2011年02月04日

【認知症】変化球

もはや関東でも定着しつつある恵方巻き。
南南東を向いて一気に食べるなんてことはしなかったけれども、コンビニで見かけた恵方巻きを食べてみた。美味からず、不味からず(笑)
節分豆は用意しておいたので、ダンナさんとポリポリ食べる。が、撒きはしなかった。

父を病院に連れて行く日だったので、実家に行ってきた。
アリセプトのおかげで、だいぶ認知症の進行は抑えられているのだと思うが、最近は特に適切な言葉が使えなくなってきているのを感じる。本来使いたい言葉が出てこないでテキトーな言葉を使って話すため、解読するのに苦労する。昨日は、カラオケの話をするときに「打つ」「打って」という言葉を何度も使うのだが、それが何を指しているのかどうもわからない。「歌う」「歌って」と言いたいのかもしれないが、そう変換しながら聞いていてもよく理解できなかった。他にも、たぶん「5曲」と言いたい部分を、「5つ」とか「5件」とか表現したりする。ものの数え方の単位は、だいぶアヤシイ。医師に伝えると、アリセプトを6mgから8mgに増やしてみることに。
薬量を増やすと、また活動的になりすぎてハイパーな爺さんになるかもしれんが(苦笑)

新薬について聞いてみると、薬の作用としては3種のうち2種はほとんどアリセプトと変わらないため、父の場合は今の段階ではアリセプトの薬量を増やしていくのが妥当ではないかという話に。
新薬は、認可されてから1年は、1回に2週間までと処方の期間が制限されるということもあり、頻繁に病院に来なくてはならないことも負担になるのではないかということだった。

かかっている神経内科の混雑が激しく、待たされている患者さんはみんなイライラ。
科目が科目だけに、難病の方が多いと思われ、それだけ診療にも時間がかかるのだと思う。体の一部が動かないとか、不随意な動きをしてしまうとか、そういう問題を抱えた患者さんたちが、長時間待たされるのは辛いことだと思う。
一方、ひとりひとりの患者さんに対して手を抜くことなく、丁寧に話を聴いて、明るくやさしく対応している医師は立派だとも思う。
父が不安げに「まだか、まだか」と聞いてくる度に、「時間がかかってるってことは、それだけ自分も丁寧に診てもらえるってことだからね」となだめる。何度同じことを言ったことか(苦笑)

前回の診察の折、介護施設で誕生祝いにもらった色紙の話を嬉しそうに話していた父に対して、医師は「じゃあ次回はその色紙を忘れずに持ってきて見せてね」と言ってくれた。色紙の寄せ書きには歌が上手だと褒めてくれている人が多く、それが嬉しくて父は自慢したいのだ。
ということで、今回は忘れずに持って行く。医師に見せ、「すごいね」と言ってもらって、父はご満悦(苦笑)
ところが、デイサービスに行っている曜日を聞かれて答えられず、悔しがる。”色紙を持って行く”というひとつのことにあまりに集中していたために、油断していたらしい(笑)
いつもは、何を質問されるんだろうと、待っている間中、自分の生年月日や今日の日付など予習を怠らないのだが、今回は質問されることさえも頭に無かったようで、しかもいつもと違う変化球の質問に答えられず。ま、いつも聞かれるような「今の季節はいつ?」という質問さえ、答えられないわけだが…。
次回の診察に向けての宿題は、自分がデイサービスに通っている曜日を憶えることとなった。

病院の待合ロビーでのこと。
どやどやと上の階から階段を下りてきた一団があった。十数人はいたと思うのだが、医師や看護師などのスタッフなのだと思う。見ると、手に枡を持っている。病院内を豆撒きをして回っているらしい。
「福は内、鬼は外」
病院内ということで、少々控えめな掛け声とともに豆が撒かれた。
病院の廊下に撒かれた豆は、さすがに捨てるしかないのだろうなと思いつつ見てた。
しかし、とても正しい行為に思えた。病院は病という鬼の巣窟。形式的な儀式とはいえ、病という鬼を駆逐しようとするスタッフの気概を感じ、豆が撒かれた空間は神聖に清められたかのような気がした。
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2010年10月15日

【認知症】新薬に期待

昨日は、認知症の父を病院に連れて行く日で、しかしなんだか気が重く、腰も重かったわたくし。
そんな私を見て、ダンナさんがサッと車のお掃除をしてくれました。おかげで、気持ちよく出かけることができました。
帰ってくると、先に帰っていたダンナさんが、私が放って出かけたお勝手の流しを片付けておいてくれて、私が片付けるより綺麗になってました(笑)
帰り道は、途中で故障車がエンコしていて大渋滞。なんだか背中がバキバキに張ってしまっていて、自分でツボ押しグッズを使って背中のツボを刺激していたら、ダンナさんが見かねてマッサージしてくれました。
私は不思議とマッサージというものが苦手で、もみかえしで逆に痛くなるか、くすぐったいだけかどちらかで、あまり気持ちよいと思ったことも無ければ、効くことも無いのですが、ダンナさんは私が霜降りのお肉でできていることをよくわかっているので、ちょうどいい力加減でマッサージしてくれて、すごく楽になりました。
いつもながら、感謝、感謝です。

父はといえば、このところ認知症が急激に進行しているような印象だったのですが、前回アリセプトを3mgから倍の6mgに増やしてもらって様子を見てみたところ、表情も明るくなり、受け答えもしっかりしてきて、うまい具合にお薬が効いているよう。活動的になり過ぎることもなさそうだし。
まだもう少し、アリセプトでなんとかなりそう。

今までは、アルツハイマー型認知症の薬といえばアリセプトしかなかったのだけれども、最近新しい薬の名前を聞くようになりました。アリセプトは軽度の患者さんにしか有用でないと言われていましたが、中等度以降の患者さん向けのお薬がいくつか開発されているらしいです。

ひとつは、ガランタミン。ラッパズイセンからとれる誘導体を成分とするお薬。アセチルコリンの濃度を高めるお薬で、認知症の進行を抑制する作用があるとされる。製造元のヤンセンファーマ(株)によると、現在、国内製造販売承認申請中。2000年に欧州で承認されて以来、すでに世界70カ国以上で使用されているお薬。日本ではまだ承認されていないため、中には無茶して個人輸入で入手している人もいるよう。一部の大学病院などでは臨床試験に参加しているところもあるようなので、そういうところを探すのもひとつの手ですね。何にせよ、早く国内の認可が下りるといいな。

もうひとつ、中等度から重度の患者さん向けのメマンチンというお薬も開発されているらしい。脳内神経伝達物質であるグルタミン酸の過剰排出を抑制し、その働きを阻害して神経細胞を保護するお薬。もともとはパーキンソン病のお薬らしい。ヨーロッパ各国やアメリカなど60カ国以上ですでに使用されているが、日本国内ではやはり承認申請中。こちらは、アリセプトを飲み続けてきた患者さんに、アリセプトと併用することでの効果が期待されているのだけれども、ある程度症状が進んでしまった状態を維持することになるわけで、薬の存在意義自体を疑問視する声も。

日本は、薬や食品についての規制が厳しく、認可されるまでに時間がかかることが多いような気がするけれども、なんとかならないものでしょうか。
フライングして、副作用などの危険を顧みず、高いお金を出して個人的に入手している人もいるわけで。
いくら臨床試験を重ねて安全性を確認しても、結局は合うか合わないかは個々人で試してみないとわからないし。
とどのつまりは自己責任ってことになっちゃうけど、試すという選択肢を作ることはしてくれてもいいような気がするのですが。
どちらにしろ、”治す”ものではなく、あくまでも”進行を抑える”ものでしかありませんが、認知症患者を抱える家族はわらにもすがる思い。1日も早い認可を望みます。

ところで、父は今、虫歯も治療中。
歯の磨き方がなっていなかったようで、歯の根元から虫歯に侵されてしまいました。歯の裏側が全部ダメになっているらしいです。外から見ていると、まったく気付かないので、放置してしまいました。
歯の裏側や歯茎との境目部分を磨くべきだということを全然認識していなかったよう。おそらく歯周病との関係もあると思うのですが。
ある日、父の裸足の足を見せてもらったら、指の部分が真っ黒だったということがありました。お風呂も自分で入っているので、母も特に注意することがなかったのでしょうが、細かい部分がちゃんと洗えてないみたいです。そういう細かい部分もたまにはチェックしてあげないといかんなと思いました。
歯磨きに関しては、昔の認識からずいぶんと変わっているのかもしれません。歯の根元を磨くというのも、もしかしたら昔はあまり強調されていなかったかも。歯槽膿漏という言い方は昔からあったような気がしますが、歯周病が騒がれ始めたのも割りと新しいことのような。

いろんな方面で、次々に新しいことがわかってきても、その情報が、年寄りには伝わりにくいということもあります。
そういう意味でも、年寄りとの会話というのは重要だと思います。ふとした会話から、現在の認識とはかけ離れたことをしていることに気づく場合も少なくないので。
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2010年08月13日

【認知症】慰安訪問?

申し訳ありませんが、【認知症】の記事が続きます。

介護保険を申請したということで、具体的に利用する施設を考えねばなりません。
お盆休み中であれば、平日でも兄たちが動けるかもと、1日数ヶ所の施設を回る見学ツアーを組みました。
兄弟が交代で見に行くと、それぞれの施設の比較を客観的にすることができないと思い、みんなで見に行こうということに。
一気に4ヶ所を回ってきました。
一番の選定ポイントは、父の大好きなカラオケをやらせてくれる所かどうか(笑)
何せ、家にいても、四六時中、好きな歌の歌詞カードとにらめっこ。時には声を出して歌ってる。誰か人が訪ねてくれば、1曲聞かせずにはいられないという状態で(苦笑)
人の歌を聴くことができず、自分が歌いたいというばかりなので困りものなのですが、多少でも歌わせてくれる機会を設けてくれる施設を探してみようということになったわけです。

1軒目、A。
ここは、事前の評判では一番有望な所。お昼を食べたあとのまったりとした時間に、希望者でカラオケをやらせてくれるよう。飛び入りで父が2曲ほど歌わせていただくと、まわりのおばあちゃんたちがいっしょに歌ってくれる。施設側からすると、カラオケをやりたいんだけど、率先してできない人ばかりという悩みがあるらしく、放っておいたらマイクを離さない父は、皆さんを引っ張るのにうってつけ。昨日も実際、父が歌いはじめると、それを聞きつけ、昼寝をしていたはずのおじいちゃんが車椅子で駆けつけてきた(笑)
割と古い施設で、規模は大きめだけど、融通がきく感じ。
レクリエーション・ゲームに参加させていただいたりもした。
イベントに力を入れているようで、外出するのも、お花見したり、買い物したりと色々楽しむ工夫をしてくれているように見える。

2軒目、B。
大きい施設を想像していたためか、あまりの目立たなさに、前を通り過ぎてしまった…。普通の民家を改造したといった感じで、小規模でアットホーム。小規模ゆえに融通が利くようで、一応予定として決まっていることがあっても、みなさんのやる気次第で臨機応変に対応している様子。雰囲気はとてもいい。小さいだけに、細かく見てくれそうにも思える。
ところが、カラオケは新しい曲ばかりで、父が歌える古い曲が少ないのが難点。そうは言いながら、ここでも2曲歌わせてもらう(苦笑)
母の古い知人が来ていて、想定外の出会いにお互いにびっくり!

3軒目、C。
予定には入っていなかったものの、直前に情報を得て、2軒目と近かったので急遽寄ってみることに。
比較的新しく、施設として充実しているように見える。ショートステイ用のお部屋も見せていただいたけれども、明るく、過ごしやすいように見える。
ここのウリはなんといっても運動。みんなでマシン・トレーニングをするそうだ。他の施設と比べると、運動に当てる時間が格段に多い。なんとなく、若々しく元気な人が多く通っている印象。
カラオケは、帰りの時間に場つなぎ程度にやっているだけの様子。でも、JOY SOUNDが入ってる!(笑)ここでも1曲、歌わせていただく…。
しかし、人気の施設とあって、曜日によっては満杯。予約というか、利用できるのを待っている人もたくさんいるのだとか。道理で、あまり案内に積極性が感じられない。
介護職員は若い人ばかり。マニュアルで徹底的に教育されているような雰囲気。感じは悪くないけど、多少事務的。

4軒目、D。
予定外のところも見学してしまったため、営業時間内に間に合わず、見学はできなかった。
距離的には一番近いけれども、カラオケは年に数度の外出レクリエーションでカラオケボックスに行く程度のよう。日常的にあまりできないなら、ここにする可能性は薄いかな。

たった4軒見ただけでも、それぞれに個性があるように見えました。
レクリエーションの内容などから選びたいと思っても、送迎範囲に入っていなかったり、曜日によって送迎コースやレクリエーションの内容が決められていて都合がつかないとか、細かいことを考えると、意外と難しいものです。
市内にたくさんあるこういった施設も、市内全域をカバーしている所もあれば、ある程度近隣からしか通わせてもらえない所もあり。
とりあえず、4軒の中では総合的に考えてAが一番良いだろうということになり、Aでデイサービスの一日無料体験をさせてもらうことに。これが、吉と出るか、凶と出るか。
体験した施設の対応が悪かったり、人的に父と合わなかったりすることで、デイサービス全体を拒否されるのが一番怖いです。
けれども、他の施設を見つけたとしても、1日やることがそんなに大きく違うとも思えず…。大抵は、午前中はバイタル・チェックやお風呂、体操など。お昼を挟んで、午後がレクリエーションというパターン。父があまりに嫌がったら考え直そうと思うのですが、まずは経験してみようかと。

一方で、母が1日体験にまで付いて行こうとして困ります。父のことが心配で、どうしても人任せにできないようで。
施設にいる人は、みんな介護のプロなのだから、お任せすればいいのだと話しても、不安は消えない様子。
母を”父離れ”、母からすれば”夫離れ”させるためには、1日体験してもらうのもいいのではと思われ…。
もとはといえば、父の相手で疲弊している母のために利用しようと考えたデイサービス。母も自分でひどいストレスを受けつつ、それでも父のことを人に任せようとしないのですよ。
母は、もともと何をやるにも、人に任せるのがキライなタイプ。どうしても、自分で抱え込もうとします。でも、介護に関しては、それをやったらダメなんだ、きっと。

もうひとつ気になったのは、そういった施設に通ってきている人に、男性が少ないこと。
本来なら、同じ男性のお友達でもできてくれればいいのですが。
どこに行っても女性ばかり。
男性からすると、デイサービスに行こうと考えるのは難しいことなのかもしれませんね。
男性職員と仲良しになってくれるとよいのだけれど。

1日、各施設を回っては、歌わせてもらって、父の頭の中ではすっかり”慰問旅行”をしているようなつもりになっていた様子。
慣れない場所で歌って緊張して疲れたのか、あんなに歌いたがっていたのに、翌日になったら、「そんなに歌え、歌え、言われても…」とか殊勝なことを言っているし(笑)

まだAに決定というわけではなく、他にも継続して父に適したところを探しています。
介護保険の認定がおりるまでに、なんとかいいところを見つけてあげたいのですが、ある程度の妥協は必要なのかもしれません。
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2010年08月12日

【認知症】介護保険を申請するの巻

アリセプトのおかげで、なんとかかんとか認知症の進行と闘ってきたわけですが、それでも段々と悪くなっているのが感じられるようになってきた父。
先月には、ついに、娘である私のことがわからなくなった…。
病院に連れて行った日。私が帰った後、母に
「いろいろやってくれたけど、あの親切な人は誰だったんだい?」と聞いてきたそうです(苦笑)
あんたの娘だってーの!あんたと同じような顔してるでしょうが!
直接言われたわけではなかったからか、覚悟していたからなのか、さほどショックを受けませんでした。それは、自分でも意外なほどに。
返って、「誰だかわからない」と言われたのが、家族のうちで私が最初であってよかったと思ったくらいです。
私が最初に”「誰だかわからない」攻撃”を受けておけば、他の家族に覚悟を決めさせることもできるし、いいクッションになることができました。お父さん、あんた、偉いよ!うまいことやってくれた!(笑)
とはいえ、まだ私が誰だかわかる時の方が多いのですが、一度悪い状態になったなら、その悪い時を基準にしないとね。

さて、そんな風になってきたことだし、四六時中、父といっしょにいる母にも相当ストレスが溜まっているようなので、デイサービスを受けるために介護保険を申請することにしました。
私たちも初めてのことで、何をどうしたらよいのかわからず、とりあえず、兄嫁の友人で介護経験者である方からケアマネージャーさんを紹介してもらい、そのケアマネージャーさんが介護保険について説明に来てくれました。その場で、持ってきていただいた介護保険の申請書を書き、市役所に提出してくれることまでやっていただきました。
ちなみに、そういったことに関して、ケアマネージャーさんへの費用は一切かかりません。

介護保険申請の簡単な段取りとしては、
1.自治体に介護保険の申請書を提出。
2.役所から人が派遣されて、訪問審査を受ける。
3.こちらは何もしないけど、担当医師が意見書を提出。
4.それらの結果を審議して、介護保険のレベルが決定され、通知される。
と、こんな感じ。

うちでは、申請をする段階から、ケアマネージャーさんに入ってもらいました。申請書提出から、すぐにでも連絡があるかと思ったのですが、役所からは連絡がなかなか来ず。どういった方法で通知されるかもわからず、念のために確認の電話を入れると、今は介護保険の申請が多く、対応が追いつかないようなことを言ってました。連絡は電話を入れるとのこと。結局、申請から、訪問審査の連絡まで10日ほど待ったでしょうか。
んで、先日、訪問審査がありました。事前に、どのような質問がなされるのか調べ、調査票の雛形に目を通していたので、聞かれる内容は大体想像がついていました。母だけでは心もとないので、私と兄が同席。
父本人に対しては、体の可動状態とか、視力や聴力などについて、食事やお風呂など生活の上で基本的なことがどの程度自力でできるかという質問が主で、すぐに終わり。父を除いて、別室で家族への質問の方が長かったです。ひとつの項目に対して、4段階の評価なので、中間で微妙な状態のときの判断が難しい。
母には、具体例を話せるように、父のおとぼけエピソードをメモしておくように言っていたのですが、当然、用意してねぇ。質問への答えもまったく適当で、ほんと、私と兄が同席していてよかったよ。母の答えをいちいち訂正しながら答えるようでした。
認知症と診断された経緯についても、私が記録メモをとっていたので、それが役立ちました。
訪問審査を受けるにあたっては、そういった下準備があった方がいいと思います。
基本的には、悪い状態だと認定してもらった方がいいので、それだけは母に言っておきましたが。

それでも、家に帰ってから重要なことを言い忘れたことに気づきました。私のことが誰だか認識できないことがあったということ。ね?重要だよね、コレ。前回、病院で診察を受けた時点ではなかったことなので、担当医師もまだ知りません。だから、言わなくちゃいけないことだったのに…。間に合わないのを覚悟の上で、翌朝、役所に電話してみました。運良く、訪問に来てくださったご本人がいて、直接伝えることができ、「調査書に書き添えておきます」とのことで、一安心。ふぅ。だから、やっぱり、事前に言いたいことをまとめておかないと、いかんね。

この訪問審査から1ヶ月の間に、結果が通知されるとのこと。
実は、申請からすぐに、仮の介護保険資格者証というのが役所から送りつけられてきたようなのですが、事態をよく飲み込めてない母は大混乱。介護保険の申請と、実際に利用する施設への申し込みとがごっちゃになってるし、説明するのに苦労しました。
つまり、まだ介護保険が使える認定がおりるかどうかはわからないけれども、すぐにでも介護サービスを使いたいという人には、仮の資格者証で利用できますということ。だけど、万が一介護保険が認定されなければ、その利用料は全額自費負担となるというわけ。
これ、自治体によって状況が違うらしいのだけれども、ここは、割とゆるやかで、認定前でも介護サービスが利用できるらしい。

訪問審査前は、何をされるかと緊張していた父でしたが、終わってみれば何のことはなかったという感じでした。
ついでに買い物へと兄が母を連れて行っている間、私が父とお留守番。
何か遊べるものはないかと、その辺の引き出しをゴソゴソと捜していると、花札とトランプを見つけました。
こりゃあいいと、まず花札を父に見せるも、ルールを覚えていない。私も全然わかりません。ただ、『サマーウォーズ』を観たばかりだったので、”猪鹿蝶”とか”赤短”とかを並べて見せたり、「牡丹だね」「藤かね」とか動植物の名前を言いつつ見たり。
お次はトランプ。1〜5までの2組で神経衰弱をやらせてみると、意外とできる(笑)ジジ抜きもやってみた。
ただ単にカードを裏返しに置いて、1〜5までしか使ってなかったけど、「超能力で数字を当てろ」とチャレンジさせてみたら、10枚のうち2枚を当てた!(笑)
こんなことをやって、遊んでました。

あとは、結果を待つのみであります。
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2010年06月14日

【認知症】ひと足お先に…

何がそうさせたのか、父の日を昨日だと思い込んでいた私は、プレゼントを携えて、ダンナさんといっしょに父の元へ。

前回の診察で、父が、アナログ時計からは時間が読み取れないという事実を知り、長年数字を扱う仕事をしていたこともあるし、数字で時間を表示してくれるデジタル時計なら問題ないのではと思ったので、デジタル時計を贈ることに決めてました。
時間は生活に密着しているから、わからないと不便なことも多いかもしれないという焦りが、父の日を勝手に1週間早めたのかもしれません(笑)

実家にはアナログ時計は山ほどあるものの、デジタル時計は皆無。なんとか短針は読めるようで、正時や何時台かはわかっても、長針の分が読めない。秒針が動いていると、もっと混乱する様子。
実際、父がデジタル時計から時間を読み取ることができるのかはわかりませんでしたが、設定してあげると、簡単に数字から時間を読み取ってました。よかった、よかった。これで理解できるうちは、使っていただきましょう。しかし、24時間表示は既に無理がある感じだったので、12時間表示に設定。電波時計なので、放っておけばいいし、画面が見づらいようならライトのボタンを押せばいいだけ。時間を見るのが主な目的なので、最初に目が行く上部に日付表示や気温などがあるものは避け、上部にデカデカとした文字で時間が表示されるものをチョイス。人間、左上から見るっていいますもんね。しかし、数日かけて何軒かのお店を回って、ものすごく悩んで購入しました。表示のレイアウトがよくなかったり、ライトが暗かったり、商品は山ほどあるのに、なかなか「コレだ!」というものに出遭えなかった。
認知症にはシンプルが一番!余計なものは混乱させるだけなので、結局、前面にはボタンが一切ついていない、まるで写真フレームのようなデザインのものにしました。
寝室用に、夜間に点灯するタイプのデジタル時計をセットで贈ることも考えましたが、デジタルの時間が認識できるかわからなかったので、まずはひとつだけにしておきました。母によると、私がデジタル時計を贈ることを知った兄たちが2台目を考えてくれているようなので、そちらを寝室用にできるといいんだけど。
外出時用にデジタル腕時計も考えたのですが、その辺に売っているものは表示される数字があまりにも小さくて、しかも余計な表示やボタンが付き過ぎてる。もう少し時間をかけて、シンプルで文字の大きいタイプを探してみようと思います。

昨日、訪ねていくと、母が「この人誰?」と私のことを父に聞きました。父は「えへへっ」と照れたような感じで答えませんでしたが、まさかもう名前も繋がりも忘れたわけじゃなかろうな?(苦笑)
一方、デキた婿であるうちのダンナさんは、うちの両親に何かと頼られているのだけれども、先日、近所の人(我々夫婦と同年代)のことを「○○くん」とうちのダンナさんの名前で呼んでいたのだそうな。
忘れられる日が来る事は、覚悟しているのだけれども、そのときが来たら、やっぱりショックだろうな。

父が最近好んで食べるようになったチョコレートをおまけに持って行ったのだけれども、パッケージにデカデカと書かれた「Milk」という文字を「ミルクって書いてあるな」と読んでいた。かと思えば、海外旅行によく行ったねと話していたら、アメリカ旅行の写真が入った写真立てを持ってきて、「カリフォルニアって書いてある」と。両親のバックに写っていたのは船で「California 〜」と書いてあった。日本語が読めないのに、なんで英語が読めるんだよ!聞けば、最近、曜日も「サンデー、マンデー、…」と言っていたそうです。
まったく、脳というのは不思議なものでありますね。
そのくせ、その写真を観ても「本当にオレはアメリカに行ったのか?」と言うので、ダンナさんがすかさず「じゃ、それ、(お義父さんの)”そっくりさん”じゃねぇの?」とツッコミを入れたら、父は笑ってました。
認知症の人が笑うって、実はとてもすごいことなんですよね。
まだ笑える状態なんだなって、ちょっとホッとしましたよ。

実家への道中は、大きく遠回りしながら、リサイクル・ショップでまたもギターを漁っていたのですが、たまたま通りかかった道にトマト農家があって、美味しそうなトマトが売っていたので、マグロの赤身とトマトさえ食わせておけば満足する父に、おみやげとして買っていきました。
デジタル時計とチョコレートとトマト。
勝手な勘違いで一足早かったけど、そんなほんわかした父の日でありました。
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2010年05月21日

【認知症】なぜ上がった?

父と神経内科へ。
今回から新しい先生ということで、ちょっとドキドキ。今までは若くて気さくな女医さんで、よく話を聴いてくれたのだけれども、今度の先生はどうだろう?
新しい先生は若い男性の先生だったのだけれども、中国・四国あたりのご出身かなと思われる訛りがあってそれが味になってる、なかなかに感じの良い先生で安心。
ということで、初診以来、久々に長谷川式テストを受ける。初診時8点というトホホな点数だったのだけれども、今回は9点!ま、1点くらいは誤差の範囲内だけど、なぜ上がった?(笑)アリセプトのおかげで、今のところはなんとか状態を保てているということでしょうかね。
印象としては、わずかながら進行している感じがするけれども、長谷川式の結果だけを見ると、そう悪くもなっていないか。ただ、時計の文字盤が読めない。正時はわかっても分が読めないようで。ということで、来月の父の日のプレゼントはアナログ表示の時計に決定!

一方で、毎日父と一日中過ごしている母には、相当なストレスが溜まっているようで。父がちょっとおかしなことを言うと、怒鳴って否定するばかり(苦笑)いくら「否定はするな」と言っても、どうも上手に対処できない。まだまだ父の病気を認めたくないんだな。情けないとか恥ずかしいとか、そういう感情が先に立ってる。
怒鳴られる父は、母が自分に意地悪をしていると思い込み、悪循環になりつつある状態。よろしくないので、少しでも解きほぐしておこうと、「お母さんが意地悪を言うんだ」という父のボヤキをゆっくり聞きつつ、「それは意地悪で言ってるんじゃなくて、お父さんが恥をかかないように心配してくれてるんだよ」とかなんとか、誤解を解くように話してみる。一応は納得してくれたけど、きっと怒鳴られた印象の方が強いから、「意地悪をされている」という気持ちはなかなか消えないだろうな。

迷い人を経験している以上、近所の人は父が認知症であることを既にわかっていると思うのだけれども、父は周囲に認知症であることを知られるのがイヤだという理由で、デイサービスのようなものには行きたくないと言い張っていた。知られるのがイヤって言ったって、もうとっくにバレてるっての!みんな知ってるし、知ってるってことは、何か困ったことがあったときに協力してくれるってことだからと話し、「デイサービスに行ったら、大好きなカラオケをやらせてくれたり、お友達ができたりするかもよ」なんて話すと、なんか行く気になってくれたような。
母のストレスや、自由に動ける時間が作れないという物理的な問題もあることだし、とにかく役所などにまず相談してみようと、もう何度目かわからんが、説得してきた。それでも、本人たちは動かないだろうし、兄たちも当てにならんから、結局私が動くハメになるんだろうな。正直、そこに踏み込めずにいたんだよな。意識がある人間が動かなければ、事態は展開していかないのはわかっているのだけれども、いつまでもこんなでいいんだろうか、と思ってしまってね。兄たちにも、もうちょっと真剣に取り組んでほしいんだが。口でいくら言っても変わらないんだ。問題提起をして、少し放置してみたんだが、まったく動く気配なし(苦笑)

ところで、病院でちょっとした混乱が起きてた。
ここは、神経内科の診療が週1回、しかも午後のみという体制。そのために患者さんが集中して、病院側も苦慮している様子。おそらくは周辺の大学病院から派遣されている医師なので、そういうスケジュールになるんだな。
以前からのシステムとしては、朝一から受付を開始。しかし、診察は午後遅くからになるため、みんな午前中に受付に1度来て、診察の時間を見計らってもう1度来るということをしていたと思う。
ところが、この2ヶ月ほどに限っては、何があったのか、朝の受付だけでは受付とみなされず、もう1度昼の1時ちょうどに病院に来なければならないという理解不能なシステムに変更されていた。診察を受けるときに来ることを考えると、都合3回病院に来なければならない。昼の1時に病院に来ていないと、実際の診察では最後に回される。だって朝の段階で仮だけど受付してるんでしょ?なぜにこんなことに?
なんじゃそれ!と思い、しかも対応した受付の係が非常に高圧的だったこともあり、私がその受付の係員に説明を求めていた姿を見て、近くにいたご婦人が声をかけてきた。この方、付き添いの方なのだけれども、朝バスで受付に来て、昼またバスで受付に来て、診察時には介護タクシーを使ってくるのだとのこと。大変だ。もうちょっと、なんとかならんのかねぇ。患者さんは高齢の方が多く、四肢が不自由な方も多い。待合室で1日中待つ苦痛というのはみな同じで、なんとかしようという工夫をしているのだろうけれども、どうにかならんものか。
この昼1時の確認というのは、来月から撤廃されるという話になっているようなのだけれども。相当不評だったんだろうな。
しかし、診療は午後からなのに、朝から受付しているというシステムもどうなんだろうか。そんなシステムがあるがゆえに、順番取りのためだけに来るハメになり、診療時間まで何時間もあるから、一度帰るということになるわけで。だったら、受付時間は診療時間の30分前からとか、そんなんでもよくね?もしくはそんな猶予は取らないか。診療時間に来た順に診察するって方が単純でいいような。
予約という方法も考えられなくはないけど、経験上、病院の診察での予約時間が当てになったためしはないしな。検査の予約ってのは大体時間通りになるけど、診察での予約って予約してても長時間待たされることはザラだわ。

朝一から受け付けてるってのに、ちょうど1時頃に受付に行った私は、ほぼ最後となり、父が診察を終えたのは7時近かった。病院付属の薬局は、本来6時までの営業だそうだが、処方してくれるので、理由を聞いてみると、「神経内科は混雑するので、神経内科の患者さんに限り、時間外でも対応してます」と仏頂面で教えてくれた(苦笑)この人、すごく不機嫌だ。まるで、「残業になったのは、あんたたちのせいよ!」と言っているかのようだったよ。
あのさぁ、帰りが遅くなったのは私たち患者のせいかい?自分たちだって、待って待って診察を受けてきた患者に当たるのはどうなのさ。

忙しいと人は不機嫌になるんだねぇ。
でもその中でも、「今どれくらい順番が進んでいるか、お電話をいただいてもいいですよ」と親切に対応してくれた受付の方もいたし、なにより赴任したばかりの慣れない状況で初めて会う患者さんが多い中、先生はにこにこしながら忍耐強く丁寧に診察をしてくれていたよ。
人間性が出るよね。
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2010年03月19日

【依存症】母も?【認知症】

昨日は、認知症の父を病院に連れて行く日でした。特に問題はなく、定期健診的な感じ。微妙に進行している感じはありますが、まだまだ序の口。とはいえ、急激に悪くなることも考えられなくはないんで、余裕はないのですが。
認知症の最初の診断からずっと診てくれていた医師は他の病院に移るということで、次回からは新しい先生に診てもらうことになります。病院というシステムの中では仕方の無いことですが、同じ先生にずっと診てもらえれば安心なのに。話しを丁寧に聞いてくれるいい先生だったので、ちょっと残念。しかし、たまたま当たった担当医が使い物にならなかったらと思うと、医師が交代していくのも悪いことばかりではないのかもしれません。
診察後、両親を診察室の外に先に出して、「厚かましいお願いですが…」と、神経内科の医師として、母がどう映っていたか尋ねてみました。毎回、父と母と私とで診察室に入っていたので、医師として客観的に見た母の印象を聞いて、今後の参考にしたいと考えたわけです。医師は快く応じてくれ、「はっきり言っていいですか?」と前置きした上で、「認知症の可能性はあると思います」と答えました。これまでの経緯を簡単に説明し、脳の機能検査や精神面での心理検査を含めて総合的に診てもらえる病院を探していると話すと、ある医療機関を勧めてくれました。先生、ありがとう。この先生は若い女性医師だったのですが、話をよく聞いてくれて、対応が明るく、深刻な病と闘う家族としては、とてもありがたかった存在でした。

父については、近所の人に自分が認知症であることを知られたくないがために、デイサービスなどには行きたくないと言っているということで、無理強いしても仕方がないし、そういったことはまだ具体的に考えずにきたのですが、四六時中父といっしょに過ごしている母の負担を考えると、週に何度かでも父のいない時間を作ることは重要に思えてきました。
すでに、”迷い人デビュー”もしていることですし、近所の人もうすうすはわかっていると思うので、交流のあるお宅には、ここはしっかり病気の事を話しておくべき段階にきているのではないかと。見栄をはってたって仕方がないことなのにねぇ。
介護保険や介護サービスのことについても、調べてみたものの、今ひとつよくわからない。ちょうど、久々に会った友人が介護の資格を持ち、この辺の事情に詳しいので聞いてみると、「使わなきゃ損!」だというので、本格的に考えてみようと思い出しました。

病院から家に戻ると、前回教えたDVDプレーヤーの操作がわからないと母が言います。「もう一度教えて」と。教えてみると、異常に飲み込みが悪い。やはり、母も認知症なのかもしれないと思えてきました。しつこいほど教え、操作方法をメモしておきましたが、できるかなぁ?
何年も前に三輪自転車を購入したのですが、放置したままで普通の二輪の自転車に乗り続け、去年は肋骨を折るケガをしてます。昨日も自転車で近所に出かけたものの、ほとんど押して歩いていたという話で、「なぜ、三輪自転車に乗らない?」と聞いても「怖いから」と言うのみ。練習するのも「明るいうちは恥ずかしくてできない」とか言い、だからといって、夜間に練習するつもりもないクセに。夜間の方がより危険だと思うけどね。実際に乗って怖い経験をしたのなら、怖がるのもわかりますが、そうじゃない。とりあえず「特訓だ!」ってことで、無理やり三輪自転車に乗せてみました。すると、ヒザが痛いと文句は言うものの、想像していたよりは思い通りに動かせたようで、意外そうな顔をしている。ちょっと傾くと怖がって降りようとするので、「そのくらいなら倒れやしないから降りるな!」とかいいつつ、しばらく教習。曲がるのはまだ難しいものの、まっすぐ走る分にはできる感じ。たしかにね、三輪自転車はちょっとクセがあって、まっすぐ走らせるのが難しい面はあります。でも何より、そう簡単には倒れない。それを体験させたかったのでした。
ついでに、三輪も含めて自転車3台のタイヤの空気を見てみたら、みんなベコベコ(笑)こんなんで、よく乗ってるな。すべてにパンパンに空気を入れてやりました。

そんなこんなで帰宅すると、父から電話が。はじめにダンナさんが出たのだけれども、「なんかお父さん、強い口調だな」と言うので、何事かと思ったら、どうしても今日のお礼が言いたいということで(笑)何も特別なことはしていないのだけれども、病院に連れて行ってくれたことや自転車のタイヤに空気を入れたことなんかが、なんだかとても嬉しかったようで、父は嬉し泣きをしたのだそうです。逆に、大丈夫か?(笑)「お前からも礼を言いなさい」と母に代わると、母は「何もおみやげに持たせるものがなくて、ごめんね」と言っていたのに、持たせようと思っていたグレープフルーツを忘れていたと言いました。やっぱり”忘れてる”のか(苦笑)早く医者に診せないといかんね。
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2009年12月18日

【認知症】そして【依存症】

昨日は、認知症の父を病院に連れて行く日でした。今は2ヶ月に1度程度の通院で、近況を話し、アリセプトを処方していただくのみです。
父は、3mgから始めて、副作用がないことを確認した後5mgに増やしていましたが、あまりに活動的になりすぎているため、3mgに戻して様子を見てみることにしました。
診察の際に、必ず今日の日付や今居る場所などを聞かれるため、父はメモに病院の名前や日にちを書いてきて予習してました(笑)
「準備していても、違うことを聞かれるかもよ」「そうだなぁ」と笑っていたのですが、先生には日付を聞かれ、見事答えてました!だけど、予習してきたのがバレバレ(笑)それでもそうやって憶えようと努力することや、実際憶えていたことはとってもいいことだと褒めてもらい、嬉しそうでした。
10月に初めて、道に迷い帰って来られなくなるという事態が発生。見事に”迷い人”デビューです(笑)ケガで動けない母に頼まれて、近くのコンビニに行ったきり、2時間経っても戻ってこないということになり、近所の方に協力していただいて探してもらったところ、かなりアサッテな方向に進んでいたところを、たまたま知人がいて、家まで連れてきてくださり、事なきを得ました。もう、名札をつけねばなりません。
薬のせいか活動的になっていることで、散歩が日課となり、新しい運動靴が欲しいというので、病院から帰った後、いっしょに買いに行き、父の誕生日近辺にゴタゴタがあって(これから話します)お祝いが出来なかったのですが、これを誕生日のプレゼントとして贈ることにしました。ひもタイプでもベルクロ・タイプでもなくスリップオン・タイプの軽量のものを選んでみたのですが、気に入ってくれた様子。なるべく迷い人にならないように、散歩をしてくれるとよいのですが。ほんとに、名札を付けなきゃ。

さて、ここからは新たな展開です。
ここしばらく、あまりのことにおかしくなっていた私ですが、ようやく自分の気持ちも落ち着いてきたので、母の問題について書こうと思います。これも父の認知症同様、ここに書きたいような内容ではないのですが、自分の気持ちを整理するためと、情報を提供するために敢えて書きたいと思います。
医師から告げられたわけではありませんが、母はある種の依存症であることがほぼ確実になってきました。
母は、昔から投資が好きでしたが、それが災いして詐欺によくひっかかってきました。ニュースで投資法違反が報道されるような大規模な投資詐欺にひっかかったこともあり、その度に家族は「もうやるな」と警告を繰り返しましたが、止めることはありませんでした。
苦い思いをしているにもかかわらず、数年前には海外宝くじにハマり、それで全財産を失いました。私たちが発見するのが遅れ、気付いた頃にはやり始めてから5年も経っていて、「それは詐欺だ」といくら言っても耳を貸さない状態になっていました。何十通もの封筒にお札を入れて、その作業にときには徹夜までして、せっせと詐欺師にお金を送っていたのです。物量作戦と、締め切りを区切られるので時間がないと焦る気持ちで、お金を送り続けていました。それを5年も続けていたのです。財産を使い果たして生活費が無くなり、長兄のお嫁さんにお金を無心したことから、大事に至っていたことが発覚。調べてみると、保険も解約して突っ込み、銀行のカード・ローンも借り入れ、質屋にも通っているような状態でした。
いくら説得しても海外宝くじを辞めようとしないため、お金をどぶに捨てているようなものだと本人に言っても聞かないし、月数千円だったら仕方がないかと諦めていたのですが、そこまでとは想像もしていなかったため、発覚から数ヶ月後に財産を使い果たしたのを知ったときのショックは非常に大きいものでした。これが病的なものであることを疑いはしましたが、生活情報センターに相談したり、弁護士に相談したりしていく中で、一応本人も納得し、送金を辞め、「家に来る怪しい郵便物、電話は一切受けない」、「投資その他こういったことには一切お金を出さない」また、「大金を支払うことがある場合には、事前に必ず家族に相談する」と約束させました。
しかし、それは徒労に終わるのです。

それから数年と経たない今年の1月。
また知らない間に投資をしていました。すっからかんになっていたはずなのに、どこから捻出したものか(笑)もちろん、詐欺。新しいエコな(笑)燃料に投資してくださいというものでした。それは割りと発見が早かったため、またも生活情報センターに相談し、間に入っていただきながら、なんとかお金を全額取り戻すことができました。
あれほど言ったのに、どうして約束を守れないのかと、このときも話しました。当然、以前と同じく「もうやらない」というだけです。
それでも、心配になった家族が財産を開示するように求めると、断固拒否。なんだか、投資をしているときは、何かに取り憑かれたように見えました。記憶が錯綜している印象もありましたし、なんとも卑しい顔で笑ったりするのですよ。認知症を疑ったりしましたが、そういう時期が過ぎると、普通に戻る感じで、投資以外のことについてはおかしなところは見当たらず。
家族としては、「もうやらない」という母の言葉を信じるしかありませんでした。

そして…
この10月、母は車を避けようとして自転車で転び、肋骨を折りました。そのとき、そんな状態で、まわりも救急車を呼びましょうかと声をかけてくれる中、それを振り切って痛みをこらえつつ郵便局に行き、振込みをしたという話がありました。「そんなに大事な振込みって何だ?」と思ったのですが、ケガが気になって追及はしませんでした。
実家は不便な場所にあり、買い物に出るには自転車が必須です。高齢の母にはムリがあり、父も認知症となった今、今回のことを機に、長兄の家のそばで便利な所へ引っ越すという話が浮上しました。家を買いなおすことになるわけですが、母がなぜか余裕をぶっこいて「当てがある」と言ったのです。そのことは母との電話で聞いたのですが、財産は使い果たしたはずなのに当てがあるなどと不思議なことを言うと思い、追及すると、「債券を買った」と白状しました。
このときの私の絶望感といったら…。電話口で慟哭しました。身体がガクガクと震えて、過呼吸状態になりました。それでも母は「なんであんたが泣くことがあるのよ!絶対に大丈夫!」と言い放ちました。またも全財産を詐欺に支払ってしまったのです。商売をやめるにあたって、客先に返すべきお金までつぎ込んでいました。
これはマッチポンプ商法と呼ばれる手法で、A社から社債を売りつけ、B社がそれを数倍の高値で買い取りたいと言ってくるわけです。当然買うわけありませんし、両者はグルです。価値があるように見せるわけですよね。うまくいけばお金が数倍になると思ってしまうわけです(←どう考えてもならんが)。
後からよくよく聞いてみると、母がケガをしたときに、病院よりも何よりもと郵便局に行って振り込んだお金が、この一部だったのですよ。ケガをしたことで思いとどまってくれていれば、その一部だけでも手元に残ったかもしれないのに…。

ここまでお話しして、その異常さが少しはわかっていただけたのではないかと思います。
後から考えれば、もう財産を使えないように管理しておけばとか、電話番号を変えていればとか(商売上それは難しかった)、様々後悔はありますが、もうどうしようもありません。
おそらくは、病的賭博(ギャンブル依存症)に近いようなもので、名づければ投資依存症とでもいうようなことなのだと思います。
ちなみに、ギャンブル依存症が対象ではありましたが、自己チェックリストがあり、やらせてみると、ほとんどの項目に○が付きました。それでも本人は病気を自覚できません。

一度に書けることでもないので、少しずつ書いていきますが、依存症は”否認の病気”と呼ばれるように本人の自覚が非常に難しい病気です。ところが、この本人の自覚なしには病気と闘えません。また、進行性で完治はしないと言われています。現に、母がやらかす頻度は増え、期間も短くなっているように思えます。

そして、昨日。
実家でふと見つけた封筒を覗いてみると、督促状とありました。
母を問いただすと、温泉の素(ラドンの入ったセラミックという説明)を買った、と。全財産を何度も詐欺につっこみ、年金生活になったというのに、効果もアヤシイものに簡単に20万円以上ものお金を払おうとしていました。
ほんとにもう、勘弁してください…。
追及するうちに口論となり、「大金を支払うときには事前に相談する約束をしたでしょう?」と言うと、「そんな約束をした憶えはない!」と言われました(笑)思いっきり依存症の症状です。”抑圧”ってやつですね。都合の悪いことは事実として記憶できない。
もう悪魔と話しているようです。メリン神父の気持ちが分かるような気がしました(笑)
自分の正当性を認めてもらえないことに怒りまくっている母は、「あんたたちを見返してやる!」と息巻いていました。あなたの正当性を認めていないわけではなく、正当性のないものを信じ込んで大金を簡単に支払ってしまうことが悪いのだけれども。
悪魔との会話は埒があかないので、途中で切り上げて帰ってきました。母の中には、今まで隠してきた巨大な怒りやストレスが渦巻いていて、それを少しでも表に放出できたのはよかったと思ったくらいでした。私はエクソシスト。そう思うことにしました。憎まれ役をやるのは私しかいません。兄たちにはフォローにまわってもらうことにします。

というわけで、壮絶な日々が続いています。しかし、いくぶん冷静になりました。今はものすごく冷徹な目で母を観ています。しおらしい態度の時もありますが、口では「申し訳ない」と言いながら、「ここで謝っておけばいいだろう」という魂胆がミエミエです。本人は恥ずかしさのせいにしていますが、人の目を見て話すことができません。うつむいてその場をやり過ごしているだけなのです。

昨夜、私が母と衝突するのを見越して、ダンナさんは晩ご飯に野菜がたくさん入った温かいスープを作り、ご褒美にとケーキを買って待っていてくれました。帰る頃にはキリキリしていた胃の痛みも、温かいスープでおさまりました。その優しさに涙が出ました。
嘆いていても仕方ありません。できることしかやらないけど、できる手を打っていくしかないのです。
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2009年12月07日

【認知症】

このブログに書くネタとしては、どうなのだろうかと思いつつ、記事にすることをずっと迷ってきましたが、やっぱり書くことにします。複数ブログを管理するのも面倒だし(笑)記録にもなるし、情報や自分の心の整理にもなります。普段こんなことを考えたこともない人に、これからも患者が増え続けるであろう認知症について多少なりとも知ってもらうことができれば、思わぬ副産物です。この内容を書く場合は、タイトルに【認知症】と入れることで、読みたくない方には読み飛ばしていただこうということにしてみます。

父が、アルツハイマー認知症と診断されました。
数年前から何かアヤシイと思い続けていたのですが、医者にかかるほどのこととも思えず、軽く考えていて数年放置してしまいました。関連があるのかはわかりませんが、実は父の兄妹たちは軒並みアルツハイマー型認知症に罹ってまして、残されたのは父だけだったのです。
後になって考えてみると、電気製品の使い方がわからなかったり、電気製品に触ることを極端に恐がったりしていたのが、病気の症状だったのですよね。電子レンジを使うことを恐がったり、電気シェーバーの充電ができなかったり。食べられないものが増えて、食べるものが極端に減ってしまったということもありました。
父は税理士をしてましたが、仕事上でも、質問しても「わからない」と答えることが増えてきて、正直もう仕事を続けることは無理だと思っていたのですが、何度辞めるように勧めても言うことを聞かず…。自分が手伝ってしまって、なんとかやり過ごしてしまったわけですが、本当は、あえて自分の心を鬼にして仕事を手伝わないことで、病気の自覚を促す必要があったのかもしれません。ただ、顧客の方にご迷惑をかけることは避けたかったので、結局手伝ってしまったのですよね。
父は母と二人で暮らしているのですが、母がちょっとした手術でしばらく入院することになったとき、父の様子は悪化しました。心配事があると、状態がひどくなるということが身に沁みてわかった初めての経験でした。手術を待っている間に話していた時、手術後少なくとも1週間は入院が必要だと言うことを説明しても、「手術が終わったらすぐに帰って来られるんだろう?」と人の話を聞きません(笑)腹を掻っ捌くのに、1日で帰れるわけがなかろうが!生活上、ひとりになると自分が困るので、自分に都合のいいように状況を曲げて解釈するようになってました。実際、ひとりでの生活が始まると、記憶の衰えはひどくなり、私がこまごま作って持って行った料理を、冷蔵庫に入れておくから翌朝食べるようにと実際冷蔵庫の中身を見せながら説明して帰ったのですが、翌朝電話をかけて朝食を食べたか聞くと、冷蔵庫は開けないまま、別のものを食べてました。あれだけ説明したのに、全然憶えてない…(笑)
いよいよおかしいということになったわけですが、仕事が一段落するまでは体面上病院には行けないと言い張り、また数ヶ月放置することになってしまいました。
その間の仕事では、書類を見せても何を書いてよいのかまったくわからず。数枚複写の書類の1枚目をわざわざめくってしかも鉛筆で書いてみたり、貸借対照表の書式に損益計算書の内容をムリクリ写してみたり…。あまりに「できる!」というので、ただ単に左の書類から右の書類へ同じ内容を書き写すだけのことをやらせてみると、書類とにらめっこするばかりで1時間経っても1文字も書けない有様。そして、一番面白かった話。使えない書式の書類を引っ張り出してきて、「これでいいんだ」と言ってきかず、自分の主張が通らないことに腹を立てて、「じゃあ確認のとれる人に聞いてくる!」と出かけて行きました。しばらくして帰ってくると、「牛乳屋さんに聞いてきたら、それでいいって言ってた」と(笑)実際に牛乳屋さんに聞いたのかはわかりませんが、税務のことを牛乳屋さんが知ってるわけないだろうが。こんな状態なので、仕事の邪魔になっても役には立たず、実際は私と母とで書類を仕上げることに。しかし、母は簿記のボの字も知らず、父の指示通りに帳簿を付けていただけなので、ちょっとイレギュラーなことがあるともう混乱して使い物にならず。簿記の考え方を教えようとしても、年寄りのカタい頭にはすでに理解できず…。教えるだけ時間のムダでした。一方、私には実務の細かい判断がわからず。それでも、知り合いの税理士さんに相談しつつ、私がなんとか仕上げ、父にサインだけさせるという形で、仕事を終えたのでした。そんな状態だったので、確定申告の時期は地獄でした。私は期中の処理を把握しないまま最後の帳尻合わせだけをやるようなものでしたから、やってもやっても新たな問題が生じてきて、終わりのない迷路にはまり込んだようでした。忙しさと、再三の忠告を無視してこの状態を放置してきた両親への怒りとがあって、ギャーギャー泣き喚いて感情をぶつけ合うことにもなり、親子関係は悪化したと思います。自分の仕事も抱えた中で、ダンナさんのことも放ったらかしにして、数日間実家に泊まりこみ、ほとんど寝ずに仕事をして、心身ともに疲労困憊しました。
兄が2人いますが、まったく畑違いの仕事をしているため、父の仕事を手伝えるのは私だけ。こんな状況をいくら話しても完全には理解してもらえないと思いながらも、兄たちを呼び出して、懇々と状況を伝え、もうこれ以上放置できないと訴えました。仕事を辞めさせることと、病院に行かせること。この2つについて、早急に手を打たないといけない、と。
兄たちも巻き込んで説得した結果、仕事を辞めることについては、なぜか母のほうが猛反発しましたが、最後には両親ともに納得してくれました。

さて、これでやっと医者に見せる準備が整いました。神経内科に父を連れていきましたが、やはり、脳全体と海馬に萎縮が見られるということ。他に器質的な問題がないことなどから、アルツハイマー型認知症と診断されました。アルツハイマー型と断定するためには、もう少し大掛かりな放射性物質を使った検査が別の病院でできるとのことでしたが、ちょうど放射性物質の輸入が困難な状況だったこともあり、手間も費用もかかることだし、特に必要ないのではということだったので、今に至るまでその検査はしていません。
長谷川式という質問形式のテストでは、まず質問の内容を聞くことができず(笑)あ、点数忘れちゃったけど8点だったかな。一桁だったことは確かです。すでに高度の認知症の部類。
アルツハイマー型認知症に対して、病気の進行を抑える効果があるとされているアリセプトというお薬を処方されました。副作用が出る場合があるとのことで、最初は少量の3mgから。徐々に慣れてきたところで、今は5mgになっています。このアリセプト。父には劇的な効果があり、最初に神経内科に連れて行ったときには、認知症特有のしかめたような顔と人を疑うようないやな目つきになっていたのですが、2週間後にもう1度診せる頃には以前の顔つきに戻り、笑うことさえできるようになっていました。医者が驚いたのなんの!1日椅子にボーっと座ったままの生活から、家庭菜園の畑をいじったり、家の中の片付けをやったり、ぐるぐる散歩したりと異常なほど活動的になりました(笑)おかげで、ごはんや甘いものなど炭水化物を欲するようになってしまい、カロリーや糖分の摂り過ぎを心配するほどです。父の変化には担当医も本当にびっくりで、今までこんなにアリセプトの効果が出た患者さんは見たことがないと言ってます。今のところ、経過は非常によいです。
日常的に、同じことを繰り返したり、話が簡単に通じなかったりしますが、まだ意志の疎通は普通にできますし、見た目は病気以前の父と変わりません。介護というほどのことはまだ必要ない状態です。1日中、毎日父を相手にしている母は大変でしょうが…。アリセプトは認知症を治すものではなく、あくまでも進行を遅らせるものなので、個人差はあるものの、いつかは効き目が切れる時がきます。悪化を先延ばしにしているだけです。だけど、助かります。
母に対しては、認知症について勉強し、父に対する接し方を心得て欲しいと思い、否定せずにまず話を聞いてあげることや安心させてあげることが一番の薬になることを言って聞かせるのですが、なかなかできず。『あなたの家族が病気になったときに読む本 認知症』という本を渡し、読んでみるように伝えたのですが、なんかかんか理由を付けて読むのを拒みます。一番わかっていて欲しい立場なのですが、困ったものです。母が父の言葉に反発する言動は、悪循環しか生まないのに…。

父は、神経内科にかかったことで、偶然に前立腺ガンのおそれがあることもわかりました。今のところ、腫瘍マーカーは低い値で安定していますが、継続して様子を見ていかなければならないです。以前、極々小さな大腸ガンが見つかり、内視鏡検査中に切除してもらったこともありました。歳を取ればいろいろと出てくるもんですね。

とはいえ、そんな父よりも、私の目下の最大の悩みは母についてです。このことについては、自分のダメージがあまりに大きく、簡単に書けそうにありません。いつか気持ちの整理がついたら、書きたいと思います。

認知症については、追々書いていきたいと思います。私は親が歳を取ってからの子供なので、親の老いが同年代に比べると10年くらい早い感覚かもしれません。嫁に出た身なので、できることは限られてしまいますが、親のためにできることがあればやるという程度に考えています。
posted by nbm at 11:43| Comment(6) | TrackBack(0) | 認知症 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする