2015年10月29日

左か右か、それが問題だ

先日知った衝撃の事実……
カニクイアザラシは、カニを食べない。

食性は動物食で、主にナンキョクオキアミを食べるが、軟体動物、魚類なども食べる。夜間に表層に浮かぶオキアミを海水ごと口に入れ、臼歯で濾しとり歯の隙間から海水を排出して食べる。名前と異なりカニは食べない。(Wikipedia)


ギザギザの三角が互い違いに噛み合うようになっている歯が特徴的で有名なアザラシだが、その三角の歯の中にも隙間ができていて、言われてみればオキアミなどを濾し取るのに適した形状になっている。
学名「Lobodon carcinophagus」で、英名「crab-eater seal」。これをそのまま和訳したんだね、きっと。
他のアザラシに比べて口の中が赤く、ここからカニを食べていたのではと考えられたからだという話なのだが、すげぇテキトーだな。
動植物の名前なんて、そんな話は山ほどあるのだが、ここまで堂々と間違った内容の名前がついているのも珍しい。

さて、今日はもうひとつ驚愕した話がメイン。
ウォーキングをしていると、車道から独立した歩道上を左側通行している人が多いことに気づく。
気になって調べてみると、以下のように道路交通法上は「車道から独立した歩道上はどちら側を歩いてもよい」ということらしい。
小さい頃から「歩行者は右側通行」と漠然と教えられてきた私達世代では、私のように歩道上も右側通行が原則なのではないかと思い込んでいる人も多いかもしれない。
法律上、その認識が正しくないことを知って愕然とした。

第二章 歩行者の通行方法
(通行区分)
第十条  歩行者は、歩道又は歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯(次項及び次条において「歩道等」という。)と車道の区別のない道路においては、道路の右側端に寄つて通行しなければならない。ただし、道路の右側端を通行することが危険であるときその他やむを得ないときは、道路の左側端に寄つて通行することができる。
2  歩行者は、歩道等と車道の区別のある道路においては、次の各号に掲げる場合を除き、歩道等を通行しなければならない。
一  車道を横断するとき。
二  道路工事等のため歩道等を通行することができないとき、その他やむを得ないとき。
3  前項の規定により歩道を通行する歩行者は、第六十三条の四第二項に規定する普通自転車通行指定部分があるときは、当該普通自転車通行指定部分をできるだけ避けて通行するように努めなければならない。

− 中略 −

(歩行者用道路等の特例)
第十三条の二  歩行者用道路又はその構造上車両等が入ることができないこととなつている道路を通行する歩行者については、第十条から前条までの規定は、適用しない。


「右側通行」と定められているのは、歩道や路側帯のない道路上でのことに限られているし、その後の十三条の二ではそれを含めて歩行者の通行ルールすべてにおいて歩道上には適用しないというような文言もある。
つまり、歩道上の歩行者の通行については、何も定められていないということだ。
ただし、自転車との兼ね合いは別問題で、自転車が歩道の通行を許される場合、歩道の中央から車道寄りの部分を徐行することとなっているため、歩行者は車道から遠い部分を通行するべきだということになる。この問題については、論点がズレてややこしくなるので一旦おいておくことにする。

さて、まずは歴史をひもといてみよう。
1900年(明治33年)に発令された「道路取締規則」では、「人間と馬車は左側通行」とされていたそうだ。
1920年(大正9年)の「道路取締令」でも「歩行者と自動車は左側を通行する」となっていた。
ところが、戦後に自動車の台数が飛躍的に増えたことで、交通事故、特に死亡事故が多発。
当時のGHQは「対面通行」が必要だと考え、アメリカと同様に自動車を右側通行にさせようとしたが、当時の日本は車の乗降や信号機などすべてが左側通行仕様になっていたために難しく、自動車は左側通行のまま歩行者の方を右側通行にして「対面通行」を実現させたという。
その後、現行の1960年(昭和35年)に発令された道路交通法では、上記のように限定的にしたために他が却って曖昧になってしまった。
「対面通行」の原則から考えると、車道から独立した歩道なら、ある程度の安全は確保されるだろうから「対面通行」は適用しなくてもよいと緩和されたのだろうか。
私達の親や教師の世代は、「歩行者は右側通行」と教育されてきて、それをそのまま私達世代にも教育していたのだろう。道路状況も、現在のように独立した歩道が整備されている所などほとんどなかったと思う。歩道がなければ、道路の右側を歩くのは法律に則っていることになる。

もともとなぜに左側通行だったのかという問題については、諸説あり。
一説によれば、武士は左側に帯刀していたため、すれ違いざまに鞘が触れ合わないように左側を歩く習慣がついていたという。人が車に乗るようになっても、その左側通行が適用されたということか。また、明治政府がイギリスを範としていたからだともいう(これは自動車に限ってのことか)。
日本では元々が車も人も左側通行だったため、それは鉄道でも例外ではなく、駅構内などは左側通行を原則に設計されていたりして左側通行が残っていることが多いらしい。確かに、駅構内では「左側通行」と表示されているのをよく目にする。

ここで、この問題の最初のテーマに戻る。
人はなぜ左側を歩きたがるのか。
人が帯刀していた時代の話が現代の習慣と結びついているとは思えない。
右利きの人が多い(およそ9割)ため、利き手を自由にしておきたいという心理が働いて、自然と左側通行をしているのかもしれない。
人間の脳の問題を考えると、空間を把握するのが右脳のため、自然と右より左を意識することが多くなるということもある。シュードネグレクトだ。(→過去記事シュードネグレクト
もうひとつ考えられるのは、鉄道の駅構内が左側通行のため、鉄道を利用する頻度の高い人は左側通行がクセになっているのではないかということ。いろいろ調べていると、鉄道網が発達している東京都内では人は歩道上を左側通行しているという意見が目立つ。単に、人が多いから目につくだけなのかどうか。

では、実際に歩行者は歩道内で左右どちら側を歩いたらよいのか。
まず、自転車が頻繁に通るような歩道では、右側・左側ではなく車道から遠い側を歩く。上記にあるように道路交通法上は、自転車が車道寄りを通行し、歩行者は歩道上に自転車通行指定区分があればその部分をできるだけ避けて通行すると定められている。特に区分のない場合は、歩行者の通行は自由であるようだが、自転車の通行を考えれば車道から遠い側を歩いた方が無難だろう。
可能ならば、歩道といっても「対面通行」を考えて、車と向かい合わせになるように通行したいが、その場合は、自転車を意識すると歩道の中央から右側を通行することになるだろう。「対面通行」と逆に左側通行をしてくる歩行者とはぶつかることになる(苦笑)
道路が交差する場所では、歩行者が右側通行しているとデメリットもある。交差する道路を左側通行してきた車両と近くて出くわしやすいのだ。
駅から続く通勤通学のメイン経路となっているような歩道では、左側を歩くとよいかもしれない。人の流れは左側通行をキープしていることが多い。ただ、自転車には注意が必要かも。
年配の方は右側通行と刷り込まれている場合もあるから、すれ違いの場合は右側に避けた方がトラブルにならないかもしれない。ただ、一般的には、人間は咄嗟に左側に避ける人の方が多いという説もある。左側にある心臓を守るためだとか。シュードネグレクトの影響かもしれない。
考え方は人それぞれだし、それをプラカードに書いてぶら下げて歩いているわけでもない。道路交通法がそう決めていると言っても、それを知らない、または知っていても実行しない人もいるのだから、法律を振りかざしてみても仕方がない。
法律やマナーが定まっていないのだから、結局は、臨機応変に対処するしかないようだ。
要は、譲り合いの気持ちがあるか否か。相手にそんな気持ちがなくても、こちらにあればトラブルは避けられるだろう。
posted by nbm at 12:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 気になったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
右も左も分からない頭脳のプリュムです
元来左利きでしたが
幼少時に右に矯正されています

文字は右左可
刃物類は左

回れ!右に即座に反応できず
そこを右(左)に折れてというのも
ワンクッション遅れるのです
一端、脳内で考えて
右左を判断しているからです

何かしら昔から
右はエライ!と思い込みをさせられました
でも
異国では
右と左の使い分けがそれぞれに違いますね
人口の割合ではどちらが多いのでしょうか?

プリュムは
右、左通行も意識したことはありません
とりあえず
大部分の人と同じ行動をすればいいのかなと
右に同じ?行動をしているのです

よく、右利きの人々からは
両方使えていいねと言われますが
右も左も区別できないという
理解しにくい苦悩を抱えていますw
Posted by プリュム at 2015年10月29日 19:23
プリュム 様

世の中全体的に右利き仕様のことが多いので
左利きを右利きに矯正するのは仕方ないのでしょうね。
右左の認識が苦手な人はいますね。
利き手を矯正されたことと関係が有るのかもしれませんね。
左利きも両利きも、ちょっと羨ましい気がする私は中二病?(笑)

自動車の通行に関しては、右側通行・左側通行それぞれに存在するのですが
日本のような左側通行の国の方が少数派です。
歩行者の通行に関しては、あまりデータがありません。

人の流れに沿って歩くというのは、一番無難な気がします。
東京都内は左側通行が多いと言われているようなのですが
名古屋ではいかがでしょうか。
ぜひ観察してみてください。
でも、名古屋の都市部は道路が綺麗に整備されていて
歩道自体も広い印象があり
そうなると、あまりどちら側と意識せずともよさそうですね。
Posted by nbm at 2015年10月29日 19:54
nbmさん こんばんは(再登場)

名古屋の道路は確かに広いけど
歩行者には優しくないのですよ
老人などは広い道路を渡りきれません
私見ですが
狭い道の方が街が活性化すると思います
車が遠慮して通行するからです
人通りが少ない道ばかりなのが名古屋かなぁ〜
(地下街もあるし)

その地下鉄にあるエスカレーターですが
皆、立ち止まるときに左側に寄ります
その右側を急いで駆け上がる人がいるからです
走るのを禁止とポスターもあるのですが
短気な人は階段を使用せず
そーなるのですね
関東では↑いかがですか?
Posted by プリュム at 2015年10月30日 18:55
英名のそれを思えば…荒俣さんの著書によく出てくる話ですが、中世の博物図鑑の類はパトロンのために作られてるそうですし、そうなると“口の中が赤い”から出資者が喜びそうな結論を導き出して“さすが!ダンナがおっしゃった通りでげした!ヨイショっと!”みたいなことが当時あったのかも知れませんね。
そしてそれが今に至る、みたいな。

じゃあ、カニクイザルはどうなのかと…すんごく心配になって調べたら…食べてんですってね。ただ、カニだけ食べてるわけではないそうですが。


戦前の、白樺派とかの時代の文学では左側通行が“当たり前のこと”をあらわす比喩としても使われてます。歩行者だけを右側にするという訳解らん事態を招いたのはGHQです。
これで未だに混乱してるんですよね。自転車の路肩逆走も、“自転車は歩行者”と勘違いした連中の意識が核になってる気がするので…アメリカ!責任取れよ!と(笑)。

もっとも…今に至ってもの戦後処理での揉め事…特に近隣諸国がやいやいいうそれは米国内の調査資料で無実と証明されてても、それを米国が公式に出すことはないんですよね。
それはまあ、ニッポンは常に近隣諸国とは揉め事を抱えてないと困る、団結なんてされたらかつての共栄圏みたいになって白人世界が困る…みたいな。

帯刀と左側通行に関しては、もうひとつ面白い話も。関西では逆の伝統があるんです。エスカレータも、新大阪駅(=外来者が多い。特に関東から)以外では右に並んで左を空けるんですよ。
これは歩行者の右側通行の歴史的な名残といえるそうなんですが、その根拠は…
商人の街である上方では懐のものを掏られないために、すれ違い時に和服の袷に手を入れられにくい右側通行が定着した、と。
あながち間違ってるとも思えないのが(笑)。

こういう話はまさに、テーブルトークロールプレイングでは“確かに!”な話も続出しますが、とんでもない方向に向かうのも…それもまた面白いんですけどね♪

Posted by 中林20系 at 2015年10月30日 21:45
プリュム 様

すみません。お呼び立ていたしまして。
道路が広過ぎてご老人が渡りきれない、と。
そういう弊害もあるんですね。

駅のエスカレーターは東京周辺は名古屋と同じく
左側に立ち、右側は急ぐ人が登っていきますね。
ただ、駆け上がることはあまりないかも。
左も右も人でギッシリなので。
最近は、エスカレーターの機構にもよろしくないとかで
この習慣を解消しようという向きもあるのですが
そう簡単にはいかないみたいです。
大体、エスカレーターのみで階段がついていない所もありますしね。

コメントで中林20系さんも言及されていますが
関西では、この左右が逆だと聞きます。
右に立って、左を抜いていく感じ?
国によっても違うと聞きますね。


中林20系 様

荒俣先生も大好きなヴンダーカマーが流行った時代なんかは、博物学が金持ちの道楽のためみたいな感じでしたもんね。
一度名づけてしまうと、後から修正するのは難しいのでしょうね。
よく知られていなかった生態が、時代を経て判明することになったというケースもたくさんあるでしょうし。

道路通行の混乱を招いたのはGHQだったかもしれませんが、元を辿れば文化的に相容れなかったということなのでしょうね。
まぁ、どこの国がどこの国を占領しても、そういうことはあるに違いありません。
現代では忘れがちだけど、我が日本は敗戦国ですからねぇ。

新大阪駅だけは、東京・関東の影響が強いんですか。
それは面白い。
関西圏が関東圏と逆なのは知っていたのですが、そんな謂れがあるのですね。
車の通行についても、世界各国それぞれで、いろんな理由があがるのですが、つきつめると決定的なことはなくて、なんとなくとか、誰かがそう決めたからみたいな感じなんですよね。
決め事って、案外そんなものかもしれませんよね。
Posted by nbm at 2015年10月31日 12:16
レス不用です(再々登場)

後記ですが
名古屋には名物の100m道路があります
これは
普通の人も走らないと渡りきれません
大概、真ん中にある分離帯の広い場所で
次の信号を待つのですよ
しかし
これこそが人には優しくない所以かな
私は車は何分待とうが
人とは速度が違うので構わないと考えるのです
つまり、それらは車のための交通都合で
人は道路を短い時間で渡らないといけないし
挙句には
人が渡るためには押しボタン式信号もあります
未来においては
いずれ、車が関知されて信号制御できるような
システムになればいいなと思います
そうすれば、安心して人は歩けます
Posted by プリュム at 2015年10月31日 20:10
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