2014年06月20日

人でないもの

いつもより少し早起きしてギリシャ戦を観ていたわけですが、残念な結果で……
本戦に入ってから、なんでこんなに采配が迷走するんですかねぇ。監督の目が泳いでたら、もうどうしようもないですわ。個人のフィジカルやテクニックが他の出場国に比べて低いのはわかりきっていることなんだから、戦術で切り開くしかないでしょうに。今の布陣でデカい相手にパワープレーしてどうすんの?交代もよくないし、3枚目は切らないし。いいとこなし。
ま、愚痴はくれくらいにして……
次戦は早朝ですけど、テレ朝だし、私は観ますよ。今のチームがコロンビアに勝つなんて、ありえないだろうけど、観ますよ。しょっぱい試合も見守ってこそ、勝つ試合を観たときのカタルシスが得られるってもんです。って、コロンビア戦の後、代表の試合は、もう次の4年に向けて新たなメンバーでってことになるんでしょうがね。

さて、今日は、先日目撃した奇妙なモノについて。
このところ、ダンナさんと夜にウォーキングをしています。時間帯は、10時前後が多いでしょうか。

先日、高架下をくぐる通りを歩いていた時、不思議なモノを見かけました。
その高架下は、周辺の企業の駐車場になっていると思われるのですが、その駐車場の方から歩いてくる人影がありました。
身長が高く、遠目に2mくらいあるように見えました。手足が細長く、ぎこちない動きをしながら、こちらの方へ近づいて来たのですが……
私からすると左側から近づいてくる形で、ダンナさんは私の右側を歩いていて、正面を見ていたのでソレを見ていません。あまりのことに一度視線を外してから二度見しましたが、ちゃんとそこに居ました。だるまさんがころんだ状態で、ほんの少し近づいていて。
私とソレとの距離は50m以上はあったと思うのですが、坊主頭のように見え、全体的に肌色で所々が少し白っぽく見えました。後から思い出すと、顔のパーツがあるようには見えませんでしたし、服を着ていたようにも見えませんでした。私は視力がよい方ではないのですけどね。裸眼で0.7くらいだと思います。
パッと見たところギョッとして、でも、もしヒトだったとしたら、失礼ながら健常者には見えない動きでしたから、あまり凝視したり、ダンナさんに「アレ見て!」とか指さしたりするのが憚られたので、少し通りすぎてから後ろを振り返ってみたのですが、確かにこちらに向かって歩いてきたのに、明るい通りに出てくることはありませんでした。
ソレが居た高架下は、街灯にぼんやり照らされているくらいの光量はあります。
考えれば考える程、「人でないもの」に思えて仕方ありません。単にイメージが自分の中で増幅しているだけなのかもしれないけど。
ぎこちない動きと書きましたが、例えて言うと、義足とか杖をついているような感じで、カクカクとした動き、四足やクモのような動きにも見えました。イメージで言うと、『サイレントヒル』のナースさんたちみたいな感じ。あんなにクネクネはしてないけど。

夜勤に向かう人だとか、近道として高架下を歩いていた人ということも、もちろん考えられます。通りには出ずに引き返したのかもしれないし。
ですが、タッパの高さと、手足の細長さ、ぎこちない動き、顔がないように見えたこと、これらすべてを総合するとどうもヒトだとは思えません。
では、何だったのかと問われても……
二度見してもそこに居たし、一瞬だけの錯覚とも違います。

あんなモノを見たのは初めてだったので、さすがに怖い。しばらくあの道は通りたくないな。
ダンナさんにちゃんと見てもらえばよかったんですが、100mくらい過ぎてからこんなモノを見たと話すと、「オレも見たかったなぁ」と笑われておしまいでした(苦笑)
何だったのかなぁ、アレは……
posted by nbm at 11:30| Comment(6) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月28日

あなたはだあれ?

母の引越し準備で昨日も動き回り、私が帰ったのは、午後8時近くなってしまった。
家に帰ると、ダンナさんがおもしろいことを言う。

ちょっと疲れが出たダンナさんは、私よりもだいぶ先に家に帰っていたのだけれども、珍しく少し横になったのだそうな。
うちは、リビングの真横が寝室で、大抵は寝室との境の横開きの戸を開けておくので、寝ている位置からリビングが見渡せる構造。そのときも、戸は開いたままだった。
寝ていたダンナさんが、私が帰ってきた気配に気づいて、目を覚ましたけど、うとうととしていた。
私は廊下を歩いてきてリビングに入り、ガサガサと買い物してきた袋を置く音がして、パソコン前の椅子に座り、メールチェックだか何やら少しパソコンをいじると、椅子から立ち上がって廊下をパタパタと進み、トイレに入るドアの音がした。
ところが、トイレに入ったままかなり長い間出てこないという。
「帰ってくるなりうんこか?」とか思っていたけど、それにしても長い。

と、思って起きだしたら、今点いていたはずのリビングの照明が点いていなくて暗いまま。パソコンも、触った形跡がなく、私は居ない。
おかしいなと首をひねっていたら、玄関のドアが開いて、私が帰ってきた、と。

つまり、簡単に解釈すれば、ダンナさんは「私が帰ってきた夢」を見ていたのだと思うのだけれど、それにしてはどうもリアルだったらしく、腑に落ちない様子。
私の姿を見たわけではなく、音を聞いたり気配を感じたりしていただけなのだと思うのだけれど。

ドッペルゲンガーを飛ばしていたかしら?

そのころ私はというと、何軒も店をまわり、母の新居に必要な家具・家電をすべて一気に注文し、配送の手配をしてもらっていた。
前日も実家で引越しの準備に追われていたので、疲れきっていたのだけれど、なんだか一気にやってしまいたくなって、微熱が出て不整脈が出ている身体に鞭打って、走り回っていた。
魂が抜けかけていたのかもしれない。

昨日のダンナさんと似たような体験は、私も経験しているので、夢とは言い切れない。
かつて、2階建ての小さな家に住んでいた頃のこと。
日もとっぷりと暮れて、そろそろダンナさんが帰ってくる時間。
2階にいると、階下で玄関のドアが開く音がした。玄関ドアを入ると、ガラスの嵌った引き戸を開けて中に入る構造なのだけれども、その引き戸が開く音もして、階下を歩き回る音がする。
ダンナさんが帰ってきたのだと思い、「おかえり〜」と言いながら階段を下りてくると、誰も居ない……

「おかしいな」
と思っていると、数分後にさっき聞いたのと同じ玄関を開ける音がして、ダンナさんが帰ってきた。
聞こえた足音は、確かにダンナさんの足音だったので、私はダンナさんのドッペルゲンガーが一足先に帰ってきているのだと思っていた。
この現象は1度だけでなく、3度くらいは経験している。
両隣に同じ構造の家があったのだけれど、隣の家から玄関の音や足音が聞こえてくることはない。
ただ、今の家に引越しをしてからは、こういうことは経験していない。

くだらないことをもうひとつ。
一昨日の話。
実家で動き回って、わがままな母の相手をし、疲れきって帰ってきた私。
夜遅く、無性に炭酸飲料が飲みたくなって、ダンナさんが買ってきてくれることになった。
最近お気に入りのオランジーナをリクエストして買ってきてもらったのだけど、おまけにカールを買ってきてくれた。
「なんでわかった?!」
その前日のこと。私が同じ店で買い物をしていたのだけど、チーズ味のカールが食べたいと思い買おうかどうしようか何度も悩みながら、なんだか我慢してしまって、買わずに帰ってきたのだった。
昨日欲しいと思ったものが、なぜだか目の前にある不思議。
そりゃあ、カールは好きですよ。特にチーズ味が。でも、他にも好きなお菓子はたくさんあるし、別に特売だったわけでもないのに、なぜカールを買ってくる?どうして私が食べたいってわかった?

昨日の昼は、外でヤマバトが鳴いている声がして、ダンナさんといっしょに稲川淳二の「鳩の来る部屋」を思い出してしまい、久々にYouTubeで観た。
怪談としては、やっぱり秀逸な話だなぁ。
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2012年11月24日

入れ子の夢

先日、実家でとある作業をし、疲労でグッタリして帰宅。
その日は、風呂も入らず早めに寝てしまった。すると夜中に……
ダンナさんがなんか言ってる。それで目が覚めてしまった。
うちのダンナさんは悪夢を見ると、ピャーピャー言うことが多い。夢の中ではハッキリ発語しているんだろうけど、現実には高い声で「ピャーピャー」(笑)
でも、その日は少し違う。何かハッキリ言ってる。しばらく聞き耳を立てていると……
「なんでそんなことを…」って繰り返し言ってる。
ニュアンスとしては、すごく理不尽なことをされて、それに対する抗議のような感じ。
起こそうかどうしようかと思っていると、本人も少し目を覚ましたようだったけど、そのまままた寝てしまったようなので、何もしなかった。
翌朝、寝言を言っていたことを告げると、まったく夢の内容は覚えていないものの、確かに何か理不尽なことをされていたような気はすると言っていた。
私は疲れて寝ていたところを起こされた格好になったけど、ダンナさんは私のいびきで寝付けなかったらしく、お互いに睡眠妨害をしていたという話。
すみません、いびきを止めるためには少しでも痩せないとね(苦笑)

さて、本題はここから。
そんなこんなで、その翌日は眠くて眠くて。
眠気に耐えつつ過ごしていたものの、夕方になってどうにも耐えられなくなり、ちょっと横になった。
ふと気づくと、隣室から気配がする。玄関のドアが開く音はしなかったのに、ダンナさんが作業着を脱いでいる音がする。ダンナさん、もう帰ってきちゃったんだ!
慌てて布団をはねのけ、ガバッと起きた。
すると、寝る前に消したはずのパソコンのモニターが点いている。「あれ?消したはずなのに」
ここで気づいた。私はまだ”夢の中”にいる!
慌てた私は、夢の中で「起きろ!私!」と自分の両頬を叩いた。
瞬間に目が覚めると、暗い部屋の中で、まだ布団の中に横たわっていた。やっぱり夢だったんだ。
起きてみると、パソコンモニターは点いてない。ダンナさんもまだ帰ってきていなかった。

しばらくして帰宅したダンナさんに、こんなことがあったと話すと、大ウケしていた。
特に、お相撲さんのように顔をバシバシ叩いて起きようとしたくだりとか。

自分にしてみれば、現実との齟齬があって、違和感が生じて、「これは夢だ」と気づいたのだと思う。
まず、ダンナさんが帰ってきているようなのに、玄関のドアを開け閉めする音がしなかった。これは、寝ていて気づかなかったと思えばそれまでだけど、衣擦れのような音が気になって目が覚めたはずなのに、ドアの音に気づかなかったのは不自然だ。
もうひとつ、現実では消したはずのパソコンのモニターが点いていた。ここでも、単なる消し忘れとは思わず、「何かが違う」と直感し、「これは夢だ」と気づいたわけだ。
冷静に考えると、あれは明晰夢の一種。
自分が夢の中にいることを意識できた。そして、その瞬間、なぜか「この状態を長く続けてはいけない」と直感的に思い、一刻も早く目覚めなければと慌てて起きようとした。だから、夢の中で自分の顔を叩いた。
起きてみると、顔を叩いてはいなかった。行儀よく気をつけの姿勢で、布団の中に収まっていた。
あの「この状態を長く続けてはいけない」という危機感の正体が知りたい。
ひとつ気になったのは、パソコンのモニターについて。なんで、夢の中では点いてたんだろ?誰かが私に、「これは夢ですよ」と知らせるために送ってくれたサインのような気がして不思議だ。いや、その誰かというのは私自身に他ならないのだけれども。

明晰夢は、以前に一度だけ経験がある。(→過去記事そこにいるのは…私)

あのときも、俗に言う幽体離脱のような感覚を味わいながら、ビビって続けることができなかった。
世の中には、明晰夢で自分の見たいように夢を操作して見ることができる人もいるらしい。
片鱗を経験したのだから、続きをやってみたいと思いつつ、なぜかそこには足を踏み入れられないビビリな私である。
明晰夢を見過ぎると、中毒のようになったり、夢と現実の区別がつかなくなって精神に異常をきたしたりすることがあるとも聞く。
パソコンモニターのサインは、この夢を見続けると危険であるとの、私の深層意識からの警告だったのかもしれない。

現実に目を向ければ、太ってからというもの睡眠時無呼吸症候群のような状態なのであるから、眠りが浅く睡眠の質が良くないのは自覚していることで、これを改善するのには痩せるしかない。
痛めていた腰もよくなったので、最近は少しずつウォーキングをしている。私の場合、運動が大事だ。だからといって、重い体重でいきなり走ったりすれば膝などに負担がくるだろうし、「泳ぐ」か「歩く」が妥当。泳ぐよりも歩く方がお手軽なので、歩いている。効果はあるが時間がかかる方法。だけど、地道に続けるしかない。
食事自体はカロリーもバランスも常に気をつけている。他に間食するからダメなのであって(笑)間食を控えるのは当然としても、あとは運動してカロリー消費をすればいいことなのだ。
こうして文章に書くのは簡単でも、実行するのはなんと難しいことよ。
posted by nbm at 10:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月05日

失せ物

一昨日の夜、超久しぶりに”ぐるん”がありました。
これは回転性の瞬間的なめまいなんですけど、ブログの過去記事を見る限り、今年3月20日以来。
一昨日は確かに体調が悪く、終始フラフラしていて、まっすぐ歩けてなかったりしてましたが。
これが来ると、大体2日以内に近県で大きめの地震が起こることが多いです。
いや、ただのこじつけだから気にしないでください(笑)たぶん、単なる寝不足です。
ちなみに、前回3月20日以降、茨城・千葉・東京震源で最大震度4の地震は8回、最大震度5弱が1回ありましたが、ぐるんはありませんでした。当地での震度は1〜3程度。
前回3月20日の後に、大きめの地震はありませんでした(笑)ね、何でもないでしょう。
大体、なんで数日前?何かを感じ取って体が反応しているとしても、何を感じ取ってるっていうんだ?自分で考えたってオカシイ。理解不能です。
でも、今回は、3日前に今まで見たことないような周囲が赤い月暈を目撃したり、テレビの音量が瞬間的に小さくなる症状が出たり、蛍光灯のチラつきが出たりもしているので、何かあってもおかしくない気はしてます。
何もないことを祈りますが。

さて、今年の暑さについての記事を真面目に書こうとデータを整理したりしていたのだけれども、集中力が続かず。
もうひとつ頭にあった別のことを書いてお茶を濁そうと思います。

先日、ユニクロの店内で、ハンカチを落としてしまいました。
汗っかきの私にとってはハンカチは夏の必需品で、吸水力に優れたタオルハンカチを愛用してます。出先でこれがないと、非常に困ったことに。
荷物も持っていたし、試着しようとしていたものをいくつか持っていたので、紛れてどこかで落としてしまったようなのです。試着室の中に落としたかもと見てもなし。
店員さんに聞いてみたり、歩いた覚えのある通路を一通り巡って見たりするのですが、結局見つからず。タオルハンカチの中でもオーガニックコットンのそれは、一番のお気に入りだったので、失くすと残念だなと思いつつ、見当たらないので諦めることにしました。
最後に、レジで会計をする段になって、もう一度別の店員さんにハンカチの落し物がなかったか尋ねてみました。インカムで他の店員さんに探すようお願いしてくれる様子だったのですが、落としたのは自分だし、たかがハンカチに手を煩わせるのもと思い、それを静止して「ありがとうございました」と店を出ました。
店を出て自転車に乗ろうとしていると、裏口から外を回って、最初にハンカチが落ちてないか訊ねた店員さんが走って行くのが見えました。私の横を通ってレジの所へ。なんか持ってます。
レジにいた店員さんに手渡すのが見え、もしやと店内に戻ってみると、それは私のタオルハンカチでした。
どこで見つけたのかは聞かなかったのでわからずじまいですが、見つけてくれてありがとう。途中に居た私を見逃したのはナゾですが、走って届けてくれたし。
たかがタオルハンカチ1枚ですが、愛用品だったので戻ってきてくれて嬉しかったのです。

実は、コイツには前科がありまして。
あれは、2年前。野又穫さんの絵を観に高崎に行ったときのことです。
高崎遠征について、詳しくは、過去記事埼玉縦断!夏の美術館遠征その2高崎遠征外伝
をどうぞ。
ちなみに、野又穫さんの新しい作品5点が、この9月中に恵比寿MA2ギャラリーで見られるそうです。
『ブラインドサイト―盲視の知覚』MA2ギャラリー
興味のある方はどうぞ。

そうそう、前科の話でした。
8月の終わりとはいえ、夏の高崎。その日の気温は覚えてませんが、35度を超える猛暑日だったと思います。
美術館からの帰り、バス停でひとりバスを待っていると、ふと手に持っていたはずのタオルハンカチが無いことに気づきました。
「落とした!」
急いで美術館への道を戻り、バス停までの中間地点辺りで落ちていたコイツを拾ったのです。
猛暑の高崎で、危うくタオルハンカチ無しで過ごすことになる所でした。

このタオルハンカチ。
会社で働いていた頃に、台湾から来ていた同い年の同僚が退職するときにいただいたもの。
もう10年以上使ってることになります。オーガニックコットンで、肌触りがよく、一番のお気に入り。
タオルハンカチといえば、いただきものばかりですが、これは別格のお気に入りなのです。
2度失くしかけて、戻ってきてくれました。

そういえば、お気に入りの帽子を失くしたこともありました。
→過去記事かあさん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね。
何度も何度も探したのに、見つからなかったのがわからない。
失くしたときの記憶がないのもわからない(笑)

今も所有する自転車が盗難に遭い、戻ってきたこともありました。
何の変哲もないフツーのママチャリです。
たしか、駅近くの駐輪場に停めて置いたものが失くなっていたのでした。もちろんカギはかけていたけど、壊されたのでしょう。
数日後、見知らぬ方からハガキが届く。
「うちの庭先にある自転車は、あなたのものではありませんか?」と。
自転車に書いてあった住所に連絡してくれたのです。
後日、引取りに伺うと、駅からは何kmも離れている場所で、自転車にしたってよく漕いだよなと感心するくらいの距離がある。
連絡をくれたお宅にはお礼の品を持参し、感謝して引き取ってきた覚えがあります。
どうでもいい自転車なのだけど、こんな風に戻ってきてくれると、不思議と愛着が沸くものです。

ついでに、不思議な話をひとつ。
どこかで書いた気もするんですけど。と探したらありました。
→過去記事♪ブル〜ダ〜イヤ〜♪
大学生時代の話。
友人数人と大学近くの喫茶店に入っていたときのこと。
トイレに行って、席に戻ると、嵌めていたはずの指輪がない……
トイレに置いてきたかと思ってすぐに行ってみるのだけど、見つからず。
ちなみに、私の後にトイレに入った人はいない。
私は無精なので、手を洗うときに指輪をいちいちはずしたりしないのに、なぜかはずしたらしい。
洗面台の上に置いたような気もする。
トイレにはバッグを持って入ったので、バッグの中も隅から隅まで探したけれど、見つからず。
変だなと思いながらも、2千円もしないようなお安いシルバーリングだったので、「ま、いっか」と諦める。
しかし、数日後、そのときに持っていたバッグの中からその指輪が出てきた。自分は普段使っていなかった外側の薄いポケットから。
指輪は結構太めなので、その薄いポケットに入っていたら、外から見てもふくらみがわかるはず。
あのとき、普段使わないそのポケットの中も当然探したけど、見つからなかった。
私にしてみれば、姿を消した指輪が、こっそり自力で戻ってきたみたいな感じなんです。
んで、上記の過去記事を書く際に、この指輪の写真を撮ろうとしたんですけど、なぜかデジカメが動作しなくなり……結局写真が撮れませんでした。ということは、コイツは写真を撮られたくない(?)んだろうから、今回も撮りません。
この指輪、今も所有はしてますが、身に付けることはありません。
もともと、表参道の露天で買ったものなので、出処もよくわからず、不思議な雰囲気をまとった指輪です。
ちなみに、指輪を失くしたお店の名前は、「まほうつかいのでし」。
何かの魔法にかかったんでしょうか(笑)

この指輪のように、モノが失くなって戻ってくるみたいな体験はこれきりなのですが、納得がいかず、ずっとモヤモヤしてます。
ひょんなことから、佐藤愛子さんの『私の遺言』という本を知り、読んでみました。
著者の佐藤さんが、何十年もの間、悩まされてきた不可解な現象について書かれた本です。タイトルからは、想像しにくい内容ですよね。
それらの解釈については、目に見えない確認できない世界のことなので、私にはよくわかりませんが、モノが失くなる現象は幾度となく出てくるので、興味深いです。
テーブルの上に置いておいた車のカギやらコードレス電話やらがソファーの中の奥深くから見つかるとか、知らない間に何かが積み上がってるとか、失礼ながら、ご本人が無意識のうちにやってるのでなければ、説明がつきません。いつも誰も見ていないときにモノの移動は起こり、移動した先で発見するらしい。
納戸のダンボールの中のペットボトルが、台所の冷蔵庫の上にずらっと並べられていたこともあったそうな。佐藤さんの娘さんが考えるには、ふわふわ飛んでいくわけではなく、一旦消えて別の場所にひょっこり現れているように思う、と。
でも、私もまがりなりに同じようなことを体験しているので、現象が起きていること自体は否定しません。それが何なのかはまったくわかりませんが。一旦消えて別の場所に現れるという表現もわかるような気がします。
この本の中では、それは心霊の仕業と考えられ、幾度となく様々な形で祓いが行われるわけですが、収束するまで何十年もかかってますね。
失せ物や様々な不可解な現象の原因は置いておいて、アイヌの人たちのことについては、ほとんど知らなかったので、勉強になった部分もあります。

忘れ物は少ない方だと思うんですけども、落し物をすることは多くなったような。歳のせいでしょうか(笑)
”失せ物”というと、どこか妙なニュアンスが含まれている感じがしますね。
ちなみに、人が失くしたものを探すのは得意です。
コンタクトレンズやらイヤリングやら、見つけてあげることが多いです。
家で何かが見つからないときは、バカバカしいですけど「○○ちゃん、どこ〜?」と呼びかけると、大抵のモノが答えてくれます。ありそうなところとなさそうなところが直感的にわかりますから、よく「この部屋にはある気がしない」とか言いながら他を探したりしてます。あれ、何でわかるんでしょうか。気配というか、モノが発している波長のようなものがある気がします。
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2012年05月31日

またまたたまたま

昨日のこと。
軽く予知能力が発動。

朝の時点では、午後から用事を足しに出かけるつもりでいた。
なんだけれども、実際午後になってみると、どうもなんだかその気が削がれて出かける気にならず、うだうだとしているうちに午後も遅くなってしまった。あ〜あ、もったいない。お天気が不安定な日が続く中、貴重な晴れの日だったので、出かけるチャンスだったのに。
すると、ダンナさんから電話が。
極稀に、ダンナさんの仕事のお手伝いをすることがある。車の引取りや納車のお手伝いをするのだけど、1年に1回あるかどうかくらいの頻度。昨日は、納車の手伝いをして欲しいとのこと。夜に、という話だった。ダンナさんがお客さんの車を運転していくと、帰りの足がなくなるので、私が車で付いていくというわけ。
ダンナさんは、毎日お昼を食べに家に帰ってくるのだが、昼にそんな話はなかった。
「夜に」という話だったが、実際に納車に行ったのは5時過ぎ。私が出かけていたら、間に合わない時間帯だった。
なんとなぁくなのだけれども、出かけない方がよい気がすると思いうだうだしてしまったのは、こういうことだったのかと後から合点がいく。

このテの勘が働くときには、予定が崩れることが多い。
計画していたことができずにいたり、何かしら小さなトラブルが起きて予定変更になったり、時間が押したりする。
人に偶然会うときも、こういった感じ。
近くに住む友人Mちゃんとは、スーパーなどで偶然会うことが珍しくないのだけれども、そういうときは、双方ともに予定が狂った結果であることが多いことを互いに発見している。
そうして、Mちゃんとは、今までに何度も偶然に会ってきた。
近所とはいえ、彼女の家と私の家とは1kmくらいは離れている。買い物のエリアとしては重なるから、会うのは珍しくないことだとは思うけれども、昼だったり、夜だったり、時間帯もバラバラ。この時間帯にあの店に行けば会えるというわけでもない。図書館で会うこともあるし、道端で会うこともある。

ところが、先日、おもしろいことがあった。
Mちゃんと会う約束をするのだけれども、何度もすれ違い、なかなか会うことができなかったのだ。
共通の友人のかわいがっていたペットが亡くなってしまい、Mちゃんといっしょにお花を贈った。私がお花代を立て替えたので、Mちゃんからお花代の半分を受け取るために会おうというわけだった。
「いつでもいいし、今度会ったときにでも」と言っていたのだけれど、律儀なMちゃんは、うちに届けに来てくれるつもりだったようだ。
私の都合を考えてくれて、届ける前に確認のメールをくれた。
1回目。ある日の午前中。Mちゃんからのメールが届く。
私は、数ヶ月に1回くらい、何がいけないのか眠れなくなる日がある。別に、精神的に問題があるとか、コーヒーを飲みすぎたとかいうことでもなく、脳の興奮が取れずになんとなく眠れない。たまたま、この日の前夜がそうで、ダンナさんを送り出した後、午前中は爆睡していた。それで、Mちゃんのメールに気づかず。
2回目。前回から1週間ほど経った日の夜、7時近く。
いつもなら、7時過ぎに夕飯の支度を始めるのだけれども、この日は日本代表のサッカー中継がある日で、サッカー見たさにいつもよりも早く6時半くらいから夕飯の支度を始めていた。Mちゃんからメールをもらったのは、ちょうど台所に立っている時間で、またもメールに気づかず。しかも、どういうわけか、メールが来ていたことに気づいたのは、サッカーの試合が終わってからだったので、数時間経ってしまっていた。
3回目。2回もメールに気づかないという失態を犯してしまったので、翌日の午後、Mちゃんの都合さえよければ会えないかと打診してみると、OKとのことだった。二人の家の中間点である図書館で落ち合う約束をする。
そして、その当日。Mちゃんに急用ができたということで、結局会えなかった。
それならばと、そのまた翌日の午後に会う約束をして、4回目にしてようやく会うことができた。
言い訳になってしまうけれども、普段の私はメールにはすぐ気付く。そして、すぐに返信する。それが、立て続けに、Mちゃんからのメールだけ気づかなかったのが不思議でならない。
偶然に会うことが多い私たちなのに、ここまで会うことができないのは、まるで何かに阻まれているような気がしてきて、おかしな気分だった。

ちょうど私たちが会えずにいたその間、Mちゃんのパートナーとうちのダンナさんが会っており、彼らの家にオバケが出るという話を聞いていた。ちなみに、Mちゃんのパートナーとうちのダンナさんは、高校の同級生。私も同級生なので、彼のことは、私も高校時代から知っている。Mちゃんも10代の頃からの付き合いだ。
ある日、Mちゃんが先に寝室で寝ていて、後から彼が入ってきて隣で寝ていると思っていたら、朝起きたら彼は横にいない。彼は別の部屋でうたた寝してそのまま朝まで寝てしまっていたらしい。では、寝室に入ってきて横で寝ていたのは一体誰?
Mちゃんが2階に居て、階下で扉が開いたりして彼が帰ってきた音がしたので、降りてきてみると、誰もいない。とか。
”その人”が、私とMちゃんが会うことを良しとしなかった、のか?(笑)
結局、晴れてMちゃんと会えた日、図書館で落ち合ったはいいけど、話せる場がなかったので、Mちゃんのお宅にお邪魔。だけど、別に不穏な気配は感じなかったわ。

そういえば、この間にこんなこともあった。
友人Rちゃんから、PCにメールが届く。Rちゃんの携帯電話に、とあるPCからメールが入ったという。覚えがない相手なので開かずにいて、でももしかして私なのかと思い、その確認のメールだった。PCからメールを送ってくる相手は、私くらいしかいなかったんだろうと思う。
私はずっと携帯電話でのメールをしていなくて、最近始めたばかり。どうやらRちゃんには、携帯電話のメールアドレスを送りそびれていたようだ。
そのPCからのメールは私ではないけど、このことをきっかけに携帯電話のメールアドレスをRちゃんに教えることができた。
Rちゃんとは、とある高校を受験したときに友達になったという不思議な関係。結果的に、二人ともその学校には行かず、別々の高校に行った。だけど、なんだか気があって、それから長いこと文通したり、お互いの家に遊びに行ったりしていた。
そして、うちのダンナさんが住んでいた家のすぐご近所に偶然Rちゃんが越してきたことがあり、ダンナさんとも知り合うことになった。
実は、Rちゃんからメールが来た前日、ダンナさんと久しぶりにRちゃんのことを話していたんだ。今の若いコたちは、友達の家に遊びに行ったりすることが少ないらしいなんて話をしてた。ダンナさんとご近所だったRちゃんは、ちょくちょくダンナさんの所に遊びに来ていたらしいのだが、そんな昔話をしていた。なので、Rちゃんからメールが来て、「テレパシー通じた?」と思ってしまった(笑)
今、Rちゃんは隣市に住んでいて、お互いの家に何度か行き来している。今年1月にも、うちの方に遊びにきてくれている。お子さんを育てつつ、共働きをしているので、忙しい中、たまたま時間が少し空いたので会えないかと連絡をもらって、会ったのだった。今回は、そのとき以来のメールだった。
私は、小中学校時代の友人とは疎遠になっているので、Rちゃんが一番古くからの友人ということになる。ダンナさんとは、高校1年生のときに出会っているわけだが、Rちゃんとは、その数ヶ月前に出会っているわけだから。

偶然の出会いについて、ついでにもうひとつ。
少し遡って、母の日のこと。
まず、義母のところへ出向く。義母が食事を用意してくれていて、それをご馳走になり、それから実母の元へ向かった。
義母の家から実家に行く際、今まで通ったことのない道へ入る。ダンナさんが運転していたんだが、新築の住宅が並んでいる新しい道に、ふと入ってみる気になったようだ。ちなみに近道というわけではなく、どちらかといえば遠回り。
新築の住宅の間を抜け、いつものルートに戻ろうと道を曲がってすぐの家から今まさに出かけようと出てきたあるご家族に遭遇。それが、私のアルバイト仲間の家族だった!
車の中から声をかけると、やはり彼女で、お互いにびっくり。義母と同じ町内に住んでいるということは聞いていて、「そのうち偶然会うかもね」なんて言っていたんだが、実際に会うとは。
彼女は、この春から大学生。先月、進学を祝ってバイト仲間で集まり、食事を奢ってあげたのだった。ご両親からそのお礼を言われたりして、気恥ずかしかった。ご両親は、私と同年代なんだもの、なんか複雑(笑)
なぜにダンナさんがそんな道に入ったのかはナゾだけれども、そうやって彼女に会えた。

