2016年06月23日

2016年5月16日からの地震メモ

2016年5月16日からの地震メモです。
今回は、5週間分くらいになってしまいました。

千葉・茨城を中心に近県の有感地震は以下のとおり。
2016年5月16日 12時11分頃 茨城県北部 M3.7 深さ約60km 最大震度2
2016年5月16日 21時23分頃 茨城県南部 M5.5 深さ約40km 最大震度5弱 (当地 震度3)
2016年5月17日 6時55分頃 茨城県南部 M4.0 深さ約40km 最大震度3
2016年5月17日 6時57分頃 茨城県南部 M4.3 深さ約50km 最大震度3 (当地 震度1)
2016年5月19日 4時15分頃 千葉県東方沖 M3.4 深さ約60km 最大震度1
2016年5月19日 7時0分頃 茨城県沖 M3.4 深さ約50km 最大震度1
2016年5月21日 22時6分頃 茨城県沖 M3.4 深さ約50km 最大震度1
2016年5月22日 4時40分頃 茨城県沖 M3.6 深さ約40km 最大震度1
2016年5月23日 23時17分頃 茨城県沖 M4.1 深さ約60km 最大震度3
2016年5月24日 1時42分頃 千葉県北西部 M4.2 深さ約70km 最大震度2 (当地 震度1)
2016年5月25日 20時47分頃 茨城県沖 M3.6 深さ約40km 最大震度1
2016年5月26日 16時16分頃 神奈川県西部 M2.7 深さ約10km 最大震度2
2016年5月26日 17時17分頃 神奈川県西部 M2.0 深さ約10km 最大震度1
2016年5月27日 21時7分頃 千葉県南東沖 M4.1 深さ約50km 最大震度1
2016年5月28日 18時1分頃 三宅島近海 M4.8 深さ約140km 最大震度1
2016年5月28日 18時10分頃 茨城県北部 M4.2 深さ約50km 最大震度2
2016年5月29日 13時21分頃 埼玉県秩父地方 M3.2 深さ約130km 最大震度1
2016年5月30日 21時20分頃 千葉県東方沖 M3.9 深さ約20km 最大震度2
2016年6月1日 4時41分頃 茨城県北部 M2.5 深さ約10km 最大震度1
2016年6月2日 7時34分頃 千葉県北西部 M3.8 深さ約70km 最大震度2
2016年6月2日 18時36分頃 千葉県東方沖 M3.9 深さ約30km 最大震度3
2016年6月2日 22時34分頃 千葉県東方沖 M3.7 深さ約30km 最大震度3
2016年6月3日 0時53分頃 千葉県東方沖 M4.2 深さ約40km 最大震度1
2016年6月3日 16時21分頃 千葉県東方沖 M3.2 深さ約20km 最大震度1
2016年6月5日 23時40分頃 茨城県北部 M3.3 深さ約60km 最大震度1
2016年6月7日 3時15分頃 群馬県南部 M3.5 深さ約10km 最大震度3
2016年6月7日 13時1分頃 茨城県南部 M3.7 深さ約40km 最大震度2
2016年6月9日 0時55分頃 茨城県南部 M3.2 深さ約50km 最大震度1
2016年6月9日 11時25分頃 茨城県南部 M3.3 深さ約60km 最大震度1
2016年6月12日 5時48分頃 千葉県東方沖 M3.3 深さ約60km 最大震度1
2016年6月12日 7時29分頃 千葉県北西部 M3.4 深さ約70km 最大震度1
2016年6月12日 7時54分頃 茨城県南部 M5.0 深さ約40km 最大震度4 (当地 震度2)
2016年6月13日 19時29分頃 茨城県南部 M3.3 深さ約40km 最大震度1
2016年6月14日 12時39分頃 千葉県東方沖 M3.9 深さ約30km 最大震度1
2016年6月14日 22時31分頃 栃木県南部 M2.6 深さ約10km 最大震度1
2016年6月16日 18時35分頃 茨城県南部 M3.6 深さ約40km 最大震度2
2016年6月18日 8時50分頃 茨城県沖 M4.2 深さ約20km 最大震度3
2016年6月18日 21時10分頃 千葉県東方沖 M3.1 深さ約30km 最大震度1
2016年6月19日 16時28分頃 千葉県北西部 M3.4 深さ約80km 最大震度1
2016年6月20日 3時48分頃 茨城県沖 M3.3 深さ約40km 最大震度1
2016年6月21日 9時54分頃 茨城県北部 M3.8 深さ約10km 最大震度2
2016年6月21日 11時22分頃 茨城県北部 M3.2 深さ約10km 最大震度1
2016年6月21日 13時46分頃 父島近海 M4.1 深さ約70km 最大震度1
2016年6月21日 19時21分頃 茨城県南部 M3.5 深さ約40km 最大震度1
2016年6月21日 20時5分頃 茨城県北部 M3.2 深さ約10km 最大震度1

