2008年08月20日

1100年の空白

指輪にまつわるお話を記事にしたときだったか、なぜに日本では指輪というアクセサリーが根付かなかったのかというのが大きな疑問として残りました。考えてみると、たとえば江戸時代に指輪やイヤリングなんてものはありませんでしたよね?現代では当然のようにみなが着けているアクセサリーですが、日本ではこのアクセサリーという文化がない時代が長く続いたことがありました。そう、1100年もの間。そのナゾを紐解こうとしている本を見つけて、早速読んでみましたよ。
「謎解き アクセサリーが消えた日本史」浜本隆志 著)という本です。著者は関西大学文学部の教授で、比較文化に非常に興味がおありのようです。

アクセサリーが見当たらない時代というのは、天平時代以降、明治時代に至るまでのおよそ1100年間。なぜにそんなに長い間、アクセサリーがなかったのか。
とりあえず、人はなぜアクセサリーを身に着けるのかというのがポイントになりますよね。古代では、権威の象徴や呪術的な側面が考えられます。財産を持っていることを誇示したり、お守りの意味があったり。耳・首・手・足など、人間の体の開口部や弱点に着けるというのもお守りの意味からきているという見方もできるとか。縄文時代には耳飾りもしていたといいます。弥生時代になると耳飾は衰退するそうなのですが、面白いのはその衰退の理由に弥生人の耳たぶが小さかったからではないかという説があること。それはさておき、その後古墳時代に入ると、大陸からの影響かまたも耳飾りは復活するのだそうです。ヒスイなどでできた勾玉の首輪や、耳飾り、そして貝や鉄・銅などでできた腕飾り。数は少ないものの、青銅製の指輪なども見つかっているそうですよ。ことに指輪は加工が難しかったことが想像され、もしかしたら木製のものなどが作られていたかもしれませんが、有機物は腐食してなくなってしまいますものね。
大和朝廷の時代になると、豪族の古墳からはアクセサリーが出土するものの、どうやら有力者に限られていそう。そして、副葬品にはアクセサリーよりも鏡や銅剣といった祭祀的な宝器が増えてくる。そうして段々とアクセサリーがなくなっていく、と。

日本の考古学会が提唱している説として主なものをご紹介。
まず、「冠位十二階」原因説。聖徳太子が位ごとに冠や衣服の色を決めたってやつですね。これで、身分を示すのにアクセサリーの必要がなくなったということ。でも、冠位はほんの百年くらいの間のことで、それ以降もずっとアクセサリーが見当たらないことの説明としては弱いですね。たとえば、ヨーロッパを考えると豪勢な衣装の上にブローチ着けたりしてるし、なんか説得力がない。
それから、着物代替説。着物という衣服が発達したことで、アクセサリーがそこに吸収されてしまったのではないかという説。鎧・兜・刀などの武具の発達も含めてね。それでも武士階級に限られる話で、庶民のことを考えるとやっぱり説得力に欠ける。

著者が考えたのはまずアクセサリー消滅の過程。古墳時代に天皇制の影響で「三種の神器」を絶対的なものと位置づけたことで、古代からの宝玉信仰がなくなっていったことに始まる。仏教が伝来すると、今度は宝玉は仏舎利を荘厳することにのみ使われるようになる。
一方、金や銀も仏像や工芸品、屏風絵などに使われるだけで、アクセサリーには使われない。
安土桃山時代の南蛮船での渡来人の来航やキリスト教の普及によって、少しはアクセサリーが流入するも、その後の政策の転換からそれも途絶えてしまう。
ただし、着物文化特有のアクセサリーは発達していたわけで。つまり、根付け・印籠・煙草入れ・クシ・かんざし・帯留めなど。中でもクシというものは古代から切れ目なく受け継がれてきた唯一のアクセサリーだそうですよ。
そして明治、鹿鳴館に代表されるように西洋の文化が急激に取り入れられるようになり、アクセサリーは復活を遂げるというわけです。

さて、個人的に漠然と考えていたアクセサリー消滅の原因は、農耕文化ということでした。共同作業を集団で仲良くやることが必要で、他と差別化することが嫌われる文化。人と違ったアクセサリーを着けてたら、簡単に諸問題に発展しそうです。
著者の結論も一部はそこに行き着いたようで。当然、もっと複雑なわけですけども。
まず、狩猟採集生活というのは、移動が前提だから、財産を持ち歩く形にするのが基本。それで財産を身に着けるアクセサリーとして持ち歩くということ。もちろん、財産の誇示という意味合いもあるのでしょうが。これを裏付けるのがアイヌの民。彼らはアクセサリーの空白がなかったそうです。ヨーロッパのロマ(ジプシー)も同様に、アクセサリーを身に着けるのが基本。農耕生活だと、そういう考えには及ばないのでしょうね。もうひとつ、農耕の作業をするには単純にアクセサリーは邪魔だということも。
そんなことと、先に述べた天皇制や宗教の影響、それから島国という他から影響されにくい地理的な条件が重なって、アクセサリーの空白期間ができたのではないかという結論でした。

それでもなお、なんだか釈然としないような。もっと色々と複雑なファクターが絡み合って、アクセサリーが消えていったのでしょうね。何にしても、日本の文化というのはオリジナリティとしては相当なものがあると思われ、その原因が辺境の島国であることと関係しているのは間違いないのですが。アクセサリーというひとつの事象を取り上げてみても、日本独自の歴史や文化が見えてきて、面白い本でした。
posted by nbm at 15:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 民俗学系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする