2016年05月23日

植物学者の庭

さて、庭園訪問連続第2弾は、練馬区立牧野記念庭園。
ここも近場なのに行ったことがなくて、バイクでお散歩がてら行ってみた。

世界的な植物学者で「日本の植物学の父」と呼ばれた牧野富太郎博士が、晩年を過ごした邸宅が練馬区大泉にあった。
関東大震災を機に、貴重な植物や種子などの標本や書籍などを火災等から守りたいという思いで、都心から郊外へと移り住んだということらしい。
その邸宅を東京都が買い上げ、現在は練馬区が管理して庭園と記念館になっている。
平成20年に、開園50周年を迎えた庭園は改修が施され、平成22年に新たに開園された。国の登録記念物。

300種以上の草木が植栽されているらしいのだが、これまた、ろくに花の咲いていない時期に行ったため、庭園としての面白みはなかったものの、記念館に展示してある資料や、そのままそっくり保存してある邸宅の一部などは興味深い。

常設展示室では、牧野富太郎が高知県で生を受けてから東京大学に進み、その後の植物採集や研究を進めていく経緯を紹介しつつ、資料や愛用品が展示されている。
採集セット.jpg
精密な植物画を多く残している博士は、イギリス製のウィンザー・ニュートンの絵の具を使っていたということだけど、印刷すると思ったような色が出ないと色を付けないで描く事が多かったとか。
ここでは、植物画の展示は少なかったので、まとまっったものを観てみたいと思った。

ちょうど今年は大泉に転居して90周年とのことで、企画展示室では「日々に庭の草花看るたのし 〜家族に支えられた歳月〜」が展示中。
はしばしから、どうも研究一筋で家族は振り回されていた感じが伝わってくるのだけれど。
膨大な標本を作成したり管理したりするのは、奥様や娘さんたちの仕事だったよう。
ただ、ご本人は採集・研究が楽しかったんだろうね。
破顔.jpg
足にゲートルを巻いているけれど、秋田で採集中に撮られた写真らしかった。
この笑顔が、フィールドワークを楽しんでいたことを物語っていると思った。

94歳で死去するまで、この大泉の邸宅で研究に没頭していたということで、その邸宅の一部は、まるまる建屋の中に保存されている。
保存方法.jpg
家をまるごと保存しているわけだ。
ここが不思議な空間で。
部屋の中を窺っていると、牧野博士がそこで書物を紐解いたり、標本を眺めたりしている様子が透けて見えるようだった。時間が遡っているような感じ。
さわさわと木々を揺する風の音が心地よく、何時間でも時間を忘れて研究に没頭していられる空間だったのだろうなと実感した。

庭園とはいえ、すごく雑然としていて、いわゆる日本庭園のようなものでもなく、植物園でもなく、本当に観察したい若しくは保存したい種を所狭しと植えているという感じで、そこが植物学者の庭として個性的で面白い。
それでも、また違う季節に来てみたいなと思わせる場所だった。

おまけ。
彩湖の夕日.jpg
大泉を後にして、帰るのかと思いきや、ダンナさんはズンズンとバイクを走らせる。
一体どこへ?
と思っていたら、着いたのはココだった。走っていたのは、おそらく30分ほど。
さて、どこでしょう?
ここは彩湖。荒川の貯水池。
近所のこども達がよく「かまきり公園に行ってきた」と言うので、どこかと教えてもらったところ、彩湖公園であることが判明。
話の種に行ってみようということで。行ってみると、道理で、大きなカマキリ型の遊具が出迎えてくれた。
写真には写っていないのだが、「あれは富士山?それとも雲?」と思った影があった。
富士山にしては、あまりにも大きいような気がしたのだが、どうやら富士山だったよう。
後から調べたら、「関東の富士見百景」になっているような場所の付近らしい。
私は、彩湖自体の存在を知らず。隣の秋ヶ瀬公園は昔から親しんできたけれど、こんなデカい貯水池が作られていたとは知らなんだ。
広い公園内はゆっくりと散策する時間がなかったので、また機会を改めてウォーキングにでも来ようということに。

他にも、バイクに乗り始めたばかりの甥っ子と鎌北湖周辺にツーリングに行ったりとか、坂戸市のビオトープや冠水橋に行ったりだとか、近場ばかりをウロウロしているのだけど、ビッグスクーターは乗り心地がよくて、長時間乗っても疲れないところが気に入っております。
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2016年05月21日

天下に後れて楽しむ

はぁ。やっと一息……
4月からは仕事が忙しく、ようやく一段落。

先日の脱線事故ではモロに影響を受け、他社路線やバスを駆使して事なきを得ましたが、非常に疲れました。
昼からの出勤なので、事故車両のすぐ後の電車に乗ってました。
最初は、「車両故障で点検中」というアナウンスだったけど、なんだか簡単に動きそうにないなと思い、早々に他の路線を使った迂回ルートに進んだものの、結局は遅刻。いつも30分ほど余裕を持って行ってるんですけどね。
たまたま履きなれない靴を履いていた日で、あまり歩きたくなかったのに、歩く破目に。
しかし、万が一の迂回ルートを考えていたので、役立ちましたわ。
帰りは、別の迂回ルートで帰宅。動き出しが早かったのが幸いし、混雑し始めたバスにもギリギリ乗れて助かりました。池袋では、下り方面行きのバス停にはすでに長蛇の列。
帰りはダンナさんに迎えに来てもらうということも頭を過ぎったのだけど、下り方面はすでに渋滞していたし、バイクで来てもらっても今日はスカートだし、着替えを持ってきてもらうのも面倒だしなと。
冒険するつもりで帰ることに。
結果、レッドラッキートレインに乗れました(笑)
以前に、どこかの踏切で見かけて、「なんだ?あの車両は?」と思って調べたところ、京急とのコラボで誕生した車両だということで。いつもは黄色い電車が走っているのに(乗り入れ等で違う色の車両もあるけど)不思議な感じ。

そんなこんなで、ネタは溜まっているのですが、何から書こうか……
では、簡単に庭園2連発と行きましょうか。

ダンナさんが秋葉原でちょっとした買い物がしたいけど、すぐ済むから、ついでにどこかに遊びに行こうかというので、いまだに行ったことがない小石川後楽園に行ってみたいと思って、行ってみた。
後楽園近辺にはバイク駐輪場が無さ気なので、秋葉原にバイクを停めて、総武線で飯田橋へ。
帰りは水道橋方面に出て、歩いて秋葉原に戻ったけど。
西門から水道橋側へ塀沿いを歩くと、お花が咲き乱れる遊歩道が整備されていて気持ち良い。途中、小さな展示室があり、少々後楽園に関する歴史的な展示があったりもする。
水道橋駅を過ぎて外堀通りを歩き始めると、「元町公園」が!それを横目に見ながら、反対側の歩道を歩いていて簡単に横断できなかったので、またの機会にしようと通り過ぎてしまった。ちょっと残念。

さて、小石川後楽園。
端正なお庭のバックには、そそり立つ文京シビックセンターに東京ドームの白い屋根、それに時折聞こえる後楽園ゆうえんち(現在は「東京ドームシティアトラクションズ」というらしい)のジェットコースターからの絶叫。なんとも不思議な空間。
小石川後楽園.jpg
誰が何のために造ったとか、まったく知らなかったのだが、水戸黄門様が中国様式を取り入れて造った庭園なんだな。
たまたま、行った直後にEテレの『知恵泉』で水戸光圀のことを取り上げていて、後楽園についても触れられていたのを見かけた。なぜに中国様式の庭を造ったのか、経緯が説明されていた。その辺のことについては後ほど。
そんなに広い空間ではないものの、けっこう見どころあり。
ただ、木造の建築物は関東大震災や戦災でほとんど焼失してしまっているのが残念。
そう、ここは東京のど真ん中なのだから。

戦時中は、この地が東京工廠だったとのこと。石碑があったし、私は見つけられなかったが、当時の面影が残っている部分もあるらしい。東京の土地は遡って行くと戦時にぶちあたる。
また、小石川後楽園の周りを取り囲んでいる塀(西門付近)には、江戸城の外堀に使われていた石が再利用されている。「打ち込みハギ」という江戸時代初期の石積みを再現しているのだそうだ。小石川後楽園が造られたのも江戸時代初期だから、庭園と塀との時代を同期させているらしい。
石垣山印.jpg
石を切り出した地の大名の名前の刻印が残っていて、例えば「山」という文字が刻まれているのは、備中成羽領主山崎家の印。

なんだかんだとじっくりと観てまわった。ヨーロッパ系の外国人観光客が多かったな。
ほんの思いつきで行ったため、花がほとんど咲いていない時期だったし、滝は改修工事中だった。池に張り出したカエデの類の枝ぶりが良くて、紅葉の時期は綺麗だろうなと想像できる。
逆さ絵.jpg
これは、逆さ絵。なぜか撮った写真の多くがこんな風に上下反転コピーのようになっていた。
撮影はダンナさん。

庭園内の東京ドーム側を歩いているときに、ドームに人の行列ができているのを見て、「今日はナイターでもあるのかな?」と話していたら、その声が聞こえたのか行列している人に睨まれた。
帰りに水道橋駅から続々と歩いてくる人たちとすれ違う。みんなロゴ入りのTシャツを着ている。誰かのコンサートなのかと、よく見るとそれは奈々様のものだった。
ちょうど、水樹奈々のドームでのコンサートの日だったらしい。
行列から私を睨んだ人は、「おまえは今日が奈々様のコンサートだとも知らんのか!」と言いたかったのだろう。ごめんね、知らなくて。でも、私も声優オタクの端くれだから、奈々様のことは尊敬しているよ。

「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」
范仲淹(はんちゅうえん)の「岳陽楼記」の一節。
儒学者であった朱舜水に大きく影響を受けて中国式庭園を造った水戸光圀が、そこに「後楽園」と名づけた元となった一節。
国を統べる者としての、基本的な心構えなのでしょう。
身近にありながら、一度も足を踏み入れたことのなかった不思議空間。
なかなか興味深いものだった。
posted by nbm at 15:15| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月15日

2016年4月17日からの地震メモ

2016年4月17日からの地震メモです。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2016年4月17日 20時34分頃 千葉県北西部 M3.8 深さ約80km 最大震度2
2016年4月18日 12時46分頃 茨城県北部 M3.9 深さ約10km 最大震度2
2016年4月19日 19時5分頃 千葉県北東部 M4.3 深さ約50km 最大震度2
2016年4月20日 2時42分頃 茨城県南部 M2.6 深さ約40km 最大震度1
2016年4月20日 5時53分頃 茨城県沖 M3.9 深さ約90km 最大震度2
2016年4月22日 7時59分頃 千葉県東方沖 M4.1 深さ約10km 最大震度3
2016年4月24日 8時18分頃 茨城県沖 M3.3 深さ約20km 最大震度1
2016年4月26日 11時31分頃 千葉県東方沖 M3.3 深さ約60km 最大震度1
2016年4月27日 15時45分頃 新島・神津島近海 M2.7 深さ約10km 最大震度1
2016年4月27日 23時30分頃 千葉県東方沖 M3.8 深さ約20km 最大震度1
2016年4月28日 22時57分頃 茨城県沖 M3.8 深さ約50km 最大震度2
2016年5月2日 13時46分頃 茨城県沖 M3.8 深さ約50km 最大震度2
2016年5月3日 10時7分頃 茨城県沖 M2.4 深さ約10km 最大震度1
2016年5月3日 13時56分頃 茨城県北部 M3.0 深さ約10km 最大震度1
2016年5月5日 8時51分頃 茨城県南部 M3.7 深さ約40km 最大震度2
2016年5月7日 6時37分頃 栃木県南部 M3.3 深さ約10km 最大震度2
2016年5月11日 14時59分頃 茨城県沖 M4.2 深さ約30km 最大震度1
2016年5月13日 17時33分頃 茨城県北部 M3.2 深さ約50km 最大震度1


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。(熊本・大分震源を除く)
2016年4月20日 21時19分頃 福島県沖 M5.6 深さ約40km 最大震度3
2016年4月24日 22時27分頃 トカラ列島近海 M4.2 深さ約10km 最大震度4
2016年4月27日 0時1分頃 宮城県沖 M5.0 深さ約50km 最大震度3
2016年4月28日 15時30分頃 有明海 M4.7 深さ約10km 最大震度4
2016年5月3日 9時0分頃 北海道東方沖 M5.7 深さ約70km 最大震度3
2016年5月7日 14時42分頃 薩摩半島西方沖 M5.3 深さ約20km 最大震度2

先月14日からこれまでの熊本県震源の地震。
余震は数多くありますが、震度4以上を挙げてみます。
震度4   85回
震度5弱   5回
震度5強   3回
震度6弱   3回
震度6強   2回
震度7    2回
大分県震源も
震度4    6回
震度5弱   1回
震度5強   1回
となっております。


主な海外の地震です。
2016年4月17日 8時59分頃 エクアドル沿岸 M7.7
2016年4月29日 4時33分頃 バヌアツ諸島 M7.3

今回は、メモのみ。
posted by nbm at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする