2016年11月25日

暇つぶしの成果

すでに昨日のこととなったが
朝起きてすぐに外を確認すると、すでに家々の屋根は白かった……
54年ぶりの珍事というが、11月に雪が降ったというだけでなく、埼玉県南中部ではしっかり積もっていた。4cm程か。ただ、車道にまでは積もっていない。都心でも積雪し、140年間の観測史上で初のことだとか。
当地は高台に位置するせいか、雪が積もりやすい。感覚的には、平地と山間部の中間という感じ。
外では雪が降っているというのに、マンションの室内は15度を超えていた。
一応、寒さを見越してストーブを準備してあったのだが、雪が降っている間は使わずに済んだ。
このギャップは、11月の雪ならではなのかもしれない。
紅葉に雪というのも乙だろうなと想像する。寒いから、観には行かなかったけれど。
さすがに夜になると冷え込んできたため、今シーズン初の灯油ストーブの出番となった。
部屋は暖まるし、お湯を沸かしたりお鍋をかけたりできる優れもの。
夕飯には、おでんを作りましたとさ。


さて、夏からこっち、ずいぶんとブログを書いていないので、どうにもサボりぐせがついてしまったようだ。
ここらで、溜めてあるネタを放出しておかないと、どんどん溜まっていくばかり。
今日は、簡単に読書メモを残しておきたいと思う。


『たてもの怪談』 加門七海
東日本大震災直後にしばらく怪異現象が止んだというのが面白かった。
お化けもびっくりするんだね。
引っ越しでダンボール250箱もの本が移動するなんて、作家さんも大変だな。
大学教授夫人の友人は、やはり本の重さに耐えられる一戸建てに越したと言っていたっけ。
「魔の道」の話は、小野不由美さんの『残穢』に通じるものがあり、恐ろしい。


『翔んで埼玉』 魔夜峰央
埼玉県民としては、読んでおかなくてはと思い、読んでみた。
魔夜先生の埼玉愛を感じる1冊。
作中に登場する魔夜先生が『マカロニほうれん荘』のトシちゃんに見えるのだが、意識していたかどうか真相はわからない。


『「24のキーワードでまるわかり!最速で身につく世界史』 角田陽一郎
テレビのバラエティ番組を制作してきた著者が、わかりやすく世界史の概要を教えてくれる。
昔から歴史の授業が大嫌いだった私は、日本史とも世界史とも最低限の付き合いしかしてこなかった。まるで身についていないというわけだ。
そんな私にもお手軽に世界史の知識が少しでも身につけばと読んでみた。
キーワードごとに解説してくれるのもよい。全体像が見渡せるような感覚。
複雑になりがちな例えば宗教というテーマでも、簡潔にまとめられていてわかりやすい。もちろん、それだけで語れない部分はたくさんあるのもわかっているが、アウトラインを理解するのには充分だ。
文明や宗教や国家や民族といったものが根っこにあって、お互いが関連しながら世界が動いていく様子が見えてくる。
そんな中での日本という稀有な国。日本が”極東”と呼ばれてきたことに納得できた。と同時に、世界の果てに位置する日本だからこそ、ユニークな技術や文明が生まれてきたのも頷ける。
世界史ではあまり語られることのない植民地支配以前のアフリカ文明についてとか、中国の王朝にはそれぞれテーマカラーがあるとか、人も動物も縦(南北)移動よりも横(東西)移動のほうが容易だとか、興味深い話が満載。


『くらべる東西』 おかべたかし・文/山出高士・写真
このコンピの本を読むのは2冊め。
大部分は知っていたことだったけれど、細かい違いがあるものを教えてもらった。
やはり、一番衝撃的だったのは、表紙にもなっている銭湯。西の銭湯は湯船が中心にあり、周りから入る形。壁に富士山もないし。商人文化の西では、身体を温めてから洗うそうで。
魚の骨抜きは、西はくの字に曲がっている。消防紋章は中心の輪が西の方が大きい。座布団の綴じ糸が西はY字で東が十字。猫のしっぽに東ではカギ型が多いというのは聞いたことがあるが、狛犬のしっぽの形も東西で違い、東では下向きに左右に流れていて、西では上を向いているのだそうで。
中には、謂われが判然としないものもあるけれど、大体それぞれに理由があり、文化的な違いがあって興味深い。


『たとえる技術』 せきしろ
2ヶ月ほど前に『偶然短歌』を読んだばかりだが、またも図書館の新刊の棚にせきしろさんの本を発見。
いろんな「たとえ方」を教えてくれるのだが、そこはせきしろ流なので、遊び心が強く反映されており、役に立つとは思えない。
ただ、たとえる際のアプローチの仕方を教えてくれるので、表現の幅を広げたい人にとっては有益だし、恰好の暇つぶしの教科書となるかもしれない。
「樽の中の黒ひげの男のような孤独」
「日曜の午後のテレビのようにつまらない」
「最近のラルフローレンのマークのように大きい」
「慣れ親しんだタオルケットのように優しい」

こんなオリジナリティ溢れるたとえ方ができたら、楽しいだろうな。


『叫びの館』
 ジェイムズ・F・デイヴィッド
書店で文庫本を見かけて、図書館で探してみるも、なし。
リクエストすれば、どこかから見つけてくれて貸してくれるとは思うが、それもちょっと憚られるような。
こういう時にこそ購入して本を読む。これは、自分にとっては「当たり」の本だと確信があった。
ある心理学者が、サヴァン症候群の人たちを集めて、それぞれの特殊な能力を統合した人格を創りだす実験にチャレンジする。ところが、実験を行った場所が悪かった。かつて、殺人鬼が人知れず地下室に閉じ込められた館だったのだ。悪いことは重なり、実験に邪悪な人物が紛れ込んでもいた……
ジャンル分けするのが難しい。オカルトSFスリラー的な?
久しぶりに、読んでいる時に物語に入り込んで、外の世界の音が聞こえなくなるくらい集中する読書を楽しんだ。面白かったぁ!
ジャンル分けが難しいような物語を得意とする作者のようなのだが、残念ながら翻訳されている作品があとひとつしかないらしい。


他にも読んだ本はいくつもあるのだが記事にするに値しないので、これくらいで。
今は、梨木香歩さんの『家守綺譚』を読み始めたところだ。
その次には、フリオ・コルタサル『対岸』を読もうと思っている。
通勤中に読んでいると、すぐに読み終わってしまい消化が速いのだけれど、分厚い本は重くて持ち歩けないのが難点。そういうものこそ電子書籍の出番なのかもしれないが、今のところまだ手を出すつもりはない。
通勤の暇つぶしに読もうと思うと、なぜか小説が多くなる。傾向としてはあまり小説を多く読まない私には珍しい。
posted by nbm at 00:46| Comment(6) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この季節の雪は
建物内部の空気が冷え切る前に降ったので
そんな現象をおこしたのですね
ストーブ派ですかぁ
確かにエアコンよりも使える・・かも
うちも昔はお世話になっています
茶を沸かしたり、おでんやカレーを温めたり
日本では囲炉裏のようなものでしょうか
火も無駄にしないというのはエコなんでしょうね

最近、加門七海「めぶくろ」を手に入れました
そのうち読むつもりです
Posted by プリュム at 2016年11月25日 21:22
プリュム 様

灯油ストーブは便利で暖かく手放せません。
朝の窓の結露には辟易しますけどねぇ。
日本伝統の囲炉裏は、いくつも役目がありますもんね。

またも、加門さんの新刊ですね?
このところ、加門さんの新刊情報は
プリュムさんに教えて頂いています。
私も読まなくちゃ!
耳寄りな情報をありがとうございます。

私の手元には今、『もののけ物語』があります。
3分の1くらいは愛読雑誌「幽」に掲載されていた内容ですが
他は読んでいなかったので
図書館で見つけて借りてきました。
加門さんの本、大好きなんですよねぇ。
Posted by nbm at 2016年11月26日 01:28
『たとえる技術』の、引用されたそれ…最高ですね!“樽の中の黒ひげ”は、別の意味で使うことがありますが(=“もう後がない”など)、こういうレトリックが日常に溢れるとわたしはうれしいな、と。

会話の中間を省けるひともいて、コンビニでその日のお昼を探しつつ、ふと気づくチルドコーナーでのソーセージ類。
あら挽きのそれしかないねといえば、“新婚さんは困りますよね”との返しが。
わたしは“16号だったら買い置きがあるかも”と返しましたが、ほかのスタッフがぽかーん…と。
要は、“赤いウインナー”を売ってなかったってことだけの話なのですが。

能力や資質もあるとは思いますが、何でもかんでも“やべー!”“すげー!”で片付けるなよと思う気持ちもありますゆえ。あと、テレビでの女子アナグルメレポートの“柔らか〜い”偏重とか。

落語にはそういう“見立て”がよく出てきて、何度聞いても面白かったりするものです。
米朝師匠の初夢噺の中で、夢に出てきた茄子がとにかく大きくて…この火鉢くらいか?いやいや、じゃあこの…だんだん大きくなるのですが、最終的な解答(?)は、

暗闇にへたを付けたような

という…宇宙的規模な大きさですよ。もう、茄子とか何とか、どうでもよくなってしまいます。

あと、好きな表現として、いわれることに感心しきりで首を傾げてばかりいる相手に“お前はチコンキの犬か?”というそれ。
これはあのビクターの…蓄音機から流れてくる主人の声に聴き入る犬のそれを当ててるのですが、昔のひとは上手いこといったもんだ、などと思います。


で、外注で呼ばれた仕事先などで出会うというか、そもそもおなじみの顔触れが多いのですが、そういう中でも話が合うひとというのがあってですね、そじゃないひととの違いは話題の幅だけでなくこういった表現の差かな?とも。

Posted by 中林20系 at 2016年11月27日 20:23
中林20系 様

先日、大学生の甥に簡単な語彙テストをやらせてみたところ
2万語程度となり
見事に「中学生レベル」という判定でした……
なんだか初級日本語しか話せていない印象だったのですが
やはりという結果に。
彼の名誉のために言っておきますが
昨今の大学生の語彙数は1万5千語から2万語程度らしく
彼が特別語彙数が少ないというわけではないようです。
おそらく、この語彙テストのレベル設定が古いものだと思われますが
ちなみに、私ごときでも5万語程度(大学生レベル)です。

「やべー!」「すげー!」と言う前に
何がどう「やべー」のか「すげー」のか考えて
尚且つ「やべー!」「すげー!」を使わずに表現するよう
クセをつけておかないといけないと諭しました。
もちろん、読書や日記を書くことなども勧めましたが
語彙力や文章力はそうそう簡単に身につくものでもないので。
あのまま社会人になるのはどうなのかと危惧してしまい
お節介とは思いつつも、ついつい指摘してしまいましたよ。

今、NHKで落語を実写化する番組をやってまして
気に入っているのです。
落語を知らない自分には、わかりやすくて面白いです。
古い文化の勉強にもなりますし。
なるほど、一人で語る落語では比喩が大きな意味を持つのですね。
それもただの比喩じゃなく、洒落っ気のあるものですよね。
聴き手の想像力も必要とされますね。

ものを知らないと理解できないことも多いですね。
ニッパーくんなんてよい例ですね。
HMVの元「His Master's Voice」。
蓄音機から流れる、すでに亡くなったはずのご主人様の声。
その声に不思議そうに耳を傾けているワンコだというのも
特に若い世代にはあまり知られていないかもしれません。

もちろん、古い世代の言葉や常識は淘汰されていくものですし
そういったことは
若い世代が知らなくてもよいことなのですが
知らないことと出くわしたときには
興味を持って憶えておいてほしいですね。

落語を聴いていると
知らない言葉や物がいっぱい出てきます。
話の面白さもさることながら
そういうことを学べるのが面白いです。
Posted by nbm at 2016年11月28日 00:06
11月が半ネット落ち状態だったのを忘れて前の記事に時差を意識せずしれっとコメントを書いてしまいましたm(__)m

「たとえる技術」いいですね!そういえば私も以前はたとえが独特だと言われました。人の特徴を説明するときのたとえですね。「人のいいぬらりひょんのような」「エジプトで発掘された壷に書いてありそうな人の顔」などなど。最近は発想が貧困になっている気がするのでブラッシュアップしたい(笑)あ、でも最近ひどい目の充血があったとき自ら「邪眼使えそうな目」とか「気の弱い人が勝手に呪われてくれそうなレベル」とか表現してました!例えとして如何な感じでしょう(笑)

『翔んで埼玉』は気になる存在です。マカロニほうれん荘懐かしい!魔夜先生の自画像はトシちゃんぽいですね(*^_^*)そういえばパタリロはきんどーさんに相通ずるものがあるような・・・(舞台パタリロの加藤諒氏はすごいですね)
Posted by たま@ at 2016年12月15日 16:30
たま@ 様

私もなんだかブログ更新が滞ってしまいまして……
放置状態が続いております。
古い記事でもコメント大歓迎ですので、お気になさらずに。

流石。たま@さんのたとえる技術もなかなかの腕前でいらっしゃいます。
「邪眼」かっちょいいですね。(←私の中二病も大概です……)
たとえるのには、伝える相手によって投げる球を変えないといけませんよね。
このたとえが通じる相手なのかと、躊躇することがままあります。

『翔んで埼玉』は、それなりに面白い作品ではありますが
あれは埼玉県民が自虐的に読んでこそ、真に楽しめるものだと自負しております。
でも、魔夜先生の古い作品なので、なんだかテイストが懐かしいですよ。
SDキャラみたいなところが似てますよね、きんどーさんとパタリロ。
連載が始まったのは、『マカロニほうれん荘』の方が少しだけ早いみたいですが
魔夜先生の中で何か影響されたのでしょうか。

マンガやアニメが実写化されると物議を醸すのが当たり前ですが
加藤諒くんのパタリロはハマり役でしたね。
Posted by nbm at 2016年12月16日 00:01
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