いつも頻繁に揺れている場所とはいえ、千葉県東方沖と茨城県南部が多いような。


この間のM5以上または震度4以上の地震は以下のとおり。
2016年5月14日 4時5分頃 薩摩半島西方沖 M5.0 深さ約10km 最大震度2
2016年5月16日 21時23分頃 茨城県南部 M5.5 深さ約40km 最大震度5弱 (当地 震度3)
2016年5月17日 10時47分頃 硫黄島近海 M5.1 深さ約100km 最大震度1
2016年5月24日 18時48分頃 岩手県沖 M4.3 深さ約50km 最大震度4
2016年5月27日 12時44分頃 奄美大島近海 M5.5 深さ約10km 最大震度2
2016年5月27日 12時46分頃 奄美大島近海 M5.5 深さ約10km 最大震度2
2016年5月31日 14時23分頃 石垣島北西沖 M6.2 深さ約220km 最大震度3
2016年6月12日 7時54分頃 茨城県南部 M5.0 深さ約40km 最大震度4 (当地 震度2)
2016年6月13日 13時21分頃 奄美大島近海 M5.4 深さ約10km 最大震度1
2016年6月13日 13時27分頃 奄美大島近海 M5.2 深さ約10km 最大震度1
2016年6月13日 15時54分頃 熊本県熊本地方 M4.0 ごく浅い 最大震度4
2016年6月15日 0時1分頃 奄美大島近海 M5.3 深さ約10km 最大震度1
2016年6月16日 14時21分頃 内浦湾 M5.3 深さ約10km 最大震度6弱
2016年6月18日 20時46分頃 熊本県熊本地方 M4.5 深さ約10km 最大震度4
2016年6月21日 0時10分頃 内浦湾 M4.0 深さ約10km 最大震度4
2016年6月22日 5時38分頃 熊本県熊本地方 M3.9 深さ約10km 最大震度4

5週間分とはいえ、ちょっと多い。
内浦湾は、年に数回程度しか揺れない場所。
1年ぶりくらいで16日の朝に2回揺れ、14時に本震。
奄美大島近海がM5クラスで何度も揺れているのが嫌な感じ。
南と北がこれだけ揺れて、日本列島自体がねじれているのですから、関東近辺に大きいのが来てもおかしくはないですね。

主な海外の地震です。
2016年5月28日 18時47分頃 南大西洋 M7.3

今回はデータが多いので、メモのみ。
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2016年06月14日

見えざるものを描く

『脳内異界美術誌−幻想と真相のはざま−』 荒俣宏

「怪」という名の妖怪専門誌があるのだが、そこに連載されていたものをまとめた本らしい。内容は、9割が対談形式。荒俣さんと各方面の専門家の方々とが語り合っている。
実は、もっと違う内容を期待していたのだが、これはこれで興味深いものだった。
要するに、「アウトサイダー・アート」とか「アール・ブリュット」とかを生み出す過程で創作者である人間の脳内ではどんなことが起こっているのかというようなことを手がかりに、見えないものをどうやって見えるカタチに表現しているのか、みたいなことをテーマにしている。

正規の芸術教育を受けずに独自に制作され、発表する場もないような芸術を「アウトサイダー・アート」と呼ぶらしいのだが、実際には、精神病院内でのアートセラピー的なことから生まれた芸術を指す場合が多いという。
いろいろと実例を聞いていると、観てみたいと思う。いくらがびっしり描かれたパジャマ、日本語かと思いきや裏から見るとドイツ語のメッセージ、独自の人工言語とか。 
私自身の少ない教養を絞り出してみれば、例えば山下清画伯とか、ヘンリー・ダーガーの絵が浮かぶ。

序文で紹介されている荒俣先生の考えの起点は、お化けを感知する「明暗」を見る目。
原始的な動物は、カメラのような目を持たず、明暗だけを感じる器官を持っていた。その動物的な感覚を持つ人ならば、見えざるものを見えるものへと表現できるのではないかという。
動物的な鋭敏な感覚を持ち、尚且つ、それを具体的に表現する技術を持つ人が描くアートならば、どうなのだろうか。というわけだ。

イギリスの著名な精神病院「ベドラム」では、「雨の日曜日の娯楽」と称して、ロンドン子たちが精神病院を訪れて1ペニーの入場料を払い、精神障害者の奇行を眺めていたとか。1700年代の話。
ここの患者として有名どころとしては、描く猫が病状が進むに連れて変化していったルイス・ウェインとか、ロック・バンドのクイーンが作品に触発されて曲を作ったというリチャード・ダットなんかがいる。ルイス・ウェインの猫の絵の変化は観たことがあった。かわいらしい猫ちゃんが、徐々にサイケデリックな色使いのトゲトゲなクリーチャーに変貌していく。

ちょっと脱線して、ナチスの退廃芸術論を建築家の伊東忠太が日本に報告しているとか、おかしな建築物「二笑亭」で知られる精神科医の式場隆三郎についてとか書かれていたり。
遠野にのみ残る「供養額絵」の話も、興味深いけれど、本筋とはあまり関係ないような。ただ、柳田國男がその「供養額絵」のような事物には興味を示さなかったこととか、「供養額絵」の中の世界では死者は歳を取らないとか、それに関連して遠野には地蔵信仰が無いとかいうことは面白かった。

本筋に戻る。
脳科学からのアプローチとして、茂木健一郎との対談はよかった。
化粧をしたりお面をかぶったりすると、ミラーニューロンの働きで、「化粧した人物」や「仮面が表すもの」に自己を重ねて同一視していくらしい。脳は、化粧やお面で作った他人の顔で自分の顔を書き換えてしまう。
魔物の仮面をかぶったら、それと同調するように自分の中に隠れていた魔物が顕現してくるというようなことが起こっても不思議はないことになる。
スケールエラーの話も面白い。2歳くらいの子供は、スケール感が理解できないらしい。ミニカーに乗り込もうとするように。それは、同じ「車」でも実際の自動車もミニカーもあるわけで、言葉というシンボルと自身の身体性との関係が理解できないのだという。すぐに消えてしまう感覚だということなのだが、こういったことが大人になっても理解できる人がファンタジーを表現できるのではないかと話していた。ルイス・キャロルみたいに。

一番興味深かったのは、幻想的な挿絵を得意とする画家・山田維史さんとの対談。
山田さんは絵の具の成分について研究もされていて、絵の具を科学的に研究することで、画家の画法を解明し、そこから画家の真意を探るということが可能だ、と。例えばゴッホは正気を失っていたとされているけれど、絵の具の使い方を見ると、重ね塗りで酸化しないように丁寧に油を塗っているとか、山田さんに言わせると、晩年を除けば、まったく理性的で計算された画法に見えると。
山田さんは、ご自身の個展で、「なぜ私の悪夢があなたに描けるのか」と問い詰められたこと数度。山田さんは、理論的に幻想的な絵画を描くのが信条だそうなので、それが不特定な誰かの悪夢とリンクしているなどと考えもしなかったらしい。
山田さんはアウトサイダー・アートに詳しく、精神科医ロンブローゾが挙げている精神障害者の描く絵の13の特徴を紹介しているのだが、納得。「稠密性」とか、「無用性」「反復性」「象徴性」「猥雑性」など。
この「無用性」という部分だけは、理解できてしまうのが自分としてもどうなのかと思うのだけれど。こうして、誰が読むともしれない環境に文章を書いて投稿する。書き捨てということでもなく、それなりに労力も時間も使うし、表現にも細かく気を使いながら文章にしても、完成してしまうとどうでもよくなる。同様のことはよくダンナさんも言っていて、仕事で車の部品を作っていても趣味の範疇でギターを作っていても、細心の注意を払い将棋のように何手先までも計算し尽くして苦労して作ったのに出来上がった途端にどうでもよくなる、と。
もうひとつ面白かったことは、異世界と現実世界との関係性。パラレルでなく入れ子の状態、それも浸透膜のようなものを介した。その浸透膜を行き来できてしまう人が異界を描ける、と。
いつも、異世界というと、勝手にレイヤー構造をイメージしていた。それに近い表現だ。

それから、山田さんいわく、曖昧なものを偶然性に頼って描こうとすると、理性が無コントロールな状態を抑えこもうとして、勝手にイメージを探しだしてきてしまうという話。
以前に、加門七海さんが著書の中で、これに通ずることを言っていた。目に見えないものに出会ったときに、自分の脳内にすでに存在しているイメージから、ふさわしいと考えられるようなものを引っ張りだしてきて当ててしまうという話。これを読んだときに、すごく納得したものだ。世の中に同様のイメージの幽霊とされる存在が充満しているのも頷ける。いわく、髪が長い女性、白い服を着ている……などなど。
所詮は脳内で作り出しているイメージに他ならないわけで。
前述した明暗しか判断できない原始的な動物の目というのもここにつながってくる。
私は、自分にとって不快な場所はすごく暗く見える。太陽光が充分に差していたり、照明が明るくてもだ。私には原始的な目がどこかに残っていて、目ではなく、脳が何かに反応しているのだとすれば、合点がいく。

これまで、おかしなものを見聞きしてきた経験から、それを解明したいという思いは強く、どうしてもオカルト的なものに興味が湧く。脳が引き起こす錯覚にせよ何にせよ、自分は「見た」し「聞いた」のだから、その現象自体がどういうことなのか知りたい。
何かヒントになることがあるかもと思い、この本を読んでみた。
ほとんど関係無かったけれど、ところどころ興味深いことはあり、勉強になった。
posted by nbm at 16:02| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

埼玉沖の秘境

最近、友人の影響で、湧き水に凝りだした。
凝りだしたと言っても、少し汲んできてはコーヒーや紅茶を飲むくらいなのだけれど。
ずっと以前に、蕎麦打ちが趣味という知人にいただいた手作りの蕎麦が、他で食べたことがないくらい美味しかったのだが、秩父の方の湧き水で作っているという話だった。砂糖など甘みを入れていないというのに、つゆが甘かったのに驚いたが、湧き水を使っていることによるものだと聞いた。残念ながら、どこの水だったのか、すっかり忘れてしまったのだが……

最近になり、友人が湧き水に凝りだして、各地で汲んできた水を味見してほしいと持ち込んできた。
試してみると、確かに水によって、コーヒーなどの味が違って面白い。
うちでは、浄水器を使っているので、何の味も感じないフラットな水に慣れているため、なんらかの成分が入った硬水を使ってみるのは新鮮だった。
しばらく前に、その友人にダンナさんが拉致られて、湧き水汲みに連れて行かれたのが奥秩父だった。
その景色が凄まじかったので、私にどうしても見せたいと思ったダンナさんが、奥秩父に連れて行ってくれた。

埼玉県の西側3分の1ほどを占める秩父地方。
私が今までに行ったことがある秩父といえば、長瀞や宝登山辺りまで。それでも充分に奥地だと思っていたが、秩父のほんの入口だったことに衝撃を受ける。登山した憶えがあるのは、小中学校で行った子ノ権現くらいで、これは秩父にさえも至っておらず、全然手前の飯能市だったことに気づく。
そう、埼玉県で生まれ、長く暮らしてきたというのに、実は、今の今まで奥秩父という場所に行ったことがなかったのだ。

その日の走行距離、約250km。
10時間ほどの間、県内だけを走ってこれである。しかもほとんどが林道。
奥秩父は、遠かった……

いつものごとく、思いつきで出かけたので、午後から出発。
秩父の入り口に着いたのは、もう4時近かった。
いつも遠くから見ている武甲山がこんなに近く見えたのは初めて。削り取られた山肌がハッキリ見える。
しかし、目的地はまだまだ遠い。この辺で一応ガソリンを補充。
ダンナさんが、道の駅あしがくぼで「アレを食べたい」と言う。
「アレ」ってなんだよ?名前が出てこないらしい。小麦粉系の薄く焼いたヤツだと言う。
なんじゃそりゃ。
それは「たらし焼き」というものだった。みそポテトも魅力的だったけど、「たらし焼き」を2種(ソース・マヨネーズ)をいただく。クレープ風お好み焼きみたいな感じ。
この辺りはバイク乗りを歓迎していて、実際にツーリングのバイク集団をたくさん見かけた。「バイク弁当」なども売られている。そのバイク乗りたちが、ここの「たらし焼き」を好んで食べているらしい。
今回、私たちは車で来たのだが、ワインディングが続くと、乗っているだけでもかなりお腹が空く。そんなときに「たらし焼き」を食べてみたら、思いの外腹持ちが良くて驚いた。
周りはすでに山なのだが、まだ秩父市にさえ入っていなかった。ここは横瀬町。
周囲には、アニメ『心が叫びたがっているんだ』の舞台で、そこここにポスターなどが貼ってある。アニメの中で観た景色も見かける。
ここに、「秩父ジオパーク」の地図が掲示されていた。秩父は、地質学上、複雑に地層が入り組み、多彩な地質・地形資源が至る所に点在している。日本ジオパークとしては、2011年に認定されたばかりだそうだが、見どころがたくさんありそうだ。

さて、今回、何を目的にして来たかといえば、湧き水もそうなのだが、ループ橋を目指してきた。
秩父多摩甲斐国立公園内に入ると、いっそう山が険しくなってくる。この公園、東京都・埼玉県・山梨県・長野県にまたがり、12万ha以上ある。
すでに、ダムをいくつも通り過ぎた。この辺はダムだらけ。
目指すは、滝沢ダムとループ橋だ。この辺でダムといえば、日本で第3位の堤高を誇る浦山ダムの方が有名かもしれないのだが、今回はスルー。
まだ先だと思っていたら、ブラインドコーナーの先で突然、視界にループ橋が入ってきた。ばかデカい。そのバックに滝沢ダムの巨大なコンクリート擁壁が見える。逆光で写真がうまく撮れなかったのが残念。
と、手前に左側に折れる道があり、「滝沢ダム下流広場」とあるので撮影ポイントになりそうだと降りてみる。
ここで意外な発見。すぐ横に湧き水が!「草薙の水」とある。滝があり、不動明王が祀られている祠の前に水道があった。飲んでみると、なぜか甘みを感じる。すかさず汲んでいると、地元の方が声をかけてくださって、「おいしいからたくさん汲んでいってね」と。混じり物が少ないから甘いわよとのことだった。
で、ループ橋。「雷電廿六木橋」という。写真だと、壮観さが伝わらないと思うのだが。
ループ橋.jpg
ループ橋の上部にも駐車場と撮影ポイントがある。ここからも写真を撮ったのだが、ループ橋が大きすぎて入りきらない。壮観さが伝えられずに残念だ。

そして、滝沢ダムへ。上の写真の手前側が滝沢ダムだ。
すぐそこで、なんらかの猛禽類が輪を描いて上昇している。トンビとカラスが戦っているのも観た。ツバメもたくさん。
もう夕方だったので、内部には入れなかったけれど、階段やエレベーターで下にも降りられるし、またの機会には降りてみたいと思う。
ダム湖は、水が澄んでいて青い。石灰石の多い地質だと、水は青く見えるんだね。
最近知った、丹沢のユーシン渓谷のきれいなブルーを見てみたいと思ったけれど、ここももっと深いながら青かった。
この雷電廿六木橋は、1998年にできた。滝沢ダムに至っては、2007年にできたばかりだ。ということで、埼玉県民でさえあまり知らないと思う。
ダムの説明板には、ニホンオオカミのキャラクター、ウルルとフルルが描かれている。
狼信仰で知られる三峰も近いけれど、オオカミがいても不思議ではない山深さだ。

そんな壮大な景色を満喫したら、もうひとつの目的地、ニッチツへ。
この日の林道では、ずっと「落石注意」の看板を見てきたけれど、ニッチツに続く道はより一層危機感を感じる。ところどころが隧道になっている。両脇の崖のそそり立ちかたが半端ない。垂直の高い崖が延々と続く。そんな中、一際長い手掘りのトンネルの先にニッチツはあった。
秩父鉱山。
ここには、誰も赴任したがらないという秩父鉱山簡易郵便局がある。関東で最も僻地に存在する郵便局らしい。この日はすでに営業時間外で閉まっていたが。
最果ての郵便局.jpg
10年ほど前にこの地域の住人はほぼ去り、その後の住人は1名だけということなのだが、その方のためだけに営業しているようなものなのか?あとは物好きなマニアが訪ねてくるか。
かつては数千人もの人が家族で住み込み、学校もあって、一大鉱山タウンだったこの場所も、今はほぼ廃墟と化している。人影は無い。
ニッチツ廃墟.jpg
2014年の大雪は、秩父に大きな被害をもたらしたと聞いてはいたが、こちらの建物群も雪の重みで倒壊してしまったものが多い。廃墟マニア垂涎の旧社宅も潰れてしまった。
今も細々と稼働中だという鉱山。掘り出された白い石灰石が無造作に山と積まれている。
「ポポポポ」という何かの鳴き声がずっと響いていた。帰ってきてから調べたが、はっきりとはわからない。もしかしたらヤツガシラ?沢の構造がそうさせるのか、音がやたらと反響する。
廃墟の階段.jpg
暗い写真だけど、補正するよりそのままの方が雰囲気が伝わるかと思い……
山の斜面を順に切り開いたのだろう。階段が続き、奥まで住宅が建っていた。順次取り壊されているらしいが、かろうじてまだ建物が残っている。

廃墟を堪能したあとは、山を越えて北側へ抜ける。
両神山(標高1,723m)の中腹にあったニッチツ(旧大滝村)から、小鹿野町(旧両神村)側へ。
八丁峠には、登山客のための駐車場があるが、至るところに「初心者お断り」的な注意書きがある。鎖場があるような厳しい登山道で、事故も起きていると。また、つい1週間ほど前には両神山山頂で男性がクマに襲われたという注意書きもあり。
途中、野生生物に遭遇。まず、野うさぎがピョンピョン。しばらく進むと鹿が1頭横切る。またしばらくすると、今度は鹿の群れ。民家が点在する里山に降りてくると、狸が車を先導するように前を走る。狸さん、避けて。

東秩父村の深宗水を汲んで帰る。
ここは、東日本大震災を契機に、何か人に役立てることはないかと考えたご主人が自宅前に井戸を掘り、湧き出た水を無償提供してくれているというありがたいポイント。
クセがなく、美味しいお水がいただける。
そういえば、途中、松郷峠(ときがわ町)の水も飲んできた。自転車乗りの方たちに人気の峠道のコンクリート擁壁から突き出たパイプから水が流れ落ちているのだが、看板などはなし。
知る人ぞ知る湧き水ポイント。峠を走ってきた自転車乗りの方たちは、この水を飲んで休憩しているらしい。ほんとに大丈夫か?というただのパイプなのだが、飲んでみると美味しいお水。

そんなこんなで昼過ぎに出発して、帰りは午前様。
よく体力が保ったと思ったが、これにはワケが。
実は、出発してすぐに「チャーシュー力」でラーメンを食べた。最近のお気に入りジャンクフード(2回目)。
ダンナさんは「サソリ固め」。私はみそチャーシューに挑戦したが、チャーシューが多すぎてダンナさんに無理やり食べさせた。お腹が苦しい状態で、山へと出かけた。
私は毎回助手席に座っているだけなのだが、ワインディングで左右に振られて思った以上に体幹を使った運動をしているようなものなので、筋肉を使い、カロリーも消費する。
その結果、極悪なラーメンを食べても、体重・体脂肪は減るということに。
若かりし頃、四駆で走り回っていたときにも感じていたことなのだが、車でもバイクでも、峠道は腹が減るのだ。モータースポーツもスポーツ。

こうして初めての奥秩父を堪能してきた。
遠いけど、また行きたい。ジオパーク観点で回るのも楽しそうだし、ダムをじっくり観るもよし、埼玉県立自然の博物館で化石を観るのもいい。
石灰岩を多く含む地層とか、ジオパークとして様々な年代の地層もあるけれど、1500万年前に消滅した古秩父湾に生息していたパレオパラドキシアの化石とか、とにかく、ここらは大昔は海だったわけだ。
埼玉沖、半端ない。
ラベル:埼玉県とは
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2016年06月05日

5冊まとめて

記事にしようと思っていたものが溜まってしまったので、今回は5冊の本についてまとめて。

『住まいの思考図鑑−豊かな暮らしと心地良い間取りの仕組み−』 佐川 旭
家づくりに多様なヒントを与えてくれる親切な本。
家を建てようと思ったら、まず自分のことを理解するところから始めようという提案は、至極真っ当な考えだと思った。楽しいと思えること、安心できる場所、逆に居心地が悪い空間など、あらためて考えてみるところから出発している。
趣味やこだわりのあるもの、好きなことを掘り下げていけば、家のつくりをどうしていったらよいのかという基本的なスタンスが決まる。これは、本当に大事なことだと思う。自分の好みとか五感とか、そういったことを無視して家づくりをしたら、居心地の悪さに後悔することになるだろう。
いろんなトリビアもあって、楽しい1冊だった。
同じ日本でも地域ごとに気候風土が違うということ。風の吹く方向も違うのだな。
木材としての針葉樹と広葉樹の違い。熱伝導率が違い、針葉樹は温かく感じ、広葉樹は冷たく感じるとか。
日本人の色彩観だと、反射率50%以下の色がしっくりくる。肌色がちょうど反射率50%らしい。
「あた」という単位。手の親指と人差し指をL字型にしたときの2本の指の間の距離を「あた」といい、個人差はあるけれど大体15cm程度。1尺は約30cmだから、その半分くらいが測れるというわけ。この本の中では、千円札の幅が15cmなので、メジャー代わりになると紹介されている。
「間」という言葉が、英語に訳した場合に「space」と「time」という2つの意味になるという話には、なるほどと気付かされた。
また、石で造ったことに始まる西洋の壁文化と違い、日本の民家は木で造ったことで開口部が広くなり、そういったことが様々に人々に影響していくのを想像すると楽しい。
家をつくるなんて予定はさらさらないのだけれど、読んでいるだけで楽しく、また勉強にもなった。

『バベル九朔』 万城目 学
万城目学ファンとしては、久々の著者らしいファンタジーなのかと期待したのだが、読む前にインタビューで、「これまでの作品とは違う」と御本人が言ってらっしゃったので、気構えを変えて読む。
作家志望の主人公が、小説を書きながら祖父から受け継がれてきた雑居ビルの管理人をしているのだが、そこに怪しげなカラス女が現れ……というようなファンタジー。
前半部分は、店子さんたちとの交流や管理人としての仕事なんかが描かれていて、それはそれで普通に読める。後半、異世界の話となるのだが、発端となった祖父の本来の目的とか、カラス女たちのスタンスとか、少々わかりにくい。
雑居ビルの管理人をしながら小説を書く生活というのは、著者ご自身の経験談だそうだから、リアルであってわかりやすいのだけれど、もうひとつの世界で巨大な塔と化したバベルでの話は理解できず、ちょっと消化不良。
人生をやり直すなら……みたいなくだりが出てくるのだけれど、私はこういった考え自体があまり好きではないので、全体的にスッキリせず。
もっと、突き抜けたアホな話が読みたかったなぁと読後にため息。

『紙の動物園』 ケン・リュウ
いつも通り過ぎていた間口の狭い書店にふらっと入ってみたら、そこはうなぎの寝床のように奥に広がる書店で、よく吟味された品揃えが光り、こういう書店で本が買いたいと思わせる店だった。
そんな書店で、『SFが読みたい!2016年版』をパラパラめくっていると、外国作品の1位に『紙の動物園』とあり、その本がすぐ隣に置いてあった。といっても、買わずに図書館に予約を入れるといういつのもパターン。
その昔、好きな作家として私が名前を挙げていた一人がレイ・ブラッドベリ。ケン・リュウのこの短篇集には、往年のブラッドベリの短篇集のような切なさが漂っていて、とても気に入った。
ヒューゴー賞受賞作だという「もののあはれ」も悪くはなかったけれど、「結縄」とか「文字占い師」のような文化人類学的な視点の作品が面白い。途中からあさっての方向に転換する「良い狩りを」も独創的だった。
中国系の著者なのに、日本人を描いた作品もちらほらとあって、しかも違和感なく描いているのに感心。
SFというよりもファンタジーといったテイストの作品が多いけれど、機会があればまた読んでみたいと思う作家さんに出会った。

『ドミトリーともきんす』
 高野 文子
先日の拙ブログの記事で練馬区立牧野記念庭園について書いたところ(過去記事→植物学者の庭)、中林20系さんからご紹介いただいた1冊。早速、図書館で借りてきた。
高野文子さんの漫画を読むのは、すごく久しぶり。たぶん20年くらい読んでない。
著名な学者さんたちが、自分の切り盛りする下宿に住む学生さんだったら……というお話。
ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎、雪の結晶を研究した中谷宇吉郎、日本人として初めてノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹、そして、「日本の植物学の父」牧野富太郎。
それぞれの分野の科学の話題を、わかりやすく説明してくれながら、各々の著書の引用でまとめてくれている。
ジョージ・ガモフも客人として出てくるが、ガモフの著書であるトムキンスさんのシリーズの何かは読んだ記憶がある。なんだったか忘れたけど。タイトルである下宿屋さんの名前もこれをもじったもののようで、難しいことを卑近な例で噛み砕いて教えてくれるスタンスは、これを参考にしているのがよくわかる。
寺田寅彦のエッセイとかも好きなのだけれど、こういった名だたる方々の書いた本も読みたいものだと思った。
中林20系さん、ご紹介をありがとうございました。

『幻獣標本博物記』 江本 創
ネットをふらふらしていて見つけた本。
ヴンダーカマー的なものは大好物。「幻獣」と聞いたら、見てみなければ。
よく出来てはいるのだけれど(おっと、失礼。採集したものの標本写真だった……)。
少々単調、そして名付けにやっつけ感あり。
その辺はもう少し練ってほしいところ。
でも、質感は見事。機会があったら、間近で標本を観てみたい。
ご本人のHPで、多くの標本写真を観ることができます。



posted by nbm at 18:15| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

古の防災指南

こんな話があった。
1700年に起きたカナダのカスケード大地震。
M9とも言われるこの地震について、カナダ先住民は文字の文化を持たず、記録がなかったという。
地層の放射性炭素年代測定法で約300年前に発生したことがわかり、その後の木の年輪などの調査によって1699年から1700年にかけて発生したことまではわかったものの、詳しい日時は不明のままだった。
ところが、日本の古文書には、江戸時代の元禄十二年十二月八日(西暦1700年1月27日)深夜に津波の記録があるという。これが、カスケード大地震による津波ではないかという話に。
日本の産業技術総合研究所と東京大学地震研究所が共同で行った研究により、1996年に自然科学系雑誌「Nature」に発表されたもので、これを元にしたその後の米国・カナダの研究によって地震発生時刻が1700年1月26日午後9時であり、M9など地震の規模も明らかになった。
これは、つい数日前にネット上で見かけたニュースの内容。

ちょうど、磯田道史『天災から日本史を読みなおす』を読んでいたところで、私にはタイムリーな話題だった。
著者の磯田道史さんは、映画化もされた『武士の家計簿』の原作者で、小学生の頃から歴史学者を目指していたという。そう心に決めつつも磯田さんは、歴史を学んで何の役に立つのだとの周囲の声に悩んでいたらしいが、大学で古文書を元にした災害史の講義を聴いて歴史が後世の役に立つ分野であることを確信したという。つまり、磯田さんの原点は、古文書を紐解いた災害史なのだそうだ。

歴史に疎い私にしてみれば、災害を切り口にした裏話的な歴史の話は興味深く読めた。
「秀吉は案外非道い人だったんだなぁ」とか、参勤交代の実情とか、光格天皇が養子で今の天皇の血統であるとか。
災害の知識としても有益なものがいくつか。
富士山が噴火したら火山灰は2週間は降り続くとか、高台の神社の鳥居まで逃げれば津波から助かることが多いとか、寝ている時に災害が起きた時を考えて赤ちゃんのために抱っこ紐を枕元に置いておくべきだとか。

上記のニュースでも書かれていたことなのだが、日本人は武士だけでなく商人や農民まで文字を習得して細かな記録を残しているということで、日本人からすると実感できないのだが、これが世界的に見るとなかなか珍しいことらしい。

それに加えて、例えば「時計」という存在。
さすがに庶民の間には所持していた人はいないものの、寺社や大名などでは「時計」を用いて災害の起きた時間を明確に記している古文書も多いという。
現代の時計に比べれば、アバウトな時間しかわからないものの、大まかな時間はわかる。
当時の大名時計は120分を10分の1に刻んでいたらしいので、12分単位くらいでなら時間がわかるらしい。

中でもショッキングだったことが2つ。
ひとつは、「孝」という考えが最優先されていた時代では、非常時には子は捨てられ、年老いた親を救うのが最優先されたという話。
どちらの命が重いというわけではないのだが、現代なら、未来ある子供を優先して助けたいと考えがちのような気もする。
子供はまた作ればよいということなのか、津波や地震で子を放り投げて親を救うという話が何度も出てきた。
先日、小石川後楽園に行ったときの記事を書いたが(過去記事→天下に後れて楽しむ)、そこに建てられていた石碑にまつわる話も出てきた。あまりに達筆なのと漢文表記で何の石碑か読めなかったのだが、帰り道の小規模な展示で詳細な説明があった。
藤田東湖という水戸藩の学者。彼は安政江戸地震で建物の下敷きになり圧死したのだが、揺れを感じて一度は家の外に出た老母が、火鉢の火を消すために戻ってしまい、それを助けようとして戻り、母は助けたものの自分は亡くなってしまった。老母は、藤田家から火を出しては申し訳ないと戻ったらしいが、その母を助けたい一心で結局は圧死してしまうという残念なことに。
もう一つは、佐賀藩の話。
佐賀藩が軍事大国だったということも意外だったのだが、何よりショッキングだったのは「捨て足軽」。外国の巨大船に対抗するために、中に侵入して自爆テロを行うというものだったという。
これが、現代ではイスラム過激派のお家芸のようになっている自爆テロの、世界で初めての例ではないかということだった。
同様に九州を守っていた福岡藩にも、この戦法は存在したらしい。

昔とは激変している海岸線を持つ都市部では、古文書の津波や高潮の情報がうまく当てはまらないことも多い。それでも、参考程度にはなるだろう。

著者は、個人的に古文書を所蔵している方から連絡を受けて、内容を教えてもらったり、実際に読ませてもらったりということを続けていらっしゃるようだったが、最初に書いた研究のように、もっと効率的に収集して多くの人が広く研究に役立てられるようになるとよいのに。
きっと、まだ多くの貴重な古文書が、どこかの蔵に人知れず眠っているに違いない。
それが、未来の防災に役立つことを願う。
posted by nbm at 00:17| Comment(6) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする