2016年04月23日

さよなら、殿下……

プリンスが逝ってしまった……

その朝、起きると、早朝に友人から短いメールが届いていた。
「プリンスが亡くなったんだって。ショック……」
メールを読んだときは、「そうなんだぁ」と思ったくらいだった。
近年、我々が親しんだ往年のスターたちが亡くなっていくニュースを次々と聞くようになった。時代は変わっていくのだ。だけど、プリンスよ、おまえもか。

音楽を聴くことについては、兄たちから影響を受けたものは少ないのだが、プリンスの存在は次兄から教えてもらった。それが、アルバム『Controversy』(1981)だった。
初めて聴いたときには、当時の私には背伸びし過ぎているような気がして、積極的に聴くようにはならなかった。
それなのに、翌年の『1999』では虜になって、コンサートへも足を運ぶようになっていた。
元々、リック・ジェームスが好きだったり、アダム・アントが好きだったりした私である。プリンスに惹かれる筋はあったのだと思う。

横浜スタジアムでは、スタジアムに向かう途中で無数の黒い風船が空にあがるのが見え、オープニングアクトの演奏が聞こえてきてしまった。
「シーラEじゃん……」
友達と慌てて走ったのを覚えている。あれが初来日のときだったのかな。

それと、会場がどこだったか忘れてしまったけど、こんなこともあった。
開演を待つ会場で、制服姿で独りで来ていたと思しき男子高校生が興奮して話しかけてきたことがあった。
大好きなプリンスを生で聴けることが嬉しくて、連日チケットを入手して明日も来るのだと話していた。
彼の周りには、いっしょにプリンスの音楽を楽しんでくれる仲間がいなかったんだろう。でも、コンサート会場には、プリンスを求めて集まってきた人ばかりなわけだから、興奮するのも仕方ない。それだけ、好き嫌いが分かれるアーティストだったのだと思う。

うちに1000枚ほどあるCDの中で一番枚数が多いのがプリンスで、たぶん15枚くらいはあると思う。
私は、誰かのファンを長く続けるということがないタチで、昔好きだったアーティストを聴き続けるということはない。
懐かしく思って、たまに昔のアルバムを引っ張り出して聴くことはあるけれど、最新作まで律儀に追いかけることはない。
だから、聴いていたアルバムも1981年の『Controversy』から90年代くらいまで。あとは飛び飛びで5枚くらい。この飛び飛び期間のアルバムは所有していてもほとんど聴いていないし。

訃報を聞いてから、ネットの情報で、J-WAVEのジョン・カビラのラジオ番組で急遽プリンス特集を組むと知った。
実家から最寄り駅まで車で通勤していた時期には、必ずJ-WAVEでジョン・カビラの番組を聴いていたな。これもこれで懐かしい。
アルバムを引っ張り出して聴こうかと思っていたけれど、あいにく通勤前に昼食を作らなければならず時間がないので、手っ取り早くラジオを聞かせてもらおうと思った。
台所で料理をしながらラジオを聴いていると、カビラさんは時折涙声になりながら時にハイになるなど、おかしなテンションで進行をしていた。相当にショックなのが伝わってきた。
私は、一ファンではあったけれど、泣くほどではないのかなと思いながら、懐かしく数曲を聴いていたのだけれど、なぜか『ENDORPHINMACHINE』がかかると急に嗚咽し出した。
なにか溜まっていたものが一気に流れだしたかのようで、次に『1999』がかかると、ヒックヒック言いながら泣いていた……

無口で何も喋らないとか周囲のスタッフに気を使わせていたらしいけれど、ステージ上ではすごくチャーミングな人だった。
漢字で肩に「双子座」と書かれた衣装とか、コンサート中の「Are you crazy?」みたいな煽りとか、忘れられない。

さよなら、殿下……
大好きだったよ。
posted by nbm at 12:49| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。

先ず、ファンの方の心中お察し申し上げます。

プリンスの訃報、聞いて驚きました。
Twitterをやっているのですが、フォロワーさんの
何人かも甚く悲しんでおられてましたし…

自分はリアルタイムではなくて、何となく名前
だけ知ってて、好きなアーティストの岡村靖幸が
プリンスに、多少影響をウケた、っていう話を
聞いて「凄いアーティストだったんだなぁ」位
だったのですが、今年は、デビッド・ボウイも
亡くなり、神様も少しばかり働き過ぎでは
ないか…と思います。

Posted by kz-1 at 2016年04月30日 00:55
kz-1 様

どうもです。

私は、取り立ててプリンスのファンというわけでもなかったと
自覚していたのですが
それなりにコンサートに行ったりしてますし
ファンの端くれだったのかもしれませんね。

プリンスの影響を受けたアーティストは山ほどいるでしょう。
岡村靖幸さんもその一人ですが、特に色濃い影響がうかがえますね。
岡村さんの音楽は、それを知らずに聴いたとしても
「プリンス好きなんだろうなぁ」と思わせるものがあります。

デビッド・ボウイとか、キース・エマーソンとかモーリス・ホワイトとか
今年はなんだかビッグネームの逝去が続きますね。
年齢を考えれば、不思議ではないのだけれど
寂しいものです。

岡村靖幸がお好きなら、プリンスもハマるかも。
これを機に聴いてみてはいかがでしょうか。
Posted by nbm at 2016年04月30日 11:28
突然!思い出しました。

このひとは多岐に亘る別プロジェクトでも有名でしたが、『マッドハウス』というそれはご存知でしたでしょうか。
プリンスのバックバンドによる、インストのグループだったのですが、セカンドまでしかわたしは知りません…っていうか、実質セカンドまでだったようですね。
で、曲名が全て1stからの連番で、1stは8曲入りだったからアルバムタイトルが『8』。セカンドは続きで8曲入りだったから『16』。リードを取るサックスのブロウが、ジャズというよりはR&B的で、すんごく気持ち好かったんですよ。

買ったわけでなく、学生時代に公私共に親しくさせていただいてたライター(=選択した授業の講師で世間的にはジャズ評論家の位置付けでしたが、本人が“評論家なんて…僕は単なるライターだよ”と。週一の講義後、アフターで一緒に飲んで語り合ったりさせてもらったものです)から、発売前の(=雑誌に書いてもらうために発売前に業界に配る)視聴用ソフトをよく、大量に横流ししていただいたのですが、
特に専門のメインストリームジャズやヨーロッパジャズ以外のものはクラスの我々(=といっても数人)に託されて…“これは!って思うのがあったら連絡してね!”と。
当然カセットで(笑)、分担しようといってもひとり当たり毎月数十本!まあでもある意味、発売前のそれを聴きまくれるわけですから、これはこれでしあわせでした。ずいぶんと勉強になりましたし。

そのなかの一つが『マッドハウス』でした。インターネットのなかった'80年代後期、“こりゃ何だ!?”となれば…赴くのは他の事象と違って図書館ではなく、大型書店でした。
音楽雑誌の立ち読みで、関連キーワードをアナログ的に検索、と。最重要なものは買いましたが。

これは最高に面白いですよと伝えれば、その当時は月の1/3はニューヨークに赴いてた講師、現地でもいろいろと調査された模様で、まだ日本ではさほど…だった彼等を記事にされたようでした。

ああいうインストバンドが、日本でも需要があればなぁ…と、バブル崩壊で仕事が激減して今後のことを考え始めた際、一番に気になった存在でした。

王子の残した遺産は、自信のリーダー作だけではありません。でもってそのスピリッツは、音楽に限らず多くのジャンルで多くのクリエイターに影響を与えてることでしょう。

それが全て好いかたちで花開かんことを!ご冥福を、改めてお祈りします。
Posted by 中林20系 at 2016年05月16日 21:06
中林20系 様

マッド・ハウスは存じ上げず……
名前を変えたり、敢えて出さなかったり、いろんな活動をしていたようですからね、殿下は。
今聴いたら、新鮮に感じるかもしれませんね。
音源が簡単に入手できると思えませんが、どうなんだろ。

それにしても、さすがは中林さん。
最先端の音楽に触れていらしたのですねぇ。
なんと羨ましい。

そういえば、日本国内だと、インストのバンドってあまり一般受けしませんね。
ファンクってジャンルも、あまり一般受けしませんしねぇ。
好きな人は好きだと思うんですが、商業ベースで成功するのは難しいですよね。

先日、何の気なしにバングルスの「マニック・マンデー」を聴いていて
隠れた名曲だよなぁなんて呑気に思っていたんですが
そういえばこれも殿下の曲じゃないかと気付き……

そんな風に、無意識のうちに殿下の蒔いた遺伝子が
人の心に根付いているのだろうなと感じた次第です。
Posted by nbm at 2016年05月17日 01:22
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