2021年02月09日

2020年に読んだ本 その1

輝け!nbm Awards 2020<書籍編>を開催しようと思ったら、2020年は本の記事を上げていないことに気付いた。
もったいないので、とりあえず上げておくことにする。

『見るだけで語彙が増える 英単語の語源図鑑』 
清水建二・すずきひろし 著/イラスト:本間昭文
「接頭辞+語根+接尾辞」という構成に目を付け、語源から英単語を解説してくれる。同じ語源を持つ単語を関連付けていっしょに覚えられるのと同時に、語源を知ることで単語の正確な意味やニュアンスを学ぶことができるという一石二鳥な内容。イメージしやすいイラストで表現しつつ、例文を挙げてくれているので、幅が広がる。とても素晴らしい。
例えば、「足」を表す「ped」という語根の章で紹介されていた「pedigree」という名詞。ドッグフードのペディグリーチャムのペディグリーねと思いつつ。「家系(図)、血統、歴史」を表す言葉だが、「gree」は鶴。鶴の足のようなものから、つまり鶴の足が家系図に似ている所からできている単語だとのこと。
この単語もこれが語源だったのかと何度も驚き、なるほどなるほどと納得しながら読み進んだ。一度読んだだけでは膨大な分量が頭に入るわけもなく、手元に置いておきたい1冊。すでに続編も出ているので、こちらと合わせて入手したいと思った。


『息吹』 テッド・チャン
「商人と錬金術師の門」
カイロやバグダッドが舞台となっていて雰囲気がアラビアンナイトだが、入れ子構造の寓話的な物語であることもアラビアンナイト。1対のゲートを利用した時間旅行ものでありながら、運命を変えることはできないというのがミソ。なぜかO・ヘンリーの「賢者の贈り物」を思い出す。ところどころに哲学的な言葉が散りばめられていて、かみしめながら読む。
物理学者キプ・ソーンが考案した「相対性理論と矛盾しないタイムマシン理論」に基づいて書かれている。過去を変えられず、単一の時間線しか存在しない。
訳者・大森望による解説を引用すると
二つの口の片方を高速に近い速度で移動させてからもとに戻すと、ウラシマ効果で時間が遅れるので、入口と出口で時間の差ができる。そのため、片方から入れば過去へ、もう片方から入れば未来への時間移動が実現する

表題の「息吹」
機械の体で人口の肺を交換しながら生きる種族の物語。自分たち種族の体についてのある秘密に気付いた学者が、その事実を明らかにしていく。
学者が語っている対象が面白い。
「予期される未来」
たった4ページの短編。”予言機”のパラドックス。脳科学の問題だ。
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
この一冊の中で一番長い。動物園に勤めていたアナの転職先は、仮想世界で”ディジエント”と呼ばれるペットのようなデジタル生物を飼育する仕事だった。その仮想世界を運営する会社が立ちいかなくなると、ディジエントを引き取ることを決意する。そこから派生する様々なことがリアルに描かれていく。とにかくリアル感がすごい。例えば、ディジエントに筐体を与えてをリアル世界に出すこともできるのだが、彼らがリアルな人間を見て「毛が生えている」と驚く。いろんなものに触りたがるので、指先のタッチパッド部分が摩耗してすぐに交換する羽目になるとか。または、ディジエントに法人格を与えることで法的な権利を有するようにするとか。物語がどこへいくのかというのはさておいて、ディジエントたちの反応や、彼らを保存するための様々な方策、デジタル生物の多様な利用方法などが興味深い。近未来を見せつけられているようだった。
「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
ドライブレコーダー的なものを人間に搭載した”ライフログ”が当たり前になった世界と、アフリカの文字を持たない部族に宣教師が文字を持ち込む様子が交互に描かれていく。双方の世界で語られる事実と真実。対比が面白い。
「オムファロス」
タイトルのオムファロスというのは、ギリシア語で「へそ」を意味し、創造論でアダムとイブにへそがあったのかという問題で、イギリスのゴスという自然学者が提唱した説がある。アダムとイブにへそは無く、年輪や亀の甲羅なども含めすべてのものが創造されたときに経年した姿で現れたというもの。
これを題材にした物語になっている。
「不安は自由のめまい」
キルケ・ゴールの『不安の概念』より。「不安は自由のめまいである」「不安は、精神が(心と体の)統合を提案し、自由がみずからの可能性を見下ろしながら、支えを求めて有限性に手を伸ばすときに生じる」という部分が元ネタになっている。自由意志についての物語。

所々でインフルエンザによって死亡しただの、人口が減っただのというくだりが出て来てドキっとする。
すべてが情動的。SFなのに感情に重きをおいて描かれるところがテッド・チャンがテッド・チャンたる所以なのだと思った。


『40人の神経科学者に脳のいちばんおもしろいところを聞いてみた』 
デイビッド・J・リンデン
書かれていることは興味深いのだけれど、学者が書いているからか、少々表現が硬く、また専門的でわかりにくい部分もある。
無痛症という病気というかそういう人が存在することは知っていたが、パキスタンには無痛症の部族がいるということは知らなかった。
一番面白かったのは、「脳は過大評価されている」というトピックだ。脳は個人の身体感覚と密接に関わっているため、たとえば、脳を他の人の体に移植できたとしても、脳だけを移植するのでは元の人間を再現できないということ。声の出し方、耳の聞こえ方といったひとつひとつのことが、体のパーツと脳との間のやりとりがあって出来上がっているので、他の人の体に移されても、脳だけでは元々あった個人を再現できず、それはもはや別人になってしまうという話。もっと言えば、この本全体で語られていることのひとつには、社会性とか外部の物事や人との関わり方といったものが脳に影響を与えているとも言えるわけで、自分が考えていた以上に、脳は外部から影響を受けているのだなという印象が意外性があって収穫だった。


『このゴミは収集できません ゴミ清掃員が見たあり得ない光景』 
マシンガンズ滝沢秀一
お笑い芸人としてだけでは食べて行けず、出産を控えた嫁に「金持ってこい」と言われ、副業の就職先を探すも撃沈。困った挙句に芸人仲間のツテを辿って清掃員の仕事にありついたという著者。
内容は想像がつくようなことばかりだったのだが、語り口が軽妙で読んでいて楽しい。
5歳の息子さんが、「大きくなったら、ゴミ屋さんと何やろうかな〜」と言っていて、大人は二つの仕事を持たなければならないと勘違いしているというエピソードが印象的だった。
パルプンテ(自分で言って自分に何が起こるかわからない呪文)を唱えたかのような声優の卵の話とか、「はひざわはん」と呼びかける「はいはま(埼玉)」の人の話とか、笑いが止まらなかった。
ゴミというテーマで語られる様々なエピソードで、あらためて、「世の中、いろんな人がいるなぁ」と感慨に耽ることができる人間愛溢れる1冊。
posted by nbm at 11:17| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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