2015年06月29日

ありがとう

しばらく前から、義姉2人と食事でもしようという話が持ち上がっていた。
そうして先週末、義姉2人と3人でランチを楽しんできた。

暴言を吐く身勝手な母にブチ切れて、私が母との関係を絶ってから、もう2年になる。
その間、使い物にならない兄たちの尻を叩きつつ、2人の義姉たちが様々に母の世話を焼いてくれている。
とはいえ、母はサービス付き高齢者向け賃貸住宅に放り込んであるので、基本的にはそこの施設長さんを中心にスタッフの方々にお世話になっているわけで、たまに食事に連れ出したり、自宅に連れていったり、買い物に付き合ってくれたりしているだけだが。兄達はさておき、義姉2人には本当に感謝している。
父が倒れてから1週間で、母が自分の不注意で大怪我をして入院。ちなみに、父は倒れてから2ヶ月足らずで亡くなったが、両親がほぼ同時に入院するという事態に見舞われた。死の淵にいる父と、別の病院に入院した母との世話で、兄弟たちと走り回ったものだ。
今の母はゆっくりなら歩けるし日常生活はなんとか自立できるものの、常にフラフラの状態で、脊髄を損傷しているので派手に転んだりすれば今度こそ寝たきりになる可能性が大きく、段差の多い自宅で一人暮らしするのは無理があるし、自宅は買い物等も不便なため、日常的に見守りをしてくれる施設に入ってもらうのが最善と考えた。
家族で様々な施設を見学に行き決めた所は、本当によくしてくださって助かっている。日常的な買い物や病院通いなどはスタッフが付き添って行ってくださるし、細かいことでも気になることは逐一報告してくれるようだ。それでも、父が遺してくれた年金でなんとか賄える。
母には、高額の無駄遣いをする悪いクセがあり、それで全財産を失ってきた。それを防ぐためにも管理されている施設に入ってもらってよかったのだが、テレビショッピングなどでまだ高額の化粧品などをよく購入しているようで、そういったものが届くと家族に教えてくれる。買ったものは使うわけではなく、溜めこんでいくだけだ。認知症はなく、精神的な病気ともギリギリ診断されない厄介な状態。
ただ、散々カモにされてきた詐欺集団とは連絡を絶てているので、散財するとしても月に数万単位で済んでくれている。それも惜しいと普通は考えるのだろうが、うまい儲け話に乗せられて100万円単位でホイホイと詐欺集団に渡してしまっていた今までのことを考えれば、それくらいで済んでくれるのならありがたい。
そのクセ、変なところは異常にケチる。例えば、自宅に茗荷が生えているはずだから取ってこいと言って聞かない。放置された庭には、すでに茗荷は生えてこないのだが、近くのスーパーで買えばいくらでもないものをどうしても「自宅から取ってこい」と聞かない。取ってくる方の労力はおかまいなし。まぁ、取りに行ってもないのだけれど。そんなことばかりだ。

良かれと思って食事に連れ出せば、周囲に聞こえるような大声で何度も「まずい!」と料理をけなすとか。
終始こんな感じであるのに、実の娘が投げ出した母を、義姉たちが辛抱強く面倒をみてくれていることには感謝しかない。
私とて、ただ投げ出したわけではない。それまでの間は、献身的にできることは何でもやった。認知症を発症した父の税理士業務を肩代わりし、他の先生に引き継ぐまでをやり遂げた。母は、収入が絶たれることを嫌がり、最後まで仕事を辞めることに抵抗した。父はもう書類1枚書けなかった状態だったのに。
母が家族に隠れて何度も投資詐欺にひっかかり高額の被害を被ったが、発覚する度に弁護士等に相談したりしてお金を取り戻したこともある。
投げ出したといっても、事務的なことや母が新しい生活を始めるためのお膳立ては私がすべてやっておいたので、義姉たちには「特にやることがない」と言われている。
あまりにもやり過ぎて、その上で暴言を吐かれるので、私はちょっと母の話をするだけで動悸がするようになってしまい、精神的に疲弊してしまった。うつ病になりかけていたと思う。
それで、自分の身を守るために母から離れることにしたのだ。
おかげで、動悸も徐々に減り、今はほとんどなくなった。精神的にも健康を取り戻したと思う。

義姉たちは、「お母さんのことは任せて!」と言ってくれている。
申し訳ないという気持ちもありつつ、まだその言葉に甘えさせてもらおうと思っている。

母は、心臓が良くないようで、何度か病院に救急搬送されているのだそうだ。毎度、大したことはないようで入院もせずに帰ってくるそうだが。
そんな話を聞いても、私の心は全く動かない。「へぇ」くらいなものである。
もちろん、産み育ててもらったことに感謝はしているのだけれど、今の母に会いたくもないという気持ちはいかんともしがたい。
少なくとも絶縁前の10年ほどは、母にずっと苦しめられてきたので。
それを少しでも知る義姉たちは、そんな私の反応も当然だと納得している。
私の苦悩をそばで見てきたうちのダンナさんなんかに言わせれば、それ以上に当たり前だと感じているようだ。

最近、家にある紙ごみを整理しようと、一部データ化したりしているのだが、参考にと家計簿を読み返すと、母に献身的に尽くしていた自分が思い出されてきて、かすかに動悸がする。
母になんとか経済観念を持ってもらおうと、レシートを貼るだけの簡単な家計簿を買ってみたり、お金のことばかりに執着しないで趣味を持ってもらおうと俳句の本を買ってみたり。すべてが徒労に終わるのだけれど。
何度も実家に通って仕事を手伝い徹夜までしてみたり、弁護士や消費生活センターに何度も相談に行ってみたり。
心を砕いて頑張ったなぁ。

母親との関係が良好な人には、とても理解していただけないとは思うのだが、世の中には私のように家族に悩まされている人も多いのだと思う。
『家族という病』という本が、最近話題になっているようなのだけれど、読んでみたいような、読みたくもないような。

義姉たちに久しぶりに会って、楽しくランチをし、たくさん笑った。
血もつながっていないのに、おかしなものだなと思うのだけれど、色々とあった中で、今はこの義姉たちを信頼している。
会ったときに、何度も口に出して伝えたけれど、本当にありがとう。
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2015年06月26日

アーバン・エクスプロレーション

今日は、『世界の廃墟』(監修・解説 佐藤健寿)について。
世界の名だたる廃墟を収めた写真集。
戦災によるもの、エネルギー開発と産業によるもの、都市と経済の栄枯盛衰によるもの、自然災害によるもの……廃墟と成り果てた理由は様々だが、人間の愚かな側面を突き付けられているようで興味深い。
この記事のタイトルに挙げた「アーバン・エクスプロレーション」は、「都市探検」と訳される。
日本ではここ数年、廃墟ブームが続いているような気がするが、実は世界でも流行っていて、「Urbex」とか言っちゃったりしてSNSが乱立しているとのことで、立入禁止でともすれば逮捕されかねないような世界の廃墟を探検する上での裏情報がおおっぴらに交換されているらしい。
佐藤健寿さんのネットでのインタビューを読んだところ、「遺跡」の意味も含む英語の「Ruin」と日本語の「廃墟」では意味合いが微妙に違うそうで。「Haikyo」という単語が使われだしているのだそうだ。
日本では、廃墟にさえ侘び寂びを感じ取るような向きがある。その辺が「Ruin」とは違うようなのだ。

さて、世界各国の26の廃墟が紹介されているこの写真集。
やはり、表紙にも使われている「ブルガリア共産党ホール」は圧巻である。UFOのような外観も内部から観たドームも建築物として美しい。この建物が建つバズルージャという土地は、14世紀の昔から国の運命を左右する戦乱の舞台となった地域らしく、1981年に共産党が社会主義を称えるべく、この地にモニュメントを建設したが、それからわずか7年で共産党政権が崩壊し廃墟に。

個人的に一番印象的だったのは、イギリスのテムズ川河口付近に建つ「レッド・サンズ要塞」。
第二次世界大戦中、敵国ドイツの爆撃機を撃墜するために作られた海上トーチカ。対空機関砲を備えた海上哨戒塔が6つと監視塔。『スターウォーズ』に出てくる4本脚のメカ(AT-AT)みたいに見える。
戦後、放置されていたこの要塞は、海賊ラジオ放送の拠点となったそうで、果ては独立国騒ぎにまで発展。見た目だけでなく、エピソードも面白い。

ゲーム『サイレント・ヒル』のモデルとなったアメリカ・ペンシルヴェニア州のセントラリア。炭鉱の町で起きた地下火災は50年経っても沈下する気配を見せずに燃え続けている。
エネルギー産業と自然災害との合わせ技で廃墟となった町。ホラー・ゲームの元ネタになるには十分にドラマチック。

第二次大戦中のフランスで一夜にして人間が消えた村オラドゥール=シュル=グラヌ。
レジスタンスの巣窟との噂から、ナチスが村人650人ほどを教会に閉じ込めて機銃掃射し、火を放ったという。村人ほぼ全員が殺害されたため、一夜にして廃墟と化したという。
こういった村がそのまま遺っているということに驚く。
モニュメント的に遺してあるのか、起きた出来事のあまりのおぞましさに人々が近づかないのか。

この写真集とは別に、つい先日知ったことだが、フランスには「ゾーン・ルージュ」(英語で言えばレッド・ゾーン)と呼ばれる立入禁止区域があるという。
第一次世界大戦後、数多くの不発弾の処理や戦争の犠牲となった方の遺体の回収がし切れずに放置されているというが、その広さは100平方キロメートルほど。パリ市の面積に匹敵するとか。
不発弾は爆薬だけでなく、化学兵器もあったらしく、それらの毒素や鉛などが土地や水に溶け今も高濃度で残存しているため、農地や人の住む場所に戻すことは難しいらしく、700年かかるとも不可能とも言われているそうだ。
ベルギーとの国境に近い地域に、こういった広大な危険地帯が残っていて、徐々に安全を確保しつつ農地として開放されたりしているらしいが、残った不発弾が爆発して危険な目に遭う農民もいるのだとか。
第一次世界大戦から100年も経とうかという今の時代に、こんなほぼ手付かずの負の遺産が残っているとは知らなかった。他に調べていないが、何もフランスに限ったことではないかもしれないな。
南太平洋の島々での遺骨収集のボランティアに参加している知り合いがいる。考えてみれば、第二次世界大戦の後始末も滞っていて、いまだに細々と行われているわけだしな。
日本国内だって、工事で掘り返したら不発弾が出てきて自衛隊が処理したなんて話を時折聞くわけだから、こうした戦後処理は半永久的に終わらないのだろうな。

話は写真集に戻って。
新しいところでは、アメリカ・ミシガン州デトロイトの高級住宅街ブラッシュ・パーク。
2013年、自治体としては史上最大の負債を残して破綻したデトロイト。
かつては自動車産業で栄えたこの町も、80年代に日本車が台頭しはじめたことで主要メーカーの売上が激減。町は壊滅的な経済的被害を被った。人口は半減し、犯罪が急増。高級住宅街だったこの街は、エミネムが象徴するように白人貧困層の街となってしまった。
ちなみに、エミネム主演の映画『8Mile』(2002年)の「8Mile」とは、貧困地区と高級住宅街を隔てる道路の名前だそうだ。
今現在も、世界中で着々と廃墟は作られているわけだ。

先日、放送大学で見かけた番組で、佐渡金山の近代産業遺産が紹介されていた。
両親共にこの金山付近の出身であるため、幼少の頃から何度かこの地を訪ねてはいるものの、残念ながらこの近代産業遺産群は観に行ったことがない。最後に行ったのは、大学生の頃だったが、そういった遺産群のことは当時は知らなかった。今、この地を訪ねたならば、絶対に観に行くのだけれど。
件の番組では、博物館学みたいなことをやっていて、つまり、日本でもこれだけ観るべき近代産業遺産が集約されて遺っている場所は珍しいということで紹介されているようだった。

ちなみに、この7月から、テレビ東京で『廃墟の休日』という深夜番組が始まるそうで。
「ドキュメンタリー×ドラマ」だそうだけど、ちょっと楽しみにしている。
テレビ東京は、こういうニッチなことをやってくれるから侮れない。

こういった写真集を見るにつけ、世界には本当にまだまだ知らないものがたくさんあると痛感する。
廃墟となったエピソードを聞くにつけ、植物が芽を出してから生長して花を咲かせ、やがて枯れるまでを早回しで見せられているような気がする。
生きとし生けるものも、人間が生み出した人工物も、生まれては朽ちて消えていくのだな。そして、今この瞬間も、地球上のあらゆるところであらゆるものがその過程の只中にあるわけだ。自分も然り。地球も然り。他の星星も然り。
壮大だなぁ。
posted by nbm at 11:51| Comment(6) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月20日

2015年6月5日からの地震メモ

2015年6月5日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2015年6月5日 19時36分頃 東京都23区 M3.0 深さ約50km 最大震度1
2015年6月6日 6時27分頃 千葉県東方沖 M3.0 深さ約20km 最大震度1
2015年6月6日 16時28分頃 八丈島近海 M4.6 深さ約10km 最大震度1
2015年6月8日 1時14分頃 茨城県沖 M3.4 深さ約40km 最大震度1
2015年6月9日 5時44分頃 茨城県南部 M4.7 深さ約50km 最大震度4 (当地 震度1)
2015年6月10日 8時7分頃 新島・神津島近海 M3.0 深さ約10km 最大震度1
2015年6月10日 19時25分頃 千葉県東方沖 M4.3 深さ約60km 最大震度2
2015年6月10日 20時24分頃 千葉県東方沖 M3.3 深さ約60km 最大震度1
2015年6月11日 5時10分頃 茨城県沖 M3.9 深さ約10km 最大震度1
2015年6月11日 13時54分頃 新島・神津島近海 M3.4 ごく浅い 最大震度2
2015年6月15日 7時22分頃 小笠原諸島西方沖 M5.4 深さ約380km 最大震度1
2015年6月17日 4時57分頃 千葉県東方沖 M3.7 深さ約60km 最大震度1
2015年6月17日 9時56分頃 茨城県北部 M2.9 深さ約10km 最大震度1
2015年6月18日 8時39分頃 東京湾 M3.5 深さ約80km 最大震度1
2015年6月19日 14時47分頃 茨城県沖 M3.2 深さ約30km 最大震度1
2015年6月19日 17時9分頃 父島近海 M5.3 深さ約10km 最大震度1


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2015年6月4日 4時34分頃 釧路地方中南部 M5.0 ごく浅い 最大震度5弱
2015年6月8日 15時1分頃 青森県東方沖 M5.5 深さ約70km 最大震度4
2015年6月9日 5時44分頃 茨城県南部 M4.7 深さ約50km 最大震度4 (当地 震度1)
2015年6月10日 17時32分頃 三陸沖 M5.6 深さ約10km 最大震度2
2015年6月11日 13時45分頃 三陸沖 M5.8 深さ約10km 最大震度2
2015年6月11日 13時51分頃 三陸沖 M5.7 深さ約10km 最大震度3
2015年6月11日 13時56分頃 三陸沖 M5.4 深さ約10km 最大震度2


各地の火山の活動も依然として活発。
ふと、どなたか地震学者さんが喩え話をしていたのを思い出す。
お鍋でお湯を沸かすとき、気泡がどこに現れるかは予測できないが、地震や火山活動も同じようなものだという話。
なんだか、巨大な火で地下から炙られているような感覚。
つまりは、どこが揺れる(噴火する)かはわからないが、「湧いている」状態になっているように思える。

ちょっと気になった情報といえば、昨日19日、瀬戸内海でイルカの大群が目撃されたというもの。
松山市の観光港と興居島の間の海域で50頭ほど。この地域では極めて珍しいとのこと。
ハセイルカという種ではないかとのことで、普段は外洋にいるため、瀬戸内海には入ってこないが、エサを追いかけているうちに迷い込んだのではないかという解釈も。
クジラ・イルカの異常行動やストランディングが報告されるときは、外洋で何か起こっていることが考えられるので、海洋性の地震が心配。陸地から震源地が遠ければ、さほどの震度にならずに済むものの、津波が発生すると厄介。
もちろん、クジラ・イルカの異常行動が起きたら、必ず大きな地震が起きるというわけではないが、どうも何かが起きることが多い。ただの偶然というには頻度が高いので、注意するに越したことはないと思う。

もうひとつ。面白いことを聴いたのでメモ。
いわゆる地震雲や大気イオンまたは電離層の異常など空に観られる地震の前兆現象について研究している方たちのことをあるテレビ番組で取り上げていた。
面白いと思ったのは、岩盤が破壊されて大気中に放出されたイオンが水蒸気の核となって雲を作るというメカニズム。
以前から、環天頂アークや彩雲などの光学現象が観測されると、その直後に大きめの地震が起きることが多いということが気になっていた。また、空気中に水蒸気が多いとき、つまり湿度が高いときに大きめの地震が起こりやすいとも感じていた。こうした研究が進めば、特徴的な雲や光学現象と地震発生との関係性について科学的に説明がつくかもしれない。
posted by nbm at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月15日

毎日のこと

歯科医をしている友人の所に治療に通っているダンナさんだが、先週末、シールド部分が割れたヘルメットを抱えて帰ってきた。
「落っこちちゃった」
だそうである。
スクーターを運転中、顎のストラップが外れてしまい、風圧で脱げてコロコロと転がっていってしまったそうだ。
仕方なく拾って被り直したというが、歩道にいたおばあちゃんがびっくりしていたそうな(笑)
このアクシデントがあったのは行き掛けだったので、そこから先と帰り道は割れたヘルメットを被ってというか頭に載せて走行していたらしい。ストラップがダメになってしまったからね。
ずいぶんと年季が入ってしまったので、そろそろ新しいのに買い換えたいと新しいヘルメットを物色していた矢先のことだった。
通勤などの足としてスクーターを使っているので、スクーターを毎日使う以上、ヘルメットも毎日使っていることになる。お休みの日も、乗らない日の方が少ない。
ちなみに、100ccクラスのスクーターなので、車と同等のスピードが出る(出せる)し、二人乗りもできる。私を後ろに乗せて出かけることもしばしば。

そのヘルメットを何年使っていたかは定かではないが、長いこと使っていたことは確か。
毎日長いこと使っていれば、劣化するのも当たり前だなと思う。
今は、予備を使用しながら、新しいものを探している。

そして、昨日の日曜日の夜。
夕飯を作ろうとしていたら、キッチンスケールのデジタル窓に「Lo」と表示される。
電池が消耗してきたこと(ロー・バッテリー)を知らせるメッセージなのだが、電池を換えてからまだそんなに経っていない。
「ついに本体がダメになったか……」
とつぶやくと、即座にダンナさんが裏ぶたを開けて、接点を磨き、調整してくれた。
本当にロー・バッテリーなわけではなく、接点の接触が悪いようだ。
うちではおなじみの「ピカール」(金属磨き)で錆び付いていた接点を磨いてみたが、それだけでは直らず。接点の角度を曲げてみたけれど、それでも時折「Lo」表示が出てしまう。完全には復旧しないようだ。
これも、しばらく前から買い換えないといけないなと思っていたものだ。お店ではかりの売り場を通る度に、どんなのがあるかなとチェックしていた。
気をつけていたつもりだったが、水場で使うために内部に水が入ってしまうことが度々あったようで、知らぬ間に内部が錆びていた。電池交換のときにそれに気づいていたものの、動作には問題がなかったので、「そのうち買い換えよう」と使い続けていたわけだ。
こいつもついにおシャカか。

うちでは、栄養バランスやカロリーを計算した食事を3食作るようになってからもう10年になる。
目分量だと微妙に増えていってしまったりするので、材料や調味料は必ず量って使うようにしている。
調理する度に野菜や肉・魚をそれぞれ量り、お茶碗に盛るごはんの量や麺類の重さを量るわけだ。大体の重さは経験から予測がつくようになったが、それでも量る。
記憶がさだかではないが、キッチンスケールは一度買い替えたような気がする。もしかしたら、10年使っているかも。
これだけ毎日使っていれば、そりゃあ劣化もするわけだ。
外出したりして3食とも外で食べるなんてことがない限り(実際ないけど)、毎日3食作る度に使っていたのだから。

毎日必ず使うものってなんだろうと考えてみた。
まず、PC2台は必ず使う。
携帯電話。うちは夫婦ともにガラケー使いなので、SNS関係では使用しない。通話やメールも毎日しないし、インターネットはPCを利用するが、目覚まし時計代わりにしているので、結果的に毎日使っている。
家電製品だと、まずはテレビ。アニメの視聴には欠かせない。
それから電子オーブンレンジ。これも毎食の調理に使う。加熱・再加熱はもちろん、解凍や野菜の下茹で、オーブン機能もたまに。たとえば、一昨日はスペアリブを焼いた。
布団は当たり前だけれど、季節によって使うものが違うな。一方で、椅子は毎日使う。うちはリビングダイニングなので、食事もくつろぐ場所も一緒だ。夫婦揃って3食ここで食べ、膨大な量のアニメもここで観る。ということで、椅子の劣化もはげしく、買い替えを検討しているところ。L字型の巨大な強化ガラス製PCデスクに大型の事務椅子をおいているので、「事務所のよう」だとよく言われる。
ちなみに、ガラステーブルなので、食器を置くのにランチョンマットやコースターが欠かせない。これも毎日使うものだ。近年は、ランチョンマットには細い樹脂で編まれているタイプを使っている。布のようにシミになることもなく、汚れたら食器といっしょにスポンジでゴシゴシ洗えるのがいい。
そういえば、食事内容を計算するのに、ノートを使っている。無印良品のドット方眼のノートが書きやすい。1ページ1日分として朝昼夜とメニューと使う食材、その重さとカロリー、メニューごとのカロリー、1食分のカロリーと記入していく。塩分を書き入れたり、たんぱく質の量を調整したり、1日に摂取する野菜のg数を確認したりしながら書き入れ、栄養やカロリーのバランスを考えて、なるべく1日のうちに調整するようにしている。
書き入れる際に使うのはボールペン。歳を取ると濃い字の方が見やすい。愛用しているのは、ゼブラのジムノック。本体も何本もあるが、インクのレフィルを購入して中身を入れ換えて使っている。
そして、計算に使う電卓。そういえば、この電卓も最近、ボタン電池を入れ換えたばかりだ。もう20年近く使っていることになるが、電池を入替えたのは初めてかも。小さなソーラーパネルがついているのだが、バッテリーは完全にソーラー頼りというわけではなく、内部にボタン電池が入っていた。最近、液晶の文字が薄くなり見えにくいのでネットで調べたところ、内部のボタン電池を交換すればよいことを知った。ドライバーを使い裏から開けてボタン電池を交換してみたら、液晶の文字も濃く復活。実は、後から取り扱い説明書を発見したのだが、自分で勝手に開けてはダメで、販売店などに持ち込むようにと注意書きがあった(笑)
食器や調理器具なども毎日使うが、毎日同じものを必ず使うというほどでもない。包丁とまな板、食器洗いのスポンジや水切りカゴは毎日使うな。でも、消耗品が多い。
あとは、電動歯ブラシとかドライヤーとか洗面器など、お風呂場や洗面所で使う細々したものたち。化粧水やクリームなども少しは使うけど、長年安定して使っているものはない。電動歯ブラシは、ソニッケアーを愛用していて、3代目だ。
寝つくまでやるパズルに使うのは、蛍光ペンと消しゴム付きシャープペン。シャープペンについては、今は、PILOTのcoletoを使っている。2色用ボディにシャープペンと消しゴムのレフィルを使用。ワンタッチで2つが切り替えられる。お絵かきロジックパズルは、数字をヒントにマスを塗りつぶしていくと絵が完成するものなのだが、鉛筆で塗ると時間がかかる上に手が汚れる。カラーペンなどだと色が強すぎて裏写りするので、蛍光ペンを使用。ペン先の幅もマスにピッタリ。中身の減りが見えるのがよくて、無印良品の蛍光ペンを愛用。塗らないことが確定するマスはシャープペンで斜線を引く。消しゴムで間違ったときにすぐ消せる。
このパズルをやるときや本を読むのに、枕元のスタンドを点けるのもほぼ毎日のことだな。横で寝るダンナさんに光が届かないように、抱き枕でブロックして影を作ったりして(笑)

思いつくまま書き出してみたが、我ながらこだわりが強いなと。
最初に購入するときにああでもないこうでもないと検討するのが常だけど、本当に気にいるものに出会うまでは試行錯誤の連続。この歳になって、ようやく使うものが落ち着いてきたというのもある。
使い勝手は人それぞれだから、私がよかったからといって、他の人が良いと思うかは別問題だし。
毎日使うといっても、消耗品も多い。
新たな商品が開発されて、新しいものに移っていくということもある。

あらためて身の回りを見回してみると、なんとモノの多いことか。
ここしばらくは紙ゴミと格闘している。長年放置してきた紙の山に着手。
ケガをしてから溜まっていたレシート類を整理して家計簿を付ける。レシート類は、いつも月ごとに整理してあるので、そう大変でもないが、如何せん、溜めてしまった。
その他の雑多な山については、まずは分類をすることから始めた。
手紙類、公的な書類、思い出のもの、写真、各種取り扱い説明書、ポイントカード関係、などなど。
分類がほぼ終了したので、これからファイリングに入る。
完全にゴミと判断できるものを捨て、そのまま捨てるべきでないものはシュレッダーはさみでチョキチョキ。
ダンナさんに聞かないとわからないものはダンナさんに確認してもらってから処分。
今日は、会葬礼状をデータ化して処分するのと、PC関係とギター関係の取り扱い説明書のファイリングをする予定。
まだなんとなく取っておきたいものについては、分類の上古い順に整理しておく。そこまでやっておけば、あとは気が向いた時に古いものから順に束ごと捨てればいい。
これらが済んだら、年賀状を古いものから処分していこうと思っている。
本当は電動のシュレッダーが欲しいところだけれど、時間をかければシュレッダーはさみでもできないことはない。ほとんどの紙ゴミを処分してしまえば、あとはその都度少量を処分すればいいことだし。
しかし、モノを減らすことは本当に難しい。

ちょっとしたものがダメになることが偶々かさなったので、書いてみた。
整理整頓については、なんだかやるべきことが多すぎて逆にやる気をそがれていたが、書き出してみると落ち着いて見渡せる。
さて、やりますか。
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2015年06月10日

よっ!久しぶり!

今日は、無駄な内容。

先日、高校時代の友人たちと会ってきた。
ここ数年、毎年このぐらいの時期に集合している。
私以外はみんな子持ちなので、それまではみな子育てに忙しく、家庭に集中していたのかもしれない。
高校2年生のとき、同じクラスで仲良くしていた8人だったのだが、一人を除き、首都圏に住んでいるので、こうして集まることができる。遠く北海道にいるKちゃん、ごめんね。みんなで楽しんで。
同年代が集まれば、語り合うことは決まっているのだが、受験や事件など子どもたちの話、親世代の世話の話、自分たちの健康の話、それに時折思い出話が挟まる。大体そんなものだ。
話すことが決まっていても、たまに集まれば気の合う友達同士で遠慮無く話せる。
離婚や大病など大変なことを乗り越えてきたコもいる。まぁ、人生いろんなことがあるけど、また来年もみんなで集まって、くだらないおしゃべりをしようね。

私達の集まりとは別に、昨年高校の同窓会が開かれたことをきっかけに、いろんな単位でミニ同窓会のようなものが頻発しているらしい。主催者側に連絡先を教えていないうちには誘いはないのだけれど(笑)
上記の友人のうち一人が、そんなことをきっかけにある男子から執拗なLINE攻撃を受けていて、辟易している。あわよくば付き合えないかなみたいな下心が見え見えで気色悪い。聞けば、ちゃんと妻子がいるという。
最初は少単位の同窓会を開きたいから協力してほしいという内容だったそうだが、次第に関係のない話が混ざるようになり、好意をほのめかすまでになったという。どうやら最初の協力要請はきっかけ作りだったようだ。彼女自身もすでに無視しているらしいのだが、すんなり引き下がってくれればよいのだけど。高校時代から男子に人気のあった彼女なので、ここぞとばかりにアプローチしているつもりなんだろう。
この男、高校時代は私の天敵だった男だ。なにかにつけて衝突していた。あちらも私を嫌っていただろうが、私もこの男が嫌いだった。大学受験の際、担任が私に推薦の話を持ってきたことがある。某大学の文学部だったのだが、私はどうしても社会学がやりたかったので文学部への推薦はお断りした。私が断ったその某大学の文学部に進んだのがこの男だ。心の中で、「やーい、お下がりもらってやんの」と思ったほど、この男が嫌いだった。私もその後、一般受験である大学の社会学科にたまたま受かったからよかったんだけど(苦笑)
卑屈なくせにコンプレックスの裏返しで前に出てくるようなタイプで、こちらを攻撃してくるので、本当に癇に障った。卒業後、一切接点は無いが、こんなところで名前を聞くとは思わなんだ。

世間では、同窓会をきっかけに交際に発展するケースは少なくないとは聞くけれど、本気でそんな風に思っているヤツがいるんだなと驚く。
たぶん、女性側の参加者は、そんなことを考えている人は少ないと思う。男性の方が夢見がちなのかも。

我々が出た高校は、校内で付き合うカップルが非常に多くて、周囲から「アベック校」と揶揄されていたほど。アベック……時代が……(笑)
カップルで登下校する姿はよく見られたし、同級生同士の結婚も多い。
うちもそうだし。例えば、今回の仲良し8人の中で高校の同級生同士で結婚したのが2組。ほかにも何組も知っている。1クラスにつき少なくとも1組は結婚しているのではないかな。
ただし、うちはほぼ卒業してから付き合い始めたようなもので、校内や登下校でイチャイチャしていたわけではない。
在学中は、私もダンナさんも他校に彼氏・彼女がいたので。
というわけで、3年間のうち2年間を同じクラスで過ごした我々夫婦は、毎日が同窓会みたいなものだし、いまだに日常的に付き合いのある高校時代からの友人も多く、仲良しのコたちには別個に会っているしで、取り立てて接点のなかった人に会いに同窓会に参加する意味が見出だせないでいる。

思い起こせば、中学時代、やれクラス委員だ部長だと、中心に据えられることが多く、責任を押し付けられてとても大変だったし、女の子同士のイザコザを収拾したりしながら嫌な思いをしてきた。人前に出るのは嫌いだし、リーダー的な立ち位置もやりたくないのに、やらざるを得ない雰囲気になってしまい、嫌々引き受けてきた。
高校に入ったら、絶対に目立たなくなろうと目論見、まんまと空気に溶け込んで、瑣末なことに煩わしい思いをすることなく、高校生活を楽しむことができた。
たぶん、クラスがいっしょになったことのない人からしたら、私は存在を認識されていないと思う。同窓会に出席して話したとしても、「あんた誰?」って感じだったろう。

同級生といえば、ダンナさんも今、面白い体験をしている。
放置していた虫歯がひどいことになり、仕舞いには、膿が溜まって腫れだしてしまったダンナさん。
以前通っていた歯科医に急遽診てもらおうと思ったのだが、どういうわけか電話がつながらず。
歯医者だけは、評判も知らないようなところに飛び込みで行く気にはなれないものだ。
ネット上の口コミなどをあてに探してみるのだけど、どうも信用ならない。
そこでダンナさんは、小学校時代の友人で歯科医をしているMくんに連絡してみようと思い立った。
中学校から私立に進んでしまったMくんとは小学校卒業以来音信不通だったし、ダンナさんは地元から引っ越してしまったので会うこともなかったのだが、ここ数年になって近所の大型スーパーで偶然に出会うようになった。お互いおっさんになっているのに双方ともにひと目でわかったという。そんなとき、「歯のことで何かあったら診てあげるよ」と言ってくれていた。
連絡してみると、その日のうちに診てくれるということになり、行ってみた。
かなりひどい状態だったらしいのだが、膿を出すのに切開する際、麻酔はしない方がいいという。麻酔薬で押されて膿が奥まで広がってしまうことがあるからだそうだ。というわけで、麻酔なしで切開し、膿を絞り出す。で、しばらく放置してまた絞りだすこと数回。こうした方がよく出るとのことで。聞くだけで怖ろしい……でも、不思議と傷はすぐに塞がってしまい、後から出血するようなことはなかった。
結果的に、すごく時間をかけて丁寧に診てくれた。それから土日をまたぐことになったので、万が一のために休日診療してくれる場所を教えてくれたり、個人の連絡先を教えてくれて何かあったら夜中でもいいから電話してと言ってくれたり、親身になってくれてありがたい限り。
当初は痛みも強く、腫れもすごくて高熱を出し、まるでひまわりの種を頬袋に詰めたハムスターみたいになっていたダンナさんだったが、鎮痛剤と抗生剤のおかげで徐々におさまり、今はほとんど腫れも引いた。
そこでの処置で対応しきれないようだったら、口腔外科を紹介すると言われていたのだけど、どうにかそれは免れそうだ。
その後、虫歯の本格的な治療が始まったのだけど、うちのダンナさんは超人的に歯が硬くて、削るのに時間がかかるらしい。1回の治療で1時間削りっぱなしみたいなことに。
普通の歯医者だったら、一人の患者さんにそんなに時間をかけてくれないだろうから、本当にありがたい。
とりあえず、ひどい虫歯が何本かあるらしいので、それを治療してもらおうと通い始めた。
治療の合間にいろんな話をしていると、小学校卒業以来会っていなかったことが嘘のようで、会わなかった間の時間を感じないとダンナさんが言っていた。
密に遊んでいたのは、ほんの数年だったはずなんだけどね、と。

古くからの住宅街で先代から受け継いだ歯科医院は、高齢の患者さんを診ることがほとんどで、最新の治療や珍しい症例に触れることがないため、以前の職場に時折勉強に行っているのだそうだ。
近所の高齢者が自転車で通ってくるのに怪我がないように見守ったり、小学校で検診したり、地域に密着してきちんと歯科医療に携わっている彼の様子を聞いていたら、とても頼もしく思えてきた。
遠慮がない分、言うべきことはビシッと言ってくれるし。本当にありがたい。
行きがかり上、Mくんのところに通うことになったのだけれど、今回はそれでよかったと思う。

あらためて、友達っていいなと思った出来事だった。
Mくんには迷惑かけてるけど……(苦笑)
posted by nbm at 11:59| Comment(7) | TrackBack(0) | どうでもいいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月04日

2015年5月27日からの地震メモ

2015年5月27日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2015年5月27日 10時5分頃 千葉県東方沖 M3.2 深さ約30km 最大震度1
2015年5月27日 10時57分頃 茨城県沖 M3.7 深さ約40km 最大震度2
2015年5月28日 2時58分頃 父島近海 M4.6 深さ約30km 最大震度1
2015年5月29日 7時13分頃 千葉県東方沖 M4.7 深さ約30km 最大震度2
2015年5月29日 16時5分頃 茨城県沖 M3.2 深さ約30km 最大震度1
2015年5月30日 1時6分頃 茨城県南部 M4.8 深さ約50km 最大震度4 (当地 震度2)
2015年5月30日 15時43分頃 栃木県北部 M2.9 深さ約10km 最大震度1
2015年5月30日 20時8分頃 茨城県北部 M3.0 深さ約10km 最大震度1
2015年5月30日 20時23分頃 小笠原諸島西方沖 M8.5 深さ約590km 最大震度5強 (当地 震度3)
2015年5月30日 21時56分頃 茨城県北部 M2.9 深さ約10km 最大震度1
2015年5月31日 2時22分頃 硫黄島近海 M5.6 深さ約70km 最大震度1
2015年5月31日 3時49分頃 鳥島近海 M6.3 深さ約70km 最大震度1
2015年5月31日 16時53分頃 茨城県南部 M3.0 深さ約50km 最大震度1
2015年6月2日 17時50分頃 父島近海 M4.0 深さ約70km 最大震度1
2015年6月3日 1時41分頃 東京都多摩東部 M3.6 深さ約100km 最大震度1
2015年6月3日 6時4分頃 父島近海 M6.0 深さ約590km 最大震度1
2015年6月3日 7時1分頃 茨城県沖 M4.1 深さ約10km 最大震度1

2週間分ほどになることが多いこの地震メモですが、今回は9日分。それにしては、有感地震が多い印象。
やはり気になるのは、5月30日の小笠原諸島西方沖(M8.1)。
上記は速報値なので、後からマグニチュードが訂正されたようです。ちなみに、深さは682kmで、1990年以降で世界最深とのこと。
異常震域のお手本のような揺れ方で、気象庁が1885年に地震観測を始めて以来、初めて47都道府県すべてで震度1以上を観測したという記録的な地震になりました。
このとき、都下のスーパーで買い物中だったのですが、ダンナさんが最初に「揺れてない?」と気付き、周囲のお客さんたちも気付きはじめて、ざわざわと。ダンナさんは、最初、自分がめまいを起こしたのかと思ったと言ってました。そばにいた女の子と「揺れてるよね?」とか言葉を交わしつつ、しばらく立ち尽くしてました。その後、スーパーでは、「只今、地震が発生しました」というアナウンスが流れ、店員に安全確認など注意を促すよう続きました。が、アナウンス内で震源地や震度などの報告はありませんでした。
ゆっくり大きく揺れていました。頭上に吊り下げられたプレートなどがゆっさゆっさと揺れていましたね。
あの大きな振幅の揺れは、東日本大震災のときの揺れに似ていました。遠い海洋性の地震だなと想像していました。
緊急地震速報は流れなかったので、きっとこの辺は大きく揺れる地域ではなかったのだなと思っていたのですが、深発で異常震域なら警報も出せませんね。
ひとつ興味深いことは、直前に、東京湾でシャチの群れが目撃されていたこと。
25日、千葉県富津市の金谷港西方約6キロの海上で発見され、それから数日の間、5頭ほどの群れが同じ海域で目撃されたという話。日本近海では、北海道など北の湖に生息しているとされるシャチだけれど、小笠原諸島あたりでも珍しいけれどいないことはないらしい。シャチはその生態によって4種に分けられるといい、中には比較的暖かい海域に生息するものもいるということだけれど、今回東京湾に迷い込んだシャチがどのグループに属するものなのか、確認していただきたいところ。
イルカやクジラが迷い込むというような話はよく聞きますが、シャチと聞いて耳を疑いました。さすがにこれは海の中で何か起きているのではと心配していたところ、この地震が発生したというわけで。
深発地震では、なぜか余震があまり起きないというのが定説になっているのですが、直接の余震とはいえずとも、硫黄島近海(M5.6)・鳥島近海(M6.3)・父島近海(M4.0・M6.0)と、周囲で比較的規模の大きな地震が続いています。


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2015年5月30日 1時6分頃 茨城県南部 M4.8 深さ約50km 最大震度4 (当地 震度2)
2015年5月30日 20時23分頃 小笠原諸島西方沖 M8.5 深さ約590km 最大震度5強 (当地 震度3)
2015年5月31日 2時22分頃 硫黄島近海 M5.6 深さ約70km 最大震度1
2015年5月31日 3時49分頃 鳥島近海 M6.3 深さ約70km 最大震度1
2015年6月3日 6時4分頃 父島近海 M6.0 深さ約590km 最大震度1
2015年6月4日 4時34分頃 釧路地方中南部 M5.0 ごく浅い 最大震度5弱


なんかまだ、大きなものが隠れているような気がしてなりません。
今日も、環水平アークもしくは彩雲のようなものが各地で目撃されているようです。
湿度の高かった一昨日の夜あたりは怪しげだったのに何も起きず。その翌日の昨日は雨が降ってしまったため(大きい地震はなぜか低気圧のときには起きないことが多い)、低気圧通過後の今日あたりが一層怪しげなのですが、何もないのが一番。
posted by nbm at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする