2009年10月25日

藍より青し

例えば、ジブリだとか、手塚プロダクションだとかについては、草創期からのドキュメンタリーを何度か観たことがあったのだけれども、タツノコプロに関しては、その歴史を辿るドキュメンタリーを今まで観たことがなかった。
たまたまタツノコプロ創設からのドキュメンタリーをやっていて、食い入るように観てしまいました。

タツノコプロは、当時漫画家であった吉田竜夫さんを中心として、吉田3兄弟で設立されたのだそうです。『マッハGoGoGo』に代表されるように、吉田竜夫さんの描く画というのは、人物に目力があって、指先まで細かい描写で描かれているのが特徴ですが、それは吉田さんが劇画を出発点としていたところから来ていたのですね。
考えてみれば、自分が幼少の頃、どストライクだった作品は、ほとんどタツノコプロのアニメでした。『ハクション大魔王』『昆虫物語 みなしごハッチ』『科学忍者隊ガッチャマン』、そして『タイムボカン』や『ヤッターマン』など。こういった作品に惹かれた理由が、よくわかったドキュメンタリーでした。
当時のことを聞くと、あるスタッフは「みんなが自由にやりたいことをやってた感じ」だと言ってます。画の細部にこだわるのはもちろんのこと、特殊効果を合成してみたりだとか、とにかく新しいことに挑戦する姿勢が見える。
技術のことなど考えずに観ていたけれども、細かく見せられると、『ガッチャマン』のキャラクターのサンバイザーの透け方とか、他には真似の出来ない工夫が随所にされていたことがわかります。
だけど、タツノコプロのすごいところは、新しい人材を発掘して、失敗を恐れることなく登用し、その才能を開花させることに成功してきたことだと思いましたよ。

まず、『機動戦士ガンダム』で有名な、アニメ界で初めて<メカニック・デザイン>という肩書きを作った大河原邦男さん。大河原さんは大学でデザインを勉強し、卒業後はアパレル会社に勤めていたりしたそうだけれど、どこか納得できないまま悶々としていたところにタツノコプロの求人を見て応募し、採用された人。美術部に配属されて、苦手な背景を描いていたのだけれども、美術部長だった中村光毅さんに見出されて、『ガッチャマン』の小物メカをデザインする仕事をすることに。もともとはその仕事が終わったら背景を描く仕事に戻る約束だったそうだけど、小さい頃から機械を分解しては組み立てるのが好きだったという大河原さんが描くメカはネジ穴までがリアルに描かれていて、中村美術部長は、その才能を認めることになる。あの美しいマッハ号を創りだした中村さんも、認めざるを得なかった、大河原さんの才能。そして、大河原さんは<メカニック・デザイン>という肩書きを得て、後に大活躍されることになるわけです。
と、きたら絶対出てくるだろうと待ち構えていた天野喜孝さん。やっぱり、出てきた(笑)個人的には、天野さんの絵で印象深いのは菊池秀行の『バンパイアハンターD』とか夢枕獏の『キマイラ』シリーズとかの文庫の表紙に描かれていた絵なのだけれども。タツノコで活躍されていたことは、後から知ったのよね。吉田竜夫さんは自分の隣に天野さんの机を並べさせて、仕事をすべて見せたのだそうです。天野さんも、「具体的には何も教わらなかった」と言っていたけど、父と子のような関係だったようです。遅刻の常習犯だったりしてフリーダムだった天野さんを周囲の批判からかばい、「1週間会社に来なくていいから」と吉田さんが天野さんに描かせたのが、あの『タイムボカン』の悪役トリオ。それを見たとき、天野さんの前では言わなかったものの、吉田さんは「負けた…」と呟いたそうです。
そして、もう1人が押井守さん。『攻殻機動隊』で、ハリウッドも注目するようなジャパニメーションの先駆けとなった人物ですね。入社するまではアニメのことなど知らず、演出のことも全くわからない素人ながら、入社して演出部に配属され、山のように詰まれたシナリオから無造作に選んだものを渡されて、手習いに絵コンテを描かせられると、2本目からは確か本番だったという話。アニメのことを一から十まで全て請け負っていたタツノコで働くことで、総合的にアニメのことが学べたし、たくさんアニメに関わる人というものがいて、それが作品を作るのに欠かせないことを知ったと言います。
みなさん、タツノコに居なかったら、今の自分はなかったと言ってましたね。

吉田竜夫さんからしてそうなのですが、スタッフがみな、新しく入ってきた人に仕事を任せ、その才能を見極めて育て、見事に人材を作っていることに驚きます。後輩に才能があれば素直に認め、それでも自分は腐ることなく自分なりにがんばろうとするのですよね。あまりにみなが口をそろえて同じことを言うので、当時のタツノコプロというのは、そういう社風だったのだろうと思います。実際は、「手が足りないからやって!」ということだったかもしれないけど、それにしたって、そんなにさらっと後輩を押し出せるものだろうか、と。いい作品が作れるのならば、それでいいという潔さを感じました。細かいことなんだけど、重鎮のスタッフさんたちが、自分よりもずっと年下の人間に対して、「天野さん」とか「大河原さん」とか呼んでましたね。呼び捨てだったり、君付けだったりしない。そこにすでに後輩に対するリスペクトを感じたのでした。この先輩たちが、素晴らしいじゃないですか!

posted by nbm at 13:04| Comment(2) | TrackBack(0) | コミック・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はい、同意…今はリスペクトが感じられません、ハハ
ど素人ですが、拝読しますとアニメなるもの分業制が確立しているのですね、 そんなことを聞いた気もしましたが、あまり信用していませんでした。
せいぜい着色とか…そんなものだけかと思っていましたよ、メカニックの人がいるなんて驚きました。
昔は一人で書いていたんでしょう? 例えば手塚治虫氏など…
Posted by 草人 at 2009年10月26日 19:57
草人 様

その道の先頭に立って、行く手を切り拓いてきた先輩たち。
にもかかわらず、才能ある後輩たちをつぶさず
リスペクトしつつ育て上げるということは
実は難しいことなのではないかと思うのです。
それができたからこそ、すばらしい作品を生み出せた。

昔も今も、たくさんの人が関わってアニメーションを作っていることは
変わりないと思います。
手塚治虫であっても、すべてのセル画を一人で描くことはなかったのでは?
それで思い出すのは、アカデミー賞を獲った『つみきのいえ』の加藤久仁生さんでしょうか。
だけど、加藤さんでさえ、脚本は別の方が担当してますね。
脚本や演出をほぼ専門にされている方も多いと思いますし
作画の段階で、描くモノによって分業される傾向が
強くなっていることは確かだと思います。
キャラクターをデザインする人、メカニックなものをデザインする人、
背景を専門に描く人など、分業されていることがほとんど。
専門の方も多いと思います。
最近感じるのは、食べ物や車など特定のものも専門的に描く人がいるようだということ。
今はCGを描くことや、合成の技術もひとつの分野ですしね。
あ、すでにセル画というのも少数派になっていると思いますが。

逆に、Flashアニメでは、何もかもを一人で作ることが可能なので
中には声優さえ自分でやって
本当に一人でアニメを作ることもできるようになりました。
そういう中からも質の高い作品が生まれつつありますよ。
Posted by nbm at 2009年10月27日 09:17
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