2014年06月23日

”ぼんやり”できない

みなさんは、普段どのくらい”ぼんやり”している時間があるだろうか。
私は時間に関して超がつくほどの貧乏性で、”ぼんやり”する時間はほとんどゼロに近い。
家事をしていて、何らかの待ち時間が発生したとする。3分でも5分でも、たとえ1分でも、その間にできることはないかと探して実行するのが常だ。こう書くと、サッサカ家事を片付けていくスーパー主婦みたいな印象を受けるかもしれないが、不器用なので人よりもいろいろと時間がかかるというだけなんじゃないかと思っているが。
アニメなどを見ていて、ダンナさんがトイレ休憩などでちょっと席をはずそうものなら、待っている間、手元に置いてある本を少しでも読み進めたりとか。
布団に入ってから眠りに落ちる時間も、寝落ちするまで本を読むかパズルをするかしている。
手足や五感を動かさないでいる時間はあっても、脳を使って考え事をしているので、何も考えずにボーっとしていることはない。
一番自分が何もせずに”ぼんやり”しているときはどんなときか考えてみたのだが、思い当たらない。移動する時間を考えても、歩いているならそれだけで意識的に運動していることになるし、車なら運転しているし、自分が運転していなくても話をしたり音楽を聴いたりしている。電車移動も音楽を聴くか本を読んでいるし、自転車は自分が運転しているからぼんやりできない。
敢えていえば、自然の豊かな所で景色を満喫している時くらいだろうか。そんなこと、年に何回もあるわけじゃないし、分単位程度だけど。
日常的にぼんやりする時間を作るとしたら、自宅でくつろいでいる時か、電車移動する時くらいしか考えつかないのだけれど、他にもチャンスはあるんだろうか。

昨夜のEテレ『サイエンスZERO』という番組、「”ぼんやり”に潜む謎の脳活動」というテーマだった。
私は普段”ぼんやり”することがないので、逆に興味深く、観てみたというわけ。
何もせずに”ぼんやり”している時に、脳はどのような活動をしているのかが研究されるようになり、わかったことがあるという。
その名も「デフォルト・モード・ネットワーク」。離れている別々の部分が同期して活動していることを指すようなのだが、”ぼんやり”している時、前頭葉内側と後部帯状回という脳の中では前後に離れている部分が通信するように活動しているという。逆に、意識的に何かをしているときは、この2つの部分は活動が低下しているらしい。
人間の生命活動に必要なカロリーの5分の1は脳に使われていると言われている。でもそのうちの大半にあたる75%程のエネルギーは、実はぼんやりしているときに消費されているらしい。それが、上記の前頭葉内側と後部帯状回で消費されていることがわかったとのこと。

この「デフォルト・モード・ネットワーク」は、自己意識・見当識・記憶などと関係しているのではないかと考えられているそうだ。
うつ病をはじめとする様々な精神疾患が、このネットワークの働きと関連していることが推測されている。
また、アルツハイマー型認知症との関連も指摘されている。このタイプの認知症では、「デフォルト・モード・ネットワーク」が弱まっていることがわかっている。アミロイドというタンパク質が脳内に蓄積することで脳に萎縮が起きるとされているが、短期記憶を司る海馬よりも先んじてこの「デフォルト・モード・ネットワーク」に脳の萎縮が起きているということがわかってきたらしい。
このネットワークの滞りを交通網に例えると、高速道路が通行止めになるようなもので、判断や反応に時間が掛かるようになるのではないかとのことだった。高齢になると、このネットワークが弱くなっていくようで、なるほど納得。

ここからは番組を離れて。
なぜに”ぼんやり”するときにそれほどのエネルギーを必要とするのか謎だけれど、一説によると、車のアイドリングのようなもので、無意識下でも常に意識的活動への準備をしているということではないかと言われている。
何かをしているときでも、まばたきの瞬間にデフォルト・モード・ネットワークの活動が上昇するという研究もある。ほんの一瞬でも、切り替えが行われているらしい。
夢を見るのは記憶の整理のためという説があるけれども、覚醒時のデフォルト・モード・ネットワークはそれと似たようなことをしているのではないかと誰もが想像するだろう。

となると、だ。
日頃ぼんやりする時間をほぼ作らない私の脳の中はどうなっているのだろうか。
集中して考えている時に良いアイデアが浮かばなくても、一度問題から離れてボーっとしているとふと解決策が浮かぶなどという経験談もよく聞かれる。
確かに、思い出そうとして思い出せないことが、関係ないときにふと思い出されるというようなことはあるけれど。言われてみれば、ボーッとしていてアイデアが浮かんだという経験はないような気がする。大体、ボーっとしている時間がないのだから、仕方ないか。
まばたきでもデフォルト・モード・ネットワークが働くってんだから、たぶんマイクロスリープのように数秒単位ではボーっとしているのだと思う。と、勝手に推測。
アルツハイマー型認知症で、脳の萎縮がみられる部分とデフォルト・モード・ネットワークが重なるというのは非常に興味深い。顕著な悪化がみられるということは、極端に刺激し過ぎたか、逆に刺激が少なかったかの2択と言ってよいと思うのだけれど、認知症はぼんやりしていると悪化すると考えられるので、デフォルト・モード・ネットワークを刺激し過ぎたということなんだろうか。
だが、そんな素人考えとは逆に、瞑想でデフォルト・モード・ネットワークを活性化させると、アルツハイマー型認知症に有効なのではないかという実験結果もあるという。
じゃ、アルツハイマー型認知症にならないためには、やっぱり”ぼんやり”しとけってことなの?なんかピンとこないな。

私のようにそうそうぼんやりできない場合は、このネットワークの働きが緩慢過ぎるか、もしくは過剰なものを自己修復するために意識的行動を増やせと脳が命令しているのかもしれない。
うつ病などで、ひとつの考えに固執してしまうような状態のときに、デフォルト・モード・ネットワークを活性化させることで緩和させる方法も試みられているようだから、物事に集中しようとする働きが強すぎるときはそれを弱めるために”ぼんやり”することが有効なのかもしれない。
別に、何かをしていないと落ち着かないということではないのだけれど、やりたいことがたくさんあり過ぎて「時間がもったいない」と思ってしまう。
こんな脳機能を知ると、たまにはぼんやりした方がいいんだろうとは思うのだが、性分としては向かないなぁ。
たぶん、長生きできないだろうなと思っているのだけれど。狂ったように回し車を回し続けているハムスターみたいだもんな。
posted by nbm at 11:53| Comment(5) | TrackBack(0) | 脳科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月12日

中身は男子

なんか冷えてきたと思ったら、またも雪が降り出してた。家々の屋根や庭には積もってる所があるものの、アスファルトには積雪は無く…。雪国に比べればほんのわずかな雪でも、ここらで数cm積もれば交通など大混乱するわけで、いつも白銀の世界を期待しつつ、単純には雪を歓迎できない。

今朝、テレビで母校の最寄駅の駅前が映る。
駅舎が新しくなるというのはどこかで聞いたような気がするのだけれども、まったく違う風景になっていて、びっくり。昨年、改修されたらしい。そういえば、もう何年も行ってないなぁ。懐かしい街並み、ゼミでコンパをやった店やよく歌ってたカラオケ・スナックの看板が映る。懐かしすぎる。今年は久々に大学祭に行こうか…。
他にも、沿線の駅からの富士見ポイントが紹介されてたんだが、これは知らなかった。この駅も、しばらく使ってないからな。こんな所から富士山が綺麗に見えるんだろうかと疑う気持ちで観ていたら、意外に雄大に観えた。そういえば、その界隈にある水天宮にも確か富士塚があったっけ。建物さえなければ、案外、近くに富士山が見えるもんなんだな。

さて、昨晩、『たけしのニッポンのミカタ!』は、「男と女のギモンと謎!徹底解明スペシャル」だった。ほとんど観てないんだけど(笑)、男性が女性に対して感じる疑問と、女性が男性に対して感じる疑問とを科学的に解明していこうというわけだ。
垣間見たときに、”自分の脳が女脳ではない”ということをあらためて感じた。

<男→女への疑問ベスト10>
1位 なぜ痩せたいのか?
2位 なぜ買い物が長いのか?
3位 なぜウソを見破るのがうまいのか?
4位 なぜいつまでも話していられるのか?
5位 なぜ昔の話を覚えているのか?
6位 なぜ機械に弱いのか?
7位 なぜ突然泣き出すのか? 
8位 なぜ占いにハマるのか?
9位 なぜ電車で化粧をするのか?
10位 なぜ荷物が多いのか?

この中で自分に当てはまるものはというと、「痩せたい」「ウソを見破る」「いつまでも話していられる」くらい。

先日、都内で友人に会ったときに
「いつも荷物が少ないよねぇ」と指摘されたのを思い出す。
彼女は、大ぶりのバッグに、様々なものを持ち歩いてた。「出先で、もしかしたら必要になるかも」と思うようなものを詰め込んでいるんだそうだ。
私は、小さなポシェット(←死語?)ひとつ。お財布、携帯電話、スティック状の小さな携帯音楽プレーヤー、タオルハンカチ、口紅くらいしか入ってない小さなポーチ(ティッシュ付)、ミンティア、pasmo。これくらいしか入ってない。
そういえば、会社に勤めていた頃、社員旅行でも荷物が小さくて同僚に驚かれたのを思い出した。
一番大きいのは、化粧をしないことなんだと思うけど。そうすると、かさばる化粧道具が要らないからね。
通勤していた頃は、必ず文庫本を持ち歩いていたけど、近年の移動中は音楽を聴くことにして、デカいCDプレーヤーや何枚ものCDを持ち歩かなくてもいい今は、本当に楽。
”不測の事態に備える心理”というのが、女性の大荷物の原因で、出先で買い求める無駄を省く”堅実でケチ”なこととも関係があるそうだが…、あたしゃ”不測の事態に備えず””堅実でない”ってことかいな。

そもそも化粧をしないから電車の中でもしないし、占いには興味がなく、機械にも弱くはないし、昔の話なんて憶えちゃいない。ダラダラとウィンドー・ショッピングをするのは好きだけど、それをやるときは一人で徹底的にやる。普段の食材の買い物などは、買うものを決めておくか、そのときに安いものを買うので、あまり時間をかけない。涙もろくはあるけど、男性が驚くようなタイミングで「突然泣く」と言われるほどのことはないと思う。

男脳・女脳の判定テストをやってみると、中間脳と診断されるか、男脳に偏っていると診断される。
昔から、間違っても女らしいタイプではないので、予想はつくことなのだけれども、自分が歳を取るにつれて、どんどん”オッサン化”している気がしてならない(苦笑)

ちなみに、逆の疑問は以下の通り。

<女→男への疑問ベスト10>
1位 なぜ親父は臭いのか?
2位 なぜ若い女が好きなのか?
3位 なぜ結婚後妻を大切にしないのか?
4位 なぜ女の話を聴かないのか?
5位 なぜマザコンが多いのか?
6位 なぜ素直に謝らないのか?
7位 なぜ自慢話ばかりするのか? 
8位 なぜ乗り物が好きなのか?
9位 なぜ面倒くさがりやなのか?
10位 なぜ思っていることを口に出さないのか?

こっちには、ほとんど当てはまるものはない、と思う(笑)
でも、ひとつだけ、明確に当てはまるものがある。乗り物は好きだ。
小さな頃から車が好きで、歳の離れた兄が運転する車には、どこに行くのでも同乗を許されれば乗っていくという感じだった。成長して自分が運転するようになったら、運転は好きじゃないということが判明したのだけれども(苦笑)
兄たちはまったく興味がなさそうだったが、私は車のレースに興味があって、小さい頃からピットクルーに憧れたりしてた。大学では自動車部に入ってしまったし(ほぼ幽霊部員だったけど)、女の子同士でモーター・ショーに行ったりしてた。
これはたまたまだったのだけれども、高校時代からお付き合いしていた今のダンナさんは、ワンオフ部品を作り車をチューンナップする職人となる。
そんなんだから、大学の自動車部なんててんでお話にならないくらいハイレベルな車遊びを数々体験させてもらった。ねらってそうなったわけじゃないんだけど、私にとっては、自分が求める刺激を与えてくれる稀有な環境だったわけで。

このブログ、ちゃんとプロフィールを載せてないんで、私が男性なのか女性なのかよくわからないまま読まれている方もいらっしゃるやもしれませんね。
文中に”ダンナさん”とか出てきて初めて、「この人女性だったのか!」とか思われたりしてるかも?
中身は男子、それも中2くらいですから(苦笑)
posted by nbm at 12:41| Comment(6) | TrackBack(0) | 脳科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月29日

どなたでしたっけ?

マンションの同じ階に、新婚のご夫婦が住んでいる。昨年越してきたばかり。
このご夫婦の奥さんの方が、うちのダンナさんの職場の社長のご親戚。ダンナさんの職場にはよく立ち寄るようで、ダンナさんとは日常的に顔を合わせて会話をしている。
ということで、結婚のお祝いの品をプレゼントしたりしてるんだけれども、私は面識がほとんどない。
マンション暮らしの常で、同じ階に住んでいるといえども、顔を合わせる機会はほとんどないし。
プレゼントを手に、結婚のお祝いを言いに行ったときと、あとほんの数回マンションの廊下ですれ違って挨拶をした程度だと思う。

ある日、この奥さんが、うちのダンナさんに
「最近、奥さん(←私)を外でよくお見かけするけれども、声をかける前に行ってしまわれて…」というようなことを言っていたそうだ。
つまり、私が彼女に気付かずに立ち去ってしまうということらしい(苦笑)
そう言われたうちのダンナさんは、「うちのかみさんは、文字と音はものすごくよく記憶するんだけど、顔とか画像が憶えられないんだよ」と言い訳してくれたそうだ(苦笑)

まことに失礼な話なんだけれども、ほんの数回しか会ったことがなく、言葉もほとんどかわしたことがないので、まったく彼女の顔を憶えていない。
印象は憶えている。ロングヘアのかわいらしくてやわらかい感じの人だ。あれ?でも、髪を短く切ったという話を聞いたような気もする。それもいつの話か憶えてないから、今どんな髪型なのかもわからないけれども、ちょっと前にマンションの廊下で遠くから後姿をお見かけしたときは、ロングだったような…。だけど、お顔のパーツや配置はまったく憶えてない。
この方だけではなく、私はたぶんお隣の奥さんに近所のスーパーで出会ってもわからないと思う。玄関先の廊下で出会えば、”お隣の人”という認識ができても、外で会ったら顔で判断しないといけないでしょ。こちらも数回しか顔を合わせていないとはいえ、やっぱり顔を憶えていないや(苦笑)

特に人の顔に限って憶えられないと自覚したことはないけれども、基本的に画像や色などを記憶する能力は非常に乏しい。それは自分でもわかってる。
どうやら私は、人の外観を認識するときに、映像データ的なものよりも、印象が優先してしまうようだ。例えば、
「あの目の大きい人ね」というより
「あのふわっとした雰囲気のやさしげな人ね」という風に。
とにかく、私の脳は、画像を認識する部分がとても弱いわけさ。

その上、在宅仕事で半ひきこもり生活をしているうちに照れ屋が重症化したのか、人の目を見られないので、視線を相手の顔からそらしてしまうんだよね。
前にも言ったけど、会話の必要性があるなら目を見てフツーに話せるのだけれども、あまり親しくない人と挨拶程度の合間だと、それが急にできなくなる。
ただでさえ、顔を認識することが苦手なのに、あまり相手の顔を見ないわけだから、余計に覚えられないってーの。

例えば、瞬間記憶というのがある。
0.1秒とか短い時間だけ表示される数字を読み取るというゲームをやってみた。
5桁は楽勝、6桁まではなんとか、7桁になるとひとつふたつ数字を間違えるミスがでてくる。(→こんなの
瞬間的に映し出されるランダムに並んだ数字を小さい順にクリックしていくというゲームもあって(→こんなの)、これは脳年齢が判定されるが、一番良くて24歳だった。微妙な判定だけど、悪くはないか。
相手が数字だと、こんな瞬時にも記憶できるのになぁ。どうして画像だと記憶できないんだろうか。

相貌失認というほどでもないと思う。顔認識については、脳の側頭葉底部にある紡錘状回という部分が関係しているという説があるようだけれども、単語認知や数字認知も司っている部分だとも言われているようで、だとすると、文字や数字の認知に問題が無い私は、単純にこの部分の機能が損なわれているわけではないはず。
その一方で、顔認識の際には、注意に関係する前頭葉や、記憶に関係する海馬からも信号が送られるそうだ。
外界からの情報を一次視覚野を経由して受け取る領域と、心の内面を表した情報を前頭葉や海馬などから受け取る経路のふたつが、顔領域への入力として存在するという。表情を読み取るという作業もあるから、顔の認識だけというわけにはいかないんだろうね。

たとえば、普段通らないような道を車で走っているとき。
自分が運転していないなら、風景を見ながらそれを別に憶えようと意識していなくても、自然に憶えているということがある。
再び同じ道を通ったときに、「これはあの道だ!」と思い出す。風景は、時として変わってしまう場合があるから、あまり役には立たないけれども、意識していないのにもかかわらず、こういう画像記憶はできてる。
たとえば、テレビでたまたま見かけた映画の1シーン。ほんのわずかなシーンでも、観たことのある映画なら、大抵そのタイトルが思い浮かぶ。
なのになぜ、ご近所さんの顔が憶えられないのか。

散々言い訳してきたけど、会社で仕事をしていたときにこの件で支障を来たしたことはない。友人関係においても支障はない。
つまりは、たぶん、とりたてて顔を憶える必要性があると思っていない。つまり、”あまり興味がない”という、我ながらヒドイ結果に気付く…。
いや、覚えろよ、オレ。ご近所づきあいってのも大事なんだからさ。我ながら、感じ悪いわぁ。
これからは、もうちょっと努力してみます。だから、見かけたら声をかけてね。
でも、そのときは名乗ってほしい(笑)
posted by nbm at 11:41| Comment(7) | TrackBack(0) | 脳科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

Brain Meltdown

思い切り、頭頂部あたりがハゲた夢を見ました(爆)
髪の毛は薄い方だし、男性ホルモンも強めなようなので、将来ハゲることは覚悟しているのですが(当方、”一応”女)、ビジュアルをみせつけられると、やっぱり悲しいですねぇ。
というのも、たぶん、昨日、久々に頭を使ったからなのだと思われ…でも、使ったのはおでこ側のはずなんだけどな(笑)

唐突に、古い友人から電話がかかってきたのです。
彼女とは年賀状こそ交わしているものの、ほぼ絶縁状態だったので、とても驚く。
携帯電話でメールを始めたので、アドレスを教えて欲しいと言う彼女。おそらくは、絶縁から10年近く経っていると思うのだけれども、何もなかったかのようにまったくフツーに話してくる。私はいまだに携帯でメールをしていないので、悩んだ末にPCのアドレスを教える。

なぜに絶縁に至ったのか。
彼女は当時、まともな精神状態ではなくて、周囲の誰も信じられなくなってた。挙句、私をスパイ呼ばわりするまでになってしまい、私のことも信じられないならば、もう彼女にしてあげられることはないどころか、私が彼女のそばにいるだけで信頼できない人間がいることになるわけで、彼女の負担にしかならないとも考え、彼女には精神科の受診を勧めて絶縁を言い渡したのでした。正直なところ、彼女の存在は私にとっては負担でしたし、もう無理でした。絶縁したあの日もたしか、予定があった私に「どうしても会いたいから」と予定をこじ明けさせたのを憶えてます。あとは、ご家族とともに、治療を受けて良い方向に向かってくれることを祈るのみ。
それでも、どこかに甘さがある私は、そっけない印刷の文字だけの年賀状を送ることは続けてました。彼女からの年賀状には、二言・三言自筆のメッセージが書かれてましたが、良くなっている印象は感じられませんでした。
共通の友人が、彼女に偶然出会ったとき、「nbmちゃんとケンカしちゃった」と言っていたと聞きました。彼女は、私が単に「怒っている」と思っているに過ぎないのかもしれません。
そして、10年近く月日は流れ、突然の電話です。

どうしたものかと思ったのですが、拒絶するのもなんだなと、アドレスを教えました。
すぐにメールをよこしたのですが、直後に電話が入ります。ま、そこまでは確認ということでいいでしょう。しかし、2度目のメールが来たと思ったら、直後にまた電話がきて、「返事はいつくれるの?今日中にくれる?何時までにくれる?」と詰め寄ってきます。
やっぱり、全然変わってない…
「携帯電話でのメールには、即返信」という感覚はわからないでもないですが、それともちょっと違うような気がします。
「今日中には返信するよ」と答えて電話を切りました。電話してくるならメールの意味ねぇだろうが(苦笑)

さて、前置きが長いですが、本日の本題はここからです。
こうして、彼女への対処で、悩みまくることになりました。
まず、彼女の今の状態がまったくわかりません。私が絶縁をした頃から、良くなっているのか、悪化しているのか。ちなみに、前述の共通の友人が彼女に会ったとき、別にフツーだったと言ってます。つまり、ちょっと会話を交わしたくらいでは、本当にどんな状態なのかわからないんですよ。その当時は、彼女の状況を、同居しているご家族でさえ知らなかったかもしれません。
ですが、当時、私の職場に何度も電話をかけてきては小1時間話が止まらなかったりなんてことはザラで、途中で切ってもまたかかってくるし、仕事中に周囲から白い目で見られながらも、彼女の気が済むまで、話を聞くしかなかったり。まだ携帯電話も普及してない時代ですから、頻繁な職場への電話には苦慮しました。
あれがまた始まるのかと思ったら、彼女には悪いけどゾッとしてしまい…
だけど、極端に拒絶するとか下手な対応をして、攻撃性を現されても困るし。いや、攻撃されたことは今まではないのですが、いかんせん今の状態がまったくわからないので。

そんなこんなで悩みまくり、3時間近く、あーでもないこーでもないと、返信メールの文章を推敲していたのです。おかげで仕事ができねー!
まずは、おそらくこんな感じなのではと、パーソナリティー障害についての情報を集め、どう接したらよいのか勉強してみました。彼女がそうだというのではないのですが、参考になるかと思って。
やはり、極端な拒絶は避けた方がいいなという結論に達して、事実だけを正直に伝えようと思いました。
自分が困惑していること、元の友人関係には戻れないと思っていること、頻繁なメールや電話は受け入れられないこと、だけどたまのメールくらいなら構わない、と。

これを伝えるために、メールの文章とにらめっこし、何度も何度も真剣に読み返しては書き直すなんてことをしていたら、情報収集から完成までに3時間を費やしてしまいました(笑)
んで、すごいことに「前頭葉がオーバーヒートしている」感覚に!
おでこの内部が活性化して、熱くなってる感覚でした。そして、頭がクラクラします。
どんだけ前頭葉使ってるんだよ!よくある、脳の赤く見えるところほど活性化している画像というのがありますが、そのときの私の脳のデータを撮ったら、前頭葉の中でも前頭前野が真っ赤に見えたことでしょう。面白いのは、作業としては文章を考えているわけですが、感情的に難しい相手への対応を真剣に考えていたため、言語野というよりも、物事を総合的に考え判断する前頭前野が働いていたということですね。しかも、並みの集中力でなかったので、ほんとに疲れました…。集中力が高まっているときの独特の感覚ってのがありますが、久々に体験しました。小学校低学年くらいの頃、読書をしているとその世界に没頭してしまい、声をかけられてもわからないほどに集中して本を読んでいた憶えがあります。自分が集中している対象以外はぼやけてしまうんですよね。あの懐かしい感覚。それでも、前頭前野が熱くなるなんて経験はしたことがなかったけど(笑)
でも、思い起こせば、頭を使った後に熱を出すということがよくありました。学生時代はテスト期間が終わる度に寝込んでいたような。そんな話は聞いたことがないのですが、物理的に脳をよく使うと本当に熱が発生するんじゃないんだろうか。少なくとも、私の脳はそうみたいなんですけど。それとも、みんなの脳にはヒートシンクや、はたまたラジエターみたいなものがあって熱を冷ましてくれてるのに、私にはその機能がないとか?
あくびが脳を冷却する手段だという説があるそうですが、こういう時に限ってあくびって出ないんだけど?

時間をかけて、練りに練った文章でメールを送ると、彼女は理解してくれたようで、「たまにメールする」にとどめると言ってくれました。とりあえず、良かった。
なんとかしてあげたいと思っても、自分の力ではなんともできないどころか、自分が壊されてしまうことがあります。薄情だと言われても、自分が何もできない以上、自分を守ることも必要だという考えに至りました。相手から接触されると、それも揺らいだりするのですが、今は一線を引くことで、様子を見守ることにしたいと思います。
posted by nbm at 11:17| Comment(5) | TrackBack(0) | 脳科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

I have a Dream.

今日もくだらない話です。すんません。
先日の『アメトーーク』は「夢トーーク」でした。始まる前に宮迫さんが、「友だちの夢の話が面白かったためしはない」と言い切ってましたが、面白いけどな。「夢にはオチがない」から、そういう意味で「面白くない」と言いたかったようです。笑いを求める番組で、こんな企画でいいのかと疑問を持ちながらやっていたようでした。
だけど、夢の面白さは、”本来ありえないような設定”なわけで、芸人さんたちの夢の話はそれぞれにありえない設定が笑えました。番組の最後には、テレビ局にそのまま泊まって、翌朝見た夢を発表するということにチャレンジしたのですが、見たいと語っていたような夢は見られなかった様子。中には、大きな目覚ましの音で、瞬時に夢を忘れてしまったという人も。目覚め方も大事ね。

そういえば、どこかで、見たい夢が見られる装置というのが売り出されてましたね。あれ、本当に使えるんだろうか。調べてみたら、ありました。タカラ(現タカラトミー)が発売した夢見工房ってヤツです。
1.視覚情報入力機能
2.芳香剤発生機能
3.BGM機能
4.ボイスレコーダー機能
5.目覚め機能
と5つの機能がついてます。写真などから視覚的情報をイメージし、音を聴くことでイメージを強める。だけど、この音に関しては内臓されているものしか使えないのか?ボイスレコーダーってのは、自己暗示をかけるために自分が見たい夢の内容を録音しておいて、それを小さな音量で流すということらしい。で、気持ちよく目覚められるように、光と音で誘導してくれるという機能もついてる。ちなみに2004年発売当時の定価は、税込み15,540円。高っ!
この装置を監修した、江戸川大学社会学部人間社会学科の松田英子先生によると、見たい夢を見るためのポイントは次のようなもの。
1.寝る前に心配事を整理しておく。
2.寝る前に、写真などで、見たい夢のイメージを意識化する。
3.睡眠をとる環境を整えて眠りにつく。
4.音声などで、睡眠中に、見たい夢を暗示させる。
5.光や音で、心地よい目覚めが迎えられる環境をつくる。
6.自分が見た夢を記録する習慣をつける。

実際に使った方たちの感想を聞いてみると、さまざま。もちろん、思い通りの夢を見られたという方もいらっしゃる様子。見たい夢を見るためには、まずリラックスすることが重要なようなので、過酷な現代社会に生きる私たちには、困難であるのかもしれません。装置の注意書きには「医師から、睡眠や精神面での治療を受けている場合は使用しないように」とあるそうです。
おそらくは、付属の夢日記のようなものの効果がデカいのではないかと思われるのですが。見たい夢を書き、実際に見た夢も書いていくというノート。装置を使わなくても、これだけでかなり効果がありそうな。あとはリラックスするために自分なりに工夫したり、寝入りばなに聴こえるようにBGMをセットしたり、寝る前に映像のイメージを脳にインプットしたりすれば。匂いは記憶と直結しやすいので、夢の内容を連想できる匂いというのもいいかもしれません。それから、起きるときには目覚ましの音を使ったりせずにできるだけ自然に起きることが大事。となると、お休みの日の前日にチャレンジするのがいいかもしれませんね。お酒を控え、空腹でも満腹でもない状態がよいらしい。そして、寝る前にトイレに行っておきましょう(笑)私はトイレを探している夢や、いくら用を足してもすっきりしないという夢をよく見ます(笑)おねしょしないだけマシ?
胸に手を置いていると苦しい夢を見がちで、膝を立てていると、それが倒れた時に、高所から落ちる夢などを見やすいのだそうです。寝る姿勢も大事ね。寝入りばなの精神状態も大事なようですよ。楽しい気持ちであれば、過去の楽しい記憶から夢を生成することになるらしい。

よくよく考えてみると、見たい夢を見るというよりは、悪夢を見ないための方法のような気がします。ネイティブ・アメリカンだったかアフリカの部族だったか、明晰夢を見ることを重視している部族がありましたね。日常的に、朝起きたら夢について話す。そして、悪夢だった場合は、それをどうしたらコントロールできたか、対処法を考えていく。たとえば、悪霊が出てくる夢なら、どうやって退治すればよかったかなどと考えるわけですね。そうやっていくうちに、夢の中でも、自分をコントロールできるようになり、悪夢を見なくなるという…。チベット密教の修行でも、夢をコントロールするという修行があったような。

個人的には、「これは夢だ!」と気付いてしまう明晰夢は、夢の楽しみが失われてしまうようで、ちょっとつまらない。ありえないようなことを楽しむのが夢の醍醐味だと思うのですが。ただ、悪夢をよく見る方は、夢をコントロールすることにチャレンジするのも悪くないかもしれませんね。私は不思議と悪夢を見ることは少ないです。たとえ自分が殺されるような夢を見ても、ちっとも悪夢だと思ってないからなぁ。何かに追いかけられる夢も少ないし、高い所から落ちる夢も見ません。本当に、過去数日間にあった出来事の記憶を再構成して見ているという夢ばかりだし。
今朝の夢はですね。「夢トーーク」に影響された夢でした。学校の寮みたいな建物で、友達同士で泊まる夢。着物は着ていなかったのに、誰かに「着物の裾から見えた足の血色が悪かった」と指摘されました。
前日観ていた昼の情報番組で、よそのお宅を訪問したときのマナーについてやっていて、先生がお着物を着てて、お手本で座布団に座るんだけど、やたら着物の裾を直すのが気になってた(笑)逆に着物を着慣れてないんじゃないのかと疑いたくなるほどで。それと、最近仕事で忙しく、ウォーキングに行けてないのが気になっていて、特に足の血行が悪くなってるだろうなって思ってました。ゆうべは何度も足がつりかけてたんだよね(笑)
こういう、記憶そのまんまの夢を見ることが多くて。だけど、極たまに直近の記憶の整理では説明がつかないような夢を観ることがあります。そういった夢は逆にものすごくリアルで、強い印象を残すものです。そして、自分は自分の姿をしていない別人として行動します。まるで前世の記憶を見ているような感覚です。このタイプの夢の内容は興味深い。行ったことのないような場所で、やったことのないことで想像もつかないことを体験します。

さて、今日は土曜日。明日がお休みという方も多いと思います。見たい夢を見ることに挑戦してみます?



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2008年08月21日

40ヘルツと0.5秒

「目からウロコの脳科学」富永裕久 著/茂木健一郎 監修)を読んでみた。さほど真新しい項目はないものの、興味を引いたのは二つの数字。

ひとつは、40ヘルツ
これを説明するのには、まず「結びつけ問題」から説明せねば。赤いボールが弾みながらこちらへ転がってくるとする。ボールの動きは目からの情報で網膜に映し出された像となり、弾む音は耳からの情報として脳へと送られる。目で見た情報だけをとっても、「赤い色」「丸い形」「弾む動き」と3つの情報がそれぞれ脳の別の部位でバラバラに認識される。それとは別に耳から入る「弾む音」という情報も別の部位で認識される。「結びつけ問題」というのは、このバラバラな情報を意識はいかに結び付けているのかということ。
ここで登場するのが、あの二重螺旋で有名なクリック。クリックと共同研究者であるコックとが意識に対応する脳内のメカニズムを考えた。1995年に『驚異の仮説』という著書で発表されたらしい。
そのメカニズムはこんな感じ。神経細胞ニューロンは、1秒間に1〜5回ほど活動電位を起こし、電気パルスを走らせている。つまり、その振動は通常1〜5ヘルツ。それが、何らかの刺激によって興奮すると、振動数が35〜100ヘツルくらいに増える。
で、「結びつき問題」の話。「赤」に関わるニューロン、「球体」に関わるニューロン、「弾む」に関わるニューロン、「”ボール”という言葉」に関わるニューロン、果ては赤いボールから連想されるたとえば「女の子」などという感覚に関わるニューロンまでが活性化し、40ヘルツに振動数を上げ、そこで同期する。実際には35〜75ヘルツくらいの幅があるらしいけど。
そこから発展して、「子どもが飛び出してくるかも」とか「ボールをひろってあげよう」とか、様々な思考が湧き上がってくる。そういったニューロンの同期こそが”意識”なのではという仮説。もっとも、クリック自身も”意識”そのものの捉え方に関してはこの仮説に疑問を感じていたらしいけど、40ヘルツでニューロンが同期するということは重要な発見であるわけで。
脳内でクオリアが結びつくのに、そういった物理的な同期があるというところが面白い。だけど、ここでまた、じゃあその同期自体を一体何が司っているのかとか考えたら、”意識”というものを捉えるのがいかに難しいかがわかりますね。

もうひとつの数字は、0.5秒
脳の体性感覚野に直接信号を与えると、その信号が0.5秒以上続かないと感覚が意識に上らない。ということは、感覚は実際の刺激よりも0.5秒遅れて意識に上ることに。ところが、実際の手の皮膚への刺激が意識に上るのには0.1秒しかかからないらしい。おかしいよね?手への刺激が脊髄などを通って感覚野までたどり着くにはそれ相応の時間がかかるはずで、少なくとも直接感覚野を刺激するより時間がかかるはず。これを説明するのが「経験の繰上げ」説というもので、皮膚刺激でも0.5秒かかっているのに、時間の繰上げが起こって、主観的には意識が刺激の直後に生まれたかのように感じるという説明。脳が経験の順序を変えて意識に見せているというのですけどね。脳内で時間の錯覚が起こっているらしいんですよね。それは微々たるものなので、日常的にそれに気づいたりすることはないのでしょうが。単純な錯覚なんかも、そういった図形を観たときには脳が騙されてるというか意識が騙されてるというか、本来まっすぐな線が斜めに見えたりすると、その情報の不確かさを実感するわけですが、日常のどんな場面を切り取っても、それが錯覚でないといいきれないとは普段意識してないですよね。反応時間が0.5秒かかってるっていうのに、それをリアルタイムだと錯覚させてるっていうんですからねぇ。誰がやってるんだよ!私の脳なのに?(笑)
たとえば、どんなに発作的な行動であっても、脳には準備電位ともいえるようなものが起きているのだそうですよ。本当に自分が自分の指を動かしているのか疑いたくもなりますね(笑)なんで動くって知ってるんだよ!

”意識”というものの本質を捉えるのは、ほぼ不可能なのではないかと思えてしまいます。はたして人間に自由意志はあるのか?こうなってくると、もはや哲学です。この辺りにもっとふみこむと大変なことになりそうなので、それはまた今度。
ネットワークと信号さえあれば、意識は生まれる。そんな考え方もあるそうです。チャーマースという哲学者いわく、「サーモスタットにも意識はある」。たしかに、電化製品が連続して壊れたりすると、「おまえらわざとやってるだろう」と疑いたくなりますが(笑)
posted by nbm at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 脳科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする