の大きな道路標識。HPに写真がありますが、この大きな看板が紙を丸めたかのようにぐしゃぐしゃになっています。ポールがぐにゃぐにゃに折れ曲がった道路標識といっしょに展示されていました。津波の威力をまざまざとみせつけられました。圧倒的に説得力のある展示物でした。いまだ海の砂で汚れたままのこの看板は、当時の記憶をそのまま残してくれていました。私のように被災地に行ったことのない人にとっては、実際に自分の目で実物を見ることが有益だと思いました。
こちらの展示は、25日(日)まで。

3331 Arts Chiyodaでは、4月9日(月)から、「大友克洋GENGA展」が開催されるとのこと。
これが面白くて、”完全予約制”だそうです。そんな方式の展覧会、初めて聞いたわ。しかし、逆にゆっくりと観られるでしょうし、ファンにはたまらない展覧会になりそうです。
『AKIRA』は確かに面白かったです。さほどファンというわけでもないけど、たまたま池袋の春木屋にも行ったことがあります。残念ながら、2011年に閉店してしまってたんですね。怪しい空間だったわ。

中学校だった建物ということで、学校で文化祭が開かれているかのような場所でした。懐かしいようで新しい、不思議な空間を体験できたのも面白かったです。
ラベル:野又穫
posted by nbm at 12:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月17日

端麗な醜悪

2月からの短期間でしたが、フルタイムの仕事が終わり、会期が3月18日までの松井冬子展にようやく行って参りました。
横浜美術館に行くのは初めてで、横浜に足を向けるのも、10年以上振りだったような気がします。その間にみなとみらい線が開通していて、便利になりましたね。おかげで、乗り換えたった1回でみなとみらいまで行くことができるようになり、行きも帰りもほぼ座っていられたので、楽ちんで、遠いはずの横浜が近く感じられました。
仕事明けで、さすがに午前中から遠出する気にはなれず。午後から出かけた割には、さほど遅くならずに帰って来られたので、「横浜ってこんなに近かったっけ?」みたいな。

松井冬子さんを知ったのは、2006年のこと。雑誌「Pen」の特集で『浄相の持続』(2004)を観て、ミレイの『オフィーリア』のようだと思い、興味を持ちました。同時に、ご本人が凄く美しい方で、その印象も強く残り、この方の作品を直接観たいと切望するようになりました。
その後、いくつかの展覧会で作品を観ることはありましたが、大々的な個展を期待していて、2010年にテレビ出演された際に、日本での個展を計画しているというお話だったので、心待ちにしていたわけです。
それがようやく現実となったのが、今回の横浜美術館での個展。なので、5年は待っていたことになるでしょうか。
行きたくて行きたくて仕方がなかったのですが、なかなか機会を作ることができず、結局会期終了間際になってしまいましたが、行くことができてよかったです。これで行けなかったら、泣くに泣けない。

ということで、あまりに期待が大きかったせいか、会場に入って観始めたら、涙しそうになりました(笑)
一番最初に出迎えてくれたのは、『盲犬図』(2005)。体毛を描く繊細な一筆一筆を見ただけでも、なんと美しいのだろうと溜息が出そうになります。

松井冬子さんは、日本画を描く方です。まず何段階もの下絵を描き、完成した下絵を升目にして本画に写していくという日本画の描き方を、コピーやコラージュなどしてアレンジしつつも大事にされているようで、今回は下絵やデッサンも多く展示されていたのですが、下絵に描かれた線の太さや色などの細かなメモや、コラージュで配置を思案されている過程などを観て、ものすごく計画的に綿密に表現を作り上げているのだということがわかりました。
また、松井さんの作品はタイトルもユニークだと思うのですが、全部ではないものの、作品ごとにどういったコンセプトで描かれたものかということがご自身のことばで紹介されていて、独特の考え方に基づいて描かれていることを再認識しながら鑑賞しました。
松井さんの作品には、一般的な概念からするとグロテスクなものが多いわけですが、過去記事怨念の前段階で、ご本人のインタビューを取り上げてますが、グロテスクというのは植えつけられた概念でしかないというお考えで、臓物だって単なる我々の中身なわけだから、それを見せているだけですよということ。
松井さんの作品を観ていると、”客観”というものがどういうことなのかよくわかる気がします。対象を見る冷静さというのは、数多いる画家の中でも抜きん出ているのではないか、と。
松井さんのインタビューにあったのですが、西洋画に比べて日本画というのは、描く対象がどのような状態にあるのかというのを徹底して考え、それを表現するものだということなので、松井さんにはやはり日本画が似合っているのかもしれません。

さて、今回、私の一番のお気に入りの作品は、『短時間の強力な蘇生術を行うについてとくに必要とされるもの』。
入り口を入ってすぐの場所に展示されていた、かなり大きな絵だったけれど、遠目には水面に白い花びらが散っているかのように見えたものが、近づくとそれは無数のねずみの死骸。ピンク色の細長い部分が花びらの付け根か何かなのかと思ったら、ねずみの尻尾なのでした。まだ生きているものもいるし、他のねずみの尻尾を齧っているヤツもいる。口を開けて死に絶えているもの、うつぶせにぽっかり浮かんでいるもの、水辺に累々と積み重なったそれらはそれぞれの死相。ねずみの集団自殺というと、レミングを連想しますが、彼らは白いラットたちでした。
タイトルをどのように読み取ったらよいのか、よくわからなかったけれど、別にねずみが可哀相だと思ったわけでなく、この絵が琴線に触れてしまって、涙が溢れそうになりました。自分でも、この絵の何がそうさせたのかはわからないまま。本当はそれを突き詰めるべきなのかもしれないけれど、それもしたくないような……
展覧会の最後の最後に、面白い説明文が書かれていました。腹を切り裂かれて絶命しているような絵柄が多いわけですが、例えば「死にたい」という考えがよぎるような人が観たときに、絵が”身代わり”もしくは”厄払い”的な役目を背負ってくれるのではないか、と。
私がねずみたちを観たとき、私の中のどこかに隠れていた死への思いが消滅してくれたのかもしれません。あの絵の前に立ったとき、私はどこか浄化されたような感覚で涙したのかもしれません。

もうひとつ挙げるとすれば、それは、『この疾患を治癒させるために破壊する』。
千鳥ヶ淵の夜の桜を描いたこの絵は、お堀の水面が鏡のように桜を映していて、上下対象の構図。それが、どういうわけか、実際の桜と水面の桜とが渦を巻くかのように見えます。
この作品は、松井さんのHPに載っています。
この絵は単純に非常に美しく、長く観ていたいと思うような絵でしたが、桜と黒い水面とが織り成す渦に平衡感覚を奪われるようで、私はめまいがして長く観ていられませんでした。

他にも、興味深い絵はたくさん。
この展覧会の副題にもなっている『世界中の子と友達になれる』は、横浜美術館の所蔵だそうですが、作品そのものはもとより、それができあがっていくプロセスが非常に面白いものでした。最終的には、向かって右にゆりかご、左にゆりかごを背にした格好で少女が立っています。その構図が下絵の段階では逆で、少女とゆりかごとが向き合う形だったりしていました。
この絵のコンセプトについては、過去記事に書いたので、それは置いておくとして、藤棚から垂れ下がった藤が、下に行くにつれて蜂に変化していく様子は、やはり圧巻でした。
蜂というモチーフは、繰り返し他の作品にも登場していて、それとは別に蟻を描いた作品もお気に入りのひとつとなりました。タイトルは忘れてしまったのですが、蟻を辿って行くと、死者を連想させる長い髪にたどり着くという作品。辺りには、おどろおどろしい赤い火の玉が浮遊しています。
最初のねずみもそうですが、蜂や蟻といった生物の集団というモチーフは、どういった観点で好んで使われるのか気になりました。きっと、意味があるはず。
モチーフということでいえば、臓物が一番たくさん出てくるモチーフなわけですが、中でも卵管という存在が興味深く、大輪のカトレアのような花と卵管との間に形の共通性を見出しているところが面白いと思いました。どちらも生殖器官なわけですし、生と死をテーマに描くことの多い松井さんにとっては、大事なモチーフのひとつなのではと思いました。

もうひとつ面白かったのは、幽霊に重さを感じていることでした。
現代の幽霊画ともいえる『夜盲症』は、髪の長い女性が、死んでいるであろう鳥を逆さに持っている構図ですが、応挙の幽霊画よろしく足が描かれていません。(この絵もご本人のHPにあります)
浮遊しているように描かれているのに、重力を感じるのは、逆さになった鳥のせいでしょうか。それだけではないと思うのですが。
松井さんは、幽霊には重さがあると考えて描いているのだそうです。
幽霊というのは、ある種の情念の塊であって、その情念が重いということなのかもしれません。

会場には、大スクリーンが設置されていて、松井さんがアートディレクションした映像が流れていました。最後にはロレックスとクレジットされます。ロレックスは松井さんを支援しているのだそうです。ロレックスの日本におけるイメージキャラクターである松井さんご自身も登場する映像。モノクロで、松井さんらしい映像作品でした。
大スクリーンのまん前で堪能し、2階に上がると今度はヘッドフォンを貸してくれて迫力の大音量を聴きながら映像を楽しむことができました。

小1時間もあれば観終わるかと思っていたのですが、再入場してもう1回観て、その後に松井さんの展覧会とは別の横浜美術館のコレクション展示を観ていなかったことに気づき、そちらも観たので、けっこうな時間がかかってしまいました。
横浜美術館のコレクションでは、イサムノグチの作品がたくさんあったのと、ダリやマグリット、エルンストが観られたのがよかったかな。
それと、今回は展示されていなかったものの、ジョセフ・コーネルの箱が横浜美術館のコレクションの中にあることがわかり、そういえばそうだったと思い出したのでした。これが展示されるときに、もう一度来なければ。

観る人によっては、不快な思いをする作品もあるように思います。
特に男性の方では、あんな美人が描く絵なら、観てみたいと思って観にいらっしゃる方も多いかもしれませんが、画風を知らないとトラウマになる人もいるかも。
会場では、意外と小さなお子さんを連れた方もいらっしゃいましたが、「おいおい、大丈夫か」と心配せずにいられませんでした。
この個展を観るまでは、松井冬子さんの作品は、主に女性の狂気を描いているものが多いと思っていました。それも多分に感覚的に描かれたものであると思い込んでいたのですが、今回の展覧会を観て、松井さんはコンセプトもさりながら、構図も対象も練りに練って、どうしたら自分の思いが忠実に絵に表現できるのかを追及して描かれていることを知り、感銘を受けました。
物事を深く考える力を持ち、自分のフィルターを通して、それを表現する。いろんな意味で才能を持っている方だなと、あらためて思った次第です。

さて、これで行きたい美術展もひと段落かと思いきや、先日、野又穫さんの個展が開催中であることを知りました。
これは行かねばなるまい。
blue construction 野又穫展 佐賀町アーカイブ COLLECTION plus,3
会期が延長になり、4月29日まで開催されるとのこと。
会場は、元中学校。またまた面白い場所での展覧会なので、楽しみにしています。
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2012年3月10日からの地震メモ

3/10からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に、関東南部震源の地震もメモしています。
3月10日 14時30分 茨城県北部 M2.8 深さ約10km 最大震度1
3月10日 14時31分 茨城県北部 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月10日 16時46分 茨城県沖 M3.6 深さ約30km 最大震度1
3月10日 21時19分 茨城県北部 M3.5 深さ約10km 最大震度2
3月11日 1時00分  茨城県沖 M4.0 深さ約50km 最大震度2
3月11日 2時03分  茨城県北部 M2.9 深さ約10km 最大震度1
3月11日 9時00分  千葉県東方沖 M3.6 深さ約10km 最大震度2
3月11日 10時54分 茨城県沖 M3.4 深さ約40km 最大震度1
3月11日 18時25分 茨城県北部 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月12日 6時12分  茨城県北部 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月12日 11時25分 千葉県東方沖 M3.3 深さ約10km 最大震度1
3月12日 20時07分 千葉県北西部 M2.9 深さ約10km 最大震度1
3月12日 22時38分 茨城県北部 M3.7 深さ約10km 最大震度2
3月12日 22時45分 茨城県北部 M2.9 深さ約10km 最大震度1
3月14日 4時11分  茨城県沖 M3.5 深さ約20km 最大震度1
3月14日 21時05分 千葉県東方沖 M6.1 深さ約10km 最大震度5強 (当地 震度2)
3月14日 21時16分 千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
3月14日 21時25分 千葉県東方沖 M3.7 深さ約10km 最大震度1
3月14日 21時27分 千葉県東方沖 M3.7 深さ約10km 最大震度1
3月14日 21時29分 千葉県東方沖 M3.6 深さ約10km 最大震度1
3月14日 21時40分 千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
3月14日 21時58分 千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月14日 21時59分 千葉県東方沖 M3.7 深さ約10km 最大震度1
3月14日 22時25分 千葉県東方沖 M3.4 深さ約10km 最大震度1
3月14日 22時29分 千葉県東方沖 M4.5 深さ約10km 最大震度3
3月14日 22時52分 千葉県東方沖 M3.4 深さ約10km 最大震度1
3月14日 23時32分 千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月15日 0時23分  千葉県東方沖 M3.6 深さ約20km 最大震度1
3月15日 1時31分  千葉県東方沖 M2.9 深さ約10km 最大震度1
3月15日 1時39分  千葉県東方沖 M3.5 深さ約10km 最大震度1
3月15日 1時52分  千葉県東方沖 M4.0 深さ約20km 最大震度2
3月15日 1時57分  茨城県北部 M3.7 深さ約10km 最大震度3
3月15日 2時10分  千葉県東方沖 M3.5 深さ約10km 最大震度1
3月15日 6時39分  関東東方沖 M5.0 深さ約10km 最大震度2
3月15日 7時11分  千葉県東方沖 M3.4 深さ約10km 最大震度1
3月15日 8時45分  千葉県東方沖 M3.0 深さ約10km 最大震度1
3月15日 9時25分  千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月15日 10時56分 千葉県東方沖 M3.3 深さ約10km 最大震度1
3月15日 11時57分 千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月15日 12時50分 千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
3月15日 15時13分 茨城県北部 M3.3 深さ約20km 最大震度1
3月15日 19時42分 千葉県南東沖 M3.8 深さ約50km 最大震度1
3月15日 21時59分 千葉県東方沖 M2.7 深さ約10km 最大震度1
3月16日 0時07分  千葉県東方沖 M3.2 深さ約10km 最大震度1
3月16日 0時37分  千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
3月16日 3時31分  千葉県東方沖 M3.0 深さ約10km 最大震度1
3月16日 4時20分  埼玉県南部 M5.2 深さ約100km 最大震度3 (当地 震度2)
3月16日 5時01分  茨城県沖 M3.2 深さ約50km 最大震度1
3月16日 5時49分  千葉県東方沖 M3.4 深さ約10km 最大震度1
3月16日 9時14分  茨城県沖 M3.6 深さ約10km 最大震度1
3月16日 10時27分 千葉県東方沖 M3.6 深さ約10km 最大震度2
3月16日 10時38分 千葉県東方沖 M3.7 ごく浅い 最大震度2
3月16日 16時10分 茨城県沖 M3.1 深さ約50km 最大震度1
3月16日 17時39分 千葉県東方沖 M3.1 深さ約10km 最大震度1
3月16日 17時53分 千葉県東方沖 M3.6 深さ約10km 最大震度1
3月17日 3時30分  茨城県北部 M2.9 深さ約10km 最大震度1
3月17日 3時31分  東京都多摩西部M2.7 深さ約60km 最大震度1
3月17日 8時18分  千葉県東方沖 M4.4 深さ約10km 最大震度2
3月17日 8時39分  千葉県東方沖 M3.8 深さ約10km 最大震度2

千葉県東方沖は、14日のM6.1以来、余震といっていいのかわかりませんが、有感地震だけでも1日に10回ほど起きています。
昨年10月にスロースリップが起きているといわれてから、いつ千葉県東方沖が大きく揺れるのかと思っていましたが、まだまだ規模的に甘いような気がします。
続いている千葉県東方沖の揺れが、大きな揺れの前触れでないことを祈りたいですが、現実はそう甘くないのではないかと。
一方で、埼玉県南部や多摩西部という比較的珍しい地域も揺れていて、気になります。
ほぼ1年、有感地震を見てきましたが、埼玉県南部震源の有感地震は8回。16日の地震は、その中で一番規模の大きなものでした。震源が深いことが救いでした。

この間のM5以上または震度4以上の地震は↓の通り。
3月12日 7時58分  熊本県熊本地方 M3.9 ごく浅い    最大震度4
3月14日 18時9分  三陸沖     M6.8 深さ約10km   最大震度4 (当地 震度1)
3月14日 19時49分 三陸沖     M5.9 深さ約10km   最大震度3
3月14日 19時58分 三陸沖     M5.3 深さ約10km   最大震度2
3月14日 20時40分 三陸沖     M5.3 深さ約10km   最大震度1
3月15日 9時9分  三陸沖     M5.2 深さ約10km   最大震度1
3月14日 21時5分  千葉県東方沖  M6.1 深さ約10km   最大震度5強 (当地 震度2)
3月15日 6時39分  関東東方沖   M5.0 深さ約10km   最大震度2
3月16日 4時20分  埼玉県南部   M5.2 深さ約100km 最大震度3 (当地 震度2)

と書いていたら、今、強烈な耳鳴りが……
別に地震とは何の関係もないと思いますが。

とにかく、千葉を中心に地震活動は活発になっていると思われますので、注意をするに越したことはないと思います。
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2012年03月10日

言葉の海を渡る舟

「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」

三浦しをん『舟を編む』を読んで、最初に感動した一文。
この一文を読んだときに、どういうわけだか感動してしまい、涙してしまった。

とある出版社での、辞書編纂の過程のドラマを描いた物語。
主にスポットが当たるのは、”まじめ”さん。”馬締”と書く。
別の部署にいたのを、辞書編纂には欠かせない特性を持つ人物と見抜かれて、引き抜かれてくるのだが、そこから彼を中心に描かれていく。言葉というものについて徹底的に掘り下げる、まさに辞書を作るために生まれてきたような男。
しかし、この”まじめ”さん、性格的に私と似ているところが多い。私は真面目じゃないけれど。まじめさんを取り巻く人たちが、まじめさんを評するのを聞いていると、まるで自分のことを言われているようで、なんとも居心地が悪い。

”まじめ”さんだけでなく、周囲の人間ひとりひとりも丁寧に描かれている。
当初、辞書編集部にいた営業担当の西岡のエピソードも心に刺さる。
軽薄なノリで口八丁な西岡は、途中まで辞書編纂に関わりながらも、宣伝広告部に異動となってしまう。ひとつのことに情熱を注ぐことのできる馬締にどこか嫉妬を覚えながら悶々とするのだけれども、あることをきっかけにスッキリと気持ちを整理し、決意する。
俺は名よりも実を取ろう、と。
(中略)
名前など残らなくていい。編集部に在籍した痕跡すら消え去って、「西岡さん? そういえば、そんなひともいましたっけ」と馬締に言われるとしてもかまわない。
大切なのは、いい辞書ができあがることだ。すべてをかけて辞書を作ろうとするひとたちを、会社の同僚として、渾身の力でサポートできるかどうかだ。

こういうことは、なかなかできることじゃない。だけど、名よりも実を取れたら、それは理想的なことだな、と。私は、人知れず何かに貢献できたら、その方が楽しいタチで(笑)

子供の頃から辞書・辞典が友達だった私。親に言わせると、ひとりで辞書を読んではケラケラと笑っているような子供だったらしい。かといって、読んだ項目をひとつひとつ憶えているということではないのだけれど、とにかく辞書は読んでいて楽しいもので、私にとってはある種のエンターテインメントだった。
うちにあったもので一番分厚かった辞書は、三省堂の『広辞林』。中型辞書といえば、岩波書店の『広辞苑』が一般的だけれども、うちにあるのは”苑”じゃなくて”林”だわと子供ながらに不思議だった。たしか父が、勤続何周年かの表彰でご褒美にいただいたものだったと思う。これをよく読んでいた。ある年には、夏休みの自由研究に、この『広辞林』を使って難読漢字などを集めた記憶もある。
調べてみると、『広辞苑』よりも、『広辞林』の方が先行していたものらしい。『舟を編む』を読むとなんとなくわかるのだけれども、時代の流れによって、必要とされる辞書も移り変わっていくということなのだと思う。

今も、家でいつも座っているリビングのテーブルの上には、国語辞典と漢和辞典が置いてあって、1日1回はオーバーかもしれないが、何かといえば引いている。

たくさんの言葉を、可能なかぎり正確に集めることは、歪みの少ない鏡を手に入れることだ。歪みが少なければ少ないほど、そこに心を映して相手に差し出したとき、気持ちや考えが深くはっきりと伝わる。一緒に鏡を覗き込んで、笑ったり泣いたり怒ったりできる。


語彙というものについては、知っているものが多ければ多いほどよいように思っても、相手がその言葉を知らなければ、言いたいことは伝わらないわけで。
でもその言葉でないと伝わらないニュアンスというものもあったりして、歪みの少ない鏡を共有することは理想なのだけれども、現実問題は厳しいのかもしれない。
今は、重たい辞書など持ち歩かなくても、どんなことでもその場で調べられるツールが発達しているのだから、もっとこの”歪みの少ない鏡”が普及していてもよいようなものなのだけれども、「いつでも調べられる」という状況は、かえってその普及を邪魔しているのかもしれない。

さて、最後にもうひとつ。
日本語の辞書というのは、直接国が編纂したものがないということを、この本を読んで初めて知った。
日本語は、日本固有の言語だというのに、国で作った辞書がないというのは不思議なことだけれども、権力の意向や検閲がない状態で自由に辞書が作れたということは、結果的にはよいことだったのかもしれない。
時代によって、言葉の使い方が変化したり、死語になってしまったりするものもあるし、もちろん、新しい言葉はどんどん増えていくわけで、辞書は終わりなき改訂を繰り返していくわけですね。

『舟を編む』は、近年稀にみる、感動で泣く本だった。5回くらい泣いたと思う。
それも悲しい涙でなく、感動の涙だった。何がそんなにツボったのか、外で読まなくてよかった(笑)
つまりは、力をあわせて何かを作り上げるということの、”すばらしさ”と表現してしまうととても陳腐なのだけれど。その過程で、関わる人たちが迷い悩み、それでも前に進んで目的を成し遂げるというカタルシスなのかな。
そんなプロジェクトについぞ関わったことのない私からすると、お話とはいえ、とても羨ましいように思えて仕方ないのだった。ちゃんちゃん。
posted by nbm at 18:05| Comment(8) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3/5からの地震メモ

3/5からの地震メモです。

千葉・茨城中心ですが、今回は埼玉・栃木も混ざってます。
3月5日 1時14分  埼玉県北部 M2.2 深さ約20km 最大震度1
3月5日 23時15分 千葉県北東部 M3.1 深さ約40km 最大震度1
3月6日 6時55分  栃木県南部 M2.3 深さ約10km 最大震度1
3月6日 9時30分  茨城県沖 M3.3 深さ約30km 最大震度1
3月6日 9時47分  茨城県沖 M3.8 深さ約10km 最大震度1
3月6日 16時05分 茨城県南部 M3.5 深さ約60km 最大震度2
3月6日 20時17分 茨城県沖 M4.8 深さ約10km 最大震度1
3月7日 6時58分  茨城県沖 M3.6 深さ約10km 最大震度1
3月7日 11時58分 千葉県北東部 M3.2 深さ約50km 最大震度1
3月8日 3時51分  茨城県南部 M4.3 深さ約50km 最大震度3 (当地 震度1)
3月9日 15時55分 茨城県北部 M3.2 深さ約20km 最大震度1
3月9日 19時48分 茨城県北部 M3.6 深さ約10km 最大震度2
3月10日 2時25分  茨城県北部 M5.5 深さ約10km 最大震度5弱 (当地 震度1)
3月10日 3時15分  茨城県北部 M3.9 深さ約10km 最大震度3
3月10日 3時36分  茨城県北部 M3.1 深さ約10km 最大震度1
3月10日 3時38分  茨城県北部 M3.6 深さ約10km 最大震度2
3月10日 5時49分  茨城県北部 M3.2 深さ約10km 最大震度2
3月10日 7時37分  茨城県北部 M3.5 深さ約10km 最大震度2

夜中、揺れているのはわかりました。すでに就寝していたので、起き出すことはなかったのですが。
それにしても何でしょう、この茨城県北部は……
もともと、どういうわけか、茨城県北部の有感地震というのは2度3度と連続して起きる特徴がありましたが、続き過ぎですね。明らかに活発です。
茨城県北部の地震はこの1年のデータを見る限り、9割方は深さ約10kmで起きています。浅いので、規模が大きいものが起きたら、直で震度につながりそうです。今回のM5.5も最大震度5弱でしたね。もし、M6クラスが起きたら、そのまま震度6とかになりそうで嫌ですね。

この1週間のM5以上は↓の通り。
3月5日 15時24分 岩手県沖 M5.0 深さ約40km 最大震度3
3月7日 15時18分 沖縄本島近海 M5.2 深さ約50km 最大震度2
3月10日 2時25分 茨城県北部 M5.5 深さ約10km 最大震度5弱 (当地 震度1)
M5までいかなくとも、今週は、いろんな場所が揺れている印象です。

一方、海外ではこんなのもありました。
3月9日 16時10分 南太平洋 M7.1

日本時間3月7日に大きな太陽フレアが発生し、8〜9日にかけて地球にも影響があるのではないかと予測されていましたが、今回はあまり大きな影響は出ずに済んだようで。
なんでも、コロナ質量放出というのが、南側から飛来する形になると地球の磁場との相互作用で影響大となるそうですが、今回は北側からだったらしく。
今回のフレアは2つあって、そのうちひとつが規模を表す5段階の最大クラスXクラスのフレア。とはいえ、X5.4とXクラスのなかでは中規模とのこと。ちなみに、過去5年間では最大規模だったそう。
遠く離れた太陽の影響が地球に届くなど馬鹿馬鹿しいとお思いになるでしょうか。けれど、そのエネルギーは強大で、宇宙全体から考えると、地球は太陽の極々ご近所なわけです。
太陽嵐は電気的・電子的なことに影響を及ぼすようで、かつては大停電が起きたこともあったそうですし、GPSへの影響など私たちの生活に直接関係することもあるそうですよ。
一部では、この太陽嵐が地震と関係するのではないかという見方をする方もいらっしゃいますので、取り上げてみました。

ここ2週間ほどの間、当地でも震度1〜2程度の揺れを感じる地震が何度もありました。
どうしても眠気が我慢できず、少しだけ横になるということをすると、その後に有感地震が起きるというパターンが続きました。
私は今、10年ぶりに外でフルタイムの仕事をしていて、慣れない仕事に当然体がついていってないわけですが、それにしても、この我慢ができないほどの眠気というのはどうも、以前から地震の直前に感じることが多い気がしてなりません。
私と同じような体験をしている人も多く見受けられ、また、いわゆる電磁波過敏症の症状のひとつとして眠気というのがあるらしく、そういったことを考えると、バカバカしい話と単純に切り捨ててしまうのもどうかと思います。
眠気など、他にいろいろな原因が考えられるわけで、仮にそれが電磁波の影響だったとしても、日常生活にはその電磁波が様々存在しているわけですから、眠気=地震と直結するものでないことは承知しているのですが、その中に、もしかしたら地震の前兆の何かを感じ取っているケースが混ざっているとしたら面白いのですけれど。
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2012年03月04日

2/25からの地震

2/25からの地震メモです。

まず、千葉・茨城方面の有感地震。
2月25日 14時15分 茨城県北部 M3.3 深さ約10km 最大震度1
2月25日 15時42分 千葉県北西部 M3.2 深さ約80km 最大震度1
2月25日 23時27分 茨城県北部 M3.4 深さ約50km 最大震度2
2月26日 4時31分  茨城県沖 M3.2 深さ約40km 最大震度1
2月27日 7時57分  茨城県沖 M3.7 深さ約40km 最大震度1
2月28日 2時47分  千葉県南部 M4.1 深さ約120km 最大震度1
2月29日 20時41分 千葉県北東部 M3.0 深さ約40km 最大震度1
2月29日 23時32分 千葉県東方沖 M5.8 深さ約20km 最大震度4 (当地 震度1)
3月1日 7時32分  茨城県沖 M5.4 深さ約60km 最大震度5弱 (当地 震度2)
3月1日 11時12分 千葉県東方沖 M4.9 深さ約30km 最大震度2
3月1日 12時25分 茨城県沖 M4.3 深さ約30km 最大震度2
3月2日 0時13分  茨城県沖 M3.3 深さ約40km 最大震度1
3月2日 18時09分 茨城県北部 M3.1 深さ約20km 最大震度1
3月2日 19時11分 千葉県東方沖 M5.1 深さ約40km 最大震度2
3月3日 23時25分 茨城県北部  M3.0 深さ約10km 最大震度1
3月4日 0時5分  茨城県北部  M2.8 深さ約10km 最大震度1
3月4日 2時48分  茨城県沖 M4.0 深さ約40km 最大震度1
3月4日 12時41分 茨城県北部  M2.9 深さ約20km 最大震度1
3月4日 14時15分 茨城県北部  M3.3 深さ約10km 最大震度3

また、千葉・茨城に有感地震が極端に少ない日がちらほら。
エネルギーを溜め込んでいないことを祈るばかり。
29日と1日に続けて少し大きめのものが続きました。
MeSO-netの波形を見ていると、少し特徴的な波形が出ると、その後に大きめ地震が来るのかもと思えてきました。これについては、もう少し、確認したいと思います。一日ずっと張り付いて観察しているわけでもないので、単なる偶然の可能性高し。

この間のM5以上の地震は以下の通り。
2月27日 10時11分 西表島付近  M5.4 深さ約30km 最大震度2
2月28日 4時32分  沖縄本島近海 M5.6 深さ約50km 最大震度3
2月29日 18時0分  福島県沖   M5.3 深さ約40km 最大震度4 (当地 震度1)
2月29日 20時31分 三陸沖    M5.1 深さ約10km 最大震度1
2月29日 23時32分 千葉県東方沖 M5.8 深さ約20km 最大震度4 (当地 震度1)
3月1日 7時32分  茨城県沖 M5.4 深さ約60km 最大震度5弱 (当地 震度2)
妙に多め。

一方、海外では↓の地震が発生。
2月26日 11時35分 台湾付近   M6.1 深さ約20km 最大震度1

故あって、いまだにデジアナ変換で観ているうちのアナログテレビは、この1週間ほど頻繁に瞬間的に音が小さくなる現象が続いています。
1年前のあの日が近づいてきているからなのか、妙に緊張感を感じております。買い物に行く度に、カップ麺やらお菓子やらを大量に買い込みたくなる衝動に駆られ、実際少しずつ購入しています。車のガソリンも満タンにしておきたいし、灯油も買い置きが無くなってないか気になります。どこに居ても、まず身を守る術や避難路を考えてしまうのです。こういった心がけはよいことだとは思うのですが、この緊張感が何日も続くと疲労しますね。
「ズズズズ…」とずれるような微振動が多く、時折「ズンッ!」と極小さな縦揺れを感じることもあり、落ち着きません。今も「ズズズズッ」という振動を感じています。
今一度、防災用品や非常食など点検しておきたいですね。
posted by nbm at 23:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする