2013年11月27日

ぐんま天文台再び

いつもなら、まだまだ年賀状など準備していない時期。
でも、喪中の今回は、11月中旬には喪中はがきを作成して出してしまった。終わってしまえば気が楽だ。
そうは言っても、やらねばならないのはわかっていても、嫌で嫌で、なかなか作業が進まなかった。毎日、ちびりちびり準備して、やっとの思いで作って出した。

父は今年1月に亡くなった。本来ならば、一周忌は来年1月になるはずなのだが、家族は12月初旬に法要を行うという。
ただでさえ、母と会いたくない私にとっては時間が必要で、前倒しになるのはキツイ。そんな話が出た前後に、母から私の携帯電話に着信があった。着信拒否にしていたので、何が言いたかったのかはわからない。後で家族に確認したところ、空に光っている星が何だか教えてほしかったのではないかという。連絡しないで欲しいと言っているのに、そんなことで電話してくんな!
それほどに、母の危機感は薄いということ。私との関係がどれほど厳しいものになっているのか理解していないことがよくわかる。
その着信があっただけで、私の動悸はぶり返してしまった。気分も塞ぎがちに……
こんな状態で母に会ったら、どうなるかわからない。
ということで、私は一周忌は欠席させてもらうことにした。兄弟たちも了承してくれた。

亡き父の誕生日は勤労感謝の日。しかも、昨年、誕生日から数日後に倒れた。意識を失ったまま、亡くなってしまったので、息をひきとったのは1月でも、11月には亡くなっていたようなものだ。感覚的な一周忌はちょうど今頃。
一周忌の法要には出ないと決めたことだし、家族が行うのは法要だけで、墓参はしないという。それならと、父の誕生日に合わせて、ダンナさんと二人で墓参することにした。

父の好きだったビールやウイスキー、おつまみ類、それに甘いものを用意してお墓へ。
お墓に着いたら、まずは墓石や花立てを掃除して、お供えする。そうして、父に挨拶。
墓参りというのは、不思議なもので。お参りしながらも、「ここにはお父さんはいない」と強く感じる。ここにあるのは魂の抜けた骨だけだ。
それなのに、参らずにはいられない。やはり、お墓というのは、残された家族のためにあるものなのだと思う。
父が倒れ、母が倒れ、怒涛の日々を送った今年。様々なことに振り回されて、父の死を悲しむ暇がなかった。8月にすべてを放り出すまでは目が回るような忙しさで、毎日何事かを考え動かなければならなかった。今頃になってようやく、悲しみと向き合っている気がする。

墓参といっても、せっかくの遠出なので、帰りにぐんま天文台へ。
前回、お盆に来たときは流星群の観察が目的だったので、真っ暗闇で何も見えず。(→過去記事12時間でもりだくさん
今回は、陽の光の下で、ストーンサークルやジャンタルマンタルを観るのが一番の目的。ついでに、アイソン彗星についての説明会を聴いた。
今回は、早めに帰るつもりだったので、夜の観察会には参加できないと思っていたが、昼間でも天体観測をしていて、巨大望遠鏡を覗くことができた。この日は、金星の蝕の様子を見せてくれた。
あんなに明るく輝いて見える金星が、常に蝕の状態だとは知らなかった。表面がでこぼこしているように見えたが、説明によると金星の雲が見えているのだとのこと。
青い空に白く浮かぶ半分の金星。そんなものが観られただけでも楽しかった。
目的通り、ストーンサークルやジャンタルマンタルを見学。眼下は、紅葉の山々。それらとこの奇妙な石造りの建造物とが織り成す景色は壮観だった。
駐車場から天文台までの行き帰りが、これまたここの名物。延々と続く木の階段を登る。前回は夜の闇で見えなかった景色を楽しみつつ。
途中、奇妙な生き物に出会う。
まず、入口付近の手すりの上に、体長7mmほどの薄茶色の甲虫のような虫を発見。お尻側を上に突き出すようなおかしな格好をしていたので、よく見ようと近寄って覗き込むと、その瞬間に飛んだ。それが、甲虫が羽ばたくような飛び方ではなく、ビョーンと垂直に一気に数メートル飛んだので、びっくり。
動きとしてはバッタのようだけど、足のつくりは細かったし、ヒシバッタには見えなかった。色合いも違う。ハムシの仲間かなぁ。謎。
もう一種は鳥。「コンコンコンコン」と木をつつく音がしていた。キツツキかと思ったが、姿が見えない。よく見ると、小さな鳥で、幹をつついているのではなく、自分が止まっている枝をつついて音を出していた。虫を探しているのか。調べてみると、ヤマガラという鳥のよう。
全長600mの遊歩道は、太陽からの距離に見立てられていて、出発地点には59億km離れた冥王星のプレートが。次の星まで間隔が長い。海王星、天王星、土星、木星と段々惑星間の距離が短くなってくる。もうすぐ天文台に着くという頃にやっと火星、そして地球や金星や水星が現れてきて、それらの距離が感覚的にわかる仕組みになっている。
熊よけの鈴を入口で借りて、天文台に着くと返す。途中、何箇所か鐘が設置してあって、ゴインゴイン鳴らしながら通る。これも熊よけ。
ここは雰囲気がいい。職員さんたちが、様々に工夫して楽しんでもらおうという気持ちが伝わってくるし、案内や説明も細やかで親切だ。
集まってくる人たちも知的好奇心にワクワクしている感じで、アイソン彗星の説明会では、撮影にチャレンジしてきたという人もいるし、子供でさえ「観たい!」「撮りたい!」と楽しそう。
いい天文台だ。また訪ねたい。

行きの高速道路は至極スムーズだったのだが、帰りは早めに出たにもかかわらず渋滞にひっかかってしまう。事前の渋滞予測では16時台で10kmほどだったのに、実際には20kmと表示された後、どんどんそれが伸びていく。他の路線でのトラブルが影響してしまったよう。小さい事故を起こした車も何度か見かける。
途中まではノロノロに付き合って我慢していたのだけど、うちのダンナさんは何が嫌いって渋滞が大嫌い。なので、「下に降りたら?」と提案し、下の道で寄り道しながらゆっくり帰って来た。
運転者にとって渋滞がストレスになるのはわかる。渋滞の車列の中にいると、なんだか周りがみんなイライラしているのが伝わってきて、良くない気のようなものが充満しているような気がする。助手席に乗っていても、それに当てられて、非常に居心地が悪い。
多少は時間がかかっても、そういったストレスのない道を選択するのもアリだと思う。気分的には、ダンナさんも私も楽になった。

最近、GPSロガー遊びをやりだした。仲間内で流行中。
まだやりだして間もないので試行錯誤の連続。
うちでは、いわゆるGPSロガーでなくタブレットを使って研究中。こんなタブレットでもGPS機能があり、衛星電波を受信できる。GPSロガーの各種アプリで移動中の位置を記録し、Google Earthなどの地図と連動させて移動した軌跡を記録すると楽しい。
まだまだ途中でとんでもないデータが出たりして調整段階だけど、概ね記録できる。
天文台でエレベータに乗ったら、300m上昇したことになってたり(笑)5Fまでしか上がってないって。
なにしろ、Androidの概念にまだ慣れていないので、そこからして四苦八苦してますが。
軌道に乗ってきたら、まとめて記事にするかも……
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2013年11月25日

2013年11月12日からの地震メモ

2013年11月12日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2013年11月12日1時38分頃  千葉県東方沖  M4.1 深さ約10km 最大震度1
2013年11月12日3時28分頃  茨城県北部   M3.8 ごく浅い  最大震度3
2013年11月12日6時31分頃  茨城県北部   M2.6 深さ約10km 最大震度1
2013年11月12日14時5分頃  茨城県南部   M3.8 深さ約70km 最大震度2
2013年11月13日19時11分頃 千葉県北東部  M3.9 深さ約40km 最大震度2
2013年11月14日7時37分頃  茨城県沖    M3.6 深さ約40km 最大震度1
2013年11月14日15時11分頃 千葉県北西部  M3.2 深さ約70km 最大震度1
2013年11月14日16時55分頃 千葉県北東部  M3.1 深さ約40km 最大震度1
2013年11月15日8時13分頃  千葉県東方沖  M4.0 深さ約10km 最大震度1
2013年11月16日17時31分頃 千葉県東方沖  M3.3 深さ約10km 最大震度1
2013年11月16日17時54分頃 茨城県北部   M3.2 深さ約10km 最大震度3
2013年11月16日20時44分頃 千葉県北西部  M5.4 深さ約90km 最大震度4 (当地 震度2)
2013年11月16日20時52分頃 千葉県北西部  M3.4 深さ約80km 最大震度1
2013年11月16日20時56分頃 千葉県北西部  M3.7 深さ約80km 最大震度2
2013年11月17日0時32分頃  千葉県北西部  M3.5 深さ約80km 最大震度1
2013年11月17日0時45分頃  千葉県北西部  M4.2 深さ約80km 最大震度2 (当地 震度1)
2013年11月17日2時0分頃  千葉県北西部  M4.1 深さ約90km 最大震度2
2013年11月17日23時30分頃 茨城県沖    M3.4 深さ約40km 最大震度1
2013年11月19日3時37分頃  茨城県沖    M3.8 深さ約40km 最大震度2
2013年11月19日6時13分頃  茨城県沖    M3.9 深さ約20km 最大震度2
2013年11月19日14時10分頃 茨城県沖    M4.1 深さ約50km 最大震度2 (当地 震度1)
2013年11月21日16時22分頃 茨城県沖    M3.6 深さ約30km 最大震度1
2013年11月22日4時12分頃  千葉県東方沖  M2.7 深さ約20km 最大震度1
2013年11月23日13時55分頃 千葉県東方沖  M3.5 深さ約20km 最大震度1
2013年11月24日3時54分頃  千葉県北西部  M3.1 深さ約80km 最大震度1
2013年11月24日16時25分頃 伊豆半島東方沖 M2.7 深さ約10km 最大震度1
2013年11月24日16時31分頃 茨城県沖    M3.3 深さ約10km 最大震度1
2013年11月24日17時5分頃  茨城県沖    M3.4 深さ約40km 最大震度1

千葉・茨城は依然として活発な印象。
昨夜から、断続的に微振動がある。一方で、有感地震は激減。

この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2013年11月15日11時0分頃  青森県東方沖 M5.2 深さ約70km  最大震度4
2013年11月16日3時57分頃  奄美大島近海 M5.0 深さ約50km  最大震度3
2013年11月16日20時44分頃 千葉県北西部 M5.4 深さ約90km  最大震度4 (当地 震度2)
2013年11月19日4時10分頃  遠州灘    M5.7 深さ約350km 最大震度2 (当地 震度1)

遠州灘の地震がちょっと気になる。頻度としては年に1回も揺れていなかった場所で、東日本大震災以降も年2回程度。今回の地震は、参考にしているtenki.jpに載っているデータは一番古いものが2008年で、それ以降では一番規模が大きい。
以前から、北と南が揺れると、中央が揺れるようなと思っていたのだけれど……
東京大学名誉教授・村井俊治氏によると、南海トラフがやばいとのこと。
ここ最近の国土地理院による電子観測点でみる日本列島の地殻変動の向きは、東北だけが太平洋側を中心に東方向に大きく引っ張られていて、後は北西方向に引っ張られている。日本列島がねじれるように力がかかっているのがわかる。上下方向でも異常な変動と静穏期とを繰り返しているらしい。この異常変動と静穏期の繰り返しは、東関東大震災の半年前あたりに観測されていたという。
特に、九州・四国・紀伊半島では、今年6月末に警戒レベルに値する変動が起きているらしく、村井さんによれば、この12月から来年3月にかけては南海トラフ地震に要警戒という話。
そして、南海トラフで地震が発生すれば、刺激を受けて東海地震も発生するかもしれない。前例があるのだから、そういった予測も否定できない。
日本列島にねじれるような力がかかっているとすれば、やはり関東を中心点として特に西側に無理な力がかかっているのではと想像。
一方で、 小笠原諸島の西之島付近で、新しい島ができているのが確認されたという話もある。海底火山の活動も活発になっている様子。

海外ではこんな地震も。
2013年11月17日 18時5分頃 スコシア海 M7.8
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2013年11月18日

amazonオールタイムベスト100

amazonが、「オールタイムベスト100」と銘打って、過去13年間のデータから販売数やレビューの評価などを元に「これだけは読んでおきたい」という本を100冊セレクトしたらしい。
どんなものかと見てみた。5つのジャンルに分かれている。
さて、自分はどれくらい読んでいるものか。

まず、日本文学。12冊/45冊。
『博士の愛した数式』小川洋子 小川洋子作品は好き。静かな世界観。
『イン・ザ・プール』奥田英朗 精神科医・伊良部シリーズはみんな読んでる。
『砂の女』安部公房 読んだのは随分昔だけど。
『こころ』夏目漱石 国語の授業でもやったな。
『四畳半神話大系』森見登美彦 森見作品も初期の5作品くらいは読んでる。
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』村上春樹 村上春樹作品では一番好き。
『ボッコちゃん』星新一 くりかえし読みたくなる名作。
『夜のピクニック』恩田陸 一時期、恩田陸作品もよく読んだ。10冊くらいは読んだか。
『鹿男あをによし』万城目学 万城目作品はすべて読んでいる。大好き。
『坊ちゃん』夏目漱石 寺田寅彦のエッセイを読んで再読しようかと思っている。
『吾輩は猫である』夏目漱石 よく考えると文芸作品というよりファンタジー。
『銀河鉄道の夜』宮沢賢治 独特の世界観は一度は読まないと。

海外文学。4冊/20冊。
『一九八四年』ジョージ・オーウェル 拷問シーンが忘れられない。
『動物農場』ジョージ・オーウェル 読んだ気がするけど、よく覚えていない。
『星の王子さま』サン・テグジュペリ 何度か繰り返し読んだ。
『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス やはりよく覚えていない。

サスペンス・ミステリー・SF。5冊/15冊。
『夏への扉』ロバート・ハインライン SF作品としては一番にオススメしたい本。大好き。
『白夜行』東野圭吾 ドラマを観た後に読んだかも。
『13階段』高野和明 高野和明作品はまだ読みたい。
『クリムゾンの迷宮』貴志祐介 貴志作品もほとんど読んでる。
『魍魎の匣』京極夏彦 京極堂のシリーズは4作品読んだな。

歴史。2冊/10冊。
『天地明察』冲方丁 2010年の個人的ベスト。→過去記事必至!
『小説 上杉鷹山』童門冬二 こんな渋い本読んでたんだ(笑)

エッセイ。2冊/10冊。
『陰影礼賛』谷崎潤一郎 谷崎は好きだけど実はあまり読んでない。
『旅をする木』星野道夫 星野道夫は写真も文章も好き。

ということで、合計すると、100冊中25冊を読んでいるという結果に。
あまり売れ筋や名作を読まない自覚があるので、自分としては意外と読んでいる印象。


100冊の中で、チャレンジするも最後まで読めない本。
『罪と罰』ドストエフスキー
『変身』カフカ
名作と言われる本は苦手。

海堂尊は、『ジェネラル・ルージュの凱旋』が挙げられているが、同じ田口・白鳥シリーズの第1作『チーム・バチスタの栄光』は読んだし、スピンオフ的な『極北ラプソディ』も読んだ。けど、『ジェネラル・ルージュの凱旋』以降は読んでない。ドラマは歯抜けで観た。

『戦闘妖精・雪風(改)』神林長平
『小説・秒速5センチメートル』新海誠
この2作品はアニメで観た。『雪風』は最後までは観てないけど。

重松清作品が100冊の中に4冊も入っているけど、好みじゃないから今後も読まないだろう。

逆に、これから読んでみたい本。
『西の魔女が死んだ』梨木香歩
梨木香歩作品は、『からくりからくさ』『りかさん』あたりを読みたいと思っていた。
『夜と霧』V.E.フランクル
何度も読もうと思い、未だに読めずにいる本。死ぬまでには読みたい。
『空の中』有川浩
同じく自衛隊を扱った『空飛ぶ広報室』は読んだ(過去記事永遠の待機状態が最上)。『空の中』を読んだら、『海の底』も読みたくなるかも。潜水艦乗りの話『クジラの彼』も。
『アミ小さな宇宙人』エンリケ・バリオス
これは存在自体を知らなかった本。とても興味を惹かれる。

「amazonオールタイムベスト100」の中では、ジャンルとしては、なんだかんだで日本文学を一番読んでいる結果に。でも、比率は4分の1程度。
比率から言ったらサスペンス・ミステリー・SFは3分の1読んでいるわけで。サスペンス・ミステリーは、会社員時代は通勤時間の暇つぶしによく読んでいたものの、近年はほとんど読まない。SF・ホラー・ファンタジーは変わらず大好きでよく読んでいるけれど。
逆に1冊もないかと思った歴史ものを2冊も読んでいたのは意外。
この100冊は、90冊が小説で、あとの10冊がエッセイだけど、私が普段読んでいるのは自然科学系の読み物が大半で、小説は2割ほど。
そういう読書をしているにしては、割と読んでいるもんだなと思った。

現在、図書館から借りているのは、植物の本と絵本が1冊ずつ。
数が少ないのは、手元にある本を読んでしまおうかと考えたから。
図書館で借りてくる本が優先になってしまうため、長い間積みっぱなしになっている本が何冊もあるので。
とはいえ、図書館の本でも、読みきれずに返却してしまったもので、読みたいものが数冊溜まっている。
最後の50ページほどを残して長らく放置していたF・ポール・ウィルソンの『始末屋ジャック 地獄のプレゼント』を一昨日ようやく読み終えた。大好きなシリーズなので、クライマックスを迎えて読んでしまいたい気持ちと、これを読み終えると次作まで何年待つのかと思ったらもったいなくて読みたくない気持ちとが交錯していた。シリーズはあと6冊も刊行されているのに、翻訳は一向に進んでくれない。
ゾンビ小説2冊を読もうと思っているのに、これもなかなか読めず。1冊は読んだので、あと2冊読んだら記事にしようと思っているのに。

今年も読んだ本は少なめで、50冊もいかないのではないかと思うけど、ようやく精神状態も安定してきて、小説も読めるようになってきた。
読みたい本は次から次へと現れる。困ったもんだ。
posted by nbm at 10:36| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月13日

尾籠な話

本日は、尾籠な話になりますが、ご勘弁ください。

そういえば……ふと、「尾籠」とはどういう由来なのか気になり、調べてみた。
意味としては、検索トップに表示されたgoo辞書によると、「1.不潔であること、2.わいせつであること、3.礼儀をわきまえないこと」とある。
いつも手元に置いてある三省堂の『新明解国語辞典』によるともっと直接的で、「話題が大小便などに関係が有って、口にすることが遠慮される様子」とある。そして、「失礼の意味の雅語「をこ」の借字の音読」という説明がついている。元々は、「烏滸」と表記されていたものが、「尾籠」と当て字され、それを音読したのが「びろう」というややこしいことになっている。ちなみに、「おこがましい」は、本来は「烏滸がましい」なんだね。「痴がましい」とも書くけども。
「烏滸(おこ)」というのは、中国の後漢時代に、漢民族から見て蛮族とされた部族のひとつで、「おろかなさま」を「烏滸」と言っていたらしい。漢民族が他民族を馬鹿にしていたことによる一種の差別的表現だったわけか。鎌倉時代あたりには、すでに「尾籠」と表記されることが一般的になり、次第に音読されていったという流れ。
はじめは「おろかなこと」くらいの意味だったものに、段々と「無礼な」なんてニュアンスが加わっていったらしい。

さて、本題の尾籠な話。
いろんな観点からダイエットせねばならないこの身体。しかし、ただでさえ毎年恒例で夏の間は微熱が続くのだけれども、この夏の暑さは特別に厳しく、熱中症に何度もなりかけた私には運動することができず。
となれば、摂取カロリーを減らす方法を取るしかないわけで。
夕食の炭水化物を抜く作戦に出た。
元々、3食ともカロリー計算し、栄養バランスを考えた食事を作っているのだから、単純に1食分の炭水化物を抜いたところで、さほどバランスは崩れないと思った。
これを始めたのは、6月頃だったから、5ヶ月ほど続けたことになるか。
残念ながら、体重はほとんど変わらない。強いて言えば、増えてはいないという程度。
そして、便秘がちになってしまった。3日出ないことも。
元々便秘体質だったものが、カロリーやバランスを考えた食事に変えてから快便になり1日1回きちんと出るようになっていた。それが、急に滞るようになったということは、やはり夕食に炭水化物を摂らないことが影響しているとしか考えられない。

話はこれだけでは終わらない。
数年前から時折おかしな症状に悩まされている。
おへその周り辺りに痛みが出るのだけど、痛み方としては、走って横っ腹が痛くなったときのような感じで、ものすごく痛いわけじゃないけど嫌な感じ。
これが、立ちっぱなしだったり歩いていたりするときになるのだけど、横になると途端に治まる。つまり、腹圧の関係のようだ。一度、風邪でかかった医者についでに訴えてみたことがあるのだけど、テキトーにあしらわれて真面目に診てくれなかった。
極たまに出ていたこの痛みが、この数ヶ月間は頻繁に起こるようになり、ひどくなっていた。一時的にでも横になれば治まり、そうこうしているあいだに消えてしまうので、症状が出ているときに医者に行くことが難しい。
自分で、あれこれと考えてみる。まず、痛みが出ているときに熱は出ないようだ。微熱が続く夏の期間は見極められなかったが、涼しくなっていつもの微熱が治まってくると、はっきりわかるようになった。ということは、炎症を起こしている可能性は低い。
腹圧の関係でひどくなるのだから、お腹の中に空洞を作ればいいのかも。つまり、内臓脂肪や皮下脂肪を無くす、痩せることが必要なことはわかる。
15年ほど前に、子宮筋腫の手術をしたのだが、これが腹腔鏡を使ったもので、おへそと左右2箇所に小さな穴を開け、それと下腹部を切開した手術だったので、おへそ辺りが癒着したりしているのかもとも思った。
しかし、よくよく観察していると、この痛みは移動する。ある日痛かった所と、次に痛かった所とが、微妙にズレていたりする。しまいには、背中側が痛むこともあるくらいで。
そうして、結論に至る。これはガスが詰まっている痛みなのではないか、と。
そう仮定してみると、痛みがあるときは便秘状態の上に、どうも胃腸の動きが良くない感じで、何かの拍子に胃腸が動き出して、ガスが出たり便秘が解消したりすると痛みが消えることを発見した。

ある日、夕食の準備をしていると、いつもお腹側が痛くなるのに、同じ痛み方で背中側が痛くなり、立っていられないほどに……
これを経験して、今は便秘解消が先決と考え、夕食に炭水化物を摂ることを再開してみた。
案の定、便秘はすぐに解消。すると、どうでしょう。それからあの痛みは出ない。
根本的な解決にはなっていないのかもしれないけど、痛みが出ないのはありがたい。
元々、腸が異常に長い体質で、腸トラブルは多い。ガスがお腹に溜まって苦しいことは今までもあって、どうも生理の周期と関連があるように思っていたのだけど、振り返ってみると、そういうときのガスの溜まり方が逆に無くなっていたことに気付く。お腹全体がパンパンに張ってしまうことがあったのに、それがない。
ガスの溜まり方が変わった?
何かしら身体に変化が起きたのかもしれないが、よくわからない。胃腸の動きが悪いのは確か。歳のせいなのか、ストレスなのか。

お天気が悪かったり、体調が悪かったりで、ウォーキングがなかなかできないでいる。
食べてしまっている以上、動いて減らすしかないので、運動しないといけないんだけど。ここ数日は、ふらつきがあったり、口内炎が治らなかったり、体力が落ちている様子。貧血のような血の気が引く感覚はもう何週間も続いている。これは疲労しているときのサイン。特に何もしてないんだけどな。
これから、夕食の炭水化物をどこまで減らせるか挑戦しようと思っている。ちなみに、普段の炭水化物は、ごはんだと120g。これを減らしたらどうなるのか。
以前に、半年で12kg落としたとき、炭水化物をどこまで減らせるか試したことがある。1食80gに落とすと、逆に体重が減らなくなってしまった。脂肪燃焼させるのに、エネルギーが必要ってことなのかもと思っている。なぜか、外食で炭水化物を多く摂ってしまった日の翌日は体重が減っているという現象もあったりして、不思議な体質。
ちなみに、麺類やパンなど粉食だと、翌日の便秘解消につながらない気がしている。米のごはんを食べるのが一番調子がいい。食物繊維を摂っていることになるのかなぁ。
私の長い腸では、ある程度の量を食べないと、ちゃんと出てくれないのかもしれない。便通は人によるから2日に1回でもよいなどという話も聞くけど、1日1回ちゃんと出ていたこともあることを考えると、やっぱり出した方がいいに決まってる。

こうして身体の反応を見る自己人体実験をすると、いろんな発見ができて面白い。
逆に、朝食や昼食を減らしたらどうなるのかもやってみたい気はするのだけど。
一般的なセオリーで言ったら、ダイエットには夕食のカロリーを減らすのが早道となるはずなのだけど、自分の身体には合わないことがわかった。
あくまでも私自身の身体ではそうだったというだけなので。
やってみないとわからない。自己人体実験で。
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2013年11月11日

2013年10月26日からの地震メモ

2013年10月26日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2013年10月26日17時34分頃 神奈川県西部 M2.2 深さ約10km 最大震度1
2013年10月28日6時46分頃  茨城県北部  M3.1 深さ約10km 最大震度1
2013年10月29日22時53分頃 千葉県東方沖 M2.5 深さ約10km 最大震度1
2013年10月30日10時14分頃 茨城県北部  M3.4 深さ約60km 最大震度1
2013年10月31日7時0分頃  茨城県沖   M3.9 深さ約40km 最大震度2
2013年11月1日5時55分頃  茨城県南部  M2.9 深さ約50km 最大震度1
2013年11月2日4時56分頃  茨城県北部  M3.7 深さ約60km 最大震度2
2013年11月2日6時17分頃  茨城県沖   M3.5 深さ約30km 最大震度1
2013年11月2日18時53分頃  栃木県北部  M2.8 深さ約20km 最大震度1
2013年11月3日1時39分頃  千葉県北西部 M3.4 深さ約80km 最大震度2
2013年11月3日14時25分頃  茨城県南部  M5.0 深さ約70km 最大震度2 (当地 震度2)
2013年11月3日16時24分頃  茨城県北部  M3.1 深さ約10km 最大震度1
2013年11月3日19時46分頃  茨城県北部  M3.2 深さ約10km 最大震度1
2013年11月4日7時57分頃  茨城県南部  M2.9 深さ約50km 最大震度1
2013年11月4日12時49分頃  茨城県南部  M3.1 深さ約50km 最大震度1
2013年11月4日16時13分頃  千葉県北東部 M3.3 深さ約40km 最大震度1
2013年11月4日22時47分頃  茨城県沖   M4.9 深さ約20km 最大震度3
2013年11月4日23時21分頃  茨城県沖   M4.0 深さ約20km 最大震度2
2013年11月4日23時31分頃  茨城県沖   M3.5 深さ約50km 最大震度1
2013年11月5日5時29分頃  神奈川県西部 M2.5 ごく浅い  最大震度1
2013年11月5日17時12分頃  栃木県北部  M1.7 深さ約10km 最大震度1
2013年11月6日6時46分頃  千葉県東方沖 M3.5 深さ約10km 最大震度1
2013年11月8日13時8分頃  千葉県東方沖 M3.4 深さ約60km 最大震度1
2013年11月9日17時57分頃  茨城県南部  M3.5 深さ約80km 最大震度2
2013年11月10日7時37分頃  茨城県南部  M5.5 深さ約70km 最大震度5弱 (当地 震度3)
2013年11月11日8時24分頃  栃木県北部  M4.1 深さ約10km 最大震度3

遡って見ると、「茨城県が活発」という印象は8月から続いてました。
そんな状態が3ヶ月続いて、今回の茨城県南部M5クラス2連発に至ってます。
この茨城県南部という場所は、かねてより気になっている震源地。
今は亡き溝上恵さん(元 東京大学地震研究所教授)が、南関東直下地震と茨城県南部を震源とする地震が連動しているという説を唱えていたのを知ってから注視している場所。
約20年ごとの茨城沖M7クラス→茨城県南部→南関東直下地震
という流れがあるという説です。
茨城県沖の地震で太平洋プレートをおさえつけていた「つっかい棒」が部分的に外れる。これで太平洋プレートの沈み込みが促進され、フィリピン海プレートを刺激して茨城県南部の地震が起きる。この茨城県南部の地震の刺激を受けたフィリピン海プレート上面で、たまっていたゆがみを解放する動きが引き起こされ、南関東直下の地震につながるということらしいです。
ちなみに、関東大震災でもこの連動は確認されているということで、関東大震災が迫った1923年5月から6月にかけて、M6以上が茨城県沖で6回。そして、1921年から3年連続で茨城県南西部で大きな地震(M7.0、M6.1、M6.1)が発生していたとのこと。
東日本大震災から活発となった茨城県南部震源で、M5以上の地震はこの10日のM5.5で9回目。M6以上は発生していないけれど、規模は小さくても頻度としては多いことは確か。
メカニズムとして、南関東直下に影響を与えないとはいえないと考えると、今後の動向が気になります。
東日本大震災からこっち、私が茨城県沖に注目してきたのは、広範囲な震源域の南端が崩壊することを恐れてのことでしたが、この説が気になっていたこともあります。
東日本大震災後、茨城県沖M6以上は以下の7回。
2011年3月11日15時15分頃 茨城県沖 M7.4 深さ約80km 最大震度6弱 (当地 震度4)
2011年3月11日15時57分頃 茨城県沖 M6.1 深さ約20km 最大震度4 (当地 震度2)
2011年3月11日17時12分頃 茨城県沖 M6.4 深さ約40km 最大震度4 (当地 震度2)
2011年3月11日17時19分頃 茨城県沖 M6.7 ごく浅い  最大震度4 (当地 震度2)
2011年3月12日0時13分頃  茨城県沖 M6.6 深さ約10km 最大震度4 (当地 震度2)
2011年3月13日10時26分頃 茨城県沖 M6.4 深さ約10km 最大震度4 (当地 震度2)
2011年3月14日10時2分頃  茨城県沖 M6.2 深さ約10km 最大震度5弱 (当地 震度2)
これ以降、茨城県沖でも茨城県南部でも、M6以上の規模は発生していません。
今後、茨城県沖でM6以上が発生し、茨城県南部でもM6以上が発生するような事態になったら、南関東直下地震はカウントダウン状態に入ったと言えるかもと、注視を続けたいと思います。M6以上が発生していないからと安心できるわけでもないですけれども。
それに、南関東直下地震のトリガーはこれだけとは限らないわけですからね。


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2013年10月28日3時13分頃 福島県沖   M5.4 深さ約10km 最大震度2
2013年10月31日21時2分頃 台湾付近   M6.5 深さ約20km 最大震度1

2013年11月2日1時30分頃  択捉島南東沖 M5.1 ごく浅い  最大震度2
2013年11月3日14時25分頃 茨城県南部  M5.0 深さ約70km 最大震度2 (当地 震度2)
2013年11月3日17時52分頃 三陸沖    M5.0 深さ約30km 最大震度2
2013年11月10日7時37分頃 茨城県南部  M5.5 深さ約70km 最大震度5弱 (当地 震度3)


気になる情報としては、最大級Xクラスの太陽フレアが連続して発生していることくらいでしょうか。最近は、ずいぶんと活発なようです。
10日にもX1.1が発生しているので、これから数日間はその影響が出てもおかしくない状態にあります。
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2013年11月09日

活字の迷宮

Eテレの番組で『100分de名著』というのがある。
ひと月に1冊のペースで、古今東西の名著を解説してくれる。
今月は「アラビアンナイト」。先日、その第1回をなんの気なしに見ていた。
美女シェヘラザードが夜な夜な王に語る物語。一晩女性と過ごしてはその首を刎ねるということを毎夜繰り返していた王。その王を前に語られる物語が面白く、話が聴きたいがために王はシェヘラザードを生かし続ける……ちゃんと読んだことはないけど、概要は知っているつもりだったが、知らないことがいくつも出てくる。
当初収められていた物語の数は35話程度で、有名な「シンドバッドの冒険」とて後から編者のアントワーヌ・ガランが勝手に付け足したもの。そんなこんなで今は1001話に。アラビア語では「1001」=「たくさん」みたいな意味らしく、日本語で言う「万(よろず)」と同じような感覚らしい。
もうひとつは、話が「入れ子構造」になっているという点。
そんなことを聴いていたら、なんだか「アラビアンナイト」が読みたくなってきた。

そんな私がたまたま読み始めたのが、キアラン・カーソン『琥珀捕り』
これが、まさしく「入れ子構造」になっていて、シンクロニシティに驚く。
この本、「文学においてのカモノハシ」とか「ウロボロス構造」とか言われている。Aの「Antipodes(対蹠地)」から始まりZの「Zoetrope(回転のぞき絵)」までアルファベット順のテーマが語られるが、その実、目次の整然としたアルファベット順とは印象が違い、雑多な話が混在し、行きつ戻りつ活字に翻弄させられる。活字の大波に揺られ揺り戻されしているような感覚。これはなかなか味わえない。
あとがきの解説では、オイディウスの『変身物語』とかジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』が引き合いに出されている。私は双方ともに未読だけど。

父の語る昔話。そこに登場するジャックが語る話。それがいつの間にやらオランダ絵画の話になっていたり、ギリシャ神話になっていたりする。
中世キリスト教の聖人の話、アイルランド民話、言語の由来、エスペラント語、望遠鏡の発明、カメラ・オブスキュラなど雑多な話がつぎはぎされて、けれども決して関係がないわけでなく。
さっきの章で出てきたものが、ここに出てきたり、宝探しのよう。伏線だらけでその糸がこんがらがりそうだ。
中でも、タイトルにある琥珀についての薀蓄は数多く語られ、それが狂言回しのようになって、活字の中の琥珀のかけらを拾い集めながら道を進む、まるでヘンゼルとグレーテルの気分。
琥珀の歴史、成分、色、性質、採取地や採取方法、呼び名、利用法、そして「琥珀の間」まで。多種多様な薀蓄が語られる。確かに、琥珀というものの存在そのものが、語るべきことの多いテーマであることは間違いない。

どうでもいいようなトリヴィアが詰め込まれていて、「ほぉ」と唸っていると、次にはお伽噺のような世界に連れ込まれていたり、急に史実が語られて現実に引き戻されたりする。
今、自分が入れ子のどの階層にいるのかよくわからなくなることもしばしばで、迷路に入り込んだような不思議な気分になる。
そんなとき、文章中に琥珀が出てくると、映画『インセプション』でディカプリオが正気を保つために持っていたコマのように、道しるべになってくれる気がする。

アイルランド古語とか出てくるし、これはさぞかし訳すのが大変な本だったと思うのだけど、その割にはおそらく原書の雰囲気を壊していないと想像する。
素晴らしい名訳。複雑な構造や雑多な表記が、途中でひっかかることのない自然な日本語に訳されている。それぞれの語り手の語り口も絶妙だ。

「アラビアンナイト」のように、眠る前に毎夜毎夜少しずつ読みたくなるような本。
読んで理解するというような部類の本ではないと思う。活字に翻弄されることを楽しむための本。
秋から冬の寒い時期にあったまりながら読むのがぴったり。
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2013年11月05日

交通公園って見なくなったね

交通関係で気になったことがあったので。

その1。
片側2車線の幹線道路と片側1車線の道路が交わる交差点でのこと。
片側1車線道路を渡るために、幹線道路の歩道で信号待ちをしていた。
この片側2車線の幹線道路の歩道は狭い。自転車同士がすれ違うのがギリギリ。幅1m20cmあるかなという程度。交通量の多い幹線道路なので、歩道は自転車通行可。自転車が車道を走ったら、かえって危ない。自転車が車道を走る姿を見たことがない。自転車はみな歩道を走る。ガードレールがあるので、すれ違いざまにガードレールに接触しそうになることがあるほど狭い。
信号待ちをしていたそのとき、横断歩道前の歩道は、既に右側に自転車が6台くらい縦に連なっていた。この自転車たちは、車道と逆走する向きだけれど、歩道上なので通行できる。
その自転車の脇をすり抜けて、横断歩道前を目指すのだけど、幅が狭いのでなんとなく途中で立ち止まってしまった。この行動については自分でもよくわからない。無意識だった。私の前に歩行者はいなかったので、歩行者の先頭は私だったが、横断歩道まで数メートルというところでなぜか立ち止まってしまった。
すると、後ろから「チリン!チリン!」と自転車のベルが鳴らされる。振り返ってはじめて、自分が邪魔になっていることに気付く。いけない、いけないと「すみません」と言いつつ脇に避けて、その自転車に道を譲ったわけだけど、後からよく考えたらなんだか納得がいかない結果に。
その自転車は私をどけて、信号待ちの自転車が連なる脇をすり抜け、そのまま右折していったのだが、片側1車線道路の歩道を逆走していった。彼が進んでいった先は、ガードレールもなく白線が引かれているだけの狭い歩道。自転車通行不可のはず。そこを堂々と逆走して行った。後ろ姿を見る限り、50代くらいの男性だった。
もし、右折しようと先を急ぐ歩行者が居たら、私が邪魔になっただろうことはわかる。その意味で、私は立ち止まるべきではなかったと反省するのだけど、その私をベルでどけてまで逆走していった自転車の行動は理解できない。
自転車に乗っていたとしたら、片側1車線道路を渡るこの横断歩道を手前にしたら、とるべき進路は一つ。横断歩道を渡ることのみ。交通法規上、横断せずに手前を右折は有り得ない。横断歩道を渡って直進するか、渡った先を右折するか。ちなみに、渡った先は広い歩道があり、歩道は自転車と歩行者と通る側を色で二分してある。この片側1車線道路は、片側はロクな歩道がなく、もう一方は自転車と歩行者の通行帯を分けてあるほど広い歩道があるというアンバランスな道路。歩道が狭い方は、道路拡張のための用地買収が遅れている。
本来、歩道は歩行者優先のはずだし、自転車にベルを鳴らされてまでどかされるものではないのだけど。その自転車は、すでに信号待ちをしている6台の自転車の後ろについて、信号を渡ってから右折すべきだったはずで。
自分に非がないとは言わないし、歩行者優先をふりかざすつもりもないのだけど、なんだか納得がいかなかった。

その2。
ダンナさんが友人Sとおっさん軽音部の部活に行く途中での話。
友人Sは千葉県在住なのだが、おっさん軽音部の活動を行う友人I宅に向かうとき、車で来てうちに寄り、うちのダンナさんと合流して行くのがいつものこと。
いつものようにうちに来ると、ダンナさんはバイクで、Sは車で、2人が連なってI宅に向かった。
途中、とある交差点でのこと。
信号待ちから青信号になって、ダンナさんが先頭で発進。その後Sの車も発進。
そのとき、Sの車に横から幼稚園児くらいの子供の自転車が突っ込んできた。
信号はSの方が青なので、子供の完全なる信号無視。
先に進んでいたダンナさんが、Sがついてこないことを不思議に思い、戻ってみるとそんな事態になっていた。
子供に怪我はないようで、Sの車も傷つかなかった様子。その場にはもうひとり大人が居たが、その人はその子供とは無関係の通行人で、子供が倒れたので様子を見に寄ってきた人だったらしい。
その第三者から見ても、怪我もないようだし大丈夫でしょうとなり、子供はそのまま帰っていった。
信号無視の子供が勝手に突っ込んできたとはいえ、Sの動揺はひどく、顔は真っ青。大事にならずによかったけれど、もしも何かの加減でと考えたら無理もない。その場で気分が落ち着くまで休憩してから部活に向かったのだという話。
幼稚園に通うくらいになると、一人で自転車で出かけることもなくはないのかもしれないが、交通法規をよく理解させていないと、かなり危険なことなのではないかと。
こちらが注意して安全運転していても、あちらから突っ込まれたら、ねぇ。

その3。
昨日の夕方のこと。3連休最終日とあってか、道路は混んでいた。
出かけた帰り道で、ダンナさんが運転する車に乗っていた。幹線道路と交差する道でのこと。
私たちは幹線道路から入ってきた方で、こちらの進行方向は流れているが、幹線道路に向かう逆方向は車が連なっている。
幹線道路に出るためにいつも混んでいる道ではあるけど、随分と渋滞しているなと思っていたら、幹線道路に出る信号は青なのに、前が空いても1台の車が止まったままだ。その車の後ろには、見える限り何十台もずっと渋滞が続いていた。
おかしいなと思いながら、すれ違い様にその車の運転席を見ると、運転している人はガクっと首をうなだれている……
「落ちてる!」
ダンナさんはすぐさま車を道路脇に止め、渋滞をよりひどくしていたその車に駆け寄って行った。運転席側の窓をコンコンとノックすると、目が覚めたようで、酩酊状態のように「すみません」と一言行って普通に発進して行ったそうな。そうして、渋滞していた車の列は少しは流れていった。
どうやらただ眠ってしまっただけらしい。病気の発作とかで意識を失ったわけではないようてよかったけれど、相当眠そうだったので、危なっかしいなと思った。まさか飲酒運転じゃあるまいな。
渋滞をのろのろ進んでいるうちに、寝てしまったというわけか。
私のように睡眠時無呼吸症候群とかだと、昼間にひどい眠気が襲ってくることがある。なんらかの病気が隠れていることもあるけど、大丈夫か?


自転車と歩道のことについては、あらためて書きたいと思っているのだけど、例えばこちらが交通ルールを守ろうと思っていても、道路の構造自体に無理があったり、通行している人たちがてんでルールを守っていないことにより、うまくいかないことが多々ある。
臨機応変に通行しないと、どうにもならない。

以前に、ローカルな番組で見かけた取り組みが素晴らしかった。
子供たちに、「交通ルールを守らないととんでもないことになるぞ」というのをスタントで見せるというもの。
スケアードストレイトという教育手法で、実際に恐ろしい場面を見せることで、恐怖を実感させ、危険回避できるように教えるというもの。
自転車や車が衝突し合い、スタントマンが吹っ飛び、転がるのを目の前で見せるわけだ。
あまりの恐怖に泣き出す子供が続出。でも、それでいいと思う。「怖い」と感じることは、人間にとって命を守ることに通じているのだから。
これが、つい最近、テレビ東京の『所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!』でとりあげられていた。シャドウ・スタント・プロダクションというところが行っている交通安全講習。全国各地の自治体や警察からのオファーが殺到しているそうだ。こちらのプロダクションのHPでは、交通安全動画が公開されているので、参考に見てみるのもよいかも。

渋滞にハマって止まっているときについつい寝てしまったというのもナンだが、これが走行中だったら大変なことになるかもしれず、運転するときの体調管理というのも気をつけたいもの。
仕事で車を使うならもっと気を付けないといけないけど、実際は激務や体調不良で運転中に寝てしまうとかありそうで怖い。

立て続けにこんなことがあったので、記事にした次第。
posted by nbm at 12:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 気になったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月02日

柄にもなく



fairy




今日はちょっと柄にもなく少女趣味です。

シシリー・メアリー・バーカーの画集、『フラワーフェアリーズ-花の妖精たち 愛蔵版-』を眺めて、ニンマリしておりました。
「シシリー・メアリー・バーカー? 誰、それ?」って感じでしょ? 私とて名前を聞いてもピンときません。
しかし、絵を観たら、「見たことある!」って思う人は多いはず。
博物学の細密画のような草花や木々と、それに寄り添うように描かれる妖精たち。
一体どこで?

1976年から5年間、森永のチョコレート「ハイクラウン」にこの花と妖精たちのカードが封入されていたのです。
当時の少女たちは、このカードを秘かに集めたものです。
私もすっかりそんなこと忘れてましたが、この記事を読んで、「あった!あった!」と思い出す方もいらっしゃるやもしれません。
「ハイクラウン」は、その辺のスーパーでは見かけなくなったので、もう販売していないのかと思っていたら、どこぞの100均で見かけて、「まだあったのか!」と驚いた覚えがあります。
独特のタバコのような形のパッケージでしたね。現在のものは、少し薄型で幅広な箱になってますが、上にフタを押し上げる箱の構造や、板チョコを1列ずつ切り分けたようなチョコを金色の紙で包装した形状は踏襲されているよう。
今はカードなど付いていないのでしょうね。

図書館で淡いピンクの背表紙が気になり、手にとってみると
「ん?どこかで見たことがあるな、この絵……」
すると、表紙裏に「ハイクラウン」の封入カードになっていたという説明があり、納得したわけです。
今まで刊行されたシシリー・メアリー・バーカーの「花の妖精たち」の画集はいずれも絶版になり、それらのシリーズ全8巻を1冊にまとめたこの愛蔵版が2011年に発刊されたらしいです。淡いピンクでウィリアム・モリス調の花柄がバックになった表紙が美しい装丁。


シシリー・メアリー・バーカーは、1895年イギリス生まれ。なんと16歳の若さでポストカードを出版。
博物学の細密画のような植物の描き方は、キュー植物園スタッフ協力のもと、植物標本をもとに写実的に描写したためと知りました。
「自然をありのままに表現する」のが信条だったのだそうで。
「簡単にいえば、わたしはどんな植物も花も本物どおりになるよう、とても注意深く描いているにすぎません。詩で語る内容も、なるだけ写実的にしています。妖精を見たことは一度もありませんが、妖精やそれにまつわるすべてのものは、”写実的なさま”を想像して描いているのです」

蝶や蛾やトンボのような翅を持つかわいらしい妖精さんたちは、姉の保育園の園児たちがモデルだとか。
そして、それぞれの絵には詩が添えられています。

日本とは明らかに植生が違うので、馴染みのない植物も多々ありますが、植物図鑑を観ているような感覚と、妖精というファンタジックな存在とが混在する不思議な魅力を持った絵です。
妖精さんたちの纏う衣装は、ベルベットのような肌触りを想像させるものや、シフォンのように軽やかに風に揺れる素材などさまざま。おどけたいたずらっ子のような妖精もいれば、一心に何かを祈るような妖精もいますし、表情もそれぞれ。植物のひとつひとつに愛情を感じる絵です。
こんな風に植物と親しく接し、愛でる心を持つことは、日本とイギリスとで共通しているようにも思えます。何より、描かれているのは、野生の野の花や、庭に生えている草木。切り取った形で描かれているものもありますが、基本的には地面に生えているものであり、生命を感じさせます。
そういえば、私は美術鑑賞は好きですが、人物画が好きではありません。この絵が魅力的に見えるのは、単に懐かしさからなのか、人間でなく妖精という人外を描いたものであるからなのか。

おぼろげにしか覚えていないフェアリーカード。
でも、じっくり見返してみたら、素晴らしく完成度の高い芸術作品でした。


おまけにもう1冊。
なにげなく『代書屋ミクラ』(→過去記事ぼくの仕事は○○をつくりだすこと)を読んで気に入ってしまったので、松崎有理作品をもっと読みたいと思い『あがり』を読んでみました。
『代書屋ミクラ』と同様、東北の蛸足大学を舞台にした短編集となっています。同じ大学が舞台ということで、おなじみの甘味処が出てきたり、登場人物同士がどこかでつながっていたり。こういうひとつの世界の中で描くと、そういった些細なつながりを発見する楽しみというものもありますね。
ミクラくんが出てくる作品もありますが、まずタイトル作「あがり」がなかなかに面白いです。デビュー作であり、SF短編の賞を受賞しているということで、ジャンルとしては確かにSFなのですが、あまりSFくさくないです。生命科学の実験の話なのだけど、内容は難しいし、説明するのも困難。ひとつ言えることは、「あがり」というのは、たとえば双六でいうゴールの意味の「あがり」。
「ぼくの手のなかでしずかに」も良かったです。これもSFと言っていいのか。食事制限が老化を防止するという論文を元に数学者が自己実験をするという話なのだけど。意外な結末が待っているのです。しかし、なるほどと思える論理が隠れていて、本当に有り得る話なのではないかと疑ったりしてしまいます。
一番気に入ったのは、書き下ろしとして最後に掲載されている「へむ」。「Au revoir,mais je ne t'oublie pas.」という副題がついてます。「さようなら、私はあなたを忘れません」ってことか。蛸足大学付属病院が舞台。元からこの街で暮らしていた寡黙な少年と、病院に研究医として赴任してきた母に連れられ転校してきた少女との友情の物語。絵を描くのが得意な少年が、夏休みに骨格標本を描くために少女の母の研究室に通うことになり、毎日病院に通う少年と少女が、病院で体験する不思議な話。孤独を抱える者同士が、地下通路にまつわるあることを通じて、一夏のほんの短い間だけで強い絆を作る体験をします。
淡々と描かれているようでいて、私には感動的な話でした。少年と少女、2人だけの秘密、出会いと別れ、美しい素描、白い骨格標本……とても美しいお話。

相変わらず、カタカナ語が出てきません。人の名前も極力削られてます。
そして、時折、大事な所がバッサリ切り捨てられているというか、ドンと突き放されてしまうというか、どうしてもっと詳しく書いてくれないのかとツッコミたくなるような箇所が出てきます。おそらくはわざとで、こちらの想像力を掻き立てるような手法なのだと思われます。もどかしいようですが、これこそが小説の醍醐味でもあるわけで。言葉を通して、読む者の頭の中で完成されてこそ、物語を楽しめるというもの。


ロマンチックなものは柄じゃないのですが、秋が深まってきたせいか、柄になく乙女な感じでお送りしました。


2014年1月9日 写真を追加しました。

この記事を読んだニュージーランド在住の友人が写真を送ってくれました。
森永クラウンの妖精カードを(確か10枚)集めると、応募者全員が春夏秋冬の本を1冊ずつもらえたのだそうです。
写真は、春と秋のもの。カバー付きで、カバーは随分色あせたけど、中身はまだきれいな状態を保っているとのこと。
嫁ぎ先に持って行っているということは、本当にお気に入りだったのね。
娘さんのお気に入りにもなったということでした。
少女のお気に入りとなるものは普遍的なのですね。
posted by nbm at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする