2007年12月21日

多層化する視点

衝撃のニュース!その1
この1月、マキシマムザホルモンEnter Shikariダブルヘッドで東名阪ツアーをするそうです(爆)サマソニで意気投合したらしい。
あぁ、私の嗅覚は間違っていなかったのね。私の嗅覚が嗅ぎつけた別個のバンド2つが、ここに融合するとは。このニュースを記念して、昨日からEnter Shikariを聴いてますよ。

衝撃のニュース!その2
ダン・フォーゲルバーグ逝く…。やまおさんのところで知りました。アコースティック・ギター1本で地味だけど、美しい曲を奏でる人だった…。特に「Longer」とか、ホントに名曲ですよねぇ。この時代は、いろんなジャンルの音楽がヒット・チャートに上る時代で、節操無く楽しんでいたものです。
ご冥福をお祈りします。

やっと、年賀状作成が終わりました(嬉泣)実家分2バージョンと義母分2バージョンを作成し、印刷屋としての義務を果たし終え、今度は自分の所の年賀状を2バージョン作成してやっと版が完成いたしました!あとは印刷して書くだけ。ってそれが大変なんだよね?でも、一段落して、もうすべて終わったような気分。ふぅ。

IllustratorやPhotoshopを使って年賀状を作っているわけですが、こいつらはレイヤーという概念なしには語れません。”重ね合わせ”ですね。例えば、干支のイラストが描いてある1枚と、賀詞の書いてある1枚と、自分の住所が書いてある1枚と、それぞれ背景が透明な1枚1枚を重ね合わせて、全部が表示された年賀状を作るとします。重ね合わせれば、3枚は1枚に見えるけど、実は3枚で構成されているわけです。
例を変えて考えてみましょう。アニメーションは、まず描かれた背景があって、その上で、透明なセル画に描かれたキャラクターを重ねて撮影されていたわけですよね。セル画は消えつつあるようですが、PCで描いても原理は同じでしょう。背景の世界の上に人物をのせる。世界は、レイヤー構造で表されているのです。

最近のアニメを観ていて、異世界に対する考え方が変わってきているのを感じます。以前は、パラレルワールドを描くときは、ここではないどこかと時空を超えて繋がっているという表現でした。感覚的には、横に平行移動しているような感じ。ですが、最近は、異世界とこの世界は重なり合っているという設定が多い。感覚的には、縦に垂直に移動しているような感じです。異世界は、この世界に他ならないわけです。
例えば、『灼眼のシャナ』という作品では、人でないもの同士の戦いのときに封絶と呼ばれる結界を張って戦う。封絶を張ると、人間界の活動は全て一時停止し、人はストップモーションに。戦いで破壊されたものは、封絶内のものであれば後で復元できるという都合のよい設定。でも、異世界の戦いがこの世で行われているのに、戦いの場だけが封絶で異世界化されている、人や町並みはそっくりそのままなのに、そこは異世界という設定。アニメでは、景色はそのままに、赤くなった世界として表現されてます。
『神霊狩』では、この世である”現世(うつしよ)”と異世界である”幽世(かくりよ)”は完全に重なってます。主人公の少年たちは、”魂抜け”つまり幽体離脱することで、現世と幽世を行き来することになります。まだよくわからないのですが、幽世は、古代からのあらゆる生命体の幽霊たちが漂っている場所らしく、アノマロカリスの幽霊がふわふわ浮いてたりするし、モスマンみたいなのもいたりして(笑)そんな輩が、舞台となっている九州の山間の村にうようよいる感じ。原作者の士郎正宗さんも明言してます。
当初は、睡眠中に幽体離脱してしまう体質(?)の3人の男子高校生が、「大人の視点」「社会常識的視点」を獲得していく周囲をよそに、現実世界と重なった異世界に出入りする事で、独自の視点や考え方を得て色々考えながら日常生活するお話だった。何かの事件を解決したり、影で活躍したりといった大仕掛けなものではなく、異世界と現実の境目をうろうろする事によってもたらされる「多層化する視点」を描いて楽しもうという趣旨だ。

企画としては古く、1987年にはできていたというこの話。電脳化されつつある現代なら、当時よりもこの”レイヤー感”とでもいえる概念が理解しやすいような気もします。現代のこの世界は、コンピュータ・ネットワークの中という異世界と重なり合っていますからね。
シリーズ構成・脚本を担当されている小中千昭さんが、『ツイン・ピークス』の「何でもない妄想のなかに、実はいろいろなものがあるのかもしれない」部分を参考にしていると言っています。『ツイン・ピークス』も、何の変哲もない町が、異世界と重なっている話といってよいでしょう。日常に潜む異世界…。
どこか別の場所でなく、この世界こそが、何かの拍子に簡単に異世界となりえるという不安。自分が異世界に行くのではなく、異世界の方が自分の上に降ってくるような身近な恐怖。捉え方は様々でしょうが、パラレル・ワールドが、分岐した別世界でなく、限りなく重ねあわされたレイヤー構造と考えるのも面白いものです。
posted by nbm at 11:31| Comment(7) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 アニメの世界は無知ですが、わたしの仕事、異世界は避けて通れません。
どうしても宗教がらみになり、nbmさんの記事とは質がちがいましょう。
あらゆる民族が異世界の存在を信じていましたし、それは当然のように死後の世界に繋がります。天国や地獄がその典型ですが…
多くは、太陽や星、銀河など他の天体えの移動、そしてそれに伴う生活は感覚的、性的な喜びなど種々の悦楽を含んで一層幸福なものと解釈されました。
ハハ、アニメではきっと、おどろおどろしい世界、地獄に近いのでしょう?
Posted by 雨月 at 2007年12月22日 09:26
あぁ〜というと・・・私は産まれつきレイヤー構造ですよ!(笑)めっちゃ不便ですけど!
以前は周囲の多くの人たちの次元の認識が不思議でした。「なんで物理的な距離感覚で捉えんだろ〜」という・・・それにしても3次元と4次元の皮膜は薄すぎますよね!もっときっちり結界を張ってくんないと!(自分でやるんだよ!)
まぁ、今のところ、イメージ不能ですが、5次元以上もあるらしいので「4次元ぐらいで騒がない」というスタンスで正気を保っています!(笑)
Posted by c.mama at 2007年12月22日 11:05
雨月 様

古い時代の人々の方が、異世界に敏感だったのではと思います。
おそらく、今よりは、異世界は生活に密着したもので
生死や神などの概念と切り離せなかったことでしょうからね。
だからこそ、目の前の現象や自然を畏れ敬うことができたのだと思います。
アニメだと、どうにかその異世界を表現しないといけないので
製作者サイドは非常に悩んだようですよ。
映像化してしまうということは、映像イメージをひとつにしぼらなきゃいけないですからね。


c.mama様

レイヤー構造を整理するための自前のフィルターが必要なんですね?(笑)
人の見ている世界と自分の見ている世界が同じではないって
なかなか受け入れがたいことかもしれませんけど
程度の差こそあれ、みなそうであるはずですよね。
ま、c.mamaさんの場合は、ちょっと逸脱してそうですが(笑)

次元のお話は、近いうちにいずれ書こうと思っています。
私の愛読雑誌「別冊Newton」がちょうど特集していたので。
Posted by nbm at 2007年12月22日 11:37
こんにちは〜
イラレにフォトショで年賀状作り!本格的ですね!!
どちらもレイヤーありますね。便利です。
Flashではオニオンスキン、なんていうヤツもあって、
うっすらと中身のわかるものを重ねて行く機能。
時系列で動きがわかる感じ?
アニメのセルにちかいものですね、きっと。

異次元はレイヤーなのか?
私の感覚ではコインの裏表の様に、つねに同時に存在している気がします。言うなれば立体レイヤー(三次元レイヤー?)。

3次元や4次元、異次元を私たちの居る現実世界を元に考えがちですが、
実はこの現実世界の方が「異次元」で、元となる次元から発生している
「氷山の一角」なのではないかという気がします。
蟻に宇宙が理解できないのと同じ様に、私たちにはこの現実世界を生きるのが精一杯。本当の次元の概念は理解する事は到底不可能な世界なのかも。

Posted by ptd at 2007年12月22日 16:44
ptd様

Flashの”オニオンスキン”って名前、イメージしやすいですね。
半透明のものが延々重なっている感じ。

異次元のことはようわかりませんが
ほかならぬこの場所とやはりレイヤー構造になっていて
客観的な観測によると、それが3次元だったり4次元だったり5次元だったり
と見えるのかもしれない…なんて想像しています。
当然、私たちは自分たちの世界を外側から客観視することはできないので
それを観ることはできない…なんてね(笑)
この現実世界の方が異次元って考えるのも面白いですね。
理解できない深遠な問題をあーでもないこーでもないと
想像するのって、楽しいですよね。
Posted by nbm at 2007年12月23日 01:23
確か「もののけ姫」では、一つのカットに、遠景近景・キャラ含めて、13枚のレイヤを使っている場面がありました。各レイヤの、コマごとの移動距離も全部違っていて、もしこれを全編でやったら死ぬなー、と思ったものです。

阿弥陀如来の極楽浄土は西方の地の果てにありますし、
観世音の住む補陀落山は南の海の彼方、というふうに、
異世界といっても実は地続き、という思想もあったと思うのですが、
最近はやっている異世界というのは、仰るように、半歩ずらしみたいな感じでしょうか。確かシャナでは、紅世のことを、「歩いて行けない隣」なんて言っていた気がします。

ある人が見れば四角。ある人が見れば円。俯瞰して初めて、円柱であることが分かる、みたいな。

にしても、IllustratorにPhotoshop。すごいですね。僕は4000円の筆まめですが何か?(半ギレ(^^))。nbmさんのはCSですか?
すごく興味はあるんですけど、おいそれと買えない価格ですよね。CS3のエントリー版で、5万円台とかって出ないものかな。
Posted by 蒼月 at 2007年12月23日 17:54
青月 様

そうそう、「歩いて行けない隣」の世界でしたね。
ずれは、半歩くらいの感覚で間違いないと思います(笑)
四角でも円でも円柱でも、自分の世界を外側から見られないのが残念です。

> nbmさんのはCSですか?
そんなとんでもねぇ。古いバージョンでございますよ。
初歩の初歩程度のことしかやりませんしね。シロウトですから(笑)
Posted by nbm at 2007年12月24日 00:53
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