2013年08月26日

2013年8月14日からの地震メモ

2013年8月14日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2013年8月14日20時56分頃 新島・神津島近海 M3.1 深さ約10km 最大震度3
2013年8月14日21時6分頃  新島・神津島近海 M2.0 深さ約10km 最大震度1
2013年8月14日23時43分頃 新島・神津島近海 M2.4 深さ約10km 最大震度1
2013年8月15日7時8分頃  神奈川県西部   M2.7 深さ約10km 最大震度1
2013年8月15日7時53分頃  茨城県沖     M4.3 深さ約30km 最大震度3
2013年8月15日22時0分頃  茨城県南部    M2.9 深さ約50km 最大震度1
2013年8月16日4時3分頃  茨城県沖     M4.1 深さ約20km 最大震度2
2013年8月16日22時35分頃 栃木県北部    M2.9 ごく浅い 最大震度2
2013年8月16日22時57分頃 栃木県南部    M3.0 深さ約10km 最大震度1
2013年8月16日23時1分頃  栃木県北部    M3.0 深さ約10km 最大震度2
2013年8月16日23時5分頃  栃木県北部    M3.3 深さ約10km 最大震度2
2013年8月17日6時14分頃  千葉県東方沖   M3.6 深さ約20km 最大震度1
2013年8月17日10時20分頃 栃木県北部    M2.9 ごく浅い 最大震度2
2013年8月17日10時21分頃 栃木県北部    M2.6 深さ約10km 最大震度2
2013年8月17日13時16分頃 新島・神津島近海 M2.4 深さ約10km 最大震度1
2013年8月17日19時20分頃 茨城県沖     M4.6 深さ約30km 最大震度1
2013年8月18日1時42分頃  茨城県南部    M3.3 深さ約50km 最大震度1
2013年8月18日8時0分頃  八丈島近海    M5.0 深さ約10km 最大震度2
2013年8月18日10時5分頃  八丈島近海    M2.9 深さ約10km 最大震度1
2013年8月18日13時59分頃 栃木県北部    M2.3 深さ約10km 最大震度1
2013年8月18日18時51分頃 新島・神津島近海 M2.4 ごく浅い 最大震度1
2013年8月19日11時22分頃 茨城県北部    M3.9 深さ約10km 最大震度3
2013年8月19日18時35分頃 茨城県沖     M3.6 深さ約40km 最大震度1
2013年8月19日21時5分頃  栃木県北部    M2.0 深さ約10km 最大震度1
2013年8月20日23時12分頃 千葉県東方沖   M3.8 深さ約10km 最大震度2
2013年8月22日1時14分頃  茨城県北部    M3.7 深さ約60km 最大震度2
2013年8月23日1時10分頃  栃木県北部    M2.4 深さ約10km 最大震度2
2013年8月23日11時46分頃 茨城県北部    M2.4 ごく浅い 最大震度1
2013年8月23日23時21分頃 茨城県北部    M3.4 深さ約10km 最大震度3
2013年8月25日23時25分頃 千葉県北西部   M4.2 深さ約80km 最大震度2 (当地 震度1)

昨晩の千葉県北西部震源の地震は、ゆらゆらと振幅が大きく感じられ、深めの震源だったので千葉県よりも東京湾を挟んだ対岸の都内や横浜・川崎あたりの方が強く揺れていた様子。



この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2013年8月18日8時0分頃 八丈島近海    M5.0 深さ約10km 最大震度2

海外ではこんな地震がありました。
2013年8月16日 ニュージーランド南島北端 M6.5 深さ約10km

首都ウェリントンもかなり揺れたようで、人的被害はほとんど報告されていないものの、建物の窓ガラスが割れるなどの被害はあったよう。交通がストップしたりして、市民生活に影響が出た様子。
規模としてはさほどでないものの、都市部でこの規模だと市民生活に影響が出るレベル。
余震が続いているし、また同規模の地震もしくはそれ以上の規模の地震が起きてもおかしくない雰囲気なので、心配です。

また、ニュージーランドでの地震は、日本での地震の前触れとする説もあります。
2011年2月22日ニュージーランドのクライストチャーチでM6.3の地震があり、その18日後の3月11日に東日本大震災が起きてます。
これらがまったくの無関係とする見方ももちろんありますが、本当のところは誰にもわかりません。
仮に、影響があるかもしれないと仮定しても、必ず大規模な地震が日本で起こることにはなりませんしね。

世界を見渡しても、2000年代に入ってからというもの、特にオセアニアからアジアにかけて太平洋岸の地域は、M7を超えるような地震が頻発する傾向になってます。
いまだこの傾向が続いているようですから、まだまだ油断できない状況なのではないかと。
今回のニュージーランドの地震が発生したことで、そんな風に思いました。
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2013年08月16日

12時間でもりだくさん



sijimicho





超がつくインドア派のうちには珍しく、たまにはとお盆休みに出かけてみました。
群馬へ。

思いつきで出かけることになり、数日で群馬をリサーチ。
行きたい所をピックアップして、いざ群馬へ!

ところが、初っ端から高速道路で渋滞の洗礼を受ける……
お盆に遠出したことがない我々。考えが甘かった。
お盆やお正月に帰省したりレジャーに出かける方たちの苦労が少々わかったような気がした。
高速に乗ると、そこはすでにもう渋滞だったので、運転するダンナさんの忍耐が続く限り行けるところまで行ってみようということに。無理だと思ったところで引き返そうと決めて進む。
不思議なことに40kmほどで渋滞は自然に解消。下り坂が続いたからなのか。
予定より時間はかかったが、なんとかなりそうなのでそのまま進んでみた。
渋川・伊香保ICに向かっていたわけだけど、渋川・伊香保出口1km渋滞という表示を見たダンナさんが、「その手前の前橋で降りよう」と。これが功を奏して、出口渋滞にハマることなく渋川に到着。
しかし、前橋の辺りを走っているときのアウェイ感は半端ない。周りは群馬ナンバーばかりで、余所者はうちくらいだった。

さて、まずは腹ごしらえ。水沢うどんを食べなきゃ。
ところが、時間はちょうどお昼時で、狙っていたうどん屋さん前は、道路まではみ出した駐車待ちの車の列がずっと向こうまで続いてる。
ということで即座に諦めて、そこがダメならと選んでおいた別のお店へ計画変更。すんなり入れる……
ざるうどんと舞茸の天ぷらが食べたかったので、それが食べられて満足。
席に着くと、まずお茶と温泉まんじゅうが出されたので、温泉まんじゅうを食べられたことも嬉しかったし。
ここは何軒ものうどん屋さんが連なっている街道だけれども、目当ての舞茸天ぷらを食べようと思うとそれを出す店は意外と少なくて、気を付けないとごまだれオンリーとかのお店もあったり。あくまで好みの問題ですが、お店ごとの特色を前もって知っておくのが大切かと。

お次は、美術館。ハラ ミュージアム アーク(→HP)へ。品川にある原美術館の別館。品川の原美術館にも、そのうち行ってみようと思う。
磯崎新設計の木造建築が美しく、佇まいの素晴らしい美術館。基本は、黒い板張り。ABCと三つの展示室があり、奥には増築された觀海庵がある。主に現代美術を展示している美術館。
リキテンシュタインの絵がたくさんあったり、ウォーホルの巨大なキャンベルスープの缶が庭に鎮座ましましていたり、作品数は少ないながらも楽しめる。
特に印象的なのは、やはり草間彌生のかぼちゃのミラールーム。部屋の壁面・床・天井すべてが黄色地に黒の水玉で埋め尽くされていて、ミラールームに入った瞬間に頭がクラクラする。中央には、覗き窓があって、中には万華鏡のように無限に増殖するかぼちゃ・かぼちゃ・かぼちゃ……
そうした作品の強烈な刺激を、落ち着いた美術館の佇まいが中和してくれる。
觀海庵には、現代美術以外の作品も少々。そこへ向かう回廊からの眺めが、素晴らしいパノラマ。黒い柱で区切られ額装のように縁どられた山の景色が見える正面は、それだけでひとつの作品。
觀海庵はナム・ジュン・パイクの作品が多く、なんだか懐かしい。ひとつ気に入った作品は、5mm幅の罫線上に描いたように1段ごとに細かく雑多なものが描き込まれた作品。とてもかわいい。ナム・ジュン・パイクというと、ビデオ・アートの印象が強いけれど、こんなこじんまりとした作品も作ったのだね。
庭には、もうひとつ、不思議なものが。オラファー・エリアソンのプリズム・ドーム。銀色の金属でできた小さなドームに入ると、そこにはいくつもの虹が。太陽光がプリズムレンズに当たってできる虹なので、時間帯によって虹の形は変化するという。2週間ごとに完全な円形を描くのだそうだ。季節や時間に寄って、観られる虹が変化するというのも面白い。
ミュージアム・ショップには、女性が好みそうなかわいいものがたくさん。
以前に行った群馬県立近代美術館も磯崎新の設計だった。ぐんま天文台も磯崎新の手によるものらしい。群馬には磯崎新作品が多いような。なぜかしら。
伊香保グリーン牧場に隣接しているので、牧場とのセット券もあるのだけど、今回は時間がないので牧場はパス。ソフトクリームが食べたかったけど。

それから、ロクに温泉地に行ったことのない私が、伊香保温泉の石段街に行ってみたいということで、石段街に向かう。
その途中、食の駅を発見。群馬県内にある「食の駅」は、道の駅的な感じで、現地の物産展のよう。おみやげ品や産直の野菜などが並んでいる。
牧場に行けず、食べられなかったソフトクリームをここでいただくことに。小さいサイズをいただいたけど、十分。そして、美味しかった。

石段街真下の駐車場は待っている車もいたけど、駐車場も事前にリサーチしていたので、ここは少し行った所にある徳富蘆花記念文学館の駐車場へ。こちらは空きがあってすんなり駐車。時間はすでに6時近く、駐車場の看板には7時までと書いてあったので、管理しているおじさんに聞いてみると、時間を過ぎても閉めないから平気とのこと。一晩中停められるのは困るけど、くらいな感覚らしい。親切。
石段は、思っていたよりも急な階段が延々と続く。昔よりも下側に階段が追加されているよう。与謝野晶子の詩が刻まれている辺りまでで、すでに息切れが……ダンナさんに手を引かれつつ、汗だくで登る。そして、てっぺんと思われた神社にも到達し、それからまだ赤い欄干の河鹿橋飲泉所がある所まで行く。
飲泉所で温泉を飲んでみる。噂に違わず不味い……。そして、下山。
下山途中に、石段の途中で食事でもと思ったけれど、食事をするような店はほとんどなく、しかもまだ夜も早いというのに、閉める店が目立つ。
想像では、周囲の旅館から浴衣を着た温泉客たちが夕涼みしながら散策していて、夜もにぎやかだと思っていたのだけれど、随分と閑散としていて残念だった。
夕食はこの辺りでと思っていたけど、無理。
おみやげの温泉まんじゅうだけ買って車に戻る。

さて、それから車で伊香保の街を少し流す。その間、食事ができそうな場所を探すも皆無に近い。ここは、夕食は温泉宿でとるのが当たり前という土地なのだろう。
仕方なく、コンビニでお弁当を買って食べる。美味しかったけど(笑)
この辺りはコンビニも極端に少ない。ファミレスなども皆無。渋川駅の方まで戻らないとない。

ここまで来たのだから、やはり温泉には浸かっておくかということで、日帰り温泉で遅い時間でも空いている所へ。
温泉にこだわりなどないから、入れればなんでもいいや。
もともと、家の風呂でさえ3分も浸かれば十分。それ以上だと具合が悪くなる私にとって、温泉に入ることは特に魅力的なことでもない。例えば、友達に誘われれば、温泉に行かないこともないけど、自ら進んで行きたいとは思わないのは、こうした体の性質上の理由から。
一応、途中に観光案内所で確認してみたところ、事前に友人から勧められていた日帰り温泉は、24時間ではないとのことで入れず。
唯一24時間空いているというところへ。場末感がなんともいえない。行ったことないけど、たぶんその辺のスーパー銭湯的な感じか。それでも、2種類の温泉と露天風呂があり、私には十分過ぎる。サウナも付いてた。ダンナさんによると、男風呂は洗い場も待ったほど混んでいたようだけど、女風呂はガラ空き。小さいお子さんを連れた若いお母さんたちが目立つ。露天風呂はときに貸切になるほど。ちょうど頭上には雷雲があり、雨は降っていないものの稲光を見ながら風呂に浸かるという風流なことに。
風呂から上がると、なかなか汗が引かず。これが温泉の効用というものね。
広い休憩所で待ち合わせすることにしていたけど、ゆっくり浸かってくると言っていたダンナさんの方が全然早く出ていたよう。すでにリクライニングチェアに座って、そこにたくさんあった漫画を読んでいた(「GANTZ」笑)。
個室の休憩所もあるようだけど、今回はゆっくりしていられないので必要なし。

わざわざ伊香保まで行って、なぜに温泉宿に泊まらなかったのか。
もちろん、お盆の時期に、しかも急過ぎて取れなかったというのもあるのだけれど、これには理由が。
この日は、8月12日。ペルセウス座流星群が観測される日。
ということで、ぐんま天文台(→HP)の観察会に参加するつもりでいた。状況によっては、朝4時まで観察会は続き、そうなると宿を取る意味がない。
で、この日予定していた最後のイベント、ぐんま天文台の流星群観察会へ。
本当は、明るいうちに行って、ストーンサークルやらジャンタル・マンタルやらも観たかったのだけれど、それはまた今度ということで。ちなみに、ジャンタル・マンタルは、18世紀インドで作られた天体観測施設群。
山道をぐんぐん登っていくと、天文台前の県道はすでに大渋滞(笑)
それでも誘導の人は県道から中に入ってくれと言う。なので、天文台へ続く道に折れる。左右に駐車されていて、駐車場まで行き着けず、我々も路駐。すでに天文台の敷地内(?)なので勘弁してください。その後の県道は大混乱で、警察が出動する騒ぎになってた。
ここからが難関。天文台の場所までは、500段以上の階段を上って行かなければならない。暗さを保つためにそういう構造になっているとのこと。寝そべって観察するためのシートや懐中電灯、寒くなったときのための上着、飲み物などを持って、その日2度目の登頂へいざ!
階段の登り口には、熊よけの鈴が貸し出されている。途中にいくつも鐘が置いてあって、カンカンと鳴らしつつ進むようになっている。この人出じゃ熊も近づくまいが。
暗いので、懐中電灯は必須。本当は、暗い環境に目を慣らしておきたいところだけど、間隔が不規則なスイッチバックの階段は懐中電灯無しでは登れない。階段を照らす街灯は、あったりなかったり。
延々上り、ようやく天文台に到着。目の前の広場にはすでにたくさんの人が寝転がって観測している。夜中にもかかわらず、こういうときは天文台も開館しているので、中へ。夜遅くなると、入場料も取られない。天文台の中を一通り見てまわり、階上へ。
一度、建物内の照明の光に慣れてしまった目は、真っ暗闇に出ても容易に見えるようにならない。仕方なく、周りにご迷惑とは知りつつも足元を懐中電灯で照らしながら歩く。
学習したけど、こういうときは赤い光がよいとわかった。灯りになって、しかも眩しくない。
空いているスペースを見つけてシートを敷き、寝っ転がる。
この日は、朝からガスっていて、観測は難しいかもと覚悟していたけど、やはり雲が多い。辛抱強く雲の切れ間を待ちながら観測。時には、薄い雲の向こう側を流星が流れていくことも。
大きいものが流れると、一斉に歓声があがる。いくつもいくつも長く尾を引いて流れていく流星を見ることができた。雲が晴れているときには、天の川もはっきりわかる。星星は数が多すぎて、星座がわからないほど。
そうしているうちに、階段を登頂して汗をかいた私は、体が冷え切ってしまい、持ってきた上着を2枚着ても、震えがくるようになってしまった。ダンナさんは、温泉効果なのか、半袖のままでも全然寒くないと言うので、ダンナさんの分の上着まで着たのだけど。
雲も厚くなってきたようで、十分に流れ星も観測したことだし、午前1時半くらいで切り上げることにした。
屋上から降りて、せっかくなので、真っ暗だけど、ストーンサークルやジャンタル・マンタルの周りをひと周り。そこここに人が寝ているので、踏まないように気をつけつつ。
この日、ぐんま天文台には2千人もの人が来ていたという話を後から知る。
テレビクルーらしき人たちに取材されている家族の横を通り過ぎ、あの長い階段を降りる。
駐車場まで下りてくると、だいぶ気温が違って温かい。見える星も断然少なくて、曇っていたせいもあるだろうが、自宅で見るのと変わらない。駐車場と天文台とは、距離にして600m
、標高差が60mあるというけど、やはりあの長い階段には意味があるのだ。
観察会終了まで居たら、帰りはすごい混雑になっていたかもしれないし、途中で切り上げてちょうどよかったかも。

ダンナさんは非常に体調が良いというので、コンビニで補給をして、そのまま帰路へ。
夜中の高速道路は空いていて、埼玉県を1時間ほどで縦断。奇跡的な速さで帰宅。
行きに渋滞にハマったことを思うと、なんという速さ。
現地に居たのは12時間ほどだったけれど、事前のリサーチと折々の判断がよかったのか、時間をロスすることなく、やろうと思っていたことをすべてやって帰ってきた。
私は強力な雨女だというのに雨にも遭わず、とても充実した小旅行だった。

写真は、ハラ ミュージアム アークの廊下。
ウラギンシジミが翅を休めていた。時折ヒラヒラと飛んでは、この廊下の上に落ち着く。
黒い板張りの廊下とウラギンシジミの翅の色が綺麗なコントラストを醸し出していた。
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2013年08月14日

2013年8月4日からの地震メモ

2013年8月4日からの地震メモです。


千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2013年8月4日14時51分頃  茨城県北部    M3.9 深さ約60km 最大震度2
2013年8月5日13時49分頃  栃木県北部    M3.2 深さ約10km 最大震度2
2013年8月5日17時29分頃  茨城県沖     M3.6 深さ約40km 最大震度1
2013年8月5日22時5分頃  茨城県沖     M3.4 深さ約10km 最大震度1
2013年8月5日23時31分頃  新島・神津島近海 M2.9 深さ約10km 最大震度2
2013年8月6日14時24分頃  新島・神津島近海 M3.0 深さ約10km 最大震度1
2013年8月7日6時30分頃  千葉県東方沖   M4.4 深さ約20km 最大震度2
2013年8月7日9時46分頃  栃木県北部    M2.1 深さ約10km 最大震度1
2013年8月9日12時4分頃  茨城県南部    M3.6 深さ約70km 最大震度1
2013年8月10日7時56分頃  福島県沖     M4.8 深さ約50km 最大震度3
2013年8月10日16時23分頃 埼玉県南部    M2.6 深さ約40km 最大震度1
2013年8月11日11時55分頃 茨城県沖     M3.8 深さ約20km 最大震度1
2013年8月11日14時32分頃 千葉県北西部   M3.2 深さ約80km 最大震度1
2013年8月11日16時28分頃 神奈川県西部   M2.9 深さ約20km 最大震度1
2013年8月12日1時24分頃  茨城県沖     M3.1 深さ約40km 最大震度1
2013年8月12日8時54分頃  茨城県北部    M3.0 深さ約10km 最大震度2
2013年8月12日19時57分頃 茨城県沖     M3.6 深さ約50km 最大震度2
2013年8月12日20時14分頃 八丈島近海    M4.0 深さ約20km 最大震度1
2013年8月13日12時14分頃 茨城県北部    M3.2 深さ約10km 最大震度1
2013年8月13日12時54分頃 茨城県北部    M3.5 深さ約10km 最大震度1
2013年8月14日9時45分頃  茨城県北部    M3.9 深さ約10km 最大震度3
2013年8月14日14時31分頃 茨城県北部    M4.1 深さ約10km 最大震度3

10日には、珍しく埼玉県南部震源の地震。それまでは年に数回しか揺れてなかったはずなのに、東日本大震災以降は徐々に回数が増えているのが気になるところ。今年、すでに8回。
茨城県北部が明らかに活発。それと茨城県沖も活発。一方で、千葉県沖は沈黙。エネルギーを貯めているから、千葉県沖で発生すると大きめになりそうでいやだ。


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2013年8月4日12時28分頃 宮城県沖     M6.0 深さ約60km  最大震度5強(当地 震度1)
2013年8月5日0時56分頃  オホーツク海南部 M5.8 深さ約400km 最大震度2
2013年8月9日11時59分頃 三陸沖      M5.2 深さ約10km  最大震度2

M6クラスは久しぶり。震源は遠いのに当地でも有感。北の方が強く揺れる傾向が継続中。
でも、南側が揺れてないわけではなく。


ただの寝不足のせいだと思うけれど、久しぶりのぐるん(瞬間的な回転性めまい)が昨日発生。
一時失せていたマイクロウェーブを浴びているような暑さも昨夜くらいから復活。
エアコンをつけて室温や湿度は快適に感じられるはずの範囲にあるのに、なぜか消えない暑さ。日光も浴びてないのに、体表面がジリジリするような感覚が消えない。
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2013年08月08日

対極の2冊

今回は、対極の2冊。

まず、『遺体−震災、津波の果てに』石井光太 著)。
タイトルそのまま、東日本大震災の直後、釜石市を舞台に遺体をどう扱ったのかを当事者へのインタビューを元に再構成したドキュメンタリー。
津波や、その後の避難生活の実態などは、マスコミがいくらでも流してきたけれど、遺体の映った動画はテレビで流れることはほぼ皆無だし、本当の惨状は現場に居た人にしかわからないだろう。
タイトルからして、「これはどうなの?」と思ったけれど、読んでみると興味本位でというわけでなく、遺体の尊厳を考え、淡々と現実に起きたことを語っていく内容には好感が持てる。綺麗事だけでは済まされない、現実を教えてくれる。

釜石市を舞台にしたのは、町の半分が被災を免れて残っていたことが大きい。(中略)
釜石では死者・行方不明者千人以上を出したにもかかわらず、町の機能の半分が津波の直接的な被害を受けずに残ったことにより、同じ市内に暮らす人々が隣人たちの遺体を発見し、運び、調べ、保管することになった。私はそこにこそ、震災によって故郷が死骸だらけとなったという事実を背負って生きていこうとする人間の姿があるのではないかと考えた。遺体という生身のものを扱うことでそれはもっとはっきりしてくる。


現実というのは立ち位置によって見える光景が大きく異なるが、複数の目線を置くことで、人々がこの膨大な死にどう向き合っていったかということをつたえようと試みた。

あとがきにはこう書かれていた。後日の取材で、思い出しながらの話をまとめたということで、あやふやになっている部分もあったということだけど、あえてひとつの地域にフォーカスし、いろんな立場での体験や思いが描かれていて大変臨場感のあるものになっている。
中心になっているのは、葬祭業の経験がある民生委員の方だが、医師や歯科医師、消防団、僧侶、市職員、自衛隊員など、それぞれの方がそれぞれに与えられた職務を全うしようと奮闘されている。市職員や自衛隊員は別にして、ボランティアで動いている方が大半だ。
自分も被災者だったり、家族・親類や友人の安否が不明だったりする中で、遺体を捜索したり、遺体を管理したり、行方不明者を探しに来た人に対応したり、身元判明のための検歯・検体をしたり。そうした中で、自分の知り合いが犠牲者に含まれているのに気づくこともしばしば。目の前を流されていく人を助けてあげられなかった、自分だけが助かってしまった、そんな負い目を持っていたりする中で、一人でも多くの身元を判明させて遺族の元に帰そうと努力する人たち。家族を探しに来て、見つけ、慟哭する声を聞きながらも、黙々と作業を続ける医師や歯科医師たち。遺体の尊厳を考え、自ら志願して遺体安置所で来る人を迎え、家族を待つ遺体に日々声をかける民生委員。
くじけそうになりながらも、次から次へと見つかり運ばれてくる遺体に対処しなければならない。それも、焼け焦げていたり、バラバラだったり、日が経つほどに腐乱していたりする遺体に。
日頃そんなこととは無縁の職務についていてたまたま遺体安置所に派遣されてきた市職員などは、大半が耐えられなかった様子。
釜石市の犠牲者は行方不明者も合わせると1000人以上。人口約4万人の釜石市で1000人というのは、すごい数だ。いくつかの遺体安置所に、ひっきりなしに遺体が運び込まれるという惨状。
東日本大震災の犠牲者は、行方不明者も合わせると2万人近い。数にしてしまうと、一口に2万人と言うのは簡単だが、犠牲者のお一人お一人のことを考えると、本当にいたたまれない。
たくさんの地域でたくさんの方が亡くなった。釜石市での具体的な事例を知り、こんな惨状が被災地の全てで起こっていたと思うと、あらためて被害の甚大さが理解できる。
火葬が追いつかず、土葬も検討される。火葬にして欲しいという遺族、葬式をどうしてもやりたいと訴える遺族。心情を考えればそうしてあげたいのは山々だけれど、状況からして無理であり、心苦しく思いながらもそれを説得する葬祭業者たち。
なんでもそうだけれど、すべての人が納得するように事を運ぶのは不可能なのだと思い知らされる。こういう各々の意識のずれが、進まない復興の一因なのだろうなと想像する。

当然のことながら、読んでいて何度も涙する。読み進めるのが辛く、少しずつ少しずつ読んだ。それでも、読まないよりは読んだ方がいいと思う。

あとがきの「取材を終えて」にこうあった。
震災後間もなく、メディアは示し合わせたかのように一斉に「復興」の狼煙を上げはじめた。だが、現地にいる身としては、被災地にいる人々がこの数え切れないほどの死を認め、血肉化する覚悟を決めない限りそれはありえないと思っていた。復興とは家屋や道路や防波堤を修復して済む話ではない。人間がそこで起きた悲劇を受け入れ、それを一生涯十字架のように背負って生きていく決意を固めてはじめて進むものなのだ。


あの日、当地の震度は5弱。家の中の物が散乱したり、多少壊れたりはしたけれど、大きな被害はない。直後は交通が混乱したし、しばらくはガソリンや一部の食品が手に入りにくい状況で停電などがあったものの、それくらい。あとは、延々と続く余震に揺られ続けて、気持ちが悪かったことぐらいで。
それから1年後、都内のとあるギャラリーでたまたま目にした震災遺物の道路標識。仙台港・仙台空港の案内が描かれている青色の大きな道路標識が、紙を丸めたかのようにグシャっと潰れていた。まだ泥が付着していて、微かに潮のような臭いがした。それと、ぐにゃぐにゃに曲がった道路標識のポール。あれは、本当にショッキングだった。
仙台空港近くの会社に勤める知り合いから、敷地内で遺体が5体見つかったという話を直接聞いていたこともあり、圧倒的な津波の威力を物語るそれらの遺物を前にして、涙せずにはいられなかった。

私一人が震災遺物を目の当たりにしたり、この本を読んだりしたくらいで、世界の何が変わるわけでもないのだけれど、現地に行かないのなら、それくらいは触れて知っておきたい。単純にそんな気持ちで読んだ。読んでよかったと思う。


さて、対極の本をもう1冊。
『もりのへなそうる』渡辺茂男・作 山脇百合子・絵)をば。

ダンナさんに「え〜?!知らないの?!」と言われてしまった。
それが『もりのへなそうる』。ダンナさんは、幼少の砌に愛読していたようである。
じゃ、読んでみようと図書館を探すと、簡単に見つかる。
とても古い本だ。初版は、1971年12月1日とある。
表紙を見て、どことなくみたことがある絵柄だと思ったのだけれど、山脇百合子さんは、『ぐりとぐら』や『いやいやえん』などを描かれている方だった。なるほど、親しみが沸くわけだ。

5歳のてつたくんと3歳のみつやくんの幼い兄弟が、森で”へなそうる”と出会い、いっしょに遊ぶようになる。
お母さんが持たせてくれたおにぎりやドーナツを2人と1匹で仲良く分けあって食べたり、”かに”を知らないへなそうるが想像を暴走させたり。
とっても楽しいお話である。
みつやくんの言い間違いがまたかわいらしい。
たまごは「たがも」、ピストルが「しょっぴる」になってしまう。

うちでは、蚊に刺されると「かにに刺された!」と言ったりしていたのだが、ここからきていたとは知らなんだ。

本当に、いい本だ。心がほんわかと温まる。
おにいちゃんが大好きで、おにいちゃんの真似をし、おにいちゃんについてまわる弟。
弟の言い間違いのかわいらしさ。
おかあさんが兄弟をかわいがり、信頼している様子。
おいしそうなおやつやおにぎり。
おかしな恐竜へなそうる。
絵がまたいいし。
古い本だけれど、古さを感じさせない、普遍的なファンタジー。
自宅から徒歩圏に森がある環境なんて、なかなかないとは思うけれど、森の中を探検したくなるようなお話。
今時、幼い子供が2人だけで森を歩くなんて、これもなかなかないことなのかもしれないが。
森に恐竜のような動物がいて、それがしゃべるなんて、荒唐無稽な話だけれども、この荒唐無稽さがよいのだ。子供が読む本は、こうでなくちゃ。


ということで、今回は、心がえぐられるような本と心がじんわり温まる本の2冊でした。
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2013年08月05日

2013年7月27日からの地震メモ

2013年7月27日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2013年7月27日22時1分頃  茨城県南部  M2.9 深さ約50km 最大震度1
2013年7月28日2時47分頃  茨城県沖   M4.2 深さ約20km 最大震度2
2013年7月30日1時5分頃  茨城県北部  M3.8 深さ約60km 最大震度3
2013年7月30日2時14分頃  栃木県北部  M2.1 深さ約10km 最大震度1
2013年7月30日6時57分頃  千葉県東方沖 M3.1 深さ約20km 最大震度1
2013年7月30日21時39分頃 茨城県南部  M3.6 深さ約60km 最大震度2
2013年7月31日3時9分頃  茨城県北部  M3.4 ごく浅い  最大震度1
2013年7月31日22時40分頃 千葉県東方沖 M3.6 深さ約50km 最大震度1
2013年8月1日23時9分頃  茨城県北部  M2.7 深さ約10km 最大震度1
2013年8月4日2時44分頃  千葉県東方沖 M3.5 深さ約60km 最大震度2

本当に微妙にですが、千葉県東方沖が活発になっているような。


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2013年7月28日20時36分頃 鳥島近海 M5.6 深さ約460km 最大震度1
2013年8月3日9時56分頃  遠州灘  M5.4 深さ約40km  最大震度4
2013年8月4日12時28分頃  宮城県沖 M6.0 深さ約60km  最大震度5強(当地 震度1)

宮城県沖といえど、最大震度5強は久しくなかった規模。宮城県沖での震度5以上は、4月17日の最大震度5弱以来。
東日本大震災の余震は徐々に落ち着いてきているようですが、それでもこの規模は心臓に悪いです。


数日前から、ハカリの狂いや蛍光灯のチラつきがありましたが、それが宮城沖(M6.0)と呼応していたのかは不明。耳鳴りも頻繁でしたが。
7月28日、東京湾では、千葉県市原の漁港にナガスクジラの死骸が漂着。20m級とのこと。
ストランディング(座礁)ではないものの、ナガスクジラはさすがに珍しい。(クジラの種類を訂正しました2013年8月6日)
思い起こせば、東日本大震災の1週間前、茨城県の鹿島灘に小型のクジラが50頭ほど打ち上げられたという出来事がありました。
東日本大震災の震源からは遠く離れているように見えますが、もしも地震とストランディングに関連があるとするなら、震源との距離はあまり関係ないのかもしれません。というか、地震の前兆の影響の範囲をもう少し広いものだと考える必要があるのかもしれません。
今回のクジラは1頭だけですし、たまたまに思えますが。
地震前に、地上から数100km上空の電離層で何らかの異常現象が捉えられるというくらいですから。異常をもたらす原因が何かにもよりますが、距離が離れているから無関係とは切り捨てられないように思えてなりません。

普段と違う現象には、注意を払うようにしています。
一昨日の夜、というか4日の未明、珍しくヒグラシが鳴いてました。
夕暮れどきや早朝には鳴いているものですが、真っ暗な夜中に鳴くのは珍しい。
ちなみに、昨晩、というか5日の未明も鳴いてました。
だから何ということはないのですが。
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2013年08月03日

骨格標本の森

会社員時代の友人が、ランチに誘ってくれました。
ビュッフェ好きな彼女に誘われたのは、東京駅は八重洲地下街のパンビュッフェ、サンドッグイン神戸屋。
「明日ランチしない?」という唐突なお誘いでしたが、電車で都内に出るのも相当ひさしぶりなので、いい気分転換になると思い、即OKの返事をしました。
年齢でいうと、ひとつ年上の彼女は、数少ない私のメル友で、頻繁にメールをやりとりしているため、私の生活をよく知っています。私にかなりのストレスが溜まっていると踏んで、おしゃべりでストレス発散する機会を作ってくれたのでした。彼女の心遣いに感謝です。
友人は多い方だと思うのですが、なぜか自分から会おうと誘うことが少ないです。誘ってもらえばホイホイ付いていきますが。
ビュッフェの開始時間の20分ほど前から並んでましたが、平日だったので初回で入れました。スープとドリンクがついて、パン食べ放題・時間制限なし(ビュッフェは11時から2時まで)で882円なり。パンは小さくカットされていて、いろんなものがちょっとずつ食べられます。ビュッフェとは別にイートイン席もあるので、そちらではお好きなパンと飲み物などが楽しめますね。
彼女は細いけどびっくりするぐらい食べます。山盛り3皿分くらいを完食。私は普通盛りでひと皿ちょっとくらい。少しだけサラダやポテトフライもあります。
美味しいパンを頬張りながら、くだらないおしゃべりをして、体は疲れたけど、心はスッキリしました。私のオススメは、かつサンドと、オレンジピールの入ったふわふわのパン、あとクロックムッシュ、ミートパイ。友人は、アップルパイが気に入った様子。
「パンばっかりそんなに食えるか?」と思ってましたが、けっこう食べましたね(笑)
朝食を抜いていってよかったです。

ゆっくりと夕方までおしゃべりした後、友人と別れ、せっかく東京駅まで来たならばと、以前から行ってみたかった場所に行くことに。
JPタワーにあるミュージアム、インターメディアテク。
東京大学に明治時代以来蓄積された標本などの研究資料が展示されています。しかも、入場無料。
たった2フロアですが、あるわあるわ、標本の数々。
動物の骨格標本や剥製がたくさん。
何より雰囲気が最高。古めかしい陳列棚の数々と、本当に古い標本たち。毒きのこの模型とか、時代を感じさせる装置とか、火星表面の展覧会とか、漢方薬の標本とか、雑多なものがいろいろあります。
異彩を放っていたのは、浦上天主堂近くにあったという石でできた獅子頭。頭頂部が原爆の高温で溶けてガラス化しているものでした。
あぁ、いい空間だ。

そのあと、同じJPタワー内のKITTEを見てまわりましたが、なんというか、どこかレトロな感覚やキッチュな感覚が感じられる品揃えで、大変気に入りました。
JPタワー自体が、旧東京中央郵便局舎で、その一部が免震構造を施されて保存されています。なので、建物自体にレトロ感が残ってます。旧郵便局長室というのが開放されていて、中に入ると、東京駅の駅舎が窓いっぱいに広がって、なんとも眺めがよい。東京駅の向かい側には、近代的なビル群があり、対比が面白い景観です。
中は、巨大な吹き抜けを、三角形の回廊が囲っています。近年、こうした吹き抜けを中心とした回廊の形はよくありますが、三角形はユニーク。

KITTE内にひとつ、驚いた店あり。
ANGERS(アンジェ)という文具などを中心に扱う雑貨屋さんなのですが、一隅に本を置いてあるコーナーがあります。
その品揃えが、「ここは私の本棚か?」と見まごうほどで、びっくり。
最初に寄藤文平さんの『ラクガキ・マスター』などのシリーズがずらっとならんでいたのが目に付き、佐藤雅彦さんの『考えの整頓』とか、中沢新一さんの『アースダイバー』とか、アン・ジョナスの絵本『光の旅 かげの旅』とか。他にも私が好んで読んでいる本や読もうと思ってリストアップしていたような本がチラホラ。小さなコーナーなのに、この嗜好の一致率はただごとではありません。ここまで好みがかぶるということは、ここに置いてある本は私好みに違いないのです。ということで、ざっとチェックし、特にひっかかった本を頭の中にメモ。近々読んでみたいと思います。これはとても嬉しい出会いでした。
ANGERSさんの本棚は、定期的にチェックしたいと思います。
もうひとつ、併設のカフェで購入前の本が試読できるというマルノウチリーディングスタイルも、雑貨がいっぱいあって、本の品揃えもなかなかに面白い書店でした。

丸の内界隈に行ったのは、数年ぶりだと思いますが、東京駅構内を歩いたのは、もう何十年ぶりかと。
丸ノ内線を使って行ったので、丸の内側から八重洲側へと東京駅を抜けて行かなければなりません。今回、北側の自由通路を使ってみました。ネットで調べるととんでもなく時間がかかるような記述もあり、そんなに遠いのかと慄きましたが、歩いてみたらさほどじゃありませんでした。
夏休みということもあってか、大きい荷物を持った旅行者らしい人をたくさんみかけます。やっぱり”東京駅”なんだなぁ、と。ここは日本の鉄道の中心地なのですよね。いろんな場所からたくさんの人がやってきて、もしくは地元に帰る。今ここには、いろんな地域からやってきた人がひしめきあっているのだなと思ったら、なんだか不思議な気持ちになりました。
都内のターミナルと呼ばれる駅は他にもいろいろありますが、東京駅は特別な感じがします。
もっと時間があれば、東京駅の駅舎自体もじっくり見たかったのですが、今回は素通り。

何にせよ、友人とのランチをきっかけに、しばらくぶりに電車で外出でき、街を散策できたことがよかったです。
お誘いがなかったら、一日グダーっと無駄に過ごしていたことでしょう。
実は、体力が心配で、ユンケルを飲んで出かけたのだけど、そのおかげか夜までは体力が保ってくれました。
posted by nbm at 11:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月01日

空想の建築

心身ともに疲れきっていた1ヶ月半ほど前、行きたくても行けなかった展覧会の最終日に駆け込みで行ってきた。
町田市立国際版画美術館で開催されていた「空想の建築―ピラネージから野又穫へ―」
町田市はうちからだと非常に行きにくい場所であり、行くのを躊躇してしまうほどなのだが、ありがたいことにダンナさんが車を出して連れて行ってくれることに。
ついでに、アニメの聖地巡礼もしてきたわけですが(笑)

半年ぶりに遊びに出かけて、気分転換するはずが、その出先にさえ、兄弟からのメールが入り、断ったにもかかわらず母のために動かなければならない用事を押し付けられてしまったのだけど、それでも、出かけたこと自体は心身のリフレッシュとして大きかったわけで。
ただ、帰ってきても、そのことをブログに書くことができなかったのは、芸術作品に触れた際の感じ方が、常とは違っていたからで……
カラカラに乾いている地面に、少しばかり水を撒いても、すぐに吸収されて表面はまだ乾いたまま。そんな感じで、滋養とはなったのだけど、カチカチに乾いた心には、それだけではまったく足りなかったようで。
楽しいし、感動もするのだけれど、それが持続しないというか、萎れてしまうというか。その自分の反応に、ちょっと驚いた次第で。あらためて、自分の疲弊具合に気づかされたようで、ショックだった。

そんなこんなで、このときのことは記事を書けずにいたのだが、先日、図書館の新刊の棚に、この展覧会の図録があるのを発見。
行ったのが最終日だったこともあってか、図録は売り切れてしまっており、書店で注文すれば入手できるとのことだったのだけれど、それが図書館の棚にあるとは!
もう一度、じっくりと展覧会を観るようなつもりで手に取った。

空想の建築……
建築物というのは不思議なもので、実際に建築されなくても、図面や絵になっただけで存在感を発揮する。
実現性の高いものでありながら、実際には絶対に建築できないような代物も図面上でなら表現できる。その、現実と虚構の間を行ったり来たりする感覚は、特別なものだと思う。
先日、アブダビに作られた円形ビルの建設時のドキュメンタリーを観た。設計から建設まで2年半。海沿いの埋立地に建てられたため、基礎工事からして磐石にしないといけない。2枚貝を立てたようなデザインのビルの表面はカーブしているのだけど、三角形のガラス板2万5千枚を貼り合わせて作るという。砂嵐の発生する地域で、風の影響も考慮しなくてはいけない。まず2棟のコアを作り、それを包み込むような貝殻部分はガラスで覆う。途中、自重で鉄骨が歪むなど、幾多の困難を経て完成となった。
番組中では、F1アブダビGPの開催に合わせて建設されたという話だったが、調べてみると、ヤス・ マリーナ・サーキットを開発したアルダー社がこの円形ビルも作っているよう。っていうか、アルダー本社ビル。Round Skyscraperと呼ばれているらしい。その異様をご覧になりたい方は、画像検索してみてください。
このドキュメンタリーでもそうだったけれど、奇抜な建築物というのは、まず構想ありきで、机上の空論のような建物を具現化していくわけだ。普通は予算ってものがあるけど、アブダビはそんなものナッシング。金にまかせてどうにでもできるから、奇抜な構想も本当に実現してしまう。この円形ビルとて、工期が限られているからと、設計図が出来上がる前に基礎工事が始まってしまったという、わけがわからない展開になっている。作りながら、「ここはどうしよう?」みたいにやってるから、いろんな齟齬が出てくる。なのに、それでも建つ。
人間が頭に描いたものは、科学技術が追いつけば必ず実現できるものだとは聞くけれど、それを見せ付けられるようなドキュメンタリーだった。

何が言いたいかって、空想上の産物というのは数々あれど、空想の建築というのは、非常に実現性の高いものであって、もちろん物理的に無理だとか予算的に無理だとかは別にして、この世界と地続きのファンタジーであるところが最大の魅力なのだと思う。

さて、この展覧会の始まりは、空想の古代、エジプトを描いた細密画から。
1800年代にナポレオンがエジプトに向かわせた学術調査団に同行した画家たちが描いた<エジプト誌>の銅版画。オベリスクや神殿の列柱の数々。エドフ、カルナック、ルクソール、デンデラ……そして、ピラミッドとスフィンクス。
これは、写実的に描かれたものだと思うのだけれど、冷静に見ると、逆に現実のものとは思えない存在感があるもので。
行ったなぁ、エジプト(遠い目)海外旅行は卒業旅行で行ったエジプトのみという私。実際、自分が目の当たりにしたときも、これが現実のもの、しかも何千年も前に造られたものとは信じがたいと思ったし。

続くルネサンスからバロックの章では、建築家クロード・ニコラ・ルドゥーの銅版画の中の建築デザインが秀逸。これはきっと実現できなかったものだろうけど、球体の建築物もある。この時代にすでに挑戦的な建築デザインを考案していた人もいたのだね。

物語の中の建築物を紙上に描き出すということで取り上げられていたエリック・デマジエール。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『バベルの図書館』を描いた作品など。
これがまたいい。
直線と曲線との組み合わせ。濃い陰影が荘厳な雰囲気を醸し出しつつ、薄っぺらな板材のような軽い素材を使っているように見えて、そのあたりのアンバランスさが絶妙。

近代は、摩天楼や工業建築のようなものが楽しい。
建築完成図を描くことを「レンダリング」と呼ぶのだそうだが、初めて知った。コンピュータ用語のレンダリングは、こういうところから来ているのかと発見。
ゴッサム・シティのような未来都市があるかと思えば、ヤコフ・チェルニコフのイラスト的な原色使いの工業建築もある。チェルニコフの『建築的空想』は、1933年に描かれたとのことだけれど、雰囲気としては「1960年代から観た未来」みたいな感じで、先見性が伺える。色使いがとてもキュート。

そして、この展覧会の目玉のひとつ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ
古代ローマの研究家で、その研究の集大成である『ローマの古代建築』で、実地調査をベースとしながらも、逆に「これはないだろう」と思わせる景色を描いている。
複雑なことを描きながらも、基本的な構図のすばらしさを感じさせる絵。『古代のマスルの競技場』とか、図録の表紙にもなっている『古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点』とか。どこをどうみていいのかわからない。もう圧巻。
古代建築の空想的復元は、暴走している感さえある。

最後に、現代の空想建築画家である野又穫の作品群。
野又さんの展覧会が開催されると聞けば、行ける限り行っている私とすれば、観たことがある作品が多い中、初見だったのは4作品。
大好きな野又作品のこと。もちろん、過去の作品でも、何度観ても楽しい。観ているだけで楽しい。
風を感じる作品、空気を感じる作品、水を感じる作品……
初めて観た作品のひとつ、『都市の肖像』(2012)。東日本大震災を経て、描く事ができなくなってしまったとうかがっていたし、その後の「blue construction」シリーズではガラリと作風が変わってしまい、ぼんやりとした輪郭や暗い陰影が気になった。
『都市の肖像』では、細かい足場が組まれて建設中のように見える巨大な塔が描かれている。巨大な白い塔は鎮魂の意味が込められているともとれるけれど、とにかく「これから」だという感覚は伝わってくる。今までは、シリーズ名とナンバリングだけだった作品に、ひとつひとつタイトルがつけられるようになったのも見逃せない。そこには、何かを伝えようとする明確な意志が感じられる。
そして、未完の最新作が3点。ピラネージへのオマージュとして描かれた作品だという。
『交差点で待つ間に』は、渋谷かどこかのような町並みが、白く描かれている。左隅にわんこが何匹がいるので、渋谷を連想したんだろうか。未完なだけになんともいえないけれど、死の灰を浴びて荒廃してしまったように見える。
『波の花』は、巨大な都市を思わせるビル群と、通過するものを光で表現した作品。こちらは、生気に溢れている。大体、光、つまり電気を生み出すところには、人の存在が感じられる。人が動き生活する所で照明が点き、電気を生み出すシステムが働いているということも人のいる証明になっているように感じる。けれど、人間は直接的に描かれていない。ここだけは、野又作品として個人的にはずしてほしくない点だ。
『牢獄その上に』は、野又作品では何度も描かれてきた塔。タイトルからして、塔の下に広がる町が牢獄なのか、それとも塔の下部が牢獄なのか、いずれにせよ、牢獄の上に別のものを創れということなのだろう。
いずれもメッセージ性の高い作品に見てとれた。少々困惑する部分もありつつ、表現者として常に新しく変容し続ける姿勢も感じる。
他に、『ELEMENTS - あちら、こちら、かけら』という、野又穫ドローイング展も同時開催されていた。
朝日新聞に連載されていたシリーズのようで、ドローイング展と同タイトルの1冊の本にまとめられている。
こうした小さな作品も悪くはないのだけれど、個人的にはやはり大きなキャンバスに描かれている作品が好き。

公立の小さな美術館が開催した展覧会としては、とても見ごたえがあるものだったと思う。
近年、大々的に宣伝されるような有名画家の展覧会は行く気にならない。混んでいる美術館には行きたくないし。絵の前で立ち止まれなかったり、全体を観られなかったりするのは、残念すぎる。
特に、野又さんの作品は、1枚1枚じっくりと時間をかけて観た後に、もう一度少し遠くから観るのが好きだ。近くで観れば、それは絵なのだけれども、少し遠くから観ると、遠景に実際に建つ空想建築を観ているような気分になるから。

美術館のある芹ヶ谷公園は、綺麗な公園。
『彫刻噴水・シーソー』が、観ていて楽しい。ステンレスの巨大な2本の樋が水を受けて傾く。巨大な鹿威しのような感じ。
駅近くの神社やファミレス、駅のデッキなど、聖地巡礼して回る。神社では、同じく聖地巡礼中の学生さんと出会ったりして、面白かった。
駅前はショッピングには便利で、町田はとても暮らしやすそうな町。特に若者は楽しいだろうな。駅前には中高生から大学生くらいの学生さんがたくさん。地元で十分に遊べる環境がある。若い人が多く、活気が感じられる街だった。しかも、すさんだ感じがしない。
反面、滅茶苦茶にマンションが立ち並んでいたりして、町の景観は美しくない。駅前のそれは、あまり暮らしたくないと思うほど(苦笑)郊外は、緑が多く、敷地が広くて立派な家々が並ぶ高級住宅街もあるけど、駅に出るまで不便そう。
通勤・通学には、なぜか「車で駅まで送り迎えする所」という印象があるのだけれど、そのままだと思った。

美術展とか聖地巡礼とか、そう遠くはないけれど見知らぬ街に行く機会があるけれど、これが案外面白い。自分の住んでいる周辺と大して変わらないと思いつつ歩いていると、いろんな発見があって。
また、小さな美術館に行きたいな。そう思わせてくれた美術展だった。
ラベル:野又穫
posted by nbm at 14:34| Comment(7) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする