2014年03月31日

部活ミニ同窓会

週末、高校時代の部活の仲間2人と何十年ぶりかで会い、飲んできた。
きっかけとなったのは、学年の同窓会が開かれるという知らせがあったこと。
メールで友人伝いに回ってきたその知らせを、年賀状のやりとりをしていたこの2人に回した。
うちはダンナさんも高校の同級生なので、ダンナさんの友人たちにも回したりした。
かなり先の話だったし、仲の良い友人たちとは年に1回くらいは会えているので、特に出席する魅力がないなと思いつつ出欠を保留していたら、返答の期日を過ぎてしまい、結局は欠席することになった。
部活仲間だったPちゃんとEちゃんの2人。Pちゃんも私と同様に欠席。私とPちゃんの欠席を知ったEちゃんがとても残念そうだったので、それなら私達3人でまず会おうということに。
たまたま住んでいるエリアが近かったので、地元の駅前の居酒屋で再会と相成った。

私達は、高校時代、ハンドボール部に所属していたのだが、かなり厳しい部活で、顧問のしごき方がひどく、反発した私達1年生女子7人は2学期いっぱいで全員一斉に退部した。常に男子と合同の練習で、毎日10km走った後に普通に練習とか、顧問にビンタされつつ先輩(男子)がコートを1周したとか、逸話には事欠かない。
後から考えてみれば、2年の先輩は3人しかいなかったので、その後は3年生が引退したら次の1年生が入ってくるまで試合にも出られなかっただろうけど、そんなことを思いやってあげられる状態ではなかった。
というわけで、一緒に部活動をした期間は非常に短い私達なのだけれども、練習の苦しみを分かち合った仲間であるので、その分絆が残ったのかもしれない。
とはいえ、7人いたメンバーの中で、互いに連絡が取れているのはこの3人だけ。あとは海外や離れた土地に移ってから疎遠になってしまったり、価値観が合わなくなって離れていったり、いつの間にか連絡が途絶えてしまった。

Pちゃんは外資系企業で毎日帰りが深夜に及ぶような激務の中がんばっている。休日も予定がびっしりで、とても充実している様子。
Eちゃんはお子さん2人の母で、自分も仕事を持ってがんばっている。中でも毎朝4時起きだというから、なんでそんなに早起きなのかと思ったら、毎朝家族のためにパンを焼いているのだそうだ。パン屋か!
私は絶賛NEET中のダメ人間なので、2人のがんばりが眩しいほどだった。
毎朝早起きのEちゃんの心配をしていたのだけど、飲み始めてみたら話は止まらず、気づいたらそろそろ終電を気にする時間となっていた。
とても楽しかったので、また会おうねと約束して別れた。

Eちゃんのご主人は、高校卒業後に知り合ったら偶然同じ高校を出ていたという関係。ご主人の方がひとつ年下なので、私はご主人のことを知らないのだけど。
だがそのご主人が、うちのダンナさんのことを知っているという。部活や地元も違うのになぜ?いろいろと考えあわせてみると、Eちゃんのご主人は在学中にバンド活動をしていたとのことで、うちのダンナさんもバンドでヴォーカルをしていて文化祭で演ったりしていたので、それかと想像。うちのダンナさんは特に目立つような人でもなく、他に考え付かない。苗字が特殊なので、印象に残りやすいというのはあるかもしれないけど。

同窓会に出席することにしたEちゃんの元には、出席者のリストが届いた様子。
100名以上も出席することになっているらしい。10クラスあったから、単純計算400人いたとして、4分の1も出席するというのは、出席率が高いと思う。男子はもちろん、女子でもご主人の仕事の都合などで首都圏近辺から離れている可能性もあるし、海外で生活している人もいるかもしれない。首都圏から離れていても出席するという人も中にはいるだろうけど、基本的には近辺に住んでいる人なのだろうと思う。ほぼ地元に住んでいても、私のように別にいいやと欠席する人も多いと思うしね。
連絡は友人同士の口コミでメールで伝わっているので、SNSなどを使っているとしても全員を網羅して連絡しているとも思えない。
実家近くで独立して生活しているPちゃんによると、実家にお知らせのハガキが来ていたそうだ。となると、私も実家宛に届いていたのかもしれない。なにせ今、実家には誰も住んでいないので届いていてもわからないが。母や兄たちは時折実家に行っているようだけど、母と関係を断絶してからは、私は実家に行ってないし。実家に行かなくなって、かれこれ8ヶ月になる。

さて、その出席者リストの中に、故人の名前も記されていたそうで、Eちゃんが教えてくれた。
何人かは知っていたので、他にもいるのだろうなと想像はしていたけれど、野球部の捕手ですごいガタイをしていたコとか、修学旅行で一緒の班だったいつもニコニコしていたあのコとかが亡くなっていたのには少なからずショックを受けた。

話はちょっと変わる。
先日、ダンナさんと近所を車で通ったときのこと。
いつのまにかコンビニができていた。一番近いコンビニが閉店してしまい、しばらくコンビニ難民になっていたのだが、これで一安心。
しかし、問題点はそこではない。新しくできたコンビニの手前にドラッグストアがある。このドラッグストアには、日常的に買い物に行っている。ところが、そこからほんの数軒先にコンビニができていたことにはまったく気づかず。できるという噂は聞いていたものの、更地だったその場所に忽然とコンビニが現れたような感覚……ダンナさんいわく「どれだけ行動範囲狭いんだよ(笑)」
たしかに。そのまた先の工場が潰れた跡地には、知らない間に住宅街が広がっていたし。前に通ったときは工場が潰れた直後で更地だった。それが、今回通ったらもうその新しい住宅に人が住んで生活している……

考えてみれば、前回地元駅近辺まで行ったのも2ヶ月以上前かもしれない。
池袋にさえ行っていないし、年に何回かは通っていた川越のセレクトショップにも顔を出していない。前回電車に乗ったのはいつのことだったか。もしかして、今年になってから1度も電車に乗ってないかも……実家に行かなくなってから、車も運転していないな。
実は今も微熱がある。ここしばらくは毎日のように微熱が出ているが、出っぱなしでなく、下がっては出てを繰り返しているので、特に他に具合の悪いところもなく、放置している。
多少ダルいくらいで生活に支障はないが、電車に乗ったりして出かけるのはやはり億劫で、気になった展覧会も行かずじまいだったりする。
この体調の悪さが、自分の行動範囲を狭めていることは否定できない。
最近は、何もしていないのにダンナさんから「疲れた顔をしているよ」と言われることが多く、心外だ。たしかに、鏡で自分の顔を見ると、血色が悪いとは思う。

体重も痩せるどころか増えてしまったので、微熱があるからと動かずにいるとよくないと思い、様子をみながら家で踏み台昇降をしている。
録りためた映画などを見つつ小一時間。ウォーキングに出かけた先で具合が悪くなってもと思うが、家の中でできる運動なら安心してできる。自分の場合は、ウォーキングよりも負荷が高い気がするし。
運動をすると身体がしゃっきりとして無意識のうちに背筋が伸びているのを感じる。
ちょっと研究しつつ、筋トレも組み合わせてやっていこうと計画中である。

いろいろとがんばっている友人2人と会って、自分がいかにダメ人間であるかをあらためて思い知ったわけだけど、人間そうそう変えられるものでもないし、無理をしたら倒れるのが目に見えている自分としては、自分のペースを保ちつつも少しだけは挑戦する姿勢でやっていけたらと思った次第。
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2014年03月29日

2014年3月15日からの地震メモ

2014年3月15日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2014年3月15日13時14分頃 茨城県北部    M2.4 深さ約10km  最大震度1
2014年3月16日7時23分頃  千葉県東方沖   M3.6 深さ約10km  最大震度1
2014年3月16日9時5分頃  千葉県東方沖   M4.3 深さ約60km  最大震度2
2014年3月16日14時22分頃 新島・神津島近海 M2.7 深さ約10km  最大震度1
2014年3月17日7時11分頃  茨城県沖     M3.2 深さ約30km  最大震度1
2014年3月17日14時0分頃  東京湾      M2.7 深さ約30km  最大震度1
2014年3月18日10時32分頃 茨城県南部    M2.7 深さ約10km  最大震度1
2014年3月19日2時24分頃  千葉県北西部   M4.0 深さ約80km  最大震度2
2014年3月20日6時5分頃  茨城県北部    M3.6 深さ約60km  最大震度1
2014年3月21日3時42分頃  千葉県東方沖   M3.5 深さ約40km  最大震度1
2014年3月21日6時36分頃  千葉県東方沖   M3.6 深さ約20km  最大震度1
2014年3月21日11時44分頃 茨城県北部    M2.6 深さ約10km  最大震度1
2014年3月21日21時28分頃 茨城県北部    M2.4 深さ約10km  最大震度1
2014年3月22日3時33分頃  茨城県沖     M4.4 深さ約10km  最大震度2
2014年3月22日14時19分頃 三宅島近海    M2.6 深さ約10km  最大震度2
2014年3月22日23時18分頃 鳥島近海     M5.3 深さ約430km 最大震度2
2014年3月24日19時16分頃 茨城県南部    M3.5 深さ約50km  最大震度2
2014年3月25日0時27分頃  茨城県南部    M2.6 深さ約20km  最大震度1
2014年3月25日10時50分頃 千葉県東方沖   M3.9 深さ約10km  最大震度1
2014年3月25日16時9分頃  千葉県東方沖   M3.8 深さ約10km  最大震度1
2014年3月26日2時21分頃  茨城県沖     M3.8 深さ約40km  最大震度1
2014年3月27日14時20分頃 茨城県北部    M3.8 深さ約10km  最大震度2
2014年3月27日15時50分頃 茨城県北部    M3.2 深さ約10km  最大震度1
2014年3月27日16時42分頃 茨城県北部    M3.3 深さ約10km  最大震度1
2014年3月28日7時47分頃  千葉県北西部   M3.4 深さ約80km  最大震度1
2014年3月28日23時37分頃 茨城県南部    M2.8 深さ約20km  最大震度1
2014年3月28日23時39分頃 茨城県南部    M2.8 深さ約20km  最大震度1
2014年3月29日2時31分頃  千葉県東方沖   M3.7 深さ約10km  最大震度1

2週間分なのですが、少し多くなってきたでしょうか。
茨城県の内陸部がよく揺れてますね。茨城県北部は、なぜか3回ほど続けて揺れるのがクセなので、1度揺れると直後にあと2回揺れることが多いです。それよりも、茨城県南部が増えてきたのが気になります。
と、書いているそばから強震モニタが「ピンポン!」と鳴って、地震追加。当地も少し揺れました。
2014年3月30日 10時53分頃 茨城県沖 M5.3 ごく浅い  最大震度2
ちょっと規模が大きかったですね。これが前震でないことを祈ります。

この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2014年3月17日18時2分頃  福島県沖    M5.1 深さ約20km  最大震度3
2014年3月17日22時12分頃 与那国島近海  M5.4 深さ約10km  最大震度2
2014年3月22日23時18分頃 鳥島近海    M5.3 深さ約430km 最大震度2
2014年3月26日17時49分頃 薩南諸島東方沖 M5.4 深さ約10km  最大震度3

14日の伊予灘(M6.2)発生から、次はどこにいくかと思ったら、南に下りましたね。

海外での地震。
2014年3月17日6時17分頃  チリ北部沿岸 M6.7
2014年3月19日21時19分頃 台湾付近   M6.0 深さ約30km 最大震度2
など。

相変わらず、深海魚が揚がってます。
26日、佐渡で2体。1体は、水深200mの定置網にかかって。もう1体は、両津港内を泳いでいたものを生け捕りに。これで今年、佐渡で見つかったダイオウイカは6体。
前回の地震メモにも書いたとおり、東京湾(横須賀)でも1体発見されているし、いくらなんでもおかしいだろう。深海魚ブームってだけじゃなさそうです。
地震の前兆と短絡的に考えるのは避けたいですが、海の中で今までになかった異変が起きている可能性はありますね。しかも、日本海側だけじゃなく、太平洋側でもということになってしまいましたね。

今日、埼玉県の日中の最高気温の予想は23度。
昨日は、武蔵野線の東川口−南越谷間で、電車のフロントガラスにカラスが突っ込むという事故が発生。スズメなどは珍しくないものの、カラスが衝突してくるのは珍しいとのこと。
珍しいことがあると、何かが隠れているのではないかと勘ぐりたくなるものです。
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2014年03月21日

ルーシーつながり

今回は、本の記事。最近読んだ2冊から。

『137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史』 クリストファー・ロイド
ビッグバンで宇宙が誕生してからつい最近のことまで、地球の137億年の歴史を駆け足で見てみようというこの本。137億年を1日24時間に見立てた時間経過の目安がついているのだけれど、原核生物が誕生したのが午前4時、真核生物となったのがすでに午後3時、それから日もとっぷりと暮れた頃にカンブリア紀とか恐竜時代とかもろもろあって、人類が誕生したのが午後11時57分。もう1日が終わる勢い。1万年前でさえ11時59分。この辺りから今現在まで、最後の1秒が延々と続くことに。
ちなみに、この本は横書きで書かれている。読みやすいんだか、読みにくいんだか。個人的には、1ページが2列にわかれていたので、半分まで読むと左に戻らなければならないのに、右側の列に目がいってしまいそうになった。それだけ横書きの本に慣れていないってことだな。

全体を読んでみて、人類の問題の根っこは、やはり人口が増え過ぎたことにあるのではないかと思った。
人増える→食料や資源が足りなくなる→他から取ってこよう→植民地化を目論んで侵略戦争
人増える→資源確保のために森林伐採→土留めを失って洪水&二酸化炭素が増えて環境問題に発展
人増える→食料や資源が足りなくなる→口減らしのために要らない人間を作りあげて殺そう→ある種の人間を虐殺
みたいなパターンが多すぎる。
世界で1年で増える人口は、1980年代に8700万人だったのが、2006年には7500万人に減ったという。それでも、2050年までには世界人口は90億人を超えると考えられている。
マルサスが『人口論』で危惧していたようなことが、もうすぐ大々的に現実になるのかもしれないな。
それと、エネルギー問題だけど、石油資源は2038年に枯渇する計算だったよね。一体どうするんだろ。文字通りに2038年ピッタリにまったく入手できなくなるということではないにしろ、入手するのが困難な状態やバカみたいに高騰するという事態になっていくことは想像できる。産油国でないなら尚更。
そうなると、石油資源を頼る火力発電はダメ。原子力発電は危険性から縮小・廃止の方向。日本は、気候上、太陽光発電には向かない。風力にも限度がある。現実的なのは、地熱発電だと思うけど、どの方法にシフトするにしても、現状から方向転換するにはどう考えても時間が足りないよね。
電気自動車やオール電化住宅がエコだっていうけど、その電気どうやって作るの?
やっぱり、人間は常にその場しのぎで生きているのだな、と。とりあえず今を取り繕うことに重点を置いていて、将来それがどういうことになっていくかというのは二の次だもんだから、後になって問題が噴出してくるのだね。すべてにおいてそんな感じ。ここまで複雑化してしまった世界では、方向を変えようったって簡単にはいかないしな。

意外に思ったことは、紙について。
金とか絹とかスパイスとかについては、歴史を語る上で重要だとされるところだけれど、意外と紙というものが重要だったことがわかった。
中国で発明された紙漉きの技術は600年以上もの長い間公開されず、他国では上質な紙が作れなかったのだそうな。105年に中国でとある官吏が開発した紙漉きの技術が、イスラムの騎士団に捕虜となった中国人の紙職人から漏らされたのが751年。でも、ヨーロッパなどで広まるのは1200年頃。ヨーロッパで樹皮から紙を作るようになるのは19世紀になってからのことだそうだ。一方、1120年代には、中国ではすでに紙幣ができていた。
紙を手にしてしまえば、活版印刷が容易なアルファベットで構成される言語では、書物が広まりやすい。一方、漢字は活版印刷には不向きだから、紙のことは置いておいても、印刷技術自体はいつのまにかヨーロッパに追い越されてしまったんだね。
中国での科挙試験は有名だけれど、紙漉き技術のおかげでこれに拍車がかかって、大勢の人間が試験を受けることになり、インテリ化が進んだと書かれていた。今の中国とはかけ離れているように思えるけれど、人口が爆発的に増えてしまったことも関係しているのかもしれないな。

トリヴィア的なことで面白かったのは、黒死病の流行後に人々が移動したことで、英語の発音とつづりの不一致が生じたという話。
黒死病以前は、「nake(メイク)」を「マク」、「feet(フィート)」を「フェト」などと発音していて、母音を伸ばすようになったのは、地方の人口が激減して、農民が都市へ流れ込むようになったからだという。
同様の発音の変化は、ドイツやオランダでも起きているとのこと。
大学時代、古語英語の授業があった。現代英語とはいろいろ違っていて、英語も時代によってずいぶん変化しているのだなと思ったものだけど、まさかこんな裏話があったとは。

ひとつ疑問に思った点が。
オーストラリアと南北アメリカ大陸に大型肉食獣がいなくなった原因について。
この本では、そこにやってきた人間によって絶滅させられたという説明になっている。
天敵がいなくなった草食動物たちは急激に増加し、天候の変動もあって、食料不足が壊滅的なレベルとなり、小型種だけが生き残ったという筋書きらしい。
でも、ライオン、トラ、オオカミなんかを仕留めるよりも、草食動物や小型の動物を仕留める方が簡単じゃない?それをさしおいて大型肉食獣からやっつける理由がわからない。危険だから?食料とするなら、肉食獣よりも草食動物の方が格段に美味しいと思うし。納得がいかない。
人間がそこに到達した時期に大型肉食獣が絶滅したとしても、もうちょっと複雑な事情があったのではないのかな。まだ、大型肉食獣だけをターゲットにした病原菌があったとかいう方が真実味がある気がする。

全体的な感想を述べるとすると、文献や数々の証拠が残っている近代以降は別にしても、歴史ってのは自由に解釈できるものだなということ。
実際、ビッグバンがどうやって起きたのかなんて、誰にもわからないし、恐竜が絶滅したのもどうしてだったかなんて、誰にもわからない。栄華を極めた古代の部族が消滅してしまった謎もわからない。
確かなことは誰にもわからない。異なる立場から見れば、違って見える。いろんな学者さんたちがあーでもないこーでもないと侃々諤々やって、こんなことじゃないのかなと出した結論が「正しい」とされているけれど。
それでも、大体こんなもんかという線で書かれていると思うので、宇宙が生まれてからこのかたを一気に振り返ってみたいという方にはオススメします。


『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』 浅倉卓弥
上記の『137億年の物語』を読んでいたら、当然といえば当然のことながら”ルーシー”が登場してきて、その名がビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」から付けられたという記述があった。この2冊を並行して読んでいたので、些細なシンクロニシティに喜んだ。
”ルーシー”は、1974年にエチオピアはアワシュ川沿いの渓谷で発見されたのだが、当時の宿営地ではこの曲が繰り返しテープレコーダーから流れていたのだそうだ。
二足歩行した最古の類人猿”ルーシー”。樹上生活をしていた類人猿が地上に降り、後に道具を作り出し大きな脳を持つ種へと進化していく分岐点。

さて、本題。
「僕」が迷子になったときに、セイウチから聴かされたルーシーの話。
セイウチもけっこうテキトーだし、「僕」もけっこうテキトーだから、話自体がけっこうテキトーなのだけど。『不思議の国のアリス』よろしく、井戸の中に落ちたルーシーが辿り着いたのは異世界で、どうにかして元の世界へ帰ろうとすると、それにはダイアモンドが必要だと教えられるのだけど……
時折、暴走し著者が我に返って自虐的になる部分が挟まれたりして、今自分が誰の何の話を読んでいるのかよくわからなくなりながらも、ルーシーや「僕」といっしょに迷子になった感じを共有できているような気もして。
モチーフとしては、ダイアモンドはもちろんのこと、万華鏡とかマシュマロパイとかルーシーがいなくなってしまうだとか、ビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」の中に出てくるものが散りばめられている。この曲は、頭文字がLSDなわけで、ドラッグと関連しているとも言われているのだけど、万華鏡というモチーフは、それっぽいなと思う。ただ、この本はサイケデリックな匂いはせず、ファンタジックなお話。
だいぶ『不思議の国のアリス』めいた話ではあるのだけれど、凝った装丁も手伝ってか、なかなかに楽しんだ1冊。

最近思うのだけれど、それがリアルな世界を描いているかファンタジーかということは関係なく、フィクションとわかっていながらも物語の中に引き込まれてしまう作品というのが、やはり面白い。見え透いていたり、少々強引だったりする設定も、結局は物語に引き込まれるか否かで楽しめるかどうかが決まってしまうんだ。
「くだらない」とけなすのは簡単だけれど、せっかく読み始めたならばとことん乗せられてやろうじゃないのという姿勢で読むことにしている。
そうすると、自分が気になって手にとった本ならば、大抵は楽しむことができるというわけで。

関係ないけど、「クリストファー・ロイド」と言われたら、やっぱり『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドク役の方を思い浮かべてしまう。『137億年の物語』の著者は、もちろん別人。
ここ数日、たまたま、ネット上でデロリアンをネタにした動画を連続で見かけて、ダンナさんからデロリアンの車体が塗装していないステンレスだと教えられる。なるほど納得。あの独特の質感はそういうことだったのか、と。
新たに作られるデロリアンは、中身が電気自動車だそうだけど、それはそれで面白いのかも。
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2014年03月15日

2014年3月9日からの地震メモ

2014年3月9日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2014年3月9日6時7分頃   茨城県沖   M3.9 深さ約40km 最大震度2
2014年3月12日5時4分頃  千葉県北西部 M4.4 深さ約90km 最大震度3 (当地 震度1)
2014年3月12日16時35分頃 群馬県南部  M2.5 深さ約10km 最大震度1
2014年3月13日18時24分頃 千葉県北西部 M3.2 深さ約80km 最大震度1
2014年3月13日22時46分頃 茨城県北部  M3.5 深さ約80km 最大震度1
2014年3月14日11時11分頃 茨城県北部  M3.4 深さ約60km 最大震度1
2014年3月14日17時29分頃 神奈川県東部 M2.6 深さ約40km 最大震度1
2014年3月14日21時34分頃 八丈島近海  M2.0 ごく浅い  最大震度1
2014年3月14日23時54分頃 栃木県北部  M2.9 深さ約10km 最大震度1
2014年3月15日8時35分頃  茨城県北部  M3.4 深さ約10km 最大震度2

今回は、気になったので1周間ぶりの記録です。
関東近辺の揺れが戻ってきました。少し規模の大きいものが発生してもおかしくない勢いです。


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下の1回のみ。
2014年3月14日2時6分頃 伊予灘 M6.2 深さ約80km 最大震度5強

想定外の場所にきましたね。
伊予灘では小さな地震はそれなりに発生しているものの、この規模の地震は珍しい場所。しかし、深い場所でまだよかったです。
時間帯も夜中でしたし、ついに南海トラフが動いたかと驚かれた方も多かったのではと想像します。
震度5の範囲が広かったですし、怪我をなさった方もいらして、建物の外壁が壊れたり、崖崩れがあったりと被害も少なくなく、お見舞い申し上げます。
しかし、ある意味それだけで済んでよかったとも言えます。これを契機に、備えや心構えをしていなかった方がこれに気づき、備えができたらいいなと願うばかりです。
そういえば、昨年2013年の夏、珍しく四国が猛暑だったことを思い出しました。
13日、瀬戸内海では獲れないマダラが獲れたそうです。日本海沿岸の冷水域に生息していて、南端は山口県沿岸。関門海峡から瀬戸内海に紛れ込んだのではないかとのことですが。
四国では、今回の地震の前後にどす黒い雲があったという話があり、3.11を思い出します。あのときも、強い風が吹いていて、揺れている最中に急にどす黒い雲が湧いてきたのを覚えています。

12日、横須賀でダイオウイカが獲れたとのこと。少し小ぶりですが、横須賀市東部漁協のブログに載っていました。こちらのブログによると、マリンパーク(おそらく油壺)が確認して持ち帰ったとのことです。
日本海側で深海魚が獲れるというニュースは続いていましたが、ついに太平洋側でもですか。
以前も書きましたが、漁師さんたちは以前からダイオウイカなど深海魚が揚がることがあっても、その場で捨ててしまうことが多いため、ニュースにならなかったという見方があります。
ニュースの頻度と、実際に深海魚が揚がる頻度と、どのような関係なのかが知りたいところです。
しかし、上記の瀬戸内海のマダラのように、今までありえなかったことが起きているのはどうやら確かなようで、それが単に海水の温度変化によるものなのか、気になります。


まったく関係のない話なのですが、先日、灯油&ガソリンを買おうとガソリンスタンドに行ったところ、平日の夜にもかかわらずガソリンスタンドが混雑していて入れませんでした。
車の列は歩道まで飛び出していて、車道で待つわけにもいかないので、他のガソリンスタンドに回ったのですが、あれは一体何だったのか。他のスタンドは並ばずに入れましたが、普段よりはやはり少し車が多かったかも。
混雑していたスタンドは、ガソリンの値段が他より2円/Lほど安かったのですが、いくら安いといっても、平日の夜にあれだけ並ぶのは見たことがありません。
3.11直後のガソリン不足のときの混乱を思い出して、少し不安な気持ちになりました。
確か10日の夜だったので、3.11関連のニュースが多く報道されて、ガソリンを給油しておこうと思った人が集中したとか?急に寒さがぶり返したから灯油を買うついでにガソリンも給油しようとしたうちみたいな家が多かった?でも、灯油を買ってる人はガソリンに比べると極端に少なかったしな。
備えておくことは悪いことではないのですが。
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2014年03月13日

ここじゃない感

あの3.11から3年……
テレビでは、東日本大震災関連の様々な番組が流れています。
私ごときが語れることは何もないのですが、いまだに避難生活を余儀なくされている方々の話を聴いていて思い出したことがありました。

もうかなり前のことになりますが、一時期、義母と同居していたことがあります。
義父が亡くなり、広い家に義母が一人となったため、我々夫婦が住んでいたアパートを引き払い、義母と同居することになったのです。1階に義母の部屋があり、我々夫婦は2階の部屋へ。トイレだけは2つありましたが、玄関・台所・お風呂などはすべて共用でした。
結果的に、数年で義母の方が耐えられなくなり、同居は解消となりました。
我々夫婦と義母とは生活のリズムや価値観が合わず、それが義母には多大なる負担になったようです。

同居していたとき、私が感じ続けていたことは、「ここは私の家ではない」という感覚でした。
終わってから振り返ってみると、これが意外と心の深い所で膿んでいたと思います。
そこで暮らしていた間ずっと、間借りしているような感覚は消えず、自分の家だという感覚が持てないまま、いつも「帰りたくない」と思いながら家に帰っていたことを思い出します。
義母とは合わず、嫌味なことを言われたりもしましたが、嫁姑とはそんなものだろうと思っていたので、さほど気にしていないつもりでした。義母にしてみれば、気に入らないことだらけだったのでしょう。私は気が利かず、できた人間というわけではないので、無理もないことです。もちろん、私なりに気を遣ったつもりでしたが、そんなことでカバーできるようなことではなかったのでしょう。
私はフランクに義母と仲良くなろうとしたのですが、そのこと自体が失敗で、義母は自分をとても敬ってほしいと考えていたようで、こうした一つ一つの感覚がみなズレていました。
そういった嫁姑関係のことよりも、「ここは私の場所ではない」という感覚がとても強く、それがストレスだったのを覚えています。
私の精神状態は表面的にはダメージがないようでしたが、振り返ってみると、「なんであんな言動をとったのだろう」と思うようなことがたくさんあります。自分が自分でなかったのです。
そうなった原因を自分なりに分析すると、どうもあの「ここじゃない感」に行き当たるような気がするのです。

同居を解消し、義母は1人で小さな家に移り、暮らしています。
今、私はダンナさんと2人で賃貸暮らしですが、それでもあのときの精神状態とは比べ物にならないくらい気持ちが安定しています。

あらためて、避難生活をされている方たちの話を聴いていると、あの「ここじゃない感」を思い出すのです。
きっと、いつまでもあの「ここじゃない感」にさらされていると、精神がヤラレます。
決断できる状況でないのも理解できるのですが、できるだけ早く新しい住まいに移り、地に足の着いた生活を始められることを祈るばかりです。

あの「ここじゃない感」はどこからくる感覚なのだろうかと考えてみるのですが、動物としての帰巣本能やテリトリーのような感覚がヒトの中にもあるのかもしれません。
義母と同居していたとき、家は義母のテリトリーであり、私のテリトリーではなかったのです。
旅行のように一時的とわかっていれば、いずれは家に帰ることができるので安心ですし、単身赴任で本来の家を離れて長期で暮らすときには、一時的に赴任先を住まいだと認識するのでしょうか。
もちろん、感じ方には個人差もあるでしょう。頻繁に引っ越しをしなければならないような環境で育てば、慣れも生じるのでしょうか。私は生まれてから、引っ越しは小学校に入る直前の一度だけ。その後、結婚して家を出るまで実家暮らしでしたから、そんな育ちも影響しているのでしょうか。
別に家への所有欲があるわけではないのです。どちらかというと、できればもう不動産は手にしたくありません。仮に、義母と住んでいた家に我々夫婦2人だけで住むようになったとしても、あの「ここじゃない感」は簡単には消えなかったと思います。もし、消えるとすれば、自分なりにカスタマイズして納得のいく形になったときにそう感じるかもしれませんが、ひどく時間がかかりそうです。
「ここが自分の家」だと覚悟できないならば、いっそ「ここは仮の住まいでいつか出て行く」と思い込んだならば、気持ちが楽だったのかもとも思います。
今の賃貸暮らしが永遠に続くわけじゃないのはわかっていても、今はしっかり「自分の家」に住んでいる感覚なのですよねぇ。自分でもよくわかりません(笑)
考えてみれば、実家に時折帰っても、自分の家ではない感覚で落ち着かないのですよね。実家は、母のテリトリー。やはり、自分の好きなようにカスタマイズされているかどうかというのが、自分にとっては重要なのかな。大した問題じゃないようにも思えるけど。

ちなみに、離れてくらしている今、義母との関係はまずまず良好を保っています。
もし、義母の身体に何らかの問題が生じたときは、精一杯お世話をする覚悟もあります。
今は、できるだけ長く健康で今の暮らしを楽しんでほしいと思うばかりです。
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2014年03月08日

2014年2月23日からの地震メモ

2014年2月23日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2014年2月23日2時57分頃  茨城県北部  M2.6 深さ約10km  最大震度1
2014年2月25日17時31分頃 千葉県北西部 M3.1 深さ約80km  最大震度1
2014年2月25日19時54分頃 茨城県沖   M3.9 深さ約40km  最大震度2
2014年2月26日1時28分頃  千葉県東方沖 M2.9 深さ約20km  最大震度1
2014年2月26日8時45分頃  茨城県沖   M3.2 深さ約50km  最大震度1
2014年2月26日10時8分頃  茨城県南部  M2.9 深さ約50km  最大震度1
2014年2月28日16時44分頃 栃木県北部  M3.9 深さ約130km 最大震度1
2014年3月1日5時22分頃  茨城県南部  M3.6 深さ約50km  最大震度2
2014年3月1日7時40分頃  茨城県沖   M3.7 深さ約10km  最大震度1
2014年3月3日16時12分頃  茨城県北部  M3.3 深さ約50km  最大震度1
2014年3月6日14時53分頃  茨城県沖   M4.1 深さ約40km  最大震度2
2014年3月6日18時36分頃  神奈川県東部 M2.1 深さ約20km  最大震度1
2014年3月8日3時34分頃  千葉県東方沖 M4.5 深さ約60km  最大震度2
2014年3月8日6時34分頃  千葉県東方沖 M3.1 深さ約60km  最大震度1

少し頻度が増えてきて、感覚的には通常くらいに戻った感じでしょうか。


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下の通り。
2014年2月23日13時54分頃 北海道東方沖  M5.4 深さ約10km  最大震度2
2014年3月3日5時11分頃  沖縄本島北西沖 M6.6 深さ約120km 最大震度4
2014年3月3日11時27分頃  沖縄本島近海  M5.0 深さ約60km  最大震度3

北と南で揺れてます。
こういうときはこれから震源が段々中央に寄ってくることがあるように思います。


日本海では、相変わらず深海魚があがったというニュースが続いてます。
今まで、あがっても漁師さんが捨てていたとか、単にニュースにならなかったとか、だったのかもしれません。
それにしても多い。さすがに、マスコミがニュースとして取り上げているからというだけではなさそうです。
地域的に偏りがあるのも不思議。みんな日本海ですね。しかもなんだか新潟から島根へと徐々に南下しているような。
これはどういうことを示しているのでしょうか。
ついつい日本海の深海で何か異常な事態になっていると想像してしまいます。
日本海の沖合では例年より海水温が1〜2度低い状態が続いているそうですが、沿岸の漁場では海水温も例年と変わらないとのことで、つまり原因がわからない。
ただし、今までいろいろな宏観現象と呼ばれるものを見てきて思うのは、人間の感覚としての距離感について。
どうも異常な現象が起きたその場所に目が行きがちだけれど、観測される現象が、数百km離れた場所で発生する地震と関係していないとは決めつけられないということ。
地球規模で見た方がよいというのはいつも思います。世界で起きる地球上の現象は、関連しあっているのです。例えば、遠く離れた中国大陸から、日本にまでPM2.5が流れてきていると考えられるわけですよね。
空気の流れでさえそうなら、深海を含む海流や海水温の異常は、どこにどう影響が出るのかわかりません。表面的な現象が起きている真下で異常現象が起きているとは限らないということです。
だから、日本海で異常が観測されたとして、それが直接日本海震源の巨大地震の前兆と決めつけてはいけないと思います。
もしかしたら、太平洋側で起きている異常が大元の原因なのかもしれないのですから。
posted by nbm at 10:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月05日

「あうあうあ」と「なんじゃそりゃ〜!」

久々に本の記事をば。

まず、穂村弘『蚊がいる』から。
穂村弘は好きな歌人で、エッセイもいくつか読んだことがある。でも、しばらくご無沙汰していた。
角田光代との対談『異性』を読んで以来かな。(→過去記事主電源スイッチオン!
『蚊がいる』は蚊取り線香風の表紙絵が強烈で、なかなか良い装丁。ちなみに、横尾忠則によるもの。なるほど納得。
中身は、いつものことながら自意識過剰とも言える穂村さんの心の内側が多く書かれているのだけど、つくづく取り越し苦労をする人だと思う。ここまで日常的な未来予測を後ろ向きに捉えていると、生きづらいだろうな、と。もちろん、自分も共感する部分があるからこそこの方が綴る文章を好んで読むのだけど、穂村さんほど重症ではない。
とにかく、「怖い」「恐ろしい」という言葉が並ぶ。ひとつひとつは本当に些細な日常の出来事なのだけれど、その度に「どうしよう」と悩みすくんでしまう様には苦笑してしまう。食べていたサンドイッチに蝿がとまったら……街頭で配られるティッシュを受けとりたくないけどどうしよう……
例えば、トイレのドア。トイレのドアをノックするのが恥ずかしくて、そっとドアを開けてみると、「がっ」と鍵がかかっていることがある。そうなると、ノックもせずにドアを開けようとした自分が入っていた人に責められるのではないかと「こわい」と思う。そんな心配をするなら、最初からノックすればいいのに(笑)
大学で山岳部に所属して山を登っていた時、靴ずれしているのに川を渡ると言われ、破傷風になりやしないかと不安に思いながらも先輩に何も言えない。入院時の点滴に空気が入っているのを発見して、看護師さんに訴えたいのに何も言えない。
これは山登りの先輩や看護婦さんといった他人とのコミュニケーション能力の問題というわけではない、と思う。例えば、私は確信を持って半袖を着ることができない。今日の天気が半袖に相応しいか、それとも長袖でいいか、わからないのだ。わかるとかわからないとかじゃなくて、自分がどうしたいかでしょう、と云われる。その通り。これは他人には関係のない自分だけの問題。でも、それがよくわからないのです。

続けて、焼肉屋でいっしょに食事をした女性が、かつてレバーの刺し身を食べてその寄生虫のせいで目が悪くなった経験がありながら、それでも好きだからレバーの刺し身を食べると言って食べたことを挙げて
自分の好きなもの、やりたいことがはっきりわかっていて、それを信じて運命に挑めるんだ。そして、酷い目にあっても懲りない。格好いいなあ。

何につけても、自分がどう行動してよいか確信が持てずに「あうあうあ」となってしまう穂村さんの悩みどころが面白い。でも、これが穂村さんが歌人たる所以なのだ。この繊細さ、思い悩む性質が、はっとさせられる歌を詠むことに間違いなくつながっているのだと思う。

先日亡くなった詩人のまど・みちおさんが、人が存在しているその場所には、他のものは存在できないというようなことを言っていた。自分という確固たる存在を思い切り肯定する力強い言葉だと思った。「我思う故に我あり」を可視化したというか、物質化したというか。
で、穂村さんはその続きのようなことを言っていた。
一つの体に一つの運命。それは生きることの出発点というか、基本中の基本である。でも、あたまではわかっても何故か腑に落ちない。そんな私は極端に甘えた感覚の持ち主なのだろう。そのせいで、いつまでも腹を括ることができず、ふわふわした気持ちで生き続けている。自分の運命を自分だけのものとして、しっかりとみつめることができないまま。

それでも、そこに考えが至るということがすごいことだと思う。
正直すぎるようにも思える穂村さんの独白は、やっぱり魅力的。


お次は、さくら剛『感じる科学』
難しげな相対性理論や量子論などのポイントを、思い切り噛み砕いてわかりやすく説明してくれる。「なんじゃそりゃ〜!」な1冊。特に目新しいことはありませんが。
一番最初に説明してくれているのは、光の性質なのだけれど、ここまで噛み砕いて説明してもらって始めて、考え至ったことがある。
それは、幽霊目撃談について。人のように見えたり、白いヒトガタに見えたり、黒い影に見えたりということが語られるけれども、「見える」ことが「なんらかの物体に光が反射する(または光を吸収する)」ことであるならば、そこには「なんらかの物体」が存在しなければならないわけで。
可能性の大きさから考えれば、やはりそれは脳内でつくりだされた錯覚であると考えるのが妥当。
でなければ、そこには光を反射したり吸収したりするような物質が存在しなければならないことになる。では、その物質とは一体何なのか。
自分1人で見たモノは錯覚と片付けることもできるけれど、複数で同時に見たこともあるし、複数で同時に違う形で体験したコトもあるので、錯覚だけでは説明できない。複数というと集団ヒステリーではないかと言われることがあるが、そんな精神状態でもなかったし、脈絡もなかった。
例えば、白い影を見たときは、友人と2人で見た。10m程先で椅子に座る動作をしたのが見えた。白く見えたということは、光を反射していたことになるけれど、そこにそんな動きをするヒトガタの常識的な範囲で考えられる物質は存在しない。
もう30年以上も前の話だが、車で帰宅していた兄2人が、同時に人影を見て声をあげ、運転していた長男は急ブレーキを踏んだ。長男は右側に割烹着を着た女性が立っていたと言い、助手席の次男は左側に割烹着を着た女性が座っていたという。降りて確認するも人はいない。
こういったことがどういうことなのか、誰か早く科学的に納得のいく説明をしてほしいと常々思っている。

さて、先ほどの話とは矛盾するようなことなのだけれど、量子論で「重ね合わせ」についての説明がされている。
存在する確率があるすべての位置において、ひとつの電子が重ね合わさっている。
(中略)
重ね合わせといったら重ね合わせなのです。

で、
観測者が見ようとした瞬間に確定した姿になります。

「だるまさんがころんだ」ですね。納得できなくても理解ができなくても、重ね合わさっているんだから仕方ない。そして、観測者が確定するわけだ。
この重ね合わせの量子論を拡大解釈すれば、1人の人間の行動は、本来はいくつもの形があって、その瞬間瞬間に決定されているということになる。
空間の上では人一人分しかならないはずなのに、可能性としてはいろんな可能性を秘めた複数の自分が重なって存在していて、瞬間ごとに決定されているということになる。
選択肢があってある程度の道筋が決まってしまっているようでいて、それでも自由に選択して前に進んでいるのだということ。
もしかしたら、「多世界解釈」のように分岐が増えていっているのかもしれないけど。それを認識することはできない。
いつもながら量子論に触れると不思議な気持ちになる。自分が思っているほど、世界は確定的でないことに気付かされるから。
多少、空回り感はあるものの、好感が持てる文章だったので、さくら剛本職の紀行ものも読んでみようかなと思った。

ということで、今回は軽めの2冊。
posted by nbm at 15:57| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする