2016年08月08日

両国タイムトリップ

久しぶりに「観たい!」と思った展覧会があったので、出かけることにした。
江戸東京博物館の「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」。
どうやら、「妖怪ウォッチ」関連の展示もあるらしく、夏休みに入ったら子供たちで大混雑するかも。うかうかしていたら大変なことになりそうだとは思っていたのだが、学校の夏休みは始まってしまった……
大部分の学校が夏休み初日となったであろう日、まだマシかもと、雨天の中、両国へ向かう。

江戸博に着いたのは、ギリギリ午前中。
地元のコンビニでチケットを買っておいたので、直接入り口へ。
コンビニチケットは活字だけで味気ないけど、チケット売り場に並ばなくてよいのがありがたい。
チケット屋でお得に購入するのも手だけれど、確実に行くと決意していないと無駄になることもあるし。
実際に行くとなったら当日に簡単に入手できるのて、その点も安心。

入り口を入ったら、音声ガイドの端末を借りる。
案内人役は、『夏目友人帳』で妖怪・斑こと”にゃんこ先生”を演じている井上和彦さんだ。
この日はどうもツイていない。借りた端末は電源が入らず、すぐに交換してもらった。

すでに結構な混雑。入り口に近い方が混んでいた。
会場が博物館だし、内容も手伝ってか、美術展を鑑賞慣れしていない人が多数。
人気のある作品の前で「進みながらご覧ください」と言われても全く動かない。観てもいない作品の前で関係ないことをやっていてどかない人も。混雑しているときは譲り合いの精神を持っていただきたいもの。
ガラスケースには手でベタベタ触る。作品はガラスケースに入っているし、特に注意書きはなかったかもしれないがマナーとしてはいただけない。会場内で飲み物を飲んでいる人も発見。
雨が降っていたので、長い傘を建物内に持ち込んでいる人も多い。入り口で預けましょうね。
なぜか、進むほどに混雑は解消。たぶん、次第に飽きた子供たちが足早に進んでいった結果なのではないかと推測。
子供たちに芸術作品を見せる取っ掛かりとしては良い企画だったのかもしれないが、予想外に大人向けだった気がする。

色々と、興味深い絵はあったのだけれど、一番インパクトが強かったのは、最初にあった葛飾北斎の「天狗図」だった。
大きな蜘蛛の巣をひらりとかわすように、天狗が天空から迫ってくる構図。なんとダイナミックで且つ繊細なことか。流石のセンス。

やはり、ユニークなのは、「姫国山海録」。
妖怪図鑑みたいなものだが、ミジンコみたいなキャラクターとか、あまりお目にかかったことのないタイプが列挙されている。
どちらかというと、妖怪というよりは『蟲師』に出てくるような蟲みたいな感覚。病気との因果関係などが書かれているようなので、悪さをするものをわかりやすくキャラクター化した感じ。

円山応挙の「幽霊図」は、何度観ても他と迫力が違う。
おどろおどろしさが群を抜いている。
浮世絵師たちが描く物語も楽しい。巨大な骸骨の「こはだ小平二」、海中にぬっと立ちはだかる「海坊主」。
錦絵は、化け物を描きつつも、艶やかで美しい。
付喪神たちもたくさん。中でも「百鬼夜行絵巻」が秀逸。
「土蜘蛛草紙絵巻」もいい。さすがは重要文化財。年季が違う(14世紀)。
国宝の「辟邪絵 神虫」は、逆に古さを感じさせない。こちらは12世紀の作。神の使いとして、鬼を貪る絵柄は壮絶なのだが、顔つきがユーモラス。

最後の方に、遮光器土偶やみみずく土偶が鎮座している。
遮光器土偶は、小学生低学年くらいで知り、その頃から「宇宙人を表現したものではないか」みたいなことが言われていたが、現物を目近に観て、「おぉっ!」と感激。
そして、最後の最後。ほんのオマケみたいに「妖怪ウォッチ」が登場。古代からいきなり現代に飛ぶ落差ったらない。
たったこれっぽっちで子供たちを呼ぼうっていうのか?「妖怪ウォッチ」目当てだと、ガッカリするかもしれないな。かと言って、他の作品を観て、子供が楽しめるとも思えないし。

ミュージアムショップには、妖怪モチーフのいろいろがあって楽しかった。何も買わなかったけど(笑)
私が行ったのは会期前半だったので、後半ではけっこうな数の展示替えあり。
終了後は、大阪へと巡回するらしい。

せっかく両国へ来たのなら、他にも寄りたいところがある。
横網町公園と旧安田庭園だ。江戸博の西側には両国国技館。国技館の北側に旧安田庭園。旧安田庭園の北東側の斜向いに横網町公園がある。
まずは、横網町公園へ向かう。目当ては、伊東忠太の設計による建築物だ。
東京都慰霊堂と東京都復興記念館とが建っている。
ここは、関東大震災で避難してきた人々が火災旋風に巻き込まれ、約3万8千人の焼死者が出た「陸軍被服廠跡」なのである。
関東大震災の犠牲者は約10万5千人。その犠牲者を供養し、ここに慰霊堂が建てられた。5万8千人のご遺骨が納められているという。
その後、東京大空襲の戦災者を弔うこととなり、現在は約16万3千人のご遺骨が安置されている。

場所柄、建物を写真に撮るのは憚られた。興味の在る方は、画像検索をしてみてください。
西洋式の神殿に和風の屋根がのってしまったような和洋折衷の不思議な慰霊堂。白い外壁にミントグリーンのような色の瓦屋根。屋根の上には小さな尖塔。
相当大きくて、どっかりとまさに霊を鎮めている感じがした。
「安心してお眠り下さい」と犠牲者の方々をしっかりと守っているように見えた。
屋根には、スモールディメンション化した鳳凰のような可愛らしい鳥がそこここに。
内部には、ドラゴンが丸い照明を玉のように掴んでいる装飾が。
何を祈ったらよいのかわからないが、内部に足を踏み入れた以上、礼儀として手を合わせ拝礼した。
正直、もっと雰囲気の沈んだ場所かと想像していたのだけれど、厳かな雰囲気はあったものの、慰霊堂のおかげで晴れ晴れとした場所に感じられた。

今度は、復興記念館へ。上記の慰霊堂も復興記念館も1930年に建設された。
こちらは洋風の造りだが、玄関上に狛犬のようなキャラクターが並んでいるのに和む。
こんな建物の中を堂々と入っていけるのだから贅沢だ。
内部は、関東大震災と東京大空襲に関する資料が展示されている。
入場料は無料だが、かなり充実している内容で、雨の平日とはいえ、見学者がほとんどいないのは勿体無いことだと思った。
関東大震災のメカニズムや被害状況などがパネル展示され、当日に撮影された写真などもたくさん観られる。火災で焼け残った残骸が数多く展示されていて圧倒される。
そして、東京大空襲のパネル展示も。あらためて、日本に空襲のあった日付や場所や犠牲者の数などを列挙されると、ほんとうに非道い。それは、想像を遥かに超えていた。
この国が、100年も経たない昔に、戦争の渦中にあったということを見せつけられた。
震災と戦災を経て、その後に東京がどのように復興していったかということについても展示されている。
こんなに充実した展示が観られるとは思ってもいなかったので、いい経験をさせていただいた。
あれは、東京に暮らしている人は、観るべきだ。
私自身は生まれも育ちも埼玉県だが、母は東京大空襲のときには築地で暮らしていたらしく、飼い猫を泣く泣く残して避難したというような話を聴いている。まったく、他人事でない。

それから、旧安田庭園に向かったが、両国公会堂はすでに解体されているし、工事中のフェンスが味気ない。潮入の池(再現)といっても短時間の見学では実感もなく、特にこれといった感想もなし。

調子に乗って、日本橋へ向かう。日本橋界隈を訪ねるのは、10年ぶりくらいだろうか。
会社員時代に通い慣れた三越前は、劇的な変貌を遂げていた。それを見てみようと思ったのだけれど。
コレド室町に足を踏み入れたのは初めて。マンダリンオリエンタル東京(日本橋三井タワー)などの新しい大きなビルが立ち並び、中央通沿いは激変していた。
いくつか都道府県のアンテナショップがあるのも発見。あらためて調べたら、周辺にもっとたくさんあったのだな。
遅い昼食は利久庵で納豆そばでもと思っていたのだけれど、誘惑に負けてコレド室町でうどんを食べてしまった。温泉卵をはじめ、薬味を使い放題という面白い店だった。
新しい日本橋を眺めていたら、私の知る日本橋が残っている部分を探したくなって周辺を歩いてみる。
ミカドコーヒーの看板を見つけて、モカソフトを食べることにした。1Fは気軽にコーヒーが飲めるスタンドで、2F・3Fが喫茶店になっているのだが、実はお店の中に入ったことがなかった。
上司に頼まれて、いつも部署の人数分のモカソフトを電話で注文しては、受け取りに行くだけだったから。お世話になったその上司はもう故人。懐かしく思いながら味わった。

帰りに池袋で少しお買い物。
最近、タカセが気に入っている。池袋ではおなじみ。東口の駅前にあるが、大正9年創業の老舗。昭和のにおいのする洋菓子やパンが、逆に目新しい。おつかいものにアーモンドチュイルを購入。ついでに、パンを物色。極悪に甘そうなカジノというのをダンナさんへのおみやげに。フルーツ入りのクリームがサンドされたパンで、アイシングがけとチョコがけがいっしょにパッケージされている。すごいボリュームだった。

珍しく、だいぶノスタルジックな気分になった1日だった。
posted by nbm at 18:40| Comment(10) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご無沙汰しております。お久しぶりです。もうしっかり富山に馴染んていて日常で東京に住んでいたことを意識することは少ないのですが、都知事選があったり、住んでいた近所の話題には反応してしまいます。 (両国は徒歩圏内でした。もう少し南下して清澄白河周辺の深川江戸資料館をごらんになって欲しかった。私が案内できる訳ではないから何も役には立ちませんね。コーヒーショップ、パン屋、試食食べ放題のケーキ屋など色々あります。) 江戸東京博物館は4本の柱で耐震性を持たせているのが不思議な構造だと見る度に思っています。音声ガイドに人気声優を採用するとは…やり手がブレーンに居るのでしょう。テレ東とのタイアップで広告代理店の企画かな。

東京大空襲、関東大震災について私は関心が薄いです。ご先祖様が西の人間だったため、当時のことを血縁者から耳にしていないからだと思っています。 あちこち転々としていることを言い訳にして、その土地の過去からの経緯を深く知らないのは良くないと思っております。 そういえば、スタンフォードが明治43年帝国陸軍測量地形図を公開していると話題になってましたね。
Posted by まいす at 2016年08月09日 21:21
充実した東京見物でしたね

特に加門七海著「怪談徒然草」を読了したので慰霊堂のくだりはゾクゾクしてしまいました
↑昼間だからイメージは違いますけど

もう、私たちの年代であると
過去の上司らの年代の人は
鬼籍になっている人が多いと思います

nbmさんの上司の方は
部下のためにおやつを用意する方だったんですね
比較して
昨今の上司はそんなことをする人が
減ったように感じます
気前がいい、懐が深いということは
職場を円滑にする秘訣だと思いますが
時勢の変化でしょうかね?

Posted by プリュム at 2016年08月10日 07:58
そういえばサイドバーにタグクラウド付けたのですね。気付くのが遅れた上にコメントし忘れました。
Posted by まいす at 2016年08月10日 18:36
まいす 様

以前に清澄白河の辺りにお住まいだったのでしたね。
深川江戸資料館にはまだ行ったことがありません。
次に周辺に行く機会があったら、ぜひうかがいましょう。
清澄白河周辺は、なんだか急激におしゃれなスポットになってきていますね。
伝統的な老舗や商店街が残っている一方で、最先端のお店も混在しているようで、居住する街としての人気も急上昇していると聞きます。

今回は、江戸博の常設展示は観なかったのですが、建物としてのかたちはユニークですよね。
最近、美術展などの音声ガイドに人気声優を起用することが多くなってきていると思います。
あらゆる方面で、アニメの人気にあやかろうとする企画なども見受けられるようになりました。
活性化につながる要素として縋る気持ちもわからなくはないですが、あまりにあざといと失敗しますね。

国土地理院などの古い地図は、たまに閲覧することがあります。
元々、地図を眺めるのは好きですが、古い地図というのは格別なものがあります。

私が土地の記憶に興味を持ちだしたのは、いい大人になってからです。
元々何があったかわかったところでそれがどうしたという気もしますが、なぜだかそれが楽しいのです。
西日本とて、原爆をはじめ、多くの空襲を受けたことでしょう。
富山でも、地方都市としては最大の被害を受けた大空襲があったのですよね。
私は、正直、あそこまで多く日本全国各地域で空襲を受けていたとは知りませんでした。
今回、本当に勉強になりましたよ。

災害も戦災も、時間が経っているとはいえ、それぞれの地域が、よく復興したものだなと思ってしまいます。
人の強さに感銘を受け、何が起こっても立ち直っていけるものだと思う反面、何も起こってほしくないものですね。

クラウドは、まだまだ全然整理できてなくて間に合わせです。
以前と違い、seesaaではカテゴリーが複数設定できないので、その代わりと考えています。
気づいてくださって、ありがとうございます。
追々、整理していきたいと思います!


プリュム 様

ちょっと欲張り過ぎました(笑)

たしかに、加門さんの本の中では、近寄りたくない場所として挙げられている所だったかも。
でも、加門さんは墨東地域ご出身で、お住まいでもあるようなので、避けるのが難しいとか。
なので、私もちょっとビビってたんですよ。
でも、行ってみたら、すごく鎮められている感じがしました。
雰囲気は悪くなかったです。
今回、私は行きませんでしたが、写真でみるだけで回向院の方が嫌な感じがします。
私には特別な能力はないので、感じ取れないだけだったのかもしれませんが(笑)

会社員時代の上司は、部下によくサービスしていました。
部内全員に飲み物を買ってくれたり、ケーキをおごってくれたり。
私は飲みにも連れ回されましたが、飲み代もタクシー代も全額上司持ちでしたね。
ゆるい職場だったので、部費を集めて購入したお菓子とか食べながら仕事をしてましたが、それとは別にたまに上司が差し入れをしてくれましたね。
要らないと断る人もいないし、みんなありがたくいただいてました。
ちょっとした気遣いなんでしょうね。場も和みますし。
そうして労ってくれる上司を嫌う人はいませんでしたね。
Posted by nbm at 2016年08月11日 00:44
追伸

回向院については
工藤美代子著の本にも書かれていました
↑ご存知ですか?
彼女も加門氏と同じく
実体験を元にした怪談を記していまして
興味深く読んでいます
Posted by プリュム at 2016年08月11日 06:26
プリュム 様

創刊から読んでいる怪談専門雑誌「幽」に、工藤美代子さんの怖い体験もよく載っていて、読んでいます。
その中に回向院の話があったかどうかは記憶していないのですが、あらためて読んでみたいですね。
Posted by nbm at 2016年08月12日 01:49
かつて仕事でこの界隈をよく通ってたのですが、肝心の施設には入らずじまいでした。行く必要がありますね。情報ありがとうございます。

で、初めてこの界隈をクルマで通ったとき、住居表示版に書かれた横網の文字が場所柄“横綱”に見えてしまい、東京ネイティヴの運転者に尋ねて笑われましたが、

まあ仕方ないよね、俺も初めて見たときはそう見えたし…ははは、

と。


昔の生活圏に改めて伺うというのは、曰くいいがたいものがありますよね。かつて暮らしていた物件やその街を訪ねるということをやったことがありますが、やはり変化も甚だしかったりして、肝心の物件を見つけるのにまず苦労するのが通常でした。
で、今は環七の内側で暮らしてますから、広いと思ってたかつての(多摩地区での)生活圏の狭さに驚きました。
それ以上に…道が狭いな、と。でも、徒歩や自転車でさえ狭く感じるその道を、当時はスクーターで駆け抜けてたんです(笑)。

無くなってるということが多いのも、東京の特徴かも知れません。老舗中の老舗とかならともかく、学生時代に学友と侃々諤々なジャズ論議を繰り広げてた焼き鳥屋も無くなってて、見た目は組関係っぽいながら気さくなマスターが切り盛りする喫茶店(=ここのランチメニューで初めて『ポークジンジャー』なるものを知りました)も今は無いどころか、何代かを経て(=推測)空きテナントでしたし(=最後はイタメシ屋だった模様)。

旅先で気に入った店が、数年後に訪れたら消失…ということはよくありますが(=三陸はまあ別として。街そのものが無くなりましたし)、東京のほうがもっとペースが早いのかも…そう思うときがあります。新規店舗は三年以内に9割が潰れると聞きますし。
街の新陳代謝と考えれば悪いことじゃないのかも知れませんが、思い出も消えてしまうのはちょっとツラいですよね。
Posted by 中林20系 at 2016年08月14日 19:09
中林20系 様

両国だけに、「横綱(よこづな)」町だと思いたくなりますよね。
私もそう思いましたし。
「横網(よこあみ)」とはちょっとトリッキーな感じです。
この記事でも、字が小さいですし、ご存知ない方は読み違えていることもあるかも。
機会がありましたら、ぜひ行ってみてください。

日本橋は、老舗が多い街なので、あの変貌には本当に驚きました。
元あった場所に巨大なビルが建ち、そのビルの中に新たな店舗を構えているケースもありますが、無くなっている店も多くて。

柱がいい感じに飴色になった古い接骨院があったんです。
会社で階段から落ちて、ひどい打撲を負い、長く通っていました。
無くなってしまったなと思ったら、新しいビルになって診療していました。
会社帰りに通っていた本屋は、文庫のチョイスが渋くて好きだったのですが、大型書店に負けない規模でコレドに入っています。
前の店舗は無いけれど、まだ健在なのは嬉しいものです。
当時のまま残っている店もちらほらとありました。

ノスタルジーに浸るタイプじゃないんですけど、さすがにちょっと浸ってしまいました。
Posted by nbm at 2016年08月15日 01:40
こんばんは。

こういう企画展示を江戸東京博物館で
行っていたとは…!!
去年、行った時は、戦前〜戦後の東京、
みたいな感じで、色々な資料が展示されていて
面白かった記憶があります。

しかも、今回の展覧会の面白そうなこと…!!
一昨日まで東京に居たのですが、時間が取れず、
行けなかったのが残念です。

東京の強みって、やはりこういう博物館が
充実してて、しかもそれが安いことだと思うんです。
大体1000円1枚で事足りますし。
こういうのがやはり、地方にはないな、と。

Posted by kz-1 at 2016年08月21日 22:41
kz-1 様

kz-1さんのご記憶にあるのは、常設展示でしょうか。
私は逆に常設展示を観ていないのですが、またの機会にと思っています。

確かに、東京は博物館や美術館が充実していますし、公立の所は入場料も比較的お安いのですが、企画展は別料金のことが多いです。
今回の江戸博は、常設展示との共通チケットが、直接江戸博で当日に購入する場合に限られていたので、私は利用しませんでした。

最近の企画展はどこも混雑がひどくて、ゆっくり観られないのが難点です。
大妖怪展もここにきて、チケット購入に小1時間並び、入場規制でまた1時間半待ち……みたいな感じらしいですよ。
「大妖怪展」(東京展)もそうでしたが、気の利いた展覧会ならば、週末は夜遅くまで開館していたりするので、大人は夜が狙い目ですね。

「大妖怪展」は、9月10日から大阪(あべのハルカス美術館)に巡回するので、よろしかったらそちらに行かれるとよいかもしれません。
開催期間が2ヶ月ほどありそうですし。
期間中、作品の展示替えがあるかもしれないので、サイトで出品リストを事前に調べておくのが吉です。
→大妖怪展http://yo-kai2016.com/index.html

東京にいらしていたのですよね。
きっとこれから記事に書かれることと思いますが、楽しみに読ませていただきますね。
Posted by nbm at 2016年08月22日 01:05
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