5月は、こんなことが重なった月だった。まぁ、狭い地域での話ですから、特にどうということでもないのだけれども、あまりに続いたので面白かった。
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2010年12月04日

SPEC

NHKの『サイエンスZERO』で、「五感の迷宮」というシリーズが放送された。シリーズ最後の「第六感」の回のみ観てみたよ。

直感はなぜ当たるのか。
ひとつには、経験を積み技能(スキル)が上がると、行動と知覚の結びつきが精密になってくるから。熟練のワザってやつだね。番組では、ヒヨコの雌雄を鑑定する人を取り上げてた。素人にはほとんど見分けのつかないヒヨコの雌雄をたった0.5秒で見分け、ほぼ間違いはないそうだ。脳科学的には、何かに熟練すると、小脳にその機能が移ることがわかっているという。
もうひとつは、願望や疑惑によりアンテナを張っていると、予想をしていたことの手がかりを敏感に拾うから。子どものウソや旦那の浮気を見破ったりする、いわゆる”女の感”はこっちだね。

しかし、”直感的判断の後付け再構成”というのがあって、物事の原因と結果をまとめて記憶しておくことは後々役立つわけだけれども、あらかじめ感じていた予感が実際の結果と違うと、逆に予感の方を結果に見合うように記憶の中で書き換えられてしまうということが起きるらしい。予感を書き換えてしまっているのに、「予感が当たった」と思いたいわけだね。
予感が当たらなかったことは印象が薄いので、予感が当たったときのみが記憶に残っていくことになるらしい。
「予感が当たった」と感じたことが、すべて実際に”当たっている”わけではないかもしれないってことだ。

直感を働かせるときに、人間の脳の中ではどういう反応がおきているかというと、
側座核→眼か前頭皮質→島皮質→運動皮質等と強く反応する部分が移っているらしい。
側座核は、進化的にみて原始的な場所で、人が好き・喜ぶものに反応する。
眼か前頭皮質は、無意識な気持ちと体の反応を繋ぐ部分で、判断が厳しいときにより強く反応する。究極の選択をするときには、ここが激しく反応するというわけね。
島皮質は、好きなこと、いいこと、逆に痛みや不快感などの感情を司る部分だそうだ。
そこまでのプロセスを経てやっと、ボタンを押すために運動皮質が働くとか具体的な行動に出ることになる。
例えば、好き嫌いを選択するときなど、選択していること自体を自覚する以前に、脳はいろんな判断をしているということらしい。

ここまでは、別段不思議なことではないね。

ここからはちょっと面白かった。
座禅を組み集中すると、客観的に自分の頭上から自分の姿を見下ろせるという人の脳について、直感と脳の関係性を研究している学者さんがいる。俗っぽい言葉で言えば、幽体離脱だね?
この方が座禅を組んでいるときには、前頭前野内側部の活動が活発になるという。
たとえば、表情だけで他人の気持ちを読み取るような、直感的に相手の心の状態を理解することにつながるはたらきをする部分だと言われている部分。
その一方で、このとき、大脳の働きが沈静化し、言語機能や理性的な判断機能が落ちているそうだ。
なんでもそうだけれども、脳の働きをどこか一部に集中させようとすると、他の機能を遮断してでも使いたい機能をめいっぱい働かせようとする傾向にあるね。
この場合も、直感的な部分を働かせようとするから、他がお留守になるわけか。

興味深いのは、直感をはたらかせようとするときに前頭前野内側部の活動が活発になるということ。外側から見ると、眉間の部分に当たる。
ここって、いわゆる”第三の目”とか、アージュナー・チャクラとか、仏の相好で言えば白毫、ヒンドゥーの人々がビンディをつける場所。
偶然といわれればそれまでなのだけれども、古くから直感を司る部分のように言われてきた場所が実際に強く反応しているというのは、偶然では済まされないような。
以前、おそらく人格障害を抱える友人とのことで対応に非常に悩み、数時間集中して彼女に送るメールの文章を試行錯誤していたとき、眉間の辺りが熱くなり、まさに「脳みそのココをフル稼働させているな」というのを実感したという体験があるのだけれども、そのときは何も直感的なものを必要としたわけではないけど、脳のココを使っているという感覚を感じたのは初めての体験だったので、そういったことを自覚できることがあるものなのかという発見があった。
つまり、直感を鍛えるために、眉間を意識するという修行を積めば、意識的にその部分の活動を活発化させることが可能なはず。
精神修養のために座禅をやろうという人は多いと思うけれども、たしかにセルフ・コントロールの訓練にはなるのかもしれない。

もうひとつ、番組内で気になったのは、潜在知に何をどのくらい溜めておくかで、直感の使い道が変わるというようなこと。
潜在知というもの自体がちと説明不足でわかりにくく、つかみきれないままなのだけれども。
つまり、人が経験し内部に蓄積してきたことが、たとえ自覚できる部分で忘れ去られたとしても、無自覚な部分では生きていて、様々な意思決定に影響していくということなのだと思う。たぶん。
科学者などが、問題にぶちあたったとき、研究から離れて散歩をしていたら解決策をひらめいたとか、そういう場合には、この潜在知が役立っているということになるらしい。
そして、潜在知というものは、年齢を経るにしたがって増えていくものであるから、年齢を重ねれば重ねるほど、有効に使っていけるはず。
ここは、ムダとしか思えないようなことに時間を費やし、しかも触れた内容をそばから忘れている私のような人間にとっては、とても励みになる理論であるね。そうやって、自分を正当化するのも大概にしておいた方がいいけど(苦笑)

ある朝のこと。
「今朝は卵かけごはんにしよう」と思って起きる。
朝の献立は、目覚まし時計と格闘しながら、ぼんやりと頭の中で整理することが多い私。前日から大体考えていることも多いけれども、その場合も、半覚醒から完全に起きるまでの間に頭の中で具体的にイメージする。その日も、そうやって、「卵かけごはん…むにゃむにゃ…」みたいに考えながら半覚醒していて(だけど言葉には出してない)、しばらくしてから起き、朝食の支度をする。
すると、起きて来たダンナさんが、「あっ!卵かけご飯だ!なんで卵かけごはんが食べたいってわかったの?」
「いや、別に、なんとなく…」

この”なんとなく”というのが直感の正体であるのはわかるのだけれども、偶然とは思えない頻度で、うちではこういうことが起きるので、この”なんとなく”がどこからきているのか知りたいんだけど。
でも、別にダンナさんの顔に書いてあるわけでもなく、「○○が食べたい」というのを聞いた覚えもなく…、朝ごはんのルーティンが決まっているわけでもなく…。
ダンナさんも半覚醒状態にあったのかもしれなくて、半覚醒状態同士で、テレパシーでも交わしてたんだろか。
「卵かけごはんが食べたいんだけど…」
「了解、了解」
みたいな…(笑)

予知夢を何度か観たこともあるし、私はもしかしたらSPECの保持者かもしれないので、公安零課に消されてしまうかも…(笑)
posted by nbm at 16:25| Comment(3) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

”本物”と言われる映像

昨夜、ゴールデン・タイムの番組で、怖い動画が紹介されていました。
50位から1位まで紹介していたようで(何を根拠にしたランキング?)、最後の方の10位から1位までしか見なかったけど、マニアの中ではフェイクと言われているものばかり…。中には、映像作品として学生が意図的に作ったものを、”本物”と紹介していたりして(笑)観れば、わかるだろーが!
いや、フェイクだとしても、怖い映像というのはあるもので、フェイクという前提で楽しむのなら、問題ないと思うんだけど。

ところが、第1位として紹介された映像は、その筋の方々からも、数少ない”本物”のひとつと言われている映像。これ、ゴールデンで何の説明もなく、よく出したよねぇ。いいのか?
とある廃墟で、女性の顔らしきものが半分映っているように見えます。

松竹芸能の若手芸人さんが、ビデオカメラを片手に例の廃墟ホテルに入ったときの映像。女性の顔半分が映っているように見えるのですが、瞬きをしているようにも見えます。
先に言っておきましょうね。以下に紹介する映像内で、最近地味に活動を再開しつつある北野誠さんが、問題の映像を紹介しつつ、そのときの状況を語ってます。松竹芸能の後輩芸人さんたちが体験したことですので、詳しく知ってます。北野さんいわく、この映像は『リング』の呪いの映像のように、観た人に1週間以内に何かを起こすということなので、観る方は自己責任でどうぞ。何かがおきても、当方は一切関知いたしません!(笑)
では、覚悟を決めた方だけ、コチラをどうぞ(YouTubeだけど、削除されてたら、すみません)

北野さんが言っていることが本当なら、昨夜ゴールデンタイムに番組でこの映像を観た人みんなに何かが起きなきゃいけないけど(苦笑)

怪談雑誌『幽 3号』には、この廃墟ホテルに北野誠さんと中山市朗さんが訪れたときの記事が載っている。それによると、件の映像が撮られたのは、平成16年8月15日。お盆だったんだね(苦笑)時間は夜中の12時半を過ぎた頃。7人いた芸人さんたちの中でジャンケンに負け、最初に入ってビデオを回しつつその怪異を体験したのは、当時フロントページというコンビを組んでいたMさん。
この映像を北野さんが入手し、中山さんに紹介。中山さんは自分の育てている塾生たちとその映像を観るが、直後に塾生たちはみなあの女性の顔が目の前に現れるという恐怖を体験する。ちなみに、中山さんはこういうことからは異常なくらい守られるタチなので、そのときも異変は無かった様子。北野さんにも異変はなかったが、それはビデオをダビングしたから?というわけで『リング』の話が出てきたらしい。
そして、あの映像から1年以上が経った10月のある日、中山さんと北野さんが現場へ。あの映像のMさんも、北野さんに連れられてくる。あの映像が撮られた4階に向かい、検証してみるが、あの角度だと顔が映った人物の身長が2m近くなるはず。
しかし、何も起こらないまま時は過ぎ、真夜中に。だったらと、ここで怪談会をやってみる。しかし、それでも何も起こらない。やっぱり中山さんはすごいな。この人がいると、まったく何も起きなくなる!
とはいえ、Mくんを写した写真には、しっかりと顔の大きさほどもある”くの字型”の発光体が映っているし、北野さんの顔が歪んでいる写真も撮られている。
なかなかどうして、『幽』チームも成果を出してます!

んで、”殴り込み”チームが行ったのは、昨年になるのかな。
ちょっと前から、ギンティ小林さんの『新耳袋 殴りこみ』シリーズを読んでいるのだけれども、アフォな大人たちが、中学生みたいなノリで心霊スポットと評判の場所に突撃取材をしていくこのシリーズは、怖い部分は少ないのかもしれないけど、単純に面白い。この心霊スポットは、『新耳袋』シリーズで取り上げられた場所がほとんど。<天狗神社><山の牧場><京都の幽霊マンション>など、マニア垂涎の場所に果敢にチャレンジされております。
このシリーズの『新耳袋 勝手にしやがれ』の最後に、昨夜第1位となった問題の廃墟ホテルに行っている。
心霊スポットに入るのは、もちろん丑三つ時。数珠やお守りなどは身につけず、入ったらとにかく相手を挑発する(笑)そして、その”相手”の反応をなんとかビデオや写真に収めるという無謀さ。明かりが切れるなんて当たり前、ビデオやカメラのバッテリーはみるみる消耗する。そこに置いたはずの数珠が無くなったり、お守りの犬の絵が融けたりするような強力な場所ばかりで、もう大変。ケガ人、病人が続出しても、挑戦は続く…。
そして本物が映ったという数少ない場所である廃墟に突撃し、見事に、あの顔半分の女性を撮影することに成功。その写真は、一番最後に掲載されているけれども、ビデオに映った感じよりも近い(笑)真後ろにいる!
かなりばかばかしいけど、そこがいい。このシリーズを読んで、豊島圭介という人が好きになりました(笑)東大出て、こんなアフォなことができるなんて、尊敬します!だけど、こんなドSな人、友達にはなりたくないわぁ(苦笑)
廃墟ホテルでは、この豊島監督の真後ろに、何かが映ってます!
このシリーズはDVD化されていて、その『新耳袋 殴り込み2』のジャケットに惜しげもなくその写真が!→コチラ
DVDも出てますが、殴りこみシリーズは読んだ方がおもしろいんじゃないかな。

明記は避けましたが、現場がどこなのかは調べればわかるでしょう。
しかし、現地は足元が悪く、4階分すっぽりと吹き抜けのように開いた穴などもあり、大変危険です。皆さんの体験が本当なら、ライトは持っていても消えます(笑)くれぐれも、行ってみようなどと思わないようにね!
posted by nbm at 12:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

ノックをしましょう

唐突ですが、ノックの回数について、意識したことありますか。
2回だと”トイレ・ノック”になってしまうので、ビジネスの場面などでのマナー的には3回〜4回が妥当だという話をどこかで小耳に挟んだような気がしていて、会社では2回は避けるようにし、逆にトイレではやむを得ず確認する場合に限り2回ノックするように心がけていました。
しか〜し!トイレでノックするのはどうやら日本人くらいらしい。西欧から入ってきたマナーだと思い込んで、真に受けすぎていたようです。「トイレ・ノックが2回」というのは置いといても、「正式なノックが4回」というのはマナーとして正しいよう。ただし、日本ではこれも「略式で3回でもOK」とか、結局ようわからん。アチラだと、「3回は恋人同士や夫婦など親密な関係における回数になる」という話もあり、ますます混乱。
実際のところは、どうなのでしょう?西欧でのマナーをご存知でしたら、ぜひ、ご教授いただきたいです。
日本では、客間のふすまを開ける時の作法として、数度に分けて少しずつ開けますね?あれは、お客さまと目が合うまで、お客様に心の準備をしていただくためだそうですが、”日本版ノック”ってことか?

さて、トイレに入っていたら、ノックをされる、もしくは、ドアを開けられそうになったという経験は、誰しもお持ちかと。
しかし、ドアの外に誰もいないはずだったら…?

私には、そんな経験が何度かあります。

まずは、以前に住んでいた家での話。
義父が亡くなり、一人暮らしとなった義母と同居していたことがあります。
2世帯住宅というわけではありませんでしたが、トイレだけは、1階と2階それぞれにありました。
我々夫婦の部屋は2階だったので、日常的に使っていたのは2階のトイレ。ここで何度か、何者かにドアを開けられそうになりました。入っていると、ガチャガチャとノブを回されます。家族というか、他にはほぼダンナさんくらいしか使う人がいないので、普段は使用中にカギをかけてませんでした。トイレ前にスリッパがあれば、それだけで誰かが入っているという印になるし。
このガチャガチャとノブを回して開けようとする何者かは、必ず家族の留守中に出没するので、”人でない”ことがわかっていました。
一度などは、カギをかけてないもんだから、実際ドアが開いたことがあります(笑)ほんの5cmくらいだったけど。当然、そこには誰もいませんでした。
だからといって、何かが現れるわけでもなく、嫌な感じを受けることもなかったので、なんだかイタズラをされているだけのような気がして、さほど気味悪く思う事はありませんでした。もしかしたら、お義父さんが遊びに来てイタズラしてたのかも(笑)
ダンナさんは、家の中で白っぽい影をよく見たと言ってましたが、それもお義父さんかもと話してました。
トイレとは関係ないのですが、やはり一人で家に居たとき、リビングに座っていると、使わずに巻き上げたままになっていたロールスクリーンに着いていたひもが、勝手に落ちてきたことがありました。巻き上げたスクリーンからひもが下がっていたのですが、邪魔だからと上に絡ませてあったものです。ひもの先にはプラスチック製の玉が付いていて、落ちてきたところがちょうど柱だったので、プラスチックの玉が柱にぶつかる「コーン、コン、コン…」という音でそちらを見ると、7回音をさせて落ち着きました。風があったわけでもなく、地震が起きたわけでもなく、なぜ唐突に落ちてきたのかわかりません。これが落ちてきたのは後にも先にもそのとき1度だけ。どこか不自然な感覚を覚えました。7回聞こえた音を再現しようと、いろいろと落とす角度を変えて柱にぶつける実験をしてみました(笑)天辺から落ちると、7回ではおさまりません。柱から45度ほどの角度で離したときに限り、7回になりました。それ以上近いところから落としても、いくら勢いをつけようが、7回も鳴らない。落ちる瞬間を見ていなかったけど、中途半端な空中から柱にぶつけないと、どうやってもその回数にならない…。説明がつきませんでした。誰かが空中でつまんでから落としたとしか…。

さて、トイレの話に戻りましょう。

中学1年生のときの話です。
1フロアに教室が8つ。4組と5組の間に階段とトイレと小さな更衣室がありました。
放課後、部活動の友人と3人でトイレに向かい、あとの2人は入らないと言うので、トイレの入り口前で待っていてもらって、私だけ中へ。
入っていると、「コン、コン」とノックの音が。
「他にたくさん空いているのに、なんでわざわざ?」と思いつつ、「コン、コン」とノックで返事をしました。なのに相手は、ノブを回し、ガチャガチャと開けようとしてきました。「なんだ?コイツは!」と思い、もう一度強めに中から「コン、コン」とノックをすると、ガチャガチャは止まりました。
失礼なヤツだなと憤慨した私は、個室を出ると他の個室を見て回りましたが、誰も入ってません。外に出て、友人たちに「今誰か入ってこなかった?」と聞いても、「誰も入らなかったよ」と。すぐさまもう1度中に戻って、3人で掃除用具入れまで確認したけれど、誰もいませんでした。ちなみにここは2階。念のために窓の外も見ましたが、誰もいませんでした。
よくよく考えてみれば、トイレの入り口は金属製のドアがあって、開け閉めするときにバタンバタンとすごい音がするのですが、それがまったくしなかった。友人たちがいたので、誰か入ればわかるはずだけど、誰も入っていないと言うし、それはドアの音がしなかったことで証明されるし。私が入っていく前に誰かが潜んでいたとも考えられますが、2階の窓から、そんなに首尾よく逃げられるとは考えにくい。
実は、この体験をしたのは私だけじゃありません。他にも何人もの人が、このトイレで同様の体験をしてました。後から考えると、まったく足音や衣擦れの音がしなかったんだよな。ただ、ドア1枚隔てた向こうに人の気配は感じました。

同じく中1の頃。
授業中に、廊下側の一番後ろの席に座っていた女の子が、突然に泣き出すということがありました。静かな授業中に突然、大声で泣くので、びっくり。みんなが一気に彼女を振り向きました。
話を聴いてみると、誰かに廊下から頭をはたかれただか髪の毛を引っ張られただか、そんなことをされたという話。
ところが、廊下には誰もいない。授業中のことです。生徒はみな授業を受けてます。抜け出して遊んでたヤツもいなかったわけじゃないけど、ソイツは犯行を否定しました。
というか、誰も足音を聞いてない。すぐに逃げても、走る足音が聞こえるはずです。何も聞いてない…。彼女の狂言という可能性も考えられなくはないですが、すごくおっとりとした気の良いコで、その怯え方を見てもウソだとは思えませんでした。彼女は一番後ろの席だったので、目撃者がいません。先生は、ちょうど黒板に向かっていたのでしょうか。その瞬間を見ていなかったようでした。
当時、私たちは4組でした。教室の後ろの出入り口から廊下に出ると、すぐそこは例のトイレ。
彼女は、一体何にイタズラされたんでしょう…。
posted by nbm at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月23日

UMA出現!

うちには色々なものが出現します。
マックロクロスケが出てきたこともありました。
たくさんのメロン・ボールが浮かんでいることもあります。(→メロン・ボールがいっぱい
そして、昨日、またもやナゾの物体が出現しました!

キッチンの生ゴミですが、フタ付きの小さなゴミ箱に入れてます。そのゴミ箱の後ろは白いタイルになっているのですが、そこになにやら黒いものが付いている。2mm四方ほどの四角くて紙のように薄いもので、その四隅にひにょ〜んと細い部分がある。細い部分は2本が2mm程度、後の2本は1mm程度に見えた。
一見、ナスのへたの一部かと思ったのですが、何しろ生ゴミのゴミ箱の後ろ側でしたし。でも、なんだか素手で触るのがためらわれて、ティッシュを使ってつまみとりました。
「これは、一体何だろう?」と、ティッシュでつまんだものをよく観ようと顔に近づけた瞬間、それは飛びました!こちら側にぴょ〜んと跳ねた感じ。瞬間、Tシャツに付いたかと反射的に払ったのですが、白いTシャツに付いた様子はありません。
下に落ちたかと思って見回しても、キッチンマットが濃いブルーなどの縞模様なのですが、見たところ落ちたのも確認できません。
すぐさま、キッチンマットをコロコロ粘着テープで掃除してみたのですが、発見することができませんでした。
一体、あれは何だったのか。

推測その1。
ナスのへたなど、何かの切れ端だったとしたら…。
飛ばないよね?
ティッシュからは”落ちた”のではなく、”飛んだ”もしくは”跳ねた”という感じで、上に飛び上がってから落ちました。
弾力がある素材で、私のつまんでいた指の加減で飛ばしたということも考えられなくはないですが、そいつはそのときティッシュに乗っている感じで、わたしは強くつまんだりしていませんでした。仮に私が”飛ばした”のならば、下に落ちたそいつはすぐ発見できるはず。

推測その2.
何かの虫?
細い部分が付いてました。四隅に4本に見えましたが。長いもの2本と短いもの2本。たとえば、四角いアクリル板に熱をかけてピンセットか何かで四隅を引っ張ったように、根元が太く、先端が細く見えました。
足だとしたら4本?もしかしたら、足が8本あるアリグモが6本に見せているように、見た目の本数と本来の本数が違うかもしれない。
足に見えるものが触覚か何かということも考えられるし。
よく観察する前にいなくなってしまったので、見えなかった裏側がどうなっていたかもわからないし。
虫だとしたら、体にあたる部分は四角くてペラペラに薄い。体に節などまったくなく、少なくとも昆虫には見えなかった。
ダンナさんに話したところ、それはダニの仲間ではないのかという説が浮上。ダニも中にはけっこうデカいヤツがいるし、吸血していないときはペッタンコらしい。
これは有力な説だと思い、ダニの画像を検索してみるのだけれども、似たようなものは見つからない。
ダニはクモの仲間なので、基本は8本足。でも、そんな風には見えなかったしなぁ。

ほんとにわかりません。
まだ家の中のどこかに潜んでいるかも。
同じようなものを目撃したことがある方、もしくはそいつの正体を知っているという方がいらしたら、是非教えてください!
posted by nbm at 11:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

お告げ

不思議なことがあった。
自分の話ではないので、かいつまんで。

友人Aが、唐突に、友人Bの出てくる夢を見たという。
普段の生活で、AとBとに接点はなく、おそらく年に1度の忘年会で顔を合わせる程度。
なんとなく気になったAは、自分よりBに近いCに夢の話をする。
話を聞いたCが、とりあえずBのブログを覗いてみると…何事か相当にショックな出来事があったらしく、ブログ休止のあいさつが掲載されていた。
Cは、自分よりもBと親しいDに連絡をとり、B本人に連絡を取ってもらうのだけれども、何があったのかは言わないらしく、今のところ、Bに何が起きたのかはわからない状態。

それはさておき、夢にBが出てきたというAは、Bのブログを見たことはなく、おそらくは普段意識することもないと思われ…。
実は、私も先日お茶の水で唐突にBのことを思い出していた。Bはベースを演奏する人で、高級なベースを何本も所有していることを昨年の忘年会でも自慢げに話していて、楽器に興味を持ち始めた私は「すげぇー!」と感嘆したものだ。楽器店の店頭に並ぶベースを見て、そんなBを思い出しただけだけど。私の場合は単純に連想しやすいことで、不思議でも何でもないのだけれども、AがBの夢を見るというのは、あまり考えられないことで、二人の距離感を知っている人間からすると、唐突すぎることなのでありますよ。しかも、このタイミングで?
私もBのブログは極たまに見ることがあったのだけれども、数ヶ月は見に行ってなかった。Aから話を聞いて、見に行ってみたら、やっぱり休止されていた。
私たち夫婦とて、Bとは忘年会で会う程度だけれども、何があったのか知らないが、早く立ち直って来い!

しかし、友人Aには、夢のお告げの前例があるので、今回の話もまさかと思いながら聞いていたのだけれども、ホントにそんな話になるとは…。
Aとは、俗に”幽体離脱”と呼ばれるような経験を語り合ったことがあって、私もAも頭の皮が引っ張られるような感覚が共通していたのだけれども、あの話をしたあたりから、こういうことが起きてきているような気がする。
いつも明晰夢を見ると言っていたAだけれども、そういうことにも関係があるのかな。
断っておきますが、Aはオカルト的なことにはまるで傾倒していない人です。霊らしき存在と遭遇しても、それを霊だと認めたことはない(笑)
以前、夜中に一人で多摩湖だったかどこかのダム湖に行ったとき、湖の中を渡る堤防に佇んでいたら、水辺から何者かが四つんばいで這い登ってきて、咄嗟に逃げた話とかあるけど(笑)

夢のお告げ的な話でいつも思い出すのは、ユングの言っていた集合的無意識。ちょっと広げた解釈になっちゃうかもしれないけど、互いの深層意識が繋がってたら面白いのになって、考えちゃうよね。
posted by nbm at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月04日

どなたかがログインされました

数日前の夜のこと。
ダンナさんは本当に久しぶりに金縛りのような状態になったそうです。といっても、いわゆる金縛りみたいに体が動かなくなったわけではないというのです。それを盛んに不思議がっていました。
ダンナさんの場合、金縛りになるときには、耳から異変を感じるらしい。よく飛行機の離着陸のときのような「ゴーッ」という音を感じるという話も聞きますし、私も経験がありますが、それだけでなく、人かケモノかとにかく何者かがごにょごにょ話しているような声が聞こえるのだそうで。何を言っているのかわからない、言葉ではないのかもしれないけれども、ずっとごにょごにょ言っている。その日もそれが聞こえ出し、金縛りになるのかと身構えるものの、体の自由は奪われなかったそう。そして、例の球体(→詳しくはオーブ観察会メロン・ボールがいっぱい)が部屋の空間をふわふわと漂っている。この球体の動きと、ごにょごにょ言う声は連動しているのだとか。球体はいつものヤツですね(笑)ただ、いつもは蛍光黄緑色なのに、その日は珍しく色が無くて白っぽく透明に見えたそうです。それに、なんだかあまり”良くないもの”の感じがしない。となりを見ると、異変があると嫌な感じがしていつも起きてしまう私も、気持ちよさそうにスースー寝ていたそうで、体も普通に動くし、音も球体も気にせずに寝てしまったとのこと。
翌日、「昨日の夜、久しぶりに誰かが”ログイン”してきたんだよなぁ」とダンナさん。”ログイン”ってナンだ?と思ったら、そういうことだったわけです。

そして、昨夜のこと。
友人が、Skypeチャットに書き込んできました。超のつく猫派の彼には珍しく、唐突に犬の出てくる夢を見たそうです。そこには、とても具体的な夢の話が綴られていて、そのワンコは、彼にしつこいほど絡んできたそうな。”毛並みのゴワゴワ感”が印象的だったという話。犬の夢なんて見たことないのに、あまりの唐突さに思わず書き込んでしまったようです。
この書き込みを読んで、ダンナさんは気付かされるわけです。実は、ダンナさんの職場でパートナーに飼われていたワンコが亡くなったばかり。パートナー一家が不在のときはダンナさんがお散歩に連れて行ったりして、とってもかわいがっていたワンコだったのですが、旅立ってゆきました。話をすると悲しくなってしまうので、ダンナさんは私のほかには誰にもこのことを話さなかったのでした。
チャットに書き込んだ友人は、ダンナさんの職場に来ることも多く、このワンコとも大の仲良し。彼のことが大好きなワンコは、いつも彼にじゃれついていたのです。その彼にも、このワンコが亡くなったことは話していませんでした。「実は…」とそのコが亡くなったことを彼に告げると、彼は毛並みのゴワゴワ感に思い当たり…。

彼の話を聞いて、ダンナさんも「もしやログインしてきたのは…」と思わずにいられなかったのでした。
ごあいさつに来てくれたのかなぁ。

ダンナさんの職場にはあまり行かない私ですが、このワンコのことはよく知っています。
思い出深いのは、長年乗っていた車を廃車にしたときのこと。ダンナさんから「長く乗ってお世話になった車だから、お酒で清めてあげたら?」と提案され、小ぶりのプラスティック・ボトルにお酒を入れて行ったのです。ダンナさんの職場の敷地内に止められていたその車に、「長い間、ありがとう」と感謝しながらお酒をかけていると、その脇でワンコがかまってほしそうにしてました。ふざけて「おまえも飲むかい?」とお酒を向けると、喜んだように見えたので、ボトルを近づけてみると、その口を舐めました。面白くなった私は、余っていたお酒をほんの少しワンコにあげてみます。ワンコ、狂喜乱舞!「おっ、いけるクチだね?」と、もう少しあげちゃいました。でも、舐める程度ですよ。酔ってご機嫌(?)のワンコと、しばらく愛車を眺めていたものです。
とってもかわいいコでした。
posted by nbm at 10:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

佇むおじさんと起ちあがるPC

昨日、暗くなってからスーパーへ食材を買いに出かけた。その帰り道でのこと。時刻は8時頃。
途中、警察署があるのだけれども、その前に歩道に向けて立っている大きな掲示板がある。中には、指名手配犯や麻薬撲滅運動のポスターなどがたくさん張ってある。分厚いもので、表側はガラス、全体を囲むのは金属。本体からするとか細く思える1本足で立っている。歩道からすると、その掲示板の裏側は花壇になっていて、花壇はぐるりと石のブロックで縁取ってある。ベンチといってもいいくらいの幅の石で。

表現するのが難しい。

歩きながら掲示板の前辺りにさしかかったとき。掲示板の裏側、その花壇の向こうの縁取り部分に、こちらに背を向けて人が腰掛けていた。掲示板の足が細いので、掲示板の下部分に空いた空間に、ちょうど座っている人が見えた。クリーム色の作業着のような上着を着た、雰囲気からすると50代くらいのおじさんが。両肘を腿についたような姿勢で、がっくりと首をうなだれて座っていた。

掲示板を過ぎると、一瞬でその人は消えていた…。その間、ほんの1秒ほど。立ち止まって振り返ったけれども、人の気配は無い。2mくらいしか離れていなかったのに、音も聞こえなかった。掲示板の足の前を通り過ぎ、死角になった瞬間に、その人は消えうせていた。
何かを人と見間違えたかと思ったのだけれども、白っぽいものがまず見当たらない。向こうには警察署の壁が黒く見えるだけ。なんだぁ?

しばらく、呆然と立ち尽くしてしまったけれども、錯覚ということで処理することにした。
それにしては、細部をはっきり認識できたのが不思議。座っている姿勢、着ているものの風合い、年齢の印象、性別は男性で、がっかりしているような感じだった。
普段、何気なく人とすれ違っているときに、こんなことまで観察しているんだろうかと疑問に思うほど、強い印象があった。それともこれは、私の脳が後付けで勝手に作り出した印象なのか?いや、そうではないと思うんだけど。
見た瞬間、警察署という場所が場所だけに、何か事件があったのだろうかと深読みせずにはいられなかった。「この人、どうしたんだろう?」と。うなだれてたしね。
まだ早い時間で、まわりには賑やかな店も多く、いつもはもう少し人通りのある歩道なのだけれども、そういえば、そのとき、不思議と他にまったく人が居なかったなぁ。まるで人払いされたかのように、前にも後ろにも道路を渡った向こう側にも通行人が居なかった。車は通っていたけれど。

そして、それとはまったく別の話。
昨日は11時頃から夫婦でギターを弾き始め、途中私は「やべっちFC」を観て休憩したけど(笑)、午前2時過ぎまでギターを弾いていた。午前3時を過ぎてやっと床に入り、睡眠導入に録画しておいた「MUSIC JAPAN」のアニソン・スペシャルを観てうとうとしていたとき、突如として隣の部屋のPCが起動した(笑)誰もいない部屋で、起動音が!シャットダウンしてから、数十分は経ってたと思う。
ダンナさんと「おばけがいる〜」と言いつつ、眠いので面倒になりそのまま寝てしまった。何かのタイマーのように正時というわけでもなかったし、当然BIOSでもそんな設定はしていない。サブ機なので、メーラー・ソフトも使っていない。数時間後にコーヒーの飲み過ぎでトイレに起きてしまったのだけれども、そのときやはりこのPCは起動していた。ので、シャットダウンしとく。
リビングのメイン・マシンも、以前に勝手に起動したことがあるけど(原因不明)、隣の部屋のマシンが勝手に起動したのは初めてかも。

今、記事を書き始めたときに、忘れていたけれども昨夜は2つも奇妙な出来事があったのかと気づく。まさか、関連はないよな。警察署からおっさんが着いてきて、PCの電源入れたなんてことないよね?(笑)
posted by nbm at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月09日

パンストひらひら

今は冬。
怪談話といえば、定番は夏なわけですけれども、夏に出た実話怪談本を図書館に予約して順番を待っていたら、冬になってしまいました(笑)
しかし、怪談の内容が変質してきていることには度々触れてきましたが、たとえば夜しか出てこなかった幽霊が、昼間に堂々と出てくるようになったとか。怪談といえば夏の風物詩という感覚でしたが、いまや季節には関係なくなっている感じがします。日本で怪談といえば、お盆との結びつきが強いのでしょうか。一方、西洋ではハロウィンに代表されるように、晩秋の頃がメインになるのかもしれませんね。異界の扉が開く時期…。なんとなく西洋のお化けは、寒くて暗いときに出てくるイメージ。

さて、今回は怪異蒐集家・木原浩勝さんの『九十九怪談 第ニ夜』
なぜか今回目にとまるのは、狐狸に騙されたような話ばかり。
一人暮らしの部屋のトイレに毎朝してあるウ○コ。しかもペーパーを使った形跡がなく、お尻はどうしているの(笑)←誰かが入りこんでるとしか思えないけどね。
姿は見えないのに誰かが自動ドアを開けて入ってきて、店員が気付かぬうちに瞬間的に商品をレジ横においていくコンビニ。
押入れの中でニタニタ笑う人間ヤジロベエ(笑)
片付けても片付けても、誰もいない時にゴルフボールが散らばる打ちっぱなし。
クネクネと曲がり、おいでおいでをする街灯。
車で走っても走っても出られないトンネル。

もっと具体的にタヌキの仕業としか思えない話も。
ボールを取りに分け入った草むらで、スーツとドレスの正装したカップルを見つける。2年後同じ草むらに分け入ると、顔は別人なのに2年前とまったく同じ正装のカップルが!そこにはタヌキの巣穴があったとさ。
幼稚園の遠足でお弁当を食べていると、草むらから子ダヌキを2匹連れた友達が出てくる。子ダヌキがかわいいのでお弁当をあげたら、友達はお礼を言って子ダヌキとともに草むらに消えるが、その友達は次の瞬間に別の方向からやってくる。
ある人の子供の頃の話。鮎釣りの帰り道。鮎をたくさん入れた魚籠を持ったおじいさんと歩いていると、お百姓さんが現れて、手に持った大根3本と鮎を交換してほしいと言う。「真ん中が赤く染まっている日の丸大根ならいいよ」とおじいさんが答えると、「ちょうどこれは日の丸大根だ」と1本の大根を割って見せ、確かに真ん中だけが赤かった。「美味いならかじって見せろ」というと、お百姓さんは「生では食べられない」といい、おじいさんがその瞬間にマッチを取り出し火をつけると、お百姓さんは大根を放り出して逃げた。後には3本の枝が落ちている。そのうち1本が折れていた。
などなど。

中でも強烈だったのが、パンストの話。
Gさんの2人のお姉さんと母が、最近パンストがなくなると言う。下着泥棒なのかと思いきや、干してあるものを盗むのではなく、タンスの中にしまってあるパンストが盗まれているという。でも、他の下着やお金などはなくなっていない。ただ、パンストがなくなる時には、必ず犬が吠えている気がするという話。やはり下着泥棒なのか。
ある日曜日の昼、Gさんは犬が吠える声で目覚める。何だろうと思って廊下に出ると、目の前をパンストが2枚ひらひらと飛んでいく。追っていくと、母の部屋からもパンストが出てきて、庭で合流すると、3枚が縦一列になって山の方へ飛んでいく。
もとは猟犬だった犬が鳴きやまないので、放してやると、30分くらいで戻ってきたときにはたくさんのパンストをくわえていた。
犬にその場所に連れて行くように指示し、案内をさせて辿り付いた場所にはタヌキの巣穴があり、たくさんのパンストが詰まっていた…。

絵を想像すると、おかしい。宙をパンストがひらひら。まるでアニメ『そらのおとしもの』の伝説となったパンツ・エンディングのようだ。
しかし、なぜにパンスト?
そして、タヌキがパンストを得るために、人の家に入り込み、タンスから頂戴してパンストを飛ばすって…(爆)こんなシュールな話、ありません。シュールも度が過ぎると、逆に現実としてしか考えられなくなるというのは私の持論なのですが、まさにそのタイプの話。人が考えたにしてはシュールに過ぎる。
なんで狐狸に化かされるって話はなくならないどころか、連綿と受け継がれるのでしょうか。そこが不思議だ。しかも、本当にタヌキの仕業としか考えられないような展開。ヤツらにそんな能力があるんでしょうか?

もうひとつ、傾向性として見えたのは、まじないというか、形式的な行動と不思議な現象が連動している話が多いことだった。
お茶を出せば静かになる霊、廊下に水を入れたコップを並べると出てくる霊、
こうすれば、出てこない。こうすると、出てくる。
こんな条件づけのような話もそこここに見受けられました。
儀式、まじない、供養、お守り。
そこには、人の心理が影響するのかもしれませんし、目に見えない物理的な作用が生まれているのかもしれません。
だけれども、自分の頭の中だけを考えたときに、”こうすればおかしなものが出てこない”という方法があったとして、それで自分が安心できることで、しかも自分に実行できることなのであれば、当然実践した方が気分がいい。みんな、そんな風に思ってやるのだろうなと。

今回は、純粋に怪談を楽しむよりも、なんだか分析に走ってしまい、面白さが半減させてしまいました。
もうすぐ発売となる実話怪談雑誌『幽 vol.12』を楽しみに待ちたいと思います。特集は、稲川淳二さんについてらしい。
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2009年10月03日

メロン・ボールがいっぱい

昨夜のこと。
ダンナさんは、友人宅へギターを弾きに出かけていたので、私は午前3時頃まで仕事をしておりました。一段落して、寝ようと思い、布団に入ったのですが、内容はよく覚えていないものの、悪夢の連続で寝られません。何かが出てきて私の睡眠を邪魔しているような夢。まんまやんけ(笑)本当に夢だったのか?
で、目を開けました。すると、部屋の空間いっぱいになんだかごにょごにょしたものが…また、コイツらか。以前観たときは、テニスボール大かもしくはもう少し小さい感じでしたが、今回は小さめのメロンくらいな感じ。えっと、透明の球体が重なり合っているような状態で、それぞれの球体の縁がほんのりグリーンに蛍光しているように見えます。それらが微妙にうごめいているように見える。気色が悪いので、照明をつけました。すると、気配は消え、その後はぐっすり。気のせいですね。えぇ、きっとそうです。そういうことにしておきましょう。

朝になって、そのことをダンナさんに話すと、「俺も、寝たかと思ったらすぐに誰かに叩かれて起きた」
なにぃ?!やっぱり何かが居たのか?!
「腕がケイレンして自分で自分を叩いてた。ギターの弾き過ぎ!(爆)」
このところ、あまりにもギターを弾いているので、腕が痛いと言っていたダンナさんですが、ビクンと大きくケイレンしたらしい(笑)その反動で足元の扉を蹴り、大きな音がして、2度びっくり!みたいな(笑)
先日テレビで観た”ビビリ小熊”を思い出したよ。あれ、滅茶苦茶かわいかったな。あまりに臆病なんで、子ライオンとか子猿とかと触れ合わせてみるんだけど、ビビってコケまくり。
韓国版YouTubeにあった動画はコチラ

しかし、あの透明の球体たちは一体?
そういえば、以前の「オーブ観察会」のときも、夫婦揃って疲れきっていましたっけ。そして、別に金縛りになることもなく、ふと目が覚めた。それも2人とも。
今回は、金縛りはなかったものの、イヤな感じはありました。ただ、照明を付けたら瞬時に消えた。一人で寝てたんで、そんなわけのわからんものを長時間観察するのはちょっとヤーよ。






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2009年07月28日

小さいおじさんの詩

実験くん その1.
ヨーグルトを放置してしまい、賞味期限が切れてしまったので、そうなったときの常套手段として鶏肉を漬け込んでチキンカレーを作り、美味しくいただいたわけですが、それでも余ってしまったヨーグルトをどうしたものかと悩んでいたところ、確かぬか漬けができたはずだと思い出し、実験。ヨーグルトと味噌を2:1で混ぜ、その中に適当に切った野菜を漬けてみる。時間をかけた方がよいようなので、きゅうりとにんじんを一晩漬けてみた…
結果、ちょっと味噌漬けっぽいけど、ぬか漬けの味だ。塩オンリーで漬けるよりも、味噌の方がそれっぽい味になるかと思ったけど、味噌の味が強すぎた。漬け込みの時間が長すぎたかも。次回には、味噌を控えめで塩で漬け込んでみよう。
実験成功。

実験 その2.
昨晩、薄切りの豚ロース肉を使って何を作ろうかと献立に悩んでいたところ、ダンナさんが「カツが食べたい」と言うので、しゃぶしゃぶ用と言ってもいいうす切り肉で、とんかつを作ってみる。うちでは、まずパン粉を少量のバターで炒めて、あとは粉・卵・炒めたパン粉をお肉につけてオーブンで焼く、焼きカツを作ることにしている。油を使わないけど、作ってみるととんかつと全く変わらないのよん。薄切りのお肉を7、8枚重ねて作ってみた。
結果、美味い。やわらかくて、ジューシー。通常は、もも肉を買うことにしているのだけれども、たまにロースを買うこともあって、たまたまロースだったんだよね。
実験成功。

またまた、タイトルからかけ離れた話ですみません。
本題です。
たまに耳にする”小さいおじさん”の話。芸能人が語っていたり、『新耳袋』にも載っていたり。
私が初めて”小さいおじさん”の話を聞いたのは、高校1年生の時。クラスメートのWさんの体験でした。何分昔のことで、細部をまったく覚えていないのですが、自宅の床の間の掛け軸の前に現れたと言っていたような気がします。格好は…どうだったかな。お侍さんだったっけ?それともフツーのおじさん?とにかく、彼女はそのとき「小人を見た」と言ってました。
”小人”って…。「幽霊を見た」と言われるよりも、数段インパクトがあります。縮尺間違った幽霊というよりは、日本にはあまりなじみがないものの、妖精的なものを連想しますよね。
あれは、『うしろの百太郎』だったでしょうか。小人の話がとても印象的で、忘れられません。森の中だったか、神社の林だったか、小さな砂山を作り、土俵のように上部を平らに作って、表面に丸い鏡を載せ、その上にうっすらと砂をかけておきます。そして、側面に小さなくぼみをつけて階段をつけておく。んで、後ろを振り返らずに帰る。もっと細かな仕様があったのですが、さすがに忘れました(笑)一晩経って、見に行くと、鏡の上に撒いた砂に小人の足跡がついているという話。

昨年発売されたのですが、なんとなく手が伸びずにいた『初音階段 私と小さなおじさんのこと』を読んでみました。アイドルとして活躍される松嶋初音さんが、『新耳袋』で知られる木原浩勝さんの勧めで、実体験をまとめた本を書いたというわけです。松嶋初音さんのブログはコチラ
様々な体験怪談が書かれているのですが、やはり特徴的なのは何といっても「小さなおじさん」の話。彼女が中学3年のある日。ビデオデッキの中に隠れていた”おじさん”を発見します。ビデオデッキにテープを挿入しようとしても入っていかない…。何かがつかえていると中を覗くと、そこには”小さいおじさん”が!ランニングにパンツ、頭は禿げている、小さなおじさん…。すごいファンタジーに聞こえます。
最初の登場の仕方からわかるように、このおじさんは実体があります。それからこの小さいおじさんと彼女と彼女のお母さんとの奇妙な生活が始まるのですが、おじさんはお母さんが用意してくれた小さなベッドで寝起きして、料理するお母さんを手伝って、まな板から転がり落ちるネギをキャッチしたり、埃から座布団を編んだりするわけです(笑)ほんと、すごいファンタジーだ!だけど、実話なんですよ。
ある日突然現れて、ほぼ家族のように馴染んできたころ、突然姿を消してしまうのですが。おじさんはしゃべることができず、身振りと表情で会話していたようなのですが、挨拶はなしなんだね(笑)
全っ然違うんだけれども、レイ・ハリーハウゼンの映画『シンドバッド七回目の航海』を思い出す。お姫様が小人に変えられてしまい、小さな鳥かごで運ばれるのを思い出しました。

それにしても、小さい人の目撃談として、ほぼ”おじさん”であって、おばさんでも、おねえさんでも、おにいさん、でもなければおじいさんでも、おばあさんでもない。子供という話も聞きません。そこがミソのような気がする。何のミソかもわからんが。

ところで、また大量の仕事が入ってしまい、しばらく記事が書けなくなると思います。夜中に小人さんがお仕事をしておいてくれないかしら(笑)小人さんには、PCのキーボードを打つのは時間がかかりそうだな。

exclamation×2追記exclamation×2
今、食事をしつつ、何の気なくテレビを観ていたら、『シンドバッド七回目の航海』で、お姫様が魔法で小さくなるシーンでした!
7月中にテレビ東京でレイ・ハリーハウゼン特集をやるっていうのは、知ってはいたのですが、詳しいスケジュールは知らず、午前中に記事に書いた瞬間をちょうど目にすることになりビックリしました!
posted by nbm at 10:33| Comment(8) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

我思うゆえに汝(なれ)あり

去年の10月の話。
うちのダンナさんがUFOを目撃しました。白くて卵型に見えたそれは、超高速で南東方向に飛んで行ったといいます。某掲示板の書き込みによると、他にも同時にその物体を見ていた人がいたようでした。速度や高度、大きさなどから、風船や飛行機ではなかったといいます。何だかわからないんだから、これは確かにUFO=未確認飛行物体です(笑)
おかしな動画を紹介してくれるサイトを観るのが好きなのですが、UFOの動画なんてのもたくさんあります。作り物もあるとは思いますが、そういえば、こういう所でも最近、ダンナさんが目撃したような白くて卵型のUFOをよく見かける気がするのです。流行り?(爆)

考えてみれば、最初にUFOという概念が広まったのは、アダムスキーさんが目撃したというアダムスキー型のUFOからだったと思います。アダムスキーさんがアダムスキー型UFOの写真を公開したのは1952年。シンプルな円盤型や葉巻型なんてのもありましたが、やっぱりアダムスキー型のカタチは強烈な印象があります。いまだに、UFOというと、このカタチで表現されることが多いですが、カタチのインパクトのせいでしょうか。
こんなカタチのUFOが目撃されたと報道されると、あっちでもこっちでも、同じタイプを見たという報告が出てくるようになってる気がします。変形するUFOを見たといえば、別の場所でも同様のものが見られるようになったり。
相手が異星から来たのか、未来から来たのか、地底から来たのか知りませんが、UFOのカタチにも流行があるんかい?それとも、それなりの進化でモデルチェンジをした結果なのか?とにかく、どこかで一度目撃されたものは、瞬く間に広がって、別の場所でも目撃されるようになってる。流行があるように見えます。

話は変わって、幽霊といえば、大概”夜に出現するもの”という認識がありませんでしたか?しかし、今、幽霊は明るい昼日中でもお構いなしに現れます。いつ頃からそうなったのか。
個人的には、『リング』の貞子が与えた影響が強いような気がします。原作小説『リング』が出版されたのは1993年。1998年には映画化されました。
もちろん、それ以前から昼に現れる幽霊というイメージは存在していたでしょう。けれども、貞子くらい強烈なインパクトを残すキャラクターは、なかなかいませんからね。”明るい昼でも幽霊が出る”ということを周知させたのは貞子と言っても過言ではないのではないかと…。
私が愛読していた『新耳袋』という実話怪談シリーズもメディアファクトリーから再スタートしたのが1998年。この実話怪談集の中でも、昼間に現れる幽霊の話がたくさん出てきます。そして、この本を読んでいると、昼間でも身の回りでおかしなことがよく起きました。昼間は感じにくいだけで、恐怖するものがないわけではないということに気づかされたような気がしましたよ。昼よりも夜の方が怖いに決まってるんですが、”夜の恐怖”は、よく見えないことが前提になっている恐怖。”昼の恐怖”は、はっきり視認できる分、実は”夜の恐怖”よりも怖さのグレードが高い感じがします。見てしまったら、夜のように「よく見えない」という誤魔化しが効きませんからね。
そういえば、幽霊といえば、白い着物を着た髪の長い女性というイメージは、丸山応挙の時代から変わっていませんね。もちろん、幽霊のビジュアル・イメージは一方で多様化していますが、古いスタイルもしっかり生き続けていると思います。貞子も、長い黒髪で白いドレスを着た女性。『呪怨』の伽椰子たんでさえそうですもんね。
本来、幽霊ってのは、”幽か”な存在だったわけですよね。暗闇にぼうっと見えるくらいの。これが、『リング』あたりでは完全に可視化され、物質化してきてる。井戸やテレビ画面からにゅうっと出てくるわけですからね。
ハリウッド映画などを観てますと、どうしても幽霊を可視化されたものとして表現したいんですね。それは観客にわかりやすくするためだと思うんですけど、日本人がそれを観ると興ざめになってしまう。ぼんやりしたところが恐怖なわけですね。
昼間の幽霊は、存在がはっきりしている。じゃ、怖さ半減かと思うと、逆に怖いんですよね。おまえ、昼でも出てくるのか!みたいな。お日様が昇れば大丈夫っていう安心感が無くなるわけですからね。”夜にしか出て来れないヤツとは格が違う”感があります。

ちょっと散漫な文章になってしまいましたね。
UFOが存在する・しないとか、幽霊がいる・いないとかいうのは別問題です。今回考えたかったのは、イメージの伝播について。
たとえば、昼間の幽霊に関して言えば、90年代からこっちに大々的に伝わっているような気がするんですよ。
どうも、人間が一度”見た”とされたものは、イメージとして固定化・共有化されていくような気がして。
SF的に、未来に実現するであろうことを人間が予測(希望と言ってもいい)すると、それはいつかは実現していくそうですね。思い描いたことは、時間がかかるとはいえ、実現されていくわけです。
科学技術の世界だけでなく、人間が思い描いたことが実現するとしたら…。同型のUFOや昼間の幽霊も、そんなことと関係していたら面白いと思って…。
そういえば、こんな話がありました。どなたのお話だったか、実話怪談系の本に載っていた話。臨死体験のようなことになり、死神が現れて、その死神は黒いスーツ姿のおじさんだったそうです。そして、別の方のお話で、死神はやはり黒いスーツ姿のおじさんだったという話がありました。本当に死神が黒いスーツを着ているのか、それとも「死神は黒いスーツをきているおじさん」という情報が伝わっただけなのでしょうか。
posted by nbm at 10:49| Comment(5) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

そこにいるのは…私

そーだ!
ブログには書いていなかったと思うのですが、ちょっと前にPCが新しくなりました!ダンナさんが夜なべして作ってくれたのです。実は2台組み上がってまして、今もう1台新しく組んでいるので、新しいものが全部で3台できあがることになっております。既存のものを合わせると、都合5台になりますか。ニュー・マシンの1台はメイン・マシン、もう1台は、ハードディスク・レコーダーで録り切れないアニメを録画するための専用機。あともう1台は…何するんだろ?サブ機?ま、いいや。新マシンは、とっても快調でありますよ。

昨日は熱が高めで、食っちゃ寝食っちゃ寝していた休日だったのですが、夕方頃に面白い体験をしました。幽体離脱しかかった!
といっても、非科学的なものではありませぬ。
先日、夢についての記事を書きました。明晰夢は、私があえて踏み込まないものだったのですが、夕方、覚醒に近い状態で観ていた夢で、「これは夢だ!」と気づいてしまったのです。なぜかと言えば、自分が布団に寝ている姿を空中から見ている視点だったから。自分の全体像を、鏡も使わずに、自分から離れて見るなんてことは現実には不可能なことですからね。そんなこと、夢の中では当たり前なんだけど、なぜだか気づいてしまいました。「おぉ!明晰夢だ!」と喜んだ私は、次の瞬間夢の中で2人に分裂していて、”寝ている私”と、隣の部屋の椅子に座って”寝ている私を見ている私”とになりました。「おもしろいぞ、これ」と椅子に座っている私にの方に意識を集中していくと、寝ている私の方の頭から、何かが抜けていくような感覚が!頭の両脇を誰かが両手で押さえていて、頭から何かを引き抜こうとしているような感覚がありました。ミョーな感覚だったので、なんとなくヤバいと思い、何度か試したものの途中でやめてしまったのですが。あれを続けていたら、”寝ている私”から何かが抜けて…。
俗に言う幽体離脱というのは、こういうことを指すのではないかと思ってみたりして。
頭をどう引っ張られていたかと言うと、寝ている私の頭頂部側に誰かが居て、両手で私の頭の両脇を持って、頭頂部側に引っ張る感じでした。相手の指先が私の顎側に向いている感じ。自分でやるにはムリな体勢になるし、誰かがやろうにも、私が寝ている頭側には布団のギリギリまでタンスが置いてあるので、誰かがそこに入り込むことはできません。そうすると、脳が作り出した錯覚か、それで説明できないと、超自然的な何かが…という想像になってしまいますね。頭の皮がツレる感じがしたもんなぁ。
面白い経験をしました。
posted by nbm at 11:08| Comment(7) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月25日

”呼び寄せる”

土曜日。とある自動車部品販売会社の工具ショーへ。
いっしょに行った子供たちのお守りをしていたので、あまりちゃんとは見られなかったのですが、工具や部品はもちろんのこと、一見して何だかわからない錆びた金属の塊から、自動車とは無関係と思われるお酒や大型テレビなんかもあり、前に食べたのはいつだったか覚えてないくらい前に食べたきりだったアメリカンドッグを食べたり、福引をしたりと、それなりに楽しんできました。
だけど、帰り道、数キロ進んだ所で、車に変な振動を感じる。これは、パンクか?何度か、ソロソロと進んでは止まって、タイヤを見てみるものの、原因がしばらくわからない。パンクはしてないけど、どうも左前輪に何かが刺さってるような感じ。周期的に振動が伝わってくるもの。何度目かにようやく見つけましたよ。タイヤの接地面に頭の直径が2cmはあるデカいネジが刺さってました。抜いてみると、どうやらパンクは免れた様子。不幸中の幸いでありました。
しかし、夏のような日差しと、慣れぬ子供たちとのふれあいで、ひどく疲れ、ダウン…。やっぱり、小さな子供と接すると、普段使わない神経をフルに使うようです(苦笑)
疲れた頭と体をしばらく休めたので、夜には元気になり、”DVD1枚100円”セールにつられて、レンタル・ビデオ店へ。バカ映画が大漁だ!
そんな週末でありました。

6月も近くなり、実話会談本が恋しくなる季節。
毎年6月に刊行され、愛読していた『新耳袋』シリーズも終了してしまい、これまた6月に刊行されるはずの怪談雑誌『幽』も今年はまだ発売のニュースがありません。つまらん!
ということで、図書館に2冊ほど新しい怪談本を予約していたのですが、1冊が手元にきました。
立原透耶さんの怪談実話集『ひとり百物語』
残念ながら、あんまりピンときませんでした。内容的には面白いお話もたくさんあったと思うのですが、文体が合わなかったのかな。
「気のせい?」的なお話が多かったのが原因か。たしかに、こういった類の不思議なことというのは、そんなもんですよね。だから逆にリアルとも言えるのだけれども。こういうことに直面すると、その瞬間は「怖い!」とか「キャーッ!」じゃなくて、「今のは、一体何?」という呆気に取られるというかボーゼンとするというか、実際にはそんな感じになるものです。「後から思い起こすとおかしい」ってな感じで。立原さんのお話は、終始淡々としている。淡々とし過ぎているがゆえに、淡々と読んでしまうのかな。後からよくよく考えると怖いんだと思うんだけど。あらためて、怪談って難しいと思いました。わざとらしく怖がらせようとしてもダメだし、あまりに怖がらないのも興ざめなのか。
しかし、あまりしっくりこない中、あるポイントだけはひどく共感しました。それは、”呼び寄せる”ということです。
立原さんは、とにかく”呼び寄せる”方らしいのです。なのに、無責任に怖い話を連発して”呼び寄せて”しまい、いっしょにいる人を怖がらせるという悪いクセがあるようで(笑)
私が驚いたのは、「ことごとく自動改札で切符がはじかれた」というフレーズ。これは、立原さんが京都の鳥辺野付近で何かに憑かれ、その後移動するときの話。
実話怪談集『新耳袋』を読んでいると、怪異を体験するという話はウワサされているのだけれども、この本を持ち歩いていて、ことごとく自動改札にひっかかった経験があるのですよ、私にも。家でひとりで読むのが怖いので、昼間人がいる場所で読もうと持ち歩いていたのですが、あまりにも自動改札にひっかかるので、怖くなって、持ち歩くのをやめたんです…。
カバーに隠された表紙が毎号心霊写真となっていたこの本。この本自体が、何か磁気でも帯びていたのかと思っていたわけですが(それもおかしいけど 笑)、それは本じゃなくて、私に何かが憑いていたってことだったのか?(笑)怪談を読んでいた私が、何かを”呼び寄せた”と?

怪談話をすると、霊が寄ってくると言いますね。だから「百物語」なんてシステムがあるわけですが。『新耳袋』は、掲載話数をわざと99話で止めてあるのですが、それは以前に100話で出版していた頃、読者から”怪異が起きる”という体験が次々と寄せられたため。でも、私はこの『新耳袋』を読んでいて、誰もいないはずの隣の部屋からずっとカサカサと物音がするのを聞いたり、人に確かにまとめて貸したはずの『新耳袋』シリーズのうち1冊が行方不明になったりという体験をしています。話数は関係ないと思う(笑)やっぱり、”呼ぶ”のかな。

中学生時代、学校で、怪談話をよくやりました。美術室でやっていたときは、話している周りでそこだけ空気が冷たいと感じる空間ができました。そこに手を伸ばすと、指先に軽くピリピリと電気が走るような感覚を感じました。私は何に手を突っ込んでいたんでしょう?
階段下の小部屋は、窓を黒く塗りつぶして更衣室になっていたのですが、電気を消すとほぼ真っ暗になるので、そこに椅子を持ち込んで怪談話をしたこともありました。そのときは、私と隣のコの間に、「トン」と上から足を揃えて上履きで着地するような音が聞こえ、「今の音は何?」とパニックになって、椅子と人とがこんがらがりながら逃げ出しました。狭い空間にぎっしり椅子を並べていたので、隣のコとの間に人が入れるスペースはなかったのに、音と共に、あきらかに人の気配がしました(笑)瞬間、隣のコと目を見合わせ、「今の音は何?」そして、直後に絶叫。

そんなことを経験していると、やっぱり、怪談話は何かを呼ぶのかも、と思いたくなります。



posted by nbm at 15:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月23日

トントン何の音?風の音

昨夜は、ダンナさんとスクーターでお出かけ。
途中、前方の道を横切る黒い影が。大き目の猫かと思ったけど、なんか猫にしてはしなやかさがなくてのっそりしてると思ったらタヌキでした(笑)この辺りにはタヌキがよく出没すると聞いてはいたものの、初めて遭遇しましたよ。

寝しなにコーヒーを飲んだのが悪かったのか、それともやせ我慢をしてエアコンを入れずに寝ようとしたのが悪かったのか、昨夜は珍しく寝付けなくて…。おまけに、ダンナさんが布団に対して垂直に寝てて、こっちに足が(笑)私は自分の布団の隅っこにいないと蹴られる状態だったので、それもいけなかったのか。大体なんで垂直に寝てんだよ!(爆)
夜中、ダンナさんがもそもそと起き出して、エアコンを付けてくれたのですが、それからはぐっすり眠れました。やっぱり、暑かったのか。垂直寝を修正してくれたので、それもよかったのかも(笑)

いえね。実は、もうひとつ気になったことがあって、眠れなかったんです。
昨夜は、ずっと変な音が聞こえてて…(笑)

以前、ある友人が難しい国家試験を受けるために猛勉強している時、ガムランのような音楽が頭の中に聴こえてきたことがあると言ってました。幻聴ってやつでしょうか。話を聞いたときには、勉強のし過ぎだと言って笑ったものでしたが、特にシャワーを浴びているときに顕著に聴こえたのだといいます。その話を聴いたとき、私はそこまで自分を追い込んだ経験がないので(笑)そして多分そんなに自分を追い詰めることを今後もしないであろうことを考えると、私には経験できないことだなと思ってました。
ところが、数ヶ月前、実家の仕事を手伝いに通って心身ともに疲れ果てたときに、それらしい音を聴きました(笑)かすかにだったけど、音楽のようなものが頭の中で鳴るんです。そして、彼女が言っていたように、それはシャワーを浴びているときでした。不思議だな。

で、昨夜の話。
スクーターに乗っているときに、なんだか聴こえるんです。人の話し声のように聴こえるんだけど、何言ってるのか、男の声なのか女の声なのかもわからないけど、何かが聴こえる。
なんだか気持ちが悪い。
でも、微かな音だったし、そんなことすぐに忘れちゃいました。
だけど、布団に横になって、寝付けずに寝返りばかりうっていたら、網戸をたたく音がするんです。「トントントン、トントントントン」って。昨日は風があったので、エアコンを付けずに窓を開けて寝ていたので、当然風の音だったはずです。でも、この音は布団に入る前からしていたわけじゃない。風は相変わらず吹いていると思うのですが。そして、音がするときと全くしないときがある。で、規則正しいんです。「トントントン」か「トントントントン」。3回か4回。だれかがベランダで網戸をノックしているみたいに聴こえる。しばらく続くと、静かになって、また聴こえ始めるという具合に、それが断続的に続いてて、風の音だと気にせずにおこうと思うのですが、そのときに、スクーターで聞いた話し声を思い出してしまい、それもあって寝付けなかったんです。実は、スクーターで聴こえた話声のようなものが、布団に入る前にも、微かにまた聴こえたんですよね。でも、気のせいだと思い込んで寝たんです(笑)

カーテンは閉めていたので、網戸の外は見えない状態でしたが、ダンナさんが夜中に窓を閉めてエアコンを付けてくれたので、網戸をたたく音は聞こえなくなり、熟睡できたというわけでございます。
あれは何だったのでしょう?
家にいて、風のある日でも、窓を開けていてあんな音を聞いたことはないような…。

ガムランの音のことですが、シャワーを浴びているときだったから、シャワーの音がしているわけです。この継続して聞こえる音があるときに聴こえるというのがポイントなんでしょうね。昨夜スクーターで聞いた話し声も、スクーターのエンジン音や風を切る音が常に聞こえている状態だったわけで、その辺がミソなんでしょう。だけど、静かな部屋でも聞いたんだよな、話し声(笑)

あーぶくたったー煮え立ったー 煮えたかどーだか食べてみよー ムシャムシャムシャ まだ煮えない 「トントン」 何の音? 風の音 「トントン」 何の音? おばけの音…
posted by nbm at 10:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

オーブ観察会

昨夜、深夜のことでございます。久々に変な出来事がありました。

ここ数日、アニメの観過ぎで、完全に寝不足だった我々夫婦。今日こそは、とちょっと早めに就寝。といっても午前1時は過ぎてましたが。眠かったから、あっさり眠れました。ところが、なんだかすぐに目が覚めてしまった私。「なんで?」と思っていると、ダンナさんが声をかけてきた。「起きちゃったの?実は今オーブで部屋中がいっぱいで」と。なぬっ?オーブとな!
ダンナさんも寝付いたと思ったら起きてしまい、気づくと隣に寝ていた私の顔が蛍光黄緑色に光って見えた。上を向くと、部屋中、蛍光黄緑のテニスボールのようなものがふわふわと埋め尽くしているように見えているらしい。電灯を点けると、一発で消失してしまうということをかつて経験していたダンナさんは、そのまま電灯を点けずに暗闇でオーブを観測。
私には、その数百ものオーブはまったく見えず。言われて暗闇に目を凝らしてみると、闇の中をなにやらごにょごにょと蠢くものが見える気がする。錯覚じゃないと思う。寝室の中の空間は、ごにょごにょでいっぱいだった。しばらく観測していると、時間が経つにつれ、次第にごにょごにょが消えていく。ダンナさんいわく、オーブは段々と数を減らしていったそうな。そして、ほとんど見えなくなったと言われたときには、私に見えていたごにょごにょしたものも消えていた…。
二人とも金縛りなどにはならず、声や音が聞こえたわけでもなく。ただ目が覚めただけ。一番不思議だったのは、怖いと思わなかったこと。嫌な感じとか悪意とかを感じることはありませんでした。見ているものは違ったけど、ただただ変なものが見えていただけで。
私が目覚めた瞬間、右目の奥が痛んだのですが、それは何かこの現象と関係があったのでしょうか。ちなみに、左目が痛むことは頻繁にありますが、右目が痛むのは珍しい。二人の脳内で何事かが同時に起きたということなのか。その後、ダンナさんは寝てしまいましたが、私はいっこうに寝付けない。怖くて眠れないんじゃなくて、なぜかひどく目が冴えてしまって…。5時頃まで眠れず、輪をかけて睡眠不足になってしまいましたとさ(笑)
部屋は完全に暗闇だったのに、ダンナさんは黄緑色の光で、私の顔が見えたと言いました。一方私は、ごにょごにょが見えているとき、部屋の中がほんのりと明るく見えていたのが、後から考えると腑に落ちません。私の感じた明るさは、薄赤い感じでしたが。

たまたま、寝しなに読んでいたのが、「ダムド・ファイル」という本でした。名古屋を中心として実際の心霊スポットや実話怪談などをネタに作ったホラードラマがありまして、その小説版を読んでいたわけであります。第1話から非常に陰惨な話でしたが、まだ佳境に入っていない段階で読むのをやめて寝てしまったので、変なものが見えたのはその影響とも考えられません。今日になって続きを読んでみると、輪をかけてひどい展開になっていて…。基本的に、テレビマンがホラー特番を作るという構成で進むシリーズなので、第1話は、そのテレビ局を舞台にした話なのですが、これがひどい。もとは、切支丹の処刑場だったという場所にテレビ局が建っているというのですが。切支丹の遺骸は、処刑されたあとも、刀の試し斬りに使われたという話になっているのです。史実だったらすごい話だなと思って調べたら、本当のことらしい…。そりゃあ化けて出たくもなるってもんですね。

しかし、昨日のオーブのニュートラルさったら、なんでしょう?ただ出てきて、目覚めさせただけ(笑)
以前、別の場所に住んでいたときのこと。2階の部屋で寝ていると、夜中にダンナさんは変な声を聞いて。それは、聞き覚えのない、ある言葉を繰り返し詠唱しているように聞こえたらしい。そのとき、私には何も聞こえなかったのですが、どういうわけか、空気が濃密な感じがして、重い空気に物理的に押しつぶされるような感覚がありました。布団が重くて持ち上がらない。金縛りっていうのとはまったく違います。体は動くけど、重い(笑)私をひとり置いて、聞こえた不思議な言葉についてPCで調べるために、ダンナさんは階下に行ってしまい、私は空気の重さに耐えつつ寝てました。ダンナさんが階下で調べている最中、私が寝ているはずの2階の部屋からは、ずっと男女の話す声がぼそぼそと聞こえていたそうです。誰も話してないっつーの!
私はそうとも知らず、ひたすら「空気、重い…」と思っていたのでした(笑)

こうして、二人が同時に違う側面から変なことを体験することがあります。大したことじゃないし、気のせいで片付けられることでもあるのですが、不思議です。脳内の活動ならば、二人同時に違った形で出るのは理解ができない…。
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2007年08月07日

♪ブル〜ダ〜イヤ〜♪

先日から指輪ネタを書いていて、あることを思い出したので記事で採り上げたかった指輪がありました。今、そいつは目の前にあるのですが、写真を載せようとデジカメを向けたら、デジカメが機能しなくなりました…(泣)何度入れてもスイッチが入らない…。電池を変えてもダメです。「写すな」ってことか?
う〜ん…やっぱりコイツには何かあるのだろうか。

この指輪、今からふた昔ほど前、私がハタチくらいの時に表参道の露店で買ったもの。5ミリ幅くらいのシルバーのリングで、表側にお花と葉っぱの模様が彫金されてます。ただそれだけのもの。学生が買えたのですから高いものではなくて、1500円とかそんなものだったと思います。
たった一度だけ、コイツに変なことがありました。友人と大学近くの喫茶店に行き、そこでトイレに行きました。普段の私は、指輪を填めていてもかまわずそのまま手を洗ってしまうタイプ。なのに、その時はこの指輪をしていて、手を洗う時にどういうわけかはずして洗面台の上に置きました。それで、これまたどういうわけか指輪をはずしたこと自体をすっかり忘れて席に戻ってしまい、席に戻ってから指輪がないのに気付いて、慌ててトイレへ行ってみたけど、指輪はない。さほど広くない店には、そのとき私たちしかお客さんはいませんでしたし、私の後にトイレに入った人もいない。洗面台に置いたところまでしか記憶がなかったのですが、無意識にバッグに入れたかと探したのに見つかりませんでした。失くしちゃったなと残念に思いながらも、安物だし、まぁいいかとすぐに諦めました。
ところが、数日後、その指輪はそのときのバッグの薄いポケットから出てきました。なんだ、やっぱり忘れてたんじゃないのって思うでしょ?でもね。あの時バッグは隅々まで探したし、結構厚みのある指輪だから薄いポケットに入ってれば外側から見てもわかるはずなのですよ。それに、指輪が入っていたそのポケットは普段まったく使っていませんでした。私だけにしかわからないけど、私にしてみれば、消えた指輪が数日後にまた勝手に戻ってきたとしか思えませんでした。
それからというもの、どこかしら気味が悪くて、この指輪はほとんど填めていません。
で、この話を書くのに実物の写真を撮ろうと思ったら、デジカメが動かないというわけです。なんじゃ、コイツは?
というわけで、残念ながらお見せできません。

うっわ、前置き長っ!ここからが本題ですわ。
先日の「指輪”の”物語」で書ききれなかったのが、悪名高いホープ・ダイヤのお話。
17世紀、インドのヒンドゥー教の神殿の神の像から盗まれたという大きなブルーダイヤ。その後、数々の人の手に渡りつつ、持ち主を不幸にし死に至らしめるとされてきたいわくつきのダイヤ。当初は112カラットあったという。
フランスの宝石商タヴェルニエがこれを入手し、ルイ14世に売る。タヴェルニエは借金を背負った後に野犬に食い殺される。ルイ14世は、ダイヤをハート型にカットして67.5カラットになった。このダイヤを王から借りて身に着けた貴族たちは皆投獄されたり地位を剥奪されたりしているという。そして、革命によりルイ王朝は滅びる。
オランダの宝石商の手に渡りカットされたダイヤは45.5カラットに。宝石商の息子がそれを盗み出してフランス人の男に売るが、宝石商も息子も自殺、フランス人の男はロンドンの宝石商に売るが、金をもらう前に餓死。ロンドンの宝石商は、銀行家ホープにダイヤを売った後落馬で死亡。呼び名の元となったほど長くダイヤを所有したホープ家も、浪費の果てに破産。
パリ在住のロシア貴族がダイヤを手に入れ、寵愛する踊り子にダイヤを貸すと、踊り子は情夫に殺され、ロシア貴族も何者かに殺される。
今度はギリシャの宝石商がオスマン・トルコの皇帝アブドル・ハミド2世に売るが、ギリシャの宝石商はその直後に車ごと崖から落ち、1年と経たないうちにオスマン・トルコは滅亡。アブドル・ハミド2世は、ダイヤを託した密使をフランスへ送るが、密使はダイヤごと姿を消す。
そして、パリの宝石商カルティエに巡り来たダイヤは、アメリカの新聞王の妻エヴァリン・マクリーンに売られるが、数年後に息子が事故死、娘は薬物で変死、夫は発狂、本人は病死。
ようやく、最後の持ち主ハリー・ウィンストンのもとへ。彼がスミソニアン博物館へ寄贈して一件落着。
事実関係が確認されていないことも多いというけれど、話に尾ひれがついているだけでしょうかね。
マリリン・モンローが、ハリー・ウィンストンから借りて、映画の中で身に着けていたらしいのですが、その映画って「紳士は金髪がお好き」なのかな?誰かおせーて!彼女の最期については周知の通り…。

インドでは、ダイヤモンドには神の力が宿るとされ、呪術の道具や守護の石として使われていたらしい。
ダイヤモンドは、ギリシア語の「アマダス」が語源とされているとか。その言葉の意味は「制服するのが難しい」。なるほどね。

ココから先は種明かし。読むとつまらなくなるかも。
ヒンドゥー教の神殿ではなくて、インドの川で発見され、最初に入手した宝石商タヴェルニエは84歳まで生きた。
フランシス・ホープの時代に、ホープ家は破産。妻だった女優メイ・ヨーは、身の不運をダイヤのせいだとして本を出版し、自分が主演で映画化もした。これが、「呪いの宝石」と呼ばれる大きな原因となったよう。
他にも、一族の血筋が絶えたなどの話が伝わっているが、事実ではないらしい。前述した死の連鎖も、事実確認されていないことが多いみたい。
ということで、ずいぶんと脚色されて伝わっている内容が多いということですね。
でも、ダイヤの呪力に関しては、まったく否定してしまうことはできません。私の手元にあるちっぽけなシルバー・リングにさえ、なんらかの力が宿っているのかもしれないのですから。






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2006年10月26日

ジェニー・ハニバーは干物じゃない!

なんて懐かしい名前…。ってこれは女性の名前ではありません。奇っ怪なミイラの名前でございます。先日、荒俣宏先生がテレビにご出演の際、奥様に”臭い干物”として捨てられたジェニー・ハニバーを、ごみ箱から見事救出したという話をされてました。奥様としては、「捨てたはずのものがなぜここに?」となるわけですが、こんな珍品捨てちゃダメですよ、奥さん。
あまりに昔過ぎて、まったく記憶が薄いのですが、こんなような作り物ミイラを集めた展覧会を学生の頃だったか、どこかで観た記憶があります。ミイラたちの形状すら覚えていないのですが、メインで出品されていたのは、ウサギに牙と羽が生えちゃった的なものだったような…。中世ヨーロッパで、こんなようなキマイラを創作するのが流行ったらしく、いろんな手作りのキマイラ・ミイラが陳列されていたのを覚えています。
ヴンダー・カマーってのがあって、ドイツ語で「驚異の部屋」。大航海時代のヨーロッパの王侯貴族たちが作った博物館の原型ともいうべきものです。へんてこりんなもので埋め尽くされた展示室を作って遊んでたんですね。そういう中に、ジェニー・ハニバーみたいなUMAの干物的なものがたくさんあったわけです。
日本でも、どこそこの寺に河童のミイラがあるとか、鬼の手のミイラがあるとか、はたまた人魚のミイラがあるとかって話を聞くじゃあないですか。似たようなものかもしれませんね。あっ、もちろん作り物でなく、本物も紛れているやも知れません。
なんてものをネットで辿っていったら、すげーものを見つけましたexclamation番町皿屋敷「お菊の皿」…。実在の人物だったんですね、お菊さん。えっと…だけど、これは彦根(滋賀県)の話で、江戸の番町ではない、と。どうやら、日本各地に同様のお菊さんがお皿を割って手討ちにされるという話が残っているらしいです。岡本綺堂の「番町皿屋敷」は怪談じゃなくて悲恋ものということになってるし。う〜ん。わけがわかりません。でも、揃いも揃ってどうして”お菊”さん?なんだかシンデレラのお話が世界各国に存在していることを思い出しましたよ。
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2006年10月24日

サウェン・フェシュの夜

もうすぐハロウィーン。ねずみーランドなどでもイベントが開催され、巷にはかぼちゃ色のグッズが溢れてます。でも、ハロウィーンが何千年も前からのケルトの習慣だったことを知っている人はどのくらいいるんでしょう?もともとはキリスト教とは無関係。中世にキリスト教の行事に組み込まれ、日本で”万聖節”と呼ばれているように、全ての聖人を祭る行事になってしまいました。アイルランド移民がアメリカに持ち込んだお祭りなんですね。アメリカ的にランタンにはかぼちゃが使われているけれど、もとはカブだったそうですよ。そのまま伝わっていれば、今頃街は白一色だったかも。
アイルランドでは、”Samhain Feis”の祭りと呼ばれています。Samhainは”サウェン”とか”サワーン”と発音するらしく、ゲール語で「11月」の意味、Feisは「祭り」。今も10月最後の月曜日に行われているようです。収穫を祝う祭りであり、10月31日で夏の季節が終わり、冬の季節が始まる11月1日は日本でいう元旦のようなもの。ゲール語で”サウラド(夏)”の”フィン(終わり)”で”サウェン(11月)”。このとき、時間と空間の境目が曖昧になって、異界の門が開き、亡霊や妖精がこの世界との間を行き来出来るようになると恐れられていたのです。ドルイド僧たちが、悪霊を追い払うために丘で燃やした焚き火の火を、各家庭に持ち帰って燃やし、悪霊を家に入れないように守ったことがランタンの始まり。家の大きな灯りは点けずに、家の中を寒々しくて悪霊にとって魅力のないものに見せかけたとも。恐いものに仮装するのも、逆に悪霊を恐がらせるためだとか。
悪霊や妖精たちに狙われるのは、子供や若い娘、花嫁など。さらったあとに、偽者をおいていくことがあり、これが”取り換えっ子”と呼ばれるもので、次第に邪悪な本性をあらわしていくことに。あなたのうちの子供、取り換えられていませんか?もしくは、あなた自身が…。
アイルランドでは、ハロウィーンは祝い事をするような祭りではなく、悪い霊たちをなんとかやり過ごす恐い夜なのです。
ジョン・カーペンター『ハロウィン』って映画があります。1978年に第1作が公開になり、その後カーペンターの手は離れたものの、何作も続編が作られてます。何度殺しても甦るブギーマン。ブギーマンという存在を、私はこの映画で知りました。ブギーマンも、悪い妖精の仲間。この作品で映画デビューをしたジェイミー・リー・カーティスは私の大好きな女優さんの一人ですが、シリーズに出続けているのがエライexclamationすっかりアメリカナイズされておちゃらけたハロウィーンの夜が、本当は恐い夜なんだということを思い出させてくれる傑作映画です。
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2006年09月20日

リアル新耳袋の真実(先に言ってよ)

例の手形の発見状況を詳しく聞いてみたら、新事実が発覚exclamation
フライスの機械にかけてあった毛布。端を持ち上げて裏返しに別の機械にかけた状態にしたのが、あの写真。つまり、あの手形は外側でなく、”内側”に付いていたわけです。フライスには”オイルだまり”というものがあるそうで、確かにその”オイルだまり”の部分にかかっていた所が黒くなっているわけですが、どう考えても不自然。毛布と機械の間に手を差し込んだ状態で、下から毛布に向かってオイルを噴射でもさせないと、写真のような状態にはなりません。ただオイルが染み込んだだけでは、手形が白く残ることはないでしょう。だけど、この汚れ、オイルにしては匂いもしませんでしたし…発見したときには、すっかり乾いている状態でした。オイルって、そんなに簡単に乾くもんじゃないですよね?う〜ん、やっぱりなんだかわかりません。

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2006年09月19日

リアル新耳袋


realsinmimi
先日、ダンナさんが職場でミョウチキリンなものを発見exclamation×2
みなさん、これ何でしょう?

ある日、フライスを使おうと、上にかけていた毛布を持ち上げると…
そこにあったのが、この手形のようなもの。小さな手形のように見えますが、危険な物がたくさんの工場の中に、小さな子供が入り込み、黒いオイルを吹き付けたような跡をつけるということは、ちょっと考えられません。身近にそこに入るような子供もいませんし、普段お客さんが
入るエリアじゃありません。使わないときは閉めきられている空間です。
それに、よく見ると、人間の子供の手にしては、ちょっと不自然な形。右手を甲側がこちらに見えるように置いた形に思えるのですが、それにしても小指部分が長すぎる。指も全体的に細いし、なんだか小ザルの手のようでもあります。
数々の妖しい体験をしてきたダンナさんも、見た瞬間、「これは人間じゃない」と感じ、全身鳥肌が立ったそうですよ。話を聞いて、私も後日取材に行ったわけですが、ダンナさんは別の場所で忙しくお仕事をしていたので、独りこの手形と対峙していると、薄ら寒い思いがしました。何枚か角度を変えて撮ってみたんですけど、それらの写真を見ると、まるで「新耳袋」のオープニングのようでした。なんか、ほんのり別のものも写ってるように見えなくもないし。そちらはアップしてませんが。

同じようなものを見たという方、ぜひご一報ください。
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2006年08月25日

ひきつけるU

最近、テレビでは怖い話をなかなかやってくれないので、自分でやろうかな。
何が惹きつけるのか、人でないものからも話しかけられることがあるようです。霊感とか、そんなことじゃないと思います。たぶん。
実家には、私が小学生の時分から、いろんなことが起こりました。となりの空き地から家族総出で人でない方々がよくいらっしゃいました。私のところにはおじさん、兄のところには少女、他にも割烹着姿のお手伝いさんらしきおばさんとか。
そんな中、カギっ子だった私が、ある日小学校から帰り、いつものようにカギを開けて家に入りながら、「ただいまぁ」とつぶやくと、「おかえり」と返事が。家の中には誰も居ません。母よりも若い女の人の声でした。
新婚当時、仕事から帰って、アパートの台所でひとりで食事の支度をしていると、耳元で「こんばんは」と男の人の声。右の耳元で直に言われた感じでした。すぐ横に立ってる感じ。でも、誰もいません。外から聞こえたにしては、近すぎます。
こういうときって、鳥肌が立つんですよぉ。
後から思い返すと不思議なのは、普通の人の声よりも、若干くぐもった感じに聞こえるってことです。空耳と言われれば、それまでですがね。

余談ですけど、人の声を聞き分けるのが得意なんです。例えば、テレビ番組でのナレーションの声も、一言聞けば誰だかわかります。私の脳はどうなってるんだか、人の声を記憶して判断する機能だけは発達しているようです。だから、人の声には敏感なんです。上記の2つの体験では、双方とも聞いたことのない声でした。
なんて自慢げに言ってて、父と兄2人、この3人の声は聞き分けることができなかったりします。てへっ。


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2006年08月24日

光の正体は?

「絶対少年」を観て、思い出しました。この作品には、暖色系と寒色系の2種類の光が登場するのですが、私は実際に2種類の光を目撃したことがあります。
暖色系の光に似たものは、私が小・中学生の頃、実家の玄関付近によく出没しました。夜、暗い道を帰って来ると、自宅の玄関の門扉のあたりをオレンジ色のまあるい光がふわふわと浮遊しているわけです。最初に見たときは、懐中電灯の光を真正面から見ているのかと思ったのですが、見る角度を変えても、まあるい形は変化することなくまあるいままでしたし、色も赤味が強かったのです。ということは、光は球体に近かったはずです。10メートルくらいまで近づくと消えてしまうのですけど、不思議と怖いとは思わず、色が暖色系だからなのか、温かみを感じる光でした。でも、どういうわけか、触っても熱くないだろうなと思ったものです。
寒色系の光は、20年ほど前に当時の彼(今のダンナさん)と2人で目撃。田んぼが延々と続く実家近くの農道で、数メートル先に見えました。青白いまあるい光が空中にいきなり出現したかと思うと(高さとしては地上2メートルくらい)、ゆっくりときれいに垂直に降りていき、地面に消えました。車を降りて確認しようとするダンナさんを必死で止めた記憶があります。この時は、寒色系の色だからか、ものすごく怖く感じました。地中のリンが燃えるという話がありますが、下から上にではなく、上から下に下がっていったので、違うと思います。テレビで見る作り物の火の玉は尾を引いてますが、見た目の直径は5センチくらい、まったくの真ん丸で、限りなく白に近い青色をしてました。
亡くなった義父が、よくスカイフィッシュのようなものを見ていたのだそうです。「UFOってのはちっちゃなもんだ」と言っていたとか。小さくて、猛スピードで直線的に動くんだけど、よくは見えないものが飛んでたって。
やはり、”見えない真実”ってあるのかも。
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2006年06月29日

怪談の季節

私ったら、怪談が大好き黒ハート自分は怖い目には遭いたくないけど、疑似体験はやめられませぬ。

毎年、この時期は「新耳袋」を楽しみにしていたものですが、去年最終刊が出て、その楽しみも奪われてしまいました。1年に一冊ずつ、本格的な夏を前にして、梅雨の時期に発刊されていたこの本。1冊につき99話収録されている実話怪談集で、10年かけて全10巻で990話ってわけです。基本は百物語なわけですが、当初きっちり100話載せていたら、読者から読後に異様な体験があったとクレームが続出。スタイルを変えて出しなおす際に、1話削ったという逸話が。
今や、ドラマ化・映画化され、DVDにもなってますが、やはり、活字で読む恐さは捨てがたい。ちょっと話がそれるけど、「近づく編」のおまけにはスカイフィッシュらしきものの映像が入ってます。UMAファンは必見exclamation

この「新耳袋」。99話しかないけど、一晩で一気読みすると、もれなく怪現象がついてきま〜すexclamation
夜ひとりで読んでると、誰もいないはずの隣の部屋から「カサカサ…カサカサ…」とレジ袋をこすり合わせるような音が聞こえた事も度々。確認に行ってみるのですが、そんなものはありませんでした。で、もとの部屋に戻ってまた読み出すと「カサカサ…」それで、恐くなって、しばらく読めなくなります。
数年前、会社の後輩に数冊まとめて「新耳袋」を貸しました。返ってくると、1冊足りません。その旨を彼に言うと、「最初からありませんでしたよ」確かに貸しました。でもオレンジ色の表紙の「第二夜」だけが、どこかに消えてしまったんです。そうそう、表紙と言えば、この本、中に書かれている話に出てくる写真が表紙に使われてます。カバーをはずすと…
もうひとつ。一昨年のことですから「第九夜」を購入して、持ち歩いていたときのこと。電車の中で読んでいて、降りようとすると必ず自動改札でひっかかってしまうんです。パスネットを使ってたんですけど。「第九夜」を持ち歩いていた2日間は、ひっかかり通しでした。なので、恐くなって、持ち歩くのをやめました。まるで本自体が磁気を帯びてでもいるかのようでした。
というわけで、この本を読むと、こんな些細な怪異を体験できますよ。むふふ…
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2006年06月28日

正夢と現実

昨日は、OL時代の後輩の正夢の話をしたのですが、今日は私自身の正夢の話です。

2度ほど、正夢を見たことがあります。
ところが、2度とも、夢と現実は結末が違ってました。ここがミソexclamation(だと思う…)

ひとつは、小学生の頃の話。大宮市の公園に行く夢を見ました。とっても短い夢だったけど、公園の脇の並木道を歩いていくと、その先にはポツンと本屋さんがあって、そこに入っていく夢でした。それからしばらくして、現実に友達数人と大宮公園に出かける事に。歩いていると、夢で見たばかりの並木道がexclamation×2でも、実際にはその先へは行かず、本屋さんも本当にあったのかどうか。もちろん、そこに行ったのは初めてでした。似ている景色はどこにでもあるでしょうが、夢でみたままの景色だったんですぅ。ほんとに。

もうひとつは、中学生の頃の話。どこかはわからないけれども、公共の建物らしきコンクリートでできた灰色で四角張った美術館のような所に入っていく夢。内部では、幼稚園児が書いた海の絵がたくさん飾ってあって展覧会のようでした。場面は切り替わって、大きくて古い民家の中にいます。畳の部屋がいくつも続いていて、ある部屋には、はしご階段のようなものがあり、2階に上がれるようになってました。そして私は、そのはしごを上っていくところで夢は終了。
しばらくして、父が単身赴任していた秩父に、母と遊びに行くことに。観光用の馬車が通る道を歩いていると、道の反対側に夢で見た建物がexclamation×2建物自体もまわりの生垣も夢のまんま。でも、実際には建物の中には入りませんでした。やはり、公共の建物のようでしたが、中で何かが催されているかは確かめられませんでした。
無計画な一日旅行だったので、行き当たりばったりに動いてました。近くに、古くからの農民の暮らしを再現した古民家があるというので、行ってみることに。大きな萱葺きの民家で、納屋には古い農機具などが展示してありました。家の中に入っていくと、夢で見たはしご階段exclamation×2でも、実際には、はしご階段を上ることはしませんでした。ちなみに、夢の中と現実では、同じお気に入りの黄色いワンピースを着てました。
もちろん、秩父に行ったのは初めてのことでしたよ。

そういえば、こんなこともありました。
ダンナさんとお付き合いしていた頃の話。
彼が、広い小学校の校舎のような所で、数人の女の子と楽しそうに話している夢を見ました。
何の気なく、翌日その夢の話を彼に話すと。
青くなった彼に「ごめん。昨日、合コンに行ってた」と告白されました。
不穏なものを感じていたつもりもなく、夢の話も単なる夢の話でしかなかったのに、自分で自分にびっくりexclamation
しかも、同じようなことは数回あったような記憶があります。あんまり覚えてないけど。
女の勘ってほんとに鋭いのねん。
殿方は、お気をつけあそばせ黒ハート
posted by nbm at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 不思議な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする